魔法先生ギルガメッシュ 作:長LAVA
ギルガメッシュのイメージ崩壊の1つ、戦闘スタイルの差が出てきます。
具体的にはうちのギルガメッシュの適正クラスは
セイバー>ランサー>アーチャー>キャスター>バーサーカー>ライダー アサシン(適正なし)
です。
未来から来たというあの少女――超鈴音が現れた元日の夜から、さらに半年ほどの時間が流れていた。
麻帆良に春が訪れ、新年度が始まる。この時代での教師生活も、とうとう2年目へと入った。
全てが手探りだった最初の頃とは違い、今では日々の業務もすっかり馴染んでいる。授業の進め方にも余裕ができ、生徒の理解度に合わせた個別の課題作成も、自然と毎日の作業に収まっていた。
超は正式な生徒として女子中等部に潜り込み、持ち前の頭脳と要領のよさで立ち回っている。時折、こちらの様子を窺うように顔を見に来ては、調べたことを話したり、軽口を置いていったりするようになった。
夜の校舎を見回れば、さよがふらりと壁から顔を出し、昼間にあった生徒たちの噂話などを聞かせてくる。
エヴァンジェリンのところへ足を運ぶのも、赴任当初に比べれば随分と気安くなっていた。
特に用事がなくとも、夜になれば宝物庫から出した酒や茶を提げて顔を出し、適当に言葉を交わして帰る。時には何を話すでもなく過ごし、気が付けば夜が更けていることもあった。
そうした付き合いまで日常へ馴染んだ頃、2度目の夏休みがやってきた。
◆
夜になっても、空気には昼間の熱が残っていた。
いつものようにエヴァのコテージを訪れ、黄金の波紋から取り出した冷えた酒を飲む。開いた窓からは、微かに虫の音が聞こえている。
「せっかくの休みなんだろう。どこか行かないのか?」
グラスを傾けながら、エヴァがふとそんなことを聞いてきた。
「学園外へ出掛けるつもりはないな」
特別、どこかへ旅行して回りたいわけでもなかった。美味いものが食いたければ蔵を開ければ済むし、今すぐ訪ねてみたい土地もない。
麻帆良の中を歩くだけでも、それなりに暇は潰せる。だが、グラスの氷を揺らしているうちに、少しだけ別の欲が出た。
「とはいえ、休みなのだ。少しくらい遊びたいとは思っておるがな」
日々の暮らしに飽きたわけではない。ただ、せっかくの休暇を普段と同じことだけで終えるのも惜しかった。
エヴァは少し考えるようにグラスを置き、それから部屋の奥へ目を向けた。
「なら、ちょうどいいものがある」
持ち出してきたのは、スノードームによく似た魔法具だった。透明な球の中に小さな建物が見え、外から眺めるだけなら凝った置物にも見える。
ダイオラマ魔法球、と彼女は呼んだ。
内部には広大な空間があり、自分の別荘として使っているという。外界とは時間の流れが異なり、外での1時間が中では1日分に相当するそうだ。
居住設備だけでなく、書庫や海、魔法や気を使える修練場所まで備わっているらしい。
何より、内部では学園の呪いに力を抑えられず、エヴァ自身が本来の魔力を行使できる。チャチャゼロも自由に動けるとのことだった。
「ほう。面白そうなものを持っておるではないか」
視線を向ければ、外と内を繋ぐ仕組みも、その向こうへ広がる空間も見えてくる。
だが、せっかく本人が自慢げに案内するというのだ。先回りして説明を潰すような真似はせず、続く話を聞くことにした。
◆
魔法球の中へ足を踏み入れると、虫の声に代わって潮騒が耳へ届いた。頭上には広い空があり、風を受けた海面が明るく輝いている。
先ほどまで小さな球に収まっていた景色とは思えず、少しばかり立ち止まって眺めてしまった。
今夜は教師用の背広ではなく、胸元の開いた白い上衣に、金の首飾りと腕輪を合わせていた。茶と金が混じる細身のズボンに白い靴という、街を歩く時にも好んでいる普段着だ。
袖を抜けていく潮風には、こちらの方がよく合う。
