『隣人GV ―もしもスパイディの影響を受けたGVなら―』   作:幸田市

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第十二話「輪廻」

 

 

 テーブルの上に、一冊のアルバムが開かれていた。

 

 表紙には、シアンが自分で書いた文字がある。

 

 ――わたしの好きなもの。

 

 ページをめくるたび、まだ少し不慣れな構図の写真が並ぶ。

 

 商店街の八百屋。

 

 公園で遊ぶ子供たち。

 

 道端に咲いていた小さな花。

 

 少しぶれている夕焼け。

 

 そして最後の方には、本人に撮られていることを知らず、買い物袋を片手に振り返っているGVの写真もあった。

 

「これ、やっぱり消さない?」

 

「消さない」

 

「即答だ」

 

「わたしが好きだから撮ったんだもん」

 

「そう言われると弱いなぁ」

 

 GVはソファの背に身体を預けた。

 

 シアンはアルバムを膝に載せたまま、写真を一枚ずつ眺めている。

 

 以前なら、好きなものを聞かれても困った顔をしていた。

 

 どれを選べば正しいのか。

 

 何を好きと言えば怒られないのか。

 

 そんな基準を探していた少女が、今では自分で撮った写真へ、堂々と「好き」と書いている。

 

 GVはそれを口には出さなかった。

 

 言えば、きっとシアンは照れる。

 

 それに、本人がわざわざ意識する必要もないと思った。

 

「次は何撮ろうかな」

 

「僕以外でお願いします」

 

「どうしようかなぁ」

 

「聞いてた?」

 

「聞いてるよ」

 

「その上で却下された気がする」

 

 シアンが楽しそうに笑った、その時だった。

 

 テーブルの端に置かれていた通信端末が震えた。

 

「……おっと」

 

 画面に表示された名前を見て、GVが端末を取る。

 

「ジーノ?」

 

『よぉ、暇か?』

 

「今ちょうど肖像権について争ってた」

 

『平和だなオイ』

 

「大事な問題なんだよ」

 

『じゃあ悪いけど、平和じゃねぇ話を一個頼めるか?』

 

 声の調子が少し変わった。

 

 GVも姿勢を起こす。

 

「聞くよ」

 

『皇神が管理してる倉庫がある。表向きは資材保管用の、なんてことねぇ施設なんだが……地下に妙な空間があるらしい』

 

「妙な空間?」

 

『設計図に載ってねぇ』

 

「それは十分妙だね」

 

『だろ? しかも最近、その辺で変な噂が出てんだよ』

 

 ジーノは少し声を落とした。

 

『出るんだと』

 

「何が?」

 

『幽霊』

 

 GVは黙った。

 

『……何だよ』

 

「いや」

 

 視線をアルバムへ落とす。

 

「フェザーって、いつからゴーストバスター始めたのかなって」

 

『オレも同じこと思ったわ!』

 

 シアンが横で吹き出す。

 

『まあ幽霊ってのは噂だ。問題は、倉庫地下の空間が皇神の記録から消されてることだよ。しかも倉庫の警備は、ただの資材置き場にしちゃ妙に厳重だ』

 

「なるほど」

 

『何があるか分からねぇ。だから潜入して調べてほしい』

 

 GVは一度、窓の外を見た。

 

 まだ日は高い。

 

「分かった。場所送って」

 

『サンクス』

 

「それアシモフに影響されてない?」

 

『うるせぇ』

 

 通信が切れた。

 

「仕事?」

 

「うん」

 

 GVが立ち上がる。

 

「幽霊退治」

 

「えっ」

 

「……っていう噂の調査」

 

「びっくりした」

 

「僕も」

 

 ジャケットへ腕を通しながら、GVは振り返った。

 

「なるべく早く帰るよ」

 

「うん」

 

 シアンはアルバムを閉じる。

 

「気をつけてね」

 

「了解」

 

 玄関へ向かおうとして。

 

「あ、GV」

 

「ん?」

 

「帰ってきたら、写真の続き見ようね」

 

 GVは一瞬だけ目を細めた。

 

「うん」

 

 扉が閉じる。

 

 アルバムは、テーブルの上に残された。

 

     ◇

 

 皇神所有の倉庫は、物流区域の外れにあった。

 

 巨大な箱型の建物。

 

 外壁に窓はほとんどない。

 

 搬入口には大型車両が何台も入れるスペースがあるが、稼働している様子はなく、周囲だけが不自然なほど静かだった。

 

『見えてるか?』

 

「うん」

 

 隣接する建物の屋上から、GVは双眼機能を使って倉庫を観察する。

 

「警備員が六人。監視カメラが……十二。奥にもう二つ」

 

『普通の倉庫にしちゃ多いだろ?』

 

「多いね」

 

 GVは屋上から身を翻した。

 

 落下しながら雷撃鱗(ライゲキリン)を薄く展開する。

 

 電磁力が身体を支え、着地の衝撃が消える。

 

 監視カメラが別方向を向いた瞬間、死角へ滑り込む。

 

 避雷針(ダート)を一発。

 

 カメラの接続部へ撃ち込み、雷撃をほんの一瞬だけ流した。

 

 映像が固定される。

 

『相変わらず器用だな』

 

「壊すとあとで直す人大変だからね」

 

『そこ気にする潜入工作員初めて見たわ』

 

「今は工作員じゃなくて一般市民なんだけど」

 

『その一般市民、電撃まとって皇神の倉庫に不法侵入してるぞ』

 

「……言われてみればだいぶ怪しいな」

 

『今気付いたのかよ』

 

 搬入口横の整備扉へ到達する。

 

 ロックを解除。

 

 内部へ。

 

 倉庫の中は、外から見た印象以上に広かった。

 

 天井近くまで伸びる棚。

 

 規則的に並べられたコンテナ。

 

 床を走る搬送用レール。

 

 白い照明が、何百メートルも先まで等間隔に続いている。

 

 しかし。

 

「……変だな」

 

『何が?』

 

「音」

 

 GVは足を止めた。

 

 これだけの規模の倉庫なら、空調や冷却装置、搬送設備など、何らかの低い駆動音が響いているはずだ。

 

 だが、静かすぎる。

 

 耳を澄ます。

 

 床の下。

 

 ごく小さな振動。

 

「下で何か動いてる」

 

『ビンゴっぽいな』

 

