『隣人GV ―もしもスパイディの影響を受けたGVなら―』   作:幸田市

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第二十話「彩花」

朝、カーテンの隙間から差し込んだ光が、テーブルの端に置かれたマグカップを白く照らしていた。

 

GVは椅子に座ったまま片手で端末を眺め、その隣ではシアンがトーストにジャムを塗っている。エリーゼ1は牛乳のパックとしばらく格闘した末、ようやく開け口を見つけて小さく息をついた。

 

ほんの数日前までなら、こうして朝を迎えられること自体がどこか不思議だった。

 

夜中に目を覚ます回数は減っている。完全になくなったわけではなく、ふとした瞬間に白い光が視界の奥を横切ることもある。それでも、以前ほど長く引きずることはなくなった。

 

その変化を一番よく知っているのは、たぶんシアンだった。

 

「昨日は?」

 

ジャムを塗り終えたパンを皿へ置きながら、シアンが何気なく聞いた。

 

GVは端末から目を上げる。

 

「何が?」

 

「夜」

 

「ああ」

 

少し考えてから、GVは答えた。

 

「一回だけ」

 

「起きた?」

 

「うん。でもすぐ寝た」

 

「そっか」

 

シアンはそれ以上聞かなかった。ただ、ほんの少しだけ口元が緩んだ。

 

GVも何となくそれに気づき、視線を手元へ戻す。

 

端末の横では、昨日シアンからもらった小さなキーホルダーが揺れていた。

 

買い物の途中、シアンが「あげたいから」と選んでくれたものだ。結局どこにつけるか迷った末、GVは一番よく持ち歩く端末ケースにつけた。

 

朝からそれを見つけたシアンは一度だけ目を丸くし、それから何も言わなかったのだが、何も言わないままさっきから三回ほど視線を向けている。

 

「そんなに気になる?」

 

「え?」

 

「これ」

 

GVが端末を少し持ち上げると、キーホルダーが小さく揺れた。

 

「べ、別に」

 

「じゃあ何でさっきから見てるの」

 

「見てない」

 

「見てたよ」

 

「GVがそう思ってるだけ」

 

「三回くらい目合ったけど」

 

「数えてたの!?」

 

「なんとなく」

 

シアンが頬を膨らませ、その横でエリーゼ1が牛乳を飲みながら小さく笑った。

 

「仲がいいですね」

 

「エリーゼまで!」

 

「えっ、ご、ごめんなさい」

 

「謝らなくていいって」

 

GVが苦笑した、その時だった。

 

端末が短く振動し、画面の表示を見た瞬間、GVの表情がわずかに変わる。

 

FEATHERからの連絡だった。

 

緊急というほどではない。しかし、通常連絡でもない。

 

「任務?」

 

シアンが先に気づいた。

 

「たぶん」

 

GVは通信を開いた。

 

『朝から悪いわね、GV』

 

モニカの声だった。背後では複数の端末が動いているらしく、微かな電子音が重なっている。

 

「大丈夫。どうしたの?」

 

『皇神の薬理研究施設について、新しい情報が入ったわ』

 

GVの視線がわずかに細くなった。

 

『場所は郊外。表向きは製薬関係の研究所だけど、地下区画で能力者関連の研究をしている可能性が高い』

 

「能力者の?」

 

『ええ。それと……ViVidっていう植物、聞いたことある?』

 

「ない」

 

GVは即答した。シアンも首を横に振る。

 

『見た目は普通の花に近いわ。皇神が品種改良した特殊植物で、そこからS.E.E.Dっていう物質を抽出してる』

 

「S.E.E.D」

 

GVが名前を繰り返す。

 

『本来は精神的な負荷を抑える薬理作用があるみたい。でも皇神は、能力者の第七波動を安定させたり、制御しやすくしたりするためにも使ってる』

 

GVの指が止まった。

 

シアンも、さっきまでとは違う表情になる。

 

能力者を制御する。

 

その言葉だけで、二人には十分だった。

 

『まだ用途の全容は掴めてない。ただ、少なくとも複数の能力者実験と繋がってる。研究データの回収と、可能ならViVidの培養設備を停止してほしい』

 

「分かった」

 

返事は早かった。

 

『待って。今回は生きた植物だから、施設側で再培養される可能性がある。停止だけじゃなく、培養母体そのものの処分も必要になる』

 

GVは一瞬だけ黙った。

 

「全部?」

 

『少なくとも、能力者実験に使われている区画のものは』

 

「……了解」

 

通信が切れると、食卓に静けさが戻った。

 

エリーゼ1は少し不安そうにGVを見ている。シアンもしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

 

「行くんだよね」

 

「うん」

 

「そっか」

 

GVは立ち上がり、椅子の背に掛けていたジャケットを取った。

 

玄関へ向かう途中で、ふと足を止める。

 

シアンは追いかけてこなかった。ただリビングから、まっすぐ彼を見ている。

 

少し前なら、「ちゃんと帰ってきて」と言ったかもしれない。

 

