『隣人GV ―もしもスパイディの影響を受けたGVなら―』 作:幸田市
第十七話 輪廻
通信は、まだ繋がっていた。
回線の向こうから聞こえてくるのは、薄いノイズと遠くの機械音だけだった。
「……GV?」
シアンは端末を両手で握ったまま、もう一度呼んだ。
「ねえ、GV。聞こえてる?」
返事はない。
何度呼んでも同じだった。
少し前までなら、こんな状況でも何かしら返してきたはずなのに。
通信の調子が悪いなら悪いで、「聞こえてるよ」とか、「今ちょっと手が離せない」とか。時には状況に似合わないくらい普通の声で返してきて、後からモニカに叱られていた。
今は、その声がない。
シアンはそれをまだ理解しきれずにいた。
「モニカさん」
『……うん』
「本当に通信は繋がってるんだよね?」
『繋がってる。GVの端末も生きてるし、回線も落ちてない』
「だったら……」
シアンは言葉を探した。
「だったら、返事できないだけじゃないの?」
モニカは答えなかった。
「気絶してるとか、そういうのあるでしょ。前だって、すぐ返事できない時あったし」
『……』
「ねえ」
沈黙が怖かった。
「もう一回、調べてよ」
『調べてる』
「もっと」
『シアン』
「だって、通信は繋がってるんでしょ?」
自分の声が少しずつ強くなっているのが分かる。
それでも止められなかった。
「だったら、そこにいるんでしょ。GVはそこにいるんでしょ?」
回線の向こうで、モニカが何かを操作する音がした。
一度。
また一度。
何かを確かめている。
シアンはその音に縋るように端末を握りしめた。
「ほら、もう一回」
『……やってる』
「じゃあ――」
『何回もやってるの』
モニカの声が掠れた。
シアンの言葉が止まる。
『最初に反応が消えてから、ずっと。生命反応も、EPも、別の機器でも確認した。壊れてるかもしれないと思って、違う系統も使った』
「……」
『でも、ないの』
その一言だけが、異様にはっきり聞こえた。
少し離れた場所で、エリーゼ3が端末を睨んでいる。
先ほどまでなら真っ先に怒鳴っていたはずなのに、今は何も言えない。
シアンも同じだった。
喉が動かない。
何か言葉にしてしまえば、本当に決まってしまうような気がした。
「……もう一回」
それでも絞り出した。
『シアン』
「お願い」
モニカはしばらく黙っていた。
やがて、また操作音が始まる。
結果は変わらなかった。
◇
戦場でも、イオタは動いていなかった。
先ほどまで凄まじい光量を放っていたゼロブレイドは、既に解除されている。
白光に呑まれた後、床へ倒れたガンヴォルトは一度も動いていない。
その手から離れた銃だけが、少し遠くに転がっていた。
遅れて皇神の兵士たちが集まり始める。
「イオタ司令」
一人が慎重に声を掛けた。
「侵入者を拘束しますか」
イオタはすぐには答えなかった。
兵士がもう一度尋ねようとしたところで、ようやく口を開く。
「待て」
「しかし――」
「もう抵抗はできん」
それ以上、イオタは何も言わなかった。
目は倒れたGVへ向いたままだ。
少し離れた場所には、一人の皇神兵が立っている。
先ほど、GVが目的を捨ててまで助け出した男だった。
彼はまだ、自分がここに立っていることを理解しきれていないようだった。
自分を助けた少年は倒れている。
自分は生きている。
その少年は自分を助けたせいで搬送情報を失い、その後もう一度イオタへ挑み、そして動かなくなった。
「……何故だ」
兵士が呟く。
誰にも聞かせるつもりのない声だった。
「何故、俺を助けた」
イオタも答えなかった。
戦う前から問い続けていたものと、どこか似ていた。
一人を救い、その先にあるものを失う。
その選択は正しいのか。
最後まで、ガンヴォルトは答えなかった。
それでも選んだ。
そして今、その結果だけが目の前に残っている。
イオタは小さく目を伏せた。
「……これが、貴様の選択か」
勝利を喜ぶような響きはなかった。
◇
フェザーの通信室では、アシモフが低い声で呼びかけていた。
「GV、応答しろ」
返らない。
「……ガンヴォルト」
やはり何もない。
横ではモニカが何度目かも分からない計測を続けている。
少し離れた場所にいるジーノも、もういつものような軽口を一つも口にしなかった。
「……おい」
ジーノが回線へ向かって声を掛ける。
「こういうの、マジでいいから。聞こえてんだろ、何か言えよ」
返事はない。
「GV」
少し強く呼ぶ。
「返事しろよ」
やはり何も返らない。
アシモフはモニカへ視線を向けた。
「もう一度だ」
「やってる」
「別系統は?」
「それもやった!」
思わずモニカの声が跳ね上がった。
言った直後、自分でも驚いたのか、唇を噛む。
「……ごめん」
「いや。続けてくれ」
アシモフはそれ以上責めなかった。
再び操作音が続く。
一度目。
二度目。
結果は変わらない。
生命反応はない。
EPの反応も戻らない。
通信機だけが、嫌になるほど正常だった。
アシモフは画面を見たまま動かなかった。
「……なぜ、君が」
誰へ聞かせるでもない、小さな声だった。
ジーノは通信の向こうへ呼びかけ続けている。
モニカはまた計測を始めた。
アシモフも、それ以上は何も口にしなかった。
◇
GV宅。
シアンはまだ端末を握っていた。
さっきからほとんど同じ姿勢だ。
モルフォは、そのすぐ傍にいた。
いつもなら誰より先に口を挟む彼女が、今は何も言わない。
エリーゼ3が端末を睨んでいる。
「……貸しなさい」
突然言った。
「え?」
