「おい、あれ見ろよ」
「《死神》だ」
「ああ、《死神》セーラ……」
「ああぁん? なんだ?」
誰かがひそやかに囁く声を捉えて、私は思わず唸っていた。
剣帯に吊られた、剣へと手を伸ばすまでしていた。かつてと違って、公共の場所でわざわざギターケースに剣を納めるような真似はしない。しなくてよくなった。しなくてよくなってしまった。
「ひっ——!?」
「ゆ、許して!」
何か、とても恐ろしいものでも見たかのように。私を指して囁きを交わしていた連中は駆け去る。
一般人を脅して散らせる。これは、クズの所業だ。次に、別のクズの所業を私は行う。
感じていた
私は手榴弾のピンを抜いていた。それを、何気ない風に放りなげる。
攻撃を行った。
「《死神》セーラ!」
「死に晒せ!」
手に手に、五連発式リボルヴァ、——都内在住の一般人に対して、政府が所持を許して推奨すらした、強装マグナム弾を発射可能な肉厚のシリンダーを備えた銃——を持った男たちが私に向かって襲いかかってくる。
自分自身を奮起させる言葉を選んだ男たちは、襲いかかった次の瞬間には、手榴弾の爆発と、それが撒き散らした鉄片に身体を貫かれて死んでいた。《E3領域》にいない人間は、それだけで死ぬ。簡単な仕事だった。
白昼の勇者襲撃。比較的、よくあることだった。連続で赤信号に引っかかり、イライラするのと同程度には。そして同程度に、どうでもいい。どうにでもなることだった。
(ったく。勇者が金を持ってるとか。なんでそんな誤解をするんだ)
私は死んだ男たちの死体を検分する。一人の男のジャケットの内側にあった財布を抜く。三千円入っていた。三千円あるなら人を殺すな。まだ立て直せる。
もう立て直せない男の頭を軽く蹴って。私は三千円を自分の財布に収めた。クズ。クズ。クズの所業。そうだ。私は間違いなくクズ。
かつてはそうでなかったように思う。《あの戦い》で。何もかもが変わってしまった。
いや、それより以前から、変化の予兆はあったのだろう。他ならぬ自分もまた、その変化のひとつで、変化の結果だ。
「《死神》……」
「《死神》だ」
「《死神》がいる」
手榴弾の炸裂音を聞いて、集まってきた連中が次々に私をみて呟く。馬鹿な連中だ。危険がそこにあると知りながら、どんな危険か見に来ずにはいられない。それで、自分が危険に巻き込まれたら助けを求めるのだ。クソッ!
勇者の通り名は、一般人にも知られるようになっている。
私は、《死神》セーラと呼ばれているし、そう名乗っている。
《死神》。
悲しいけれど、《死神》の二代目。
初代 《死神》はもういない。
《死神》ヤシロはもういない。
——————————
街を歩けば嫌でも思い知る。どの店にも。このご時世でどうにか渋谷で店を開いているどの店にも。
その札が、ない店がある。《グーニーズ》だ。
渋谷の裏路地の先にある店。そこだけが、
《グーニーズ》の店内に入って。最初に目に入ったのは女だった。
嫌な予感が当たった。
《E3領域》の知覚を使わなくとも分かった。センセイの月命日が近づくと、その女は《グーニーズ》にやってくる。
「セーラ・カシワギ・ペンドラゴン」
「アタシは勇者だ。通り名で呼べ。《死神》セーラ」
そう言うと、その女はとても嫌そうな顔をした。そういう顔をすると分かって言った。絶対に呼びたく無いだろう。センセイ以外を《死神》だなんて。
「あなたに、お願いがあります」
「また花、か?」
折り合いをつけて、その女は「あなた」と私のことを呼んだ。私もその女のことは、女としか呼ばない。《嵐の柩》卿、新人バイト、《白い尾の猿》卿、そしてオリエ。この女には色々な呼び名があった。どんな名前であっても、毎回、笑えるくらいに空回っていた。笑えないところで空回りやがった。この、女は。
「どうか、《死神》ヤシロ様のお墓に、この花を——」
「センセイの名前を口にする資格が、お前には無い」
《あの戦い》の後に。私は残ったセンセイの身体を集めて、墓を作った。
その場所は、誰にも教えていない。私だけが知っている。私だけが生き残った。
この女には絶対に教えない。教えたらきっと悲劇ぶって、墓の前でこの女は死ぬ。その確信があった。だから、教えない。もっと苦しむべきだ。この女は。
《あの戦い》で。何も出来なかった私と違って、何もしなかったこの女が。私は心底許せなかった。
——クソッ! オリエ! 来い! ……お前が必要だ。
——はい。……はいっ!《死神》ヤシロ殿!
