『隣人GV ―もしもスパイディの影響を受けたGVなら―』 作:幸田市
皇神(スメラギ)のデータバンク施設を巡る騒動から、数日が経った。
破損した設備の修復はまだ続いていたが、施設そのものは最低限の機能を取り戻しつつあった。
そして、その一角。
「――故に小生は、既に万全で候!」
「そういう問題ではありません」
「何故で候!?」
医務室に、カレラの大声が響いた。
簡素な診察用の椅子に腰を下ろした大男の前で、皇神の医療スタッフが端末を片手にため息をつく。
「肉体的な負傷については問題ありません。第七波動(セブンス)の出力も正常値まで戻っています」
「ならば!」
「ですが、短期間に高出力の磁界拳(マグネティックアーツ)を連続使用しています。加えて先日の戦闘では、外部から大量の電気エネルギーを吸収した影響も確認されています」
「ぬぅ……」
「一日くらい休んでください」
カレラが腕を組む。
「休養もまた鍛錬の一環……それは理解しているで候」
「でしたら話は早いです」
「軽度の鍛錬ならば?」
「休んでください」
「走り込み」
「休んでください」
「筋力維持を目的とした――」
「休んでください」
「……素振り」
「休んでください」
即答を四回食らい、さすがのカレラも黙った。
医療スタッフは端末へ視線を戻す。
「本日は非番扱いになっています。能力者狩り部隊からも了承を得ていますので、訓練場へ行っても入れてもらえませんよ」
「なんと」
「街へ出るなり、部屋で寝るなり、好きに過ごしてください」
「好きに……」
「ただし、高出力の第七波動は禁止です」
「…………」
カレラは立ち上がった。
「承知した!」
「本当に分かってます?」
「無論!」
そう言い残し、堂々と医務室を出ていく。
廊下を進むこと十数秒。
右へ曲がれば居住区。
左へ曲がれば訓練場。
カレラの足が自然に左へ向いた。
「カレラさん」
「ぬ?」
訓練場の入口にいた職員が、先回りでもしていたかのように腕を組んでいる。
「本日は入場禁止です」
「…………」
「医務室から連絡が来ています」
「迅速な連携、見事で候」
「戻ってください」
「ならば仕方なし!」
踵を返す。
今度こそ居住区へ戻ろうとして――。
カレラの足が止まった。
「…………」
自室へ戻る。
何をする。
眠る。
まだ昼前だ。
本を読む。
特に読みたいものはない。
映像を見る。
興味のある番組が思い浮かばない。
「休日……」
小さく呟く。
「休日とは、何をすればよいので候……?」
◇
結局、街へ出ることにした。
戦闘用装備こそ身につけていないものの、カレラは普段着になっても目立った。
大柄な体格に加え、歩き方まで妙に堂々としている。街を歩く人々の中へ混ざっても、一人だけ進軍しているように見える。
しかし本人は周囲の視線など気にしていなかった。
「まずは食事!」
休養とはいえ、身体を作るには栄養が必要である。
ならばこれもまた、強くなるために必要な行動。
自分なりに休日の意味を見出したカレラは、以前から気になっていた定食屋へ向かった。
ところが。
「…………」
店の前には列ができていた。
十人ほど。
カレラは看板を確認する。
間違いなく目的の店だ。
入口を見る。
列を見る。
また入口を見る。
「この者たちは、何をしているので候?」
ちょうど最後尾に並んでいた女性が振り返った。
「順番待ちですよ」
「順番」
「混んでるからね。お兄さんも食べるなら後ろ」
「なるほど!」
カレラは素直に最後尾へ並んだ。
一分。
二分。
三分。
「…………」
何も起きない。
前の客と戦う必要はない。
店へ突入する必要もない。
ただ待つ。
五分。
「…………」
カレラの腕が組まれる。
さらに二分。
「この列を突破するための手段はないので候か?」
前にいた女性が振り向いた。
