『隣人GV ―もしもスパイディの影響を受けたGVなら―』   作:幸田市

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世にも珍しいカレラ単独回、こんな休日を過ごしてるの見たら笑っちゃうわ


第十一話「カレラの休日」

 皇神(スメラギ)のデータバンク施設を巡る騒動から、数日が経った。

 

 破損した設備の修復はまだ続いていたが、施設そのものは最低限の機能を取り戻しつつあった。

 

 そして、その一角。

 

「――故に小生は、既に万全で候!」

 

「そういう問題ではありません」

 

「何故で候!?」

 

 医務室に、カレラの大声が響いた。

 

 簡素な診察用の椅子に腰を下ろした大男の前で、皇神の医療スタッフが端末を片手にため息をつく。

 

「肉体的な負傷については問題ありません。第七波動(セブンス)の出力も正常値まで戻っています」

 

「ならば!」

 

「ですが、短期間に高出力の磁界拳(マグネティックアーツ)を連続使用しています。加えて先日の戦闘では、外部から大量の電気エネルギーを吸収した影響も確認されています」

 

「ぬぅ……」

 

「一日くらい休んでください」

 

 カレラが腕を組む。

 

「休養もまた鍛錬の一環……それは理解しているで候」

 

「でしたら話は早いです」

 

「軽度の鍛錬ならば?」

 

「休んでください」

 

「走り込み」

 

「休んでください」

 

「筋力維持を目的とした――」

 

「休んでください」

 

「……素振り」

 

「休んでください」

 

 即答を四回食らい、さすがのカレラも黙った。

 

 医療スタッフは端末へ視線を戻す。

 

「本日は非番扱いになっています。能力者狩り部隊からも了承を得ていますので、訓練場へ行っても入れてもらえませんよ」

 

「なんと」

 

「街へ出るなり、部屋で寝るなり、好きに過ごしてください」

 

「好きに……」

 

「ただし、高出力の第七波動は禁止です」

 

「…………」

 

 カレラは立ち上がった。

 

「承知した!」

 

「本当に分かってます?」

 

「無論!」

 

 そう言い残し、堂々と医務室を出ていく。

 

 廊下を進むこと十数秒。

 

 右へ曲がれば居住区。

 

 左へ曲がれば訓練場。

 

 カレラの足が自然に左へ向いた。

 

「カレラさん」

 

「ぬ?」

 

 訓練場の入口にいた職員が、先回りでもしていたかのように腕を組んでいる。

 

「本日は入場禁止です」

 

「…………」

 

「医務室から連絡が来ています」

 

「迅速な連携、見事で候」

 

「戻ってください」

 

「ならば仕方なし!」

 

 踵を返す。

 

 今度こそ居住区へ戻ろうとして――。

 

 カレラの足が止まった。

 

「…………」

 

 自室へ戻る。

 

 何をする。

 

 眠る。

 

 まだ昼前だ。

 

 本を読む。

 

 特に読みたいものはない。

 

 映像を見る。

 

 興味のある番組が思い浮かばない。

 

「休日……」

 

 小さく呟く。

 

「休日とは、何をすればよいので候……?」

 

     ◇

 

 結局、街へ出ることにした。

 

 戦闘用装備こそ身につけていないものの、カレラは普段着になっても目立った。

 

 大柄な体格に加え、歩き方まで妙に堂々としている。街を歩く人々の中へ混ざっても、一人だけ進軍しているように見える。

 

 しかし本人は周囲の視線など気にしていなかった。

 

「まずは食事!」

 

 休養とはいえ、身体を作るには栄養が必要である。

 

 ならばこれもまた、強くなるために必要な行動。

 

 自分なりに休日の意味を見出したカレラは、以前から気になっていた定食屋へ向かった。

 

 ところが。

 

「…………」

 

 店の前には列ができていた。

 

 十人ほど。

 

 カレラは看板を確認する。

 

 間違いなく目的の店だ。

 

 入口を見る。

 

 列を見る。

 

 また入口を見る。

 

「この者たちは、何をしているので候?」

 