「アタシが呼ぶ」
シアンから半ば奪うように端末へ顔を寄せる。
「GV!」
返事はない。
「聞こえてるんでしょうが! いい加減に返事しなさいよ!」
ノイズ。
「アンタ、遅くなったら承知しないって言ったわよね。死んでこいなんて一言も言ってないわよ!」
声が少しずつ震えていく。
「何でもいいから答えなさいよ! また変なこと言ってモニカに怒られてもいいから!」
何も返ってこない。
「……GV」
それ以上、続かなかった。
エリーゼ3の表情が崩れかけた瞬間、空気が変わった。
目が細くなる。
肩から余計な力が抜ける。
エリーゼ2だった。
シアンがすぐ気付く。
「……2?」
エリーゼ2は答えず、端末から聞こえる音へ耳を澄ませた。
長いことそうしていた。
やがて一言だけ言う。
「……GV、どこ?」
「え?」
「どこにいるの」
シアンは戸惑いながら答えた。
「戦ってたところ。まだ……向こうにいる」
エリーゼ2は端末へ視線を落とす。
通信の向こうにいる存在へ触れようとするように、じっと聞いている。
けれど、少しして表情が曇った。
「……遠い」
それだけだった。
シアンはその言葉の意味を全部理解したわけではない。
それでも、エリーゼ2が何かしようとしたことだけは分かった。
そして、それが届かなかったことも。
「……助けられないの?」
聞いた。
エリーゼ2はしばらく黙っていた。
やがて、小さく首を振る。
「ここじゃ、届かない」
それきり何も言わなくなった。
ほどなくエリーゼ1が表へ戻る。
彼女自身も、自分の中で何が起きたのかを完全には理解していない。
「GVさん……」
ただ、それだけを呟いた。
シアンは端末を胸元へ引き寄せる。
「どうしたらいいの」
誰に聞いたわけでもなかった。
「どうしたら、帰ってきてくれるの」
モルフォがようやく動いた。
『シアン』
「……何?」
『呼んで』
シアンは顔を上げる。
「呼んでるよ」
『そうじゃない』
「何回呼んでも返事ないんだよ」
『だからよ』
モルフォの声が少し強くなる。
『返事がないからって、届いてないって決めるの?』
「だって……」
『アンタの声、もっと遠くまで届くでしょ』
シアンはモルフォを見る。
すぐに意味は分かった。
それでも、首を振る。
「無理だよ」
『何が』
「歌ったって……」
言葉にしようとして喉が詰まる。
「もし、それでも何も起きなかったら」
モルフォは黙っている。
「今はまだ、通信が壊れてるだけかもしれないって思える。でも歌って、それでも帰ってこなかったら……」
その先を言えなかった。
歌っても届かなかった。
それを確かめてしまうことが怖かった。
モルフォもすぐには言い返さない。
歌えば必ず戻ると分かっているわけではない。
しばらくして、静かに言った。
『アタシだって分かんないわよ』
シアンが顔を上げる。
『歌えば絶対どうにかなるなんて、そんなこと言えない』
「じゃあ……」
『でも』
モルフォはシアンを真っ直ぐ見る。
『何もしないでここにいる方が、アタシは嫌』
シアンの目が揺れた。
『あいつだってそうだったんじゃないの』
「……」
『分かんないからって、何もしないのは嫌だって。ずっとそんな奴だったじゃない』
シアンは返せなかった。
つい数時間前。
二人で買い物へ行こうとして。
任務が入って。
GVは少し申し訳なさそうに謝って、それでも出ていった。
その先で何を選んだのか、自分はまだ知らない。
ただ一つだけ分かる。
GVは帰ると答えた。
ちゃんと帰ってきてね。
うん。
あまりにも普通のやり取り。
シアンは端末を握る手へ力を入れた。
「……聞こえてるかな」
『知らない』
「ひどい」
『嘘ついたって仕方ないでしょ』
モルフォはほんの少しだけ表情を緩める。
『でも、聞こえるように歌えばいい』
シアンは目を閉じた。
すぐには声が出なかった。
一度息を吸う。
震える。
もう一度。
そして。
小さな歌声が、部屋の中へ流れ始めた。
◇
戦場の通信機から、不意に音がした。
イオタが顔を上げる。
「……?」
ただのノイズではない。
人の声。
歌だった。
皇神兵たちも気付いたらしい。
一人が不思議そうにGVの端末を見る。
「通信……?」
「触るな」
イオタが止めた。
歌は少しずつ大きくなっていく。
不安定だった最初の声が、徐々に一本の線へ変わっていく。
その時だった。
GVの指先の近くで何かが光る。
「……!」
イオタの目が細くなる。
ほんの僅か。
青い火花。
見間違いかと思うほど小さい。
しかし。
もう一度。
今度ははっきりと、蒼い電気が床を走った。
「イオタ司令」
「黙っていろ」
イオタ自身にも、何が起きているのか分からなかった。
◇
「待って」
モニカが突然言った。
ジーノが振り向く。
「何だよ」
「今、数字が……」
操作。
確認。
モニカの顔が変わる。
「EP……?」
アシモフも画面を見る。
「何だ」
「ゼロだったのに」
もう一度測る。
微弱。
だが確かにある。
「増えてる」
「は?」
ジーノが素で聞き返す。
「そんなわけ――」
「増えてる!」
モニカの声が上がった。
「待って。まだ分からない。ノイズかもしれない」
すぐに別の系統へ切り替える。
測る。
結果は同じ。
もう一度。
「……ある」
モニカの指が止まった。
「反応、ある」
ジーノが通信へ顔を寄せる。
「GV!」
アシモフもすぐ呼ぶ。
「GV、聞こえるか」
返事はない。
それでも、数字は先ほどまでと違う。
少しずつ。
本当に少しずつ。