「ないねえ」
「整理券を奪い合うなどは?」
「しないよ」
「店主から課される試練は?」
「ご飯食べるだけだよ」
「ぬぅ……」
「急いだって早くならないんだから、大人しく待ってなさい」
「…………承知」
カレラは再び前を向いた。
そこからさらに十分近く待って、ようやく店へ入れた。
戦っていない。
鍛えてもいない。
それなのに妙な疲労感がある。
「これが……休日……」
「ご注文は?」
「大盛りで!」
◇
食事を終えた後は、街を歩いた。
何もしないのは落ち着かない。
ならば、せめて今後の鍛錬に使えるものでも見て回ろう。
カレラはスポーツ用品店へ入った。
ダンベル。
トレーニング用の器具。
握力を鍛える器具。
並んだ商品を見ているだけで、ようやく少し気分が上向いてくる。
「良き店で候……!」
その中で一つの商品へ目が止まった。
かなり強度の高いトレーニング器具。
カレラは商品札を見る。
「これを」
「申し訳ありません」
店員が頭を下げる。
「そちら、展示品だけで在庫を切らしてまして」
「在庫切れ?」
「はい。次の入荷が来週になります」
「来週……」
「ご予約ならできますよ」
カレラは商品を見る。
欲しい。
今欲しい。
「さらに強度の高いものは?」
「そちらも在庫がありません」
「ならば倉庫に――」
「ありません」
「他店から――」
「取り寄せにも数日いただきます」
「…………」
どれだけ力があっても、存在しない在庫は出てこない。
磁界拳でもどうにもならない。
「予約を」
「ありがとうございます」
書類へ名前を書きながら、カレラは妙な顔をしていた。
「また待つので候か……」
「人気商品ですからね」
「休日とは待つことが多いので候な……」
「え?」
「何でもござらん」
◇
店を出た頃には、午後になっていた。
まだ夕方には遠い。
休日は長い。
「これほど時間を持て余すとは……」
戦場ならば、時間はいくらあっても足りない。
相手を見る。
動きを読む。
拳を交える。
さらなる力を引き出す。
ところが今は、倒すべき相手も、超えるべき強者もいない。
とりあえず近くの公園へ入る。
ベンチに座ろうとした、その時だった。
「あー!」
子供の声が聞こえた。
見ると、一本の木の下に三人の子供が集まっている。
枝の途中にボールが引っかかっていた。
「取れない!」
「もっとジャンプしろよ!」
「無理だって!」
カレラの目が輝いた。
明確な問題。
達成すべき目的。
「小童ども!」
「うわっ!」
三人が振り向く。
「何を困っているので候!」
「あの……ボールが……」
「なるほど!」
カレラは木を見上げる。
高さは大したことがない。
「小生に任せられよ!」
「取れるの?」
「無論!」
幹へ両手をかける。
「ぬぅんッ!」
木が大きく揺れた。
「うわっ!」
大量の葉が落ちる。
しかしボールは枝の間で跳ね、さらに奥へ入り込んだ。
「…………」
「あ」
子供たちも木を見上げる。
「さっきより取りにくくなった」
「…………」
カレラはもう一度幹へ手をかける。
さらに強く揺らせば。
「待って!」
一人の少年が止めた。
「あそこに長い棒あるよ」
「棒?」
公園の管理用なのか、柵のそばに長い棒が立てかけられている。
少年がそれを持ってきた。
「これで押せば取れそう」
「…………」
カレラは棒を受け取った。
先端を枝へ伸ばす。
軽く押す。
ころん。
ボールが落ちた。
「取れた!」
「すげー!」
「ありがと、おじさん!」
「おじさんではないッ!」
三人が一斉に肩を跳ねさせた。
カレラも自分の声量に気づき、少し咳払いする。
「ともかく、目的は果たしたで候」
「ありがとう!」
子供たちはボールを持って走っていった。
カレラはその背中を見送り、それから手元の棒を見る。