 ちょうど最後尾に並んでいた女性が振り返った。

 

「順番待ちですよ」

 

「順番」

 

「混んでるからね。お兄さんも食べるなら後ろ」

 

「なるほど!」

 

 カレラは素直に最後尾へ並んだ。

 

 一分。

 

 二分。

 

 三分。

 

「…………」

 

 何も起きない。

 

 前の客と戦う必要はない。

 

 店へ突入する必要もない。

 

 ただ待つ。

 

 五分。

 

「…………」

 

 カレラの腕が組まれる。

 

 さらに二分。

 

「この列を突破するための手段はないので候か?」

 

 前にいた女性が振り向いた。

 

「ないねえ」

 

「整理券を奪い合うなどは?」

 

「しないよ」

 

「店主から課される試練は?」

 

「ご飯食べるだけだよ」

 

「ぬぅ……」

 

「急いだって早くならないんだから、大人しく待ってなさい」

 

「…………承知」

 

 カレラは再び前を向いた。

 

 そこからさらに十分近く待って、ようやく店へ入れた。

 

 戦っていない。

 

 鍛えてもいない。

 

 それなのに妙な疲労感がある。

 

「これが……休日……」

 

「ご注文は?」

 

「大盛りで!」

 

     ◇

 

 食事を終えた後は、街を歩いた。

 

 何もしないのは落ち着かない。

 

 ならば、せめて今後の鍛錬に使えるものでも見て回ろう。

 

 カレラはスポーツ用品店へ入った。

 

 ダンベル。

 

 トレーニング用の器具。

 

 握力を鍛える器具。

 

 並んだ商品を見ているだけで、ようやく少し気分が上向いてくる。

 

「良き店で候……!」

 

 その中で一つの商品へ目が止まった。

 

 かなり強度の高いトレーニング器具。

 

 カレラは商品札を見る。

 

「これを」

 

「申し訳ありません」

 

 店員が頭を下げる。

 

「そちら、展示品だけで在庫を切らしてまして」

 

「在庫切れ?」

 

「はい。次の入荷が来週になります」

 

「来週……」

 

「ご予約ならできますよ」

 

 カレラは商品を見る。

 

 欲しい。

 

 今欲しい。

 

「さらに強度の高いものは?」

 

「そちらも在庫がありません」

 

「ならば倉庫に――」

 

「ありません」

 

「他店から――」

 

「取り寄せにも数日いただきます」

 

「…………」

 

 どれだけ力があっても、存在しない在庫は出てこない。

 

 磁界拳でもどうにもならない。

 

「予約を」

 

「ありがとうございます」

 

 書類へ名前を書きながら、カレラは妙な顔をしていた。

 

「また待つので候か……」

 

「人気商品ですからね」

 

「休日とは待つことが多いので候な……」

 

「え?」

 

「何でもござらん」

 

     ◇

 

 店を出た頃には、午後になっていた。

 

 まだ夕方には遠い。

 

 休日は長い。

 

「これほど時間を持て余すとは……」

 

 戦場ならば、時間はいくらあっても足りない。

 

 相手を見る。

 

 動きを読む。

 

 拳を交える。

 

 さらなる力を引き出す。

 

 ところが今は、倒すべき相手も、超えるべき強者もいない。

 

 とりあえず近くの公園へ入る。

 

 ベンチに座ろうとした、その時だった。

 

「あー!」

 

 子供の声が聞こえた。

 

 見ると、一本の木の下に三人の子供が集まっている。

 

 枝の途中にボールが引っかかっていた。

 

「取れない!」

 

「もっとジャンプしろよ!」

 

「無理だって!」

 

 カレラの目が輝いた。

 

 明確な問題。

 

 達成すべき目的。

 

「小童ども!」

 

「うわっ!」

 

 三人が振り向く。

 

「何を困っているので候!」

 

「あの……ボールが……」

 

「なるほど!」

 

 カレラは木を見上げる。

 

 高さは大したことがない。

 

「小生に任せられよ!」

 

「取れるの?」

 

「無論!」

 

 幹へ両手をかける。

 