生命反応が戻り始めている。
「嘘……」
モニカが呟く。
その瞬間、戦場映像の中でGVの指が僅かに動いた。
「動いた!」
ジーノが叫ぶ。
「今動いたよな!?」
「見えてる!」
モニカの目に涙が浮かぶ。
それでも計測を止めない。
「心拍……戻ってる。弱いけどある。脳波も……」
声が震える。
「ある!」
アシモフは何も言わなかった。
ただ、画面を見つめている。
歌は続いていた。
◇
シアンは歌う。
何が起きているかは知らない。
モニカたちの声も、今はほとんど耳に入っていなかった。
ただGVへ向けて歌っていた。
届いてほしい。
帰ってきてほしい。
それだけだった。
モルフォの姿が強く光り始める。
シアンの歌と重なり、部屋の空気まで震える。
エリーゼ1は両手を胸元に寄せたまま、黙って見ていた。
途中で一瞬だけ、表情が変わる。
エリーゼ2。
彼女は遠くを見るように目を細めた。
「……」
しばらくして。
「戻ってる」
シアンの歌声が僅かに揺れた。
それでも止めない。
エリーゼ2はもう一度言った。
「GV、いる」
その言葉を最後に、また1へ戻った。
◇
戦場。
蒼い火花が増えていく。
GVの身体を、細い雷が這った。
イオタは動けなかった。
確かに死んでいた。
少なくとも、先ほどまで生きた人間の反応は一切なかった。
それが今。
ゆっくりとGVの指が曲がる。
腕が動く。
「……っ」
小さな呼吸音。
皇神兵たちがざわめいた。
助けられた兵士は目を見開いている。
GVが僅かに眉を寄せた。
喉が動く。
「……シアン?」
最初の言葉だった。
イオタにはその名前の意味は分からない。
だが通信の向こうでは、一斉に声が上がった。
『GV!』
『聞こえる!?』
『おい!』
GVはゆっくり目を開く。
白い天井。
何が起きたのか分からない。
耳元から歌が聞こえている。
「……」
身体を起こそうとして、途中で腕が震えた。
「痛っ……」
『無理に起きないで!』
モニカが叫ぶ。
「モニカ?」
『そう! 分かる!?』
「分かるよ」
『本当に!?』
「声大きいから」
いつもの調子が少しだけ戻った。
その一言で、ジーノが長く息を吐く。
『……お前マジで』
「何?」
『いや……何でもねえ』
GVは周囲を見る。
イオタ。
床。
ゼロブレイド。
白光。
記憶が少しずつ繋がっていく。
最後に自分が考えたこと。
シアン。
買い物。
約束を破るかもしれないと思ったこと。
そこから先がない。
「……僕」
自分の手を見る。
蒼雷が細く走った。
「どうなったの?」
誰もすぐには答えなかった。
GVが不安そうに顔を上げる。
「ねえ」
アシモフが答えた。
『君は死んでいた』
GVが止まる。
『生命反応は完全に消えていた。モニカが何度も確認した』
「……死んだ?」
『そうだ』
曖昧にはしなかった。
GVはしばらく自分の手を見る。
動く。
息もできる。
心臓も鳴っている。
それでも確かに、自分の中にその先が存在しなかった感覚だけは残っている。
「じゃあ、何で」
耳元の歌。
そこでようやく気付く。
「シアン……」
モニカが小さく答える。
『ずっと歌ってる』
GVは通信機へ手を伸ばした。
触れた瞬間、蒼雷が少し強くなる。
「聞こえてるよ」
小さく言った。
シアンの歌は止まらない。
「ちゃんと聞こえてる」
◇
歌が終わった時、シアンはすぐには息を整えられなかった。
「……GV?」
『うん』
返事があった。
シアンの手から力が抜ける。
『聞こえてるよ』
「……」
何を言えばいいのか分からない。
帰ってきて。
さっきまで、それしか考えていなかった。
本当に返事が来たら来たで、言葉が出ない。
『シアン?』
「……ばか」
『え』
「ばか」
『ごめん』
即座に謝った。
それが余計に腹立たしい。
「帰ってきてって言ったじゃん」
『うん』
「ちゃんとって言ったじゃん」
『……うん』
「一回死んでから返事するの、ちゃんとじゃないから」
『それは、本当にそうだね』
「笑わないで」
『笑ってないよ』
「声が笑ってる」
『ちょっとだけ』
「GV!」
『ごめんって』
シアンは目元を拭う。
それ以上喋ると、歌とは別の理由で声が出なくなりそうだった。
「……帰ってきて」
今度は少し静かに言った。
『帰るよ』
「今度こそ?」
GVは少し間を置いた。
今度は軽く答えない。
『うん。今度こそ』
◇
通信が少し落ち着いたところで、アシモフが口を開いた。
『GV』
「何?」
『帰還しろ』
即答だった。
GVは少し驚く。
『反論は聞かない。一度死んだ君を、もう一度戦わせるつもりはない』
モニカもすぐ続く。
『私も賛成。今は数字が戻ってるけど、身体がどうなってるか分からないんだから』
ジーノも珍しく強い。
『帰れ。マジで。二回目とかシャレになんねえからな』
「……うん」
GVはゆっくり立ち上がる。
イオタも戦闘姿勢を取っていなかった。
「今度こそ退け」
GVが彼を見る。
「君も?」
「当然だ」
「僕を止める側なのに」
「死んだ人間が蘇った直後にもう一度戦えと言うほど、私は狂っていない」
「それもそうか」
GVは自分の身体を確かめる。
不思議なくらい軽い。
さっきまでの消耗が嘘のようだった。
それどころか、以前より力が満ちているように感じる。
ただし、何が起きているのかは自分にも分からない。
「帰りたいよ」
GVが言った。
イオタが少し眉を動かす。
「ならば帰れ」
「うん。帰る」
その言葉を聞いて、モニカもジーノも僅かに息を抜く。
イオタも構えを解きかけた。
