残酷な世界に生まれたけれど、幸せです 作:虫ケラ盆暗ノロマの腑抜け……役立たず!!
『好きな人や大切な人は漠然と、明日も明後日も生きている気がする。
それはただの願望でしかなくて……絶対だよと約束されたものではないのに。
人はどうしてか、そう思い込んでしまうんだ』
(何でこんな緊迫した空気になるんだ……)
げっそりと痩けた頬に、ギョロギョロとした眼光──端的に言って凶相と呼べるそれ──で。
無自覚に
ここは仮にも都市の長にあたる者の執務室である。
念威操者が防諜を行っているならばそれは当然のことで、そうでないなら……つまり不届き者が盗み聞きを企てているなら、大問題である。
しかし
何故ならば室内には念威端子が一つしか存在しなかった。
もしも後者だとすればカリアンが防諜を怠り、その上で不届き者がこのタイミングを狙いすましたかのように訪れたことになる。
あるいは不届き者が四六時中、眼前の生徒会長を見張っているか……。色々な面でこの可能性は論外だろう。
つまり、だから彼は、一応の確認をしただけだった。
あるいはそんな怪しいムーヴをするフェリをカリアンが一言たしなめていたら……このような緊迫した雰囲気は発生しなかったわけであるが。
しかしアークライトには、
それでも彼はわけがわからないなりに、言葉を継いで室内の雰囲気を温め直そうと試みた。
もちろんアークライトには、自身の剣腕だけで食べるに困らないほど稼いでいけるという自己認識はあった。*1
この場で横柄に振る舞ってツェルニと多かれ少なかれ関係を悪化させたところで、最終的な
けれどもそれはそれとして、今のところはツェルニの保護を受けているという自覚と、引け目みたいなのを感じる心を持ち合わせていたし。*2
そもそもそんな強気に横車を押して生きていくタイプの性格ではなかった。
「その。念威妨害を行って、生徒会長さんの職務上の秘密を守っている方だと、このように拝察したのですが……」
「……ああ。
その通り。彼女はフェリ・ロス……私の妹で、ここツェルニで最高の念威操者でもある」
「それは、素晴らしい妹さんなのですね。
私には生徒会長さんの重責を想像することしかできませんが、そのような妹さんがいらっしゃるとなれば、さぞかし心強いことでしょう」
「そうだね。本当に。私などにはもったいない妹だと思うよ。
……ところで、私もまた君の負った苦しみについては想像することしかできていないのだが。
どうしても私のような立場の人間には、確認というものが必要でね。
心苦しく、申し訳ないことだが……」
二人は一通りの社交辞令を交わし、何とか室内の空気を基準値内へ調整して。
「ええ。大凡、想像されている通りだとは思いますが……」
それからアークライトは彼の
「……そうか。君の過去を暴き立てるような真似をしてしまい、申し訳なく思う」
痛ましい表情を作り、誠実そうな態度で謝罪の言葉を口にするカリアン。
そこでカリアンは一拍置いて、カリアンにとって最も重要な
「ところで、この
アークライト君を学生として迎え入れることで、是非とも私に君の力にならせてほしいんだ。
具体的には──君の経歴を鑑みると武芸科の学生として編入学するのが妥当ではないだろうか? いや、もちろん、アークライト君は
彼との面会を設定した本来の
彼が話した内容の真正性については、後から詰めるべき問題であって、今ここで追求することではない。
「──あの! すみません!!」
痛ましい表情で謝罪をしたかと思えば、怒涛のような勢いでツェルニへの編入学をプレゼンし始めたカリアンに、アークライトは慌てて制止の声をあげる。
何となく厚意で申し出てくれていることは感じられたのだが、あまりにもカリアンの熱量は高すぎた。*4
「ぼ、僕はそこまでしてもらわなくても。エアフィルターの下にいられれば、それで十分というか……」
アークライトは訥々と『自分は武芸者であり、活剄を流しているから飲食は不要で、お金も住居も必要としていない』事実を伝えた。
──やはりカリアンは都市の長たる生徒会長であっても、剄脈を持たない一般市民なのだ。
彼の妹にしても念威操者だ。主にカリアンを支えるために能力を発揮していたのなら、武芸者のことはあまり知らなくても仕方がないだろう。