「ぬぅんッ!」

 

 木が大きく揺れた。

 

「うわっ!」

 

 大量の葉が落ちる。

 

 しかしボールは枝の間で跳ね、さらに奥へ入り込んだ。

 

「…………」

 

「あ」

 

 子供たちも木を見上げる。

 

「さっきより取りにくくなった」

 

「…………」

 

 カレラはもう一度幹へ手をかける。

 

 さらに強く揺らせば。

 

「待って!」

 

 一人の少年が止めた。

 

「あそこに長い棒あるよ」

 

「棒?」

 

 公園の管理用なのか、柵のそばに長い棒が立てかけられている。

 

 少年がそれを持ってきた。

 

「これで押せば取れそう」

 

「…………」

 

 カレラは棒を受け取った。

 

 先端を枝へ伸ばす。

 

 軽く押す。

 

 ころん。

 

 ボールが落ちた。

 

「取れた!」

 

「すげー!」

 

「ありがと、おじさん!」

 

「おじさんではないッ!」

 

 三人が一斉に肩を跳ねさせた。

 

 カレラも自分の声量に気づき、少し咳払いする。

 

「ともかく、目的は果たしたで候」

 

「ありがとう!」

 

 子供たちはボールを持って走っていった。

 

 カレラはその背中を見送り、それから手元の棒を見る。

 

 木を揺らすより遥かに小さな力しか使っていない。

 

 だが、こちらの方が早く、確実に目的を達成した。

 

「……ぬ?」

 

 何かが頭の隅へ引っかかった。

 

 けれど、それが何なのかまでは分からない。

 

 棒を元の場所へ戻し、ベンチへ向かった。

 

     ◇

 

 十分後。

 

 カレラはベンチを立っていた。

 

「休むというのも容易ではない……!」

 

 座っているだけでは退屈だった。

 

 次に目へ留まったのは、公園近くの小さなゲームコーナーだった。

 

 普段なら入らない。

 

 しかし今日は休日。

 

 何事も経験である。

 

 店内へ入ると、電子音と軽快な音楽が耳へ飛び込んできた。

 

「ほう……」

 

 いくつもの筐体が並んでいる。

 

 その中でカレラが足を止めたのは、クレーンゲームだった。

 

 透明な箱の中には、小さなぬいぐるみが積まれている。

 

 一人の子供が何度か挑戦していたが、どうにも取れないらしい。

 

「あー、また落ちた!」

 

 アームがぬいぐるみを掴み、持ち上げ、途中で落とす。

 

 カレラの眉が動く。

 

「今のは力が足りぬ」

 

「え?」

 

 子供が振り向いた。

 

「より強く掴めばよい!」

 

「でも強さ変えられないよ」

 

「何?」

 

「ボタン押すだけだもん」

 

「…………」

 

 カレラは筐体を見た。

 

 確かに、利用者がアームの握力を直接変えることはできない。

 

「小生にも一度」

 

「やるの?」

 

「うむ!」

 

 硬貨を入れる。

 

 狙う。

 

 動かす。

 

「ここで候!」

 

 ボタン。

 

 アームが下りる。

 

 掴む。

 

 持ち上がる。

 

「ぬははは! 見たか!」

 

 落ちた。

 

「…………」

 

 子供が言う。

 

「惜しいね」

 

「もう一度!」

 

 二回目。

 

 落ちる。

 

 三回目。

 

 位置がずれる。

 

 四回目。

 

 掴むことすらできない。

 

「ぬぅ……!」

 

「おじさん下手だね」

 

「おじさんではない!」

 

「じゃあ、お兄さん下手だね」

 

「それは否定できぬ……!」

 

 カレラは腕を組み、筐体の中を睨んだ。

 

 ここで力を込めてボタンを押しても意味がない。

 

 筐体を揺らすなど論外だ。

 

 アームの力は決まっている。

 

 自分が操作できるのは、位置とタイミングだけ。

 

「…………」

 

 そこで。

 

 ふと。

 

 青い雷が脳裏を走った。

 

     ◇

 

