『隣人GV ―もしもスパイディの影響を受けたGVなら―』 作:幸田市
久しぶりの小説なので、細かいところはまあご愛嬌ということで。
原作のGVらしさは残しつつ、ちょっとお節介で、困ってる人を見たら放っておけないヒーロー寄りのGVを描いていく予定です。
気楽に読んでもらえれば。
この世界には、第七波動(セブンス)と呼ばれる、人知を超えた力を持つ者たちが存在する。
炎を生み出す者もいれば、光や磁力を操る者もいる。その力の性質も規模も一人ひとり異なり、第七波動を持つ者たちは能力者(セブンスホルダー)と呼ばれていた。
そんな能力者の存在にいち早く目をつけ、その研究と管理を進めてきたのが、巨大複合企業――皇神(スメラギ)グループである。
電力をはじめ、通信、報道、宇宙開発、軍事産業に至るまで、この国の社会基盤へ深く根を張る巨大企業。その影響力は政界にまで及び、事実上この国を動かしている存在とすら言われている。
能力者という、それまで社会が経験したことのない存在が現れても、この国が大きな混乱へ陥らずに済んだ背景には、皇神(スメラギ)が持つ第七波動(セブンス)の研究技術と、その統制能力があった。
だが、その秩序には代償があった。
能力者の「保護」という名目で行われる収容。
第七波動(セブンス)の研究を目的とした実験。
本人の意思とは関係なく、その能力が危険か、有用かという基準で人生を決められてしまう者たちが存在した。
そんな皇神(スメラギ)の施策に対抗するため、海外の人権団体に所属していた者たちを中核として結成されたレジスタンス組織が、フェザーである。
彼らが掲げるのは、能力者の自由。
皇神(スメラギ)の施設へ潜入し、囚われた能力者を救出する。そのためならば武力行使も辞さない、反皇神(スメラギ)の私設武装組織だった。
そして、そのフェザーに所属する一人の少年がいる。
コードネームはGV(ガンヴォルト)。
電子を自在に操る第七波動――蒼き雷霆(アームドブルー)を持つ能力者であり、若くしてフェザーの実働部隊として皇神(スメラギ)との戦いに身を置いている。
もっとも。
本人に言わせれば、そんな大きな話より、今そこで困っている人の方が気になるらしい。
「お兄ちゃん!」
「ん?」
任務へ向かっていたGVは、背後から聞こえた声に振り返った。
小さな男の子が、困り果てた様子で道路脇の木を見上げている。
「どうしたの?」
「ボールが……」
「ああ」
枝の間に、赤いゴムボールが引っかかっていた。
「取ってあげるよ」
「ほんと?」
「これくらいならね」
GVは軽く助走をつけると、幹を蹴って跳び上がった。枝を片手で掴み、もう片方の手でボールを回収すると、そのまま危なげなく地面へ降りる。
「はい」
「ありがとう!」
「今度は道路に飛ばさないようにね。ボールを追いかけて君まで飛び出したら、そっちの方が大変だから」
「うん!」
少年が嬉しそうに走っていく。
GVはその背中を見送ってから、再び歩き始めた。
『GV』
「あ」
通信機から、低い男の声が聞こえた。
『集合時間は覚えているな?』
「もちろん」
『ならば、なぜ予定地点から離れている』
「ちょっと人助け」
『……またか』
「二分くらいだよ。誤差、誤差」
『任務において二分を誤差と呼べるとは限らない』
「はいはい。今向かってる」
『返事は一度でいい』
「はーい」
『……』
「今の一回だよ?」
『早く来い』
通信が切れた。
「相変わらず真面目だなあ」
そう呟きながらも、GVの口元には小さな笑みが浮かんでいた。
通信相手の名はアシモフ。
フェザーの創設者の一人であり、実働チームであるチームシープスを率いる男。そしてGVにとっては、かつて皇神(スメラギ)の実験施設から自分を救い出してくれた恩人であり、師であり、父親にも近い存在だった。
GVは少しだけ速度を上げ、集合地点へ向かった。
◇
