『隣人GV ―もしもスパイディの影響を受けたGVなら―』 作:幸田市
朝食の席で、GVはいつもより長い時間、端末の画面を見つめていた。
表示されているのは、フェザーが次の調査対象として挙げている皇神の物資集積所についての簡易資料だった。市街地の外れに建つ小規模な倉庫で、表向きには一般向けの物流施設として登録されているが、地下には能力者拘束用の装備が保管されている可能性がある。
普段のGVなら、警備配置と侵入経路、周囲の地形を確認したところで一度端末を閉じる。
今日は違った。
「モニカ」
『なに?』
耳元の通信機から、少し眠そうな声が返ってきた。
「この倉庫、皇神以外も使ってる?」
『登録上は皇神系列だけど。どうして?』
「一般向けの荷物が混ざってないか知りたい」
『一般向け?』
「薬とか、病院に回す物資とか。あと食品とか」
向かいに座っていたシアンが、パンを口元まで運んだところでGVを見る。
モニカも、一拍遅れて答えた。
『そこまではまだ確認してないわね』
「調べられる?」
『できるけど……』
「お願い」
GVは画面をさらに下へ送った。
「あと、ここの地下電源」
『独立型』
「止めた時の影響は?」
『地下区画だけよ』
「予備電源は?」
『ある』
「何に繋がってる?」
『GV』
モニカの声が少し低くなった。
GVは指を止める。
「なに?」
『まだ、この作戦そのものが決まってないの』
「うん」
『あなたが行くとも決まってない』
「それも分かってる」
『だったら、今そこまで確認しなくてもいいでしょう?』
GVはすぐには答えなかった。
テーブルの上では、シアンが黙って彼を見ている。隣ではエリーゼ1がスプーンを持ったまま、二人の様子を気にしていた。
「……確認できるなら、先に確認した方がいいでしょ」
GVは結局、そう答えた。
『それはそうだけど』
「知らないまま止めるよりいい」
モニカの返事が止まった。
GV自身は、特に変なことを言ったつもりはなかった。
事前に調べられることなら調べる。
誰かがその設備を必要としているなら、その人への影響も考える。
当たり前のことだ。
少なくとも、今のGVにはそう思えた。
「GV」
今度は正面から声が飛んできた。
「ん?」
「パン、冷めてるよ」
シアンが自分の皿を指さした。
GVはそこで初めて、さっきから手に持ったままのトーストへ目を落とした。
「あ」
「さっきから一口しか食べてない」
「食べてるよ」
「一口」
「一口は食べた」
「そういう意味じゃない」
シアンは呆れたように息を吐いた。
GVはようやく端末を伏せ、冷めかけたパンを口に運ぶ。
その様子を見ながら、シアンが小さく言った。
「最近、多いよね」
「何が?」
「任務の前に、いっぱい確認するの」
「前からしてたよ」
「前はそこまでじゃなかった」
「そう?」
「そう」
間髪入れず返ってきた。
GVは少しだけ考え、それからパンをもう一口食べた。
「確認した方がいいことが増えただけだよ」
「……そっか」
シアンはそれ以上言わなかった。
それが逆に、GVには少し気になった。
「何?」
「別に」
「何か言いたそう」
「言ったらGVがまた考えるから」
「もう考えてるけど」
「だから言わない」
「ずるくない?」
「ずるくない」
少しだけ、いつもの会話だった。
エリーゼ1がそのやり取りを聞いて、小さく笑う。
「お二人、本当に仲がいいですね」
シアンの肩がぴくりと動いた。
「エリーゼ」
「は、はい?」
「今日はそっちに乗らなくていいから」
「えっ」
「何でエリーゼに怒るの」
GVが口を挟む。
「怒ってない!」
「声大きいよ」
「GVのせいでしょ!」
ようやくGVの口元にも、わずかな笑みが浮かんだ。
その瞬間。
『……まあ、そこまで元気ならいいけど』
通信機の向こうからモニカの声がした。
三人が固まる。
GVが耳に手を当てた。
「まだ繋がってたの?」
『切ってないわよ』
「言ってよ」
『最初から切るとも言ってないでしょう』
シアンが両手で顔を覆った。