木を揺らすより遥かに小さな力しか使っていない。
だが、こちらの方が早く、確実に目的を達成した。
「……ぬ?」
何かが頭の隅へ引っかかった。
けれど、それが何なのかまでは分からない。
棒を元の場所へ戻し、ベンチへ向かった。
◇
十分後。
カレラはベンチを立っていた。
「休むというのも容易ではない……!」
座っているだけでは退屈だった。
次に目へ留まったのは、公園近くの小さなゲームコーナーだった。
普段なら入らない。
しかし今日は休日。
何事も経験である。
店内へ入ると、電子音と軽快な音楽が耳へ飛び込んできた。
「ほう……」
いくつもの筐体が並んでいる。
その中でカレラが足を止めたのは、クレーンゲームだった。
透明な箱の中には、小さなぬいぐるみが積まれている。
一人の子供が何度か挑戦していたが、どうにも取れないらしい。
「あー、また落ちた!」
アームがぬいぐるみを掴み、持ち上げ、途中で落とす。
カレラの眉が動く。
「今のは力が足りぬ」
「え?」
子供が振り向いた。
「より強く掴めばよい!」
「でも強さ変えられないよ」
「何?」
「ボタン押すだけだもん」
「…………」
カレラは筐体を見た。
確かに、利用者がアームの握力を直接変えることはできない。
「小生にも一度」
「やるの?」
「うむ!」
硬貨を入れる。
狙う。
動かす。
「ここで候!」
ボタン。
アームが下りる。
掴む。
持ち上がる。
「ぬははは! 見たか!」
落ちた。
「…………」
子供が言う。
「惜しいね」
「もう一度!」
二回目。
落ちる。
三回目。
位置がずれる。
四回目。
掴むことすらできない。
「ぬぅ……!」
「おじさん下手だね」
「おじさんではない!」
「じゃあ、お兄さん下手だね」
「それは否定できぬ……!」
カレラは腕を組み、筐体の中を睨んだ。
ここで力を込めてボタンを押しても意味がない。
筐体を揺らすなど論外だ。
アームの力は決まっている。
自分が操作できるのは、位置とタイミングだけ。
「…………」
そこで。
ふと。
青い雷が脳裏を走った。
◇
あの時。
データバンクの最深部。
自分はGVと戦った。
蒼き雷霆(アームドブルー)。
名高い能力者。
どれほどの雷を見せてくれるのかと、胸を躍らせて待っていた。
実際、その力は申し分なかった。
だが。
「……あやつ」
カレラが小さく呟く。
最初に磁界拳で雷を吸収した時。
GVは驚いていた。
予想外だったはずだ。
それまで主力として使っていた雷撃が封じられたのだから当然だ。
しかし。
そこで無理に同じ攻撃を続けなかった。
雷が通じないなら、ダートと身体能力へ切り替えた。
電磁加速拳が雷によってより多くの金属を引き寄せた時もそうだ。
自分の力が相手を強化すると知った瞬間、GVは雷撃を止めた。
超重磁爆星に引き込まれた時も。
あの少年は一度、反射的に雷撃鱗(ライゲキリン)を展開した。
そのせいで吸引力が増した。
普通なら、そこでさらに力を出して脱出しようと考えるかもしれない。
だがGVは逆だった。
雷を止めた。
自分の最大の武器を、自分から引っ込めた。
そして最後には。
カレラの磁界拳が相手の第七波動まで吸収できる性質を利用し、こちらへ雷を吸わせ続けた。
ただし、無闇に大量の雷を叩き込んだわけではない。
ダートを複数箇所へ打ち込み、流す電気の間隔をずらし、こちらの磁場が処理できる限界を探っていた。
戦闘不能になる。
しかし、それ以上には踏み込まない。
その境界を見極め、そこで雷を止めた。
「…………」
カレラはクレーンゲームの前で動かなくなった。
「お兄さん?」
「……何故で候?」
「え?」
「あやつほどの力がありながら……何故、使わぬ?」
子供には何の話か分からない。
「ゲームするなら早くしないと時間なくなるよ」
「ぬ!?」
慌てて画面を見る。