「遅いぜ、GV!」
フェザーが一時拠点として使用している廃倉庫へ到着すると、真っ先に飛んできたのはジーノの声だった。
「二分だよ」
「その二分で俺は待たされたんだよ」
「ごめんって」
「で? 今日は何してたんだ?」
「木に引っかかったボール取ってた」
「……だと思った」
ジーノは呆れたように肩を落とす。
陽気で軽口の多い少年だが、これでもフェザーの実働要員である。アニメやゲームの話をし始めれば止まらない一方、仲間が危険に晒されれば真っ先に駆けつける。GVにとっては気兼ねなく話せる友人でもあった。
「二人とも、話はそのくらいにして」
少し離れたところから、女性の声が飛んでくる。
端末を操作していたのはモニカ。
チームシープスのオペレーターであり、直接戦闘へ参加するGVたちを情報面から支える存在だ。
「アシモフが待ってるわよ」
「はーい」
「GV」
「今度は一回だったよ?」
「そういう問題じゃない!」
モニカが頭を抱える。
「集まったな」
奥に立っていたアシモフが、三人を見る。
大型モニターへ施設の見取り図が表示された。
「今回の標的は、皇神(スメラギ)の第三研究棟だ」
画面には、市街地から少し離れた場所に建てられた研究施設が映し出されている。
「ここ数週間、通常とは異なる第七波動(セブンス)観測信号が確認されている。内部情報を調査した結果、皇神が新型の能力者探知装置を試験している可能性が高いことが判明した」
「また能力者探しか」
ジーノが露骨に嫌そうな顔をする。
「モニカ」
「ええ」
モニカが画面を切り替えた。
「入手できた資料は一部だけだけど、装置の研究目的そのものは分かったわ。微弱な第七波動(セブンス)反応を広範囲から検出して、まだ皇神(スメラギ)が把握していない能力者を早期に発見するためのものみたい」
「早期発見?」
「自分の能力を完全に把握していない能力者もいるからね。突然能力が発現して、本人にも制御できないまま事故を起こす可能性もある。皇神側は、それを未然に防ぐことを研究目的として掲げているわ」
「……それだけ聞くと、結構まともじゃない?」
GVの言葉に、ジーノが眉をひそめる。
「おいおい」
「だって、能力が暴走する前に見つけて助けるんでしょ?」
「皇神(スメラギ)の言う『助ける』が、本当に助けるだけならな」
GVがジーノを見る。
「どういうこと?」
答えたのはアシモフだった。
「皇神には、彼らなりの論理がある」
「論理?」
「第七波動(セブンス)は、時に既存の兵器を凌駕する力を個人へ与える。もしその能力が暴走すれば、本人だけでなく周囲の人間まで危険に晒される可能性がある」
「それは……そうだね」
GV自身、蒼き雷霆(アームドブルー)という強大な能力を持っている。
本気で放てば何が起こるのかを、誰よりもよく知っていた。
「皇神(スメラギ)は、能力者を早期に発見し、管理し、第七波動(セブンス)を制御下へ置くことで社会の安全を維持しようとしている」
アシモフの説明には、敵を罵るような感情はなかった。
淡々と事実を並べる。
「実際、この国が能力者を巡る大規模な混乱を回避してきた背景に、皇神の統制があることは否定できない」
「じゃあ、皇神が正しいの?」
「そうは言っていない」
返答は早かった。
「危険を管理する必要があることと、人間そのものを管理していいことは別だ」
空気が少し変わった。
GVは黙ってアシモフを見る。
「皇神(スメラギ)が発見した能力者のすべてが、犯罪者というわけではない。当然だ。何もしていない者の方が圧倒的に多い」
「でも、第七波動(セブンス)を持ってる」
「ああ」
「だから危険かもしれないって?」
「彼らにとっては、それだけで十分な理由になり得る」
アシモフは画面に映る研究施設を見つめた。
「危険な能力であれば監視する。研究価値があれば施設へ収容する。制御が難しければ、より厳重に隔離する。それを本人が望むかどうかは、皇神にとって二次的な問題だ」