「最悪……」
『安心して。全部聞いてたから』
「安心できない!」
エリーゼ1まで恥ずかしそうに俯いている。
GVは少し笑った。
今度は、さっきより自然だった。
モニカもその笑い声を聞いていた。
だからこそ、その直後にGVが端末へ手を伸ばした時、胸の奥に小さな引っかかりを覚えた。
『GV』
「ん?」
『その倉庫の件は、こっちで確認しておく』
「うん」
『医療用途、民間利用、周辺設備への影響。必要なら代替手段も』
GVの手が止まる。
「……ありがとう」
『それから』
「なに?」
『今日は任務なし』
「知ってる」
『なら朝ごはん食べて』
「……はい」
通信が切れた。
モニカはヘッドセットを外すと、椅子の背にもたれた。
オペレーションルームはまだ人が少ない。
早朝当番のスタッフが何人かいるだけで、普段ならもう少し聞こえる雑談も今はない。
画面には、先ほどGVから尋ねられた項目が残っていた。
医療物資の有無。
一般流通。
地下電源。
予備系統。
周辺への影響。
過去の任務なら、モニカ自身が「侵入に必要な情報」と判断しなかった項目も多い。
もちろん、確認すること自体は悪くない。
むしろ、慎重になったと言えばそうなのだろう。
けれど。
「まだやってんのか?」
背後から声を掛けられた。
振り向かなくても分かる。
「おはよう、ジーノ」
「おう」
ジーノが二本の缶飲料を持って歩いてきた。
一本をモニカの机へ置く。
「頼んでないけど」
「顔が死んでたから」
「失礼ね」
「褒めてねえよ」
ジーノは隣の机に腰を預け、自分の缶を開けた。
一口飲んでから、モニカの画面を見る。
「これ、次の仕事?」
「候補」
「GV?」
モニカが横目で見る。
「どうしてそう思うの」
「質問の細かさ」
即答だった。
モニカは何も言わない。
ジーノも画面を少し眺める。
「医療用途……民間流通……電源止めた時の影響……」
缶を持つ手が止まった。
「まだ引きずってんだな」
モニカは視線を画面へ戻す。
「当たり前でしょう」
「まあな」
「簡単に切り替えられるようなことじゃないわ」
「そりゃ分かってるけどさ」
ジーノは頭を掻いた。
「俺、もっとこう……一週間くらい寝込むかと思ってた」
モニカが眉を寄せる。
「それはそれで心配でしょう」
「違うって」
ジーノは言葉を探した。
「なんつーか、普通にしてるじゃん」
「普通?」
「飯食って、シアンと話して、エリーゼの買い物の話聞いて、任務来たら『分かった』って言う」
一度言葉を切る。
「だから、俺も何となく大丈夫なのかと思ってた」
モニカは返事をしなかった。
「でもさ」
ジーノは画面を指した。
「大丈夫な奴って、こんなことまで聞くか?」
モニカはしばらく黙っていた。
やがて、椅子を少し回す。
「……私も同じこと考えてた」
「だろ?」
「慎重になっただけだと思おうとしてた」
「思おうとしてたってことは、思えてねえんじゃん」
「うるさいわね」
ジーノは肩を竦めた。
しばらく、二人とも黙る。
ストラトス。
口に出さなくても、そこに話が行き着いていることは分かった。
モニカは報告書で、状態を何度も読んでいる。
長期間の実験。
神経系への障害。
第七波動制御機構の損傷。
ViVid由来のS.E.E.Dによって、辛うじて暴走が抑えられていた。
そして。
その供給源を破壊したのは、GVだった。
作戦を伝えたのは自分たちだ。
止めるべきだと判断した。
能力者を制御するために利用されている植物だと知っていた。
それ以上の情報を、持っていなかった。
「なあ」
ジーノが言った。
「ストラトス、今どうなんだ」
モニカはわずかに顔を強張らせた。
「……安定してる、とは言えない」
「そういう言い方する時、大体悪いよな」
「ジーノ」
「分かってる」
缶を机へ置く。
「俺にも見せてくれ」
モニカが彼を見る。
「何を?」
「報告」
「あなたが見る必要は――」
「あるかないかは俺が決める」
珍しく、声が強かった。