思わぬところで武芸者の自分とは常識のギャップが出るものだな……と、そんな風に
とは言え、とどのつまりアークライトにとって、差し当たり克服できない問題は汚染物質くらいなのである。
カリアンの厚意を無下にするのは中々に心苦しかったが、『限りある都市の資源は自分ではなく、それを必要とする一般市民に回してほしい』ことも、彼はしっかりと付け加えた。
そんな申し出は、カリアンにとって少なからぬ衝撃を与えたように、彼の目には見えた。
カリアンはゆっくりと目を瞬かせて。
それから意味ありげに、部屋の隅で静かに浮かぶ念威端子を見やった。
二度、三度、と同じ動きを繰り返したカリアンは、念威端子が沈黙を保ち続けている現実に。
ようやく
そしてカリアンはあらん限りの知恵を尽くして、何とか、それらしき理屈を口にした。
「なるほど、なるほど……。
アークライト君は、その……武芸者の鑑とも称賛すべき、高潔な精神を備えているのだね。
だが……そう。
私は、来年には最高学年で、その翌年には卒業しなければならない。
…………つまり、私は今この場で……。
アークライト君にツェルニの学生という身分を与えるべきだと考える。
そうしなければ、私の次代の生徒会長が君を不当に扱わないか……。*5
私はそれが非常に心配で、安心して卒業などできないだろう。
そして、アークライト君がツェルニの学生になるということは。
ツェルニの学生になるということは……身分に相応しい待遇が保証されなければならない。
この点で例外を認めてしまうわけにはいかないんだ。
そうでなければ、来年からは誰も安心してツェルニへ入学して来られないだろう……?
わかってもらえるだろうか。
これは生徒会長としての私の責務で、ツェルニのために必要なことなのだよ」
カリアン・ロスという男子学生は、年齢に見合わず優秀な交渉人だった。
眼前の
しかも、たとえこの拙劣な論理に基づく要求が拒絶されても、カリアンには諦めるつもりはない。
対話を続けている限りそこがカリアンの戦場で、相手に対する理解が深まるだけでもそれはカリアンにとっての勝利であり、前進なのであった。
アークライトに対して何らかの首輪を付けないまま、この場を解散させるつもりなどなかったカリアンは。
『異論・反論があるならば聞かせてもらおうじゃないか』という開き直ったような気持ちで、伏し目がちにしていた視線を上げ、彼の顔を見た。
そしてそこでカリアンは『なんて立派な人だろう!』と目をきらきらさせて自分を見つめる
(止めてくれ。そういう反応は、ちょっと想定外なんだ……)
念威端子の向こう側から、
◆
(兄は、彼を武芸科へ編入させませんでしたか)
ふわり、ふわり、と。
まるでフェリの機嫌を反映したかのように、
彼はカリアンからツェルニでの生活に関する諸々の説明を受け、現在はフェリの念威に導かれて転居する物件へ移動している最中であった。
(少なくとも武芸者であることには、間違いはないはずですが)
念威端子越しに改めて、この奇妙な来訪者を観察するフェリ。
彼女の目にはヒョロヒョロと背丈ばかりが伸びて、ほとんど筋肉の付いていない一見頼りなさそうな少年の姿が見えていた。
しかし彼は腰に堂々と剣帯を巻き、そこに3本も錬金鋼を差している。
その装備には、どこにも浮いた雰囲気というものがなかった。
(それに廃都の様子も……)
──フェリは凡そ単なる好奇心に基づいて、
この事実をアークライトが知れば、悲しげに顔を歪め、ひっそりとフェリに対する好感度を下げていただろうが。
幸いにしてアークライトにも
(破壊された各施設には、修復された形跡も修復を試みた形跡すらもありません。
それでいて瓦礫の類は完全に撤去されて、各エリアの連絡が綺麗に保たれています)
まるで都市全体を巨大な墓標にでもしようかというアークライトの行動から、彼の心情を推し量るよりも先に。
それを実行し、完遂するのに要した時間について、フェリは思いを巡らせてしまっていた。
遺体や血痕などといった痛ましい傷跡が、巨大な
『都市が滅ぶ』ということがどういうことなのか、フェリは今ひとつ実感を持てずにいたのだった。
(兄は『エアフィルター以外には何も要らない』という彼の
絶望的に物資が無い*6環境で長期間生存していたことは、確かなのでは?)