 ジーノから送られた簡易図面を表示する。

 

 倉庫の奥。

 

 管理室らしき区画。

 

 GVは棚の影を利用しながら進んだ。

 

 途中、巡回中の警備員と鉢合わせする。

 

「止まれ!」

 

「ですよね」

 

 銃口が上がるより先に避雷針。

 

 武器へ命中。

 

 雷撃。

 

「ぐっ!」

 

 警備員の武器が停止する。

 

 GVは踏み込み、手首を取って床へ押さえた。

 

「悪いけど、ちょっと寝てて」

 

「貴様……!」

 

「起きててもいいけど、追ってこないでね」

 

「誰が――」

 

 立ち上がろうとした警備員の制服に、小さな電流。

 

「うっ……」

 

「ごめん」

 

 身体が一時的に力を失う程度の出力。

 

 意識はある。

 

 GVは警備員を壁際へ座らせた。

 

「救援呼ぶなら、僕が地下に入ってからにしてくれると助かる」

 

『お願いする侵入者初めて見たぞ』

 

「言うだけならタダだから」

 

 管理室。

 

 端末を操作すると、図面上に存在しないエレベーターが現れた。

 

『やっぱりあったか』

 

「うん」

 

 扉が開く。

 

 内部には階数表示がない。

 

 ただ一つ、下向きのボタンだけ。

 

「露骨だなぁ」

 

『押す?』

 

「押さない選択肢ある?」

 

『ないな』

 

「だよね」

 

 ボタンを押す。

 

 扉が閉まる。

 

 降下が始まった。

 

 十秒。

 

 二十秒。

 

 三十秒。

 

「……深い」

 

『地下何階分だよ』

 

「もう数えるのやめた」

 

 ようやく止まる。

 

 扉が左右へ開いた。

 

 そこにあったのは、倉庫とはまるで違う景色だった。

 

 白い壁。

 

 医療施設を思わせる床。

 

 細長い蛍光灯。

 

 そして、空気に混じる薬品の匂い。

 

「……研究施設?」

 

『みたいだな』

 

 廊下の照明は半分以上消えていた。

 

 壁には黒い染み。

 

 割れたモニター。

 

 扉が外れ、廊下へ転がっている区画もある。

 

 何かが暴れた。

 

 それも、かなり前に。

 

「使われなくなってから時間経ってるね」

 

『けど上は警備されてた』

 

「何かを守ってるのか」

 

『それとも』

 

 ジーノが言う。

 

『何かを出さねぇためか』

 

 GVは答えなかった。

 

 奥へ進む。

 

 明かりが完全に消えた。

 

「……真っ暗だ」

 

『非常電源探せ』

 

「了解」

 

 手の中に薄い雷光を作る。

 

 青い光が数メートル先まで照らす。

 

 廊下。

 

 開いた扉。

 

 倒れた椅子。

 

 床に散らばる書類。

 

 そして。

 

 何かが動いた。

 

「……?」

 

 光を向ける。

 

 人だった。

 

 白衣。

 

 研究員らしい。

 

 だが、その動きはひどくぎこちない。

 

「大丈夫ですか?」

 

 GVが声を掛ける。

 

 研究員は顔を上げた。

 

 焦点が合っていない。

 

 返事もない。

 

 ただ、GVへ向かって腕を伸ばす。

 

「……ジーノ」

 

『見えてる』

 

「生きてる?」

 

『バイタル反応はある。けど……普通じゃねぇ』

 

 研究員が急に走り出す。

 

「っ!」

 

 GVは横へかわした。

 

 そのまま腕を取る。

 

 異常なほど力が強い。

 

「落ち着いて!」

 

 反応なし。

 

 もう一人。

 

 さらに奥から二人。

 

 警備員らしい制服。

 

 同じ。

 

「これが幽霊の正体?」

 

『幽霊の方がまだ分かりやすかったかもな』

 

 GVは雷撃鱗を広げた。

 

 低出力。

 

 三人の身体を電流が走る。

 

 筋肉の動きだけを止める。

 

 三人が床へ崩れる。

 

 呼吸はある。

 

「……寝てて」

 

 GVがしゃがみ、首元の識別票を確認する。

 

 名前。

 

 所属。

 

 そして識別番号。

 

「皇神の研究員だ」

 

『何の研究だよ……』

 

 非常電源を探す。

 

 壁面の配電盤。

 

 GVが雷撃を流すと、施設の一部へ電気が戻った。

 

 照明が一本ずつ点灯していく。

 

 白い廊下が明らかになる。

 

 同時に。

 

 壁の向こうから、何かがぶつかる音。

 

 遠くから聞こえる呻き声。

 

 複数。

 

「……うわ」

 

『なんだよ』

 

「さっきより見えない方が良かったかも」

 

『同感だ』

 

 研究室へ入る。

 

 端末はほとんど壊れていたが、一台だけ起動した。

 

「ログ残ってる」

 

『送ってくれ』

 

 データ転送。

 

 研究計画名。

 

 能力者管理。

 

 精神干渉。

 

 人格形成。

 

 GVの目が止まる。

 

「……人格?」

 

『こっちでも読んでる』

 

 さらにスクロール。

 

 被験体。

 

 能力名。

 

 生命輪廻(アンリミテッドアニムス)。

 

 魂への干渉。

 

 生命活動の復元。

 

 第七波動の出力安定化を目的とした人格操作。

 

 従順性の不足。

 

 制御人格の新規形成。

 

 GVの指が止まった。

 

「新しく……作る?」

 

『人間の人格をか?』

 

「そう書いてある」

 

 通信の向こうで、ジーノが黙る。

 

「能力が制御できないから」

 

 GVは画面を見る。

 

「本人を助けるんじゃなくて、扱いやすい人格を中に作った」

 

『……皇神の連中』

 

 GVは最後まで読もうとした。

 

 しかし、多くのデータは破損している。

 

 残っていたのは結果だけ。

 

 制御失敗。

 

 施設機能停止。

 

 職員多数が行動不能。

 

 被験体所在不明。

 

「……なるほど」

 

『何がだ?』

 

「上で警備してた理由」

 

 GVは端末から離れた。

 

「ここを守ってるんじゃない」

 

 廊下の先。

 

 暗闇を見る。

 

「ここで起きたことを、外に出したくないんだ」

 