エヴァの案内で建物の中へ入り、部屋や書庫を順に見て回った。棚へ並ぶ本に足を止めると、読むなら後にしろと先から声が飛んでくる。
ひと通り案内を終えた後は、海を望むテラスで食事を取ることになった。
「ナンダ、コノ金ピカノ成金野郎ハ」
「口の減らん人形だ。薪にくべられたいならそう言え」
チャチャゼロとも初めてまともに会話をしたが、随分と口が悪い。こちらも人形相手に遠慮するつもりはないので、売られた分だけ言い返してやる。
エヴァは止めもせず、少し離れたところから可笑しそうに眺めていた。
茶を飲み、食事をし、とりとめのない雑談を交わす。皿が空になってからも急いで席を立つ理由はなく、しばらくは海を眺めながら過ごした。
向かいに座るエヴァの違いは、中へ入った時から明らかだった。
外では抑え込まれていた魔力が、今は淀みなく身体を満たしている。本人は普段と同じように茶を飲んでいるだけだが、その奥にある力には窮屈さがなかった。
聞いていた通り、ここでは本来の状態に戻るらしい。
教室で頬杖をついている姿には慣れたが、真祖の吸血鬼として「闇の福音」と恐れられたのは、こちらのエヴァだった。
その姿を眺めるうち、先ほど案内された修練場が頭に浮かんだ。
広さは十分にあり、外の街を気にする必要もない。時間にも余裕がある上、目の前には力を使えるエヴァと、自由に動くチャチャゼロまでいる。
麻帆良へ来て1年以上。平和な教師生活そのものは気に入っているが、まともな強敵と長く戦う機会はなかった。
当直で遭遇する悪魔程度なら、必要な財を幾つか出せば終わってしまう。戦いながら次々と手を変え、身体と感覚を使い続けるようなことは、こちらへ来てからほとんどしていない。
身体が弱ったわけではない。力も精度も、以前と変わらず扱える。
ただ、武器を選びながら間合いへ入り、別方向の敵へ狙いを定める時、以前なら考えなかったところで僅かに意識が挟まる。それがどうにも気に入らなかった。
他人が見ても分からぬ程度だろう。それでも、長く戦場へ立っていた身には気になる。
刃についた微かな錆のようなものだ。使って落とすにも、相手がすぐ倒れてしまっては確かめようがない。
だが、目の前の吸血鬼なら話は別だった。
「エヴァ」
「何だ?」
「付き合え」
「……何にだ?」
「戦だ」
唐突な提案に、エヴァが眉を寄せる。こちらは杯を置き、軽く右手を開いてみせた。
「少々、勘が鈍っておるのでな」
「……お前が?」
「他に適当な者がおらん。貴様なら多少乱暴に扱っても問題あるまい」
エヴァの額に、薄く青筋が浮いた。
だが、こちらを見る目には興味もある。何ができるのか気にしていた男が、自分から確かめる機会を持ち出したのだ。機嫌を悪くしただけで断るには、惜しい話らしい。
「ふん……言ってくれるじゃないか。後悔しても知らないぞ」
やがて口元を吊り上げ、エヴァは椅子から立ち上がった。
◆
修練場へ移動すると、始める前に周囲へ防護の財を配置した。
戦闘の余波を居住区や魔法球の根幹へ通さぬよう、幾重にも守りを重ねていく。足元が多少荒れるのは避けられまいが、遊び場そのものを失うつもりはなかった。
「……本当にもつんだろうな、それ。間違っても別荘まで壊すなよ」
「我の財を疑うか?」
「お前の加減を疑ってるんだよ」
そう返されたので、鼻で笑って作業を終える。
殺し合いではない。取り返しのつかない攻撃は使わず、勝負が決まれば止める。その点だけは互いに確かめた。
ただし、それ以外では本気で勝ちに行く。使わぬ手を決めたからといって、相手に勝ちを譲る理由もない。
距離を取ると、エヴァの背後で人形たちが動き始めた。
球体関節を持つ人型や、四つん這いの獣を模したもの。大小様々な姿が左右へ散り、こちらを囲むように位置を取っていく。チャチャゼロも短剣を手に、足元を窺っていた。