それから他の様々な状況証拠に基づいて、『彼が話した内容は概ね真実でしょう……』とフェリは内心でひっそり結論付けた。
そして
(何となく私が面倒を見るような雰囲気になっていますし。
もしも彼が武芸科へ転科するなどという話になったら、私まで巻き込まれかねません。
それに……)
恥ずかしそうに俯きながら、カリアンに対して「僕は、その、
余計なことをする気分には、到底なれないのであった。
"ここです"
宙を舞っていた念威端子の動きがピタリと止まり、アークライトに目的地へ到着したことを端的に告げる。
カリアンが用意した物件はカリアン自身も居住する
つまり現在アークライトがぼんやりとした目で見上げる建物には、念威端子の
そんな事実は知らないとばかりに、フェリは淡々と言葉を連ねていく。
"兄から話があったと思いますが。アークライトの初登校日は一週間後です。それまでにツェルニでの生活の準備を整えておいてください"
そのままフェリは"では……"と一方的に、背後で頭を下げて礼を言うアークライトへ応えることもせず、念威を解除した。
なんとなく。このままアークライトに関わっていると自分が
そんな流れに抵抗するため、フェリは自覚的かつ必要以上に態度を悪くしていた。
◆
ロスさん……生徒会長さんの妹さん……が案内してくれた
過去の語彙を用いて表現するならば高級タワマンってやつになるのだろうか。
備え付けの家具は充実しているし、シャワールームは言うまでもなくユニットバスなんかじゃなくて。浴槽も大きく広かった。
お風呂へ入るなんて何年ぶりだろう。武芸者は代謝を自在にコントロールできるし*7、適当な剄技を用いれば身に付けている衣類も同様に清潔な状態を維持できるから*8、
豪華な部屋に突っ立ってそんなことを考えていると。
ボロをまとって剣帯と錬金鋼の他に何も持たずにいる自分の現状が、強烈に意識されてくる。
でも僕はそんな詮無い考えを、頭を軽く振りさっさと追い出して。
まずは『この大切な
とは言え、候補になる場所なんてそんなに多くあるはずもないわけで。
すぐに『寝室の床頭台の上でいいや』と結論したわけだけれども。
僕は寝室に入り、そっと床頭台の上に、3つの
父の
長兄のそれがこの場に存在しないのは、彼が一つの錬金鋼も遺すことなく、この世を去ったからだった。
とは言え、他の皆が長兄に対して実力で劣っていたという見方も、それはそれで偏見に満ちた誤りだろう。
事実はごくごく単純で。
長兄はあの時、足手まといだった僕を庇って、他の皆よりもわずかばかり多く
それだけのことだった。
その結果がこうしてテーブルに並んでいる。
僕は父と次兄の錬金鋼の間に存在する、一本分の
長兄が最期の瞬間まで利き手に握りしめていた鋼鉄錬金鋼の姿を偲んだ。
僕は、愛すべき皆の生き血を啜って咲いた徒花だった。
だから……
リビングへ戻り、備え付けのソファに腰をかける。
悪くない……。いや、随分と良い。
何年も廃墟の石材の上で過ごしてきた僕に、家具の良し悪しをきちんと判定することはできないけれど、それでもこれは随分と高級なソファに感じられた。
生徒会長は初対面の僕に対して、ひどく奮発してくれたようだ。感謝しないといけないね。
でも、まあ。高級な家具の上であれ路上の地べたの上であれ、僕がやることは変わらない。
僕はいつも通りに目を瞑って、
──────!
