魔法先生ギルガメッシュ 作:長LAVA
少しずーつ原作に近づけていくぞー
夏休みに入っても、日常の延長線上にある空気は変わらなかった。
相坂さよは本当に教師用の宿舎のすぐ近くまで遊びに来るようになり、こちらが当番で学校へ顔を出す日には、当然のようについてくる。
空いた時間には魔法と気の練習を続け、宿舎の自室ではテレビを眺めながら授業のプリントを組み替える。夏休み前と同じように、いや、時間ができた分だけさらに効率よく、個別化された課題が積み上がっていく。
麻帆良の夏は暑かったが、そんな日々の中で、最初の学期で形作られたものは確実に日常として定着していった。
◆
夏休みが明け、2学期が始まった。
久しぶりに教室へ入ると、日焼けした生徒たちが口々に騒ぎ立てながら席へ戻っていく。
「先生、これ! 夏休みの宿題、全部やってきました!」
「その言い方をする者ほど怪しいな。出せ」
「ええーっ、信用ない!」
提出されたプリントを受け取りながら、軽く鼻で笑う。
「信用されたければ、まず裏面を埋めてから来い」
「ああっ! 裏があったの忘れてた!」
悲鳴を上げて席へ戻っていく生徒を見送りながら、教卓へプリントを揃える。
赴任したばかりの頃にあった、新任教師としての見えない壁や緊張感は、もう随分と薄れていた。
秋の足音が近づき、文化祭の熱気も遠のいた学校生活は、淡々と流れていく。
授業を行い、定期考査の問題を作り、当直をこなす。同僚たちと食堂で昼食をとり、夜にはエヴァのところへ赴いてくだらない言葉の応酬をする。その帰り道で、さよと適当な雑談を交わす。
何か特別な事件が起きるわけでもなく、季節は秋から冬へと静かに移り変わっていった。
その間に、教師としての立ち回りも少しずつ洗練されていった。
赴任時は「どう教えればいいか」から始めていたが、今では生徒の顔を見るだけで、どこで躓くか、何を先に渡すべきか、どの説明なら通じるかが、ほぼ考える前に分かるようになっている。
個人別の課題も、わざわざ意識することなく、ごく自然に毎日の業務の中に組み込まれていた。
◆
12月31日。
年末の麻帆良学園は、普段の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
大半の生徒は実家へ帰り、残っているのは一部の部活動の生徒や、帰省しない事情のある者くらいだ。
夕方、誰もいない廊下を歩いていると、すっと壁からさよが顔を出した。
「先生、よいお年を」
「明日も顔を出すのであろう」
「それでも言うんです!」
むくれたような顔をする幽霊に、軽く肩を竦める。
「妙な習慣だな」
「先生も言ってくださいよ」
「……よい年を」
「雑!」
そんなやり取りをして、さよは自分の居場所へと戻っていった。
夜。教師用の宿舎にある自室で、缶の酒を開ける。
テレビの画面では、年末特有の騒がしい番組が流れていた。
特に何をするでもなく、ただその光景を眺めている。
現代の日本で、こうして年が変わる瞬間を静かに迎えるのも、およそ100年ぶりのことだった。
やがて、画面の隅にある時計が0時に近づいていく。
3。
2。
1。
画面の向こうで、新年の到来を祝う歓声が上がった。
その瞬間だった。
視線を、ふとテレビから外す。
麻帆良の敷地内に、増えた。
それまで存在していなかった人間が、たった今、唐突に1人現れた。
遠くから魔術で転移してきたわけではない。空間を渡ってきただけでもない。
未来から、この時代という時間軸に、無理やり差し込まれたのだ。
その異質な変化を、即座に捉える。
椅子から立ち上がる必要すらない。手元の酒を持ったまま、自室からただ視線を伸ばした。
建物も、距離も、何もかもを透過して、その一点を見据える。
麻帆良の一角。冬の寒空の下、そこに1人の少女が現れていた。
見た瞬間に、見抜いていく。
