学校
夕食前、施設の職員がターニャを呼び、談話室の端にある机を示した。
机の上には、濃い色の鞄とノート、鉛筆や消しゴムが揃えてあった。どれも新しかった。職員は鞄を持ち上げ、ターニャへ差し出した。
ターニャの腕は動かなかった。
自分の物だけが、一つの場所へまとめられている。病院を出るときも、この養護施設へ来るときも、持っていく物は先に袋へ入れられた。ここで増えた衣類も、歯ブラシも、あとでこの鞄へ詰められるのかもしれない。
次はどこだろう。
口の中が乾き、握った指の間が湿った。
職員は鞄を机へ戻し、紙に四角を二つ描いた。最初の四角を指して床を軽く叩き、二つ目の四角を指した。
「ガッコウ」
ターニャが首を傾げると、職員は手元に置いてあった別の紙を差し出した。
日本語の下には、ロシア語で「Школа」と書かれていた。学校。それなら分かった。
職員は最初の四角から二つ目へ二本の指を歩かせ、しばらくそこで止めたあと、同じ道を最初の四角まで戻した。それからターニャと、部屋のある廊下の方を順に指した。
学校へ行って、それからまたここへ戻る。
本当に戻るのか。紙の上では戻った。
ちょうど廊下を、鞄を持った子供が通った。職員はその子を指し、二つ目の四角を指した。
あの子と同じように、学校へ行く。
ロシアにいたころにも、朝になれば同じくらいの子供たちが学校へ行った。自分も鞄を持ってここを出て、夕方には同じ部屋へ戻ってくる。
そう思うと、胸の中が少しだけ軽くなった。
職員は紙へ三つ目の四角を描き、今度はノートと鉛筆を指して、さきほどの紙をめくった。そこにもロシア語があった。
学校へ通う代わりに、別の場所で日本語や必要な勉強を続けることもできる。
ターニャが紙をもう一度読むと、いまの日本語では中学校の授業を全部理解するのは難しく、その場所なら日本語を覚えながら、読み書きや計算も続けられると書かれていた。
職員は三つ目の四角へ二本の指を歩かせ、また最初の四角へ戻した。
こちらを選んでも、ここを出て、ここへ戻る。二つ目の四角と三つ目の四角は、どちらも選べる。
職員は二つを順に指したあと、三つ目の四角を指したまま、ターニャの胸元へ目を向けた。そこには赤いペンダントがあり、ターニャがそれを握ると、職員はロシア語の紙の続きを示した。
そこには、ガラス工芸を学べる場所が見つかった場合には、三つ目の道の方が、そのための時間を取りやすいとも書かれていた。
いま、その場所でガラスを教えてもらえるわけではない。職員も三つ目の四角を指し、それからペンダントを指して首を横に振ったあと、もう一度紙を指して、その先を指で示した。まだガラスを学ぶ場所はないが、見つかればそこへ行くことができる。
学校へ行ってみたい気持ちはあった。ほかの子供たちと同じように鞄を持って出れば、ロシアにいたころと少し似た毎日になるのかもしれない。
ターニャは二つ目の四角を見てから、掌の中の赤いガラスへ視線を落とした。父と同じ仕事をしたいという気持ちは、日本へ来る前から変わっていない。
学校へ通うこともできる。学校とは別の場所で、日本語や必要な勉強を続けることもできる。そして後の方なら、ガラスを学べる場所が見つかったときにも、その時間を残しやすい。
職員が示していたのは、その二つの道だった。ターニャは少し迷ってから、三つ目の四角へ指を置いた。
職員は二つ目の四角を指した。
「ガッコウ?」
それから三つ目の四角を指した。
「こっち?」
ターニャは三つ目の四角を見て、うなずいた。
ターニャはようやく、机の上の鞄へ手を伸ばした。持ち手をつかむと、湿った手の跡が付いた気がして、親指でこすった。
金具を開くと中は空だった。底の縫い目まで指で確かめる。誰かの古い物ではない。自分がこれから使って、汚してよい物だった。
少し嬉しくなり、すぐに嬉しくなったことが恥ずかしくなった。
職員は別の紙へ、角ばった文字で「ターニャ」と書いた。音は分かる。けれど、四つの形はどれも自分の名前には見えなかった。
見本を写すと、最初の字は片方が長くなり、二つ目は線の向きが逆になった。耳が熱くなった。消そうとすると、職員は首を横へ振り、もう一度書く場所を示した。
失敗した字が残るのが嫌だった。最初から上手に書いたことにしたかった。
二度目は少しだけ近い形になった。それでも翌日には、自分で書いたものさえ読めなくなるかもしれない。
ターニャは名前の横へ、小さな丸を書いた。鞄の内側にも、ノートにも同じ丸を付けた。
名前が読めなくても、丸なら分かる。自分で決めた印だった。
子供っぽく見えるかもしれない。それでも消したくなかった。
鞄を胸へ抱えると、固い角が当たった。移るための荷物ではない。ここから出て、ここへ戻るための物だった。
部屋へ戻る途中で、もう一度中を見たくなった。けれど何度も開けば、嬉しがっているのが分かってしまう。誰に分かるのかは、自分でも分からない。鞄を抱く腕だけが少し強くなった。
年が変わるまで、鞄は部屋の棚に置かれた。朝になると金具を開き、失敗した名前と小さな丸を確かめた。見るたび少し嫌で、少し安心した。
一月、ターニャは施設の職員と、外国から来た子供たちに日本語や基礎的な勉強を教える小さな教室へ行った。
