紬不在の間の紬誕生日のお話です。

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第1話

「間に合って!」

 

 両手いっぱいの荷物を下げたまま、俺と静久は灯台の中に駆け込んだ。

 空いたままの扉の後ろで、灯台の中でも聞こえるような勢いで雨が本降りになる。

 

「ギリギリセーフ、だったかな」

「ええ、助かったわパイリ君」

 

 静久は手早くヘルメットを脱いで、ついた雨粒を拭き始めていた。

 

「原付って便利なのね。私もパイリ君を見習って免許、取ろうかしら」

「あっ、やばい」

 

 その呟きに俺は叫んで、助かったばかりの大雨の中に飛び出す。

 

「えっ、ちょっとパイリ君!?」

 

 頭はヘルメットで守られるけど、他はそうはいかない。あっという間に服や靴が濡れていく。

 それでも我慢してカブを引き連れ、中に戻る。

 

「今日だけは外に出しっぱなしってわけにはいかないからさ」

「そうね。これから台風が来るんだもんね」

 

 静久の言葉で俺たちは顔を見合わせ、吹き出すように笑いあう。

 そう、これから夜にかけ、今年最大級の台風が来ると言われているのに、町中から離れたこの灯台で過ごそうというんだから。

 

「のみきから言われたよ。『お前がいたのは知らなかったことにする。だから、万一の時も助けが来ると思うな』って」

「大げさねぇ」

「そうでもないよ。みんな公民館に避難って言われているのに」

 

 カブを端に寄せて、ようやくヘルメットを脱ぎながら俺は答える。

 のみきの性格上、見逃すなんて苦渋の決断だっただろう。

 でも、たとえ止められたとしても、今日だけは、絶対ここにいなきゃいけなかったから、感謝しかない。

 

「昨日からいろいろ準備してくれてて、ありがとうね」

 

 静久が灯台の中を見渡しながら言う。その視線の先には、俺たちが譲り受けたたくさんのぬいぐるみたちが並んでいる。

 皆が来れなくても寂しくないように、今日のゲストとして連れてきた連中だ。

 

「こちらこそ。静久にボールとか泡立て器とか、準備してもらえて助かった」

 

 俺もお礼でそれに応える。

 響子さんだけになった加藤家に、そんな上等な調理道具たちがあるはずもなく、静久がいなかったら、この瞬間から立ち往生してしまったかもしれない。

 改めて俺は、持ってきた荷物を確認する。

 スポンジ台、イチゴ、生クリーム。みかんや桃の缶詰。チョコレートのプレート。

 ボール、泡立て器、果物ナイフ。絞り袋、その他もろもろ。

 

「じゃ、さっそく作るか」

「ええ、紬のバースデーケーキ。とっておきのを作りましょ!」

 


 

 外にいたときはかなり蒸し暑く感じたけれど、灯台の中は分厚い壁のせいか、涼しく感じるほどだった。

 ビニール袋から取り出した材料を、作業しやすいように並べていく。

「灯台って中でも水使えたっけ?」

「だいじょうぶ」

 静久はエプロンに三角巾の姿で水道の前に立っていて、もうまな板まで持ち出していた。

「手早いな」

「慌てないで。失敗はできないんだから、焦らず行きましょ」

「そうだな、時間はたっぷりあるんだし」

 そうして俺たちはケーキの材料に向き合った。

 まずはボールに生クリームを全部出しかき混ぜる。

 俺が疲れたところで、静久が機械のような高速回転を見せ、お店のようなふわふわのホイップに仕上げていく。

 紙皿に置いたスポンジケーキの台座の上に、ヘラでホイップクリーム塗っていくのも静久だ。

 その間に俺は缶詰を開けて汁を切り、イチゴを果物ナイフで割っていく。

「「~~♪」」

 どちらからともなく、俺たちは鼻歌を歌っていた。

 本当は「小鳥の結婚式」という、紬の歌っていた夏休みの歌を。

 ところどころハモった俺たちの歌に、音が挟まる。

 降り続ける雨、強くなった風の音。

 そして――むぎゅむぎゅという、懐かしいあの声も、ときおり混ざっていたような、そんな気がした。

 塗り残しもなく雪原のようになったケーキの下段に、缶詰の中身と切ったイチゴを存分に並べていく。

 重ねきったところで残るスポンジを被せ、またクリームを塗る番。

 今度は俺がやったが、静久のようにはうまくいかない。

 波打った表面ができたところで素直に静久にバトンタッチし、絞り袋のデコレーションをお願いする。

「こればっかりはパリングルスとワタアメじゃ作れないからな」

「そう? それはそれで面白そうだと思うけど」

「やってみる気か?」

 俺はまだ袋に入ったままのパリングルスの筒を指さす。

 他の荷物もあるからひとり一本ずつ、3本きりの貴重品だ。

「ふふ、切り分けたらやってみましょ。紬、どんな反応するかしらね」

「おいおい」

 最後に、ハッピーバースデーの文字と、クマが描かれたチョコレートを乗せたケーキは、店で売っているのよりもずっとずっと高級品に見えた。

 