「……保護というより拘束じゃん」
ジーノが吐き捨てる。
「だから俺らがいるんだろ?」
「ああ」
アシモフは頷いた。
「フェザーは、人権団体ではない」
GVとジーノを見る。
「我々は武装組織だ。皇神(スメラギ)の施設へ潜入し、必要であればその設備を破壊する。時には皇神の兵士とも戦う」
「うん」
「だが、この組織を作った者たちが何に反発したのかは忘れるな」
モニカが言葉を継ぐ。
「能力者だからというだけで、人生を誰かに決められること」
「そういうこと」
アシモフが頷く。
「皇神は秩序を優先する。フェザーは能力者の自由を優先する。どちらが簡単な問題というわけでもない」
「でも僕らはフェザーにいる」
「ああ」
「なら、僕らの答えは決まってるんだね」
「少なくとも今はな」
その言い方に、GVは少しだけ首を傾げた。
だがアシモフはもう話を進めていた。
「今回の装置が実用化されれば、能力を隠して生活している者まで、本人の意思に関係なく発見される可能性がある。我々としては看過できない」
モニカが施設内部を拡大する。
「装置の中枢は研究棟中央部。GVにはここへ潜入して、装置を破壊してもらうわ。可能なら研究データも回収して」
「僕一人?」
「施設内部では少人数の方が動きやすい。ジーノは外部で退路確保、私はオペレーション。アシモフは周辺警備への対処よ」
「俺だって中で暴れたいんだけどなー」
「潜入任務で暴れる前提なのやめて」
「冗談だよ」
「ジーノの場合、半分くらい本気なのが困るのよ!」
いつもの調子で言い合う二人を横目に、GVはモニターを見つめていた。
「アシモフ」
「何だ」
「一ついい?」
「言ってみろ」
「この装置を作ってる研究員って、みんな能力者を捕まえたいと思ってるのかな」
ジーノがGVを見る。
「またお前は……」
「だってさ」
GVはモニカが表示した研究資料へ視線を向けた。
「最初に聞いた研究目的だけなら、事故を防ぐためなんでしょ?」
「資料上はね」
「だったら、能力者を助ける装置を作ってるつもりの人もいるんじゃない?」
モニカは少し考えてから答える。
「……いるでしょうね」
「だよね」
「だから何だ?」
アシモフが尋ねる。
「装置は止める。それは分かってる」
GVは答える。
「でも、中にいる人まで最初から悪者だと思って戦うのは違うかなって」
ジーノが頭を掻いた。
「ほんっとお前は、敵にまで甘いよな」
「敵かどうかと、悪い人かどうかは別じゃない?」
「……まあ、それはそうだけどよ」
アシモフはしばらくGVを見ていた。
やがて、小さく息を吐く。
「不要な交戦は避けろ」
「うん」
「今回の標的は研究員ではない。装置だ」
「了解」
「だが」
アシモフの声が少し低くなる。
「優先順位を見失うなよ、GV」
「努力する」
「努力では困る」
「善処します」
「悪化してるぞ」
ジーノが笑った。
◇
同じ頃。
皇神(スメラギ)第三研究棟では、一人の若い研究員がモニターに表示された数値を確認していた。
「感度、また上がりました」
「ああ。これなら従来型では拾えなかった微弱な反応も検出できる」
隣に立っていた主任研究員が頷く。
画面には試験区域の地図と、細かな数値が並んでいた。
「実用化できれば、能力が発現したばかりの子供も早期に発見できるようになりますね」
「それが目的だ」
主任研究員は画面を指す。
「能力とは、本人が望んで発現するものではない。自分の力が何なのかさえ理解できず、恐怖から制御を失う者もいる」
「……はい」
「事故が起きてからでは遅い。能力者本人が傷つくこともある。家族や周囲の人間を巻き込むこともある」
若い研究員も、その考えには同意していた。
自分でも理解できない力を突然与えられ、相談する相手もいないまま怯える子供。
もしその子を早く見つけることができれば。