GVも「絶対帰る」と答えようとして、きっと言葉を詰まらせていた。

 

けれど今日は違った。

 

「行ってきます」

 

GVが言うと、シアンは少しだけ笑った。

 

「うん。行ってらっしゃい」

 

その言葉を聞いてから、GVはドアを開けた。

 

研究施設は、街から少し離れた山沿いに建っていた。

 

周囲には一般企業の研究棟を装うための看板が立っていたが、近づけば違和感はすぐ分かった。警備員の数が、明らかに多すぎる。

 

フェンスの上には監視装置が設置され、裏手には能力者対策用と思われるセンサーもある。さらに地下からは、微弱ながら途切れない電力消費反応が確認できた。

 

『やっぱり地下ね』

 

耳元からモニカの声がする。

 

GVは高所の配管に身を伏せながら、眼下を見下ろした。

 

「正面は?」

 

『警備が三人。裏口が二人。巡回周期は四分くらい』

 

「じゃあ裏から行く」

 

『なるべく騒ぎは小さくね』

 

「分かってる」

 

警備員が角を曲がった瞬間、GVは配管から飛び降りた。

 

着地音はほとんどない。

 

振り返った警備員が声を上げるより先に、青い電光が走った。

 

「悪いけど、ちょっと寝てて」

 

放たれた雷撃は、人体そのものを傷つけるものではない。身につけている装備と能力補助機器に過負荷を与え、瞬間的に動きを止めるためのものだ。

 

一人目が倒れ、もう一人が銃口を向ける。

 

GVは横へ滑るように避け、そのままダートを撃った。

 

脚部装甲へ命中し、ロックが成立する。

 

「LIGHTNING SPHERE」

 

青い球状雷が広がり、二人目の装備も停止した。

 

倒れた警備員の呼吸を確認してから、GVは地下への扉を開ける。

 

内部は白かった。

 

床も、壁も、天井も白く、薬品の匂いが薄く漂っている。

 

だが数区画進んだところで、その無機質な風景は突然途切れた。

 

厚いガラス扉の向こうに、色とりどりの花が一面に咲いていた。

 

数百株。

 

いや、もっとある。

 

人工照明の下で咲く花は、赤、青、紫、淡い黄色と、まるで別種の植物を並べたように色を変えていた。葉の形はどれもよく似ているのに、花弁の色だけが鮮やかに違っている。

 

『……これがViVid』

 

モニカの声にも、僅かな驚きが混じっていた。

 

「綺麗だね」

 

GVは素直に言った。

 

『そうね』

 

「これからS.E.E.Dを?」

 

『培養槽の横に抽出装置がある。間違いないと思う』

 

GVはガラス越しに花を見る。

 

花そのものが何かをしたわけではない。

 

ただ、ここに植えられ、育てられ、利用されているだけだ。

 

シアンのことが頭をよぎった。

 

歌も、能力も、誰かの役に立つ資源として扱われ続けた少女。

 

エリーゼもそうだった。

 

生命そのものに関わる力を持っていたから、人格まで実験材料にされた。

 

そして自分も、皇神にとっては能力を持つ対象でしかなかった。

 

「……こんな綺麗なものまで」

 

『GV?』

 

「ううん」

 

GVは首を振り、扉を開けた。

 

まず端末を培養制御盤へ接続し、研究データを転送する。

 

進捗表示が二十パーセント、三十五パーセントと増えていく。その間にも、モニカは内部ファイルを解析していた。

 

『能力者への投与記録がある。やっぱり第七波動の出力制御に使われてる』

 

「何人?」

 

『まだ分からない。識別番号しかないわ』

 

五十パーセント。

 

GVは周囲の培養槽を見回した。

 

自動散水装置から細かな霧が降り、花弁についた水滴が人工照明を反射している。

 

綺麗だった。

 

だからこそ、少し嫌だった。

 

『転送完了』

 

「じゃあ処分する」

 

GVは制御盤を操作し、培養設備への電力供給を止めた。

 

照明が一つずつ消えていき、最後に非常灯だけが残る。

 

それでも植物そのものは残っている。

 

再利用させないためには、母株まで処分しなければならない。

 

GVは一度、花畑を見た。

 

「……ごめん」

 

誰に向けたのか、自分でも分からなかった。

 

放電する。

 

火災を起こさず、培養細胞だけを破壊するよう出力を抑えた雷が、青白い光となって温室を走り抜けていく。

 

花弁が揺れ、制御槽の液体が停止した。

 

培養組織の活性反応が、一つずつ消えていく。

 

やがてモニカが確認した。

 

『再培養反応、停止。これでここから増やすことはできない』

 

GVは短く息を吐いた。

 

「次は?」

 

『地下二階。データ保管区画』

 

「分かった」

 

その時だった。

 

施設の奥から、警報とは違う短い電子音が響いた。

 

続いて、人の怒鳴り声がする。

 

「どうした!?」

 

「在庫を確認しろ!」

 

GVが顔を上げる。

 