こちらは背後へ、数門の黄金の波紋を開く。
「来い、エヴァンジェリン。拝謁を許す」
言い終えるのとほぼ同時に、人形群が地を蹴った。
正面から飛び掛かってきた獣型へ半歩踏み込み、その頭を片手で鷲掴みにする。
突進の勢いを下へ曲げ、そのまま石畳へ叩きつけた。硬い破砕音と共に外装が割れ、腕へ伝わっていた重さが崩れていく。
頭を離すより先に、右から別の人形が迫った。腰を回して脇腹へ蹴りを入れると、吹き飛んだ身体が後続へ激突する。
それを飛び越えた1体は、背後の門から放った剣に胸を貫かれ、足をつく前に地面へ落ちた。
人形へ手を掛けている間も、
迂回するものを槍で縫い留め、エヴァの放つ氷の礫は空中で砕く。真正面へ飛ばした武器の間を抜け、低い位置から小さな影が入り込んできた。
「人間ニシテハ動ケルナ!」
チャチャゼロの短剣が、膝の裏へ伸びる。
脇の空間から長剣を抜き、刃を下へ向けて受け止めた。続く一撃も弾き上げ、空中で体勢を崩したところへ前蹴りを叩き込む。
小さな人形は両腕で受けながら吹き飛んだが、転がる途中で石畳へ短剣を突き立て、強引に勢いを止めた。
「ふっ、まずはその程度か」
煽りながらも、自分の足運びには僅かな不満が残った。
蹴りを戻した後、次の人形へ向き直るために余分な一歩を使っている。その分だけ、別方向へ出す武器の角度も組み直した。
間に合ってはいる。だが、以前なら要らなかった動きだ。
長剣を持ち直したところで、人形の向こうからエヴァが踏み込んできた。
「遅いぞ。いつまで我を待たせるつもりだ?」
「それのどこが鈍ってるんだ、お前は!」
怒鳴り返しながら、エヴァが手元へ魔力を集める。
「
生まれた刃を構え、人形の間を抜けてくる。
前にいた1体は盾になるのではなく、こちらの射撃を受ける寸前に身を捻った。肩を砕かれた残骸が視界へ散り、その陰からエヴァの剣が伸びる。
長剣を下から合わせると、激しい衝撃が肩まで抜けた。
刃を押し合う間に距離が詰まり、冷気が剣身を伝って指先へ迫る。だが、こちらもそのまま力比べに付き合うつもりはない。
片足を踏み込み、腹を狙って膝を突き上げた。
「くっ!」
エヴァは脚を上げてそれを受け、衝撃を逃がしながら剣を押し返す。
その背後へ新たな門を開いた。気付いたエヴァが横へ跳び、間へ氷の壁を立てると、射出した槍が厚い氷へ突き立った。
こちらは空いた手で別の槍を掴み、腕を振り抜いて直接投げる。
エヴァは上へ躱したが、その退路には、別の門から放った戦斧が迫っていた。
宙で逃げ場を失ったかに見えたところへ、人形が1体飛ぶ。エヴァはその肩を足場に身体を捻り、人形だけを斧の前へ残して抜けていった。
着地と同時に、今度は彼女の氷がこちらの足元を走る。
「フハッ! よい、今のは褒めてやろう!」
「そんなものはいらん!」
地を蹴って氷を避け、頭上から来る人形を斬り落とす。横では槍と氷の矢がぶつかり、その破片の下をチャチャゼロが駆け抜けた。
エヴァ本人へ踏み込めば、別方向の人形がこちらを狙う。人形へ剣を返せば、その隙を魔法で埋めてくる。
あちらは自分が斬りかかっている間も、人形を止めない。
こちらも同じだ。エヴァの刃を受けながら、背後へ回った人形を撃ち抜き、チャチャゼロの進路へ槍を落とす。
目の前で剣を交えているというのに、少し離れた場所では別の攻防が続いていた。
人形と黄金の武器が行き交う間を、当人たちまで走り回る。一騎討ちと呼ぶには、随分と騒がしい戦場だった。
エヴァが頭上へ回る。人形を先に落とし、その陰から刃を振り下ろすつもりらしい。
上へ向けた数本の槍で進路を塞ぎ、身を捻って抜けてきたところへ剣を合わせた。
「頭が高いぞ、エヴァンジェリン!」
「叩き落としてから言え!」
返された刃を受け、身体を沈めて蹴りを躱す。
今度は足が、思った通りの場所へ収まった。次の財を選ぶ手間も少しずつ薄れ、身体が戦いの速さに馴染んでくる。