残り時間が少ない。
カレラはアームを動かした。
しかし今度は、ボタンを押す直前に止まった。
ぬいぐるみを見る。
アームを見る。
先ほど四度失敗した位置。
持ち上がったあと、重心が傾いて落ちた方向。
「……なるほど」
真正面から掴む必要はない。
少し横。
身体ではなく、端。
落とす方向まで考える。
「ここで候」
ボタンを押す。
アームが降りる。
ぬいぐるみの端を引っかける。
僅かに動いた。
景品出口へ近づく。
「取れてないよ?」
「それでよい!」
「え?」
「もう一度!」
二回目。
さらに動かす。
三回目。
ぬいぐるみが出口へ落ちた。
「おお!」
子供が歓声を上げる。
カレラは景品を取り出し、高く掲げた。
「勝利ッ!」
「声でかい!」
「ぬははははッ!」
満足げに笑い、それから手の中の小さなぬいぐるみを見る。
四度、真正面から取りにいって失敗した。
五度目から、やり方を変えた。
自分の力は何一つ増えていない。
それでも結果が変わった。
「……力を出すだけが、力ではない?」
「何言ってるの?」
「少々考え事で候」
「そのぬいぐるみどうするの?」
「…………」
カレラは完全に忘れていた。
「欲しくて取ったんじゃないの?」
「勝負に夢中であった」
「じゃあちょうだい」
「よかろう!」
「やった!」
子供へ手渡す。
その瞬間。
また、あの少年が頭に浮かんだ。
勝つ。
それで終わりではなかった。
カレラが動けなくなった後も、GVはその場へ残った。
そして施設の隔離処理が始まった時。
自分を置いていけば、一人で容易に逃げられたはずなのに。
戻ってきた。
『立てる?』
あの声を思い出す。
こちらが放っておけと言っても、聞かなかった。
挙げ句の果てに、大柄な自分を支えながら出口まで走った。
「……重い、とも言っておったな」
「何が?」
「こちらの話で候」
あの一言だけは今思い出しても余計である。
しかし。
逃げる途中でもGVは焦っていなかった。
焦っていない、というのは正確ではないかもしれない。
シャッターが閉じるのを見て急いでいた。
自分の重さに文句も言っていた。
戦闘中にも驚き、困り、時には苛立っていた。
何も感じていないわけではない。
「……そうか」
カレラの目が細くなった。
ようやく、何かが繋がり始めた。
◇
ゲームコーナーを出た後、カレラは再び公園へ戻った。
先ほどのベンチへ座る。
今度は、退屈だからすぐに立ち上がることはなかった。
「小生は……あやつの雷を見ていた」
誰へ話すでもなく呟く。
強大な第七波動。
鋭い戦闘技術。
状況への適応力。
それらがGVの強さだと思っていた。
間違ってはいない。
だが、足りない。
「力があるからこそ、使う」
カレラ自身ならそう考える。
強い力がある。
ならば、さらに強く使う。
強い敵がいる。
ならば、真正面から越える。
そうして力を磨き続けることこそ、自分の生き方だった。
今も、それを変えるつもりはない。
しかしGVは。
力を持っているからこそ、使わないという選択もできた。
雷撃が不利なら止める。
敵を倒すために必要以上の出力がいらないなら、そこで止める。
腹が立ったからといって、その感情だけで相手への扱いを変えない。
困っていても周囲を見る。
不利になっても相手を見る。
自分が何をしたいのかを見失わない。
「…………」
カレラは、自分の両手を見る。
力そのものを求めてきた。
そのためなら苦境さえ歓迎した。
強い相手ほど良い。
追い詰められるほど燃える。
だが。
日常で木に引っかかったボール一つを取る時。
力任せに木を揺らした。
結果、状況を悪くした。
クレーンゲームでも同じだ。
ただ一度で掴み上げようとして、何度も失敗した。
「力を持つことと……力を御すること」
違う。