GVは施設の奥を見る。
「……その前に」
全員が止まった。
「搬送設備だけ止めてもいい?」
『GV!』
モニカの声が裏返る。
イオタも顔をしかめた。
「貴様という男は……!」
「怒るよね」
「当然だ!」
「だよね」
『だよねじゃねえよ!』
ジーノまで怒鳴った。
GVは苦笑しながらも、すぐ真顔へ戻る。
「でも、今夜の搬送はまだ続いてるんでしょ」
『続いてるけど!』
モニカが答えてから、しまったというように息を呑む。
『だからって、今すぐまた戦う必要は――』
「あるよ」
GVの声は軽くなかった。
「帰りたいのは本当。でも、このまま帰ったら、たぶんまた気になる」
『さっきそれで死んだんだぞ!』
「うん」
ジーノの言葉に、GVは素直に頷く。
「だから今度は死なない」
『そんな簡単に言うなよ』
「簡単じゃないよ」
GVは少し目を伏せた。
「さっき死んだの、僕もちゃんと分かってる」
通信の向こうが静かになる。
「もう一回同じことするつもりはない。今度は帰るために戦う」
イオタがGVを見る。
「それでも進むのか」
「まだ止められるならね」
「何故そこまで拘る」
GVは考えた。
以前なら、すぐに「分からない」と答えていたかもしれない。
今も結局は同じだった。
「……やっぱり分かんない」
イオタの顔が少し険しくなる。
「一度死んでもか」
「死んだら急に全部分かると思ってた?」
「少なくとも、自分の選択を見直すには十分な出来事だと思うが」
「見直してるよ」
GVは床に落ちていた銃を拾い上げる。
「でも、見直したからって答えが出るわけじゃない」
「ならば退くべきだ」
「それも一つだと思う」
イオタが僅かに目を見開く。
「君がそう言う理由も、さっきより分かる。でも僕は今、まだできることがあるって思ってる」
銃を構える。
「だから、それをやってから帰る」
「……貴様の考えは、やはり私には理解し難い」
「僕も全部説明できないよ」
「ならば私も止める」
「うん」
「今度こそ全力でだ」
「それはちょっと困るな」
「貴様が始めたのだ!」
少しだけ、先ほどまでとは違う空気が戻った。
◇
イオタが消えた。
また光速。
だが。
「……」
GVの目が動く。
白い線が見えた。
一瞬ではない。
そこに確かに軌跡がある。
「……見える」
『何が?』
モニカが聞く。
「イオタ」
『え?』
「残光が見える」
ジーノが即座に返した。
『いや、光速だぞ?』
「うん」
『うんじゃなくて』
白光が左から迫る。
GVは身を捻る。
ぎりぎりでかわした。
床が削れる。
「見えるけど、身体がまだ追いつかない」
『それでも十分おかしいからな!?』
「僕に言われても」
イオタが姿を現す。
「今、私の動きを見たのか」
「少し」
「あり得ん」
「僕もそう思う」
再び消える。
今度は右。
GVは先に動く。
白い残光が横を抜ける。
その軌跡を追いながらダートを撃つ。
イオタが高速移動の途中で軌道を変える。
「……!」
「今度はそこまで見えた」
以前は、光になる前のイオタを読むしかなかった。
視線。
重心。
肩。
フォトンビット。
どこへ行こうとしているのかを、光になる前に読む。
それしか方法がなかった。
今は違う。
光になった後。
そこに残る白い軌跡が見える。
最初は目が追えても、身体が動かなかった。
だが。
蒼雷が身体を巡る度、動きが少しずつ軽くなる。
『出力上がってる』
モニカが驚いた声を出した。
「さっきより?」
『さっきどころじゃない。復活前の通常値を越えてる』
「それ大丈夫?」
『こっちが聞きたい!』
イオタの光が迫る。
白。
蒼。
二つの色が交差する。
今度はカゲロウではない。
GV自身が避けている。
「何故だ!」
イオタの声が初めて大きく揺れた。
「何故私の動きへ対応できる!」
「さっきまでは、君が光になる前しか見えなかった」
GVは横へ跳ぶ。
「でも今は」
白い軌跡を追う。
「その後もちょっと見える!」
ダート。
イオタが避ける。
しかし二発目が先回りしていた。
「っ!」
命中。
雷撃。
蒼雷がタグを通ってイオタへ伸びる。
高速移動中の身体を捉えた。
「ぐっ……!」
イオタが強引に距離を取る。
「まさか、残光そのものを……」
「だから言ったでしょ。見えるって」
「馬鹿な」
「その反応、ちょっと嬉しいな」
「何故だ!」
「前は僕がずっとその側だったから」
GVは少し笑った。
「光速とか普通に嫌だったし」
『今も普通に嫌だろ!』
ジーノが横から言う。
「今はちょっとマシ!」
再びイオタが突っ込む。
以前とは全く違う。
攻撃が終わってから風が来るのではない。
光が来る。
それが見える。
音より速いままなのに、目で追える。
もちろん余裕ではない。
避け損なえばカゲロウが働く。
しかし、その度に消費されるはずのEPが、ほとんど減っていなかった。
『ちょっと待って』
モニカが気付く。
『カゲロウを使ってるのに、EPが戻ってる』
「戻ってる?」
『減ってもすぐ補われてる。シアンの歌の影響……?』
アシモフが画面を見ながら言った。
『供給が続いているのか』
「そんなことできるの?」
『実際に起きている』
「便利だなあ」
『便利で済ませないで!』
モニカに怒られた。
イオタのフォトンビットが広がる。
四方から光弾。
GVは雷撃鱗を展開した。
以前ならカゲロウを切るため、長く維持すること自体が危険だった。
今は違う。
雷撃鱗の出力そのものが高い。
飛んできた光弾が蒼雷へ触れた瞬間、次々と弾ける。
