『隣人GV ―もしもスパイディの影響を受けたGVなら―』   作:幸田市

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第十三話「幻夜」

 

深夜。

 

 つい数時間前まで人の出入りが続いていた地下研究施設は、今では嘘のように静まり返っていた。

 

 非常灯の赤い光だけが、崩れかけた通路を一定の間隔で照らしている。

 

 床には割れた培養槽のガラス片、焼け焦げた制御基板、そして先ほどの戦闘によって砕けた機材が散乱していた。

 

 その中央に、ひときわ異質な亀裂が残っている。

 

 鋭い。

 

 しかし、周囲への損傷は奇妙なほど少ない。

 

 まるで高出力の刃を、壊すべき一点だけへ押し込んだような跡だった。

 

 その亀裂の前に、一人の少年が立っている。

 

 白と赤を基調とした装甲。

 

 薄暗い施設内で、各部のセンサーだけが冷たく光っていた。

 

 少年は膝を折ると、瓦礫の間へ手を伸ばす。

 

 拾い上げたのは、小さな金属片。

 

 布都御魂。

 

 その一部だった。

 

「……これで三つ目か」

 

 少年――アキュラは、破片を掌の上で返した。

 

 内蔵された分析装置が、残留する微弱な能力因子を読み取っていく。

 

 数値が眼前のディスプレイを流れる。

 

 生命輪廻(アンリミテッドアニムス)。

 

 人格への干渉。

 

 肉体構築。

 

 再生。

 

 そして、それらを維持していた制御領域だけが、ほぼ完全に焼き切れている。

 

「……」

 

 アキュラの目が僅かに細くなった。

 

 出力不足で壊し切れなかったのではない。

 

 逆だ。

 

 周囲の生体組織にも、能力因子そのものにも極力干渉せず、制御部分だけを狙っている。

 

 記録された痕跡から推測される出力は低くない。

 

 この狭い領域へ意図的に力を集中させたのだとすれば――。

 

「蒼き雷霆……」

 

 その名なら、嫌というほど目にしている。

 

 フェザーを離反した能力者。

 

 電子の謡精を皇神から連れ出した少年。

 

 七宝剣と幾度も交戦しながら、敵を仕留めるより先に武装や能力の制御だけを潰す、奇妙な戦い方を続ける能力者。

 

 そして今では。

 

 皇神内部の戦闘報告にまで、半ば通称として残り始めている名前がある。

 

 ――お節介焼きのガンヴォルト。

 

 アキュラも何度かその呼称を目にしていた。

 

 最初は一兵士の皮肉に過ぎなかったらしい。

 

 だが、任務中に市民の救助へ逸れた。

 

 交戦した皇神兵を助けた。

 

 自分を狙った相手でさえ、危険が迫れば見捨てなかった。

 

 似た報告が積み重なった結果、いつの間にか現場で定着した。

 

「くだらん」

 

 アキュラは吐き捨てる。

 

 能力者は能力者だ。

 

 どれだけ人間の真似事を繰り返そうと、その本質まで変わるわけではない。

 

 破片を専用ケースへ収める。

 

 その時。

 

 視界の端に、新たな情報が表示された。

 

 皇神部隊の通信。

 

 追跡対象。

 

 パンテーラ。

 

 移動中。

 

 アキュラは表示された座標を数秒見つめた。

 

 やがて踵を返す。

 

 白と赤の影が地下施設を後にすると、そこには再び静寂だけが残された。

 

     ◇

 

「…………疲れた」

 

 部屋へ戻ったGVは、玄関を閉めるなり壁へ背中を預けた。

 

「おかえり」

 

「ただいま……」

 

 リビングから顔を出したシアンが、少し笑う。

 

「ほんとに疲れてるね」

 

「今日は濃すぎたよ……」

 

 靴を脱ぎながら、GVは肩を回した。

 

 エリーゼ。

 

 地下研究施設。

 

 生命輪廻(アンリミテッドアニムス)。

 

 皇神によって植え付けられた人格。

 

 そして初めて実戦で使った、非殺傷を前提としたSPARK CALIBUR(スパークカリバー)。

 

 肉体にも第七波動にも致命的な傷を残さず、布都御魂の制御部分だけを断つ。

 

 狙いは成功した。

 

 エリーゼは生きている。

 

 彼女の中にいる人格も消えてはいない。

 

 フェザーの保護区画へ送り、医療班への引き継ぎまで見届けてから帰ってきた。

 

「エリーゼ、大丈夫そう?」

 

「うん。少なくとも今夜は安全なところで眠れると思う」

 

「そっか」

 

 シアンがほっと息を吐いた。

 