『何か動いた。地下三階から複数反応』

 

「警備?」

 

『違う。医療班みたい』

 

GVは温室を出た。

 

廊下を進む途中、角の向こうから白衣姿の男たちが駆けてくる。彼らはGVの存在には気づいていなかった。

 

「残っているS.E.E.Dは!?」

 

「投与室に二本だけです!」

 

「二本じゃ足りない! 次回分はどうする!」

 

「ViVid区画が停止しています!」

 

「再起動しろ!」

 

「できません、培養母体そのものが――」

 

GVの足が止まった。

 

モニカも黙った。

 

白衣の男たちは、そのまま別の通路へ消えていく。

 

GVは動かなかった。

 

「……モニカ」

 

『聞いてた』

 

「S.E.E.Dって、実験のためだけじゃないの?」

 

返事がない。

 

数秒後、モニカが低く答えた。

 

『今調べる』

 

先ほどまでより速い端末操作の音が続く。

 

GVは廊下の壁に設置された施設案内を見る。

 

地下三階。

 

被献体管理区画。

 

そこへ向かって、先ほどの医療班が走っていった。

 

『待って……これ』

 

「何?」

 

『さっき回収したファイルに、投与記録がある』

 

「誰の?」

 

『識別コード、被献体S』

 

GVの胸の奥に、妙な冷たさが落ちた。

 

『S.E.E.D投与による第七波動安定率……投与停止後、急速に低下。宝剣による制御のみでは――』

 

モニカの声が止まる。

 

「モニカ?」

 

『GV。地下三階へ行って』

 

「分かった」

 

GVは走った。

 

何かを考えるより先に、身体が動いていた。

 

階段を二段ずつ降り、途中で現れた警備員へダートを撃つ。

 

「侵入者――」

 

声が上がるより早くロックし、放電する。

 

警備員が倒れても、GVは止まらない。

 

地下三階への扉はカード認証式だった。

 

「開けられる?」

 

『三秒』

 

一。

 

二。

 

電子錠が緑になるより先に、向こう側から何かが激突した。

 

扉全体が大きく揺れる。

 

「……何?」

 

もう一度。

 

今度はさらに強い。

 

蝶番が軋んだ。

 

『GV、下がって!』

 

三度目の衝撃で、扉が内側から吹き飛んだ。

 

GVは横へ跳び、金属扉が廊下を滑っていくのを見送る。

 

その向こう。

 

薄暗い部屋の中央に、一人の青年が立っていた。

 

痩せた身体。

 

乱れた髪。

 

腕にはいくつもの医療機器が取り付けられている。

 

その周囲には羽虫のような光が無数に浮遊し、青年の身体そのものまで部分的に光へ溶けていた。

 

白衣の研究員が床を這うように後退している。

 

「ストラトス! 落ち着け!」

 

青年が振り向いた。

 

「……腹」

 

掠れた声だった。

 

「腹……減った……」

 

研究員の顔が引きつる。

 

「S.E.E.Dを投与する! 待て!」

 

「ない」

 

「ある! まだ二本――」

 

「足りない」

 

青年――ストラトスの周囲で、光の羽虫が一斉に膨れ上がった。

 

それが研究員へ殺到する。

 

GVが飛び込んだ。

 

「伏せて!」

 

雷撃が光の群れを弾き飛ばす。

 

GVは研究員の前へ着地した。

 

「逃げて!」

 

「フェザー……!?」

 

「今はいいから!」

 

研究員は一瞬だけ躊躇したものの、ストラトスを見ると走り出した。

 

ストラトスの目がGVを捉える。

 

焦点が合っているのかどうかさえ分からない。

 

「……誰だ」

 

「GV」

 

「種」

 

「え?」

 

「種……よこせ」

 

GVの喉が詰まった。

 

耳元でモニカの声がする。

 

『ストラトス。能力者。第七波動“翅蟲”』

 

解析されたファイルが次々に表示される。

 

『数年前に皇神に拘束。その後、実験対象として登録。第七波動の強制増幅を繰り返されて、制御機能が損傷してる。宝剣だけじゃ抑えきれない』

 

GVはストラトスを見る。

 

彼の首元には、確かに宝剣がある。

 

それでも周囲の光は収まらない。

 

『S.E.E.Dを定期投与して、強引に安定させてたみたい』

 

GVは何も言わなかった。

 

ストラトスが一歩進む。

 

「種」

 

もう一歩。

 

「腹……減った」

 

その声は怒っているというより、苦しんでいるように聞こえた。

 

GVの頭に、さっきの花畑が浮かぶ。

 

自分の雷。

 

消えていった培養反応。

 

『GV』

 

モニカが呼ぶ。

 

「……僕が壊したから?」

 

『まだ断定は――』

 

「ViVid」

 

GVはストラトスから目を逸らさない。

 

「僕が壊したから、S.E.E.Dが作れなくなった?」

 

答えが来るより先に、ストラトスが動いた。

 

身体が光へ変わり、一瞬で距離が消える。

 