まだ気になるところはある。それでも、直す度に次の一手が繋がる感覚は、久しく味わっていなかったものだ。
口元が緩むのを抑えず、さらに門を増やしてやる。
「人形も魔法も惜しむな。全て出せ」
「言われなくても、すり潰してやる!」
エヴァの声にも、初めの頃の呆れはもうなかった。
こちらの射撃を抜ける度に笑い、届きかけた一撃を捌かれれば、次は別の手で入ってくる。今は勘を戻すために付き合うというより、どうにかしてこちらへ一撃を通したい顔をしていた。
こちらとしても、その方がよい。
◆
エヴァが大きく後ろへ跳び、人形群を前へ出した。
チャチャゼロがその間を走り、氷の矢が低い位置を塞ぐ。追う足を止めるには十分な組み合わせだが、わざわざ距離を取った理由はそれだけではなかった。
「リク・ラク ラ・ラック ライラック――」
人形の向こうで、魔力の集まり方が変わる。
こちらは射出を続けながら、その膨らみを見据えた。これまでの攻撃に足すにしては、随分と大きな術だ。
「契約に従い 我に従え 氷の女王」
ここで本人へ狙いを集め、詠唱を潰す手もある。
だが、何を使うつもりか分かれば、わざわざ完成前に崩す気にはならなかった。せっかく本来の力を使える場所へ来たのだ。その先も見せてもらおう。
飛び込んできた人形の腕を掴み、横から迫る別の1体へ叩きつける。その間を抜けたチャチャゼロには剣を向け、進路を外へ押しやった。
「ほう。次はそれを使うか」
「疾く来れ 静謐なる 千年氷原王国」
エヴァは詠唱を続けながら、まだ人形へ指示を送っている。
こちらの射撃が途切れぬように、向こうも唱えるためだけに全てを止める気はない。その手際を眺め、少し笑った。
「よい。魅せてみよ」
「咲き誇れ 終焉の白薔薇」
周囲の温度が下がり、エヴァの足元から白い冷気が広がる。
こちらへ迫った氷弾を剣で払い、残った欠片を踏み越えた。
「我の前で切り札を晒すのだ。半端なものを出すなよ?」
「
大魔法が完成し、膨大な冷気がエヴァの周囲を包んだ。
放てば修練場をまとめて氷漬けにできるだけの力がある。だが、彼女はそれをこちらへ撃たず、手元へ留めたまま腕を上げた。
「なるほど。そのための術か」
目の前へ来た人形を槍で弾き退けながら、その先を見届ける。
エヴァが掌を向けると、白く膨れた魔力が一点へ集まっていった。
「
冷気の流れが止まり、完成した術式がそこへ縫い留められる。
次の瞬間、エヴァはそれを掴むように手を伸ばした。
「
待機していた魔法を握り潰し、その力を自らの裡へ取り込んでいく。
外へ放つはずの魔力が身体へ収まり、背中から氷の翼が形を取り始めた。
「術式装塡――|千年氷華《アントス・パゲトゥー・キリオーン・エトーン》。
冷気が爆発的に広がり、石畳が白く染まった。
砕けた人形の欠片にも霜がつき、足元へ流れる風が肌を刺す。エヴァはそこへ立っているだけで、周囲を自分の領域へ変えていった。
こちらを見返す目が、愉快そうに細められる。
手を掲げた瞬間、今度は詠唱もなく氷の槍が降った。
その欠片が落ちるより早く、地上では
正面へ盾を出して吹雪を受け、その左右から武器を放つ。
盾の縁が白く凍る間にも、人形たちはこちらの横へ回っていた。エヴァ自身も、術を放ち終えるのを待たずに動き始めている。
「ふふ……ハハ。ようやく切り札らしいものを出したな」
細かな氷片を避けるために足を使えば、その分だけ踏み込みが遅れる。
今のままでも捌けるが、守るための動きをもう少し減らせれば、さらに前へ出られそうだった。
「よい。そこまで見せた褒美だ。我も少しばかり装いを改めてやろう」
身体の周囲へ黄金の光が開き、慣れた重さが肩へ乗る。
胸から腕、腰、脚へと鎧が収まり、指を握ると籠手が鳴った。先ほどまで風に揺れていた白い上衣は、重厚な装甲の下へ隠れている。
