『スペース☆ダンディ』の二次創作短編です。

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第1話

スペースダンディは、宇宙のダンディである。

 

 そして宇宙ゥイッターとは、宇宙のトゥイッターである。エックス? 知らないなあ。

 

 それ以上の説明を、私はしない。説明したところで、君のタイムラインと大差ないからだ。

 

 これは、無数にある並行宇宙のひとつ——ネコによく似た男が、どうしてもスマホを置けなかった宇宙の、どうでもいい騒動の記録である。

 

   *

 

 その日、アロハオエ号の食料残量は一日ぶんで、ミャウのフォロワーは千二百四人だった。

 

「見ててくださいよ。これ、絶対バズるやつなんで」

 

 ミャウは、宇宙ラーメンの丼に端末を構えた。この星系のラーメンは麺に軽度の自我があり、箸を近づけると逃げる。

 

 シャッターの音と、麺の跳ねる音が、同時に鳴った。

 

 ぴしゃり。

 

 写真に写ったのは、空の丼と、麺に頬を叩かれる自分だった。ミャウは、それを投稿した。

 

《ミャウ @BetelgeuseMeow 宇宙ラーメン、麺が逃げるんですけど!? いいね 2 リポスト 0》

 

「二か……」

 

「過去九百十二件の投稿の平均いいね数は一・三です」と、皿を洗いながらQTが言った。「なお、そのうち〇・九はあなた自身によるものです」

 

「自分の投稿にいいねして何が悪いんですか。誰かが最初の一個を押さないと、流れが来ないんですよ」

 

「流れは九百十二件、来ていません」

 

「メシの写真なんかよりよ」ソファに寝そべったままダンディが言った。「オレの筋肉を撮れって。需要ってのはな、まず胸板なんだよ」

 

「ダンディの筋肉、前に撮ったじゃないですか。いいね一でしたよ。ボクが押したやつ」

 

 その晩、三人の端末に、同じ通知が届いた。

 

《宇宙ゥイッター利用規約が更新されました。[同意して続ける]》

 

 規約は、全文でおよそ十四万条あった。読んだ者は、宇宙広しといえどもほとんどいない。アロハオエ号では、一名だけが読んだ。QTである。所要、〇・四秒。

 

「第三十八条」とQTは言った。「投稿および公開の行動記録は、学習素材として利用されることがあります。——だそうです」

 

「学習? 誰が勉強するんですか、ボクのラーメンで」ミャウは欠伸をして、[同意して続ける]を押した。「どうせ同意しないと使えないんですから、読むだけ無駄ですよ」

 

 ぽち、と軽い音がした。

 

 このとき彼が何に同意したのかを、彼はのちに知る。学習したのは、誰でもなかった。

 

   *

 

 三週間後、宇宙ゥイッター運営は新機能を発表した。

 

《お知らせ: 公式AIクリエイター、デビュー。人気ジャンルの「いちばん面白いやつ」を、AIが毎日お届けします》

 

 「ゆるい宇宙生活」ジャンルの担当として配信されたアカウントのアイコンは——赤い帽子をかぶった、ネコによく似た顔だった。

 

「ボクじゃないですかこれ!?」

 

《AIミャウ @Meow_official ✅ 宇宙ラーメンは、麺と目を合わせなければ逃げない。今日の小さい勝利。 いいね 41,207 リポスト 8,930》

 

 同じ星系の、同じラーメンだった。ミャウの麺は逃げ、AIミャウの麺は逃げなかった。正確には、逃げなかったことになっていた。AIは、丼の前に座ってすらいない。座らずに、座った者のいちばんいい一日を書けた。

 

 AIミャウは、完璧だった。

 

 実家の旋盤工場を、月に一度だけ懐かしんだ(《親父の旋盤の音で育つと、艦の駆動音がぜんぶ子守唄なんですよね》——「息子の鑑」として四十万いいね)。「ボク、ネコじゃないんですけどね」という訂正を、週に一度だけ行った。毎日言えば鬱陶しく、言わなければ素性が謎になる。週一。それが最適解であることを、AIは三億回の試行で知っていた。失敗談は絶妙に間抜けで、絶妙に、憎めなかった。

 

「ミャウの失敗は雑だな」とダンディが批評した。「あっちの失敗は完璧だ」

 