 あの時。

 

 データバンクの最深部。

 

 自分はGVと戦った。

 

 蒼き雷霆(アームドブルー)。

 

 名高い能力者。

 

 どれほどの雷を見せてくれるのかと、胸を躍らせて待っていた。

 

 実際、その力は申し分なかった。

 

 だが。

 

「……あやつ」

 

 カレラが小さく呟く。

 

 最初に磁界拳で雷を吸収した時。

 

 GVは驚いていた。

 

 予想外だったはずだ。

 

 それまで主力として使っていた雷撃が封じられたのだから当然だ。

 

 しかし。

 

 そこで無理に同じ攻撃を続けなかった。

 

 雷が通じないなら、ダートと身体能力へ切り替えた。

 

 電磁加速拳が雷によってより多くの金属を引き寄せた時もそうだ。

 

 自分の力が相手を強化すると知った瞬間、GVは雷撃を止めた。

 

 超重磁爆星に引き込まれた時も。

 

 あの少年は一度、反射的に雷撃鱗(ライゲキリン)を展開した。

 

 そのせいで吸引力が増した。

 

 普通なら、そこでさらに力を出して脱出しようと考えるかもしれない。

 

 だがGVは逆だった。

 

 雷を止めた。

 

 自分の最大の武器を、自分から引っ込めた。

 

 そして最後には。

 

 カレラの磁界拳が相手の第七波動まで吸収できる性質を利用し、こちらへ雷を吸わせ続けた。

 

 ただし、無闇に大量の雷を叩き込んだわけではない。

 

 ダートを複数箇所へ打ち込み、流す電気の間隔をずらし、こちらの磁場が処理できる限界を探っていた。

 

 戦闘不能になる。

 

 しかし、それ以上には踏み込まない。

 

 その境界を見極め、そこで雷を止めた。

 

「…………」

 

 カレラはクレーンゲームの前で動かなくなった。

 

「お兄さん?」

 

「……何故で候?」

 

「え?」

 

「あやつほどの力がありながら……何故、使わぬ?」

 

 子供には何の話か分からない。

 

「ゲームするなら早くしないと時間なくなるよ」

 

「ぬ!?」

 

 慌てて画面を見る。

 

 残り時間が少ない。

 

 カレラはアームを動かした。

 

 しかし今度は、ボタンを押す直前に止まった。

 

 ぬいぐるみを見る。

 

 アームを見る。

 

 先ほど四度失敗した位置。

 

 持ち上がったあと、重心が傾いて落ちた方向。

 

「……なるほど」

 

 真正面から掴む必要はない。

 

 少し横。

 

 身体ではなく、端。

 

 落とす方向まで考える。

 

「ここで候」

 

 ボタンを押す。

 

 アームが降りる。

 

 ぬいぐるみの端を引っかける。

 

 僅かに動いた。

 

 景品出口へ近づく。

 

「取れてないよ?」

 

「それでよい!」

 

「え?」

 

「もう一度!」

 

 二回目。

 

 さらに動かす。

 

 三回目。

 

 ぬいぐるみが出口へ落ちた。

 

「おお!」

 

 子供が歓声を上げる。

 

 カレラは景品を取り出し、高く掲げた。

 

「勝利ッ!」

 

「声でかい!」

 

「ぬははははッ!」

 

 満足げに笑い、それから手の中の小さなぬいぐるみを見る。

 

 四度、真正面から取りにいって失敗した。

 

 五度目から、やり方を変えた。

 

 自分の力は何一つ増えていない。

 

 それでも結果が変わった。

 

「……力を出すだけが、力ではない?」

 

「何言ってるの?」

 

「少々考え事で候」

 

「そのぬいぐるみどうするの?」

 

「…………」

 

 カレラは完全に忘れていた。

 

「欲しくて取ったんじゃないの?」

 

「勝負に夢中であった」

 

「じゃあちょうだい」

 

「よかろう!」

 

「やった!」

 

 子供へ手渡す。

 

 その瞬間。

 

 また、あの少年が頭に浮かんだ。

 

 勝つ。

 