「アシモフにも言ってきたよ。勝手に検査したり、本人に何も説明しないまま話を進めたりしないでって」

 

「アシモフ、なんて?」

 

「『分かっている』って」

 

「信用してない顔」

 

「……してるよ?」

 

「今、間あったよ」

 

「気のせいじゃない?」

 

「ふーん」

 

 シアンにじっと見られ、GVはキッチンへ逃げる。

 

「何か食べる?」

 

「今から?」

 

「僕が食べたい」

 

「あ、それなら食べる」

 

「素直でよろしい」

 

 冷蔵庫を開ける。

 

 昨日作っておいた料理が残っている。

 

「よし。ありがとう、昨日の僕」

 

「作ったのGVでしょ」

 

「だから昨日の僕に感謝してるんだよ」

 

「変なの」

 

「過去の自分との関係は良好にしておきたいからね」

 

 二人で簡単な夜食を済ませた頃には、すでに日付を跨いでいた。

 

 シアンが小さく欠伸をする。

 

「もう寝よう?」

 

「賛成」

 

 GVも立ち上がった。

 

「今日はもう、世界が滅びそうでも明日にしてほしい」

 

「それは困るよ」

 

「じゃあ近所限定で」

 

「もっと困るよ」

 

「厳しいなあ」

 

 食器を片付け、部屋の明かりを落とす。

 

 シアンが先に寝室へ向かう。

 

 GVもシャツへ手を掛け――。

 

 電子音が鳴った。

 

「…………」

 

 動きが止まる。

 

 通信端末が光っている。

 

 もう一度。

 

 電子音。

 

 GVは天井を仰いだ。

 

「世界、空気読んでくれないなあ……」

 

『GV!』

 

 通信を繋いだ瞬間、モニカの切迫した声が飛んできた。

 

「モニカ? どうしたの?」

 

『ごめん、こんな時間に。緊急よ』

 

 GVの表情が変わる。

 

「何があった?」

 

『皇神の能力者を追跡していた部隊が接触したの。ターゲットはパンテーラ』

 

「パンテーラ……」

 

『ジーノが先行してたんだけど――』

 

 モニカが一瞬言葉を詰まらせる。

 

『やられたわ』

 

「ジーノが?」

 

 GVはすぐ聞き返した。

 

「容体は?」

 

『命に関わる状態じゃない。でも今夜はもう動けない』

 

 直後、通信へ雑音が入り、

 

『……わりぃ、GV』

 

 聞き慣れた声が割り込んできた。

 

「ジーノ」

 

『カッコ悪ぃとこ見せちまったな』

 

「喋れるなら安心した」

 

『そこ!?』

 

「いや、かなり安心したよ」

 

『もうちょい心配しろよ……』

 

「してるって。だからちゃんと休んで」

 

 一拍。

 

「次会った時、自分でパンテーラに文句言えるくらいには元気になっててよ」

 

『……へっ』

 

 ジーノが小さく笑う。

 

『任せたぜ』

 

「うん」

 

 通信がモニカへ戻る。

 

『パンテーラはそっちの近くの歓楽街へ逃げてる。皇神も部隊を展開してるみたい。まだ一般人も多いわ』

 

 GVは脱ぎかけていたジャケットを取り直した。

 

「場所送って」

 

『……行ける?』

 

「もう着替えてる」

 

『早いわね』

 

「諦めがいいんだよ」

 

 その時。

 

「……GV?」

 

 振り返る。

 

 寝室の入口にシアンがいた。

 

「ごめん。起こした?」

 

「また行くの?」

 

「うん」

 

「危ない?」

 

「たぶん」

 

 嘘は言わない。

 

 シアンは少し俯いてから、また顔を上げた。

 

「帰ってくる?」

 

 GVは笑った。

 

「なるべく早く」

 

「じゃあ、わたし起きてる」

 

「寝てもいいんだよ」

 

「それはわたしが決めるの」

 

 GVが一瞬止まる。

 

 それから肩をすくめた。

 

「……はい」

 

「何、その返事」

 

「成長が眩しくて」

 

「もう」

 

 シアンが笑う。

 

 GVは靴を履いた。

 

「行ってきます」

 

「いってらっしゃい」

 

 扉が閉じる直前。

 

「GV」

 

「ん?」

 

「気をつけてね」

 

 GVは片手を上げる。

 

「了解」

 

     ◇

 

 午前零時を過ぎても、歓楽街から人の気配は消えていなかった。

 

 ビルを覆う巨大広告。

 

 道路を流れる車の灯り。

 

 店から漏れる音楽。

 

 呼び込みの声。

 

 GVはビルの屋上へ着地した。

 

『その周辺』

 