モニカはしばらく彼を見ていたが、やがて画面を切り替えた。
医療記録。
文章の一部だけ。
それでも十分だった。
ジーノは最初、何も言わなかった。
一行。
また一行。
画面を進めていく。
やがて、
「……マジかよ」
と呟いた。
「これ、GVは知ってんのか」
「知ってる」
「全部?」
「担当医から直接聞いてる」
「一人で?」
「シアンも一緒だった」
「そうじゃねえよ」
ジーノの声が少し低くなる。
モニカは顔を上げる。
「俺たちは?」
「……」
「俺たち、何してた?」
その問いに、モニカは答えられなかった。
数日後。
GVは再びフェザーの医療拠点へ向かっていた。
今回は一人ではなかった。
助手席にはモニカ。
後部座席にはジーノ。
GVの隣にはシアンが座っている。
車内は妙に静かだった。
GVは窓の外を見ている。
シアンは何度か横目で彼を見たが、話しかけなかった。
前方で、ジーノが落ち着かない様子で足を動かしている。
「お前さ」
突然、ジーノが口を開いた。
GVが顔を上げる。
「何?」
「いや」
「何」
「……何でもねえ」
「気になるんだけど」
「うるせえな」
GVが少し眉を寄せる。
その反応に、ジーノはほんの少し安心した。
「今日、何しに来たの?」
GVが聞く。
「見に来た」
「何を?」
「ストラトス」
GVは黙った。
「モニカも?」
「ええ」
「報告なら僕が――」
「報告を聞くためじゃないわ」
モニカが前を向いたまま答える。
GVは彼女の横顔を見る。
「じゃあ何で?」
「私たちが見ておくべきだと思ったから」
「……そう」
それ以上は聞かなかった。
医療拠点へ着く。
受付を済ませ、いつもの廊下を歩く。
GVはもう道を覚えていた。
だから案内されなくても、ストラトスの病室がどこにあるか分かる。
その事実に、モニカは胸の奥が少し痛くなった。
まだ数回来ただけだ。
それなのに、GVは迷わない。
曲がり角。
長い廊下。
白い壁。
病室へ近づく。
そこで。
声が聞こえた。
「やめろ……!」
ジーノの足が止まった。
モニカも同時に立ち止まる。
シアンだけが、小さく息を吸った。
GVは止まらなかった。
「痛い……痛い……!」
扉の向こうから、ストラトスの声が響く。
「触んな……! 来るな……!」
医療スタッフの落ち着いた声が続く。
「大丈夫です。今は何もしません」
「嘘つけ!」
「触りません。ここにいます」
「来るな!」
何かが床へ落ちる音。
ジーノが思わず前へ出ようとする。
モニカが腕で止めた。
「待って」
「でも」
「スタッフが対応してる」
「対応って……」
言葉が続かなかった。
GVは病室の前まで行った。
扉には小さな窓がある。
中を見る。
ストラトスはベッドの端で身体を丸めていた。
拘束はされていない。
スタッフも距離を取っている。
それなのに、ストラトスは何かから逃げるように壁際へ寄っていた。
「痛い……!」
声が掠れる。
「やめろ……もう……!」
GVは窓から目を逸らさない。
その横顔を、モニカが見る。
驚いていない。
前にも見たから。
前にも聞いたから。
それが分かった。
「GV」
モニカが呼ぶ。
「うん」
「前も……こんな感じだったの?」
「うん」
あまりに普通の返事だった。
ジーノがGVを見る。
「ずっと?」
「日によるって聞いた」
「そうじゃなくて」
ジーノは一度口を閉じる。
「お前、これ一人で見てたのか」
「シアンもいたよ」
「そういう意味じゃねえ」
GVは少しだけ首を傾げた。
その仕草を見た瞬間、ジーノは何故か腹が立った。
GVにではない。
何に対してなのか、自分でも分からない。
少しして、ストラトスの声が弱くなる。
完全に落ち着いたわけではない。
荒い呼吸が続いている。
担当医が廊下へ出てきた。
以前GVたちへ説明した医師だった。
「来られたんですね」
GVが小さく頭を下げる。
「状態は?」
医師は少し迷ってから答えた。
「大きな変化はありません」
「……そうですか」
「薬剤で多少負担を軽くすることはできます。ただ、以前お伝えした通り、根本的な回復は難しい」