イオタが僅かに顔をしかめる。
「力まで増しているか」
「僕にもよく分かんないんだけどね」
「理解もせず使うな!」
「今それ言う?」
蒼雷が広がる。
イオタが光になって抜ける。
GVはその残光を追う。
今度は先回りする。
「そこ!」
イオタが現れるより早くダートが飛ぶ。
「何っ!」
着地点へ刺さる。
雷撃。
イオタが弾かれる。
白い光が床を滑り、数メートル先で止まった。
「……貴様」
「僕もびっくりしてるよ」
GVは銃を下げない。
「でも、さっきよりずっと戦いやすい」
◇
それでもイオタは崩れなかった。
速度だけで押し切れないと分かれば、すぐに戦い方を変える。
フォトンビットを散らし、GVの視界を分断。
自分自身の残光を囮にして別方向から射線を作る。
光速そのものではなく、判断を迷わせる。
「そう来るんだ」
GVが一発をかわし、二発目を雷撃で落とす。
三発目をカゲロウで回避。
その間にイオタが懐へ入る。
「っ!」
腕で受ける。
衝撃で後方へ滑った。
『GV!』
「大丈夫!」
イオタが追う。
「力が増したからといって、考える必要までなくなったわけではないぞ!」
「それは分かってる!」
「本当にか!」
「かなり!」
「信用できん!」
イオタの言葉に、GVが少し笑う。
「アシモフと同じこと言ってる」
『笑い事ではない』
「聞いてた?」
『当然だ』
アシモフの声は少し怒っていた。
「ごめん」
『謝罪は帰ってから聞く』
「長くなりそうだなあ」
『長くするつもりだ』
イオタが踏み込む。
GVも正面から迎える。
蒼雷と白光がぶつかる。
以前とは違い、一方的には押されない。
「一度死んでもなお」
イオタが力を込めながら言う。
「貴様は選択を変えんのか!」
GVも雷撃を強める。
「分からない!」
「まだそれを言うか!」
「だって本当に分からないから!」
衝突が弾け、互いに距離を取る。
GVは息を整える。
「死んだからって、急に答えが分かるわけじゃなかったよ」
「ならば少しは慎重になれ!」
「なってる!」
「私にはそう見えん!」
「今度は帰るつもりで戦ってる!」
「先ほども帰ると言っていたはずだ!」
「それ言われると痛いな!」
軽口を返しながらも、GVの表情は真剣だった。
「でもさ」
イオタの次の動きを見る。
「君が聞いたこと、ずっと考えてる」
白光。
避ける。
「一人を助けて、そのせいで別の誰かが困ったらどうするのか」
ダート。
外れる。
「僕が、誰かを見捨てるのが嫌なだけなのか」
フォトンビット。
雷撃で落とす。
「まだ分からない」
イオタが目を細めた。
「では、あの兵を助けたことを後悔しているのか」
GVの目が一瞬、助けた兵士へ向く。
彼は少し離れた場所で戦いを見ている。
「……後悔してるかって聞かれると、それも違う」
「都合のいい話だな」
「うん。そう聞こえると思う」
「正しかったとは言えない。後悔もしていない。それでどうするつもりだ」
GVはすぐ答えなかった。
攻撃を避けながら考える。
「たぶん」
少しして口を開く。
「これからも考えるしかないんだと思う」
「それが答えか」
「答えじゃないよ」
GVははっきり言った。
「答えが出てないから考える」
「いつまでだ」
「分かるまで」
「分からなかったら」
「その時も考える」
「曖昧だな」
「うん」
GVは否定しない。
「でも、分かったふりするよりはいいかなって」
イオタは言葉を止める。
その返しだけは少し予想外だったようだ。
「貴様はまた同じ状況になれば、あの兵を助けるのか」
GVはすぐに答えなかった。
その問いは以前より重い。
今度は、自分が一度死んだ後だからだ。
「……それも、その時にならないと分からない」
「また逃げるのか」
「逃げてるかもしれない」
「ならば何も変わっていない」
「そうかも」
それでもGVは銃を構える。
「でも、さっきよりは君の言ってること考えてるよ」
「それで十分だと思うか」
「十分じゃないと思う」
その言葉だけは迷わなかった。
イオタの目が僅かに変わる。
以前のGVなら、「でも僕は助けたい」で終わっていた。
今も結論自体はほとんど変わっていない。
けれど、自分の選択の外側にあるものを、もう見なかったことにはできない。
イオタはそれを認めるようなことは言わなかった。
ただ。
「ならば」
フォトンビットを呼び戻す。
「その考えがどこまで貴様を支えるか、見せてもらう」
◇
複数のフォトンビットが上空へ集まる。
その瞬間、モニカが反応した。
『待って。それ……』
ジーノも分かる。
『おい、またかよ』
GVも見上げた。
白い光が一本へ集約されていく。
「ゼロブレイド」
イオタが構える。
前回と同じ。
自分を呑み込んだ光。
GVの身体が一瞬だけ強張った。
記憶が戻る。
押し返せなかった。
蒼雷が細くなった。
シアンへ謝った。
そこで終わった。
『GV』
アシモフが呼ぶ。
「うん」
『撤退してもいい』
前回のような命令ではなかった。
「……」
『戦う必要はない。今ならまだ戻れる』
モニカも続く。
『お願いだから、無理しないで』
ジーノは少し間を置いた。
『俺も同じ。マジでな』
GVはゼロブレイドを見る。
怖い。
今度は分かる。
あれで一度死んだのだ。
自分の身体が覚えている。
イオタもその様子に気付いた。
「今度は退けとは言わん」
GVが顔を上げる。
「私は一度、貴様へ機会を与えた」
「うん」
「それでも貴様は再び立った」
白い刃がさらに強く輝く。
「ならば今度は、私も最大戦力で応じる」