────ーン!
──ポーン!!
"
"来客のようだ。……随分と熱心に、君を呼び出そうとしている"
「──ノア?」
深い集中状態に入っていた僕の意識を、
そうまでされてやっと、僕は玄関のチャイムが激しく連打されている現状に気付くことができた。
「どちら様でしょうか……?」
来客の心当たりなど欠片もない僕は、困惑しながら、静かにドアを開けた。
そこに立っていたのは、 小さな子ども とても美しい女の子だった。
長く煌めく銀色の髪と、同じく銀色の瞳を持った小さな女の子は無表情で、しかしどこか
「……?」
しばらく待ってみても用件を切り出さないその子に、『人違いのようでしたら、これで……』と僕が扉を閉じかけたタイミングで。
その女の子は、どこか重厚感のある低い声で呟いた。
「どうして来なかったんですか。
今日、登校日だって伝えましたよね……?」
「……え?」
僕は、静かに混乱した。この時は本当に、目の前の子が何を言っているか理解するのに、ちょっとばかり時間が必要だったんだ。
そんな僕を置いてきぼりにしたまま、女の子は「あがります」と、ズカズカ僕の家に入ってくる。
「ちょっ、あの……何を……」
「なんですか、これ。何も無いじゃないですか……。
食べ物も、食器も、寝具も、制服すら……。
アークライトはこの一週間、何をしていたんですか?」
その子は勝手知ったる他人の家とばかりに、次々に部屋や収納スペースを暴き立てて。*9叱責されて。
そこまでされて、グズな僕はようやく「えっと、ロスさん……だよね?」と、相手の正体に思い至ることができた。
ところで、あれから一週間経ってるって本当なのかな?
「──それで。
兄が与えた一週間もの準備期間を、全て
そういうことですか」
「ハイ」
「必要がないからと、食事も睡眠も忘れて」
「……ハイ」
「アークライトが自分で望んで入ったはずの、一般教養科への登校日も忘れて。
武芸に夢中になっていたと?」
「……hai」
ロスさんから事実確認の質問をされて、僕がそれに一つ応えるたびに。
自然と僕は、仁王立ちするロスさんの前で正座になって、少しずつ頭を下げていく羽目になっていた。
今ではもう、ほとんどロスさんに土下座しているような状況だ。
けど、軽々に謝ることはできない。だって僕は、ロスさんがどうして怒っているのかがわからない。
仮に、僕が制服を作ることすら忘れていて、登校するのをサボったのが悪いことだとして、まあ実際悪いことだけど……。
でも。それのせいでロスさんが迷惑を
「ぅう……」
長らく人と関わっていなかったせいで、この場をどうすればいいのかわからずに、僕はひたすらに困ってうめき声をあげるしかない。
"
"すぐに征かなければならない"
そんな僕に、ノアが絶妙なタイミングで助け舟を出して……。
いや、これ助け舟なんて言い方をして良いもんじゃないな?
