『隣人GV ―もしもスパイディの影響を受けたGVなら―』 作:幸田市
これが皆様に受け入れられるか不安だったのですが、でも僕が考えて作ったのでもうこのまま出しちゃえと出しました。悔いはないです、だって自分の作品だもの
休日の朝。
リビングのテーブルには、小さな工具とパーツケース、それからボディを外された一台のミニ四駆が並んでいた。
GVは椅子に浅く腰掛けたまま、指先で前輪を回す。タイヤは素直に回転したが、今度はローラーを弾いたところで僅かに眉を寄せた。
「……やっぱり、こっちかな」
「昨日もそこ見てなかった?」
向かいで自分のマシンをケースから取り出していたシアンが聞いた。
「見てたよ。だから気になってるんだって」
「走らないの?」
「走る。でも昨日、最後のコーナーでちょっと引っ掛かった気がする」
「気がする、なんだ」
「そういうの放っておくと次走らせた時に気になるでしょ」
「GVだけじゃないかなあ」
「そんなことないよ」
GVはローラーをもう一度回した。
最近ではすっかり見慣れた光景だった。
もともと、GVがミニ四駆に触れたのはジーノが家へ持ち込んだのが始まりだった。
モーターと電池だけで走る小さな車。
走り始めれば人間には操作出来ず、コースを走り切れるかどうかは事前のセッティングで決まる。最初は「一番速いモーターを積めばいいんじゃない?」などと言っていたGVも、実際に高速モーターへ交換した自分のマシンが豪快にコースの外へ飛び出した頃には、すっかりその奥深さに引き込まれていた。
速くしたい。
しかし速くしすぎれば飛ぶ。
なら、何を変えれば速さを殺さずに走り切れるのか。
一つ変えて、走らせる。
また一つ変えて、比較する。
分からなければ、その場にいた子供たちへ聞く。
本人たちを「先生」と呼んでまで。
そんなGVの横で一部始終を見ていたシアンも、結局自分の一台を買った。
GVほど毎回細部を弄るわけではないが、今では走らせる前に緩みを確認したり、簡単なセッティングくらいなら自分で出来る。
「シアン、それ後ろちょっと緩くない?」
「え?」
シアンが自分のマシンを持ち上げる。
「どこ?」
「右のローラー」
「あ、本当だ」
「締める?」
「自分でやる」
「了解」
GVが工具を差し出すと、シアンは慣れた様子で受け取った。
そのやり取りを、テーブルの少し離れた位置からエリーゼが見ていた。
今、表に出ているのは最も大人しい人格だった。
まだ自分から会話へ入ることには遠慮があるらしく、最初はソファに座っていたのだが、気づけば随分近くまで来ている。
「あの……GVさん」
「ん?」
「それ、そんなに何度も調整するものなんですか?」
「人によるかな」
GVは手を止める。
「別に毎回変えなきゃいけないわけじゃないよ。僕は昨日気になるところがあったから見てるだけ」
「走るたびに、違うんですか?」
「同じマシンなら大体同じだけどね。でもパーツを替えたり、コースが変わったりすると結構違うよ」
「難しそうです……」
「難しいよ」
GVはあっさり認めた。
「だから面白いんだけどね」
「そういうところ、最初から変わってないわね」
突然、テーブルの端に置かれていた端末から声がした。
淡い光が画面の上に広がり、その中に電子の謡精――モルフォの姿が現れる。
「モルフォ」
『なによ』
「今日はいるんだ」
『いるわよ。最近そっちの活動が多かっただけで、別に消えてたわけじゃないんだから』
「最近ほとんど歌ってるじゃん」
『仕方ないでしょ。収録に調整に打ち合わせ。あの姿で活動するのだって、勝手に歌って終わりってわけじゃないのよ』
外へ向けたバーチャル歌手としての活動では、モルフォそのままの姿を晒しているわけではない。
別の姿、別の形。
あくまで表向きにはバーチャルな歌い手として活動している。
最近はそちらが忙しく、こうして何でもない休日にGVたちの会話へ口を挟む時間も以前より少なくなっていた。
『それにしても』
モルフォがGVのミニ四駆を見る。
『本当に続いてるわね』
「何が?」
『それよ。最初はジーノが妙なもの持ってきたくらいにしか思ってなかったのに』
「妙なものって言ったらジーノ怒るよ」
『実際、初日に飛ばしたじゃない』
「まだ言う?」
シアンが笑った。
「すごく綺麗に飛んだよね」
「シアンまで」
『しかも飛ばした直後に「このモーターのまま飛ばなくしたい」って』
「だって速かったんだよ」
「コースの外ではね」
「その言い方まで覚えてるの?」
『アタシが言ったもの』
モルフォが得意げに胸を張る。
エリーゼ1は三人の会話を聞きながら、少しだけ笑った。
「GVさん、最初から上手だったわけじゃないんですね」
「全然」
GVは笑う。
「子供たちにいっぱい教えてもらったよ」
「子供に……?」
「僕より知ってたからね」
「GV、普通に『先生』って呼んでたよ」
「だって先生だったし」
『そこは本当に躊躇ないわよね』
「知らないことを知ってる人に聞くのが一番早いでしょ」
エリーゼ1は少し考え込むようにGVを見た。
その表情が、ふっと変わった。
肩から遠慮が抜け、目つきが強くなる。
「……それで?」
「ん?」
「結局、速い方が勝つんでしょ?」
エリーゼ3だった。
「まあ、ゴールまで走れればね」
「だったら一番速くすればいいじゃない」