     ◇

 

 施設の奥へ進むにつれ、損傷は激しくなった。

 

 壁に取り付けられた観察窓。

 

 内部から割れたものもある。

 

 床には拘束具。

 

 壊れた医療機器。

 

 それらを見ても、GVは不用意に触らなかった。

 

 残されたものだけで、そこで何があったのか全部を決めつけたくなかった。

 

 ただ。

 

 良い場所ではなかった。

 

 それだけは分かる。

 

 その時だった。

 

「……だ、誰か……」

 

 か細い声。

 

 GVが止まる。

 

『今の聞こえたか?』

 

「うん」

 

 右手の通路。

 

 駆ける。

 

「誰かいる?」

 

「ひっ……!」

 

 声が近い。

 

 一つの小部屋。

 

 扉が半開きになっている。

 

 GVは入口で止まった。

 

「入っていい?」

 

 返事がない。

 

「皇神じゃないよ」

 

 しばらくして。

 

「……ほんとう……?」

 

「うん」

 

「……」

 

「僕はGV。ちょっと調べ物に来ただけ」

 

 中から、小さな衣擦れの音。

 

 GVはゆっくり扉を開いた。

 

 部屋の隅。

 

 一人の少女が座り込んでいた。

 

 長い髪。

 

 薄い施設服。

 

 両腕を抱くようにして、怯えた目でGVを見ている。

 

 歳はGVと大きく変わらないように見えた。

 

「……あなたは?」

 

「……」

 

 少女の唇が震える。

 

「エ……エリーゼ……です」

 

「エリーゼ」

 

 GVはその場にしゃがんだ。

 

 近づきすぎない。

 

「怪我は?」

 

 首を横に振る。

 

「ここにいた人?」

 

「わ……わたし……皇神の人たちに……」

 

 言葉が詰まる。

 

「つかまって……」

 

「うん」

 

「それで……」

 

 エリーゼは頭を押さえた。

 

「気付いたら……みんな……いなくなってて……」

 

 GVはそれ以上聞かなかった。

 

 今ここで、何が起きたか全部説明させる必要はない。

 

「エリーゼ」

 

「……はい」

 

「ここにいたい?」

 

 少女が顔を上げた。

 

 質問の意味を理解できないように、しばらくGVを見る。

 

「……え?」

 

「ここ」

 

 GVは床を指した。

 

「この部屋。ここにいたい?」

 

 エリーゼの目が揺れる。

 

「……こわい……です」

 

「そっか」

 

 GVは立ち上がった。

 

「じゃあ、まず出よう」

 

「……」

 

「その先は、出てから考えればいいよ」

 

「でも……」

 

「何かある?」

 

「外に行く道……ゲートが……」

 

「邪魔してる?」

 

「……はい」

 

「じゃあ僕が開ける」

 

 エリーゼが戸惑う。

 

「どうして……」

 

「僕も帰りたいから」

 

「……」

 

「一緒に出口探そ」

 

 差し出しかけた手を止めた。

 

「……手、いる?」

 

 エリーゼはその手を見る。

 

 少し迷ってから。

 

 小さく頷いた。

 

「……はい」

 

 GVは初めて手を伸ばした。

 

     ◇

 

 ゲートモノリスを停止させ、二人はさらに奥へ進んだ。

 

 出口へ向かうには、一度施設中央部を横切る必要がある。

 

 エリーゼはGVの少し後ろを歩いていた。

 

 物音がするたび肩を震わせる。

 

「疲れたら言ってね」

 

「……だ、大丈夫です」

 

「大丈夫じゃなくても言っていいよ」

 

「すみません……」

 

「謝らなくても――」

 

 そこでGVは止めた。

 

 今「謝らなくていい」と言っても、この少女には多分すぐ変えられない。

 

「……ゆっくりでいいよ」

 

「……はい」

 

 中央区画。

 

 大きな扉。

 

 その前へ来た瞬間。

 

 エリーゼの足が止まった。

 

「……?」

 

「エリーゼ?」

 

「あ……」

 

 両手で頭を押さえる。

 

「あ、う……」

 

「どうした?」

 

「頭……」

 

 膝が折れる。

 

 GVが咄嗟に支える。

 

「ジーノ!」

 

『バイタル乱れてる! そこから離れろ!』

 

「エリーゼ、聞こえる?」

 

「この……部屋……」

 

 少女の目が見開かれる。

 

「この部屋……知ってる……」

 

「入らなくていい」

 

「ちが……」

 

 震える指が扉へ向く。

 

「ここで……わたし……」

 

 扉の奥から、低い機械音が響いた。

 

 反応するように、エリーゼの胸元で光が灯る。

 

「……っ!」

 

 宝剣。

 

 布都御魂。

 

『GV! 高出力反応!』

 

「エリーゼ!」

 

「あ……あああああっ!」

 

 少女がGVの腕を振りほどいた。

 

 力任せではない。

 

 何かに引かれるように、扉へ走る。

 

「待って!」

 

 扉が開く。

 

 エリーゼが中へ消える。

 

 GVも追う。

 

 巨大な実験室。

 

 中央に円形の装置。

 

 壁一面の観測機器。

 

 そして、床には今も生きている制御ラインが走っている。

 

 エリーゼは部屋の中央に立っていた。

 

 俯いている。

 

「エリーゼ?」

 

「……思い出した」

 

 声が違った。

 

 ゆっくり顔が上がる。

 

 先ほどまで怯えていた少女の表情ではない。

 

 口元に笑み。

 

 目には鋭い光。

 

「あーあ」

 

 首を回す。

 

「やっと出られた」

 

「……君」

 

「何、その顔?」

 

 布都御魂が光を増す。

 

 少女の周囲に輪郭が生まれる。

 

 一つ。

 

 もう一つ。

 

「!」

 

 光が二つに分かれた。

 

 GVは反射的に数歩退いた。

 

 光が消える。

 

 そこには。

 

 二人のエリーゼがいた。

 

 一人は、先ほどの怯えた少女。

 

 もう一人は同じ顔でありながら、まるで違う表情をしている。

 

『……二人?』

 

「ジーノ、見えてる?」

 

『見えてる。どういうことだよ』

 

「分からない」

 

 強い方のエリーゼが肩をすくめた。

 

「分かんなくて当然よ」

 

 隣の少女へ目を向ける。

 