「了解」

 

『ターゲットはパンテーラ。第七波動は夢幻鏡(ミラー)。詳しい性質はフェザーでも掴みきれてない』

 

「幻覚系?」

 

『そう。ただ規模がおかしい。ジーノも見えてるものを信用できなくなって、一気に崩されたみたい』

 

「なるほど」

 

 GVは街を見下ろした。

 

 一般人に紛れるように皇神兵が配置されている。

 

 屋上にも。

 

 路地にも。

 

「普通に人いるね」

 

『ええ』

 

「この状況で能力者狩りか……」

 

 眉を寄せる。

 

「多少騒ぎになっても皇神なら後からどうにかできるってことかな」

 

『たぶんね』

 

「嫌な自信だ」

 

 GVが走り出す。

 

 隣のビルへ。

 

 さらに次へ。

 

「おや……」

 

 耳元で声がした。

 

 GVが止まる。

 

 誰もいない。

 

「ようやく来てくれたんだね、少年」

 

 前。

 

 後ろ。

 

 右。

 

 左。

 

 声だけが移動している。

 

「それとも――」

 

 愉快そうな笑い声。

 

「“お節介焼きのガンヴォルト”と呼んだ方がいいかな?」

 

 GVが僅かに眉を寄せた。

 

「……君までその呼び方するんだ」

 

『パンテーラも知ってるの?』

 

「皇神の人間なんだから知ってても変じゃないけど……」

 

 GVは少し嫌そうな顔をした。

 

「ロメオだけかと思ってたんだけどなあ」

 

「ハハハ! それは残念!」

 

 声が弾む。

 

「今では現場の兵士なら知らぬ者の方が少ないんじゃないかな?」

 

「そんな広まってるの?」

 

「実に有名だとも!」

 

「うわぁ……」

 

『似合ってるけどね』

 

「モニカまで言わないでよ」

 

『ごめん』

 

「絶対ちょっと笑ってるでしょ」

 

「まったく噂通りだねぇ!」

 

 頭上から声。

 

 GVが見上げる。

 

 巨大広告の上に、一人の男が立っていた。

 

 パンテーラ。

 

「君がパンテーラ?」

 

「おお! ワタシの名をご存じとは!」

 

 芝居がかった仕草で胸へ手を当てる。

 

「これはもう運命と――」

 

「呼ばないよ」

 

「まだ何も言っていない!」

 

「言いそうだったから」

 

「つれないなぁ!」

 

「ジーノをやったの、君?」

 

 空気が僅かに変わった。

 

 GVの声から軽さが消える。

 

「彼も実に情熱的だったよ」

 

「そっか」

 

「怒っているのかい?」

 

「うん」

 

 短く答える。

 

「結構」

 

 パンテーラの笑みが深くなる。

 

「いいねぇ……怒り! 激情! それもまた愛!」

 

「何でも愛にするんだ」

 

「もちろん!」

 

「便利だね、その言葉」

 

「だろう?」

 

「褒めてないけど」

 

『GV』

 

「分かってる」

 

 パンテーラの足元が揺らぐ。

 

 次の瞬間。

 

 消えた。

 

「では少年!」

 

 街中から声が響く。

 

「ワタシを捕まえてみたまえ!」

 

 GVが一歩踏み出す。

 

 そこで止まった。

 

「……ん?」

 

 目の前の看板。

 

 文字が逆だ。

 

 鏡に映したように左右反転している。

 

 さっきまで後方にあった給水塔が前にある。

 

『GV?』

 

「モニカ。僕、今どっち向いてる?」

 

『南東』

 

「こっちでは北西に見える」

 

『もう入ってるのね』

 

「みたいだね」

 

 数歩進む。

 

 床が傾いた。

 

 違う。

 

 傾いたように見える。

 

 視覚と平衡感覚が食い違う。

 

 GVが咄嗟に姿勢を落とした。

 

 頭上を銃弾が通過した。

 

「うわっ」

 

 皇神兵。

 

 三人。

 

 いや、六人。

 

 像が重なっている。

 

「本物どっち?」

 

 答えの代わりに銃口が向いた。

 

 避雷針(ダート)。

 

 一発目は幻影を抜ける。

 

 二発目。

 

 金属音。

 

「そっち」

 

 実体へダートを打ち込み、雷撃鱗(ライゲキリン)を一瞬だけ展開。

 

 青い雷が兵士の装備を走る。

 

 駆動系だけを止めた。

 

 兵士が膝をつく。

 

「今日はもう帰った方がいいよ」

 

「ふざけるな!」

 

「だよね」

 

 その兵士が止まった装備を見下ろし、それからGVを見る。

 