今でも、あの光景は夢に見る。この女は選ばれた。誰でもなく。私でも雪音でもなく。この女がセンセイからは選ばれた。苦々しげなセンセイの顔。呼ばれて、顔を輝かせるこの女の顔。そして、私たちの間に残った敗北感。だと、言うのに。
「お前は何もしなかった! 今更! 花? 花だってのか!? お前が! お前がエーテル知覚を、センセイを、助けられただろ!?」
「……確かに、私には、動くことが出来ました。しかし、《死神》ヤシロ殿は——」
「お前がセンセイの名前を呼ぶな!」
私は女の手の内にあった花束を奪い取っていた。そのまま、顔面に叩きつける。
女は抵抗しない。そのまま受け入れる。ただ、花びらだけが散る。その態度に腹が立った。ほんとうに、悲劇のヒロイン気取りだ。剣を抜いて、刃ではなく柄頭でその顔を滅多打ちにしたい欲求が膨れ上がる。顔面の骨という骨を砕いてやれば、こいつはもう少し、マシな表情を浮かべられるようになるだろうか?
「お前は! 《グーニーズ》を出禁だ! 二度と来るな! 《二代目》エド・サイラスのやつにも言っとくからな!」
「ですが。あなた——」
女はもったいぶって言った。或いは、言うのを躊躇うように。
「ここは、もう廃墟です」
私が叩きつけた、花束。その花弁が舞った。空に向かって。
《グーニーズ》は
なぜなら、存在しないから。
残っているのは跡地。瓦礫。廃墟。いくつかのテーブル。もう存在しない、ピザとビールとカードゲーム。
「セーラ・カシワギ・ペンドラゴン。貴女は……現実を見るべきです」
「うるせェ!」
私はその女を殴っていた。
瞬間に、何かが壊れる音がした。クズであっても、クズ以下のクズにはなりたくない。その一線を、いま、私は、確かに超えた。
ああ、私は、クズでクズ。
嫉妬の情にて、女を殴った。
その女は、笑った。爬虫類じみた、気持ちの悪い笑みを浮かべた。
「殴りましたね」
「ああ——殴った」
私は認めた。認めた。認めるしかない。私は——センセイに、顔向けできない。
女は笑った。嬉しそうに。まったく、腹立たしい笑顔で。
「慰謝料を払って下さい」
「払うさ。幾らだ」
「——にて」
私は、背筋を正していた。本当に腹立たしかった。クソッ。この女、センセイに対する理解はずっとズレてたくせに。
「96億8252万円あります。この口座には」
「——足りる。足りちまう」
「ええ。だから」
殺して下さい。慰謝料として。大魔王《勇者》卿を。
——殺して下さい。城ヶ峰亜希を。
——————————
勇者はクズだ。クズでしか無い。
勇者は魔王の《眷属》を殺して、そして金を得る。
魔王を殺せないくせに、金を得る。
勇者を名乗って、金を得る。
現在、日本に魔王は一人しかいない。
大魔王。《勇者》卿。だれもがその名前を知っている。
かつての名前を知る者は少ない。知る者の大半は死んでしまった。
魔王たちは、そう。——統合された。
私は知っている。覚えている。
アイツとの日々を覚えている。
城ヶ峰亜希を、覚えている。
《あの戦い》で。本当に沢山が死んだ。
けれど、本当に殺すべきを、殺せなかった。
私もセンセイも。
雪音を、印童雪音を思い出す。
あの当時、誰よりも私達の先を行っていた少女。
センセイに認められる雪音を見て、羨ましかったし、妬ましかったし、微笑ましかった。
誰よりも、印童雪音は先に行っていた。
そうえいば《琥珀の茨》卿のときもそうだった。
誰よりも先に私を助けに来てくれて、そして無様に負けていた。