 

「風が強くなってきたわね……」

 格子のはまった窓を見上げて静久がつぶやく。

 テレビの代わりにつけているラジオからは、繰り返し、台風の位置情報が流れている。

 とはいえ、画面で見てないから、この島との距離感が全然わからない。

「なぁ静久、『しおのみさき』ってどこなんだ?」

「パイリ君、潮岬はね、和歌山県の最南端にあるの。地図だと、この辺かな」

 

『お〜、さすが、シズクは物知りです!』

 

 俺の耳の中だけで、声がした。

 幻聴、と言ってしまえばそれまでかもしれない。

 けれど、向かい合った静久も。俺と同じように……何か言いたげな顔をしていた。

「……物知りだな、静久は」

「ふふ、どういたしまして♪」

 妙に明るい声を返した静久に、俺は続ける。

「しかし、何回聞いてもこのヘクトパスカルっての慣れないな。台風といえばミリバールだろ」

「あら、パイリ君、意外と頑固やさん?」

「だって雨の降る量はミリだろ。それにバーっと風が吹いてくる感じがするバールがついたミリバールのほうが、台風っぽくないか?」

 

『おー、ハイリさんのこだわりですか』

 

 ラジオが気圧に続けて台風の進路を繰り返す中、俺は、静久の顔だけを見ていた。

 その表情で、静久も、俺と同じものを聞いているんだろう悟る。

「……あのね、パイリ君。私、紬の」

 静久がそう言うと同時に、俺たちの間の空気がふっと焦点を結んで、灯台の中はまた俺たちふたりだけになった。

「……ごめんね、パイリ君」

「謝るなよ。静久が言わなきゃ、俺が先に言ってたよ」

 落ち込む静久の前で、俺は胸の中に温かいものを感じていた。

 ――いるんだな、やっぱり。俺たちの近くに。

 そうなんだだろ、紬。

 


 

「……もうすぐね、紬の誕生日」

「そうだな」

 

 雨の叩きつける音、海風がうなる音に、遠くサイレンの音が混ざって聞こえる。

 俺たちの目の前には、3本のろうそくが灯った、白くて丸いケーキ。

 雑音交じりのラジオが、ポ、ポ、と時報のカウントダウンを始めたあ。

 ポーン!

 その音と同時に、俺たちはふたりで手にしたクラッカーを引く。

 

 

「「誕生日おめでとう、紬!」」

 

 

 煙臭さが残る中で、すぐに電気を消し、誕生日の歌を歌ってろうそくを吹き消すと、目の前は真っ暗になる。

 電気も、外の光も失っている灯台の中。なのに、なぜか静久の影と、ゲストのぬいぐるみたちの気配ははっきり感じられた。

 

「パイリ君」

「ん?」

「……淋しくない?」

「ないよ」

 

 言いながら俺は、照明用の太いロウソクに火をつける。

 俺のすぐそばで、気づかわしげな静久の顔が浮き上がる。

 

「寂しくない。静久だって、何度も感じてただろ?」

 

 俺が問いかけると、静久もためらいがちに頷く。

 

「紬はさ、いるんだよ。俺たちの近くに。だから寂しくない。戻ってくるさ」

「いつなのかしらね」

「さぁな」

「さすがに今日は戻ってこれないかしらね」

「そうかもな。というわけで悪いけど、ケーキ、食べないか」

「ええ。私もお腹ぺこぺこ。美味しいうちにいただきましょ」

「じゃ、そういうわけで紬。先にもらうな」

「早く来ないと、なくなっちゃうわよ?」

 

 一つきりの灯りの上で、俺たちはもう一度、満面の笑みに戻って笑いあう。

 ツムギさんは戻れなくなってだいぶ経つみたいだけれど、俺たちは。

 嵐の中の灯台のように、ここで帰りを待っているから。

 早く戻って来いよ、そして遊ぼう。抱きあおう。キスをしよう。

 なあ、大好きだよ。

 ーー紬。




※pixivで公開済みの自作の転載です。

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