GVは反射的に跳んだ。

 

足元を翅蟲が掠め、床が大きく抉られる。

 

「っ!」

 

GVは壁を蹴り、空中からダートを三発撃つ。

 

一発目は光を抜けた。

 

二発目も外れる。

 

三発目が、実体化した一瞬の肩へ当たった。

 

ロック。

 

「ストラトス!」

 

雷撃が走る。

 

しかしストラトスの身体が再び光へほどけ、電撃が散った。

 

「……食わせろ」

 

「待って」

 

「食わせろ!」

 

翅蟲が増える。

 

GVは廊下へ下がった。

 

「僕の声、聞こえる?」

 

返事はない。

 

「ストラトス!」

 

「種ェッ!」

 

光の群れが押し寄せる。

 

GVは走った。

 

真正面から受ければ危険だが、逃げ切るつもりもない。

 

交差する直前に滑り込み、ダートを撃つ。

 

ロック。

 

雷撃。

 

ストラトスが振り返った。

 

「邪魔……するな」

 

「邪魔したいわけじゃない」

 

「種……」

 

「それは――」

 

GVの言葉が止まる。

 

もうない。

 

自分が壊した。

 

少なくとも、ここにあったものは。

 

何を言えばいいのか分からない。

 

「……ごめん」

 

ストラトスが動きを止めた。

 

ほんの一瞬だけ。

 

その目がGVを見る。

 

「……痛い」

 

GVの表情が変わった。

 

「え?」

 

「痛い」

 

ストラトスは肩を抱くように腕を回した。

 

「腹……減る」

 

息が荒い。

 

「ずっと」

 

それだけ言うと、再び顔が歪んだ。

 

周囲の翅蟲が暴れ始める。

 

「ずっと痛ェんだよ!」

 

GVは歯を食いしばりながら、飛来する光を避けた。

 

右へ。

 

左へ。

 

天井から。

 

床から。

 

光へ変わるストラトス本人を追うのではなく、実体化する瞬間を見る。

 

攻撃の直前に生まれる声、呼吸、身体の向き。

 

「……まだ」

 

ダートを撃つ。

 

外れる。

 

もう一度。

 

ストラトスの動きは速い。

 

しかしイオタとは違う。

 

速さそのものが脅威なのではなく、挙動が乱れているのだ。本人が制御できておらず、攻撃の意志と第七波動の動作が噛み合っていない。

 

『GV、EP六十二パーセント』

 

モニカの声が飛ぶ。

 

GVは一瞬だけ自分のゲージを見る。

 

その瞬間、頭の奥に白い光が蘇った。

 

警告。

 

撤退命令。

 

それでも戻った自分。

 

「分かってる」

 

GVは短く答え、深く呼吸する。

 

「まだ使い切らない」

 

『……了解』

 

ストラトスの突進を避けても、GVは追撃しなかった。

 

一歩離れた位置から、もう一度呼び掛ける。

 

「ストラトス」

 

「うるせぇ……!」

 

「聞こえてるんだろ?」

 

「腹……減って……!」

 

「分かってる」

 

「分かるわけねぇだろ!」

 

「うん」

 

GVは否定しなかった。

 

「分からない」

 

ストラトスが腕を振る。

 

光の刃が走り、GVは身体を捻って避ける。

 

「僕には分からない。でも――」

 

さらに一撃。

 

GVは雷撃で軌道を逸らした。

 

「君が苦しいのは分かる」

 

「黙れ!」

 

衝撃が走り、GVは壁へ押し込まれた。

 

背中を強く打ち、一瞬息が止まりそうになる。

 

それでも立つ。

 

ストラトスが追ってくる。

 

「……皇神に」

 

GVは構え直した。

 

「こうされたの?」

 

その言葉に、ストラトスの動きがほんの一瞬だけ止まった。

 

瞳の奥に浮かんだものを、GVは恐怖だと思った。

 

「白い……部屋」

 

声が震える。

 

「押さえつけられて」

 

GVは何も言わない。

 

「痛くて」

 

光が乱れる。

 

「やめろって言っても……!」

 

次の瞬間、絶叫とともに翅蟲が爆発的に広がった。

 

GVは腕で顔を庇う。

 

「ストラトス!」

 

返事はない。

 

『GV、これ以上は危険よ!』

 

「分かってる!」

 

『S.E.E.Dの残存在庫を探してる。でも投与室の二本はもう空よ!』

 

「他は?」

 

『保管庫も空。培養区画で次のロットを作る予定だったみたい』

 

GVは何も言わなかった。

 

自分が破壊した温室。

 

鮮やかな花。

 

「……そっか」

 

短く呟く。

 

ストラトスが再び光となって迫る。

 

GVは動かない。

 

『GV!?』

 

直前で、ただ一歩だけ横へ踏み出した。

 

光が通り過ぎ、ストラトスが実体化する。

 

そこへダート。

 

命中。

 

GVは雷撃を流しながら、ストラトスの身体ではなく、その周囲に展開された翅蟲と第七波動の流れを見る。

 