でも、来てくれた。城ヶ峰亜希が。連れてきてくれた。センセイを。
私は思い出に笑おうとした。口の端が引きつっただけだった。
印童雪音は死んでしまった。
兆候はあった。指を欠けさせた。次は耳だった。その次はまた指。
あいつのエーテル知覚とその戦術が、部位欠損を加速させた。
いや。違う。
エーテル知覚ゆえではない。
生き方ゆえに、印童雪音はその小さな体躯を、さらにさらに小さくして行き、そうして死んだ。
「間に合え」
誰よりも、急いでいた。雪音は。次は守ると急いでいた。次は、間に合うと急いでいた。
救うことを急いでいた。
結果、生き急いで死んだ。
私は生きている。雪音のおかげで生きている。
やるべきことは決まっている。
殺さなければならない。
「なぁに。誰を思い出していたの?」
「雪音」
軽い調子で尋ねてきた女に私は応える。長谷川ミカ。
私はこの女が嫌いだった。この女もきっと、私のことが嫌いだ。
この女は、勇者も魔王もみんな憎んでいるフシがある。
また、笑いそうになった。そんなの、誰だって同じだ。
「あぁ。あの子。私あの子に嫌われてたのよねぇ」
「お前のことを好きなヤツなんて、誰もいねぇよ」
吐き捨てる私に、ミカが笑う。勝ち誇った笑みだった。クソッ。墓穴を掘った。
「ヤシロさんは、私を抱いてくれたけどね?」
「一回のことで何を自慢してやがる」
「貴女達が見たのは、一回だけよねー」
思い出すのはあの大騒動。ホテルから出てくるセンセイと長谷川ミカ。あの時は大変だった。オリエの奴、いやあの女なんて、ビルを丸ごと——もう良い。
魔王でもなく、勇者でもなく、カタギでもなく、勇者を憎み、魔王を憎み。そして、他人を利用するクズ、長谷川ミカ。
だが、クズ以下のクズではない。多くの政府の要人や官僚たちが《あの戦い》の前後で——そう、前にも、だ——前後で日本から逃げ去った後も。長谷川ミカはここにいる。若くない、でも若く見える顔で嫌な笑みを浮かべている。
「それで、受けるのね」
「ああ受ける」
私はひとつの仕事を受けた。そして二つの仕事を頼んだ。
私は殺す。魔王を殺す。
なぜなら私は勇者だから。
——————————
咆哮が響いた。
数は三十ほどか。
魔王の《眷属》たち。特に東京に多く発生する、怪物の名だ。
《E3領域》を超えて《E4領域》に至ってしまった存在。そして、適応出来なかった存在。
かつて私達はそれを《ネフィリム》と呼んでいた。
かつての《ネフィリム》は、単なる化物だった。とんでもない回復能力と身体能力。それだけが脅威で、それだけでも脅威。
現在の《ネフィリム》——《眷属》は違う。武器を使う、エーテル知覚を使う。理性は無い。ただ、人を殺す。
「らっ——!」
私は小さく叫ぶ。私の《E3領域》も稼働している。昔のように、薬剤を投与する必要はない。人の認知は進んでしまった。一度エーテル知覚域に至った者は、次以降、使おうと思えばいつでもエーテル知覚を起動できる。そして、《E3領域》、エーテル・エフェクト・エンハウンサー領域を超えて、エクスペンドの文字が追加された《E4領域》に至ると——大抵、人の形を保てなくなる。《眷属》と成り果てる。
最初に、勇者たちが《眷属》となった。だから勇者は嫌われている。残った勇者は《眷属》を狩ったが、それでも足りずに、一般人は自衛を求められた。いまでは誰もが大口径のマグナム銃を携行している。それでも《眷属》と遭遇して生き残れる者は少ない。ときに、隣の人間が突然に《眷属》となる。世界はそんな風に変わってしまった。認知が進んで変わってしまった。《あの戦い》で、変わってしまった。