盾を蔵へ戻すと、氷の飛礫が肩を打った。甲高い音を立てて砕けたが、足を止めるほどの衝撃はない。
エヴァが僅かに目を細めたところで、こちらも笑ってみせた。
「喜べ、エヴァンジェリン。我が鎧を引きずり出したのだ。光栄に思うがよい」
前へ出てきた人形を頭上からの射撃で縫い留め、凍った地面を踏み砕く。
「ふふはははは! ここからだ。精々ついて来い!」
◆
「避けなくなったな!」
「避ける必要がなくなったのでな!」
肩や胸へ当たる氷は装甲へ任せ、正面のエヴァへ踏み込む。
ただし、全てを同じように受ける気はない。手にした断罪の剣へはこちらも刃を合わせ、足を封じようとせり上がる氷は、届く前に槍で砕いた。
エヴァも、鎧へ礫を当て続けるだけでは済ませなかった。
一度退くと、今度はこちらの足元へ冷気を集める。踏み出した靴の周りが凍り、後ろから来た人形の腕が肩へ絡んだ。
足と肩を止め、その間に自分の剣を通すつもりか。
肩へ掛かった腕を掴み、身を捻りながら引き下ろす。頭上を越した人形が前へ叩きつけられ、凍った地面へ大きな亀裂が走った。
その亀裂へ足を踏み込み、靴を覆っていた氷ごと砕く。
エヴァの刃が首のそばを抜けた時には、もう身体を横へずらしていた。返す肘が肩口を狙うと、彼女も即座に腕を立てて受け、衝撃に乗って距離を取った。
「……力任せに剥がすか」
「貴様が足を止めたがるのでな!」
退いた先へ、黄金の門から槍を送る。
エヴァがそれを氷で阻む間に、こちらは横から飛び込んできたチャチャゼロへ穂先を向けた。
小さな人形は槍を避けず、短剣で柄を押しながら懐へ潜り込もうとする。先ほどと同じように弾かれぬよう、こちらの腕まで詰めるつもりらしい。
柄を短く持ち直し、石突を跳ね上げると、チャチャゼロは身体を捻って躱した。その短剣が籠手を擦り、細い傷を残す。
「ケケケ、全部覆ッテルワケジャネエダロ!」
鎧の継ぎ目へ視線が向いていた。
なるほど、と笑いながら槍を引き、踏み込んだ勢いで肩を当てる。チャチャゼロが外へ弾かれたところへ人形が腕を伸ばし、その小さな身体を拾っていった。
エヴァはそれを次の足場にして、再びこちらへ向かってくる。
今度の刃は押し合うつもりがなく、槍の柄へ浅く触れ、そのまま手元へ滑ってきた。
槍を手放し、刃が指へ届く前に蔵へ戻す。
同時に反対側の門から剣を抜き、下から払い上げた。エヴァは氷の翼を広げて身を浮かせ、切先の上を越えていく。
追って脚を振り上げ、頭上から踵を落とした。
間へ差し込まれた氷の塊が砕け、白い破片が散る。エヴァはその裏から横へ逃れ、こちらの着地点へ氷の刃を走らせた。
まだ地へ足をつく前に、左右の門から剣を放つ。
氷を砕いたその間へ降り、間髪を入れず前へ出ると、エヴァは不満そうに舌打ちした。
近接で押し返しても、その間に射撃は止まらない。
あちらも同じだった。剣を躱したと思えば人形が入り、足を止めれば氷が迫る。こちらを見据える瞳からは、退く気など少しも窺えなかった。
やがて、修練場の各所から太い氷柱が伸び始めた。
直接こちらを狙うものだけではない。射線へ割り込み、武器を受け止める壁として立っている。その陰を人形が走り、チャチャゼロが位置を変えた。
剣で柱を削れば、砕いたところへまた氷が重なる。
上から撃とうとすれば氷槍が迎え、低く通した槍の前には別の柱が立った。使える氷を、盾にも足場にも惜しみなく回しているらしい。
「どうした? その蔵も、狙いが通らなければ困るだろう」
「ほう。ならば最後まで塞いでみせよ」
門の高さを変え、柱の間へ細い刃を通す。
エヴァは人形を退かせたが、狙っていたのはその身体ではない。柱の縁へ触れて張り直される糸に刃を当て、動きが遅れたところへ槍を重ねた。
人形が倒れた場所へ、自分も踏み込む。