「僕も最初それ言った」
GVが即答する。
『そして飛んだ』
「モルフォ」
「ほんとに飛ぶよ」
シアンまで補足した。
「わたしも買ったばっかりの頃、一回やったから」
エリーゼ3がシアンを見る。
「アンタもやってるの?」
「うん。一台持ってるよ」
「二人で?」
「たまに」
「どっちが強いの?」
「最近はGVかな」
「最近はって何?」
GVがすぐに反応する。
「だってGVの方がいっぱい走らせてるし」
「それだと昔は僕が弱かったみたいじゃん」
「負けたことあるでしょ?」
「あるけど」
「じゃあ同じじゃない?」
「何か納得いかない」
『ミニ四駆になると妙に張り合うわよね、二人とも』
「モルフォはやらないの?」
『アタシは見てる方でいいわ』
「言いながら絶対口出すじゃん」
『出すわよ?』
「認めるんだ」
エリーゼ3は呆れたようにGVのマシンを見る。
「面倒な玩具ね」
「そこが面白いんだって」
「分からないわ」
「でもさっきから見てるよね」
「見てない」
「見てたよね、シアン」
「見てた」
『アタシも見た』
「三人でこっち見るんじゃないわよ!」
エリーゼ3が声を上げた直後、また空気が変わった。
今度は視線の焦点が僅かに揺れ、表情がどこか幼く、そして危ういものへ変わる。
GVがタイヤを回した。
小さなモーター音。
エリーゼ2の目がそこへ吸い寄せられる。
「……はやい?」
「走らせればね」
「もっと?」
「速くもできる」
「キシ……」
口元が吊り上がる。
「飛ぶ?」
「飛ばないようにしてるんだよ」
「飛ぶの、見たい」
「君は絶対そっちだと思った」
『シアンのは飛んだわよ』
「モルフォ!」
エリーゼ2がシアンを見る。
「……飛んだ?」
「一回だけだからね」
「キシシ……」
「なんで嬉しそうなの」
シアンが困ったように笑った。
以前なら、この人格が出てくるだけで空気が大きく変わったかもしれない。
今も決して安心しきっているわけではない。
それでも、GVもシアンもモルフォも、人格が切り替わるたびに大騒ぎすることはなくなっていた。
それぞれ違う。
なら、それぞれと話せばいい。
少しずつ、そんな日常が出来始めている。
「……あ」
GVがローラーを外して声を漏らした。
「どうしたの?」
シアンが聞く。
「これ、そろそろ替えた方がいいかも」
「予備は?」
「ない」
「じゃあ買いに行く?」
「そうする。どうせ今日走らせたかったし」
シアンは自分のマシンをケースに戻した。
「わたしも持ってく」
「走る?」
「せっかくだしね」
GVはエリーゼを見る。
表には1が戻っていた。
「エリーゼも来る?」
「わ、わたしもですか?」
「うん」
「でも……」
「嫌なら留守番でもいいけど、見てみたいなら一緒に行こうよ」
エリーゼ1は少し迷ってから頷く。
「……行ってみたいです」
「じゃあ決まり」
GVが端末を手に取る。
『ちょっと。アタシまで当然みたいに持っていくの?』
「来ないの?」
『行くわよ』
「ほら」
『最近そっちの仕事ばっかりだったし、たまにはいいでしょ』
「最初からそう言えばいいのに」
『うるさい』
◇
休日のホビーショップは、昼前から賑わっていた。
店内の一角に設けられた常設コースでは、いくつもの小さなマシンが甲高い音を響かせながら走っている。
GVが店へ入るなり、コース脇にいた子供が顔を上げた。
「あ、GV兄ちゃん!」
「おはよ」
「今日も来た!」
「今日はパーツ買いに来たんだよ」
「シアン姉ちゃんも走る?」
「うん。そのつもり」
シアンが自分のケースを軽く持ち上げる。
「やった!」
何人かの子供が集まってくる。
その光景を見て、エリーゼ1が小さく目を丸くした。
「GVさん……皆さんと知り合いなんですね」
「最初に教えてくれた先生方だからね」
「まだ先生って言うの?」
子供の一人が笑う。
「だって僕より詳しいじゃん」
「もうGV兄ちゃんも結構詳しいよ!」
「まだまだ」
GVは目当ての棚へ向かった。
ローラーを何種類か手に取って比較する。
「同じのにしないの?」
シアンが横から覗く。
「前のでもいいけど、こっちちょっと軽いんだよね」
「また試すんだ」
「せっかくだし」
『本当に変わらないわね』
端末の画面からモルフォが呟く。
「何が?」
『初日に「一個ずつ変えないと何が効いたか分からない」って言ってた時から』
「それは今もそうでしょ」
『そういうところよ』
パーツを買い、作業台へ。
GVがローラーを交換している横で、シアンも自分のマシンを確認する。
エリーゼ1は興味深そうに二人の手元を見比べていた。
「シアンさんも、ちゃんとご自分でされるんですね」
「簡単なところだけだよ」
「でもGVさんより慎重ね」
エリーゼ3がいつの間にか出てきて言った。
「え?」
「GV、さっきから三回外して付け直してるじゃない」
「試してるんだよ」
「シアンは一回で終わってる」
「変える必要がないだけでしょ」
「言い訳?」
「なんでエリーゼまで煽ってくるの」
そんなやり取りをしていると、常連の子供がマシンを持ってやって来た。
「GV兄ちゃん、やろう!」
「いいよ」
「この前変えたんだ!」
「じゃあ見せてもらおうかな」
二台がスタート地点へ並ぶ。
「三、二、一――ゴー!」
同時に飛び出した。
最初の直線ではGVが僅かに前。