GVは少し笑った。
「そこは前と同じなんだ」
「貴様が全力で来るというなら、私も全力で止める。それだけだ」
「うん」
GVは一度、目を閉じる。
シアンの声を思い出す。
帰ってきて。
今度こそ。
自分も答えた。
今度こそ帰る。
「……よし」
目を開く。
「僕も、今度はちゃんと帰るつもりで行くよ」
蒼雷が身体を包む。
先ほどとは比較にならない。
空気そのものが震える。
モニカの計測値が跳ね上がった。
『ちょっと……』
「何?」
『出力、また上がってる』
「まだ?」
『まだ上がってる!』
ジーノが乾いた笑いを漏らす。
『何だよそれ……』
アシモフは黙って見ている。
イオタの表情にも緊張が走った。
「その雷……」
「僕にもよく分かんない」
「またそれか!」
「本当に分かんないんだって!」
GVは銃を構える。
「でも、今度は負けない」
イオタがゼロブレイドを振り上げた。
「ならば来い、ガンヴォルト!」
「行くよ、イオタ!」
白光が落ちる。
蒼雷が迎え撃つ。
再び、二つの光が真正面からぶつかった。
轟音。
施設全体が震える。
前回と同じ構図。
だが。
結果は違った。
「……!」
イオタの腕が止まる。
蒼雷が押し返している。
しかも前回のように一瞬ではない。
「何だ、この出力は……!」
GVは歯を食いしばる。
「僕も……知りたい!」
『今それ言う!?』
モニカが思わず叫ぶ。
GVの周囲を走る雷は弱まらない。
それどころか、さらに強くなる。
『EP、減ってない!』
「本当?」
『むしろ補われてる!』
シアンの歌。
その力が、まだGVの中に残っている。
ゼロブレイドが軋む。
「馬鹿な……!」
イオタがさらに出力を上げる。
白い刃が巨大になる。
GVも応じる。
蒼雷が螺旋を描きながら前へ進む。
「イオタ!」
「何だ!」
「さっきは負けたけど!」
「知っている!」
「今度は帰るって決めたから!」
「それだけで勝てるなら苦労はない!」
「僕もそう思う!」
蒼雷がさらに押す。
「でも――」
GVの目が光る。
「今は、これで行く!」
ゼロブレイドに一本の亀裂が走った。
イオタの目が見開かれる。
「何……!」
亀裂が広がる。
白光の中へ蒼が入り込む。
「押し切れえええっ!」
GVが叫ぶ。
蒼雷が一気に膨れ上がった。
白い刃が砕ける。
光の破片が宙へ散る。
「ぐっ……!」
イオタの身体が後方へ吹き飛ばされる。
壁へぶつかる直前、自ら光速移動で衝撃を逃がす。
それでも地面へ膝をついた。
フォトンビットが周囲へ落ちる。
沈黙。
蒼雷だけがGVの周囲を走っていた。
『……勝った?』
ジーノが恐る恐る言う。
「たぶん」
『たぶんじゃねえよ!』
「まだイオタ立ってるし」
イオタは片膝をついたまま、GVを見る。
「……貴様」
立ち上がろうとする。
しかしフォトンビットが応答しない。
ゼロブレイドも使えない。
GVは追撃しなかった。
「もういいよ」
イオタの眉が動く。
「何?」
「これ以上やったら、本当にどっちか動けなくなりそうだし」
「貴様は先ほど一度動かなくなっただろう」
「それは……言わないでほしいな」
『もっと言ってやれ!』
ジーノがすかさず乗る。
「ジーノはどっちの味方?」
『死んで帰ってくる奴の味方はしばらくやめた』
「厳しい」
GVは少しだけ笑い、それから中央管制へ目を向けた。
イオタもその視線の意味を理解する。
「行くつもりか」
「うん」
「私が止めると言ってもか」
GVはイオタの周囲に落ちたフォトンビットを見る。
「今は止められないでしょ」
「……」
「ごめん。ちょっと嫌な言い方だった」
「余計な気遣いをするな」
「了解」
GVは中央管制室へ向かって歩き始める。
数歩進んだところで、イオタが背中へ声を掛けた。
「ガンヴォルト」
「何?」
「情報は戻らんぞ」
GVの足が止まる。
「搬送先のデータは既に消えている。今から管制を止めたところで、失ったものは戻らん」
「……うん」
「先ほど貴様が一人を救んだ結果は変わらない」
「分かってる」
GVは振り返る。
「だから、これで帳消しになったなんて思ってないよ」
イオタが黙る。
「今夜の搬送を止められる。それだけ」
「それで満足か」
「満足はしないと思う」
「なら何故やる」
GVは少し考えた。
「今できるから」
イオタの顔が僅かに険しくなる。
「またそれか」
「うん。でも前みたいに、それだけで全部正しいとは思ってないよ」
「最初からそう言っていただろう」
「そうだった」
GVは苦笑する。
「じゃあ、ちょっとだけ考え方が増えたってことで」
「随分と曖昧な成長だな」
「僕もそう思う」
そして中央管制へ向かった。
◇
操作そのものには、それほど時間は掛からなかった。
イオタとの戦闘で施設の制御系統はかなり傷んでいる。
モニカの指示を受けながら、GVが残った系統へ干渉する。
『そこじゃない。右の二番目』
「これ?」
『それは予備電源』
「危ない」
『危ないで済ませないでよ』
「死んだばっかりだから慎重になってるよ」
『その話自分からする!?』
「モニカが慎重にって言うから」
『そういう意味じゃない!』
通信の向こうでジーノが吹き出しかける。
『……あー、やっといつもの感じ戻ってきたな』
「僕、そんな感じだった?」
『割と』
アシモフが低く割り込む。
『雑談は帰還してからにしろ』
「はい」
『返事だけは良いな』
「ちゃんと聞いてるよ」
『なら帰ってこい』
「これ終わったらね」
最後の制御へ雷を流す。
画面の表示が変わる。
