思ってたのと違う世界にようこそされてた 作:風見鶏
多分、俺は転生というやつの最中だ。
名前はまだない。ちょっと前まで目まぐるしく景色が変化していたのだが、ようやく落ち着いたようだ。
地平線の彼方に太陽が沈んで、出てきて、朝が来て夜が来て、なんか知らんけど大爆発! 生物誕生の瞬間みたいなのが見えた。
全てを知ってしまったウンチャラっていう動画みたいな感じだった。とても怖かったよ。
怖いといえばアライグマって怖いよね。
アライグマ。タヌキっぽいけど少し違う、ファンシーな見た目の特定外来生物だ。
俺はアイツに殺された。だから怖い。
ゴミを漁ってたから追い払おうとして噛まれたんだけど、それで何かしら感染してしまったらしい。病院に連れてってくれなかった両親のせいだ。
そんなわけで俺、死因はアライグマ。次に見かけたら絶対に駆除してやる。法律違反とか知るか。
さて、アライグマに殺された俺は、もう少しで転生することができるようだ。
記憶が消えるか残るかはわからん。今は手術中の女性を上から見下ろしている。この状況、最初のうちはテンパってたけどもう慣れた。試験管がどうのとか言ってたのは考えたくない。忘れよう。
『産まれたらすぐにDNA鑑定だってさ。四宮の証を残しておくんだと』
『試験管ベイビーなことといい、ろくな未来が待ってなさそうだよなぁ』
医者達はリラックスした雰囲気で手術を進めていたが、余計なことを聞かせないで欲しい。
あれ今、四宮って言った? と思考した次の瞬間、俺は目の前が消失した。真っ暗になった。
『四宮かぐやとは違って、こっちは引き取らなかったのか』
『まあ、元々が試験管ベイビーだしな』
次に意識が戻った時、俺は白い部屋に寝かされていて、すぐ近くから男達の話し声が聞こえてきた。
すぐには頭が働かず、天井のシミを数えていた俺。
しばらく経ってから、はたと気づいた。
ここ、かぐや様の世界なんじゃないか──と。
正式名称は『かぐや様は告らせたい』。一時期俺がハマっていたラブコメだ。白人のクォーターの金髪メイドが超可愛い。まさか異世界転生なんて……と最初は信じられなかったが、信じるようになってから俺は決めた。
メイドの早坂さんと仲良くなろうと。
四宮ってことは恐らく、主人公の四宮かぐやの関係者ポジションだろう。ならば接点はあるはずだと、前向きに生きることを誓ったのだが
『ここから出たい? おい、コイツに再教育を施す。しばらく隔離だ』
『えっ』
なにやら様子がおかしい。
ずっと白い部屋から出れないから、五歳くらいの時に『おじさん出して』って頼んだ。そしたら再教育という名の拷問が始まり、俺は地獄を見ることに。
その時、思ったんだ。
やっぱり気のせいじゃない。これ別のやつ。それか別の世界が混ざってるぞ、って。
◆
俺の名前は四宮
そして、白い部屋はホワイトルームという名前の施設だった。人工的に天才を作り出すために、とある政治家が大金はたいて作ったらしい。
出所は
四宮の人が迎えに来て、『もうあそこには戻らなくていい』、と言われて万歳した。ホワイトルームは虐待しながら教育する施設なので、めちゃくちゃしんどかったのだ。もう軍人相手に戦闘とかしなくていいと思うと、心がぱあっと明るくなった。
ここから、俺の物語は始まるんだ。かぐや様の物語の一員になるんだとウキウキしていたのだが、
◆
ぼんやり生きてたら実の母親が迎えに来て、俺は四宮の家からエスケープを果たした。
もっとふさわしい場所に連れて行ってあげると言われ、大人しくついて行った先にいたのは
「長旅お疲れ様でした。お久しぶりです。
慎ましくて優しそうなお嬢様だった。
小柄で綺麗な顔をした、
だからお久しぶりなのだが、俺からすれば『この天使は誰だ』である。そして、何故に天使のもとに連れてこられたのかも不明だったが、母を名乗る女性はとっとと帰宅してしまった。無責任にもほどがある。そういえば試験管ベイビーだったなと思い出し、名状しがたい悲しさを感じた。
「ホワイトルームには色々と興味がありまして、出身者がいると聞いたので、連れてきてもらったんです。四宮の家には戻りたくないんですよね? それなら、高校に入るまでこの屋敷で暮らしてください」
と、坂柳有栖は優しく手を差し伸べてくれた。
俺はここでも確信したよ。やはりこの子は心まで清純な天使なのだと。初対面から数日間は信じてた。それ以降は信じられなくなった。
◆
坂柳有栖の父親と俺の実母は、古い友人関係だそうだ。今でも連絡を取る機会があって、俺(試験管ベイビー)について相談されたんだと。
預けてもいいか、引き受けましょう、というようなやり取りがあったんだってさ。あっちこっちホイホイ移動させて、子供の人生をなんだと思ってるんだ!