氷の壁を足で蹴り崩し、飛んでくる破片を肩で受けながら抜けたところで、背後からチャチャゼロが追ってきた。
こちらへ刃を振るうのではなく、エヴァへ向かう剣を邪魔する位置へ入っている。これで一度受ければ、その間に本人が前へ出るつもりだろう。
ならば、と空いた指先へ魔力を集めた。
「コスモス・アニムス・アントルム――
生まれた光が、人形の列の間へ散った。
王の財宝を防ぐために立った氷壁の横を抜け、こちらへ近付こうとしていた人形の関節を弾く。足場を崩されたチャチャゼロが、空中で舌打ちした。
残る1矢は、エヴァの前へ生まれた
その軌道へ盾を出して受け、向こうの顔を見る。エヴァは次の氷槍を並べながら、呆れたように眉を寄せていた。
「その蔵だけでもうるさいのに、まだ増やすのか!」
「使えるものを使って何が悪い。貴様も随分と忙しそうではないか」
打ち合う音の中へ、笑いが混じる。
こちらが一手増やせば、向こうも別の手を足す。剣も人形も氷も、ただ順番に来るものはもうなかった。
それでも、先ほどまでとは違う。
エヴァの踏み込みを見た時には、別方向の人形へ送る槍も決まっている。剣を受ける腕が動くのと一緒に脚が出て、足元へ来た人形を蹴り退けていた。
狙いを組み直すための余分な一歩が消え、財へ手を伸ばすのも、撃つのも、身体を動かすのも、途切れずに繋がっていく。
長く戦場へ立っていた頃の感覚が、ようやく手足へ戻ってきた。
「フ、ハハ……ハハハハハ!」
エヴァの刃を弾き、肩を並べるほどの距離ですれ違う。
その背後に開いた門を彼女が氷で塞ぎ、こちらの足元にも同時に人形が入る。蹴り退けた身体を槍で追いながら、腹の底から笑った。
「よいぞ、エヴァンジェリン! 人形も魔法も、貴様自身もだ! 我がまとめて相手をしてやる!」
「さっきからやってるだろうが!」
怒鳴り返す声にも、笑いが混じっていた。
こちらもさらに門を増やし、氷の雨へ武器を重ねる。軽い礫は鎧に当たるまま進むが、剣が届く間合いでは、足も腕も休めるつもりはない。
外へ逸れた吹雪が、周縁の防護に当たって散った。
居住区にも、魔法球の根幹にも影響はない。そのことを確かめ、エヴァが新たに並べた魔法陣へ視線を戻す。
◆
人形の動きが、また変わった。
外側へ散っていたものまで集まり、氷柱の陰へ位置を取る。チャチャゼロも無理に飛び込まず、短剣を持ち直してこちらを見ていた。
その頭上で、幾つもの魔法陣が重なる。
正面を抜ければ人形が待ち、左右へ動けば氷槍が追う。上へ逃れても、その先にまた魔法が残る配置だった。
「もう、勘は戻ったんだろうな?」
「ああ。まだ確かめたいか?」
「なら、調子のいい時に倒してやる」
「ふっ。よく言った。来い」
こちらも新たな門を開き、射線を揃えた。
これまでより多くの穂先が空へ並ぶ。人形を押さえるもの、氷を砕くもの、エヴァ本人を追うもの。それぞれを向けた先で、白い風が膨れ上がった。
先に降ったのは、頭上からの氷槍だった。
それを剣と槍で迎えると、両側の柱の陰から人形が走り出す。射撃が上へ向いた隙を狙ったらしいが、横へ向けていた門は、そのために残してある。
人形の列を槍が貫き、先頭を止める。後続が飛び越し、その下をチャチャゼロが抜けた。
片手の短剣を投げ、自分は逆側へ回り込む。こちらがどちらを追っても、もう片方が届くような位置だった。
飛来した短剣を手元の剣で弾き、チャチャゼロの前へ斧を叩き込む。
地面を避けて跳んだところへ、横から長い槍を送った。チャチャゼロは柄を押し、空中で身体を返したが、その分だけ前へ出るのが遅れる。
正面の白い幕が裂け、エヴァが姿を見せた。
足を止めれば氷に呑まれ、抜ければ彼女の間合いへ入る。人形もチャチャゼロも、その一撃を通すためにこちらの手を使わせたのだろう。
肩へ降る氷を鎧で受け、重いものだけを盾で流しながら踏み込む。