誰もが望んだ。《眷属》の親玉の討伐を。父も、挑んだ。そうして負けた。《円卓》の騎士たちは。
だから誰もが勇者を憎む。《眷属》と成りやすいくせに。《眷属》しか狩れないくせに。《眷属》たちの親玉を。魔王《勇者》卿を殺せないくせに。《眷属》殺しで金を得る。クズめ。クズめ。クズどもめ。
それが、戦闘開始から私が考えたこと。
《眷属》が三十体。話にもならない。
私は右手のバスタードソードを振り抜く。私は左手の日本刀を奔らせる。
《眷属》なんて。ただ少し、強く、固く、重く、鋭く、大きく、回復し、ちょっとばかりエーテル知覚を使う。ただそれだけで人間と大して変わらない。
右手のバスタードソードが《眷属》を断ち割った。左手の日本刀が《眷属》を断ち切った。こいつらは弱い。最初から分かっていた。今の私のエーテル知覚では、それらの脅威の程度はっきりと分かる。私のほうが強いとはっきり分かる。
次の《眷属》はやや厄介。武器を持っている。
私はバスタードソードを操る。精密に。日本刀も駆動している。これまた精密に。
二刀流は、本来。太刀と小太刀で行うべきもの。ひとつには人間の膂力が限られているから。両手に大きな武器を持っては振り回されてしまう。
でも実は、それは本質ではない。
両手で一本の剣を握るということ。それは、柄の根元と先端で剣を操るということである。力の大小が本質的な問題ではなく、力の精密さが問題となる。片手で握った剣は、精密動作に向かない。一点を支点に動かす剣と、二点を支点と操る剣。どちらがより繊細に扱えるかは、議論を待たない。
私、以外にとって。
(戦いは——)
センセイの教えが私を動かす。センセイのエーテル知覚が私を導く。
(よく見て、考える——!)
五指、ならびに掌の筋肉の蠕動。二つを組み合わせて、それで私は剣を操る。要求される繊細さ、要求される筋肉量。それは私の肉体のうちにあった。要求される操作の程度。最適解を選ぶ時間は、エーテル知覚が与えてくれる。
私のエーテル知覚は「脅威の程度の判定」——ではない。
まったく恥ずかしい話であるが、それは父親のエーテル知覚であった。
私のエーテル知覚は——「憧憬存在の知覚コピー」だ。
だから、私の知覚はふたつある。偉大な父と、偉大な師。愛して止まない、二人の男。一方に対しては子として、もう一方に対しては、そう、女として。
二人の知覚が、私を動かす。
(なんか手首を、いい感じに)
迂遠ともとれる剣術を私は使った。指切り。武器を持つ、二本の曲刀を持つ《眷属》の左手指を、バスタードソードが綺麗に落とす。左手の曲刀もまた落ちる。
なんか手首をいい感じに捻る。そうとしか言えない。——私は誰かの師匠になれそうもない。そう、私は弟子で在り続けたい。在り続けたかった。
脅威度の濃淡が変わった。指切りが最適解だった。私にはその先が見える。
半回転。迫っていた別の《眷属》の首が落ちる。五体分。バスタードソードと日本刀があったればこそ、それが出来た。剣が一本だった場合、一回転が必要だった。手札を増やす。そのために私は二刀を振るう。
脅威度の濃淡は示した。戦いの終末を。
曲刀持ちの《眷属》は、右手に残った武器を振り上げる。遅い。遅すぎる。
私の剣はそいつを絶った。肥大した巨大な肉体。その端に残った布切れ。《アカデミー》の校章が見えた。なるほど、強いはずだ。