未来人、時間移動、本人が身につけている技術の体系。現在の時間軸に対する明らかな異物性。そして、その少女自身が今どのような状態にあるのかまで。
さらに、彼女がここから何をするかも見える。
もし、こちらの観測に気付いて逃げようとするなら。
物理的に移動する、どこかへ隠れる、時間を跳躍する、さらに過去へ戻る。あるいは、未来へ逃げ帰る。
どれを選んだとしても、逃げた先が全て見える。
こちらにとっては、ただ「逃げるなら、その先を見る」だけのことだ。
しかし、少女は逃げなかった。
それどころか、こちらが視線を向けたその瞬間に、彼女自身が「見られている」ことに反応したのが分かった。
普通であれば、最高峰の千里眼による観測など、感知することすら不可能だ。だが、その少女は明確に気付いた。
口元が、僅かに動く。
「……ほう」
面白い。
だが、まだ接触する時ではない。視線だけを残し、ゆっくりと酒を煽った。
◆
2001年1月1日、0時ジャスト。
時間移動が終了した瞬間、超鈴音は冷たい空気の中で静かに息を吐いた。
まずは冷静に、到着の確認を行う。
時間、現在位置、自身の身体状態、持ち込んだ機器、周囲の環境。
誤差はない。狙った通りの2001年1月1日0時。
ここまでは、完全に予定通りだった。
だが、安堵する間もなく、即座に異変に気付く。
誰かに、見られている。
単なる人の視線ではない。遥か遠くから、自分という存在そのものを丸裸にされるような、圧倒的で絶対的な視線。
振り返り、周囲を探す。誰もいない。
敵であるなら、必ず居場所があるはずだ。
魔力、熱源、通信電波、物理的な人影。使えるあらゆる手段で周囲を走査しても、何も見つからない。
それなのに、視線だけは全く消えない。
さらに異常なのは、「見られている」範囲だ。
顔や現在位置だけではない。持ち物、身体の構造、時間移動の直後であるという事実、未来から来たという根本的な存在のあり方を
自分自身ですら、今まさに確認している最中の情報を、向こうにはもう知られている。
そんな、被害妄想にも似た悪寒が背筋を駆け上がる。
現在地を変えるか。身を隠すか。
最悪の場合、もう一度時間移動を行って、この場から離脱するか。
超の頭脳が高速で最適解を探し出し、そして――嫌な確信に至った。
時間移動ですら、逃げられない。
理由は論理的に説明できない。しかし、直感がそう告げていた。
時間を跳んだ先まで、あの視線はすでに見ている。
今より過去へ行っても、未来へ戻っても、場所を変えても、到着した地点にはすでにあの視線が待ち構えている。
超の額に、冷や汗が滲んだ。
それでも、表情だけは極力崩さずに口を開く。
「……到着早々、これは笑えないネ」
新しい時代へ到着した初日。
協力者はいない。拠点もない。情報収集すらまだ始めていない。
その時点で、自分では到底敵わないであろう何者かに、完全に捕捉されてしまったのだ。
だが、超は諦めない。
相手が本気で自分を排除する気なら、すでに自分は死んでいる。
ただ観測しているだけならば、まだ余地はある。
まずは予定通り、この時代を調べるしかない。
◆
それから数日間、超は慎重に情報を集め続けた。
2001年の社会情勢、麻帆良学園の内部構造、魔法関係の勢力図、将来必要になるであろう人物たちの現在。それらを、自分の知る歴史の記録と照合していく。
その中で、何度調べても「いるはずのない人物」が1人だけ浮上してきた。
ギルガメッシュ・ウヌグ。
表向きの記録は、何もおかしくない。
麻帆良学園女子中等部の英語教師であり、魔法先生。2000年度から赴任。身分、学歴、資格、経歴、すべてが揃っている。
だからこそ、おかしいのだ。
超の知っている歴史には、そんな教師は存在しない。麻帆良にギルガメッシュ・ウヌグという人物がいた記録そのものがない。
さらに調べる。