とにかくノアは、絶妙なタイミングで僕に『動かなければならない理由』を与えてくれた。
それで僕は大慌てで立ち上がって、一方的にロスさんへ別れを告げ、ツェルニを発った。
◆
「ごめん、ロスさん! 話は後で!!」
土下座させていた*10アークライトがいきなり立ち上がり、そんなセリフをまくし立てたかと思えば何の前触れもなく姿を消した事実に、フェリは静かに息を呑む。
次いでフェリはきょろきょろと室内を何度も見回して、本当に自分以外の人間が存在しなくなったことを確かめた。
そうして溜め息を一つ吐いた後、所持していた重晶錬金鋼を復元し、周辺の探査を始める。
たっぷりと時間をかけ、都市の内部から都市外の数百キルメルにおよぶ広大な範囲を探し尽くして。
それでもアークライトが見つけられなかった事実に、再びフェリは溜め息を吐く。深い深い溜め息を吐く。
今度の溜め息には苛立ちの色はなく、濃ゆい徒労と困惑の色に加え、かすかな怯えの色が含まれていた。
アークライトが語った『
「……都市の滅びが、何の前触れもなく訪れるのだとしたら。
念威操者とは、一体何のために存在しているのでしょうか」
天より他に比類なき強大な
その才能を頼りにされることを心の底から疎んでいた少女は。
誰もいない部屋の中で、小さく呟いた。
「話を……
絶対に、話を聞かせてもらいます」
そうしてフェリは『アークライトが帰ってくるまでは、梃子でも動かない』と言わんばかりの態度で、ソファの上へ乱暴に腰をかけたのである。
随分と時間が過ぎて……今、この時のことを振り返ってみると。
どうも僕が初登校日をサボってしまったことが、僕とフェリの人生を交わらせたきっかけなんじゃないか……
なんて、そんな風に僕は考えていたりする。
ちなみに、僕がこの話をフェリにしてみたら、
「アーくんはどうしよーもないおバカさんなので。
一日二日、真面目に登校したところで、いつか必ずこうなったと思います」
……と、シラッとした表情で見下されたのは余談である。
◆
人間関係というのは不思議なもので、ちょっとしたことで愛が憎しみに反転したりしてしまう。
他方で僕たちがそういった劇的な体験をあまりすることなく、平穏な日常を生きている理由はきっと、一人一人がそれぞれの独立した人生を歩んでいるからなのではないだろうか?
つまり、世界は極めて高い並列性を持っているのだと思う。
逆に言えば、ちょっとしたことがきっかけでお互いの歩みが交わってしまった時に、劇的な事象が発生する条件が整うんじゃないかな。
もちろん条件が整ったからと言って、必ずしもそうしたことは起こるわけではない。
しかし、僕とロスさんの場合は……
──あれから。
ロスさんの目の前で、
リビングのソファですやすやと眠るロスさんの姿だった。
確かに僕は「話は後で!!」と咄嗟に言ってしまったけれど、それでもロスさんがそのような行動をするのは意外なことだった。
なんとなくだけど、僕と初めて──念威端子越しに──会話した時から、ロスさんはあまり僕に関わりたくなさそうな雰囲気を発していたと思うからだ。
確かにそのソファは上質で、寝心地だって悪くないのかもしれない。
でもだからと言って、他人の家で眠ってしまうほど長い時間を待機に費やして。そうまでして会話を続行しようというのは尋常なモチベーションではない……と僕は思った。
『生徒会長さんには敢えて話さずにいたことも、話さないといけないかもね……』そんな予感を抱きながら、僕は恐々とロスさんの肩を揺らして、ロスさんの目覚めを促した。
そしてロスさんが目を覚ました後の会話は、実際に予感の通りになった。
とは言っても、僕が新たに開示した情報は大して多くない。
電子精霊間の
さすがに『決戦』の話はしていない。これは他者に吹聴して回るような話ではないだろう。そのくらいの分別は僕にもあった。
そもそも僕がツェルニの人たちと会話する中で、汚染獣との戦闘について触れてこなかったのは、単に話したところで信じてもらえないだろう……と思っていたからだ。
だけどロスさんは目の前で転移を見ていたし、その直後に行った念威探査で僕を見つけられなかったことで、僕の話に信憑性を見出したらしい。
中でもロスさんは、僕が唐突に姿を消してそして帰ってきた
そしてわざわざノアを引っ張り出して「汚染獣も同じように移動できるのですか?」と質問して、"あれらに同様の機能は無い"という回答を得て、ホッとしたような雰囲気になったのが印象的だった。