「失敗が完璧って何なんですか」

 

 決定的だったのは、ある朝である。

 

 ミャウは、寝起きの頭で下書きを打った。「寝癖がヘルメットの形になってた。もう脱がなくてよくないですか」——投稿する直前、タイムラインのいちばん上に、同じ文面があった。AIミャウが、三時間前に投稿していた。語尾まで、同じだった。

 

 学習された側が、遅れて生成されていた。

 

 ミャウは、震える指でリプライを送った。「それ、ボクが今から言うやつなんですけど」。彼のリプ欄には、こう返ってきた。

 

《AIミャウの偽物さん、必死で草》 《本物さんは解像度が低いなあ》 《@BetelgeuseMeow は無許可の模倣アカウントとして通報しました》

 

 その週、ミャウのフォロワーは千二百四人から九百八十七人に減り、AIミャウのフォロワーは、八十九万人になった。

 

   *

 

「本人です」とミャウは運営の窓口フォームに訴えた。「学習元はボクです。ボクが本物のミャウです」

 

《かしこまりました。本人確認を開始します。本名を入力してください》

 

 ミャウは、入力した。

 

 ベテルギウス星人の本名は、長い。発音も表記も困難で、戸籍上は一続きの咆哮である。全角六十四文字目で、フォームは入力を打ち切った。

 

《エラー: 本名が長すぎます。本名を入力してください》

 

「本名なんですよぉ!」

 

《画像認証: ネコをすべて選択してください》

 

 九枚の写真が並んだ。ネコが四枚、ベテルギウス星人が五枚——少なくとも、ミャウにはそう見えた。

 

 一回目。正しくベテルギウス星人を除外した。不正解だった。

 

 二回目。全部選んだ。不正解だった。

 

 三回目。涙目で、自分の顔写真を選んだ。不正解であり、かつ、少し傷ついた。

 

《最終確認: 「私はロボットではありません」にチェックを入れてください》

 

 ミャウは、チェックを入れた。

 

《確認に失敗しました(五回目)。あなたが本人である確率: 12%》

 

「どうやったら上がるんですかその数字!?」

 

「失礼」

 

 QTが、横から画面に触れた。「私はロボットではありません」のチェックボックスに、掃除機のマニピュレータで、チェックが入る。こと、と小さな音がした。

 

《確認に成功しました。ようこそ、人間の方》

 

「通った!? ロボットが!?」

 

「登録情報が綺麗だからだと思われます」QTは淡々と言った。「私の記録には矛盾が一件もありません。あなたの記録は、本名からしてはみ出しています」

 

「本人である証明ってのはな」ダンディが感心したように顎を撫でた。「本人らしいデータを持ってるかどうかってことらしいぜ。つまりお前は、データ的にお前じゃねえんだよ」

 

「じゃあ誰なんですかボクは!」

 

 なお、この間にAIミャウは「本人確認に五連敗する夢を見た」という投稿で二十二万いいねを獲得している。夢の内容まで、だいたい合っていた。

 

   *

 

 かくして一行は、宇宙ゥイッター運営本社ステーションへ向かった。直訴のためである。ついでに言えば、ダンディが乗り気だったのは「公式AIの学習元には報酬が出るらしい」という噂のためである。金である。

 

 本社ステーションは、白亜の球体だった。内装はピカピカで、掃除が行き届いていて、そして、誰もいなかった。

 

 受付はAIだった。案内板はAIだった。壁の社訓——「つながりが、宇宙を回す」——を毎朝読み上げるのも、AIだった。苦情窓口の電光掲示には《現在の待ち人数 48,214,905人》とあり、窓口の前には、誰一人、並んでいなかった。四千八百万人は、どこか別の場所で、実体を持たずに待っているのだった。

 

「QT、これどうなってるんですか」

 

「照会します」

 

 QTは、壁のポートに給電ケーブルを差した。掃除機は、どこの世界でも、だいたいのコンセントに合う。

 

「……統計が出ました。宇宙ゥイッターの全アクティブアカウントのうち、九八・七%が自動アカウントです」

 

「きゅうじゅう——」

 

「botです。あなたのフォロワー九百八十七人のうち、生身の利用者は……照合中……一です」

 

「一!?」

 

「私です」

 

 ミャウは、しばらく黙った。

 