「ちょっとアンタ。何、勝手に記憶なくしてんのよ」

 

「ご……ごめんなさい……」

 

「また謝ってる」

 

 苛立ったように舌打ちする。

 

 GVは二人を見る。

 

「……同じ人?」

 

「そうよ」

 

 強い方が笑う。

 

「アタシたちはエリーゼ」

 

 自分の胸へ指を当てる。

 

「そっちの使えないコじゃ皇神の言うことを聞かせられないから、アタシが作られたの」

 

 GVの目が細くなる。

 

「……作られた」

 

「ログ読んだんでしょ?」

 

「少し」

 

「なら話は早いわ」

 

 強いエリーゼは両腕を広げた。

 

「このコは弱いの。何にもできない。だからアタシが代わりにやる」

 

「……」

 

「嫌なことも。怖いことも。殺したいヤツを殺すことも」

 

「それ、君が望んだの?」

 

 エリーゼの笑みが止まった。

 

「は?」

 

「君」

 

 GVは彼女を見る。

 

「それが君のやりたいこと?」

 

「……何それ」

 

「作られた理由じゃなくて」

 

 少し間を置く。

 

「君自身は?」

 

 強いエリーゼの顔から、一瞬だけ感情が消えた。

 

 すぐに笑みが戻る。

 

「面白いこと聞くじゃない」

 

「そう?」

 

「アタシはこの力を使いたい」

 

 床へ手を向ける。

 

 複数の影が動いた。

 

 実験室の隅。

 

 倒れていた研究員たちが立ち上がる。

 

「だって、それがアタシの存在理由なんだから!」

 

「……そっか」

 

 GVが避雷針を構えた。

 

「じゃあ、その部分では意見合わないね」

 

「あら」

 

「使いたいなら使えばいい、とは言えない」

 

 青い電流が指先に走る。

 

「他の人まで巻き込むなら止める」

 

「結局、アタシを否定するんじゃない」

 

「違うよ」

 

「何が違うのよ!」

 

 毒蛇を加工した刃が飛ぶ。

 

 GVが横へ跳ぶ。

 

 壁へ突き刺さったそれが動き、蛇のように跳ねる。

 

「うわ!」

 

 雷撃鱗。

 

 電撃が刃を弾く。

 

「君を止めることと」

 

 もう一本。

 

 かわす。

 

「君はいらないって言うことは」

 

 踏み込む。

 

「全然違う!」

 

 避雷針。

 

 強いエリーゼの肩へ命中。

 

「雷撃鱗!」

 

 電撃。

 

「っ……!」

 

 エリーゼが後退する。

 

 しかし隣から、怯えたエリーゼが腕を伸ばした。

 

「ご……ごめんなさい……!」

 

 蛇刃。

 

 GVの足元へ。

 

「謝りながら投げないで!」

 

 飛び越える。

 

 強いエリーゼが笑う。

 

「ほら! このコだって戦えるじゃない!」

 

「そういう問題じゃない!」

 

 左右から挟む。

 

 同じ顔。

 

 違う動き。

 

 片方は攻撃的に距離を詰め、片方は怯えながらも指示通りに刃を放つ。

 

 GVは避けながら二人の位置を確認する。

 

『GV、布都御魂から異常な出力が出てる!』

 

「やっぱりこれが?」

 

『たぶん二人の実体化を維持してる。第七波動だけじゃない。宝剣側の制御が介入してるぞ』

 

「切り離せる?」

 

『簡単に言うな! 中に生体リンクが何本あると思って――』

 

 強いエリーゼが踏み込む。

 

「余所見してんじゃないわよ!」

 

「してない!」

 

 至近距離。

 

 GVが腕を受け流す。

 

 足元を払われる。

 

 跳ぶ。

 

 空中で身体を反転。

 

 避雷針を連射。

 

 一発。

 

 二発。

 

 三発。

 

 強いエリーゼへタグが入る。

 

「そこ!」

 

 雷撃鱗。

 

 青い雷光が収束する。

 

 強いエリーゼの身体が弾かれ、床へ転がった。

 

「……っ!」

 

 動きが止まる。

 

「やりすぎた?」

 

『バイタル落ちてる!』

 

「え」

 

 怯えた方のエリーゼが顔を上げた。

 

「……いや……」

 

 手を伸ばす。

 

 布都御魂が光る。

 

「RESURRECTION(リザレクション)……!」

 

 実験室全体が白い光に包まれた。

 

 倒れていた強いエリーゼの身体へ光が集まる。

 

「……!」

 

 指が動く。

 

 腕。

 

 そして。

 

「……あは」

 

 立ち上がった。

 

「あははははっ!」

 

 傷も、消耗も、まるで戦闘前へ戻ったように消えている。

 

「何それ」

 

「生命輪廻(アンリミテッドアニムス)!」

 

 強いエリーゼが両腕を広げる。

 

「アタシが倒れても、このコが戻す!」

 

 怯えたエリーゼを指す。

 

「このコが倒れても、アタシが戻す!」

 

 笑う。

 

「終わらないのよ!」

 

 GVは二人を見た。

 

「……なるほど」

 

『GV』

 

「うん」

 

 単純に戦えば。

 

 片方を止めても、もう片方が戻す。

 

 二人が存在している限り、輪廻が続く。

 

『原理だけなら簡単だ』

 

「同時に止めればいい」

 

『……ああ』

 

 ジーノが苦い声で言う。

 

 GVは返事をしなかった。

 

 強いエリーゼが笑う。

 

「分かった?」

 

「うん」

 

「じゃあどうするの?」

 

 左右から蛇刃。

 

 GVが滑るように回避する。

 

「二人まとめて吹き飛ばす?」

 

 雷撃が床を走る。

 

「それとも――」

 

 エリーゼが迫る。

 

「殺す?」

 

 GVは彼女の腕を受け止めた。

 

「しないよ」

 

「は?」

 

「どっちも」

 

 膝で押し返す。

 

「なんでよ!」

 

「だって」

 

 一度距離を取る。

 

「君たち二人とも、いるじゃん」

 

 強いエリーゼの表情が歪む。

 

「何よそれ!」

 

「そのままの意味!」

 

「アタシは作られた人格よ!」

 

「だから?」

 

「は……?」

 

「作られたら、いなくていいことになるの?」

 

「……」

 

