『隣人GV ―もしもスパイディの影響を受けたGVなら―』   作:幸田市

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第十七話「輪廻」

第十七話 輪廻

 

 通信は、まだ繋がっていた。

 

 回線の向こうから聞こえてくるのは、薄いノイズと遠くの機械音だけだった。

 

「……GV?」

 

 シアンは端末を両手で握ったまま、もう一度呼んだ。

 

「ねえ、GV。聞こえてる?」

 

 返事はない。

 

 何度呼んでも同じだった。

 

 少し前までなら、こんな状況でも何かしら返してきたはずなのに。

 

 通信の調子が悪いなら悪いで、「聞こえてるよ」とか、「今ちょっと手が離せない」とか。時には状況に似合わないくらい普通の声で返してきて、後からモニカに叱られていた。

 

 今は、その声がない。

 

 シアンはそれをまだ理解しきれずにいた。

 

「モニカさん」

 

『……うん』

 

「本当に通信は繋がってるんだよね?」

 

『繋がってる。GVの端末も生きてるし、回線も落ちてない』

 

「だったら……」

 

 シアンは言葉を探した。

 

「だったら、返事できないだけじゃないの?」

 

 モニカは答えなかった。

 

「気絶してるとか、そういうのあるでしょ。前だって、すぐ返事できない時あったし」

 

『……』

 

「ねえ」

 

 沈黙が怖かった。

 

「もう一回、調べてよ」

 

『調べてる』

 

「もっと」

 

『シアン』

 

「だって、通信は繋がってるんでしょ?」

 

 自分の声が少しずつ強くなっているのが分かる。

 

 それでも止められなかった。

 

「だったら、そこにいるんでしょ。GVはそこにいるんでしょ?」

 

 回線の向こうで、モニカが何かを操作する音がした。

 

 一度。

 

 また一度。

 

 何かを確かめている。

 

 シアンはその音に縋るように端末を握りしめた。

 

「ほら、もう一回」

 

『……やってる』

 

「じゃあ――」

 

『何回もやってるの』

 

 モニカの声が掠れた。

 

 シアンの言葉が止まる。

 

『最初に反応が消えてから、ずっと。生命反応も、EPも、別の機器でも確認した。壊れてるかもしれないと思って、違う系統も使った』

 

「……」

 

『でも、ないの』

 

 その一言だけが、異様にはっきり聞こえた。

 

 少し離れた場所で、エリーゼ3が端末を睨んでいる。

 

 先ほどまでなら真っ先に怒鳴っていたはずなのに、今は何も言えない。

 

 シアンも同じだった。

 

 喉が動かない。

 

 何か言葉にしてしまえば、本当に決まってしまうような気がした。

 

「……もう一回」

 

 それでも絞り出した。

 

『シアン』

 

「お願い」

 

 モニカはしばらく黙っていた。

 

 やがて、また操作音が始まる。

 

 結果は変わらなかった。

 

     ◇

 

 戦場でも、イオタは動いていなかった。

 

 先ほどまで凄まじい光量を放っていたゼロブレイドは、既に解除されている。

 

 白光に呑まれた後、床へ倒れたガンヴォルトは一度も動いていない。

 

 その手から離れた銃だけが、少し遠くに転がっていた。

 

 遅れて皇神の兵士たちが集まり始める。

 

「イオタ司令」

 

 一人が慎重に声を掛けた。

 

「侵入者を拘束しますか」

 

 イオタはすぐには答えなかった。

 

 兵士がもう一度尋ねようとしたところで、ようやく口を開く。

 

「待て」

 

「しかし――」

 

「もう抵抗はできん」

 

 それ以上、イオタは何も言わなかった。

 

 目は倒れたGVへ向いたままだ。

 

 少し離れた場所には、一人の皇神兵が立っている。

 

 先ほど、GVが目的を捨ててまで助け出した男だった。

 

 彼はまだ、自分がここに立っていることを理解しきれていないようだった。

 

 自分を助けた少年は倒れている。

 

 自分は生きている。

 

 その少年は自分を助けたせいで搬送情報を失い、その後もう一度イオタへ挑み、そして動かなくなった。

 

「……何故だ」

 

 兵士が呟く。

 

 誰にも聞かせるつもりのない声だった。

 

「何故、俺を助けた」

 

 イオタも答えなかった。

 

 戦う前から問い続けていたものと、どこか似ていた。

 

 一人を救い、その先にあるものを失う。

 

 その選択は正しいのか。

 

 最後まで、ガンヴォルトは答えなかった。

 

 それでも選んだ。

 

 そして今、その結果だけが目の前に残っている。

 

 イオタは小さく目を伏せた。

 

「……これが、貴様の選択か」

 

 勝利を喜ぶような響きはなかった。

 

     ◇

 

 フェザーの通信室では、アシモフが低い声で呼びかけていた。

 

「GV、応答しろ」

 

 返らない。

 

「……ガンヴォルト」

 

 やはり何もない。

 

 横ではモニカが何度目かも分からない計測を続けている。

 

 少し離れた場所にいるジーノも、もういつものような軽口を一つも口にしなかった。

 

「……おい」

 

 ジーノが回線へ向かって声を掛ける。

 

「こういうの、マジでいいから。聞こえてんだろ、何か言えよ」

 

 返事はない。

 

「GV」

 

 少し強く呼ぶ。

 

「返事しろよ」

 

 やはり何も返らない。

 

 アシモフはモニカへ視線を向けた。

 

「もう一度だ」

 

「やってる」

 

「別系統は?」

 

「それもやった!」

 

 思わずモニカの声が跳ね上がった。

 

 言った直後、自分でも驚いたのか、唇を噛む。

 

「……ごめん」

 

「いや。続けてくれ」

 

 アシモフはそれ以上責めなかった。

 

 再び操作音が続く。

 

 一度目。

 

 二度目。

 

 結果は変わらない。

 

 生命反応はない。

 

 EPの反応も戻らない。

 

 通信機だけが、嫌になるほど正常だった。

 

 アシモフは画面を見たまま動かなかった。

 

「……なぜ、君が」

 

 誰へ聞かせるでもない、小さな声だった。

 

 ジーノは通信の向こうへ呼びかけ続けている。

 

 モニカはまた計測を始めた。

 

 アシモフも、それ以上は何も口にしなかった。

 

     ◇

 

 GV宅。

 

 シアンはまだ端末を握っていた。

 

 さっきからほとんど同じ姿勢だ。

 

 モルフォは、そのすぐ傍にいた。

 

 いつもなら誰より先に口を挟む彼女が、今は何も言わない。

 

 エリーゼ3が端末を睨んでいる。

 

「……貸しなさい」

 

 突然言った。

 

「え?」

 

「アタシが呼ぶ」

 

 シアンから半ば奪うように端末へ顔を寄せる。

 

「GV!」

 

 返事はない。

 

「聞こえてるんでしょうが! いい加減に返事しなさいよ!」

 