「宝剣でも止まらない」

 

『ええ』

 

「S.E.E.Dもない」

 

『……ええ』

 

「だったら、一回全部止める」

 

GVは手を握る。

 

青い雷が集まった。

 

『何をする気?』

 

「第七波動だけ」

 

『LIGHTNING SPHERE? でも今の出力じゃ――』

 

「全部使わない。止めるだけでいい」

 

GVはストラトスを見る。

 

「殺さなくていい」

 

『GV』

 

「この人は、何も選んでない」

 

皇神に捕まったことも。

 

実験されたことも。

 

S.E.E.Dなしでは制御できない身体にされたことも。

 

そのどれも、ストラトス自身が選んだことではない。

 

それなのに、最後だけ自分が勝手に決めていいはずがない。

 

「LIGHTNING――」

 

光の群れがGVを囲む。

 

一瞬だけ、シアンの顔が浮かんだ。

 

帰る。

 

それを忘れない。

 

出力を絞り、狙いを定める。

 

ストラトスの生命ではなく、第七波動だけを。

 

「SPHERE!」

 

青い球状雷が広がり、翅蟲と衝突した。

 

白と青の光が部屋を満たす。

 

GVのEPが急速に減っていく。

 

七十。

 

五十。

 

三十。

 

『GV、二十五!』

 

「まだ」

 

『二十!』

 

「……ここ!」

 

GVはそこで出力を切った。

 

雷が消え、視界が一瞬暗くなる。

 

膝が沈みかける。

 

それでも倒れなかった。

 

「はぁ……っ」

 

目の前では、ストラトスの周囲にあった光が一つずつ消えていく。

 

身体が完全に実体へ戻り、ストラトスは立っていられずその場に崩れた。

 

GVが咄嗟に腕を伸ばし、床にぶつかる前に受け止める。

 

驚くほど軽かった。

 

「ストラトス」

 

返事はない。

 

呼吸は速い。

 

額には汗が浮かんでいる。

 

それでも、生きている。

 

『生命反応確認。第七波動活動は一時停止してる』

 

GVは長く息を吐いた。

 

「……よかった」

 

そう言ってから、自分でもその言葉が少し空虚に聞こえた。

 

背後から足音がする。

 

振り返ると、医療班がいた。その後ろには警備員もいる。

 

GVは一度身構えたが、白衣の一人は床にいるストラトスを見るなり足を止めた。

 

「第七波動が……止まってる?」

 

「今なら運べる」

 

GVが言う。

 

研究員が彼を見る。

 

敵を見る目だった。

 

当然だ。

 

この施設へ侵入したのはGVであり、ViVidを壊したのもGVなのだから。

 

「早く」

 

もう一度言った。

 

「この人を運んで」

 

「お前が何を――」

 

「後でいいから!」

 

思わず声が強くなる。

 

研究員は黙った。

 

GVはストラトスを床へゆっくり下ろした。

 

「今なら暴走しない。医療設備があるんでしょ」

 

白衣の男が頷く。

 

「ある。だがS.E.E.Dが――」

 

そこで言葉が止まった。

 

GVも何も言わない。

 

数秒後、医療班がストラトスを担架へ移し始めた。

 

その瞬間、ストラトスの手が僅かに動き、GVの袖を弱く掴んだ。

 

「……種」

 

GVは固まった。

 

「……ごめん」

 

それしか出なかった。

 

ストラトスの手が落ちる。

 

意識が切れたらしい。

 

運ばれていく背中を、GVはしばらく見ていた。

 

『GV』

 

モニカが呼ぶ。

 

「うん」

 

『撤収しましょう』

 

「……うん」

 

施設の外へ出た時には、空が少し明るくなり始めていた。

 

山の向こうが、夜明けの薄い青に染まっている。

 

GVは屋上に立ち、迎えの車を待っていた。

 

風は冷たかった。

 

いつもなら気持ちいいと思えるくらいの温度なのに、今日はほとんど何も感じなかった。

 

『GV』

 

通信はまだ繋がっている。

 

モニカが慎重に呼ぶ。

 

「何?」

 

『ストラトスの搬送先、皇神の医療区画じゃなくてFEATHER側へ移せそう』

 

GVが顔を上げた。

 

「本当?」

 

『あの施設、今回の件でもう維持できない。研究員の中にも協力するって人が出てる。少なくとも、もう実験対象にはされない』

 

「……そっか」

 

『うん』

 

「よかった」

 

また同じ言葉を口にした。

 

けれど今度も、その言葉は自分の中に落ちてこなかった。

 

帰宅したのは昼前だった。

 

ドアを開ける。

 

「ただいま」

 

すぐに足音がして、シアンが廊下へ出てくる。

 

「おかえり」

 

いつもの言葉だった。

 

GVは少しだけ笑おうとした。

 

「うん」

 

それだけだった。

 

シアンは彼の顔を見ると、すぐに何かあったと気づいたらしい。

 