名前はウヌグ。古代ウルクの名だ。金髪に赤眼。赴任直後から麻帆良で異様に目立っており、魔法先生としても高く評価されているらしい。
間違いない。元日の視線の主だ。
歴史に存在しない異物が、自分以外にもいる。それが、この麻帆良にいる。
逃げても無意味だ。向こうはすでに自分のことを知っている。
ならば、自分から会って相手の目的を確かめる方がいい。
超はギルの行動パターンを調べ、1人になる時間を狙うことに決めた。
◆
数日後。
夕暮れ時の冷たい風の中、授業と仕事を終えて宿舎へと向かっていた時のことだ。
背後から、声が掛かった。
「ギルガメッシュ・ウヌグ先生」
振り返る。
そこに立っていたのは、超鈴音だった。
もちろん、初対面ではない。本人と直接言葉を交わすのが初めてなだけだ。
「ようやく来たか」
その言葉に、超の目が僅かに細くなった。
近くで直接視線を向けたことで、彼女も確信したのだろう。
この男が、元日に自分を捉えた視線の主だと。
普段、生徒たちに向けている教師としての柔らかさは、今の自分にはない。
冷たい赤眼で、ただ目の前の存在を値踏みする。かつて人類そのものを見定める側にいた、ギルガメッシュとしての顔だ。
別に、この少女を相手に長々と威圧し続けるつもりはない。
最初に、相手が何者であるかを確認するための儀式のようなものだ。
背後の空間に、黄金の波紋が数個開いた。
超を包囲するわけではない。あくまで後ろに展開しただけだ。武器の先端が覗き、何かあれば即座に撃ち抜ける状態を作る。
「未来から来た者が、我に何の用だ」
初手で正体を言い当てられた超は、僅かに間を空けた。
「……ずいぶん詳しいネ。私はまだ、何も言ってないヨ」
「だから何だ」
「元日のアレも、先生カ?」
「ああ」
即答してやると、超は探るような目を向けてきた。
「あの時、もし私が時間を跳んでいたら?」
「鼠を取り逃すつもりはない」
大仰に説明する必要はない。それだけで、超は黙り込んだ。自分の直感が正しかったことを悟った顔だ。
「……私自身が確認する前から、随分と詳しく見ていたみたいだネ」
「見えるものを見ただけだ」
視線を外し、黄金の波紋をそのままにして問う。
「それで、この時代へ何をしに来た」
超も、ここで下手な嘘を重ねることに意味はないと判断したらしい。
静かに、自身の目的について話し始めた。
彼女が語ったのは、魔法世界とその基盤である火星の崩壊へ向かう未来。生存を巡る長い争い。
そして、彼女のいた歴史そのものが「はじまりの魔法使い」によって失われた、旧正史であるということ。
その失われた人類史を取り戻すための役目を引き継げる者は、もう自分しかいないのだという。
自分が最後の1人なら、そこで歴史が途絶えるのを受け入れることも出来たはずだ。
だが、彼女はそれを選ばなかった。未来の人々が残した技術と知識、そして意思を受け取り、時間を越えて過去へ来たのだと。
途中で口を挟むことはせず、最後までその話を聞いた。
語っている間も、千里眼は彼女の全てを観測し続けている。
話している内容、語らなかった部分、慎重に言葉を選んだところ。本人自身もまだ答えを出せていない部分まで、並行して確認する。
目的に、嘘はない。
目の前の少女は、旧正史と呼ばれる失われた人類史の、最後の生き残りだ。
最後の1人になって、ただ滅びを待つことも出来た。
それでも、未来の人々が残したものを背負い、たった1人で過去へとやって来た。
ほんの一瞬、脳裏に友の姿がよぎった。
自分もかつて、未来を知っていた。
変えようと抗った。
それでも、因果を変えることは出来なかった。
だからこそ。
滅び切った先から、それでも人類の未来を諦めず、歴史へ挑み直そうとしているこの少女の姿が、どうしようもなく眩しく映った。
次に浮かぶのは最初の人生の、遠い記憶。
ゲーム上とはいえ失われた人類史を取り戻すために戦い抜いた、カルデアという組織と、あの人類最後のマスターの姿が重なる。