左右の門は人形を撃ち続け、頭上では氷槍と宝具が砕け合っている。その下で、エヴァの断罪の剣が低く走った。
同時に、こちらの首元へ氷の刃が生まれる。
剣を受けるだけなら氷が届き、横へ躱せば本人が追ってくる。どちらかだけへ意識を向ければ、その時点で負ける。
最後の一歩を浅く踏み、剣を出した。
エヴァの刃へ直接合わせるより早く、別の門から射出した1本が、その側面を打つ。
叩き落とすほどの衝撃は要らない。
ほんの僅かに軌道が外れ、こちらの腕を通す隙間ができた。その間を抜けた切先が、喉元の手前へ届く。
そこで、剣を止めた。
ほぼ同時に、首へ迫っていた氷も肌の寸前で留まる。顔のすぐ横に冷たい刃が浮いたまま、互いの視線が合った。
「……っ。私の負けだ」
エヴァが息を吐き、断罪の剣を消した。
首元の氷が砕けたのを見て、こちらも剣を下ろす。まだ飛んでいた武器を人のいない場所へ逸らし、人形の動きが止まるのを確かめた。
遅れて、周囲が静かになる。
吹雪が薄れ、宙へ散っていた氷が地面へ降った。エヴァの背にあった翼も、やがて白い霧となって崩れていく。
武器を回収し、黄金の鎧を蔵へ戻す。
肩の重さが消えると、冷えた風が上衣の袖を揺らした。軽く手を開き、握り直してみる。動く度に気になっていた違和感は、今はほとんど残っていなかった。
「……うむ。大分戻ったな」
「大分?」
エヴァが呆れた目でこちらを見て、それから周囲を見渡した。
防護の向こうにある建物は無事で、魔法球にも異常はない。だが、修練場の石畳はあちこちで砕け、深い穴と亀裂の間に、まだ巨大な氷塊が残っていた。
人形の残骸まで混じっているので、そのまま歩くには少し邪魔が多い。
「おい」
「何だ」
「壊すなと言ったよな?」
「壊れてはおらん。まだ使える」
「そういう問題じゃない!」
怒鳴るエヴァへ、肩を竦めて返す。
だが、戦いそのものには十分満足していた。あの人形が割り込まなければ届いた一撃も、人形へ手を掛けた瞬間を狙われたことも、幾つもある。
魔力や技の性質は、以前から見えていた。
それでも、刃を合わせている最中に別の手を回され、次の一撃でこちらの動きを変えられる感覚は、眺めているだけでは味わえない。
「なかなかやるではないか」
そう告げると、エヴァは忌々しそうに眉を寄せた。
「上から言うな」
「事実を述べたまでだ」
今度は反論せず、短く息を吐いて髪を払う。その口元が、僅かに緩んだ。
◆
危うく崩れそうな氷だけを片付け、残る仕事は後へ回してテラスへ戻った。
王の財宝から料理と酒を出すと、エヴァは文句を言うより先に皿へ手を伸ばす。こちらも杯を満たし、焼いた肉を切り分けた。
先ほどまでの轟音が嘘のように、今は海から穏やかな波音が届いている。
よく動いた後の食事は、いつもより旨かった。
「お前のあの戦い方、性格の悪さが滲み出てるぞ」
「ふっ、貴様の人形遊びに言われたくはないな」
「オイ、蹴ルニシテモ加減シヤガレ」
「貴様が飛び掛かってきたのであろう」
チャチャゼロまで口を挟んできたので、杯を傾けながら返した。エヴァは止めもせず、呆れたように料理を口へ運んでいる。
互いの手についてまだ少し言い合ってから、ふと、外ではほとんど時間が経っていないことを思い出した。
「明日は何をする」
「また戦う気か?」
「それでも構わんぞ」
「まず今日壊したところを直せ!」
即座に返された言葉へ、思わず笑いが漏れる。
遊び場の修繕まで予定に加わったが、それくらいは仕方がない。残った料理へ手を伸ばしながら、海の向こうへ目をやった。
教師としての休暇の過ごし方としては、なかなかに悪くない1日だった。
Geminiくんにチャッピーとともに考えたプロットを渡したら「エヴァンジェリンという幼児に対する暴行表現」とかいうのが出てきて生成を拒否されて投稿遅れました。かなり笑った。