部屋へ入ると、何人もの顔が一度にこちらを向いた。声が止まり、すぐ低いざわめきに変わった。
背中に汗がにじんだ。鞄の持ち手が滑り、握り直した音まで聞かれた気がした。
何を言っているのか分からない。自分のことかもしれない。違うかもしれない。ただ、耳に入る日本語は、施設の外で聞くものとは少し違っていた。途中で止まり、言い直され、同じ言葉が二度続く。
指導員が紙へ文字を書いた。最初の四文字には見覚えがあった。ノートに書かれた自分の名前と同じ形だった。
指導員の話の途中で「ターニャさん」と聞こえた。ターニャは遅れて頭を下げた。覚えた挨拶がいくつも浮かび、どれも違う気がして、喉から何も出なかった。
指導員は空いている椅子を示した。
ターニャはそこへ腰を下ろし、鞄を足元へ置いた。ノートの小さな丸が急に幼く見え、手で隠したくなった。けれど、裏返せば自分の物か分からなくなる。
指導員が一枚の紙を配った。絵と、その下に短い文字が並んでいた。どこから見ればよいのか分からず、ターニャは紙の上へ手を置いたまま動けなかった。
横から指が伸び、ターニャは肩を跳ねさせた。近くにいた子供が、自分の紙と最初の絵を指してから、ターニャの紙の同じ場所を指す。ターニャがようやく鉛筆を持つと、その子は一度だけうなずき、自分の紙へ戻った。
ありがとうと言いたかった。日本語も知っている。けれど、声を出す時機を探しているうちに、相手はもう前を向いていた。唇が少し動いただけだった。
しばらくして、指導員が数字の書かれた紙を見せた。数字や式には、ロシアで見たものと同じ形がある。全部が知らないものではない。けれど、何をしろと言われているのかは日本語だった。
指導員はすぐ答えを示さなかった。数字を指し、短く言い直し、ターニャの方を見て待った。
待たれると、かえって逃げる場所がなくなり、ターニャは周囲を見た。
別の子供が、指導員に何かを尋ねられていた。最初は一語だけ答え、指導員が首を傾げると、もう一度言った。発音が変わった。近くの子が笑うことはなかった。
別の子は言葉の途中で止まり、手で形を作った。指導員はその手を見たあと、日本語を一つ言った。子供がそれを繰り返した。
ここでは、分からない言葉があるのは自分だけではないらしい。
指導員がターニャへ向き直り、短い日本語を口にしたが、分からない。
黙っていれば、指導員は次へ進むと思った。けれど進まなかった。少し待ち、同じ言葉をゆっくり言った。
それでも分からず、ターニャは視線を紙へ落とした。
指導員は胸の前で手を振った。
「わかりません」
「わかり……ません」
口にすると、自分で分からない子だと名乗っているようだった。
指導員はうなずき、長い言葉を短く区切った。それでも分からない。分けても知らないものは知らない。悔しくなり、唇の内側を噛んだ。
指導員はもう一度、ターニャを見た。
「もういちど」
「もう……いちど」
指導員が同じ言葉を繰り返した。今度は途中で止まり、別の短い言葉へ言い換えた。
もう一度と言えば、人を少しだけ止められる。逃げていく日本語を戻せる。
それからも、指導員は日本語を先回りして全部与えてはくれなかった。物を指して名前を求め、場所を示して短い言葉を言わせた。答えが出なければ待ち、間違えば短く言い直し、もう一度ターニャに言わせた。
「どこですか」
ターニャが繰り返すと、指導員は少し離れた物を指した。場所を尋ねる言葉らしい。
使えるかもしれない。けれど、返ってくる日本語はまだ分からない。その小さな期待はすぐしぼんだ。
ノートへ書こうとすると、指導員が示した文字は、最初に覚えたカタカナとは違っていた。まだ四つも読めないのに、別の形が増える。鉛筆を握る爪の脇が白くなった。
分かる日はもっと教えてほしく、分からない日は早く終わってほしい。どちらの日も、終わると少し惜しかった。
通訳はいなかった。指導員は待ち、言い直し、物や身振りも使った。それでも「わかりません」と言えても、何が分からないかは説明できない。「もういちど」と頼んでも、言い換えられた日本語まで分からないことがあった。
それでも次も言った。声を出す前には胸がざわつき、言ったあとで恥ずかしくなった。
施設へ戻ると、覚えた少数の言葉をノートへ何度も書いた。四つ目で形が崩れると腹が立ち、消しゴムの屑を指で丸めた。上手に書けた字は、誰にも見せないのに何度も見た。
次に教室へ行くと、同じ音を探した。一度分かった言葉が、違う速さで言われるとまた分からなくなる。それでも、次に教室へ行ったときもノートを開いた。
何度か通ううち、鞄へ衣類を入れようとはしなくなった。それでも施設を出る前に、部屋に衣類が残っていることを確かめた。赤いペンダントは胸元にある。戻ればまた同じ棚の前に立った。
通うという言葉は知らない。ここを出て、またここへ戻る。身体の方が先に覚え始めていた。
そんな繰り返しが何週間か続いた。
ガラスを教える場所の話は、そのあいだまだなかった。
二月に入るころ、指導員が紙を配ると、ターニャは鞄からノートを取り出した。
名前の横に小さな丸のあるノートだった。丸は少し擦れていた。
ターニャはそれを指で一度なぞり、紙の横へ置いた。