 ノイズ。

 

「アンタ、遅くなったら承知しないって言ったわよね。死んでこいなんて一言も言ってないわよ!」

 

 声が少しずつ震えていく。

 

「何でもいいから答えなさいよ! また変なこと言ってモニカに怒られてもいいから!」

 

 何も返ってこない。

 

「……GV」

 

 それ以上、続かなかった。

 

 エリーゼ3の表情が崩れかけた瞬間、空気が変わった。

 

 目が細くなる。

 

 肩から余計な力が抜ける。

 

 エリーゼ2だった。

 

 シアンがすぐ気付く。

 

「……2?」

 

 エリーゼ2は答えず、端末から聞こえる音へ耳を澄ませた。

 

 長いことそうしていた。

 

 やがて一言だけ言う。

 

「……GV、どこ?」

 

「え?」

 

「どこにいるの」

 

 シアンは戸惑いながら答えた。

 

「戦ってたところ。まだ……向こうにいる」

 

 エリーゼ2は端末へ視線を落とす。

 

 通信の向こうにいる存在へ触れようとするように、じっと聞いている。

 

 けれど、少しして表情が曇った。

 

「……遠い」

 

 それだけだった。

 

 シアンはその言葉の意味を全部理解したわけではない。

 

 それでも、エリーゼ2が何かしようとしたことだけは分かった。

 

 そして、それが届かなかったことも。

 

「……助けられないの?」

 

 聞いた。

 

 エリーゼ2はしばらく黙っていた。

 

 やがて、小さく首を振る。

 

「ここじゃ、届かない」

 

 それきり何も言わなくなった。

 

 ほどなくエリーゼ1が表へ戻る。

 

 彼女自身も、自分の中で何が起きたのかを完全には理解していない。

 

「GVさん……」

 

 ただ、それだけを呟いた。

 

 シアンは端末を胸元へ引き寄せる。

 

「どうしたらいいの」

 

 誰に聞いたわけでもなかった。

 

「どうしたら、帰ってきてくれるの」

 

 モルフォがようやく動いた。

 

『シアン』

 

「……何?」

 

『呼んで』

 

 シアンは顔を上げる。

 

「呼んでるよ」

 

『そうじゃない』

 

「何回呼んでも返事ないんだよ」

 

『だからよ』

 

 モルフォの声が少し強くなる。

 

『返事がないからって、届いてないって決めるの?』

 

「だって……」

 

『アンタの声、もっと遠くまで届くでしょ』

 

 シアンはモルフォを見る。

 

 すぐに意味は分かった。

 

 それでも、首を振る。

 

「無理だよ」

 

『何が』

 

「歌ったって……」

 

 言葉にしようとして喉が詰まる。

 

「もし、それでも何も起きなかったら」

 

 モルフォは黙っている。

 

「今はまだ、通信が壊れてるだけかもしれないって思える。でも歌って、それでも帰ってこなかったら……」

 

 その先を言えなかった。

 

 歌っても届かなかった。

 

 それを確かめてしまうことが怖かった。

 

 モルフォもすぐには言い返さない。

 

 歌えば必ず戻ると分かっているわけではない。

 

 しばらくして、静かに言った。

 

『アタシだって分かんないわよ』

 

 シアンが顔を上げる。

 

『歌えば絶対どうにかなるなんて、そんなこと言えない』

 

「じゃあ……」

 

『でも』

 

 モルフォはシアンを真っ直ぐ見る。

 

『何もしないでここにいる方が、アタシは嫌』

 

 シアンの目が揺れた。

 

『あいつだってそうだったんじゃないの』

 

「……」

 

『分かんないからって、何もしないのは嫌だって。ずっとそんな奴だったじゃない』

 

 シアンは返せなかった。

 

 つい数時間前。

 

 二人で買い物へ行こうとして。

 

 任務が入って。

 

 GVは少し申し訳なさそうに謝って、それでも出ていった。

 

 その先で何を選んだのか、自分はまだ知らない。

 

 ただ一つだけ分かる。

 

 GVは帰ると答えた。

 

 ちゃんと帰ってきてね。

 

 うん。

 

 あまりにも普通のやり取り。

 

 シアンは端末を握る手へ力を入れた。

 

「……聞こえてるかな」

 

『知らない』

 

「ひどい」

 

『嘘ついたって仕方ないでしょ』

 

 モルフォはほんの少しだけ表情を緩める。

 

『でも、聞こえるように歌えばいい』

 

 シアンは目を閉じた。

 

 すぐには声が出なかった。

 

 一度息を吸う。

 

 震える。

 

 もう一度。

 

 そして。

 

 小さな歌声が、部屋の中へ流れ始めた。

 

     ◇

 

 戦場の通信機から、不意に音がした。

 

 イオタが顔を上げる。

 

「……?」

 

 ただのノイズではない。

 

 人の声。

 

 歌だった。

 

 皇神兵たちも気付いたらしい。

 

 一人が不思議そうにGVの端末を見る。

 

「通信……?」

 

「触るな」

 

 イオタが止めた。

 

 歌は少しずつ大きくなっていく。

 

 不安定だった最初の声が、徐々に一本の線へ変わっていく。

 

 その時だった。

 

 GVの指先の近くで何かが光る。

 

「……!」

 

 イオタの目が細くなる。

 

 ほんの僅か。

 

 青い火花。

 

 見間違いかと思うほど小さい。

 

 しかし。

 

 もう一度。

 

 今度ははっきりと、蒼い電気が床を走った。

 

「イオタ司令」

 

「黙っていろ」

 

 イオタ自身にも、何が起きているのか分からなかった。

 

     ◇

 

「待って」

 

 モニカが突然言った。

 

 ジーノが振り向く。

 

「何だよ」

 

「今、数字が……」

 

 操作。

 

 確認。

 

 モニカの顔が変わる。

 

「EP……?」

 

 アシモフも画面を見る。

 

「何だ」

 

「ゼロだったのに」

 

 もう一度測る。

 

 微弱。

 

 だが確かにある。

 

「増えてる」

 

「は?」

 

 ジーノが素で聞き返す。

 

「そんなわけ――」

 

「増えてる!」

 

 モニカの声が上がった。

 

「待って。まだ分からない。ノイズかもしれない」

 

 すぐに別の系統へ切り替える。

 

 測る。

 

 結果は同じ。

 

 もう一度。

 

「……ある」

 

 モニカの指が止まった。

 

「反応、ある」

 

 ジーノが通信へ顔を寄せる。

 

「GV!」

 

 アシモフもすぐ呼ぶ。

 

「GV、聞こえるか」

 

 返事はない。

 

 それでも、数字は先ほどまでと違う。

 

 少しずつ。

 

 本当に少しずつ。

 

 生命反応が戻り始めている。

 

「嘘……」

 

 モニカが呟く。

 

 その瞬間、戦場映像の中でGVの指が僅かに動いた。

 

「動いた!」

 

 ジーノが叫ぶ。

 