「僕には分かんないな、それ」

 

 エリーゼが動きを止めた。

 

 怯えた方も、GVを見る。

 

「君がどうやって生まれたかは、君の責任じゃない」

 

 GVは二人へ向き直った。

 

「だから、僕が決めるのは」

 

 避雷針を構える。

 

「君たちが他の人を傷つけるのを止める。そこまで」

 

「……」

 

「その後どうするかは」

 

 青い瞳が二人を見る。

 

「君たちが決めればいい」

 

 強いエリーゼの顔が怒りに染まった。

 

「……ムカつく」

 

「そう?」

 

「何でも分かったような顔して!」

 

「分かってないよ」

 

「だったら!」

 

「分かんないから、聞いてるんだ!」

 

 一瞬。

 

 強いエリーゼが言葉を失った。

 

「僕、君じゃないし」

 

 GVは肩をすくめる。

 

「分かった気になって勝手に決める方が怖いよ」

 

「……ッ!」

 

 エリーゼが叫び、両腕を振る。

 

 蛇刃が十数本。

 

「蛇刃乱舞!」

 

「多っ!」

 

 GVが走る。

 

 一つを避ける。

 

 二つ。

 

 三つ。

 

 壁を蹴る。

 

 空中で身体を捻る。

 

 雷撃鱗が刃を弾く。

 

 背後へ回った強いエリーゼが腕を振り下ろす。

 

「サーペント・グレイヴ!」

 

「っ!」

 

 床へ蛇刃。

 

 衝撃。

 

 GVが吹き飛ぶ。

 

 背中から壁へ当たり、すぐ足を着く。

 

『GV!』

 

「大丈夫!」

 

 息を整える。

 

 強い。

 

 しかも終わらない。

 

 こちらは消耗する。

 

 向こうは片方さえ残れば復帰できる。

 

「……どうする」

 

 GVが小さく呟いた。

 

『同時に無力化するしかねぇ』

 

「そうじゃなくて」

 

『え?』

 

「別の方法」

 

『こんな時まで!?』

 

「こんな時だから!」

 

 布都御魂を見る。

 

 光。

 

 二つの身体。

 

 その間を繋ぐように、微弱な波形が往復している。

 

「ジーノ」

 

『何だ!』

 

「二人が別々にいるのって、エリーゼの第七波動だけ?」

 

『さっき言ったろ。宝剣の制御が噛んでる』

 

「どこ?」

 

『は?』

 

「布都御魂のどこが、二人を分けてる?」

 

 ジーノが息を呑む。

 

『……待て』

 

 スキャン。

 

 GVは攻撃を避けながら時間を稼ぐ。

 

『見つけた!』

 

「どこ!」

 

『宝剣内部、第三制御ブロック! そこが人格情報を別々の生体パターンとして固定してる!』

 

「そこ壊したら?」

 

『実体化は維持できない。たぶん一つの肉体へ戻る!』

 

「人格は?」

 

『分からん!』

 

「そこ大事!」

 

『今計算してる!』

 

 蛇刃。

 

 GVが跳ぶ。

 

『第七波動そのものには人格情報が残ってる! 制御ブロックはあくまで別々に実体化させるための補助だ!』

 

「じゃあ壊しても二人とも消えない?」

 

『理論上は!』

 

「理論上かぁ!」

 

『他に案あるか!?』

 

「……一個」

 

 GVが着地した。

 

 右腕を見る。

 

『何だよ』

 

「訓練で調整してたやつ」

 

『……まさか』

 

「うん」

 

『待て待て! まだ実戦データ取れてねぇだろ!』

 

「今取れる」

 

『そういう意味じゃねぇ!』

 

 GVが呼吸を整える。

 

 SPARK CALIBUR(スパークカリバー)。

 

 本来なら、前方へ巨大な雷剣を生み出し、一気に敵を貫く高出力スキル。

 

 だが、GVが訓練していたのは別の使い方だった。

 

 威力を弱めるのではない。

 

 逆。

 

 攻撃範囲を徹底的に狭める。

 

 雷剣を短く。

 

 発生位置を身体の近くへ。

 

 刃が向く方向そのものを、発生後も僅かに制御する。

 

 巨大な一撃ではなく。

 

 壊したい一点だけへ、同じ出力を押し込む。

 

 欠点は明確だった。

 

 短い。

 

 近づかなければならない。

 

 そして僅かでも角度を誤れば、対象のすぐ横にいる人間へ当たる。

 

 だから、まだ実戦では使っていなかった。

 

「……やるか」

 

『GV』

 

「うん?」

 

『失敗したらどうする』

 

「失敗しないようにする」

 

『答えになってねぇ!』

 

「分かってる」

 

 GVは笑った。

 

「だから手伝って」

 

 ジーノが黙る。

 

 数秒。

 

『……第三制御ブロックだけだ』

 

「うん」

 

『左右二・八センチ以内に生体リンクが走ってる。刃をズラすな』

 

「了解」

 

『奥行きは四センチ。貫通させるな』

 

「了解」

 

『マジで分かってんだろうな!?』

 

「信じてよ」

 

『信用してるから怖ぇんだよ!』

 

「ありがと」

 

 強いエリーゼが眉をひそめる。

 

「何コソコソ話してんのよ!」

 

「作戦会議」

 

「アタシたちを倒す?」

 

「うん」

 

 GVは真っ直ぐ答えた。

 

「でも、君たちは壊さない」

 

「は?」

 

 雷が迸る。

 

 GVの周囲を青い光が覆う。

 

 エリーゼが身構える。

 

 怯えた方も後退する。

 

 GVは息を吸った。

 

「迸れ! 蒼き雷霆よ(アームドブルー)!!」

 

 青白い稲光が天井を走る。

 

「彼女たちに、安らかな眠りを――」

 

 言いかけて。

 

 GVが止まった。

 

「…………いや」

 

「……は?」

 

 強いエリーゼが目を瞬く。

 

 GVは自分で首を振った。

 

「違うな」

 

「何がよ!」

 

「今の、なんか僕じゃないなって」

 

「戦闘中に自分探し始めないでくれる!?」

 

『そこはオレも同意するぞGV!』

 

「ジーノまで!?」

 

「アンタ本当に何なのよ!」

 

「ごめんごめん」

 

 GVは笑って。

 

 そして、すぐ真顔になった。

 