GVは頷いた。
医師がモニカとジーノを見る。
「こちらは?」
「フェザーの仲間です」
モニカが答えた。
「今回の件に関わった者として、現状を確認したくて」
「分かりました」
四人は診察室へ移った。
医師は前回とほぼ同じ説明をした。
長期間にわたる実験で、ストラトスの神経系と第七波動の制御機構には深刻な障害が残っている。
痛み。
恐怖反応。
刺激への過敏な反応。
睡眠の乱れ。
第七波動の不安定さ。
症状を抑える方法は試す。
生活環境も整える。
だが、元の状態へ戻すことはできない。
ジーノの顔から、普段の軽さが完全に消えていた。
「じゃあ」
声が少し掠れた。
「これからずっと……?」
医師は簡単に頷かなかった。
「症状の強さには波があります。支援によって負担を軽くできる可能性はあります。ただし、完全に消えるとは言えません」
「……」
「少なくとも、私たちはそういう前提で支えていく必要があります」
モニカが手を握る。
「S.E.E.Dは」
彼女が聞く。
「代替物質は見つかっていないんですか」
「現在、複数の研究班が調査しています。ただ、同じ作用を持つものはまだありません」
「ViVidをもう一度――」
モニカは途中で止まった。
GVが顔を上げる。
医師は静かに答える。
「仮に再培養できても、根本治療にはなりません」
モニカは唇を噛んだ。
「……はい」
GVは何も言わない。
ジーノが彼を見る。
「GV」
「何?」
「お前、これ前に全部聞いたんだよな」
「うん」
「……そのあと普通に帰ったのか」
GVが少し考える。
「帰ったよ」
「家で何してた」
「何って」
「何でもいい」
「シアンと話してた」
「それだけ?」
「それだけって何」
「寝た?」
GVが黙った。
シアンが横を見る。
「ほとんど寝てない」
GVがシアンを見る。
「何で言うの」
「聞かれたから」
「でも」
「本当でしょ」
「……まあ」
ジーノは椅子の背にもたれた。
「そういうの、言えよ」
GVが眉を寄せる。
「何を?」
「寝てねえとか」
「別に言う必要なくない?」
「あるだろ」
「なんで?」
「なんでって……」
ジーノが言葉に詰まる。
GVは本当に分かっていない顔をしていた。
モニカはその横顔を見る。
強い。
本当に強い。
戦えば、自分たちの誰よりも強い。
判断も早い。
普段は大人びている。
誰かが困っていれば、一番先に動く。
だから。
いつの間にか。
できる人間だと思っていた。
できるから、任せていた。
頼れば応えてくれるから。
任務へ送り出した。
どれだけ危険な場所でも。
何度も。
「GV」
モニカが呼ぶ。
「うん?」
「あなた、今日ストラトスに会うつもり?」
GVは一瞬黙った。
「会えるなら」
「どうして?」
「……話したいから」
「何を?」
また沈黙。
「分からない」
GVは正直に答えた。
「謝るのかもしれないし、何かできないか聞きたいのかもしれない」
「ストラトスが会いたくないって言ったら?」
「……帰る」
「本当に?」
GVが少し困った顔をする。
「何でそんな聞き方するの」
「確認してるの」
「帰るよ」
「そう」
モニカは頷いた。
面会について医師が確認に行った。
十数分後。
戻ってきた表情だけで、あまり良い返事ではないと分かった。
「短時間なら」
GVが顔を上げる。
「ただし、本人が明確に拒絶した場合はすぐに終了します」
「分かりました」
「それから、一度に入れるのは一人です」
シアンがGVを見る。
モニカも。
ジーノも。
GVは立ち上がった。
病室へ向かう。
扉の前で、一度だけ深く息を吸った。
ノックはしなかった。
スタッフがゆっくり扉を開ける。
GVは中へ入った。
ストラトスはベッドに横になっていた。
先ほどより静かだった。
目は開いている。
けれど、どこを見ているのか分からない。
GVは入口から数歩入ったところで止まった。
近づきすぎない。
「ストラトス」
反応はない。
「……GVだよ」