制御する方法を教え、事故になる前に守ることができれば。
この研究には意味がある。
そう思って、この仕事を選んだ。
「……主任」
「何だ」
「隔離室にいる子のことなんですが」
主任の手が僅かに止まった。
「検査はもう終わったんですよね?」
「基礎検査はな」
「本人は帰りたがっています」
「知っている」
「なら……」
「追加検査が必要だ」
主任研究員の声に怒りはない。
「彼女の第七波動(セブンス)は、まだ完全に性質が把握できていない」
「ですが、今のところ攻撃性は――」
「今のところ、だ」
若い研究員は黙る。
「もし我々が安全だと判断して解放し、翌日能力が暴走したらどうする?」
「……」
「本人が傷つくだけならまだいい。周囲へ被害が出れば、それを止めなかった我々の責任になる」
「分かっています」
「ならば、今は検査を続けるしかない」
「……はい」
理屈は分かる。
間違っているとも言い切れない。
それでも。
ガラス越しに見た少女の顔が頭に残っていた。
家へ帰りたい。
小さな声で、そう言っていた。
「……保護」
「何か?」
「いえ」
若い研究員は再びモニターへ向き直る。
自分たちは能力者を守るために研究をしている。
それは嘘ではない。
しかし、その本人が帰りたいと願っている時。
それを閉じ込め続けることも、本当に「守る」と呼んでいいのだろうか。
答えは出なかった。
その時だった。
施設内に警報音が鳴り響く。
「侵入者!」
「警備システムを起動しろ!」
「はい!」
研究員たちが一斉に動き出す。
若い研究員は端末へ向かった。
けれど、その直前。
画面の隅に表示された隔離区画の状態が、一瞬だけ目に入った。
あの少女も。
まだそこにいる。
◇
「侵入者確認!」
「もう見つかったかあ」
第三研究棟へ潜入したGVは、警備用機械兵の銃口を見ながら肩を落とした。
「できれば見なかったことにしてくれない?」
銃口がこちらを向く。
「ダメだよね!」
発砲。
GVは床を蹴り、弾道から身体を外す。
右手の銃から放たれたのは、通常の弾丸ではない。
避雷針(ダート)。
それ自体の破壊力は低いが、命中した対象をGVの雷撃が追尾する目印となる特殊な弾丸だ。
一発。
二発。
三発。
機械兵へ命中。
「ちょっと止まってて!」
雷撃鱗(ライゲキリン)。
GVの身体から蒼い電撃が広がった。
電流は避雷針(ダート)へ引き寄せられ、機械兵の内部へ集中する。
数秒後。
機械兵はその場で停止した。
『制圧確認』
モニカの声。
「よし」
『壊さなかったの?』
「制御系だけ止めた」
『機械相手まで手加減するの?』
「使えるなら修理してまた使えばいいでしょ。資源は大事」
『敵の修理費まで心配する必要ある?』
「考えちゃったものは仕方ないよ」
『相変わらずね……』
GVは笑いながら奥へ進んでいく。
幸い、それ以降の警備も最低限の戦闘で突破できた。
そして。
『GV』
「うん」
『目的区画よ』
研究棟中央。
巨大な円筒形の装置。
何本ものケーブルが伸び、内部では青白い光が脈動している。
『信号パターンが一致した』
アシモフの声が入る。
『目標の探知装置で間違いない。破壊しろ』
「了解」
GVが避雷針(ダート)を構える。
装置へ銃口を向けた。
その瞬間。
施設全体が大きく揺れた。
「っ!」
『何!?』
照明が赤へ切り替わる。
警報。
目の前の装置が激しく明滅を始めた。
『装置の出力が急上昇してる!』
「僕まだ何もしてないよ!?」
『侵入警報と連動して防衛システムが作動したみたい!』
モニカが叫ぶ。
さらに振動。
天井から小さな破片が落下する。
『GV、すぐに破壊しろ!』
「了解!」
引き金へ指をかける。
その時だった。
「――助けて!」
GVの指が止まった。
「……え?」
『どうした、GV』
「今……」
耳を澄ます。
警報音。
機械の駆動音。