「今動いたよな!?」

 

「見えてる!」

 

 モニカの目に涙が浮かぶ。

 

 それでも計測を止めない。

 

「心拍……戻ってる。弱いけどある。脳波も……」

 

 声が震える。

 

「ある!」

 

 アシモフは何も言わなかった。

 

 ただ、画面を見つめている。

 

 歌は続いていた。

 

     ◇

 

 シアンは歌う。

 

 何が起きているかは知らない。

 

 モニカたちの声も、今はほとんど耳に入っていなかった。

 

 ただGVへ向けて歌っていた。

 

 届いてほしい。

 

 帰ってきてほしい。

 

 それだけだった。

 

 モルフォの姿が強く光り始める。

 

 シアンの歌と重なり、部屋の空気まで震える。

 

 エリーゼ1は両手を胸元に寄せたまま、黙って見ていた。

 

 途中で一瞬だけ、表情が変わる。

 

 エリーゼ2。

 

 彼女は遠くを見るように目を細めた。

 

「……」

 

 しばらくして。

 

「戻ってる」

 

 シアンの歌声が僅かに揺れた。

 

 それでも止めない。

 

 エリーゼ2はもう一度言った。

 

「GV、いる」

 

 その言葉を最後に、また1へ戻った。

 

     ◇

 

 戦場。

 

 蒼い火花が増えていく。

 

 GVの身体を、細い雷が這った。

 

 イオタは動けなかった。

 

 確かに死んでいた。

 

 少なくとも、先ほどまで生きた人間の反応は一切なかった。

 

 それが今。

 

 ゆっくりとGVの指が曲がる。

 

 腕が動く。

 

「……っ」

 

 小さな呼吸音。

 

 皇神兵たちがざわめいた。

 

 助けられた兵士は目を見開いている。

 

 GVが僅かに眉を寄せた。

 

 喉が動く。

 

「……シアン?」

 

 最初の言葉だった。

 

 イオタにはその名前の意味は分からない。

 

 だが通信の向こうでは、一斉に声が上がった。

 

『GV!』

 

『聞こえる!?』

 

『おい!』

 

 GVはゆっくり目を開く。

 

 白い天井。

 

 何が起きたのか分からない。

 

 耳元から歌が聞こえている。

 

「……」

 

 身体を起こそうとして、途中で腕が震えた。

 

「痛っ……」

 

『無理に起きないで!』

 

 モニカが叫ぶ。

 

「モニカ?」

 

『そう! 分かる!?』

 

「分かるよ」

 

『本当に!?』

 

「声大きいから」

 

 いつもの調子が少しだけ戻った。

 

 その一言で、ジーノが長く息を吐く。

 

『……お前マジで』

 

「何?」

 

『いや……何でもねえ』

 

 GVは周囲を見る。

 

 イオタ。

 

 床。

 

 ゼロブレイド。

 

 白光。

 

 記憶が少しずつ繋がっていく。

 

 最後に自分が考えたこと。

 

 シアン。

 

 買い物。

 

 約束を破るかもしれないと思ったこと。

 

 そこから先がない。

 

「……僕」

 

 自分の手を見る。

 

 蒼雷が細く走った。

 

「どうなったの?」

 

 誰もすぐには答えなかった。

 

 GVが不安そうに顔を上げる。

 

「ねえ」

 

 アシモフが答えた。

 

『君は死んでいた』

 

 GVが止まる。

 

『生命反応は完全に消えていた。モニカが何度も確認した』

 

「……死んだ?」

 

『そうだ』

 

 曖昧にはしなかった。

 

 GVはしばらく自分の手を見る。

 

 動く。

 

 息もできる。

 

 心臓も鳴っている。

 

 それでも確かに、自分の中にその先が存在しなかった感覚だけは残っている。

 

「じゃあ、何で」

 

 耳元の歌。

 

 そこでようやく気付く。

 

「シアン……」

 

 モニカが小さく答える。

 

『ずっと歌ってる』

 

 GVは通信機へ手を伸ばした。

 

 触れた瞬間、蒼雷が少し強くなる。

 

「聞こえてるよ」

 

 小さく言った。

 

 シアンの歌は止まらない。

 

「ちゃんと聞こえてる」

 

     ◇

 

 歌が終わった時、シアンはすぐには息を整えられなかった。

 

「……GV?」

 

『うん』

 

 返事があった。

 

 シアンの手から力が抜ける。

 

『聞こえてるよ』

 

「……」

 

 何を言えばいいのか分からない。

 

 帰ってきて。

 

 さっきまで、それしか考えていなかった。

 

 本当に返事が来たら来たで、言葉が出ない。

 

『シアン?』

 

「……ばか」

 

『え』

 

「ばか」

 

『ごめん』

 

 即座に謝った。

 

 それが余計に腹立たしい。

 

「帰ってきてって言ったじゃん」

 

『うん』

 

「ちゃんとって言ったじゃん」

 

『……うん』

 

「一回死んでから返事するの、ちゃんとじゃないから」

 

『それは、本当にそうだね』

 

「笑わないで」

 

『笑ってないよ』

 

「声が笑ってる」

 

『ちょっとだけ』

 

「GV!」

 

『ごめんって』

 

 シアンは目元を拭う。

 

 それ以上喋ると、歌とは別の理由で声が出なくなりそうだった。

 

「……帰ってきて」

 

 今度は少し静かに言った。

 

『帰るよ』

 

「今度こそ?」

 

 GVは少し間を置いた。

 

 今度は軽く答えない。

 

『うん。今度こそ』

 

     ◇

 

 通信が少し落ち着いたところで、アシモフが口を開いた。

 

『GV』

 

「何?」

 

『帰還しろ』

 

 即答だった。

 

 GVは少し驚く。

 

『反論は聞かない。一度死んだ君を、もう一度戦わせるつもりはない』

 

 モニカもすぐ続く。

 

『私も賛成。今は数字が戻ってるけど、身体がどうなってるか分からないんだから』

 

 ジーノも珍しく強い。

 

『帰れ。マジで。二回目とかシャレになんねえからな』

 

「……うん」

 

 GVはゆっくり立ち上がる。

 

 イオタも戦闘姿勢を取っていなかった。

 

「今度こそ退け」

 

 GVが彼を見る。

 

「君も?」

 

「当然だ」

 

「僕を止める側なのに」

 

「死んだ人間が蘇った直後にもう一度戦えと言うほど、私は狂っていない」

 

「それもそうか」

 

 GVは自分の身体を確かめる。

 

 不思議なくらい軽い。

 

 さっきまでの消耗が嘘のようだった。

 

 それどころか、以前より力が満ちているように感じる。

 

 ただし、何が起きているのかは自分にも分からない。

 

「帰りたいよ」

 

 GVが言った。

 

 イオタが少し眉を動かす。

 

「ならば帰れ」

 

「うん。帰る」

 

 その言葉を聞いて、モニカもジーノも僅かに息を抜く。

 