「……本当に装備だけ狙いやがった」

 

「何?」

 

「いや」

 

 兵士が顔をしかめた。

 

「……お節介焼きってのも、あながち間違ってねえと思っただけだ」

 

「本人の前で言う?」

 

「余所見をするな!」

 

 別方向から銃撃。

 

「ちょっと待って! 今そこ聞きたいんだけど!」

 

 GVが跳ぶ。

 

 着地点が消える。

 

「――っ!」

 

『GV!』

 

 落下しているように見える。

 

 だが、実際の重力は変わっていない。

 

「これ……酔うな!」

 

「素晴らしいだろう!」

 

 パンテーラの声。

 

「恋も愛も、いつだって人を惑わせる!」

 

「僕、恋愛ってもうちょっと平和だと思ってたよ!」

 

「幻想さ!」

 

「幻覚使いに言われると説得力あるなあ!」

 

 GVは目を閉じる。

 

 視覚を切る。

 

 足裏の感触。

 

 風。

 

 音。

 

 周囲の金属が発する、僅かな電気反応。

 

 一歩。

 

 二歩。

 

 目を開く。

 

 景色は逆さまのまま。

 

 だが、進める。

 

「へえ」

 

 パンテーラが感心したように声を漏らす。

 

「なかなかやるじゃないか、少年」

 

「どうも」

 

「ますます愛おしくなった!」

 

「それは遠慮するよ」

 

 ワイヤー。

 

 小型兵器。

 

 爆発。

 

 幻覚。

 

 全てが重なる。

 

 GVは走り続ける。

 

 パンテーラはふざけている。

 

 だが、強い。

 

 幻覚そのものだけではない。

 

 視覚を崩し、相手の移動を限定し、その先へ兵士や兵器を配置する。

 

 ジーノが敗れた理由も分かる。

 

「……なるほど」

 

『何か分かった?』

 

「パンテーラ、めちゃくちゃ強い」

 

『今!?』

 

「キャラが濃すぎて気づくの遅れた」

 

「聞こえているよ!」

 

「聞いてたんだ」

 

 返事は笑い声。

 

 さらに奥。

 

 ビル同士を繋ぐ通路。

 

 その先で空間が水面のように歪んでいる。

 

「この先か」

 

『気をつけて』

 

「うん」

 

 足を踏み入れる。

 

 視界が白く弾けた。

 

     ◇

 

 世界が戻った時。

 

 歓楽街のネオンは正常な向きへ戻っていた。

 

「……?」

 

 幻覚が消えている。

 

『GV、聞こえ――』

 

 モニカの声へノイズが走る。

 

『近く……別の……』

 

「モニカ?」

 

 通信が切れた。

 

 ジャミング。

 

 その直後。

 

 鈍い衝撃音。

 

 GVは走った。

 

 屋上へ飛び出す。

 

 そこにパンテーラがいた。

 

 片膝をついている。

 

 小烏丸にはひび。

 

 幻影も崩れかけている。

 

 その前。

 

 白と赤の装甲を纏った少年。

 

 銃型武装。

 

 大型の盾。

 

 周囲を漂う小型センサー。

 

「まったく……」

 

 パンテーラが苦笑する。

 

「今夜のワタシは随分とモテるらしい」

 

「黙れ」

 

 少年が銃口を向ける。

 

「その戯言もここまでだ」

 

「冷たいねぇ。それもまた――」

 

「愛などとほざいたら殺す」

 

「...おや」

 

 パンテーラが肩をすくめた。

 

 だが目は笑っていない。

 

 この少年は、パンテーラの能力を解析している。

 

 発動。

 

 幻覚と実体の差。

 

 逃走経路。

 

 全てを潰して追い詰めた。

 

 少年の指が引き金へ掛かる。

 

「終わりだ」

 

「待って」

 

 青い閃光。

 

 弾丸とパンテーラの間へ雷撃が割り込んだ。

 

 弾道が逸れる。

 

「……」

 

 少年がGVを見る。

 

 赤い瞳。

 

 驚きより先に浮かんだのは、確認。

 

 そして、明確な敵意。

 

「蒼き雷霆――ガンヴォルト」

 

「僕のこと知ってるんだ」

 

「知らん方がおかしい」

 

 少年は吐き捨てる。

 

「皇神の記録に、貴様の名など嫌というほど残っている」

 

「……やっぱり」

 

「“お節介焼き”などというくだらん呼び名までな」

 

「君も知ってるのか……」

 

「くだらんと思っていたが」

 

 少年の目がパンテーラへ向く。

 

 GVはその前に立った。

 

「これ以上やるなら、僕が止めるよ」

 

「……」

 