「でも」

 

 雷光がさらに強くなる。

 

「眠ってもらう必要、ないよね」

 

 エリーゼの笑みが消える。

 

「だって君たち」

 

 GVは二人を見る。

 

「まだこれからでしょ」

 

「……」

 

「僕が勝手に決めるのは、ここまで」

 

 雷が右腕へ集まる。

 

「君たちがどう生きるかは、僕が決めない」

 

 布都御魂。

 

 内部の一点。

 

 第三制御ブロック。

 

「でも」

 

 一歩。

 

「君たちの代わりに、こんな剣が決め続けるのは――」

 

 二歩。

 

「今日で終わりにしようか!」

 

「来る!」

 

 強いエリーゼが叫ぶ。

 

 蛇刃。

 

 正面。

 

 GVは避けない。

 

 雷撃鱗が刃を弾く。

 

「SPARK――」

 

 右腕から雷が伸びた。

 

 本来の巨大な雷剣ではない。

 

 短い。

 

 腕の先から数十センチ。

 

 刃と呼ぶにはあまりにも短い青白い光。

 

 だが。

 

 密度が違う。

 

 周囲へ逃げようとする雷を、強引に一本の線へ押し込める。

 

 床が震える。

 

 空気が鳴る。

 

 エリーゼの目が見開かれた。

 

「CALIBUR(スパークカリバー)!!」

 

 GVが踏み込む。

 

 強いエリーゼとすれ違う。

 

 怯えたエリーゼの身体にも触れない。

 

 雷剣の先端だけが――布都御魂へ届く。

 

『右〇・四!』

 

 角度修正。

 

『深さ三・二!』

 

 停止。

 

『そこだ!!』

 

 GVが刃を振り抜いた。

 

 青白い線。

 

 ほんの一瞬。

 

 音すら遅れて聞こえた。

 

 布都御魂の表面に細い亀裂が走る。

 

 大爆発は起こらない。

 

 巨大な雷撃も広がらない。

 

 ただ内部の一点だけで、強烈な放電が発生した。

 

 第三制御ブロック。

 

 そこだけが焼き切れる。

 

「……っ」

 

 強いエリーゼが目を見開く。

 

「な……」

 

 身体の輪郭が揺れる。

 

 怯えたエリーゼも同じ。

 

「何……したの……?」

 

 GVは雷剣を消した。

 

「君たちを分けてたところだけ」

 

「……」

 

 光が二人を包む。

 

「ちょ……待っ――」

 

 強いエリーゼが手を伸ばす。

 

 怯えたエリーゼも、彼女を見る。

 

 二つの身体が光へ変わる。

 

 重なる。

 

 一つへ。

 

 実験室から光が消えた。

 

 床に、一人の少女が倒れた。

 

「エリーゼ!」

 

 GVが駆け寄る。

 

 膝をつく。

 

「ジーノ!」

 

『待て、スキャン中!』

 

「生きてる?」

 

『生きてる!』

 

 GVの肩から力が抜ける。

 

「……よかった」

 

『第七波動も残ってる。能力消失なし』

 

「もう一人は?」

 

『そこまではセンサーじゃ分かんねぇよ!』

 

「だよね!」

 

 エリーゼの瞼が動く。

 

「……う……」

 

「エリーゼ?」

 

 目が開いた。

 

 怯えた瞳。

 

「……GV……さん?」

 

「うん」

 

「わたし……」

 

 自分の手を見る。

 

「一人……?」

 

 GVは少し迷う。

 

「……もう一人の君、いる?」

 

 エリーゼが目を閉じた。

 

 数秒。

 

 そして。

 

「……います」

 

「ほんと?」

 

「……はい」

 

「よかったぁ……」

 

 GVがその場に座り込む。

 

「そこ喜ぶんですか……?」

 

「だって消えてたら大失敗だもん」

 

「……」

 

 エリーゼの表情が僅かに変わった。

 

 眉が上がる。

 

 目つきが鋭くなる。

 

「……ちょっと」

 

「ん?」

 

「何勝手に安心してんのよ」

 

「あ」

 

 声。

 

 強い方だ。

 

「無事?」

 

「見れば分かるでしょ!」

 

「よかった」

 

「だから何で嬉しそうなのよ!」

 

「二人とも残ったから」

 

「……」

 

 エリーゼが言葉を詰まらせる。

 

 GVは立ち上がった。

 

「ねえ」

 

「何よ」

 

「外、出る?」

 

「……」

 

「さっきの君には聞いた」

 

 穏やかな方を指すように、自分の胸元を示す。

 

「でも、君には聞いてないから」

 

 強い人格はしばらく黙った。

 

「……アタシが嫌だって言ったら?」

 

「ここに残る理由聞く」

 

「止めないの?」

 

「危ないなら止める」

 

「結局止めるんじゃない!」

 

「危ない行動はね」

 

 GVは肩をすくめる。

 

「君が考えることまでは止められないよ」

 

「……ムカつく」

 

「さっきも聞いた」

 

「二回言いたいくらいムカつくの!」

 

「そっか」

 

 GVは笑った。

 

「じゃあ、とりあえず外でムカついてくれる?」

 

「……」

 

 数秒。

 

「……勝手にしなさい」

 

「了解」

 

     ◇

 

 施設からの脱出は、入ってきた時より面倒だった。

 

 布都御魂の制御部が停止した影響か、施設の自動システムが次々にエラーを起こしている。

 

 照明が点滅する。

 

 隔壁が閉まり始める。

 

『GV! 右の通路!』

 

「見えてる!」

 

 GVはエリーゼの手を取った。

 

「走れる?」

 

「はい!」

 

 数歩。

 

 表情が変わる。

 

「ちょっと! 引っ張らないでよ!」

 

「あ、ごめん」

 

「謝るくらいなら速く走りなさい!」

 

「どっち!?」

 

「速く!」

 

「はい!」

 

 閉じかけた隔壁。

 

 GVが先に滑り込み、エリーゼの腕を引く。

 

 通過。

 

 背後で隔壁が閉じる。

 

「危な……」

 

 前方から、異常状態の警備員たち。

 

「……まだいるか」

 

『どうする!』

 

「通してもらう!」

 

 GVが避雷針を放つ。

 

 天井。

 

 壁。

 

 床。

 

 人には撃たない。

 