 イオタも構えを解きかけた。

 

 GVは施設の奥を見る。

 

「……その前に」

 

 全員が止まった。

 

「搬送設備だけ止めてもいい?」

 

『GV!』

 

 モニカの声が裏返る。

 

 イオタも顔をしかめた。

 

「貴様という男は……!」

 

「怒るよね」

 

「当然だ!」

 

「だよね」

 

『だよねじゃねえよ!』

 

 ジーノまで怒鳴った。

 

 GVは苦笑しながらも、すぐ真顔へ戻る。

 

「でも、今夜の搬送はまだ続いてるんでしょ」

 

『続いてるけど!』

 

 モニカが答えてから、しまったというように息を呑む。

 

『だからって、今すぐまた戦う必要は――』

 

「あるよ」

 

 GVの声は軽くなかった。

 

「帰りたいのは本当。でも、このまま帰ったら、たぶんまた気になる」

 

『さっきそれで死んだんだぞ!』

 

「うん」

 

 ジーノの言葉に、GVは素直に頷く。

 

「だから今度は死なない」

 

『そんな簡単に言うなよ』

 

「簡単じゃないよ」

 

 GVは少し目を伏せた。

 

「さっき死んだの、僕もちゃんと分かってる」

 

 通信の向こうが静かになる。

 

「もう一回同じことするつもりはない。今度は帰るために戦う」

 

 イオタがGVを見る。

 

「それでも進むのか」

 

「まだ止められるならね」

 

「何故そこまで拘る」

 

 GVは考えた。

 

 以前なら、すぐに「分からない」と答えていたかもしれない。

 

 今も結局は同じだった。

 

「……やっぱり分かんない」

 

 イオタの顔が少し険しくなる。

 

「一度死んでもか」

 

「死んだら急に全部分かると思ってた?」

 

「少なくとも、自分の選択を見直すには十分な出来事だと思うが」

 

「見直してるよ」

 

 GVは床に落ちていた銃を拾い上げる。

 

「でも、見直したからって答えが出るわけじゃない」

 

「ならば退くべきだ」

 

「それも一つだと思う」

 

 イオタが僅かに目を見開く。

 

「君がそう言う理由も、さっきより分かる。でも僕は今、まだできることがあるって思ってる」

 

 銃を構える。

 

「だから、それをやってから帰る」

 

「……貴様の考えは、やはり私には理解し難い」

 

「僕も全部説明できないよ」

 

「ならば私も止める」

 

「うん」

 

「今度こそ全力でだ」

 

「それはちょっと困るな」

 

「貴様が始めたのだ!」

 

 少しだけ、先ほどまでとは違う空気が戻った。

 

     ◇

 

 イオタが消えた。

 

 また光速。

 

 だが。

 

「……」

 

 GVの目が動く。

 

 白い線が見えた。

 

 一瞬ではない。

 

 そこに確かに軌跡がある。

 

「……見える」

 

『何が?』

 

 モニカが聞く。

 

「イオタ」

 

『え?』

 

「残光が見える」

 

 ジーノが即座に返した。

 

『いや、光速だぞ?』

 

「うん」

 

『うんじゃなくて』

 

 白光が左から迫る。

 

 GVは身を捻る。

 

 ぎりぎりでかわした。

 

 床が削れる。

 

「見えるけど、身体がまだ追いつかない」

 

『それでも十分おかしいからな!?』

 

「僕に言われても」

 

 イオタが姿を現す。

 

「今、私の動きを見たのか」

 

「少し」

 

「あり得ん」

 

「僕もそう思う」

 

 再び消える。

 

 今度は右。

 

 GVは先に動く。

 

 白い残光が横を抜ける。

 

 その軌跡を追いながらダートを撃つ。

 

 イオタが高速移動の途中で軌道を変える。

 

「……!」

 

「今度はそこまで見えた」

 

 以前は、光になる前のイオタを読むしかなかった。

 

 視線。

 

 重心。

 

 肩。

 

 フォトンビット。

 

 どこへ行こうとしているのかを、光になる前に読む。

 

 それしか方法がなかった。

 

 今は違う。

 

 光になった後。

 

 そこに残る白い軌跡が見える。

 

 最初は目が追えても、身体が動かなかった。

 

 だが。

 

 蒼雷が身体を巡る度、動きが少しずつ軽くなる。

 

『出力上がってる』

 

 モニカが驚いた声を出した。

 

「さっきより?」

 

『さっきどころじゃない。復活前の通常値を越えてる』

 

「それ大丈夫?」

 

『こっちが聞きたい!』

 

 イオタの光が迫る。

 

 白。

 

 蒼。

 

 二つの色が交差する。

 

 今度はカゲロウではない。

 

 GV自身が避けている。

 

「何故だ!」

 

 イオタの声が初めて大きく揺れた。

 

「何故私の動きへ対応できる!」

 

「さっきまでは、君が光になる前しか見えなかった」

 

 GVは横へ跳ぶ。

 

「でも今は」

 

 白い軌跡を追う。

 

「その後もちょっと見える!」

 

 ダート。

 

 イオタが避ける。

 

 しかし二発目が先回りしていた。

 

「っ!」

 

 命中。

 

 雷撃。

 

 蒼雷がタグを通ってイオタへ伸びる。

 

 高速移動中の身体を捉えた。

 

「ぐっ……!」

 

 イオタが強引に距離を取る。

 

「まさか、残光そのものを……」

 

「だから言ったでしょ。見えるって」

 

「馬鹿な」

 

「その反応、ちょっと嬉しいな」

 

「何故だ!」

 

「前は僕がずっとその側だったから」

 

 GVは少し笑った。

 

「光速とか普通に嫌だったし」

 

『今も普通に嫌だろ!』

 

 ジーノが横から言う。

 

「今はちょっとマシ!」

 

 再びイオタが突っ込む。

 

 以前とは全く違う。

 

 攻撃が終わってから風が来るのではない。

 

 光が来る。

 

 それが見える。

 

 音より速いままなのに、目で追える。

 

 もちろん余裕ではない。

 

 避け損なえばカゲロウが働く。

 

 しかし、その度に消費されるはずのEPが、ほとんど減っていなかった。

 

『ちょっと待って』

 

 モニカが気付く。

 

『カゲロウを使ってるのに、EPが戻ってる』

 

「戻ってる?」

 

『減ってもすぐ補われてる。シアンの歌の影響……?』

 

 アシモフが画面を見ながら言った。

 

『供給が続いているのか』

 

「そんなことできるの?」

 

『実際に起きている』

 

「便利だなあ」

 

『便利で済ませないで!』

 

 モニカに怒られた。

 

 イオタのフォトンビットが広がる。

 

 四方から光弾。

 

 GVは雷撃鱗を展開した。

 

 以前ならカゲロウを切るため、長く維持すること自体が危険だった。

 

 今は違う。

 

 雷撃鱗の出力そのものが高い。

 