そこでカレラは、あの戦いの最中のGVの顔を思い出した。
不利な状況にもかかわらず、相手を観察していた。
こちらの言葉へも答えていた。
力を求める理由について尋ねながら、自分には分からないと正直に言った。
分からないからといって、こちらの生き方を否定もしなかった。
そしてその一方で、サーバーを守れという要求には従わなかった。
自分の考えと、目の前でやるべきことを混同しない。
「穏やかで……冷静な心」
口に出してみる。
カレラには、およそ馴染みのない響きだった。
「…………」
少し考える。
「いや」
首を振る。
穏やかだから弱いのではない。
むしろ逆ではないか。
大きな力を持ちながら、それに引きずられない。
感情を持ちながら、それだけで行動を決めない。
必要なら出す。
不要なら止める。
自分自身の力さえ、状況に合わせて制御する。
「己を御する力……!」
カレラの目が輝いた。
ベンチから立ち上がる。
「それもまた、力で候ッ!」
近くを歩いていた犬が驚いて飼い主の後ろへ隠れた。
「む?」
カレラは犬を見る。
先ほどまで考えていたことを思い出す。
「…………失礼」
声量を落とした。
飼い主が不思議そうな顔をして去っていく。
カレラは一人で頷いた。
「なるほど……」
これまで自分は、力を増やすことばかり考えていた。
より強い磁界。
より強い拳。
より高い出力。
より強い相手。
しかし、どれだけ大きな力を得ても、それを適切に扱えなければ無駄が生まれる。
あのGVという少年は、それを戦いの最中にやっていた。
「ぬはははは……!」
笑いが漏れる。
「やはり貴殿、実に面白い!」
GVの思想を理解したわけではない。
敵を生かす理由も、未だによく分からない。
困っている人間へ次々と手を伸ばす生き方も、自分が真似したいとは思わない。
けれど。
その生き方を貫くために必要な心の強さ。
そこには興味が湧いた。
「次はそれすらも乗り越えねばならぬ!」
目的は結局そこだった。
GVのようになりたいのではない。
GVが持っている強さを知りたい。
知った上で、それを越えたい。
カレラは嬉しそうに拳を握った。
◇
帰路。
駅へ着いた瞬間、目の前で電車の扉が閉まった。
「ぬッ!」
発車する。
カレラは一歩踏み出した。
「待たれ――」
そこで止まった。
走っても間に合わない。
当然、能力でどうにかするような話でもない。
次の電車を見る。
三分後。
「…………」
腕を組む。
三十秒。
「…………」
一分。
「…………長い」
時刻表示を見る。
まだ二分ある。
「戦いならば一瞬が惜しいというのに、何故待つ時間はこうも長く感じるので候……」
それでも待った。
以前の自分ならどうしたというわけでもない。
ただ。
早く来いと考え続けても、電車が早く来るわけではない。
ならば。
周囲を見る。
ホームに人がいる。
ベンチがある。
夕方の空が見える。
「…………」
少しだけ肩の力を抜いた。
「これが……穏やかで冷静な心……」
「おじさん!」
「おじさんではないッ!」
反射的に振り返った。
公園にいた子供だった。
「あ、やっぱり怒った」
「これは訂正で候!」
「電車待ってるの?」
「うむ」
「次すぐ来るよ」
「知っている」
「じゃあ何でそんな難しい顔してるの?」
「修行中で候」
「駅で?」
「駅で」
「変なの」
子供が笑う。
「さらば!」
家族の方へ走っていく。
カレラはその背中を見送った。
「…………」
穏やかで冷静な心。
どうやら、身につけるのは簡単ではなさそうだ。
「それでこそ!」
口元が上がる。
「乗り越える価値があるというもの!」
結局、困難であると分かった途端に嬉しくなっていた。
◇
皇神の施設へ戻った頃には、すっかり夜になっていた。
「お帰りなさい、カレラさん」
「うむ!」
「休日はどうでした?」