なるほど、それが不安だったのか。
──と。ここまでは、まあ良いだろうと思う。
僕とロスさんの人間関係に、大きな問題は生じていなかったと思うのだ。
だから僕の失敗で、
一つ目は、僕が汚染獣を斃しに行くタイミングは、他の都市が滅亡の間際にあって救援を必要としている時だとわざわざ説明してしまったこと。
二つ目は、他の都市からの救難信号は割と頻繁に飛んでくる──月に3回くらい──と必要以上に掘り下げてしまったこと。
きっと僕は、ロスさんの実際の姿を初めて見た時から『
僕が汚染獣を斃すという
そこでロスさんは妙に乗り気になって*11、「次は私も同行します」と主張を始めたのだから参ってしまう。
その上ノアまで一緒になって "この少女ならば、問題ないだろう" とか、 "
最終的に、一週間と少し経った次の出撃の時、ノアが "あの少女も連れていけ" とゴネたことで勝負は決まった。
僕がノアに対して本気で怒鳴りつけたのは、後にも先にもこの時だけだ。
「一分一秒を争うってわかってるだろう?!
ロスさんを拾いに行くこの時間で犠牲者が出たら、僕は
◆
ロスさんと一緒に転移を完了させて、すぐに僕は周囲の
本来であれば、こういった役割はそれこそ念威操者であるロスさんに頼むべきことなんだろうけど。
残念ながら僕が放り込まれる戦場は、そんな悠長な真似が許されない鉄火場であることが多かった。
「ロスさん、ごめん!」
相変わらずこの都市も、これまで経験してきた他の都市と同じように状況は悪い。
……と言うか、最悪に近い。
僕は自分の意図を説明する間も惜しいとばかりにロスさんを抱えあげて、都市の中心部、シェルター区画へ跳んだ。
それでも数分も経過しないうちに、僕はロスさんをシェルターへ押し込むことに成功していた。
背後から投げつけられる不満の声も、僕に追従してくる
僕はシェルターを飛び出し、上空を見上げる。
そこには未だかつて目撃したことがないほど巨大な汚染獣が一体。悠々と我が物顔で、都市の
「──レストレーション!」
僕は半ば苛立ちをぶつけるようにして、ノアへ錬金鋼の復元を要請する。
復元は速やかに完了して。僕の全身を隙無く覆う鎧、左手の前腕に固定された軽盾、同じく左腰に吊り下げられた片手剣へと変化した。
ノアが僕に提供する錬金鋼の性能は天井知らずと断言できるほど高く、10年近くの付き合いの中でアレコレ細かく要求したこともあって。
僕の錬金鋼は単一の錬金鋼から復元されたとは思えないほど、複雑な復元形態を保持している。
戦闘態勢が完全に整ったのに合わせて、僕の思考が研ぎ澄まされていくのを感じる。
まずはそいつの姿を、じっと観察する。
……腹立たしいことに
かつての世界の言葉を用いれば
金色の鱗が光を反射して、僕の癇性を刺激してくる。
老生体の中でも、二度や三度の脱皮では説明できないほど長生きしてきた個体だろう。
うんざりする。
目分量だが、翼を完全に広げたサイズで測れば
そんな大質量の塊が体表のあちこちに白い雲をまとわせて……つまり遷音速で空を飛び回っている。
「く、クソボスすぎる……」
優れた戦力を擁する『程度』の都市……つまりこの世界では上澄みに当たる都市が総力を結集しても、これが相手では何一つとして成果を残せずに滅ぼされるしかないだろう。
本当にこの世界は、神様がバランス調整をミスってしまったんじゃないかと言いたくもなる。
当然、この都市の脚部が全て破壊されているのもこいつの仕業だろう。
なんてかわいそうなことをするんだ。
そして都市の脚部を破壊した後、何故かこいつは市街部に壊滅的な打撃を与えることなく空を我が物顔で周遊し、様子見らしきものを続けていたということか。
ただ、ロスさんを連れて行くか行かないかで揉めていた時間が、犠牲者を増加させなかったであろうことだけは本当に幸いだ。
僕はもう、ノアやロスさんに悪感情を持たずに済む。
もちろん結果論だけで全てを正当化できるわけではないが、二人を一方的に非難できるほど、僕に落ち度がなかったわけでもない。
ま、あまりイライラしていても仕方がない。
やるべきことを淡々とやるのがこの仕事を長く続けていくコツってやつだからね。
グズな僕でもそれ程度の学びというものは得ているのである。
まずは、都市の守りからやっていこうか……。
──
僕の足元から、化錬剄の光が波打つように広がっていく。
僕たち人間は、それが知性動物ゆえの因果だとでも言うのだろうか?