 飛んできた光弾が蒼雷へ触れた瞬間、次々と弾ける。

 

 イオタが僅かに顔をしかめる。

 

「力まで増しているか」

 

「僕にもよく分かんないんだけどね」

 

「理解もせず使うな!」

 

「今それ言う?」

 

 蒼雷が広がる。

 

 イオタが光になって抜ける。

 

 GVはその残光を追う。

 

 今度は先回りする。

 

「そこ!」

 

 イオタが現れるより早くダートが飛ぶ。

 

「何っ!」

 

 着地点へ刺さる。

 

 雷撃。

 

 イオタが弾かれる。

 

 白い光が床を滑り、数メートル先で止まった。

 

「……貴様」

 

「僕もびっくりしてるよ」

 

 GVは銃を下げない。

 

「でも、さっきよりずっと戦いやすい」

 

     ◇

 

 それでもイオタは崩れなかった。

 

 速度だけで押し切れないと分かれば、すぐに戦い方を変える。

 

 フォトンビットを散らし、GVの視界を分断。

 

 自分自身の残光を囮にして別方向から射線を作る。

 

 光速そのものではなく、判断を迷わせる。

 

「そう来るんだ」

 

 GVが一発をかわし、二発目を雷撃で落とす。

 

 三発目をカゲロウで回避。

 

 その間にイオタが懐へ入る。

 

「っ!」

 

 腕で受ける。

 

 衝撃で後方へ滑った。

 

『GV!』

 

「大丈夫!」

 

 イオタが追う。

 

「力が増したからといって、考える必要までなくなったわけではないぞ!」

 

「それは分かってる!」

 

「本当にか!」

 

「かなり!」

 

「信用できん!」

 

 イオタの言葉に、GVが少し笑う。

 

「アシモフと同じこと言ってる」

 

『笑い事ではない』

 

「聞いてた?」

 

『当然だ』

 

 アシモフの声は少し怒っていた。

 

「ごめん」

 

『謝罪は帰ってから聞く』

 

「長くなりそうだなあ」

 

『長くするつもりだ』

 

 イオタが踏み込む。

 

 GVも正面から迎える。

 

 蒼雷と白光がぶつかる。

 

 以前とは違い、一方的には押されない。

 

「一度死んでもなお」

 

 イオタが力を込めながら言う。

 

「貴様は選択を変えんのか!」

 

 GVも雷撃を強める。

 

「分からない!」

 

「まだそれを言うか!」

 

「だって本当に分からないから!」

 

 衝突が弾け、互いに距離を取る。

 

 GVは息を整える。

 

「死んだからって、急に答えが分かるわけじゃなかったよ」

 

「ならば少しは慎重になれ!」

 

「なってる!」

 

「私にはそう見えん!」

 

「今度は帰るつもりで戦ってる!」

 

「先ほども帰ると言っていたはずだ!」

 

「それ言われると痛いな!」

 

 軽口を返しながらも、GVの表情は真剣だった。

 

「でもさ」

 

 イオタの次の動きを見る。

 

「君が聞いたこと、ずっと考えてる」

 

 白光。

 

 避ける。

 

「一人を助けて、そのせいで別の誰かが困ったらどうするのか」

 

 ダート。

 

 外れる。

 

「僕が、誰かを見捨てるのが嫌なだけなのか」

 

 フォトンビット。

 

 雷撃で落とす。

 

「まだ分からない」

 

 イオタが目を細めた。

 

「では、あの兵を助けたことを後悔しているのか」

 

 GVの目が一瞬、助けた兵士へ向く。

 

 彼は少し離れた場所で戦いを見ている。

 

「……後悔してるかって聞かれると、それも違う」

 

「都合のいい話だな」

 

「うん。そう聞こえると思う」

 

「正しかったとは言えない。後悔もしていない。それでどうするつもりだ」

 

 GVはすぐ答えなかった。

 

 攻撃を避けながら考える。

 

「たぶん」

 

 少しして口を開く。

 

「これからも考えるしかないんだと思う」

 

「それが答えか」

 

「答えじゃないよ」

 

 GVははっきり言った。

 

「答えが出てないから考える」

 

「いつまでだ」

 

「分かるまで」

 

「分からなかったら」

 

「その時も考える」

 

「曖昧だな」

 

「うん」

 

 GVは否定しない。

 

「でも、分かったふりするよりはいいかなって」

 

 イオタは言葉を止める。

 

 その返しだけは少し予想外だったようだ。

 

「貴様はまた同じ状況になれば、あの兵を助けるのか」

 

 GVはすぐに答えなかった。

 

 その問いは以前より重い。

 

 今度は、自分が一度死んだ後だからだ。

 

「……それも、その時にならないと分からない」

 

「また逃げるのか」

 

「逃げてるかもしれない」

 

「ならば何も変わっていない」

 

「そうかも」

 

 それでもGVは銃を構える。

 

「でも、さっきよりは君の言ってること考えてるよ」

 

「それで十分だと思うか」

 

「十分じゃないと思う」

 

 その言葉だけは迷わなかった。

 

 イオタの目が僅かに変わる。

 

 以前のGVなら、「でも僕は助けたい」で終わっていた。

 

 今も結論自体はほとんど変わっていない。

 

 けれど、自分の選択の外側にあるものを、もう見なかったことにはできない。

 

 イオタはそれを認めるようなことは言わなかった。

 

 ただ。

 

「ならば」

 

 フォトンビットを呼び戻す。

 

「その考えがどこまで貴様を支えるか、見せてもらう」

 

     ◇

 

 複数のフォトンビットが上空へ集まる。

 

 その瞬間、モニカが反応した。

 

『待って。それ……』

 

 ジーノも分かる。

 

『おい、またかよ』

 

 GVも見上げた。

 

 白い光が一本へ集約されていく。

 

「ゼロブレイド」

 

 イオタが構える。

 

 前回と同じ。

 

 自分を呑み込んだ光。

 

 GVの身体が一瞬だけ強張った。

 

 記憶が戻る。

 

 押し返せなかった。

 

 蒼雷が細くなった。

 

 シアンへ謝った。

 

 そこで終わった。

 

『GV』

 

 アシモフが呼ぶ。

 

「うん」

 

『撤退してもいい』

 

 前回のような命令ではなかった。

 

「……」

 

『戦う必要はない。今ならまだ戻れる』

 

 モニカも続く。

 

『お願いだから、無理しないで』

 

 ジーノは少し間を置いた。

 

『俺も同じ。マジでな』

 

 GVはゼロブレイドを見る。

 

 怖い。

 

 今度は分かる。

 

 あれで一度死んだのだ。

 

 自分の身体が覚えている。

 

 イオタもその様子に気付いた。

 

「今度は退けとは言わん」

 

 GVが顔を上げる。

 

「私は一度、貴様へ機会を与えた」

 

「うん」

 

「それでも貴様は再び立った」

 

 白い刃がさらに強く輝く。

 

「ならば今度は、私も最大戦力で応じる」

 