二本の曲刀を使う《眷属》以外は雑魚だった。そいつに集中する時間を稼ぐために、そいつの脅威度を落とし、その間に雑魚を屠る。集中して曲刀女を片付ける。後は——散らかすだけだ。
「らっ——!」
癖。叫ぶ癖。チンピラみたいだと笑われた、気合をいれるときの癖の、残滓が響く。
エーテル知覚を使う《眷属》がいた。炎を操る。不可視の茨を操る。
話にもならなかった。
よく見て、考える。脅威を知り、備える。それだけで私は、勝てる。
——————————
——お前、いいヤツだな。勇者に向いてねェよ。やめちまえ。
度々、ちょっとずつ言い方を変えて。何度も、センセイは言ってくれた。大好きなセンセイ。
だが、センセイは間違っていた。私はいい奴などではない。
そして、勇者にも向いていた。向いてしまった。
大魔王《勇者》卿が、そこにいた。幾多の、幾多もの《眷属》を斬り裂いた果てに、そこにいた。
西は世田谷から東は江東区に至るまでを侵食した、大魔王の領域。その中心。
港区、東京タワー。そこが大魔王《勇者》卿の根城だった。
そいつが何故、東京タワーを選んだのか。それも恐らく、認知。伝え広げる塔という意味で、赤いタワーは人の心に強く刻まれている。そして塔は、タロットにおいて崩壊と目覚めを意味する。
「おおセーラ! 来たのか! ともに私と勇者としての使命を果たす覚悟ができたのか?」
「アキへの解像度が低いぞ。端役から出直せ、この魔王」
《勇者》卿は、最初に城ヶ峰亜希の形態をとった。私の言葉で、作られた姿と表情と声を変える。
「しばし、しばしお待ちを。伏して待て。凡愚、恐れ多いぞ。ごめんねおまたせ——我が 《幼体》にして 《揺籃》たる城ヶ峰亜希というパーソナルは解体されてしまった。ゆえに再構築したのだが……ふむ。大して複雑な人格構造でもないが。失敗したか」
「お前の中にはセンセイがいない。なら——城ヶ峰亜希には、なれない」
《勇者》卿はまた、形態を変える。なんども蠢く。
「センセイ! センセイか! ヤシロ! 愛しているわ! くそヤシロの野郎。しくじりやがって。アレを取り込めなかったのは失敗だ。五年遅れた。今日こそツケは払ってもらうぞ。ヤシロさんは、傑物ですねェ」
蠢く。囀る。取り込んだ魔王と勇者の言葉と声と姿を借りて。あまりにも醜悪な存在。
《E4領域》に、大半の人類は適合できない。だが、それは幸いである。 《E4領域》を超えた先。エーテル・エフェクト・エンハウンサー・エクスペンドの先。そこにあるのはさらなるEの文字。すなわち、ジエンド。
終わりの存在がそこにいた。戸籍上の名は、城ヶ峰亜希。
だが、城ヶ峰亜希はそこにはいない。どこにもいない。
なってしまった。怪物に。大魔王へとなってしまった。
「とっとと死ねよ。大魔王。エンディングにはそれしかない」
「知らぬのか。大魔王から逃げられぬとの、運命則を」
勝負は一瞬だった。私は跳躍する。
「わたしは、未だこの肉の器に囚われているが。ふぅ——知覚に——限界は——」
奴の言葉が遅くなる。私の振るう刃は速い。音速すらも超えている。
「遅いな」
振り下ろそうとしたバスタードソードが融解した。振り上げようとした日本刀が両断された。光の帯だ。厄介な能力。勝負は一瞬だった。一瞬で私の剣技は敗れ去った。光速の前に、超音速はあまりに遅い。
「わたしは導きたいのだ。ふぅ——お姉様との素晴らしき世界——、或いは——円環が閉じて広がった——」
《円卓》財団の精鋭も勝てなかった。自衛隊の特科師団も壊滅した。合衆国海軍も藻屑と成った。