 タグを打ち込んだ設備へ雷撃。

 

 照明が一斉に点灯する。

 

 警備員たちが光へ反応して動きを止める。

 

「今!」

 

 二人で横を抜ける。

 

「倒さないの?」

 

 強い人格の声。

 

「急いでるからね」

 

「そうじゃなくて!」

 

 GVは走りながら答えた。

 

「あの人たちも、戻せるかもしれないでしょ」

 

「……」

 

「なら今壊す理由ないよ」

 

「……バカじゃないの」

 

「よく言われる」

 

『誰にだよ!』

 

「ジーノとか」

 

『言ったことねぇよ!』

 

 エレベーター。

 

 乗り込む。

 

 上昇。

 

 二人とも壁へ背を預けた。

 

 しばらく、息を整える音だけ。

 

「……ねえ」

 

 エリーゼが言う。

 

 今度は穏やかな方。

 

「はい」

 

「わたし……これから……」

 

「うん」

 

「どうしたら……いいですか?」

 

 GVは少し考えた。

 

「分かんない」

 

「……え?」

 

「だって僕、エリーゼじゃないし」

 

「……」

 

「今日決めなくていいんじゃない?」

 

 上昇音。

 

「まず外出て」

 

 GVは指を一本立てる。

 

「水飲んで」

 

 二本。

 

「ご飯食べて」

 

 三本。

 

「寝る」

 

「……」

 

「その後考えよ」

 

 エリーゼが小さく笑った。

 

「それだけ……?」

 

「結構大事だよ?」

 

「……そうかも」

 

 扉が開いた。

 

 地上。

 

     ◇

 

 倉庫の外には、すでにフェザーの回収班が到着していた。

 

 アシモフもいる。

 

「GV」

 

 姿を見るなり、彼は歩み寄った。

 

 そして隣のエリーゼを見る。

 

 一瞬だけ目を細める。

 

「彼女が?」

 

「うん」

 

 医療スタッフが近づこうとする。

 

 エリーゼの肩が強張った。

 

「待って」

 

 GVが手を上げる。

 

「先に説明してください」

 

 スタッフが止まる。

 

「何をするのか。触るならどこに触るのか。嫌なら断れるのか」

 

「しかし、検査を――」

 

「GVの言う通りだ」

 

 アシモフの声。

 

 スタッフが振り返る。

 

「彼女へ説明してからにしろ」

 

「ですが、能力の危険性が――」

 

「危険なら必要な措置は取る」

 

 アシモフは低く言った。

 

「だが、危険であるというだけで本人の意志を消していい理由にはならない」

 

 エリーゼを見る。

 

「皇神は、それを履き違えたようだな」

 

 ジーノも到着した。

 

「ログ見たぜ、アシモフ」

 

「ああ」

 

「人格まで作り替えて能力を制御しようとした」

 

 アシモフの表情が険しくなる。

 

「能力者の力を利用するために、その人間自身を都合のいい形へ作り替える」

 

 短く息を吐く。

 

「悪魔(デーモン)の所業だ」

 

 エリーゼがアシモフを見る。

 

 アシモフは続けた。

 

「無論、危険な第七波動を放置するわけにはいかん。力には管理が必要な場合もある」

 

 GVが黙って聞く。

 

「だが管理と支配は同義ではない」

 

 アシモフはGVを見る。

 

「そこを間違えれば、修正(リビルド)が必要になるのは制度そのものだ」

 

「アシモフ」

 

「何だ」

 

「今日いつもよりアシモフ語多くない?」

 

「……ナンセンスだよ、GV」

 

「ほら」

 

 ジーノが吹き出す。

 

「お前が言わせてんだろ!」

 

 アシモフは咳払いした。

 

「それより」

 

 GVの右腕を見る。

 

「報告にあったスパークカリバーだ」

 

「ああ」

 

「新しい技ではないな?」

 

「うん。本来のSPARK CALIBURの使い方を変えただけ」

 

 GVは手を開く。

 

「普通は前に大きい雷剣を出すでしょ」

 

「ああ」

 

「それを短くした」

 

「出力も落としたのか?」

 

「逆」

 

 アシモフの眉が動く。

 

「落としてない」

 

 GVは説明する。

 

「威力を下げたら、壊したいものが壊れないかもしれない。だから威力はそのまま」

 

「ならば」

 

「当たる場所だけ減らした」

 

 アシモフが黙る。

 

「短くして、発生位置を近くして、向きを細かく変えられるようにした。今回は布都御魂の中の、二人を別々に実体化させてた制御部分だけを狙った」

 

「……なるほど」

 

「壊したいものだけに当てれば」

 

 GVはエリーゼを見る。

 

「人に当てる必要ないでしょ」

 

 数秒。

 

 アシモフの口元が僅かに上がった。

 

「グレイトだ、GV」

 

「お」

 

「だが」

 

「ですよね」

 

「射程が短い」

 

「うん」

 

「接近のリスクが高すぎる。発生後の方向制御もまだ粗い」

 

「うん」

 

「今回成功したからといって、毎回同じ条件で使えるとは限らん」

 

「うん」

 

「改善が必要だ」

 

「分かってる」

 

 GVが笑う。

 

「でも、使えるって分かった」

 

「ああ」

 

 アシモフも頷いた。

 

「そこは大きい」

 

 エリーゼが二人を見る。

 

「……変なの」

 

「どっちが?」

 

「両方」

 

 GVとアシモフが同時にエリーゼを見る。

 

「ほら」

 

「……何がだ」

 

「息合ってる」

 

「ナンセンスだ」

 

「二回目」

 

     ◇

 

 夕方。

 

 フェザーの一時保護区画。

 

 エリーゼには個室が用意された。

 

 施錠はされていない。

 

 窓もある。

 

 外へ出るには同行者が必要だが、それも本人へ説明された上での暫定措置だった。

 

 GVが部屋を訪れると、すでにシアンがいた。

 

「早いね」

 

「会ってみたかったから」

 

「紹介するよ」

 

 ベッドに座っていたエリーゼがこちらを見る。

 

「エリーゼ」

 

「……はい」

 

「シアン」

 

「こんにちは」

 

「こ、こんにちは……」

 

 GVは袋を持ち上げた。

 

「で、差し入れ」

 

「何?」

 

「プリン」

 

 シアンが笑う。

 