受付にいた職員から何気なく尋ねられ、カレラは足を止めた。
「有意義であった!」
「何をしてたんです?」
「並んだ!」
「はい?」
「待った!」
「はい?」
「木から球を取った!」
「……はい」
「遊戯機械にも挑んだ!」
「休日っぽくなってきましたね」
「そして!」
カレラが拳を握る。
「新たな力を知った!」
「結局そこなんですね」
「当然!」
職員は苦笑する。
「で、どんな力です?」
「穏やかで冷静な心!」
「…………」
数秒。
「カレラさんが?」
「何故そこで驚くので候!?」
「いや……意外だったので」
「小生は今日、理解した!」
カレラは胸を張った。
「どれほど強大な力を持とうとも、それを適切に御することができねば、その力を十全には引き出せぬ!」
「はあ」
「そして、あのGVはそれを持っている!」
「GV?」
「先日拳を交えた強者で候!」
職員の顔に、ようやく納得したような色が浮かんだ。
「ああ……結局、次に戦うためなんですね」
「無論!」
「安心しました」
「何がで候?」
「急に人格が変わったのかと思って」
「小生は小生で候!」
カレラは堂々と言い切った。
「されど、強き者が持つ力ならば、それを知り、己の糧とする! その先にさらなる力があるならば、求めぬ理由などない!」
「なるほど」
「次に会う時!」
握った拳を胸元へ引く。
「あやつの雷のみならず、その穏やかで冷静な心すら越え、小生はさらなる高みへ至る!」
「頑張ってください」
「うむ!」
「でも今日は休養日なので、もう寝てくださいね」
「…………」
「訓練場は禁止です」
「……承知」
◇
自室。
風呂を済ませ、寝る支度まで終えたカレラは、床へ座っていた。
背筋を伸ばす。
目を閉じる。
「穏やかで……冷静な心……」
静かに呼吸する。
一分。
時計の音が聞こえる。
二分。
廊下を誰かが歩いていく。
三分。
「…………」
目を開ける。
「長いッ!」
声を上げてから。
カレラは止まった。
「…………」
もう一度、目を閉じる。
「まだまだで候な」
口元には笑みが浮かんでいた。
簡単に得られるものなら、面白くない。
自分にない。
すぐには手に入らない。
だからこそ、求める価値がある。
脳裏には再び、青い雷を纏う少年の姿が浮かんだ。
「次は負けぬぞ、GV」
その声に迷いはない。
だが、少しだけ間を置いて。
「……次は、どのような強さを見せるので候?」
今度は、どこか楽しみにするように呟いた。
勝ちたい。
越えたい。
それと同じくらい。
まだ知らない強さを、また見せてほしい。
そんな新しい欲まで抱え込みながら。
欲深き磁界拳は、再び静かに目を閉じた。
今度はせめて、五分。
その程度から始めてみよう。
――皇神の地下に、誰にも顧みられなくなった研究施設がある。
そこで囁かれるのは、死んだはずの人間が歩いているという噂。
調査へ向かったGVが出会ったのは、薄暗い施設の奥で怯える一人の少女だった。
「……ここ、怖いです」
なら、話は簡単だ。
「じゃあ、まずここから出ようか」
けれど少女の内側には、皇神によって刻み込まれたものがある。
生命輪廻(アンリミテッドアニムス)。
生と死を弄び、人格すら研究材料として扱った実験の残滓。
そして――布都御魂が目を覚ます。
「アンタも結局、アタシたちを気味悪がるんでしょ?」
「いや。そういう採点、僕やってないんだ」
同じ少女。
異なる声。
異なる意志。
繰り返される再生を前に、GVが選ぶのは――倒すためではない、一振り。
「迸れ! 蒼き雷霆よ(アームドブルー)!!」
「彼女たちに、安らかな眠りを――」
「…………いや」
「違うな」
第12話。
**「輪廻」**
「眠ってもらう必要、ないよね」
「だって君たち、まだこれからでしょ」
次回も、グッドラック。