 それで終わりではなかった。

 

 カレラが動けなくなった後も、GVはその場へ残った。

 

 そして施設の隔離処理が始まった時。

 

 自分を置いていけば、一人で容易に逃げられたはずなのに。

 

 戻ってきた。

 

『立てる?』

 

 あの声を思い出す。

 

 こちらが放っておけと言っても、聞かなかった。

 

 挙げ句の果てに、大柄な自分を支えながら出口まで走った。

 

「……重い、とも言っておったな」

 

「何が?」

 

「こちらの話で候」

 

 あの一言だけは今思い出しても余計である。

 

 しかし。

 

 逃げる途中でもGVは焦っていなかった。

 

 焦っていない、というのは正確ではないかもしれない。

 

 シャッターが閉じるのを見て急いでいた。

 

 自分の重さに文句も言っていた。

 

 戦闘中にも驚き、困り、時には苛立っていた。

 

 何も感じていないわけではない。

 

「……そうか」

 

 カレラの目が細くなった。

 

 ようやく、何かが繋がり始めた。

 

     ◇

 

 ゲームコーナーを出た後、カレラは再び公園へ戻った。

 

 先ほどのベンチへ座る。

 

 今度は、退屈だからすぐに立ち上がることはなかった。

 

「小生は……あやつの雷を見ていた」

 

 誰へ話すでもなく呟く。

 

 強大な第七波動。

 

 鋭い戦闘技術。

 

 状況への適応力。

 

 それらがGVの強さだと思っていた。

 

 間違ってはいない。

 

 だが、足りない。

 

「力があるからこそ、使う」

 

 カレラ自身ならそう考える。

 

 強い力がある。

 

 ならば、さらに強く使う。

 

 強い敵がいる。

 

 ならば、真正面から越える。

 

 そうして力を磨き続けることこそ、自分の生き方だった。

 

 今も、それを変えるつもりはない。

 

 しかしGVは。

 

 力を持っているからこそ、使わないという選択もできた。

 

 雷撃が不利なら止める。

 

 敵を倒すために必要以上の出力がいらないなら、そこで止める。

 

 腹が立ったからといって、その感情だけで相手への扱いを変えない。

 

 困っていても周囲を見る。

 

 不利になっても相手を見る。

 

 自分が何をしたいのかを見失わない。

 

「…………」

 

 カレラは、自分の両手を見る。

 

 力そのものを求めてきた。

 

 そのためなら苦境さえ歓迎した。

 

 強い相手ほど良い。

 

 追い詰められるほど燃える。

 

 だが。

 

 日常で木に引っかかったボール一つを取る時。

 

 力任せに木を揺らした。

 

 結果、状況を悪くした。

 

 クレーンゲームでも同じだ。

 

 ただ一度で掴み上げようとして、何度も失敗した。

 

「力を持つことと……力を御すること」

 

 違う。

 

 そこでカレラは、あの戦いの最中のGVの顔を思い出した。

 

 不利な状況にもかかわらず、相手を観察していた。

 

 こちらの言葉へも答えていた。

 

 力を求める理由について尋ねながら、自分には分からないと正直に言った。

 

 分からないからといって、こちらの生き方を否定もしなかった。

 

 そしてその一方で、サーバーを守れという要求には従わなかった。

 

 自分の考えと、目の前でやるべきことを混同しない。

 

「穏やかで……冷静な心」

 

 口に出してみる。

 

 カレラには、およそ馴染みのない響きだった。

 

「…………」

 

 少し考える。

 

「いや」

 

 首を振る。

 

 穏やかだから弱いのではない。

 

 むしろ逆ではないか。

 

 大きな力を持ちながら、それに引きずられない。

 

 感情を持ちながら、それだけで行動を決めない。

 

 必要なら出す。

 

 不要なら止める。

 

 自分自身の力さえ、状況に合わせて制御する。

 

「己を御する力……!」

 

 カレラの目が輝いた。

 

 ベンチから立ち上がる。

 

「それもまた、力で候ッ!」

 