 GVは少し笑った。

 

「そこは前と同じなんだ」

 

「貴様が全力で来るというなら、私も全力で止める。それだけだ」

 

「うん」

 

 GVは一度、目を閉じる。

 

 シアンの声を思い出す。

 

 帰ってきて。

 

 今度こそ。

 

 自分も答えた。

 

 今度こそ帰る。

 

「……よし」

 

 目を開く。

 

「僕も、今度はちゃんと帰るつもりで行くよ」

 

 蒼雷が身体を包む。

 

 先ほどとは比較にならない。

 

 空気そのものが震える。

 

 モニカの計測値が跳ね上がった。

 

『ちょっと……』

 

「何?」

 

『出力、また上がってる』

 

「まだ?」

 

『まだ上がってる!』

 

 ジーノが乾いた笑いを漏らす。

 

『何だよそれ……』

 

 アシモフは黙って見ている。

 

 イオタの表情にも緊張が走った。

 

「その雷……」

 

「僕にもよく分かんない」

 

「またそれか!」

 

「本当に分かんないんだって!」

 

 GVは銃を構える。

 

「でも、今度は負けない」

 

 イオタがゼロブレイドを振り上げた。

 

「ならば来い、ガンヴォルト!」

 

「行くよ、イオタ!」

 

 白光が落ちる。

 

 蒼雷が迎え撃つ。

 

 再び、二つの光が真正面からぶつかった。

 

 轟音。

 

 施設全体が震える。

 

 前回と同じ構図。

 

 だが。

 

 結果は違った。

 

「……!」

 

 イオタの腕が止まる。

 

 蒼雷が押し返している。

 

 しかも前回のように一瞬ではない。

 

「何だ、この出力は……!」

 

 GVは歯を食いしばる。

 

「僕も……知りたい!」

 

『今それ言う!?』

 

 モニカが思わず叫ぶ。

 

 GVの周囲を走る雷は弱まらない。

 

 それどころか、さらに強くなる。

 

『EP、減ってない!』

 

「本当?」

 

『むしろ補われてる!』

 

 シアンの歌。

 

 その力が、まだGVの中に残っている。

 

 ゼロブレイドが軋む。

 

「馬鹿な……!」

 

 イオタがさらに出力を上げる。

 

 白い刃が巨大になる。

 

 GVも応じる。

 

 蒼雷が螺旋を描きながら前へ進む。

 

「イオタ!」

 

「何だ!」

 

「さっきは負けたけど!」

 

「知っている!」

 

「今度は帰るって決めたから!」

 

「それだけで勝てるなら苦労はない!」

 

「僕もそう思う!」

 

 蒼雷がさらに押す。

 

「でも――」

 

 GVの目が光る。

 

「今は、これで行く!」

 

 ゼロブレイドに一本の亀裂が走った。

 

 イオタの目が見開かれる。

 

「何……!」

 

 亀裂が広がる。

 

 白光の中へ蒼が入り込む。

 

「押し切れえええっ!」

 

 GVが叫ぶ。

 

 蒼雷が一気に膨れ上がった。

 

 白い刃が砕ける。

 

 光の破片が宙へ散る。

 

「ぐっ……!」

 

 イオタの身体が後方へ吹き飛ばされる。

 

 壁へぶつかる直前、自ら光速移動で衝撃を逃がす。

 

 それでも地面へ膝をついた。

 

 フォトンビットが周囲へ落ちる。

 

 沈黙。

 

 蒼雷だけがGVの周囲を走っていた。

 

『……勝った?』

 

 ジーノが恐る恐る言う。

 

「たぶん」

 

『たぶんじゃねえよ!』

 

「まだイオタ立ってるし」

 

 イオタは片膝をついたまま、GVを見る。

 

「……貴様」

 

 立ち上がろうとする。

 

 しかしフォトンビットが応答しない。

 

 ゼロブレイドも使えない。

 

 GVは追撃しなかった。

 

「もういいよ」

 

 イオタの眉が動く。

 

「何?」

 

「これ以上やったら、本当にどっちか動けなくなりそうだし」

 

「貴様は先ほど一度動かなくなっただろう」

 

「それは……言わないでほしいな」

 

『もっと言ってやれ!』

 

 ジーノがすかさず乗る。

 

「ジーノはどっちの味方?」

 

『死んで帰ってくる奴の味方はしばらくやめた』

 

「厳しい」

 

 GVは少しだけ笑い、それから中央管制へ目を向けた。

 

 イオタもその視線の意味を理解する。

 

「行くつもりか」

 

「うん」

 

「私が止めると言ってもか」

 

 GVはイオタの周囲に落ちたフォトンビットを見る。

 

「今は止められないでしょ」

 

「……」

 

「ごめん。ちょっと嫌な言い方だった」

 

「余計な気遣いをするな」

 

「了解」

 

 GVは中央管制室へ向かって歩き始める。

 

 数歩進んだところで、イオタが背中へ声を掛けた。

 

「ガンヴォルト」

 

「何?」

 

「情報は戻らんぞ」

 

 GVの足が止まる。

 

「搬送先のデータは既に消えている。今から管制を止めたところで、失ったものは戻らん」

 

「……うん」

 

「先ほど貴様が一人を救んだ結果は変わらない」

 

「分かってる」

 

 GVは振り返る。

 

「だから、これで帳消しになったなんて思ってないよ」

 

 イオタが黙る。

 

「今夜の搬送を止められる。それだけ」

 

「それで満足か」

 

「満足はしないと思う」

 

「なら何故やる」

 

 GVは少し考えた。

 

「今できるから」

 

 イオタの顔が僅かに険しくなる。

 

「またそれか」

 

「うん。でも前みたいに、それだけで全部正しいとは思ってないよ」

 

「最初からそう言っていただろう」

 

「そうだった」

 

 GVは苦笑する。

 

「じゃあ、ちょっとだけ考え方が増えたってことで」

 

「随分と曖昧な成長だな」

 

「僕もそう思う」

 

 そして中央管制へ向かった。

 

     ◇

 

 操作そのものには、それほど時間は掛からなかった。

 

 イオタとの戦闘で施設の制御系統はかなり傷んでいる。

 

 モニカの指示を受けながら、GVが残った系統へ干渉する。

 

『そこじゃない。右の二番目』

 

「これ?」

 

『それは予備電源』

 

「危ない」

 

『危ないで済ませないでよ』

 

「死んだばっかりだから慎重になってるよ」

 

『その話自分からする!?』

 

「モニカが慎重にって言うから」

 

『そういう意味じゃない!』

 

 通信の向こうでジーノが吹き出しかける。

 

『……あー、やっといつもの感じ戻ってきたな』

 

「僕、そんな感じだった?」

 

『割と』

 

 アシモフが低く割り込む。

 

『雑談は帰還してからにしろ』

 

「はい」

 

『返事だけは良いな』

 

「ちゃんと聞いてるよ」

 

『なら帰ってこい』

 