その向こうから。
「誰か……助けて!」
間違いない。
「声がする」
『何?』
「モニカ、この先は?」
『待って』
数秒後。
『隔離区画。だけど事故防止用の隔壁が閉じてる』
「人は?」
『生体反応を確認するわ』
GVは装置を見る。
反対側の通路を見る。
『……三人いる』
「状態は?」
『二人が成人。一人は子供くらい。区画内の温度が上がってる』
「行く」
『待て、GV』
アシモフ。
『装置は現在もデータ送信を続けている。今ここで破壊しなければ、研究成果を回収できなくなる可能性がある』
「でも人がいる」
『分かっている』
「なら――」
『今この研究が完成すれば、将来さらに多くの能力者が本人の意思とは無関係に発見される可能性がある』
「……」
正しい。
GVにも分かる。
ここへ来た理由は、その未来を防ぐためだ。
目の前の三人を助ける。
そのために、これから捕まるかもしれない多くの能力者を危険に晒す。
そう言われれば、反論は難しい。
「アシモフ」
『何だ』
「装置、あとどれくらい持つ?」
『分からない。数分かもしれない』
「じゃあ、その数分で戻る」
『GV』
「ごめん」
GVは走り出した。
「でも、聞いちゃったから」
『……』
「助けてって言ってるの」
しばらく通信から返事はなかった。
やがて。
『モニカ』
「はい!」
『救助経路を出せ』
「……了解!」
「アシモフ?」
『走れ、GV。迷った時間の分まで急げ』
GVは笑った。
「グッドアドバイス!」
『無駄口を叩くな』
◇
閉鎖された隔壁を雷撃で強制的に開く。
その向こうには、煙に包まれた研究区画があった。
「誰かいる!?」
「こっちだ!」
奥から声。
GVが駆け込む。
そこにいたのは男女二人の研究員。
そして、その二人に支えられるように座り込んでいる小さな少女だった。
腕には検査用の器具が取り付けられている。
「君……フェザーの……」
若い研究員がGVの装備を見て顔を強張らせる。
「たぶん想像してる通り」
「なら我々は敵だろう!」
「それ今話す?」
「何?」
GVは少女の前へしゃがむ。
「大丈夫?」
「……うん」
「歩ける?」
少女は立とうとする。
しかし力が入らない。
「無理しないで」
GVはその身体を支える。
「この子は僕が連れてく。二人は走れる?」
「あ、ああ」
年配の研究員がGVを見る。
「何故だ」
「何が?」
「我々は皇神(スメラギ)の人間だぞ」
「知ってる」
「君たちフェザーの敵だ」
「それも知ってる」
「なら、何故我々まで助ける?」
GVは少し考えた。
「だって」
研究員を見る。
「今、困ってるでしょ?」
「……」
「装置の話とか、皇神(スメラギ)とフェザーの話は、外に出てからでいいよ」
少女を支えながら立つ。
「今は生きて帰るのが先」
若い研究員は何も言えなかった。
少し前まで。
守るとは何なのか。
そう考えていた。
目の前の少年は、自分たちがどちら側にいるかさえ後回しにして、迷うことなく手を伸ばしている。
『GV! 来た道が一部崩れたわ!』
「別ルート!」
『西側非常通路!』
「了解!」
『待て』
アシモフの声。
『そちらも三十秒後には防火隔壁が閉鎖される。間に合わなければ北側へ変更しろ』
「三十秒」
GVは二人の研究員を見る。
「走れる?」
「ああ!」
「じゃあ行こう!」
◇
四人が研究棟の外へ飛び出して間もなく、施設内部から低い轟音が響いた。
明かりが一つずつ落ちていく。
「……装置は?」
『機能停止を確認』
モニカが答える。
「データは?」
『相当量が外部へ送信されたわ。研究そのものを完全に消すことはできなかった』
「……そっか」
GVは少し肩を落とす。
「ごめん」
『何故謝る』
アシモフだった。
「僕が先に装置を壊してたら、データも止められたかもしれない」
『その可能性はある』
「……うん」
『お前は任務目標より三人の人命を優先した』