瞳が動いた。
ほんの少し。
GVを捉える。
次の瞬間。
ストラトスの表情が変わった。
「お前……」
GVの肩が僅かに強張る。
「お前……!」
ストラトスが身体を起こそうとする。
スタッフが一歩動く。
「大丈夫です、無理に起きなくて――」
「来るな!」
声が跳ねた。
スタッフが止まる。
ストラトスは荒い呼吸を繰り返しながら、GVを睨んでいた。
「お前だ……」
「うん」
「花……」
GVは黙る。
「お前が……!」
「……うん」
「痛い……」
ストラトスの顔が歪む。
「ずっと……痛い……!」
GVの口が動く。
でも言葉は出ない。
「お前が……止めた……!」
「……」
「お前が……ここに残した……!」
GVは何も言わない。
ストラトスの呼吸がさらに乱れる。
「お前は……帰れる……」
その言葉に、GVの目が僅かに揺れた。
「帰って……!」
「ストラトス」
「帰れ!」
声が大きくなる。
「お前は帰れるだろ!」
GVの指先が震えた。
「俺は……!」
そこで言葉が途切れる。
痛みが来たらしい。
ストラトスが身体を丸める。
「っ……痛い……!」
GVが反射的に一歩踏み出す。
「ストラトス」
「来るな!」
GVの足が止まった。
「見るな!」
「……」
「見るな……!」
もう一度。
今度は弱かった。
でも、GVには十分だった。
「……分かった」
小さく答える。
後ろへ一歩下がる。
ストラトスはまだ何か言っていた。
「お前が……」
「痛い……」
「帰れ……」
「ここに……」
言葉は繋がっていない。
問いと答えにもなっていない。
ただ。
GVへ向けられていることだけは分かった。
廊下で待っていた三人にも、その声は聞こえていた。
ジーノは途中から腕を組んだまま、壁を見ていた。
モニカは扉の向こうを凝視している。
シアンは両手を膝の上で握っていた。
「お前が……!」
声が響く。
ジーノの眉が動く。
「痛い……!」
また。
「帰れ……!」
ジーノが顔を上げた。
扉へ向かう。
モニカが腕を掴む。
「ジーノ」
「もういいだろ」
「待って」
「何をだよ」
「本人と医師が――」
「そうじゃねえ!」
声が大きくなりかける。
ジーノは慌てて抑えた。
「……そうじゃねえだろ」
モニカは彼を見る。
ジーノは唇を噛んだ。
「なんで、あいつが全部聞いてんだよ」
「……」
「なんで誰も止めねえんだ」
「GVが望んだから」
「だから何だよ」
ジーノがモニカを見る。
「望んだら何でもやらせんのかよ」
その言葉に、モニカが固まった。
ちょうどその時。
病室の中から、
「お前は……帰れる……!」
という声が聞こえた。
その直後だった。
医師が扉へ近づく。
「面会を終了します」
中からスタッフの声。
「GVさん、出ましょう」
返事はすぐに来なかった。
数秒。
「……はい」
扉が開く。
GVが出てきた。
顔色は悪かった。
それでも。
表情はほとんど変わっていない。
ジーノはその顔を見た瞬間、何かが切れた。
「おい」
GVが顔を上げる。
「何?」
「何じゃねえよ」
「ジーノ?」
「今日はもう帰るぞ」
「……うん」
あまりに素直な返事だった。
ジーノは拍子抜けする。
「え」
「ストラトスが帰れって言ったから」
GVはそう答えた。
「だから帰る」
ジーノは何も言えなくなる。
GVは廊下を歩き始めた。
その後ろ姿を見ながら。
モニカが気づいた。
GVの右手。
指先が細かく震えていた。
「GV」
「なに?」
歩きながら振り返る。
モニカは一瞬、何を言うべきか迷った。
「……少し休んでから帰りましょう」
「大丈夫」
反射だった。
モニカの眉が僅かに寄る。
「座って」
「でも」
「座って」
強い声だった。
GVが止まる。
「モニカ?」
「今すぐ」
GVは少し驚いた顔をした。
それでも、近くの待合椅子へ座った。
シアンが隣へ行く。
ジーノは立ったまま、GVを見下ろした。
誰も喋らない。
病室の向こうから、まだストラトスの声が聞こえる。
小さく。
途切れ途切れに。
GVの手はまだ震えていた。