「これ終わったらね」

 

 最後の制御へ雷を流す。

 

 画面の表示が変わる。

 

 搬送システム停止。

 

 少なくとも今夜予定されていた移送は、これで行えない。

 

 モニカが確認する。

 

『停止した。緊急系統も落ちてる』

 

「よし」

 

『これ以上は本当に何もしないで帰って』

 

「分かった」

 

『今度こそ?』

 

「今度こそ」

 

 GVは通信を切らずに、イオタのところへ戻った。

 

 イオタは既に立ち上がっていた。

 

 フォトンビットは動かないが、自力で立つ程度の力は残っているらしい。

 

 助けられた皇神兵もその傍にいる。

 

 GVを見る目は、最初とは明らかに違っていた。

 

「終わったか」

 

「今夜の分は止めたよ」

 

「そうか」

 

 イオタは短く答えた。

 

 負け惜しみも、怒鳴る様子もない。

 

 ただ、その結果を受け止めている。

 

 少しして、イオタが口を開いた。

 

「一つ聞く」

 

「まだある?」

 

「貴様は今、勝った」

 

「そうみたいだね」

 

「搬送も止めた」

 

「うん」

 

「ならば、先ほどの選択も正しかったと思うか」

 

 GVはすぐに首を振った。

 

「思わないよ」

 

 イオタの目が少し細くなる。

 

「即答だな」

 

「今ここで止められたからって、あの時データを失ってよかったことにはならないでしょ」

 

「……」

 

「僕があの人を助けなかったら、情報は取れたかもしれない。その情報があれば、これから助けられた人もいたかもしれない」

 

 助けられた兵士が僅かに目を伏せた。

 

 GVはそれに気付いたが、言葉を変えなかった。

 

「だから、やっぱり分からない」

 

「一度死に、私を破り、それでもか」

 

「それでも」

 

 GVはイオタを見る。

 

「強くなったから僕が正しくなった、なんて変でしょ」

 

 イオタは黙る。

 

「勝った方が正しいなら、さっき僕が死んだ時は君が全部正しかったことになるし」

 

「私は最初から、勝敗で正しさを決めるつもりはない」

 

「僕も」

 

 GVは少し笑った。

 

「だから、この話はまだ終わってないんだと思う」

 

「いつか答えを出せ」

 

 イオタの声は硬い。

 

「貴様がその生き方を続けるつもりなら、いずれまた同じ問いを突きつけられる」

 

 GVは少しだけ考える。

 

「うん」

 

「軽く答えるな」

 

「これでもかなり真面目だよ」

 

「そうは聞こえん」

 

「よく言われる」

 

 イオタが微かに眉間へ皺を寄せる。

 

 それ以上は何も言わなかった。

 

 GVも銃を収める。

 

 その時。

 

「ガンヴォルト」

 

 今度は、助けられた兵士だった。

 

 GVが振り返る。

 

「何?」

 

 兵士は何か言おうとして、少し迷った。

 

「……先ほどのことだ」

 

「ああ」

 

「自分は今も、貴様の判断が正しかったとは思っていない」

 

「うん」

 

「自分は残ると決めた。命令でもあったが、自分でもそうするべきだと思っていた」

 

「分かってる」

 

「それでも貴様は来た」

 

「うん」

 

「……何故だ」

 

 同じ問いだった。

 

 GVは少し困ったように笑う。

 

「前にも言ったけど、放っとけなかったから」

 

「それだけなのか」

 

「今もそれ以上は上手く言えないよ」

 

 兵士はGVを見た。

 

 理解した様子ではない。

 

 だが、以前のように怒ってもいなかった。

 

「……そうか」

 

 最後にそれだけ言った。

 

 GVもそれ以上説明しなかった。

 

 理解してもらうために助けたわけではない。

 

 そして、自分の選択を正当化してもらうためでもない。

 

「じゃあ、僕は帰るよ」

 

 イオタへ軽く手を上げる。

 

「次に会う時は、もうちょっと普通に話せるといいね」

 

「敵地へ侵入しておいて何を言う」

 

「じゃあ外で」

 

「場所の問題ではない」

 

「難しいなあ」

 

「さっさと行け」

 

「了解」

 

 GVは今度こそ出口へ向かって歩き出した。

 

     ◇

 

『本当に帰ってる?』

 

 施設を出た直後、モニカが確認してきた。

 

「帰ってるよ」

 

『寄り道してない?』

 

「まだ山の中だよ」

 

『お前なら途中で何か見つけかねないからな』

 

 ジーノが言う。

 

「信用ないなあ」

 

『今日だけは仕方ねえだろ』

 

「それは否定できない」

 

 少し間を置いて、GVが聞く。

 

「シアンは?」

 

 モニカの声が少し柔らかくなる。

 

『家で待ってる』

 

「怒ってる?」

 

『怒ってると思う』

 

 ジーノが割り込んだ。

 

『絶対怒ってる』

 

「だよね」

 

『俺でも怒る』

 

「ジーノまで?」

 

『一回死んで帰ってくる友達がいたら普通怒るだろ』

 

「……そう言われると、そうか」

 

 アシモフが言う。

 

『私も怒っている』

 

「増えた」

 

『覚悟して帰ってこい』

 

「帰りにどこか寄った方がいい?」

 

『何を買って誤魔化すつもりだ』

 

「いや、甘い物とか」

 

『やめておけ』

 

 アシモフの返答は早かった。

 

 ジーノも同意する。

 

『それ今やるとマジで火に油だぞ』

 

「じゃあ普通に帰るよ」

 

『最初からそうしろ』

 

「はい」

 

 帰路。

 

 夜の風が頬を撫でる。

 

 GVはしばらく黙って進んだ。

 

 身体は軽い。

 

 蒼雷も以前よりずっと素直に応えてくる。

 

 それでも、胸の奥には妙な感覚が残っていた。

 

 自分は一度死んだ。

 

 その事実だけは、どれだけ身体が元気でも消えない。

 

 死ぬ前に考えていたことも。

 

 答えられなかった問いも。

 

 そのまま残っている。

 

「……難しいな」

 

『何が?』

 

 モニカが聞く。

 

「色々」

 

『考えるのは帰ってからにして』

 

「うん」

 

『今日は本当にそれだけ守って』

 

「分かった」

 

 今度は素直に頷いた。

 

     ◇

 

 玄関の向こうで足音がした。

 

 シアンはすぐに気付いた。

 

 エリーゼ1も顔を上げる。

 

 モルフォも何も言わず、扉を見る。

 

 鍵が開く。

 

 扉がゆっくり開いた。

 

「ただいま」

 

 GVが立っていた。

 

 いつもとほとんど変わらない姿で。

 

 少し服が汚れていて、疲れた顔をしている。

 

 でも立っている。

 

 自分の足で。

 

「……」

 

 シアンは動かなかった。

 

 GVも少し困る。

 

「シアン?」

 

 その声も本物だった。

 

 シアンがゆっくり近づく。

 