 少年の目が細くなる。

 

「なるほど」

 

「何が?」

 

「通り名だけは正確らしい」

 

「別に噂通りに動いてるわけじゃないんだけど」

 

「敵として追っていた能力者を庇う。これをお節介と言わず何と言う」

 

「少年……!」

 

 後ろからパンテーラが感極まったような声を出す。

 

「ワタシを守って――」

 

「今それやると話がややこしくなるから黙ってて」

 

「つれない!」

 

 少年の眉が僅かに動く。

 

「貴様はそいつを追っていたはずだ」

 

「うん」

 

「そいつはフェザーの人間を負傷させた」

 

「うん」

 

「ならば何故庇う」

 

 GVは少し考える。

 

「追いかけるのと、ここで死なせるのは別だから」

 

「……」

 

「ジーノを傷つけたことには怒ってるし、止める。でも、それと君が殺すのは別」

 

「くだらん」

 

「そう?」

 

「皇神もフェザーも関係ない」

 

 銃口がGVへ向く。

 

「能力者(バケモノ)は全て人類の敵だ」

 

「……」

 

「無論、貴様も例外ではない。蒼き雷霆」

 

 GVは少年を見る。

 

 本気だ。

 

 迷いがない。

 

「能力があるだけで?」

 

「それだけで充分だ」

 

「そっか」

 

 GVは息を吐く。

 

「じゃあ僕ら、かなり話合わないね」

 

「話し合う必要などない」

 

「そこまで言う?」

 

 ダートを構える。

 

「じゃあ、せめて名前くらい教えてよ」

 

「必要ない」

 

「僕にはあるんだけど」

 

「貴様には不要だ」

 

「頑固だなあ」

 

 銃声。

 

 GVが跳ぶ。

 

 軽さが消える。

 

 二発。

 

 三発。

 

「雷撃鱗!」

 

 青い電磁場。

 

 だが弾丸が完全には止まらない。

 

「――っ?」

 

 軌道を逸らしながら、雷撃鱗へ食い込んでくる。

 

 GVが身体を捻る。

 

「何それ!」

 

「ベオウルフ」

 

 少年は淡々と答えた。

 

「その程度の電磁防御、対策済みだ」

 

「初対面なのに詳しいなあ!」

 

「能力者を狩るのに情報収集を怠るほど愚かではない」

 

「真面目だね」

 

「黙れ」

 

 GVがダートを放つ。

 

 盾。

 

 弾かれた。

 

「避雷針まで!」

 

「単純な戦法だ」

 

「それちょっと傷つくな」

 

「知るか!」

 

 盾を構え、少年が突進。

 

 速い。

 

 紙一重でかわす。

 

 すれ違いざまに電流を流そうとするが、装甲が雷を散らした。

 

「……対能力者用か」

 

「当然だ」

 

「自分で作ったの?」

 

「貴様に話す義理はない」

 

「気になっただけなんだけど!」

 

「...俺をバカにしているのか?」

 

「いや、すごいなって!」

 

「黙れ!」

 

 肩部装甲が展開。

 

 赤。

 

「それ――」

 

 火炎弾。

 

 爆炎。

 

 GVが上空へ逃れる。

 

「デイトナの!」

 

「能力因子を解析し、疑似再現した」

 

「勝手にコピーしたんだ」

 

「バケモノの力など道具に過ぎん」

 

「デイトナが聞いたら絶対怒るよ」

 

「知ったことか!」

 

 第二射。

 

 回避。

 

 着地点に今度は磁場が展開する。

 

「――!」

 

 身体の内側から力を引き抜かれるような感覚。

 

 GVが跳ぶ。

 

「カレラの磁界拳……!」

 

「グリードスナッチャー」

 

 僅かに触れただけで雷撃が乱れる。

 

「本当に再現してるんだ……」

 

「感心している場合か」

 

「すごいものはすごいでしょ」

 

「貴様……!」

 

 少年の声に初めて苛立ちが混じる。

 

「何故そう軽口を叩ける!」

 

「怖い顔してるから?」

 

「ふざけるな!」

 

「ほら怒った」

 

 銃撃。

 

「うわっ!」

 

 GVが跳ぶ。

 

 離れた場所ではパンテーラが二人を見ている。

 

「いやぁ……若き二人のぶつかり合い! 実に情熱的――」

 

「パンテーラ」

 

「何かな?」

 

「逃げられるくらい元気なら逃げて」

 

「...キミは本当にムードというものが――」

 

 パンテーラの横へ銃弾。

 

「貴様も黙れ」

 

「怖いねぇ」

 

「君、煽らない方がいいって!」

 

「ワタシは愛を語っているだけさ!」

 