しかし一つ目のコーナーで差が縮み、二周目には子供のマシンが逆転する。
「お」
シアンが目で追う。
「前より安定してる」
「本当?」
「うん」
最終周。
GVも追うが、最後のコーナーで僅かに膨らむ。
そのまま子供のマシンが先着した。
「よっしゃ!」
「うわ、負けた」
GVは素直に悔しそうな顔をした。
しかし、すぐ相手のマシンを見る。
「最後のところ何変えた?」
「ローラー!」
「位置?」
「うん、ちょっと下げた!」
「見せて」
GVはしゃがみ込み、子供のマシンを覗き込む。
「なるほど」
「速くなったでしょ?」
「速いっていうか、前よりブレなくなってる」
「でしょ!」
「今度僕も試そうかな」
その様子を見ていたエリーゼ1が、不思議そうに聞く。
「GVさん、悔しくないんですか?」
「悔しいよ」
「でも……すぐ教えてもらってます」
「負けた理由分からないまま帰る方が悔しくない?」
「……そういうものなんですか?」
「僕はね」
GVは笑った。
「それに次勝てばいいし」
『最初からずっとそれね』
モルフォが言う。
「何が?」
『負けても次に行くのが早いのよ』
「そう?」
『自覚ないのね』
シアンが自分のマシンを取り出す。
「じゃあ次、わたし」
「いいよ」
「今度は負けないでね」
「何そのプレッシャー」
「わたしが勝つかもしれないけど」
「それならそれで」
そう言いながら、GVはもう楽しそうにスタート位置へ戻っていった。
◇
何度か走らせた後、GVたちは店を出た。
時刻は昼を少し過ぎたところだった。
「お腹空いた」
「店出て一言目がそれ?」
シアンが笑う。
「だって朝から何も――」
「食べたでしょ」
「軽かったから」
『また食費の計算しながら高いもの頼むんじゃないでしょうね』
「ちゃんと予算内にするよ」
「何食べる?」
「肉」
「即答なんだ」
エリーゼ1が小さく笑う。
そんな平和な空気のまま、四人は交差点を曲がった。
そこで。
GVの足が止まる。
「……」
「GV?」
シアンも止まった。
前方。
人通りの少ない歩道に、一人の少年が立っていた。
白い髪。
冷たい赤い瞳。
以前、夜の歓楽街で出会った時と同じ鋭い空気。
「……蒼き雷霆」
向こうも気づいた。
「また会ったね」
GVの声から、さっきまでの軽さが少しだけ引く。
アキュラ。
パンテーラをあと一歩まで追い詰め、GVが割って入ったことで標的を逃した能力者狩り。
アキュラの視線がGVの横へ動く。
シアン。
そしてエリーゼ。
「……また能力者を連れているのか」
エリーゼ1の肩が僅かに縮む。
GVの表情が変わった。
「その言い方、やっぱり好きじゃないな」
「貴様の好みなど知ったことか」
「そうだろうね」
「新しいバケモノまで囲い込んだか。相変わらず――」
エリーゼの雰囲気が変わる。
「誰がバケモノよ」
3だ。
一歩前へ出ようとするエリーゼを、GVが片手で制した。
「エリーゼ」
「何よ」
「ここで増やすとややこしくなるから」
「向こうが喧嘩売ってんのよ?」
「知ってる」
『相変わらずね、この男』
端末からモルフォが姿を現した。
アキュラの目がそこへ向く。
「電子の謡精か」
『アタシまで知ってるのね』
「当然だ。能力者の情報など調べ尽くしている」
『熱心ね。嬉しくないけど』
「安心しろ。貴様らに好意などない」
『でしょうね』
GVが小さく息を吐いた。
「ほんと話合わないなあ」
「今さら気づいたか」
アキュラが鼻を鳴らす。
「皇神で噂の“お節介焼きのガンヴォルト”らしく、今日も能力者の世話か」
「ああ、その呼び方」
「まだ不満か」
「ロメオに言われた時から思ってるけど、本人の知らないところで広がってるのが嫌なんだよ」
「既に現場では十分通じる名だ」
「嬉しくない有名人だなあ」
「褒めていると思うな」
「思ってないよ」
一瞬。
軽口が途切れた。
アキュラの目が鋭くなる。
「パンテーラの件を忘れたわけではあるまい」
「忘れてないよ」
「次にオレの邪魔をすれば、今度は貴様ごと排除する」
GVは迷わなかった。
「同じ状況なら、また止めるよ」
「……」
「何回でも」
「懲りん奴だ」
「そっちもね」
「奴は能力者だ。フェザーの人間まで傷つけた」
「それと君が殺すのは別」
「またそれか」
「またそれだよ」
GVはシアンへマシンケースと袋を預ける。
「君が能力者をどう思うかは、僕が決めることじゃない」
「……」
「でも僕が目の前で止めるかどうかも、君が決めることじゃないでしょ」
「ならば――」
アキュラの手が武装へ伸びる。
GVも構えた。
「力尽くで退かせるまでだ」
「そうなるよね」
シアンがエリーゼの肩を引く。
「少し下がろう」
「でもGVさんが……」
1へ戻っていた。
「大丈夫」
『そう簡単にやられるような子じゃないわ』
「二人とも、あんまり信用しすぎないでよ」
GVが前を向いたまま言う。
『聞こえてるなら集中しなさい』
「はいはい」
「余所見をするな!」
銃声。
GVが跳んだ。
弾丸がさっきまで立っていた場所を貫く。
着地と同時にダートを二発。
アキュラは大型の盾で弾いた。
「やっぱりそれ硬いなあ!」
「同じ攻撃が何度も通用すると思うな!」
盾を構えたまま、アキュラが踏み込む。
GVは横へ抜ける。
すれ違いざまに雷撃。
しかし白い装甲の表面で電気が散らされた。