「……大丈夫?」

 

GVは答えかけた。

 

大丈夫。

 

いつもの言葉。

 

けれど、今日は出なかった。

 

代わりに口から出たのは、

 

「疲れた」

 

という短い言葉だった。

 

「そっか」

 

シアンはそれ以上聞かなかった。

 

「ご飯、残してあるよ」

 

「ありがとう」

 

「食べる?」

 

「……後で」

 

「うん」

 

GVは自分の部屋へ向かい、ドアを閉めた。

 

ジャケットを脱いでベッドへ座ると、端末ケースについたキーホルダーが小さく揺れた。

 

昨日は、商店街へ行った。

 

シアンと映画を見て、笑った。

 

今日は、花を壊した。

 

ストラトスが「ずっと痛ェんだよ」と叫んだ。

 

その二つの記憶が頭の中で並んでいる。

 

GVは目を閉じた。

 

ViVidを壊した時の雷が蘇る。

 

自分は何も知らなかった。

 

能力者を制御するために使われていると聞き、だから止めるべきだと思った。

 

フェザーも同じ判断をした。

 

情報が足りなかった。

 

それは事実だった。

 

自分が知らなかったことも事実だった。

 

「……でも」

 

口にしたところで、続きを言えなくなる。

 

知らなかったから仕方ないと言えばいいのか。

 

命令だったと言えばいいのか。

 

悪いのはストラトスを実験した皇神だと言えばいいのか。

 

どれも間違いではない。

 

けれど、自分の雷でViVidを壊した事実も消えない。

 

GVはベッドへ横になった。

 

眠れる気はしなかった。

 

数日後。

 

FEATHERの医療拠点へ向かう車の中で、GVはほとんど喋らなかった。

 

隣にはシアンがいる。

 

出発前、GVは一度だけ聞いていた。

 

「本当に来る?」

 

「行く」

 

シアンは即答した。

 

「でも」

 

「わたしが行きたいから」

 

その言葉に、GVはそれ以上何も言わなかった。

 

医療拠点は住宅街から離れた場所にある、小さな施設だった。

 

元は民間病院だったらしく、外観だけなら普通の病院と変わらない。

 

中へ入り、受付で名前を告げると、案内役の女性が来た。

 

「こちらです」

 

二人は長い廊下を進む。

 

白い壁が続いていた。

 

それを見て、GVの足が少しだけ遅くなる。

 

白い部屋。

 

ストラトスの声が頭をよぎった。

 

シアンが横を見る。

 

何も言わない。

 

病室へ近づくにつれて、音が聞こえてきた。

 

最初は何の音か分からなかった。

 

機械音。

 

医療スタッフの声。

 

その中に、

 

「やめろ……!」

 

という声が混じっていた。

 

GVの足が止まる。

 

ストラトスだった。

 

「やめろ……やめろ!」

 

扉の向こうから声が続く。

 

「痛い……っ」

 

誰かが落ち着かせようとしていた。

 

「大丈夫です。ここでは何もしません」

 

「触んな!」

 

「分かりました。触りません」

 

「やめろ……やめろよ……!」

 

GVは動けなかった。

 

シアンも表情を硬くしている。

 

少しして、声は弱くなった。

 

消えたわけではない。

 

掠れた呻きへ変わっただけだった。

 

案内役の女性が小声で言う。

 

「今は、刺激に対する反応がかなり強いんです」

 

GVは病室の扉を見る。

 

「……ずっと?」

 

女性は答えなかった。

 

代わりに、

 

「担当医から説明があります」

 

と言った。

 

診察室へ入る。

 

医師は四十代くらいの男性で、机の上には複数の検査データが並んでいた。

 

GVとシアンが座る。

 

「ストラトスさんの状態について説明します」

 

医師は淡々としていた。

 

冷たいわけではない。

 

むしろ、言葉を慎重に選んでいるようだった。

 

「まず、生命そのものに直ちに危険がある状態ではありません。第七波動の大規模な暴走についても、現時点では抑えられています」

 

GVの肩が少し下がる。

 

しかし医師は続けた。

 

「ただし、それ以外については……かなり厳しい状態です」

 

GVが顔を上げる。

 

「長期間にわたる実験の影響で、神経系と第七波動の制御機構が深刻な損傷を受けています。単純な外傷ではありません。身体が常に異常な信号を受け取っているような状態です」

 

「異常な信号?」

 

「痛みです」

 

GVは黙った。

 

「実際に新しい傷が生じていなくても、強い痛みを感じることがあります。また、過去の実験環境を連想させる刺激に対して、極端な恐怖反応が出ることもあります」

 

さっき聞いた声が、頭に蘇る。

 

やめろ。

 

触るな。

 

白い部屋。

 

「……治るんですか」

 

GVが聞いた。

 

医師はすぐには答えなかった。

 

その沈黙だけで、何となく分かった。

 

「正確にお伝えします」

 

医師が言う。

 

「元の状態へ戻ることは、ありません」

 

GVの目が僅かに動いた。

 