だが、あちらと決定的に違う部分もある。
あちらには組織があった。共に戦う仲間がいた。支援する者がいた。
今の彼女には、何一つない。
背後に開いていた王の財宝の門が、音もなく閉じた。
冷たかった目から力を抜き、いつもの教師としての顔に戻る。
「よかろう」
超が、びくっと反応した。
「我が手を貸せる範囲なら、便宜を図ってやる」
「……本気カ?」
「二度言わせるな」
予想外の言葉だったのだろう。超は戸惑ったようにこちらを見ている。
だが、「なら我が全部直してやる」などと言うつもりは毛頭ない。
これは、彼女が背負い、彼女が挑むと決めた仕事だ。
その意思を尊重する。必要な時に手を貸し、困った時に後ろに立つ。その程度で十分だ。
「何が出来るのか、まだ何も説明してないヨ?」
「必要になれば言え」
「随分あっさりしてるネ」
「貴様が何をしようとしているかは分かった。それで十分だ」
そう言って歩き出そうとしたが、ふと足を止める。
「ただし、一つだけ覚えておけ」
その瞬間だった。
超の、前、後ろ、右、左、上、下。
ほぼ同時に、全周囲の空間に黄金の波紋が開いた。
ただ数が多いだけではない。そこから顔を出しているのは、目の前の超という人間を確実に殺すために、宝物庫から選び抜かれた品々だ。
触れれば死ぬ。
超の身体が、抵抗するより膝を折る方が正しいと訴えかけているのが分かった。頭を下げ、媚び、命を乞うのが生存本能としての正解だ。
だが、超は膝を折らなかった。
冷や汗を流しながらも、逃げず、まっすぐこちらを見据えている。
「貴様がその目的を違えた時は――我が止める」
人の歴史を取り戻すために来た少女が、逆に人の未来を損なう側へ回った場合。
その時だけだ。
「……それでいいヨ」
超の返答を聞き、すべての門を閉じた。
さっきまでの濃密な死の気配が、嘘のように消え去る。
「しかし……会いに来る前は、三割くらいは殺される可能性も考えていたヨ」
「低く見積もったな。半々だ」
「……半々?」
「生かすか殺すか。最初は半々で見ておった」
一瞬、超が黙り込んだ。
「半分は殺す方だったのカ!?」
「未来から来て歴史へ手を入れる者だぞ。当然であろう」
「もう少し歓迎される可能性が高いと思ってたネ……」
「結果として生きておる。何の問題がある」
「結果論すぎるヨ!」
張り詰めていた空気が、あっさりと崩れ落ちた。
やれやれと肩をすくめ、帰ろうとする超の背中に声を掛ける。
「住む場所はあるのか」
超の足が止まった。
「……これから何とかするヨ」
「金は」
「それも何とかするネ」
「食事は」
「先生、急に何なんダ?」
手を貸すと言った以上必要なものを確認する。歴史修復という大事業の前に、当の本人が野宿などで消耗していては効率が悪いというだけの理屈だ。
「……まさか、ここから全部面倒見る気カ?」
「要らぬなら好きにせよ」
「いや、要らないとは言ってないけど……」
「なら必要なものだけ言え」
必要な穴だけを埋めてやる。情報、金、安全な一時拠点。
身分までは作ってやらない。それは彼女自身がこの時代へ潜り込むための準備として出来ることだからだ。
超が、最後に振り返った。
「先生」
「何だ」
「元日のあれ、本当に少しくらい加減出来なかったのカ?」
「貴様が気付いたのだから丁度よかっただろう」
「到着した瞬間から、時間移動まで通じない相手に捕まったと思ったんだヨ」
「間違っておらんな」
「そこは否定してほしかったネ……」
やれやれと首を振りながら、超は去っていった。
その背中を静かに見送る。
未来から来た、人類最後の生き残り。あの小さな背中に、失われた未来の人々の意思まで乗せている。
それでも、彼女は自分の足で歩いている。
「せいぜい励め、小娘」
小さく呟き、宿舎への道へと歩き出す。
少しくらい便宜を図ってやっても、罰は当たるまい。