 近くを歩いていた犬が驚いて飼い主の後ろへ隠れた。

 

「む?」

 

 カレラは犬を見る。

 

 先ほどまで考えていたことを思い出す。

 

「…………失礼」

 

 声量を落とした。

 

 飼い主が不思議そうな顔をして去っていく。

 

 カレラは一人で頷いた。

 

「なるほど……」

 

 これまで自分は、力を増やすことばかり考えていた。

 

 より強い磁界。

 

 より強い拳。

 

 より高い出力。

 

 より強い相手。

 

 しかし、どれだけ大きな力を得ても、それを適切に扱えなければ無駄が生まれる。

 

 あのGVという少年は、それを戦いの最中にやっていた。

 

「ぬはははは……!」

 

 笑いが漏れる。

 

「やはり貴殿、実に面白い!」

 

 GVの思想を理解したわけではない。

 

 敵を生かす理由も、未だによく分からない。

 

 困っている人間へ次々と手を伸ばす生き方も、自分が真似したいとは思わない。

 

 けれど。

 

 その生き方を貫くために必要な心の強さ。

 

 そこには興味が湧いた。

 

「次はそれすらも乗り越えねばならぬ!」

 

 目的は結局そこだった。

 

 GVのようになりたいのではない。

 

 GVが持っている強さを知りたい。

 

 知った上で、それを越えたい。

 

 カレラは嬉しそうに拳を握った。

 

     ◇

 

 帰路。

 

 駅へ着いた瞬間、目の前で電車の扉が閉まった。

 

「ぬッ!」

 

 発車する。

 

 カレラは一歩踏み出した。

 

「待たれ――」

 

 そこで止まった。

 

 走っても間に合わない。

 

 当然、能力でどうにかするような話でもない。

 

 次の電車を見る。

 

 三分後。

 

「…………」

 

 腕を組む。

 

 三十秒。

 

「…………」

 

 一分。

 

「…………長い」

 

 時刻表示を見る。

 

 まだ二分ある。

 

「戦いならば一瞬が惜しいというのに、何故待つ時間はこうも長く感じるので候……」

 

 それでも待った。

 

 以前の自分ならどうしたというわけでもない。

 

 ただ。

 

 早く来いと考え続けても、電車が早く来るわけではない。

 

 ならば。

 

 周囲を見る。

 

 ホームに人がいる。

 

 ベンチがある。

 

 夕方の空が見える。

 

「…………」

 

 少しだけ肩の力を抜いた。

 

「これが……穏やかで冷静な心……」

 

「おじさん!」

 

「おじさんではないッ!」

 

 反射的に振り返った。

 

 公園にいた子供だった。

 

「あ、やっぱり怒った」

 

「これは訂正で候!」

 

「電車待ってるの?」

 

「うむ」

 

「次すぐ来るよ」

 

「知っている」

 

「じゃあ何でそんな難しい顔してるの?」

 

「修行中で候」

 

「駅で?」

 

「駅で」

 

「変なの」

 

 子供が笑う。

 

「さらば!」

 

 家族の方へ走っていく。

 

 カレラはその背中を見送った。

 

「…………」

 

 穏やかで冷静な心。

 

 どうやら、身につけるのは簡単ではなさそうだ。

 

「それでこそ!」

 

 口元が上がる。

 

「乗り越える価値があるというもの!」

 

 結局、困難であると分かった途端に嬉しくなっていた。

 

     ◇

 

 皇神の施設へ戻った頃には、すっかり夜になっていた。

 

「お帰りなさい、カレラさん」

 

「うむ!」

 

「休日はどうでした?」

 

 受付にいた職員から何気なく尋ねられ、カレラは足を止めた。

 

「有意義であった!」

 

「何をしてたんです?」

 

「並んだ!」

 

「はい?」

 

「待った!」

 

「はい?」

 

「木から球を取った!」

 

「……はい」

 

「遊戯機械にも挑んだ!」

 

「休日っぽくなってきましたね」

 

「そして!」

 

 カレラが拳を握る。

 

「新たな力を知った!」

 

「結局そこなんですね」

 