搬送システム停止。
少なくとも今夜予定されていた移送は、これで行えない。
モニカが確認する。
『停止した。緊急系統も落ちてる』
「よし」
『これ以上は本当に何もしないで帰って』
「分かった」
『今度こそ?』
「今度こそ」
GVは通信を切らずに、イオタのところへ戻った。
イオタは既に立ち上がっていた。
フォトンビットは動かないが、自力で立つ程度の力は残っているらしい。
助けられた皇神兵もその傍にいる。
GVを見る目は、最初とは明らかに違っていた。
「終わったか」
「今夜の分は止めたよ」
「そうか」
イオタは短く答えた。
負け惜しみも、怒鳴る様子もない。
ただ、その結果を受け止めている。
少しして、イオタが口を開いた。
「一つ聞く」
「まだある?」
「貴様は今、勝った」
「そうみたいだね」
「搬送も止めた」
「うん」
「ならば、先ほどの選択も正しかったと思うか」
GVはすぐに首を振った。
「思わないよ」
イオタの目が少し細くなる。
「即答だな」
「今ここで止められたからって、あの時データを失ってよかったことにはならないでしょ」
「……」
「僕があの人を助けなかったら、情報は取れたかもしれない。その情報があれば、これから助けられた人もいたかもしれない」
助けられた兵士が僅かに目を伏せた。
GVはそれに気付いたが、言葉を変えなかった。
「だから、やっぱり分からない」
「一度死に、私を破り、それでもか」
「それでも」
GVはイオタを見る。
「強くなったから僕が正しくなった、なんて変でしょ」
イオタは黙る。
「勝った方が正しいなら、さっき僕が死んだ時は君が全部正しかったことになるし」
「私は最初から、勝敗で正しさを決めるつもりはない」
「僕も」
GVは少し笑った。
「だから、この話はまだ終わってないんだと思う」
「いつか答えを出せ」
イオタの声は硬い。
「貴様がその生き方を続けるつもりなら、いずれまた同じ問いを突きつけられる」
GVは少しだけ考える。
「うん」
「軽く答えるな」
「これでもかなり真面目だよ」
「そうは聞こえん」
「よく言われる」
イオタが微かに眉間へ皺を寄せる。
それ以上は何も言わなかった。
GVも銃を収める。
その時。
「ガンヴォルト」
今度は、助けられた兵士だった。
GVが振り返る。
「何?」
兵士は何か言おうとして、少し迷った。
「……先ほどのことだ」
「ああ」
「自分は今も、貴様の判断が正しかったとは思っていない」
「うん」
「自分は残ると決めた。命令でもあったが、自分でもそうするべきだと思っていた」
「分かってる」
「それでも貴様は来た」
「うん」
「……何故だ」
同じ問いだった。
GVは少し困ったように笑う。
「前にも言ったけど、放っとけなかったから」
「それだけなのか」
「今もそれ以上は上手く言えないよ」
兵士はGVを見た。
理解した様子ではない。
だが、以前のように怒ってもいなかった。
「……そうか」
最後にそれだけ言った。
GVもそれ以上説明しなかった。
理解してもらうために助けたわけではない。
そして、自分の選択を正当化してもらうためでもない。
「じゃあ、僕は帰るよ」
イオタへ軽く手を上げる。
「次に会う時は、もうちょっと普通に話せるといいね」
「敵地へ侵入しておいて何を言う」
「じゃあ外で」
「場所の問題ではない」
「難しいなあ」
「さっさと行け」
「了解」
GVは今度こそ出口へ向かって歩き出した。
◇
『本当に帰ってる?』
施設を出た直後、モニカが確認してきた。
「帰ってるよ」
『寄り道してない?』
「まだ山の中だよ」
『お前なら途中で何か見つけかねないからな』
ジーノが言う。
「信用ないなあ」
『今日だけは仕方ねえだろ』
「それは否定できない」
少し間を置いて、GVが聞く。
「シアンは?」
モニカの声が少し柔らかくなる。
『家で待ってる』
「怒ってる?」
『怒ってると思う』
ジーノが割り込んだ。
『絶対怒ってる』
「だよね」
『俺でも怒る』
「ジーノまで?」
『一回死んで帰ってくる友達がいたら普通怒るだろ』
「……そう言われると、そうか」
アシモフが言う。
『私も怒っている』
「増えた」
『覚悟して帰ってこい』
「帰りにどこか寄った方がいい?」
『何を買って誤魔化すつもりだ』
「いや、甘い物とか」
『やめておけ』
アシモフの返答は早かった。
ジーノも同意する。
『それ今やるとマジで火に油だぞ』
「じゃあ普通に帰るよ」
『最初からそうしろ』
「はい」
帰路。
夜の風が頬を撫でる。
GVはしばらく黙って進んだ。
身体は軽い。
蒼雷も以前よりずっと素直に応えてくる。
それでも、胸の奥には妙な感覚が残っていた。
自分は一度死んだ。
その事実だけは、どれだけ身体が元気でも消えない。
死ぬ前に考えていたことも。
答えられなかった問いも。
そのまま残っている。
「……難しいな」
『何が?』
モニカが聞く。
「色々」
『考えるのは帰ってからにして』
「うん」
『今日は本当にそれだけ守って』
「分かった」
今度は素直に頷いた。
◇
玄関の向こうで足音がした。
シアンはすぐに気付いた。
エリーゼ1も顔を上げる。
モルフォも何も言わず、扉を見る。
鍵が開く。
扉がゆっくり開いた。
「ただいま」
GVが立っていた。
いつもとほとんど変わらない姿で。
少し服が汚れていて、疲れた顔をしている。
でも立っている。
自分の足で。
「……」
シアンは動かなかった。
GVも少し困る。
「シアン?」
その声も本物だった。