「それが煽りなんだって!」

 

「余所見をするな!」

 

 盾。

 

 GVが下がる。

 

 その瞬間。

 

 少年の装甲へ紫の光。

 

「……まさか」

 

 円形の光。

 

 数時間前に見たばかり。

 

「それ……エリーゼの……!」

 

「ほう」

 

 少年の目が僅かに細くなる。

 

「やはり、あの施設にいたのは貴様か」

 

「君もいたんだ」

 

「残骸を回収しただけだ」

 

「人の後ろから拾い物?」

 

「必要なサンプルを収集した」

 

「趣味悪いなあ!」

 

「言っていろ」

 

 光線。

 

 GVが避ける。

 

 頬を掠め、身体の表面に僅かな硬直。

 

「ジェラシックゴルゴン」

 

「名前まで付けてるんだ」

 

「オレの兵装だ。何が悪い」

 

「そこは別に悪くないけど!」

 

 走る。

 

「まさか数時間で使えるようにしたの?」

 

「基礎システムは完成している。解析結果を反映しただけだ」

 

「やっぱすごいじゃん!」

 

「だから何故褒める」

 

「すごいから!」

 

「黙れ」

 

 怒鳴りながらも攻撃は乱れない。

 

 GVは理解する。

 

 この少年は強い。

 

 第七波動はない。

 

 その代わり。

 

 能力者を倒すため、自分で技術を作り、戦い方を構築してきた。

 

 全てが一つの目的へ向いている。

 

 能力者を狩る。

 

 そのためだけに。

 

 GVはダートを二発放つ。

 

 盾。

 

 三発目。

 

 少年ではない。

 

 足元の換気設備。

 

「何を――」

 

「そこ!」

 

 雷撃鱗。

 

 床を電流が走る。

 

 少年が跳ぶ。

 

「やっぱ反応速いね」

 

「小細工を」

 

「君に言われると褒め言葉だなあ」

 

 GVも跳ぶ。

 

 空中。

 

 至近距離。

 

 盾とダートがぶつかる。

 

 火花。

 

 二人が反対方向へ着地。

 

「ねえ」

 

「何だ」

 

「なんでそこまで能力者が嫌いなの?」

 

「……」

 

「答えたくないならいいけど」

 

「貴様に話す必要はない」

 

「そっか」

 

 GVはそれ以上聞かなかった。

 

 少年の眉が動く。

 

「……聞かないのか」

 

「話したくないんでしょ?」

 

「……」

 

「なら聞かないよ」

 

「貴様……」

 

「でも」

 

 ダートを構え直す。

 

「僕を殺そうとするなら止めるけどね」

 

「当然だ。抵抗する程度の権利は認めてやる」

 

「そこは認めるんだ」

 

「黙れ!」

 

 再び激突。

 

 その間。

 

 パンテーラは静かに後退していた。

 

「少年」

 

「何?」

 

「今宵の愛の借り――」

 

「いつか返そう!」

 

「普通に帰って!」

 

「フフフ……また会おう!」

 

 空間が揺れる。

 

「少年!」

 

 パンテーラの姿が鏡のように砕けた。

 

 幻影。

 

 本物はすでに遠い。

 

「逃げた!」

 

「チッ」

 

 少年が舌打ちする。

 

「君が僕に構うからでしょ!」

 

「貴様が邪魔をしたからだ!」

 

「だって殺そうとしてたじゃん!」

 

「能力者(バケモノ)だぞ!」

 

「知ってるよ!」

 

「なら何故――!」

 

「だからさっき言ったでしょ!」

 

 GVの全身から青い雷光。

 

「止めるのと、殺すのは別!」

 

 少年が盾を構える。

 

 GVは息を吸った。

 

 蒼い雷が夜空を照らす。

 

 そして放たれたライトニングスフィアが、二人の間を埋め尽くした。

 

 少年は即座に盾を前へ。

 

「ぐっ……!」

 

 白い装甲へ雷が走る。

 

 だがGVが狙っているのは人体ではない。

 

 装甲。

 

 センサー。

 

 駆動系。

 

 武装の接続部。

 

 少年もすぐに気づいた。

 

「……舐めるな!」

 

「舐めてないって!」

 

「なら何故、オレを直接狙わない!」

 

「壊せば止まるものがあるなら、そっち止めればいいでしょ!」

 

 雷撃が強まる。

 

 警告灯。

 

 一部機能停止。

 

 少年が強引に雷球の範囲外へ離脱した。

 

 着地。

 

 片膝。

 

 GVも肩で息をする。

 

「……まだやる?」

 

「……」

 

 少年は答えなかった。

 

 装甲内部を大量の情報が流れている。

 