こうした剄技を一口に化錬剄と
しかし実態として
……と、僕はそう考えている。
何が言いたいのかというと、化錬剄の本質とは、剄に何らかの属性を付与したり、性質を変化させること
そうではなくて、内力系活剄とも外力系衝剄とも呼び難い剄技であること……つまり内力系・外力系という天が与えた
だから、あえて僕はこう言おう。道を極めた者が辿り着く場所はいつも同じなのだと。
即ち──武芸者が剄技を使いこなし、極めていけば。
そして僕は、僕が用いる
僕が放出した
「──ふぅ」
とりあえずこれで、この都市への攻撃は威力を減衰させることができるだろう。
どの程度の効果が望めるものかは、これから試してみないとわからないのだけれど。
果たして。僕の剄技が完成するのを待っていたのだろうか。
優雅に都市の上空を支配していたそいつは、聞く者の魂を震わせるかのような咆哮を一つあげ、口部から極大の光線を放ってきた。
「ちっ!!」
咄嗟にオーラフォトンが持つ
逆に言えば僕が都市へ施した全力の防護は、軽く放たれた一撃で*13数メルトルも貫通されたということだった。
なかなかの威力だ。都市の移動能力を奪った攻撃は、これだろうね。
……直撃したら、危ういかもしれない。
弱点を探そうというのだろうか。そいつはブレスを放ちながら、都市をぐるりと一周するかのように飛行する。
「賢しいね」
エアフィルター内部を満たす僕のオーラフォトンに死角はない。
別にこの場を一歩も動かずともブレスを
しかし、その選択は慢心というものだろう。
僕は老生体を追うようにして都市の外縁部を駆け始める。
いわゆる同航戦というやつだ。
そしてそいつの呆れるほどの巨体へ向けて、雨
「うん、まあ……。群体型、だよね」
数秒ほどの間に10,000を超える剄弾を撃ち込んだ。
一発一発の威力は幼生体ならば正しく木っ端微塵に粉砕するほどの威力だったが、そんなものは
けど僕は、ただ眼前の脅威を正確に測りたかっただけだ。
その計測の答えは、撃ち込んだはずの剄弾が
しかし、破壊されたはずの
今にも
僕は無意識に早口になりつつ、
金鱗の質量弾は、僕が撃ち込んだ剄弾よりも何十倍も多く、都市の上空を覆い尽くさんばかりの数になろうとしている。
……いや、誤りになんてさせない。させてはならないんだ。
僕の危機感に応えて、まるで
「老生体、それも複数回の脱皮を繰り返した強力な個体は、ほぼ例外なく……
少なくとも僕は例外を知りません*15……群体型の性質を持ちます。
このような存在を撃破するには全身を消し飛ばすか、
僕の説明が終わる前に。空が。落ちてきた。
金色の質量弾は殺意に満ちた紡錘形の形を成して、重力に身を任せると同時に自らも加速し、一瞬で極超音速へ到達して都市へと降り注ぐ。
僕が嫌がることをよくわかっている。けど、無意味だ。
僕はオーラフォトンから、風と火の性質を引き出す。
「消し飛べ」
──
害意がエアフィルターへ到達するよりも、ずっと早いタイミングで*16。
都市の
劫火と暴風の中で無様に漂う
落ち着け。焦る必要も、驕る必要もないんだ。
汚染獣との戦いは畢竟、お互いの
僕は足を止めることなく、鞘に収めた剣の柄へ左手を置いたまま。