シアンがゆっくり近づく。
「ちゃんと帰ってきてって言ったよね」
「……うん」
「言ったよね?」
「言った」
「GVも、うんって言ったよね」
「言いました」
「じゃあ何で一回死んでるの」
GVは言葉に詰まった。
「……ごめん」
「ごめんじゃないよ」
「うん」
「返事しても返ってこないし、モニカさんは何回測っても反応ないって言うし、エリーゼだって――」
そこで声が詰まる。
GVは黙って聞いていた。
「帰ってくるって言ったじゃん」
「……うん」
「約束したじゃん」
シアンの声が震える。
GVは少し目を伏せる。
「ごめん」
今度はふざけなかった。
「本当に、ごめん」
シアンはすぐに許すとも言わない。
ただ、GVの服の袖を掴んだ。
そこにいることを確かめるように。
「……もう一回はやめて」
「うん」
「絶対だから」
「うん」
そこでエリーゼ1が恐る恐る近づいてきた。
「GVさん……」
「ただいま、エリーゼ」
「……本当に」
それ以上言葉が続かない。
目に涙を浮かべながら、何とか笑おうとしている。
「帰ってきたよ」
「はい……」
その直後。
エリーゼの表情が変わった。
「アンタねえ!」
エリーゼ3だった。
GVが反射的に肩をすくめる。
「はい」
「遅くなったら承知しないって言ったけど、死んでこいなんて一言も言ってないわよ!」
「それは本当にその通りです」
「何で敬語なのよ!」
「怒られてるから」
「そういうところが腹立つのよ!」
「ごめん」
「軽い!」
「かなり反省してるよ」
「顔がそう見えない!」
「どういう顔したらいい?」
「聞くな!」
シアンが横から低い声で言う。
「GV」
「はい」
「今は余計なこと言わない方がいいよ」
「了解」
エリーゼ3が腕を組む。
「ったく……人に心配かけるだけかけて、普通に玄関から帰ってきてるんじゃないわよ」
「普通じゃない帰り方も困るでしょ」
「だから余計なこと言うなって言ってるでしょうが!」
「ごめん!」
さすがに今度は黙った。
エリーゼ3が大きく息を吐く。
それから、ほんの僅かに目を逸らした。
「……帰ってきたなら、まあ」
最後まで言わない。
すぐ人格が切り替わった。
エリーゼ2。
彼女はGVをじっと見る。
何も言わない。
「……2?」
GVが呼ぶ。
エリーゼ2は一歩近づく。
胸元。
顔。
腕。
何かを確かめるように視線を動かした。
「……いる」
「うん」
「今、いる」
「いるよ」
エリーゼ2はそれだけ聞くと、小さく頷いた。
やがて1へ戻る。
モルフォはそのやり取りを見ていた。
GVが彼女を見る。
「モルフォも、ありがとう」
『アタシは別に』
「シアンに歌うよう言ってくれたんでしょ」
『……』
「聞いたよ」
モルフォは少しだけ顔を逸らす。
『次やったら、アタシも本気で怒るからね』
「モルフォも?」
『当たり前でしょ。せっかく届いたのに、また勝手にいなくなられたら困るのよ』
「……うん」
GVは素直に頷いた。
「気を付ける」
『気を付けるじゃなくて、帰ってくるの』
「はい」
『何でアタシにも敬語なのよ』
「今日は怒られる日みたいだから」
『分かってるならいいわ』
シアンが深く息を吐く。
まだ怒っている。
でも、少しだけ普段の空気が戻ってきていた。
◇
その時。
GVが玄関の隅を見る。
「あ」
「何?」
シアンも視線を追う。
そこには、出掛ける前に置いた買い物袋がそのまま残っていた。
「……買い物」
GVが言う。
シアンは袋を見る。
そしてGVを見る。
「今日は行かない」
「だよね」
「当たり前でしょ」
「冷蔵庫、大丈夫?」
「何とかする」
「じゃあ僕も――」
「今日は座ってて」
「元気だよ?」
「座ってて」
「はい」
素直に部屋へ入る。
数歩進んだところで振り返った。
「じゃあ、明日?」
シアンも買い物袋を見る。
「明日」
「今度はちゃんと行こうか」
「うん」
そこでシアンが少しだけ目を細める。
「途中で任務入っても、今度はちゃんと帰ってきてね」
GVは一瞬だけ黙った。
今日のことを思い出す。
軽く言っていい言葉ではないと思った。
それでも重くしすぎるのも違う。
「うん」
いつもと同じ言葉。
けれど今度は、少しだけ強く頷いた。
◇
フェザーの通信室は、すっかり静かになっていた。
モニカはようやく席を離れ、ジーノも先に部屋を出ている。
GVが無事に帰宅したことまで確認した後だった。
アシモフだけが残っていた。
既に戦場との回線は閉じている。
暗くなったモニターに何かが映っているわけでもない。
それでも、しばらくその画面を見ていた。
やがて静かに端末の電源を落とす。
「……やはり」
誰もいない部屋へ、小さな声が落ちる。
「今のままでは、駄目か」
それ以上は何も言わない。
アシモフは席を立ち、通信室を後にした。
その言葉を聞いた者はいなかった。
◇
死んだはずの蒼い雷は、もう一度走り始めた。
白い残光を追い越し、かつて敗れた刃を真正面から打ち破った。
けれど。
ガンヴォルトが一度死んだからといって、世界の答えまで見つかったわけではない。
一人を救ったことが正しかったのか。
そのために失ったものを、どう受け止めればいいのか。
イオタの問いはまだ残っている。
それでも。
答えが出ないまま立ち止まるのではなく、考えながら進む。
少なくとも今のGVにできるのは、それだけだった。
家では、明日の買い物を待つ袋が玄関に置かれている。
その傍を通り過ぎ、GVは皆のいる部屋へ戻っていった。
今度は確かに。
帰ってきた。