俺は憤ったが、誰も慰めてはくれなかった。顔にも口にも出さなかったから、しゃあない。
さて、四宮といえば四宮財閥。日本を牛耳る四宮帝国──というのがかぐや様の設定だ。しかし、物語終盤で色々あって、事実上の解体・縮小に追い込まれる。
主人公の四宮かぐやは政略結婚させられそうになっていたが、もう一人の主人公の
なお、俺が転生したのはエンディング
「かつては内閣の意思決定すら歪めていた四宮グループですが、今は悲惨なものですね。膿を出し切って生まれ変わることを目指しているようですが、水面下では抵抗する方々がいるようですし。噂では、新たなリーダーを担いで、グループの復興を目論む勢力が存在するとか」
俺はかぐや様の物語を諦めた。怖いし。それに、どうせメインストーリーは終わっちゃってるし。
「それで、ここはどんな世界なの? 登場人物がまるでわからん」
「また、おかしなことを言い出しましたね……ホワイトルームの後遺症でしょうか……?」
有栖は転生の話を信じてくれなかった。
アライグマの話は『素敵な妄想ですね』と笑われた。頭の中でどう考えてるのかは知らんが、雰囲気はバカにしてたな。顔が可愛いから許すけど、それじゃなかったら頭グリグリしてたかもしれない。
「転生とかアライグマの話は忘れてください。もうすぐ高校に入学するのですから、これからは健やかな日々を過ごすことをお勧めしますよ」
これは出会った初日にわかったことだが、どうやら俺は同情されているようだ。生まれた瞬間から白い部屋に閉じ込められ、機械のように学習させられ続けていたことを、彼女は可哀想だと考えていたのだ。
お前に何がわかるとかは思わなかったよ。だって可哀想じゃないか。めちゃくちゃ可哀想だよ俺。アライグマに殺されて、次の人生は白い部屋ルートとか。言っとくけど、イジメとか万引きとかしたことないから。それなのにこの仕打ちはないだろう。神様に対して怒っているよ、俺は。
「高校では心機一転、恋人でも作ってみたらどうですか? 恋は人生を彩るといいます。きっとプラスになるはずですよ」
「恋か……恋愛頭脳戦とかしてみたいな」
「なるほど。そういう恋もありますね。ふふ、私も挑んでみたいものです。
清隆というのは、
綾小路清隆は天才であり、有栖は見学に来た時、彼に目をつけたらしい。以降は清隆のことを何度も思い出すようになり、いつの間にか幼馴染のように思うようになっていた。今ではずっと一緒にいたような感覚がたまにあったり、なかったり。
なお、これは大切なことだが、清隆は有栖のことを顔も名前も知らない。全ては一方通行のクソデカ感情である。これも大切なことだが、クソデカ感情だ。ちょっと気持ち悪いレベル。
「もし奇跡的に再会できたとして、そのテンションで行くのはやめときなよ? 会ったこともない人から『幼馴染のように感じていました』、とか言われたら怖いから。普通に振る舞うんだよ?」
「はぁ……わかっていませんね。貴方は考えが浅すぎます。女心もわからないくせに、がたがたと口出しするのはやめて頂けますか。私達の問題に口を挟まないでください」
指摘すると、有栖は決まってヘソを曲げた。
たしかに女心に詳しくはないが、私達の問題じゃないだろ。清隆はお前の顔も名前も知らないし、完全に一方通行なんだから。
「私達の問題に茶々を入れる前に、自分の心配をするべきだと思いますよ。人生には彩りが必要ですから、趣味を見つけたり、友人を作ったり、恋人との時間を味わってみたり……」
「そこら辺はぼちぼち頑張るって。彼女は絶対欲しいし」
それこそ何人でも欲しい。前世でまともな相手ができなかった分も含めて、景気よくパァーっといきたいもんだ。現実は厳しいのはわかってるが、夢は見るだけなら問題ない。金はかからないし他人に迷惑をかけることもないのだ。