「そこも対策済み、と」
「貴様の手札など既に解析している」
「僕も君のは覚えてるよ」
「ほざけ!」
肩部装甲が開く。
赤い光。
「それ、デイトナ!」
「覚えているなら避けろ!」
爆炎が道路脇を舐める。
GVは大きく跳び、火炎の範囲から逃れた。
その着地点へ磁場。
「うわっ」
身体を巡っていた雷が乱れる。
「カレラの方も早いなあ!」
「戦闘中に感想を言うな!」
「すごいものはすごいでしょ!」
「黙れ!」
アキュラのベオウルフが連続で火を噴く。
GVは雷撃鱗で軌道を逸らしながら駆けた。
「前より真面目に僕狙ってない?」
「前回はパンテーラが優先だっただけだ!」
「なるほど!」
「納得するな!」
端末越しに見ていたモルフォが呟く。
『相性悪いわね』
「戦い方?」
シアンが聞く。
『会話の方』
「ああ……」
「何であれだけ怒鳴られてまだ喋れるのよ」
エリーゼ3が呆れたように言う。
「GVだからかな」
「説明になってる?」
『大体なってるわ』
戦闘は激しさを増す。
アキュラは一度見た攻撃への対処が早い。
ダートを盾で受けるだけでなく、GVがタグを付けようとする瞬間を読んで位置をずらす。
GVも同じだった。
デイトナ由来の爆炎が来る前に肩部の展開を見る。
磁界拳由来の攻撃には地面との位置関係を変える。
紫の光が灯る。
「ジェラシックゴルゴン!」
エリーゼの力を模した光線。
GVが低く身を沈め、頭上を通過させた。
「前より安定してる!」
「だから感想を言うな!」
「でも数日前より良くなってるよね!」
「解析結果を反映しただけだ!」
「やっぱりすごいじゃん!」
「貴様はオレを馬鹿にしているのか!」
「してないって!」
再びぶつかる。
ダートと盾が火花を散らした。
GVが後方へ着地した時、不意に視線を周囲へ走らせる。
少し離れた歩道には、戦闘に気づいた人影がある。
住宅も近い。
これ以上長引かせれば、どちらかが勝つ前に周りへ迷惑が広がる。
「……ねえ」
「何だ」
「これ以上ここでやる?」
「逃げる気か」
「逃げないけど、場所が悪い」
「貴様の都合など――」
言いかけて、アキュラも周囲を見る。
彼は能力者を狩るためなら容赦しない。
だが、無関係な人間まで巻き込むことを望んでいるわけではない。
「……チッ」
銃口が僅かに下がる。
「意外と話分かるじゃん」
「勘違いするな」
「はいはい」
「その返事をやめろ」
GVも構えを解いた。
互いに警戒は残したまま。
「また決着は持ち越しか」
アキュラが吐き捨てる。
「僕は別に持ち越さなくてもいいんだけど」
「貴様が決めることではない」
「じゃあどうするの?」
「……」
アキュラは答えない。
GVも少し考える。
ふと。
シアンが抱えている荷物の中から、自分のマシンケースが見えた。
「……」
アキュラを見る。
ケースを見る。
もう一度アキュラ。
「何だ」
「いや」
GVは少し首を傾げた。
「じゃあ、違うので決める?」
「何?」
「ミニ四駆」
「……」
沈黙。
アキュラだけではない。
シアンもエリーゼも一瞬止まった。
『……は?』
モルフォまで端末の上で目を瞬く。
「ミニ四駆」
「聞こえている」
「じゃあいいじゃん」
「意味が分からん!」
「決着つかなかったんでしょ?」
GVは平然としている。
「だったら別の勝負でもいいかなって」
「貴様……」
アキュラの目つきが変わった。
「何?」
「そんなものでオレを懐柔するつもりか」
「違うよ」
あまりに即答だった。
アキュラが僅かに言葉を失う。
「……何?」
「懐柔するつもりなんてない」
「なら何故だ」
「だから、別の決着方法」
「敵を遊びに誘っておいて、それだけだと言うのか」
「うん」
GVはあっさり頷く。
「君が僕を嫌いでも別にいいよ」
「……」
「僕も君の考え好きじゃないし」
アキュラの目が細くなる。
「だったら尚更――」
「それと勝負するのは別じゃない?」
「……理解出来んな」
「別に理解しなくてもいいよ」
GVは肩をすくめる。
「やらないならそれでもいいし」
そして、本当に話を終えた。
「シアン、帰ろうか」
「え?」
「お腹空いた」
「……うん」
シアンは一瞬戸惑ったが、そのまま歩き出す。
エリーゼ3も後へ続きながらGVを見る。
「いいの?」
「何が?」
「勝負」
「やらないって言ってる人を無理矢理連れていくわけにもいかないでしょ」
『ふーん』
端末のモルフォが意味ありげに声を漏らす。
「何?」
『別に』
数歩。
GVは前を向いたまま口を開いた。
「でも意外だったな」
「……何がだ」
背後から、すぐ返事が来た。
GVはまだ振り返らない。
「君、勝負なら何でも乗ってくるタイプだと思ってたから」
「何を根拠に」
「負けず嫌いそうだし」
「くだらん」
「違った?」
「貴様の勝手な思い込みだ」
「そっか」
GVはまた歩く。
『……』
モルフォが端末の中からGVを見ている。
シアンも何か気づいたらしく、横目を向けた。
そこでGVが、思い出したように付け足す。
「ああ、でも」
一拍。
「やったことないなら仕方ないか」
「……待て」
足音が止まる。
GVも止まり、ようやく振り返った。
「何?」
「今のはどういう意味だ」
「そのままだよ」
「オレが経験のない玩具だから勝負から逃げたとでも言いたいのか」
「そこまでは言ってないけど」