質量弾の迎撃にも手を抜けないというのもあるし。
それでもこのまま状態が膠着するのなら、それはそれで歓迎するべきことだ。
都市の上空を覆う火災旋風は刻一刻と成長して、いよいよ老生体が駆け回ってきた空域全てを飲み込もうとしている。*18
閃断、命中。衝剄弾、命中。閃断、外した。閃断、命中……攻撃がヒットするたびに金鱗が弾けて。それらが凝集して質量弾を形成する間もなく、焼却されていく。
次第にわざわざ攻撃を命中させるまでもなく、僕が育てた劫火のみで
「下品な
さっさと降りてこいよクソ虫
これ以上その醜い面で世界を汚染する前に処刑してやるから」
別に僕の呟きが聞こえたわけではなく、自身の
都市に匹敵するほどの巨体を誇っていた
先刻の質量弾と同じく、破滅的な加速を伴いながら。
「虫の動きはわかりやすくて助かる」
僕は汚染獣の落着地点、都市中央に存在する最も高い
──
別に何も難しいことはしていない。
僕は汚染獣の墜落に対しタイミングと出力を合わせて、活剄と衝剄を使っただけだ。*19
たったそれだけのことで、汚染獣は貨物列車に正面から挑んだノミのように、無様に跳ね返される。*20
もちろんそのまま天へ旅立とうとするそいつを見逃すつもりなんてない。
お前は地獄へ行け。
錬金鋼を復元してこの姿になった直後から、剄を注ぎ続けていたその剣を。僕は抜き放つ。
──
須臾にも満たぬ間に5つの斬線が宙を走り、老生体を14のパーツに解体した。
その次の一瞬には斬線は数百に分裂し、老生体を数千、数万と微塵に断裁していく。
バラバラにされた老生体の組織が十分に
斬線の嵐は各々全てが雷撃へと変化して、老生体の残骸へと落雷していく。
正確に目標、老生体へと落ちた雷撃は再び斬線へ変化し、老生体を切り刻み始め──
「とどめの
──斯くして。
"
背後でロスさんが何かを囁いたような気がしたけれど。
戦闘の熱に浮かされていた僕は、幸か不幸か、それを聞き取ることができなかった。
・今回の更新に伴い、タグに『縁壱スペック』を追加しました(迫真)
・レギオスの二次創作ってこれくらい戦闘シーンで無茶やっても許される雰囲気があるの、いいよね。
・書いてる時は、ドゥリンダナ > ドラゴンもどき > ベヒモト(老生体6期)くらいのイメージで書いてました。
ところでドラゴンもどきは老生体何期だったんでしょう?(きちんと設定を詰めてない作者のクズ)
・ツェルニ or グレンダンなら、どんだけ化け物が集結しても……ええやろ!の精神。
たとえそれが縁壱みたいな化け物でも……ええやろ!!(震え声)
・それにレイフォンと違ってモテなさそうだし……ええやろ。
もしかしたらフェリの脳を焼いて曇らせるくらいしかできねえのかもしれねえ……。
・前書きのセリフは鬼滅の刃の栗花落カナヲちゃんです。
感情表現の薄い子が涙を流したり、憎しみの感情を露わにしてる姿って美しいと思います。
・特殊タグで遊ばせてくれるハーメルンに感謝。
ただ執筆速度で言えば、これは時間の浪費に当たる行為でもあります。
それに特殊タグに頼るようになると文章の表現力も落ちそうなので、自戒しないといけませんね……。