 雷撃鱗の出力。

 

 ダートの弾速。

 

 回避傾向。

 

 戦闘時の判断。

 

 そして。

 

 殺傷を避けるため、攻撃手段をあえて限定する傾向。

 

 皇神に残る記録と一致していた。

 

 ――お節介焼きのガンヴォルト。

 

 くだらない呼び名だ。

 

 その評価は変わらない。

 

 だが。

 

「……噂だけではなかったか」

 

「え?」

 

「何でもない」

 

 少年が立ち上がる。

 

「充分だ」

 

「何が?」

 

「貴様のデータは取れた」

 

「……え」

 

「今日はここまでにしておいてやる」

 

「ちょっと待って」

 

「何だ」

 

「名前」

 

「……」

 

「まだ聞いてない」

 

 数秒。

 

 少年はGVを見る。

 

「アキュラ」

 

 短く答えた。

 

「オレの名だ」

 

「アキュラ」

 

「……」

 

「僕はGV」

 

「知っている」

 

「じゃあGVでいいよ」

 

「必要ない」

 

「えぇ……」

 

 アキュラは背を向けた。

 

「次は仕留める。蒼き雷霆」

 

「やっぱそっちで呼ぶんだ」

 

「馴れ合うつもりはない」

 

「名前知ってるのに?」

 

「必要がないと言った」

 

「頑固だなあ」

 

 ブースターが点火。

 

 アキュラはそのまま夜空へ消えていく。

 

 GVはしばらく見送った。

 

「……変なやつ」

 

『GV!』

 

「うわっ!」

 

 突然通信が戻った。

 

『GV、応答して!』

 

「聞こえてる!」

 

『大丈夫!? 途中からジャミングで――』

 

「大丈夫」

 

 GVは周囲を確認する。

 

「パンテーラには逃げられた」

 

『そう……』

 

「あと」

 

『あと?』

 

「変なのに会った」

 

『パンテーラより?』

 

 GVは考える。

 

「方向性が違う」

 

『何それ……』

 

「アキュラって名乗ってた。皇神でもフェザーでもない。能力者でもないみたい」

 

『無能力者?』

 

「うん。でも能力者の力を機械で再現してた」

 

 モニカが黙る。

 

「デイトナ、カレラ……エリーゼの力まで」

 

『待って。本当に?』

 

「僕も見た」

 

 GVはアキュラが消えた空を見る。

 

「あと、僕のことかなり調べてる」

 

『……一度戻ってきて。詳しく聞きたい』

 

「分かった」

 

 歩き出す。

 

 そこで止まる。

 

「あ」

 

『どうしたの?』

 

「シアン待ってるんだった」

 

『……先に帰りなさい』

 

「そうする」

 

     ◇

 

 午前三時。

 

 GVは静かに玄関を開いた。

 

「ただいま……」

 

「おかえり」

 

「起きてた」

 

 リビング。

 

 毛布を肩に掛けたシアンが座っている。

 

「待ってるって言ったもん」

 

「そうだったね」

 

「怪我してない?」

 

「大丈夫」

 

 ジャケットを脱ぐ。

 

「パンテーラは?」

 

「逃げられた」

 

「そっか」

 

「でも、生きてる」

 

「……?」

 

「まあ、それでいいかな」

 

 シアンは首を傾げる。

 

「ジーノのことは?」

 

「次会ったら本人に文句言ってもらう」

 

「GVは?」

 

「僕?」

 

「怒ってたでしょ」

 

「怒ってるよ」

 

 冷蔵庫を開け、水を取り出す。

 

「今度会ったら、まずジーノへの謝罪交渉かな」

 

「してくれるかな」

 

「パンテーラだしなあ……」

 

 二人で考える。

 

「無理そう」

 

「僕もそんな気がする」

 

 GVが水を飲む。

 

「それよりさ」

 

「なに?」

 

「パンテーラまで、あの呼び方知ってた」

 

「あの呼び方?」

 

「お節介焼きのガンヴォルト」

 

「ああ」

 

 シアンは納得したように頷いた。

 

「やっぱり広まってるんだね」

 

「アキュラってやつまで知ってたよ」

 

「すごい」

 

「嬉しくない有名人なんだけど」

 

「でも今日もお節介したんでしょ?」

 

「……何のこと?」

 

「パンテーラ」

 

「……」

 

「助けたんでしょ?」

 

「助けたっていうか」

 

 GVは水の入ったコップを見る。

 

「追ってたのは追ってたんだけど、目の前で殺されそうだったから」

 

「ほら」

 

「いや、『ほら』じゃなくて」

 

「お節介焼き」

 