ありとあらゆる勇者と魔王。そのエーテル知覚を深深度、高出力で扱える、意識統合個体、大魔王《勇者》卿。剣も魔法も回復も。その身ひとつで叶い得る。
「すべてに手を伸ばすことが出来る! 人の手など借りずとも良い。わたしは地上全土を旋風で覆うこともできるよ。カカッ! でもせぬぞ! 望みは救いだ。全ての救済」
「いらねぇよ。アタシたちは、自分で歩く——!」
折れた日本刀を杖にして、私は立ち上がる。ここで折れたらクズもクズ。人を殺して、魔王を殺して、誰でも殺して、それでも——。
「一線は超えない。一線は超えた」
「何を言っている。ああ——。お前。もしかして協力者かい? おいで。貴女のエーテル知覚は素晴らしいわ。全ての統合のために——」
「悪いが。もう終わってるんだ」
元より、剣で勝てるとは思っていない。二刀の超音速では光に勝てない。だけどさ——。城ヶ峰亜希はそこにはいない。どこにもいない。ならば読まれることはない。アタシの策はもう成っている。
《円卓》財団の精鋭も勝てなかった。自衛隊の特科師団も壊滅した。合衆国海軍も藻屑と成った。——だが、それらは無駄でなかった。大魔王《勇者》卿の限界を暴いた。
倒せるはずだった。総力を結集すれば。軍事力で魔王は倒せるはずだった。
出来なかった。掣肘と牽制と——もしかしたらば、魔王への希望と。
国家は魔王を倒せなかった。
だから。
私達は打ち上げた。金を集めて打ち上げた。ベクターノズル付きのタングステンのただの棒。質量を空へと登らせた。登った質量が。落ちる時。ただ、感情もなく。物の理に従って落ちる時。膨大なエネルギー量が発生する。
ベクターノズルは考えない。大魔王のエーテル知覚に探知されない。それは機構ただ機構。機構が作動し、そこへと落ちる。
私がいた。全てを恐れる私がいた。己を殺す「脅威」を知覚し、己を殺す、「脅威」を求める。私がいた。そう。実はエーテル知覚でも探知できる。タングステンを探知できる。だが、大魔王の中にはいない。そのエーテル知覚をやつは持たない。
脅威判定エーテル知覚は脅威敬遠エーテル知覚に転じ、脅威誘導エーテル知覚にも成り得る。終末誘導は、私が行う。確殺のために私がやる。
その棒は、私に落ちる。死を誰よりも恐怖し、死を、誰よりも望む私へと。
ついでに、巻き込む。そばにいる大魔王《勇者卿》を。
私は勇者だ。そうしてクズだ。
私は勇者で、そうしてクズだ。
私はクズだ。勇者のクズだ。
クズはクズでも。勇者は勇者。
魔王を討たねば、話にならない。
「お前、まさか、セーラ・カシワギ・ペンドラゴン! 止めろ!」
何かの知覚を使って、迫る脅威を探知したのか。大魔王から光芒が立ち上がる。太い光線。脅威だ。ミサイルならばすぐに爆砕されるだろう。だが、高質量・大体積・超音速体は止められない。
「止めたいね。後悔しかない」
《勇者》卿が何事かを叫ぶ。もう遅い。そう。私には後悔しかない。父のエーテル知覚。危険を感知する知覚。それでコイツを討伐するのに、後悔しかない。父を取り込ませないために、殺したことにも後悔しかない。
だが、別の言葉を私は放った。それもまた、心からの言葉。
「どうせなら、センセイの知覚で終わらせたかった」
愛した男の、力にて。敬した友を、殺したかった。
エネルギーは解放された。
魔王は死ぬ。勇者は役目を終える。後悔はある。
だが。
「ざまぁ見ろ」
私は笑った。皮肉げに。
内ポケットには、三千円。
劇場版『勇者のクズ』~バッドエンド後のコンティニュー~
完
書けると思った。そしたら書いてた。2時間で。