「うん」
『その結果、我々は研究データの完全な破棄に失敗した』
「……うん」
『そして三人が生還した』
GVが顔を上げる。
「アシモフ」
『事実はそれだけだ』
淡々とした声。
『作戦結果については帰還後に検証する。今は撤収しろ』
「……了解」
通信が切れる。
「怒ってるかな」
『怒ってるでしょうね』
「だよね」
『でも』
「ん?」
『救助ルートを一番真剣に調べてたのもアシモフよ』
モニカが小さく笑う。
「……そっか」
GVも笑った。
「君」
背後から呼び止められる。
先ほどの若い研究員だった。
「何?」
「名前を聞いてもいいか」
「名前?」
「報告が必要になる」
「ああ」
GVは少し困ったように頭を掻く。
その横で、助けられた少女が小さく呟いた。
「青い……雷……」
「ん?」
「きれいだった」
「ありがとう」
GVは笑う。
「じゃあ、それでいいんじゃない?」
「何?」
「青い雷の人」
「報告書にそんな記載ができるか!」
「困ったなあ」
研究員はGVをじっと見つめた。
この少年は。
自分たちを助ける理由などなかった。
むしろ助けない理由なら、いくらでもあったはずだ。
皇神(スメラギ)の研究員。
フェザーにとっての敵。
探知装置を開発していた側の人間。
それでも。
彼は来た。
「……分かった」
「何が?」
「侵入者の顔は確認できなかった」
「え?」
「煙が濃かったからな」
「いや、今普通に顔見えてるけど」
「確認できなかった」
研究員は強く繰り返す。
隣にいた主任研究員も、少し考えてから頷いた。
「私も同じだ。侵入者は高速で行動していたため、人相の判別は困難だった」
「……いいの?」
「借りを作ったままでは気分が悪い」
若い研究員が答える。
「それに」
少女を見る。
「少し……考え直したくなった」
「何を?」
「保護という言葉の意味を」
GVには、その言葉の全ては分からなかった。
それでも。
「そっか」
それ以上は聞かなかった。
「じゃあ、お互い様ってことで」
「我々は何もしていない」
「僕の顔を忘れてくれたじゃん」
「……そうだったな」
研究員は僅かに笑った。
◇
フェザーの拠点へ戻ると。
「お前さあ!」
報告を聞き終えたジーノが、開口一番そう叫んだ。
「何?」
「またやっただろ!」
「何を?」
「優先順位変更!」
「一時的にだよ」
「任務目標より敵の研究員助けるヤツがどこにいるんだ!」
「ここ?」
「自分指差すな!」
モニカが苦笑する。
「でも三人とも無事だったし」
「そういう問題じゃねぇって!」
「ジーノ」
アシモフの声で、騒いでいた二人が止まる。
「今回の作戦についてだが」
「はい」
GVが少しだけ姿勢を正す。
「任務目標を独断で後回しにした判断は問題だ」
「……うん」
「結果として研究データの一部を取り逃がした。次に同じ状況が発生した時、今回の判断が常に最善とは限らない」
「分かってる」
GVも今回は茶化さなかった。
「三人を助けたから全部正解、とは思ってないよ」
「……ほう」
「僕が装置を止めなかったせいで、今後誰かが見つかるかもしれない。それは考えないといけないと思う」
アシモフは黙って聞く。
「でも」
GVは続けた。
「それでも、あそこでもう一回同じ声を聞いたら、多分僕はまた走る」
「……」
「ごめん」
「何故謝る」
「だってアシモフが困るでしょ?」
「大いに困る」
「即答だ」
「だが」
アシモフは腕を組む。
「助けを求める能力者の少女を見捨てて、能力者の自由を掲げるフェザーの任務を完遂したところで、笑い話にもならん」
「研究員二人も助けたけど」
「そこまで助けろとは言っていない」
「やっぱり?」
「お前は甘い」
GVが笑う。
「よく言われる」
「まだ私くらいしか言っていない」
「これから増えそうだから」
アシモフが深く息を吐く。
「でもさ」
ジーノが口を挟む。