「結局食べ物なんだ」

 

「大事だよ?」

 

「朝もそんなこと言ってそう」

 

「言った」

 

 蓋を開ける。

 

 エリーゼは小さなスプーンを受け取った。

 

「食べたことある?」

 

「……たぶん」

 

「たぶん?」

 

「よく……覚えてなくて……」

 

「じゃあ食べてみよ」

 

「……もし、嫌いだったら?」

 

「残せばいいよ」

 

「……いいんですか?」

 

「うん」

 

「食べ物なのに?」

 

「嫌いなもの無理して食べても、プリン側も困るでしょ」

 

「プリンに気持ちはないと思う」

 

「シアンさん冷静」

 

 エリーゼが恐る恐る一口。

 

 止まる。

 

「どう?」

 

「……おいしい……です」

 

「よかった」

 

 もう一口。

 

 その途中。

 

 エリーゼの表情が変わる。

 

「……甘っ」

 

「あ」

 

 強い方だ。

 

「アンタこんなの持ってきたの?」

 

「嫌い?」

 

「別に」

 

 もう一口。

 

「……食べるんだ」

 

「別に嫌いじゃないって言ってるでしょ!」

 

「なるほど」

 

「何よその顔!」

 

 シアンがくすくす笑う。

 

「無理に好きって言わなくてもいいんだよ」

 

「は?」

 

「食べてみてから決めればいいの」

 

 GVがシアンを見る。

 

 シアンもこちらを見る。

 

「……何?」

 

「いや」

 

 少し笑う。

 

「いいこと言うなって」

 

「誰かさんに教わったから」

 

「誰だろうね」

 

「さあ」

 

 エリーゼは二人を交互に見る。

 

「……変な人たち」

 

「今日二回目だ」

 

「増えてるよ」

 

 プリンは、結局全部なくなった。

 

     ◇

 

 部屋を出ると、廊下にアシモフが立っていた。

 

「覗き見?」

 

「人聞きの悪いことを言うな」

 

「じゃあ何?」

 

「様子を見に来た」

 

「それを覗き見って――」

 

「GV」

 

「はい」

 

 アシモフは部屋の扉を見る。

 

「当面の保護はフェザーで行う」

 

「うん」

 

「ただし、ここは長期生活の場には向かん」

 

 GVも扉を見る。

 

 武装組織。

 

 能力者たち。

 

 安全ではある。

 

 だが。

 

「本人と話して決めてね」

 

「分かっている」

 

「ならいい」

 

 アシモフが少し黙る。

 

「候補はいくつか考える」

 

「うん」

 

「……お前のところも含めてな」

 

「…………」

 

 GVがゆっくりアシモフを見る。

 

「今なんて?」

 

「候補の一つだ」

 

「待って」

 

「本人が望むかは別問題だ」

 

「待って待って」

 

「何だ」

 

「僕んち?」

 

「シアンもいる。一般社会で生活する環境としては悪くない」

 

「いやでも部屋が――」

 

「修正(リビルド)すればいい」

 

「家を!?」

 

 アシモフが少し笑った。

 

「冗談だ」

 

「分かりづらい!」

 

「検討だけしておけ」

 

「アシモフ!」

 

 背を向けて歩き出す。

 

「サンクス、いつもすまんな」

 

「その言い方で全部押し付けようとしてない!?」

 

 アシモフは振り返らない。

 

 片手だけを上げる。

 

「今日の働きは十分だった」

 

 GVが口を閉じる。

 

「今夜くらいは休め」

 

 そして。

 

「グッドラック、GV」

 

 廊下の角へ消えていく。

 

「……」

 

 GVはしばらくその背中が消えた場所を見ていた。

 

「最後だけカッコつけるんだよなぁ」

 

「GV」

 

 背後。

 

 扉からシアンが顔を出している。

 

「ん?」

 

「エリーゼが、もう一個プリン食べてもいいかって」

 

 GVは瞬きをした。

 

 そして笑った。

 

「もちろん」

 

 部屋へ戻る。

 

 エリーゼは空になった容器を前に、少し気まずそうな顔をしていた。

 

「……食べても、いいですか?」

 

「自分で決めた?」

 

「……はい」

 

「じゃあ、どうぞ」

 

 二つ目のプリンを渡す。

 

 エリーゼは受け取った。

 

 たったそれだけ。

 

 今日、この少女がした選択は、まだそれほど多くない。

 

 怖いから、ここを出たいと言った。

 

 手を取ってほしいと頷いた。

 

 プリンを食べた。

 

 おいしいと思った。

 

 そして。

 

 もう一つ食べたいと、自分から言った。

 

 世界を変えるほど大きな選択ではない。

 

 人生を決めるほど重大でもない。

 

 けれど。

 

 たぶん、そういう小さなものからでいい。

 

 GVはそう思った。

 

 エリーゼがスプーンを取る。

 

 シアンが笑う。

 

 窓の外では、日がゆっくりと沈み始めていた。

 

 その夜。

 

 GVはまだ知らない。

 

 この長い一日が――まだ終わっていないことを。

 




第十三話「幻夜」 次回予告

深夜。

ようやく長い一日を終えたGVのもとへ、フェザーから緊急通信が入る。

追跡任務に出ていたジーノが負傷。

逃走した皇神の能力者――パンテーラは、夜の歓楽街へと姿を消していた。

「今日はもう、世界が滅びそうでも明日にしてほしかったんだけどなぁ……」

ネオンに彩られた街。

上下も、左右も、現実さえも曖昧にする夢幻鏡(ミラー)。

そして、その幻夜の奥でGVを待っていたのは――パンテーラだけではなかった。

「蒼き雷霆――ガンヴォルトか」

皇神でもない。

フェザーでもない。

第七波動(セブンス)すら持たない。

それでも能力者を狩るためだけに、力を磨き上げた少年。

「能力者は全て、人間の敵だ」

「……へえ」

「無論、貴様も例外ではない。蒼き雷霆」

GVは避雷針(ダート)を構える。

「そっか」

「じゃあ、かなり話合わないね。僕ら」

交わらない二つの価値観。

雷光と鋼鉄が、眠らない街で初めて激突する。

第十三話。

「幻夜」

「ねえ、名前くらい聞いていい?」

「必要ない」

「僕にはあるんだけど」

次回も、グッドラック。
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