GVは首を傾げる。
「僕は結構やってるし、初めてならちょっと不公平かなって」
アキュラの眉間に皺が寄った。
「勝つことを前提に話すな」
「じゃあ勝てる?」
一瞬。
シアンがGVを見る。
モルフォが端末の中で口元を上げる。
GVだけが何でもない顔をしていた。
「……愚問だ」
「じゃあ、やる?」
「……」
「別に嫌なら――」
「二度言わせるな」
アキュラが歩き出した。
「その勝負、受けてやる」
「そっか」
GVの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
シアンが横から見る。
「……GV」
「なに?」
「ううん」
『結構やるわね』
「何の話?」
『その顔で言うのが一番悪いわ』
「だから何が?」
GVは最後まで白を切った。
◇
「忘れ物?」
ついさっき出たばかりのホビーショップ。
戻ってきたGVたちを見て、店員が首を傾げた。
「いや、ちょっと走らせに」
「さっきまで走ってたじゃん」
「対戦相手できた」
「へえ」
店員の視線が後ろへ向く。
そこには、この店の空気に似合わないほど険しい顔をしたアキュラ。
常連の子供たちも気づく。
「GV兄ちゃん!」
「ただいま」
「このお兄さんだれー?」
GVがアキュラをちらっと見る。
「ん? その辺の初心者連れてきた」
「……貴様」
「間違ってないでしょ。ミニ四駆初めてなんだから」
「拾われた覚えもない!」
「そこ気になるんだ」
『言い方が最悪ね』
モルフォが笑う。
「ほんとに初心者?」
子供がアキュラを見る。
「うん」
GVが即答した。
「余計なことを言うな」
「じゃあGV兄ちゃんが教えるの?」
「どうだろ」
GVはアキュラを見る。
「本人、僕に教わる気なさそうだし」
「当然だ」
「ほらね」
「じゃあ僕教える!」
「俺も!」
子供たちが一斉に棚へ向かう。
「最初ならこっち!」
「これも組みやすいよ!」
「……」
アキュラが数人の子供を見る。
GVへ向けるような敵意を子供へぶつけるわけにもいかず、一瞬だけ対応に困ったようだった。
「お兄さん、これ!」
「……何故それを勧める」
「え?」
「理由だ」
「えっとね、ここのシャーシが――」
子供が箱を指しながら説明を始める。
アキュラは黙って聞く。
「あとこっちはパーツいっぱいある!」
「互換性が高いということか」
「ごかんせい?」
「他の部品もいっぱい使えるってこと」
「あ、そう!」
GVが少し離れた場所から見ている。
「ちゃんと聞いてる」
「GVより真面目かも」
シアンが言う。
「それは否定出来ない」
「聞こえているぞ」
「耳いいなあ」
結局、アキュラは一つのスターターキットを選んだ。
会計を済ませ、作業台へ。
箱が開く。
説明書。
シャーシ。
ギア。
モーター。
タイヤ。
ローラー。
最初は「玩具」と切り捨てていたアキュラの視線が、少しずつ変わる。
「……このギアは交換可能なのか」
「出来るよ」
「モーターは」
「種類ある」
「回転数だけではなくトルク特性も違う?」
「違うね」
「ローラー径は」
「そこも色々」
「重量制限は?」
「ある」
「……」
アキュラが説明書へ視線を戻した。
数秒後。
「タイヤ径によるギア比への影響は?」
「そこまで行くの早くない?」
「必要な情報だ」
「初心者なのに?」
「黙れ」
『食いついたわね』
モルフォが言う。
「僕も最初こんなだった?」
『もっと分かりやすかったわよ』
「そう?」
『質問の数は同じくらい』
「一緒にしないでよ」
「でもGVも、ジーノさんにいっぱい聞いてたよ」
シアンが追撃する。
「シアンまで」
「事実だもん」
アキュラがGVを見る。
「貴様も初心者だった時期があるのか」
「当たり前でしょ」
「初日にコースから飛ばしたわよ」
シアンが何気なく言った。
「シアン!」
「……」
アキュラの目が僅かに変わる。
「貴様が?」
「一回だけだよ」
『一回ではなかった気がするけど』
「モルフォ」
「随分な経験者だな、蒼き雷霆」
「今ちょっと笑った?」
「気のせいだ」
「絶対笑ったよね」
「手元を見ろ。初心者」
「誰が初心者だ」
「今この瞬間は君でしょ」
アキュラは返事をせず、組み立てへ戻った。
その作業は速い。
ただ速いだけではない。
説明書を読み、構造を理解してから組み込む。
一つ一つのパーツが何を担っているのかまで見ようとしている。
初めてとは思えないほど綺麗に組まれていく。
子供の一人が覗く。
「お兄さん、すごい!」
「何がだ」
「初めてなのにめっちゃ綺麗!」
「当然だ」
「そこは謙遜しないんだ」
GVが笑う。
「事実だからな」
「強いなあ」
『技術屋としての自信だけは本物みたいね』
モルフォの言葉にアキュラが僅かに目を動かしたが、反論はしなかった。
やがて完成。
アキュラはマシンを持ち上げ、タイヤを回す。
駆動の抵抗を指先で確認。
「……」
「どう?」
「問題ない」
「じゃあやろうか」
「言われるまでもない」
二台のマシンがコースへ置かれる。
GVの愛車。
アキュラが今組んだばかりの一台。
周囲に子供たちが集まってきた。
「お兄さんがんばれー!」
「……」
「応援されてるよ」
「聞こえている」
「返事しないの?」
「何故必要だ」
「まあいいけど」
「三、二、一――」
「ゴー!」