「皇神の研究員まで助けて、その研究員から身元隠してもらったんだろ?」
「うん」
「意味分かんねぇ関係だな」
「敵でも、ずっと敵とは限らないんじゃない?」
「……簡単に言いやがる」
「簡単じゃないよ」
GVは少しだけ考える。
「でも、僕らが最初から『皇神の人間は全員敵』って決めたら、向こうが能力者をひとまとめにして危険だって決めるのと、ちょっと似ちゃう気がする」
場が静かになった。
モニカが小さく目を見開く。
ジーノも返す言葉を探している。
アシモフだけは、GVをじっと見ていた。
「……それが通じない相手もいる」
「うん」
「手を差し出したことで、逆に撃たれることもある」
「それも分かってる」
「それでもか」
「それでも」
GVは笑った。
「撃たれる前から、手を引っ込めたくはないかな」
「……甘いな」
「二回目」
「数えるな」
ジーノが噴き出す。
「ニヒヒッ。やっぱお前、変なヤツだわ」
「ジーノには言われたくない」
「何だと!」
モニカもつられて笑った。
いつものチームシープスの空気へ戻っていく。
その中で。
アシモフだけは、ほんの僅かに目を細めていた。
GVはまだ若い。
世界を知らない。
善意が届かない相手がいることも、自由だけでは守れない命があることも、これから嫌というほど知ることになるだろう。
それでも。
目の前で誰かが助けを求めた時、敵か味方かを考えるより先に身体が動く。
それが、この少年なのだ。
「もう帰っていい?」
「構わん」
「じゃ、お疲れさま」
「GV」
「何?」
「次の任務には遅れるな」
「善処します」
「約束しろ!」
「ジーノと同じこと言ってる」
「誰のせいだ!」
GVは笑いながら拠点を後にした。
自分が今日選んだことが、正しかったのかどうかは分からない。
装置を先に壊していれば、もっと多くの能力者を守れた可能性もある。その一方で、あそこで立ち止まらなければ、三人は帰れなかったかもしれない。
たぶん、これからもそんな場面は何度もやってくる。
世界全体のことを考えれば正しい選択と、目の前にいる誰かを助けるための選択が、いつも同じ方向を向いているとは限らない。
それでもGVは、助けを求める声を聞いた時に、その人がどこの誰なのかを確認してから手を伸ばすような人間にはなりたくなかった。
皇神(スメラギ)の人間でも。
フェザーの仲間でも。
能力者でも。
そうでなくても。
手の届くところにいて、自分にできることがあるのなら、まずは手を伸ばしてみる。
その先で意見が違えば、その時に話せばいい。
今日助けた相手が明日には敵として立ちはだかるかもしれないし、今日戦った相手がいつか手を貸してくれるかもしれない。
そんなことは、今のGVには分からない。
ただ一つだけ分かっている。
目の前で伸ばされた手を取らなかった後悔より、取ったせいで少しくらい面倒なことになる方が、自分にはきっと似合っている。
それはまだ、立派な信念と呼べるようなものではなかった。
昔、画面の向こうで見たヒーローに憧れ、その真似をしながら人を助けているうちに、いつの間にか身体へ染みついていた癖のようなものだった。
けれど、この小さなお節介が。
やがて一人の少女と出会った時。
GV自身の人生を大きく変えることになる。
今の彼は、まだそれを知らない。
次回予告
次の任務は、国民的バーチャルアイドル――電子の謡精(サイバーディーヴァ)・モルフォの抹殺。
標的はただのプログラム。
そう聞かされていたGVだったが、任務の先で待っていたのは、彼の生き方を大きく変える「ひとりの少女」だった。
そして任務開始早々、何故かアシモフから唐突な確認が入る。
「GV。Bでジャンプ、Yでショット、Lでダッシュ、Rで雷撃鱗だ。忘れていないな?」
「……アシモフ、誰に向かって説明してるの?」
次回、第二話――「謡精」
その出会いが、蒼い雷霆を“隣人”へと変える。
次回も、グッドラック。