とりあえず彼女は絶対作る。
高校出たら人生どうなるかはわかんないけど、後のことは考えても仕方ない。在学中だけでも自由に恋愛したいもんだ。絶対する。
◆
高校に入ったら、半年以内に彼女を作ろう。
俺は余裕をもった期限を定めていた。ずっと白い部屋にいたから外の世界には疎いところがあるし、まずは友達を作ろう。そうして徐々に慣れながら、半年くらいで彼女ができたら嬉しいな。
進学先は高度育成高等学校と呼ばれる凄い名前の高校だった。名前が長いので、
なんと国立。世界に通用する人材を育成することを目的としているエリート校だ。
かぐや様に出てくる名門校、
となれば、いいところのお嬢様や努力家の才女とか、自分を磨くことのできる女子が沢山いるはず。
焦らずゆっくりと、まずはクラスメイト達の可愛さレベルをチェックしよう。そう思っていた。
「私と恋愛契約をしませんか? 誰かにお願いしようと思っていたのですが、四宮君は最も信頼が置けそうだと感じたので、ぜひぜひご検討のほどを!」
入学初日。
俺は今、天使みたいな女の子に恋愛関係にならないかと誘われている。
入学式が終わった直後なんだが、何をどう見てそんなに信頼されたのか全くわからん。
「ふふっ、いきなりこんな申し出をすれば、動揺されるのは当然ですよね。ですから、一週間ほど考えていただいても構いません」
控え目に言っても美少女だった。
たおやかな相貌におっとりとした瞳。物腰は柔らかく丁寧で、身長は高すぎず小柄すぎず。長い髪は艶やかな金髪で、しっかり手入れされているのがよくわかる。柔らかそうだ。
同じクラスになった
名前は
彼女の目的は
「あっ、変な企みとかはありませんので、そこは心配しないでくださいね。ふふっ」
「そっかぁ、それは何よりだ。ははっ」
笑って流したが、心配しかない。
ずっと俗世から離れてた俺でもわかるぞ。こんなうまい話があるわけないって。
恋愛契約をすれば
結論、超怪しい。
甘い誘いに乗ったが最後、何か恐ろしいことが発生しそうな気がする。これは悪魔の囁きだ。
「あのさ、確認なんだけど……手を繋ぐのとキスはいいんだよね?」
「はい。無理を承知でお願いしているので、それくらいは受け入れます。あっ、ですが、いきなりキスはちょっと……しばらく恋人らしく振る舞ってみて、慣らしてからではダメですか?」
「ダメじゃないです。全然それでいいよ。十分すぎる!」
これは、悪魔の囁きだ……。
大体、この学校自体が既に怪しいんだ。
入学式前のホームルームで、いきなり
支給日は毎月。大体なんでも買える。毎月無条件で10万手に入るかどうかはともかく、甘い話すぎて裏があるに決まってる状況だ。
「でも、なんで俺? ついさっきまで初対面だったよね俺達」
「ふふ、そこは、女の子のフィーリングです♪ 噂ではわかることもあるみたいですよ。運命の相手というのは、姿を見ただけでびびっとくる……とか、こないとか?」
不自然な大金に輪をかけて、美少女の誘惑。
こんなもん裏があるに決まってる。こんな怪しさ満点の話に食いつくとかアホだ。警戒心がなさすぎる間抜けだ。俺の答えは決まっていた。
「俺もビビッときた。契約でいいから彼女になってください。よろしくお願いします」
こんな可愛い子を逃すのは絶対後悔する。
怪しくてもいいから一旦確保して、手を繋いでキスさせてもらって、まずはそこまでやらせてもらう。
悪魔の囁き、上等である。S級美少女と仲良くする方が優先だ。
「わぁっ、ありがとうございます……。えへ、入学初日に彼氏ができるとは思いませんでした」
こうして、入学初日にして彼女(契約)ができた。
何考えてるのか全くわからないし、なんなら実際の性格も不明。超腹黒い悪女って可能性もあるけど、顔がタイプだから別にいいや。