「シアンまで呼ばないでよ」

 

 シアンが楽しそうに笑う。

 

「でも、もう一人の人って?」

 

「アキュラ」

 

「皇神の人?」

 

「違う」

 

「フェザー?」

 

「それも違う」

 

「じゃあ誰?」

 

「能力者が嫌いな人」

 

「……GVも?」

 

「すごく」

 

「どれくらい?」

 

「会ってすぐ銃で撃ってくるくらい」

 

「それはすごいね……」

 

「でしょ?」

 

 GVが苦笑する。

 

 シアンは少し心配そうに見る。

 

「怖い人?」

 

 GVは考えた。

 

 赤い瞳。

 

 迷いのない攻撃。

 

 能力者だというだけで敵だと言い切った声。

 

「……怒ってる人、かな」

 

「怒ってる?」

 

「うん」

 

「何に?」

 

「分かんない」

 

「聞かなかったの?」

 

「聞いたよ」

 

「教えてくれなかった?」

 

「うん」

 

「じゃあ分かんないね」

 

「分かんない」

 

 GVは普通に頷く。

 

「まあ、次会ったらまた聞くかもしれないけど」

 

「また戦うんじゃない?」

 

「それはそれ」

 

「それ最近よく使うね」

 

「便利なんだって」

 

 シアンが少し笑う。

 

「でも名前は教えてくれたんだ」

 

「そうなんだよ」

 

 GVの顔が少し明るくなる。

 

「あんなに僕のこと嫌ってるのに」

 

「そこ嬉しいの?」

 

「名前って大事でしょ?」

 

「まあ……」

 

「僕もGVって言った」

 

「なんて返されたの?」

 

「『知っている』」

 

「じゃあGVって呼んでくれた?」

 

「蒼き雷霆」

 

「……」

 

「ね?」

 

 シアンが吹き出す。

 

「なんで笑うの」

 

「だって名前知ってるのに」

 

「そうだよ」

 

「GVって呼んでいいって言った?」

 

「言った」

 

「それで?」

 

「『必要ない』」

 

 シアンがとうとう声を上げて笑った。

 

「そんな面白い?」

 

「ちょっと」

 

「僕は結構ちゃんとショックだったんだけどな」

 

「ごめん、ごめん」

 

 シアンは毛布を畳む。

 

「でも、また会いそうだね」

 

「……そうかな」

 

「GV、そういう人とまた会うから」

 

「どういう意味?」

 

「そのままの意味」

 

「納得いかないなあ」

 

 時計を見る。

 

 三時十八分。

 

「とりあえず寝よっか」

 

「うん」

 

 二人で部屋の明かりを落とす。

 

 GVは最後に窓の外を見る。

 

 遠く。

 

 歓楽街のネオンがまだ夜空を照らしていた。

 

 パンテーラ。

 

 そして。

 

 アキュラ。

 

 能力者を、人ではないものとして見る少年。

 

 あの瞳の奥に何があるのか、GVには分からない。

 

 分からないなら、今はそれでいい。

 

 次に会った時、また話せばいい。

 

 話したくないと言うなら、その時はその時だ。

 

 ただ。

 

「……蒼き雷霆、か」

 

 GVは小さく呟く。

 

 名前を知っているくせに。

 

 頑固なやつだ。

 

 その夜。

 

 GVはまだ知らなかった。

 

 この頑固な少年と、この先何度も拳を交えることになることを。

 

 そしてその次に会った時。

 

 拳だけでは決着がつかないからと、まるで別の勝負へ彼を引きずり込むことになるとは。

 

 当然、知る由もなかった。




第14話「エリーゼ」予告

 皇神の研究施設から救い出されたエリーゼ。

 フェザーの保護下に残るか。

 それとも。

 GVとシアンの家で暮らすか。

 これまで誰かに決められてきた少女へ。

 今度は。

 自分で選ぶ番がやってくる。

「……わたしが、決めるんですか?」

「ああ。エリーゼが決めていい」

 そして始まる。

 エリーゼたちとの新しい生活。

「す、すみません……!」

「だから謝らなくていいって」

「この朝食、少なくない?」

「居候初日でそこ言う?」

「……菓子」

「一個まで」

「……二個」

「交渉しないの」

 三つの人格。

 三つの性格。

 けれど。

 暮らしているのは。

 一人の少女。

「私は、いたかったからここにいるよ」

「……エリーゼは?」

 戦うためではなく。

 研究されるためでもなく。

 誰かに管理されるためでもない。

 明日もここで目を覚ますために。

 少女は初めて。

 自分の日常を選び始める。

第14話

「エリーゼ」

「……ここに、いたいです」

次回も、グッドラック。
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