二台が同時に飛び出した。
最初の直線。
アキュラのマシンは、初めて組んだものとは思えないほど速い。
「お」
GVが僅かに目を見開く。
「速い」
シアンも感心した。
しかし、一つ目のコーナー。
GVのマシンが安定して内側を抜ける。
アキュラの車体は少し外へ振られた。
二周目。
直線では追いつく。
ジャンプ。
GVは小さく跳ね、すぐ姿勢を戻す。
アキュラ車は着地で僅かに暴れた。
「……そこか」
アキュラの目が細くなる。
「もう見てる」
『走ってる最中から分析してるわね』
最終周。
GVが先行。
アキュラも追う。
だが差は埋まらない。
ゴール。
「GV兄ちゃんの勝ち!」
「よし」
GVが自分のマシンを拾う。
アキュラは動かない。
タイム表示を見る。
自分のマシン。
コース。
GVのマシン。
もう一度タイム。
「これで決着?」
GVが聞いた。
「……もう一度だ」
「僕勝ったよ?」
「一度の走行で何が分かる」
「決着つけるためにやったんじゃなかった?」
「黙れ」
アキュラはマシンを掴み、そのまま作業台へ戻った。
迷いがない。
ローラー。
タイヤ。
重量。
駆動系。
すぐに確認を始める。
GVが少し目を丸くする。
「早いな」
「何が?」
シアンが聞く。
「切り替え。負けた瞬間もうマシンしか見てない」
「……」
シアンがGVを見る。
「何?」
「なんか見たことある」
「誰に?」
『そこの青いのよ』
モルフォが言った。
「僕?」
『初日にコースアウトした直後』
「いや、僕はあんな感じじゃなかったよ」
「『このモーターのまま飛ばなくしたい』」
シアンが当時のGVの言葉をそのまま返す。
「……覚えてるね」
『その直後に子供たちへ「先生、どこから変えたらいい?」よ』
「僕の話はいいから」
『似てるじゃない』
「似てない」
向こうの作業台から声が飛ぶ。
「先ほどから何を話している」
「何でもないよ」
三人が揃って答えた。
「……」
アキュラは不審そうに睨んだあと、作業へ戻った。
「ジャンプ後の姿勢が崩れている。前後重量……いや」
GVが隣へ行く。
「そこよりローラーの高さ見た方がいいかも」
「余計な口を挟むな」
「はいはい」
GVは素直に離れた。
数分後。
アキュラがローラーの高さを確認している。
GVが見る。
シアンも見る。
モルフォも画面の中から見る。
「……」
誰も言わない。
「何だ」
アキュラが睨む。
「別に?」
GVは何でもない顔をした。
◇
二戦目。
アキュラのマシンは明らかに変わっていた。
コーナーでの振れが減る。
ジャンプ後の姿勢も安定。
一戦目で生まれた差が、一気に縮んでいく。
「え、早くない?」
GVが思わず言った。
「何がだ」
「修正」
「一度見た失敗を繰り返す意味がない」
「普通は一回でそこまで直らないんだけど」
「貴様の基準など知ったことか」
最終周。
それでもGVが僅かに先。
ゴール。
「またGV兄ちゃん!」
「よし」
アキュラはすぐタイムを確認する。
そしてまた作業台へ。
「ねえ」
GVが声を掛ける。
「何だ」
「楽しくなってない?」
「貴様を倒すために必要な調整をしているだけだ」
「そういうことにしとく?」
「そういうことだ」
「はいはい」
「その返事をやめろ」
『ハマったわね』
「聞こえているぞ、電子の謡精」
『聞かせてるのよ』
「モルフォ、煽らない」
『GVに言われたくないわ』
それは否定しづらかった。
エリーゼ1が二人を見て、小さく首を傾げる。
「GVさん」
「ん?」
「さっきまで……あの人と戦っていましたよね?」
「戦ってたね」
「今は……」
「ミニ四駆してる」
「それは見れば分かるんですけど……」
困惑している。
すると3が出てきた。
「変な連中」
「エリーゼに言われた」
「何よ」
「いや、何でもない」
3はアキュラのマシンを見た。
「でも、最初より全然速くなってるじゃない」
「でしょ?」
「腹立つわね」
「なんで君が?」
「初めてであれは腹立つでしょ」
「そういうもの?」
「そういうものよ」
その横で空気がまた変わる。
エリーゼ2がコースを見た。
「……はやい」
「速いね」
「飛べ」
「飛ばなくていい」
ちょうど別のマシンがコースアウトする。
「キシシッ!」
「だから喜ばないの」
「もう一回」
「君まで?」
『気に入ったみたいね』
「方向性が違うけどね」
◇
三戦目。
今度はGVもセッティングを変えていた。
アキュラがそれに気づく。
「何をしている」
「調整」
「初心者相手に?」
「その初心者が二戦でここまで来たからね」
「怖じ気づいたか」
「そういうこと言う?」
「違うのか」
「走れば分かるよ」
GVの声にも、もう少し熱が入っていた。
シアンが笑う。
「GVも本気になってきた」
「最初から本気だよ」
『さっきまでは余裕あったでしょ』
「なかったって」
『嘘』
「モルフォはどっちの味方なの?」
『面白い方』
「シアンは?」
「わたしも面白い方かな」
「味方がいない」
「戦闘じゃないからね」
「それ僕がよく言うやつじゃん」
「便利なんでしょ?」
「使われると微妙だなあ」
「始めるぞ」
アキュラの低い声。
「はいはい」
「その返事を――」
「三、二、一、ゴー!」
「貴様!」
二台が飛び出した。
今度は最初から接戦。
直線。
コーナー。
ジャンプ。