ジーノがその手を見る。
「お前さ」
「何?」
「それ、いつから」
GVも自分の手を見る。
「あ」
気づいていなかったらしい。
「……分かんない」
「分かんねえって」
「今気づいた」
ジーノの顔が歪む。
「お前、自分のこと雑すぎんだろ」
GVが少し眉を寄せる。
「雑って」
「雑だよ」
「普通だと思うけど」
「普通じゃねえよ」
「何が?」
ジーノが言葉を探す。
そして。
「お前、十四だろ」
GVが目を瞬いた。
「……そうだけど」
「そうだけど、じゃねえよ」
「急に何?」
「俺より年下だろ」
「二つだけじゃん」
「二つでも年下だ」
GVは困ったような顔をした。
ジーノはその顔を見て、ますます苛立つ。
「強いから忘れてた」
GVの表情が止まる。
「何を?」
「お前がガキだってこと」
「それ悪口?」
「違ぇよ!」
思わず声が大きくなった。
近くのスタッフが振り返り、ジーノが頭を下げる。
「……悪口じゃねえ」
今度は声を落とす。
「俺さ、お前なら何でも何とかすると思ってた」
GVは黙る。
「戦えば勝つし、誰かいたら助けるし、無茶しても帰ってくるし」
最後の言葉で、ジーノ自身が顔をしかめる。
「……一回帰ってこなかったけど」
シアンの目が少し伏せられる。
「でも結局、戻ってきた」
ジーノは続ける。
「だから何となく、平気なんだと思ってた」
「平気では――」
GVが言いかける。
「じゃあ言えよ」
止まる。
「平気じゃねえなら」
「……」
「怖いなら怖い、しんどいならしんどいって言え」
GVの視線が落ちる。
「言っても」
「言っても何だよ」
「ストラトスの痛みは変わらない」
ジーノは黙った。
GVは自分の手を見る。
「僕がしんどいって言っても、あの人が楽になるわけじゃない」
「だからって」
「僕は帰れる」
その言葉に。
三人とも黙る。
「ストラトスの言った通りだよ」
GVの声は静かだった。
「僕はここから帰れる。家に戻って、シアンたちとご飯食べて、寝て、また次の日が来る」
シアンがGVを見る。
「でも、ストラトスは」
GVの指が少し強く握られる。
「ずっとあそこにいる」
「GV」
「S.E.E.Dを壊したのは僕だ」
モニカが口を開く。
「それはフェザーの判断でもある」
「分かってる」
「作戦を組んだのは私たち」
「分かってる」
「なら」
「でも撃ったのは僕だよ」
モニカが黙る。
GVは続けた。
「それに」
少し間が空く。
「僕があの人を止めた」
誰も言葉を挟まない。
「殺さなかった」
その言葉は短かった。
「……生かした」
シアンの表情が僅かに揺れる。
GVは顔を上げない。
「僕は、それがいいと思った」
「あの時は?」
ジーノが聞く。
GVは頷いた。
「今も、間違いだったって言いたいわけじゃない」
「じゃあ」
「でも」
言葉が止まる。
「……僕が生かした結果、あの人は今も苦しい」
ジーノは息を吐く。
「それ、お前が全部背負うことなのか」
「全部じゃない」
「またそれか」
「本当に全部だとは思ってないよ」
GVが顔を上げる。
「皇神がストラトスをこうした。実験した人たちがいる。フェザーはS.E.E.Dの用途を知らなかった。僕も知らなかった」
一つずつ、確認するように言う。
「分かってる」
「じゃあ何で」
「だからって僕が関係なくなるわけじゃない」
ジーノは言葉を失った。
GVの言っていることは、おかしくない。
確かにそうだ。
無関係ではない。
でも。
それを十四歳のGVが、こんな顔で言っていることが。
ジーノにはどうしても納得できなかった。
「……だからってよ」
低く言う。
「お前が一緒に苦しみ続けりゃ、何か帳尻合うのかよ」
GVの目が動いた。
「え?」
「お前が寝なくなって、次の任務全部怖がって、毎回何十個も確認して、自分まで壊れそうになったら」
ジーノは唇を噛む。
「それでストラトスが楽になるのかよ」
「それは」
「ならねえだろ」
「……うん」
「じゃあ何してんだよ」
GVは答えられなかった。
その沈黙を見て。