シアンが息を呑む。

 

「少なくとも、現在分かっている治療法では、損傷した制御機構そのものを回復させることはできません。症状を軽減する方法は探します。眠れる時間を増やすこと、痛みを抑えること、安全だと感じられる環境を整えること。それらはできます」

 

「でも」

 

GVが言う。

 

「良くは……」

 

医師は目を逸らさなかった。

 

「完治という意味なら、見込めません」

 

静かだった。

 

壁掛け時計の秒針だけが聞こえる。

 

「S.E.E.Dは」

 

GVが聞いた。

 

「S.E.E.Dがあれば?」

 

医師の表情が少し変わった。

 

「S.E.E.Dは、症状を根本的に治していたわけではありません」

 

「……」

 

「一時的に第七波動と神経反応を抑え込んでいただけです。言い換えれば、彼が既に受けていた損傷を見えにくくしていた」

 

GVは机の端を見る。

 

「じゃあ、僕が壊さなくても」

 

「いずれ同様の問題が表面化していた可能性はあります」

 

医師は慎重に答えた。

 

「ただ」

 

続いた言葉を、GVは聞きたくなかった。

 

それでも聞いた。

 

「急激な投与停止が、今回の大規模な暴走を引き起こした主要因であることも事実です」

 

GVの指先が僅かに動く。

 

シアンが横から彼を見る。

 

医師は誰かを責める口調ではなかった。

 

ただ事実を説明している。

 

だからこそ、逃げ場がなかった。

 

「……僕が」

 

GVが言いかけて、止まる。

 

医師は続けた。

 

「あなた一人の責任だという話をしているわけではありません。そもそも彼をこの状態にしたのは、長期間の非倫理的な実験です」

 

GVは顔を上げない。

 

「それでも」

 

やっと声が出た。

 

「壊したのは僕です」

 

医師は少し黙った。

 

「そうですね」

 

否定しなかった。

 

GVは顔を上げる。

 

予想していなかった答えではない。

 

「ただし」

 

医師は続ける。

 

「あなたが破壊したのは、彼をこの状態にした原因そのものではありません。そこを混同してはいけません」

 

「……はい」

 

GVは答えた。

 

けれど、それは納得したという返事ではなかった。

 

説明が終わった後、二人はストラトスの病室へ向かった。

 

入室はできない。

 

今は人が増えるほど、状態が悪化する可能性があるという。

 

二人は廊下から、小さな窓越しに中を見る。

 

ストラトスはベッドに横になっていた。

 

拘束具はない。

 

部屋にも、必要以上の医療器具は置かれていなかった。

 

本人が怖がるからだと聞いた。

 

それでも時々、身体が強張る。

 

何かに怯えるように周囲を見て、スタッフが声を掛けると顔を背ける。

 

しばらくすると、また痛みが来たらしい。

 

身体を丸める。

 

「……っ」

 

声が漏れた。

 

GVは窓の前から動かなかった。

 

シアンが横に立つ。

 

「GV」

 

返事はない。

 

ストラトスの唇が動く。

 

「痛い……」

 

GVの喉が僅かに動いた。

 

あの日、自分はストラトスを殺さなかった。

 

当然だと思った。

 

彼は被害者だった。

 

皇神に捕らえられ、実験され、自分の意思とは関係なく壊された。

 

だから、生きていてほしいと思った。

 

その気持ちは今でも変わらない。

 

変わらないはずだった。

 

けれど、目の前にいるストラトスは生きていて、同時に苦しんでいる。

 

今日だけではない。

 

明日も。

 

来週も。

 

来月も。

 

医師は言った。

 

元には戻らない。

 

この痛みが完全に消えることは期待できない。

 

恐怖も、声も、記憶も、何年経っても残る可能性が高い。

 

GVが殺さなかったから、ストラトスは生きている。

 

その言葉は、それまでGVにとって疑う必要のないものだった。

 

生きている。

 

だから、まだこれからがある。

 

エリーゼへもそう言った。

 

二人とも、まだこれからでしょ。

 

その言葉が間違いだったとは思わない。

 

エリーゼたちは今、家で笑うことがある。

 

一人で買い物へ行き、自分で選んだものを持って帰ってくる。

 

だからといって、生きていれば全部良いという意味で言ったわけではなかった。

 

それでも今。

 

ストラトスを見て。

 

同じ言葉を言えるか。

 

「まだこれからでしょ」

 

GVは口を開かなかった。

 

言えなかった。

 

ストラトスがまた声を上げる。

 

「やめろ……っ」

 

誰も何もしていない。

 

スタッフは離れている。

 

それでも彼には、何かが見えている。

 

「押さえるな……!」

 

GVの目が揺れる。

 

シアンが一歩だけ近づいた。

 

けれど触れない。

 

ただ隣にいる。

 

「GV」

 

もう一度、小さく呼ぶ。

 

GVは返事をしなかった。

 

「……帰ろうか」

 

シアンが言った。

 

GVは長い間、病室を見ていた。

 