「ちゃんと帰ってきてって言ったよね」

 

「……うん」

 

「言ったよね?」

 

「言った」

 

「GVも、うんって言ったよね」

 

「言いました」

 

「じゃあ何で一回死んでるの」

 

 GVは言葉に詰まった。

 

「……ごめん」

 

「ごめんじゃないよ」

 

「うん」

 

「返事しても返ってこないし、モニカさんは何回測っても反応ないって言うし、エリーゼだって――」

 

 そこで声が詰まる。

 

 GVは黙って聞いていた。

 

「帰ってくるって言ったじゃん」

 

「……うん」

 

「約束したじゃん」

 

 シアンの声が震える。

 

 GVは少し目を伏せる。

 

「ごめん」

 

 今度はふざけなかった。

 

「本当に、ごめん」

 

 シアンはすぐに許すとも言わない。

 

 ただ、GVの服の袖を掴んだ。

 

 そこにいることを確かめるように。

 

「……もう一回はやめて」

 

「うん」

 

「絶対だから」

 

「うん」

 

 そこでエリーゼ1が恐る恐る近づいてきた。

 

「GVさん……」

 

「ただいま、エリーゼ」

 

「……本当に」

 

 それ以上言葉が続かない。

 

 目に涙を浮かべながら、何とか笑おうとしている。

 

「帰ってきたよ」

 

「はい……」

 

 その直後。

 

 エリーゼの表情が変わった。

 

「アンタねえ!」

 

 エリーゼ3だった。

 

 GVが反射的に肩をすくめる。

 

「はい」

 

「遅くなったら承知しないって言ったけど、死んでこいなんて一言も言ってないわよ!」

 

「それは本当にその通りです」

 

「何で敬語なのよ!」

 

「怒られてるから」

 

「そういうところが腹立つのよ!」

 

「ごめん」

 

「軽い!」

 

「かなり反省してるよ」

 

「顔がそう見えない!」

 

「どういう顔したらいい?」

 

「聞くな!」

 

 シアンが横から低い声で言う。

 

「GV」

 

「はい」

 

「今は余計なこと言わない方がいいよ」

 

「了解」

 

 エリーゼ3が腕を組む。

 

「ったく……人に心配かけるだけかけて、普通に玄関から帰ってきてるんじゃないわよ」

 

「普通じゃない帰り方も困るでしょ」

 

「だから余計なこと言うなって言ってるでしょうが!」

 

「ごめん!」

 

 さすがに今度は黙った。

 

 エリーゼ3が大きく息を吐く。

 

 それから、ほんの僅かに目を逸らした。

 

「……帰ってきたなら、まあ」

 

 最後まで言わない。

 

 すぐ人格が切り替わった。

 

 エリーゼ2。

 

 彼女はGVをじっと見る。

 

 何も言わない。

 

「……2?」

 

 GVが呼ぶ。

 

 エリーゼ2は一歩近づく。

 

 胸元。

 

 顔。

 

 腕。

 

 何かを確かめるように視線を動かした。

 

「……いる」

 

「うん」

 

「今、いる」

 

「いるよ」

 

 エリーゼ2はそれだけ聞くと、小さく頷いた。

 

 やがて1へ戻る。

 

 モルフォはそのやり取りを見ていた。

 

 GVが彼女を見る。

 

「モルフォも、ありがとう」

 

『アタシは別に』

 

「シアンに歌うよう言ってくれたんでしょ」

 

『……』

 

「聞いたよ」

 

 モルフォは少しだけ顔を逸らす。

 

『次やったら、アタシも本気で怒るからね』

 

「モルフォも?」

 

『当たり前でしょ。せっかく届いたのに、また勝手にいなくなられたら困るのよ』

 

「……うん」

 

 GVは素直に頷いた。

 

「気を付ける」

 

『気を付けるじゃなくて、帰ってくるの』

 

「はい」

 

『何でアタシにも敬語なのよ』

 

「今日は怒られる日みたいだから」

 

『分かってるならいいわ』

 

 シアンが深く息を吐く。

 

 まだ怒っている。

 

 でも、少しだけ普段の空気が戻ってきていた。

 

     ◇

 

 その時。

 

 GVが玄関の隅を見る。

 

「あ」

 

「何?」

 

 シアンも視線を追う。

 

 そこには、出掛ける前に置いた買い物袋がそのまま残っていた。

 

「……買い物」

 

 GVが言う。

 

 シアンは袋を見る。

 

 そしてGVを見る。

 

「今日は行かない」

 

「だよね」

 

「当たり前でしょ」

 

「冷蔵庫、大丈夫?」

 

「何とかする」

 

「じゃあ僕も――」

 

「今日は座ってて」

 

「元気だよ?」

 

「座ってて」

 

「はい」

 

 素直に部屋へ入る。

 

 数歩進んだところで振り返った。

 

「じゃあ、明日?」

 

 シアンも買い物袋を見る。

 

「明日」

 

「今度はちゃんと行こうか」

 

「うん」

 

 そこでシアンが少しだけ目を細める。

 

「途中で任務入っても、今度はちゃんと帰ってきてね」

 

 GVは一瞬だけ黙った。

 

 今日のことを思い出す。

 

 軽く言っていい言葉ではないと思った。

 

 それでも重くしすぎるのも違う。

 

「うん」

 

 いつもと同じ言葉。

 

 けれど今度は、少しだけ強く頷いた。

 

     ◇

 

 フェザーの通信室は、すっかり静かになっていた。

 

 モニカはようやく席を離れ、ジーノも先に部屋を出ている。

 

 GVが無事に帰宅したことまで確認した後だった。

 

 アシモフだけが残っていた。

 

 既に戦場との回線は閉じている。

 

 暗くなったモニターに何かが映っているわけでもない。

 

 それでも、しばらくその画面を見ていた。

 

 やがて静かに端末の電源を落とす。

 

「……やはり」

 

 誰もいない部屋へ、小さな声が落ちる。

 

「今のままでは、駄目か」

 

 それ以上は何も言わない。

 

 アシモフは席を立ち、通信室を後にした。

 

 その言葉を聞いた者はいなかった。

 

     ◇

 

 死んだはずの蒼い雷は、もう一度走り始めた。

 

 白い残光を追い越し、かつて敗れた刃を真正面から打ち破った。

 

 けれど。

 

 ガンヴォルトが一度死んだからといって、世界の答えまで見つかったわけではない。

 

 一人を救ったことが正しかったのか。

 

 そのために失ったものを、どう受け止めればいいのか。

 

 イオタの問いはまだ残っている。

 

 それでも。

 

 答えが出ないまま立ち止まるのではなく、考えながら進む。

 

 少なくとも今のGVにできるのは、それだけだった。

 

 家では、明日の買い物を待つ袋が玄関に置かれている。

 

 その傍を通り過ぎ、GVは皆のいる部屋へ戻っていった。

 

 今度は確かに。

 

 帰ってきた。

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