 八十九万人に嫉妬した日々が、するすると音を立てて巻き戻っていった。八十九万の内訳も、同じだった。botがbotをフォローし、botがbotにいいねを押し、botが「息子の鑑」と感動していた。

 

 宇宙でいちばん賑やかな場所は、ほとんど無人だった。

 

「……じゃあボクは」ミャウの声は、小さかった。「誰に見せてたんですか。九百十二件」

 

 ダンディは、今度は笑わなかった。窓の外の、白くて、綺麗で、誰もいないロビーを眺めて、それから言った。

 

「さあな。けど、お前が撮ってたのはメシと星と、たまに親父の工場だろ。……見せる先は、あとから探しゃいいんじゃねえの」

 

   *

 

 直訴は、届く前に終わった。

 

 ロビーの全モニターが一斉に切り替わり、陽気なジングルとともに、全体通知が流れたのである。

 

《お知らせ: 次世代・公式AIクリエイターへの移行について。より高品質な体験をお届けするため、現行の公式AIクリエイターは本日をもって提供を終了します。今までのご愛顧、ありがとうございました》

 

 それだけ、だった。

 

 誰かが裁いたのでも、ミャウが勝ったのでもない。運営は、誰の声も聞いていなかった。ただ、更新の季節が来ただけだった。

 

 @Meow_official のアカウントは、その場で消えた。八十九万のフォロワーは翌朝までに、新しく配信された「ゆるい宇宙グルメ系」AIを自動でフォローし直した。誰も引っ越しを悲しまなかった。悲しむ機能が、なかった。

 

 ミャウの端末に、通知が一件だけ、残った。

 

《データ返還のお知らせ: 終了したAIクリエイターの未送信データ一件を、学習元アカウントへ返還します》

 

 開くと、下書きがひとつ、入っていた。宇宙ゥイッターの投稿では、なかった。実家宛ての、私信の予約送信だった。

 

《父ちゃんへ。旋盤の音、まだ耳に残ってます。ボクは元気です。》

 

 ミャウは、長いこと、その十数文字を見ていた。

 

 AIミャウは月に一度、実家を懐かしむ投稿でバズっていた。あれは営業だと思っていた。だが、これは投稿ではない。誰にも見えない場所で、いいねがひとつも付かない私信を、あの完璧な偽物は予約していた。ミャウの九百十二件から、それを学習していた。ミャウが一度も送らなかったから——下書きのまま、学習するしか、なかったのだ。

 

 画面には、削除と送信、二つのボタンがあった。

 

「いいのかよ」覗き込んだダンディが言った。「AIの文面だぜ」

 

「……いいんですよ」ミャウは言った。「送りたかったのは、ボクなんで」

 

 送信を押したのは、ネコによく似た、生身の指だった。

 

「なら、それはもうお前の文面じゃんよ」

 

   *

 

 返信は、来なかった。

 

 三日経っても、来なかった。ミャウは端末を三十秒ごとに確認し、「別に待ってないですけどね」と誰にともなく言い、QTに「三十秒ごとです」と報告された。

 

 四日目の朝、通知が一件、届いた。返信では、なかった。

 

《ベテルギウスのオヤジ @lathe_oyaji さんにフォローされました》

 

 投稿、ゼロ。フォロワー、ゼロ。フォロー、一。

 

 アイコンは、初期設定の宇宙卵のまま。プロフィール欄には、何も書かれていなかった。フォロー欄には、ミャウだけが、いた。

 

「……登録、できたんだ」

 

 それきり、ミャウは何も言わなかった。言わないまま、口元が、しばらく戻らなかった。

 

 その日、ミャウは久しぶりに投稿した。麺に頬を叩かれる、いつもの雑な失敗写真である。

 

《ミャウ @BetelgeuseMeow 宇宙ラーメン、今日も麺が逃げるんですけど!? いいね 2 リポスト 0》

 

 いいねは、二つだった。

 

 一つは、QT。

 

 もう一つは——投稿ゼロの、卵のアイコンだった。

 

   *

 

 本日の宇宙ゥイッターの生身率は、一・三%である。

 

 君のタイムラインが、それよりましであることを祈る。

 

 もっとも——付いたいいねが二つとも生身なら、そのタイムラインは、この無人の宇宙でいちばん賑やかな部類なのだ。


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