それから、

 

「うん」

 

と一言だけ答えた。

 

帰りの車でも、GVはほとんど喋らなかった。

 

シアンも無理に話しかけない。

 

窓の外を、いつもの街が流れていく。

 

信号。

 

コンビニ。

 

自転車。

 

学校帰りの子供たち。

 

少し前、自分たちはこの街を歩いた。

 

商店街で笑い、ミニ四駆を走らせ、映画を見た。

 

自分は楽しかったと言った。

 

本当に楽しかった。

 

それも嘘ではない。

 

病室で聞いた悲鳴もまた、嘘ではなかった。

 

どちらも同じ世界にある。

 

家に着くと、エリーゼ1が玄関まで来た。

 

「おかえりなさい」

 

GVは少しだけ止まる。

 

「……ただいま」

 

エリーゼ1はGVの顔を見て、何か言おうとした。

 

けれどシアンが小さく首を横に振った。

 

エリーゼ1は口を閉じ、

 

「お茶、淹れますね」

 

とだけ言って台所へ向かった。

 

GVはリビングの椅子に座り、端末をテーブルへ置いた。

 

キーホルダーが小さく鳴る。

 

シアンも向かいに座った。

 

しばらく誰も話さない。

 

エリーゼ1が置いてくれたお茶から、薄い湯気が立っていた。

 

GVはそれを見つめたまま口を開く。

 

「シアン」

 

「うん」

 

「僕」

 

そこまで言って、止まった。

 

シアンは待った。

 

けれど、言葉が出てこない。

 

S.E.E.Dを壊した。

 

その結果、ストラトスが暴走した。

 

自分はストラトスを殺さなかった。

 

生かした。

 

そして彼は今も苦しんでいる。

 

どちらも自分が選んだ。

 

知らなかった。

 

助けたかった。

 

それでも、結果は残っている。

 

イオタの声が頭の奥から聞こえるような気がした。

 

選択の結果を、誰が負う。

 

あの時も答えられなかった。

 

今も答えられない。

 

「……ごめん」

 

GVが呟く。

 

シアンが眉を寄せた。

 

「何で謝るの?」

 

「分からない」

 

本当に分からなかった。

 

誰に謝っているのか。

 

ストラトスなのか。

 

シアンなのか。

 

自分自身なのか。

 

「何て言えばいいのか、分からない」

 

シアンは少しだけ俯いた。

 

それから、

 

「じゃあ、今は言わなくていいんじゃない?」

 

と言った。

 

GVが顔を上げる。

 

「……いいの?」

 

「分からないのに、無理に何か言っても仕方ないでしょ」

 

「でも」

 

「GV」

 

シアンの声は静かだった。

 

「わたしも分からないよ」

 

GVは黙る。

 

「ストラトスって人が生きててよかったって言ったら、あの人が苦しいことを軽くしてるみたいだし、だからって死んだ方がよかったなんて、わたしには言えない」

 

シアンは自分の手を見る。

 

「S.E.E.Dを壊さなかった方がよかったのかも分からない。あれを皇神が使い続けてたら、他の誰かがどうなってたかも分からないし」

 

「うん」

 

「だから」

 

シアンはGVを見る。

 

「わたしも、何て言えばいいか分からない」

 

その言葉に、GVは少しだけ目を見開いた。

 

答えはなかった。

 

慰めでもなかった。

 

ただ、自分だけではないということだけが残った。

 

「……そっか」

 

GVは呟き、しばらくしてお茶を飲んだ。

 

少し冷めていた。

 

窓の外は、もう暗い。

 

今日も夜が来る。

 

ストラトスのところにも、同じように夜が来る。

 

眠れるかどうかは分からない。

 

痛みが出るかもしれない。

 

恐怖で叫ぶかもしれない。

 

そして明日も、その次の日も、同じ時間が続いていく。

 

GVは端末のキーホルダーへ触れた。

 

何かを決意するためではない。

 

ただ、そこにあったから触れただけだった。

 

鮮やかな色を見ていると、研究所に咲いていたViVidを思い出す。

 

赤。

 

青。

 

紫。

 

黄色。

 

あれほど色があったはずなのに。

 

今、GVの中に浮かぶ花畑は、なぜか全部白く見えた。

 

GVは何も言わなかった。

 

シアンも何も言わなかった。

 

答えのないまま、夜だけが静かに深くなっていった。




――助けた。そのはずだった。

「お前が……ここに残した……!」

苦しみ続けるストラトス。

「お前は帰れるだろ!」

その言葉を、GVは黙って受け止める。

そして――

「強いからって、平気なわけじゃない」

モニカとジーノも、ようやく気づく。

GVは誰より強くて、誰より優しい。

それでもまだ、十四歳の少年だ。

「だからって、お前が全部背負うのかよ」

選ぶ責任。

生かした責任。

そして、助けられることを受け入れる責任。

第二十一話
「大いなる責任」

「……それでも、君にしか出来ないことがある」

次回も、グッドラック。
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