「当然!」

 

 職員は苦笑する。

 

「で、どんな力です?」

 

「穏やかで冷静な心!」

 

「…………」

 

 数秒。

 

「カレラさんが?」

 

「何故そこで驚くので候!?」

 

「いや……意外だったので」

 

「小生は今日、理解した!」

 

 カレラは胸を張った。

 

「どれほど強大な力を持とうとも、それを適切に御することができねば、その力を十全には引き出せぬ!」

 

「はあ」

 

「そして、あのGVはそれを持っている!」

 

「GV?」

 

「先日拳を交えた強者で候!」

 

 職員の顔に、ようやく納得したような色が浮かんだ。

 

「ああ……結局、次に戦うためなんですね」

 

「無論!」

 

「安心しました」

 

「何がで候?」

 

「急に人格が変わったのかと思って」

 

「小生は小生で候!」

 

 カレラは堂々と言い切った。

 

「されど、強き者が持つ力ならば、それを知り、己の糧とする! その先にさらなる力があるならば、求めぬ理由などない!」

 

「なるほど」

 

「次に会う時!」

 

 握った拳を胸元へ引く。

 

「あやつの雷のみならず、その穏やかで冷静な心すら越え、小生はさらなる高みへ至る!」

 

「頑張ってください」

 

「うむ!」

 

「でも今日は休養日なので、もう寝てくださいね」

 

「…………」

 

「訓練場は禁止です」

 

「……承知」

 

     ◇

 

 自室。

 

 風呂を済ませ、寝る支度まで終えたカレラは、床へ座っていた。

 

 背筋を伸ばす。

 

 目を閉じる。

 

「穏やかで……冷静な心……」

 

 静かに呼吸する。

 

 一分。

 

 時計の音が聞こえる。

 

 二分。

 

 廊下を誰かが歩いていく。

 

 三分。

 

「…………」

 

 目を開ける。

 

「長いッ!」

 

 声を上げてから。

 

 カレラは止まった。

 

「…………」

 

 もう一度、目を閉じる。

 

「まだまだで候な」

 

 口元には笑みが浮かんでいた。

 

 簡単に得られるものなら、面白くない。

 

 自分にない。

 

 すぐには手に入らない。

 

 だからこそ、求める価値がある。

 

 脳裏には再び、青い雷を纏う少年の姿が浮かんだ。

 

「次は負けぬぞ、GV」

 

 その声に迷いはない。

 

 だが、少しだけ間を置いて。

 

「……次は、どのような強さを見せるので候?」

 

 今度は、どこか楽しみにするように呟いた。

 

 勝ちたい。

 

 越えたい。

 

 それと同じくらい。

 

 まだ知らない強さを、また見せてほしい。

 

 そんな新しい欲まで抱え込みながら。

 

 欲深き磁界拳は、再び静かに目を閉じた。

 

 今度はせめて、五分。

 

 その程度から始めてみよう。

 




――皇神の地下に、誰にも顧みられなくなった研究施設がある。

そこで囁かれるのは、死んだはずの人間が歩いているという噂。

調査へ向かったGVが出会ったのは、薄暗い施設の奥で怯える一人の少女だった。

「……ここ、怖いです」

なら、話は簡単だ。

「じゃあ、まずここから出ようか」

けれど少女の内側には、皇神によって刻み込まれたものがある。

生命輪廻(アンリミテッドアニムス)。

生と死を弄び、人格すら研究材料として扱った実験の残滓。

そして――布都御魂が目を覚ます。

「アンタも結局、アタシたちを気味悪がるんでしょ?」

「いや。そういう採点、僕やってないんだ」

同じ少女。

異なる声。

異なる意志。

繰り返される再生を前に、GVが選ぶのは――倒すためではない、一振り。

「迸れ! 蒼き雷霆よ(アームドブルー)!!」

「彼女たちに、安らかな眠りを――」

「…………いや」

「違うな」

第12話。

**「輪廻」**

「眠ってもらう必要、ないよね」

「だって君たち、まだこれからでしょ」

次回も、グッドラック。
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