どちらも崩れない。
「速っ!」
「並んでる!」
子供たちが声を上げる。
最終周。
GVがほんの少しだけ前へ出る。
そのままゴール。
「GV兄ちゃん!」
「勝った!」
GVも思わず声を上げた。
アキュラがタイムを見る。
「……」
「結構危なかった」
「次だ」
「もう次なの?」
「何か問題があるか」
「ないけど」
「なら黙って準備しろ」
「なんで君が仕切るの」
だがGVも笑いながら作業台へ戻る。
いつの間にか、アキュラだけではない。
GVの方も、次のレースを当然のように考えている。
◇
それから何戦したのか。
気づけば最初に店へ来た時より、随分時間が経っていた。
アキュラは走るたびに速くなる。
GVもそれに合わせて調整を変える。
アキュラはGVの助言を素直には聞かない。
GVが、
「そこ、少し硬くしすぎじゃない?」
と言えば、
「貴様に教わるつもりはない」
と返す。
だが次の走行前には、自分で同じ部分を確認している。
GVもそれを指摘しない。
アキュラも礼は言わない。
それで成立していた。
途中、子供がアキュラへパーツを勧める。
「お兄さん、これも使ってみれば?」
「何が変わる」
「コーナーが安定するよ!」
「重量増加は?」
「ちょっと重くなる」
「……なら今は不要だ」
「そっか!」
子供は全く気にしていない。
アキュラも最初ほど戸惑わなくなっている。
「そのモーターだと、こっちのギアの方がいいかも!」
「理由は」
「速いけど、今のだと――」
アキュラは真面目に聞く。
GVが遠くから眺めながら笑う。
「僕には教わらないのに、子供には聞くんだ」
「貴様より余計なことを言わんからな」
「酷くない?」
「妥当だと思う」
シアンが言う。
「シアン?」
『アタシも同意』
「モルフォまで!」
◇
店員が時計を確認した。
「そろそろこのコース、一回交代ねー!」
「え?」
GVが顔を上げる。
「もう?」
「随分やってたよ」
シアンが時計を見せる。
「ほんとだ」
アキュラも時間を確認した。
「……」
GVがマシンを見る。
「じゃあ、最後一回?」
「望むところだ」
返事が速い。
GVが笑った。
「もう完全にやる気じゃん」
「貴様に勝つまで終わらせる気はない」
「今日中って話なら無理かもしれないよ」
「ほざけ」
最後の調整。
今まで以上に二人とも真剣だった。
GVはコース全体を見て、安定性を残す。
アキュラは今までのタイムを確認し、僅かな損失を削る。
「お兄さん、がんばれ!」
「GV兄ちゃんも!」
「どっち応援すればいい!?」
「両方でいいじゃん!」
子供たちが騒ぐ。
エリーゼ1も、いつの間にか真剣にコースを見ている。
「GVさん……頑張ってください」
「ありがとう」
「アキュラは?」
「え?」
「応援しないの?」
GVに聞かれ、エリーゼ1が困る。
「えっと……」
「困らせるな」
アキュラが吐き捨てた。
「あ、そこは気遣うんだ」
「黙れ」
『始める前から喧嘩しないの』
モルフォの声。
二台をスタート位置へ。
GVが手を添える。
アキュラも同じ姿勢。
「いくよ」
「言われるまでもない」
「三」
「二」
「一」
「ゴー!」
マシンが飛び出した。
直線。
ほぼ同時。
最初のコーナー。
アキュラが僅かに前。
「お!」
GVの目つきが変わる。
二周目。
GVが追いつく。
ジャンプ。
二台とも綺麗に着地。
差がない。
最終周。
子供たちの声が大きくなる。
「並んでる!」
「速い!」
最後のコーナー。
アキュラの車体がほんの少しだけ外へ膨らむ。
GVのマシンが内側を安定して抜けた。
ゴール。
僅かに。
GVが先。
「……!」
タイムが表示される。
差。
0.3秒。
「……0.3」
アキュラが低く呟いた。
GVも表示を見る。
「危なかった……」
「次は勝つ」
「次もやるんだ?」
GVが振り返る。
「貴様に敗北したままで終われるか」
「ミニ四駆で?」
アキュラの目が鋭くなる。
「……何か文句があるか」
「いや」
GVは笑った。
「全然」
アキュラは自分のマシンをケースへ収める。
その横。
いつの間に購入したのか、追加パーツの袋が置かれていた。
シアンが気づく。
「GV」
「ん?」
「あれ」
「……」
GVも見る。
「ハマったね」
「聞こえているぞ!」
「耳いいなあ」
「これは次に貴様を倒すために必要なものだ!」
「はいはい」
「その返事をやめろ!」
『完全にハマったわ』
「黙れ、電子の謡精!」
『はいはい』
「貴様まで!」
モルフォが楽しそうに笑った。
アキュラは不機嫌そうに荷物を持ち上げる。
「覚えておけ、蒼き雷霆」
「何を?」
「次はこの0.3秒を消す」
「……」
GVが少しだけ目を見開く。
そして笑った。
「じゃあ僕はタイムを広げればいい?」
「出来るものならやってみろ」
「言ったね」
「何度でも言う」
さっきまでとは違う。
能力者と能力者狩りとしてではない。
それでも確かに、同じ相手へ負けたくないと思っている。
「じゃあまたね」
「馴れ馴れしくするな」
「でもまたやるんでしょ?」
「貴様に勝つためだ」
「ならまたで合ってるじゃん」
「……チッ」
最後まで認めようとはしなかった。
アキュラはそのまま店を出ていく。
GVも追わない。
パンテーラの件は何も解決していない。
能力者への考えも変わっていない。
次に同じことが起きれば、GVはまたアキュラを止める。
アキュラもまたGVへ銃を向けるだろう。
だが。
そのことと、今日同じコースを走ったことは、別の話だった。
◇
夜。
アキュラは、いつものようにミチルのもとを訪れていた。
戦闘装備は外している。
だが今日に限って、その手には普段見慣れない小さなケースと紙袋があった。
ベッドの上にいたミチルが、それに気づく。
手元の端末へ文字を打ち込んだ。
『アキュラくん、それなに?』
「……」
アキュラが一瞬止まる。
「玩具だ」
ミチルが首を傾げた。
『アキュラくんの?』
「違う」
即答。
だが机へ置いたケースを開けば、中に入っているのは今日組み上げたミニ四駆。
隣には追加パーツ。
ミチルがそれを見る。
『いっぱいある』
「必要だった」
『玩具なのに?』
「……」
アキュラが僅かに黙った。
「調整に必要だ」
端末へ新しい文字。
『調整するの?』
「当然だ」
『走る?』
「そういうものだ」
『速い?』
アキュラは自分のマシンを見る。
今日最後に表示された数字が頭へ浮かぶ。
「……まだ足りん」
ミチルの表情が少し楽しそうになる。
『誰かと競争したの?』
「……ああ」
『勝った?』
「……」
返事が遅い。
ミチルが待つ。
アキュラの眉間に皺が寄った。
「……負けた」
ミチルが目を丸くする。
『アキュラくんが?』
「初見の競技だった。相手には経験の差も――」
途中で止まる。
自分で言っていて、言い訳じみていることに気づいたらしい。
ミチルが小さく笑った。
「……何だ」
『悔しい?』
「当然だ」
『またやるの?』
アキュラの視線がミニ四駆へ向く。
「次は勝つ」
『その人、アキュラくんのお友達?』
「違う」
今日一番速い返事だった。
ミチルが瞬きをする。
『じゃあライバル?』
「……」
アキュラは少し考えた。
「気に入らん相手だ」
『でもまた一緒に走る?』
「勝つためだ」
『そっか』
ミチルはそれ以上追及しなかった。
少しだけ嬉しそうに、次の文字を打つ。
『次は勝てるといいね』
「当然だ」
そう答えた時には。
アキュラの手は、既に今日買ったパーツの袋へ伸びていた。
◇
一方。
アキュラが帰った後も、GVたちは少しだけホビーショップに残っていた。
自分のマシンをケースへしまい、買ったパーツを整理する。
「結局、お昼食べ損ねたね」
シアンが言う。
「……」
GVが止まる。
「忘れてた」
『珍しい』
「全部アキュラのせいだよ」
「途中からGVもすごく楽しんでたけどね」
「それとこれとは別」
『便利な言葉ね』
「便利だよ」
エリーゼ1が、おそるおそる聞く。
「GVさん」
「ん?」
「あの人とは……やっぱり敵なんですよね?」
「まあ」
GVは少し考える。
「向こうはそう思ってるね」
「GVさんは?」
「次にパンテーラの時みたいなことしたら、また止めるよ」
「でも、今日は一緒に……」
「ミニ四駆したね」
「……不思議です」
「そう?」
「だって、さっきまで戦ってたのに」
GVはマシンケースを閉じた。
「戦ったことがなくなるわけじゃないし、ミニ四駆したことがなくなるわけでもないでしょ」
「……」
「どっちも本当。それでいいんじゃないかな」
エリーゼ1は完全には理解出来ていないようだった。
それでも、小さく頷く。
そこで。
さっきから一緒に遊んでいた子供がGVの袖を引いた。
「ねえ、GV兄ちゃん」
「ん?」
「あのお兄さん、GV兄ちゃんの友達?」
「違うよ」
即答。
子供が首を傾げる。
「じゃあ何?」
「何って言われても……」
GVは少し考えた。
シアンが見る。
エリーゼも見る。
端末の中では、モルフォが何も言わず返事を待っている。
GVはアキュラが出ていった店の入口へ一度だけ目を向けた。
能力者を嫌う少年。
次に会えば、また戦うかもしれない。
いや、おそらく戦う。
考え方は正反対。
分かり合えたわけでもない。
なのに、次は0.3秒を消すと言って帰っていった。
GVの口元が少しだけ緩む。
「……まあ、宿敵って感じかな」
「ミニ四駆の?」
GVは一瞬黙った。
「……そっちの意味も」
『ややこしい宿敵ね』
モルフォが笑う。
GVもケースを肩へ掛けた。
「よし。今度こそご飯食べに行こう」
「やっぱり最後はそこなんだ」
「お腹空いたんだって」
シアンが笑い、エリーゼもその後へ続く。
小さなコースの上で始まった新しい勝負。
それがこの先、どれほど長く続くのか。
この時の二人は、まだ知らない。
第十六話「残光」
皇神の能力者搬送データを追い、山間部の管制施設へ向かうGV。
そこで待ち受けていたのは、元軍人にして皇神の防衛責任者――“残光”のイオタだった。
「目の前の一人を助ける。その結果、別の誰かが傷ついた時……貴様は、それでも自分が正しいと言えるのか」
国を守るために、時には選ばなければならないと語るイオタ。
誰かを見捨てる答えを持たないGV。
どちらが正しいのか。
何を選ぶべきなのか。
答えを出せないまま、蒼い雷は光速の刃へ挑む。
そして――その問いは、戦いの中で現実となる。
「……分からない。でも、だからって何もしないのも嫌なんだよ!」
“残光”対“蒼き雷霆”。
その一戦の果てに待つものは――。
次回、蒼き雷霆ガンヴォルト ―隣人―
第十六話「残光」
次回も、グッドラック。