モニカがようやく口を開いた。
「私たちも同じよ」
GVが顔を上げる。
「モニカ?」
「あなたに任せすぎた」
「そんなこと」
「ある」
即答だった。
「あなたが強いから」
GVは黙る。
「あなたならできると思った。実際、できた。何度も」
モニカは自分の手を見る。
「私が指示して、あなたが行って、帰ってきた」
「それが仕事でしょ」
「そうよ」
モニカは否定しなかった。
「仕事。作戦。任務。そういう言葉で見てた」
GVを見る。
「でも、“できる”と“平気”は別だった」
GVの目が僅かに見開かれる。
「私は、それを一緒にしてた」
「モニカは悪くないよ」
「今それをあなたに言われたくない」
「え」
ジーノが一瞬だけ吹き出しそうになり、すぐに堪えた。
モニカは続ける。
「あなたが悪いかどうかの話じゃない」
「でも」
「GV」
声は優しかった。
それでも、逃がさない強さがあった。
「あなたは、助ける側でいることに慣れすぎてる」
GVが黙る。
「だから、自分が助けられる側に回ることを忘れてる」
「僕は別に」
「今、手が震えてる」
GVが自分の手を見る。
「それは」
「昨日は眠れた?」
「……」
「一昨日は?」
「……」
「ストラトスのこと、何時間調べた?」
返事がない。
「代替薬の資料、フェザーのデータベースから全部落としてたでしょ」
GVが少し驚く。
「分かるの?」
「私、オペレーターよ」
「……そっか」
「そっか、じゃない」
モニカは深く息を吐いた。
「あなた一人にやらせることじゃない」
「でも僕が」
「関係してるから?」
「うん」
「なら私たちも関係してる」
GVが顔を上げる。
「フェザーとして判断した。私も止めなかった。ジーノだってフェザーの仲間。アシモフだってそう」
モニカは言った。
「誰か一人の責任にして終わらせる話じゃない」
GVは何か言おうとした。
でも。
今度は言葉が出なかった。
シアンがずっと黙っている。
GVが横を見る。
「シアンは?」
「え?」
「何か言わないの?」
「言ってほしい?」
「……分からない」
シアンは少し考えた。
「じゃあ今は言わない」
「またそれ?」
「だって」
シアンはGVの手を見る。
「今のGVに何言っても、たぶん全部“でもストラトスは”って返すでしょ」
GVが黙る。
「ほら」
「……そうかも」
「だから今は、モニカさんとジーノの話聞いて」
GVはほんの少しだけ、苦笑した。
「みんなして」
「何」
「僕を子供みたいに扱う」
ジーノが即答する。
「子供だろ」
「十四だけど」
「十四は子供だ!」
「ジーノ十六じゃん」
「俺はお前より二年先輩だ!」
「二年でそんな変わる?」
「変わる!」
「説得力ない」
「お前なあ!」
ほんの僅かに。
空気が緩んだ。
でも。
病室の向こうから、ストラトスの掠れた声が聞こえた。
全員が静かになる。
GVの表情も戻る。
医師が近づいてきた。
「GVさん」
「はい」
「今後の面会についてですが」
GVは立ち上がろうとした。
医師が手で制する。
「そのままで構いません」
GVは座ったまま顔を上げる。
「ストラトスさんは現在、あなたを見ることで症状が強く出る可能性があります」
GVの目が少し伏せられる。
「……はい」
「今日の反応を見る限り、しばらく直接面会は避けた方がいいでしょう」
「分かりました」
返事は早かった。
医師が少し驚く。
「それでいいんですか」
「ストラトスが嫌なら」
GVは病室の方を見る。
「僕が来る理由はないから」
「……そうですね」
「状態だけ、聞いてもいいですか」
「もちろんです」
「僕が来ない方がいいなら来ません。でも、何か必要なものとか」
「その場合はこちらから連絡します」
「分かりました」
GVは頷く。
少し間を置いてから。
「僕が調べてる代替薬の資料は」
モニカが横から割り込む。
「それはフェザーで引き取る」
GVが振り向く。
「え」
「研究班に回す」
「でも僕も」
「あなたも見たいなら見ていい」
モニカは言う。
「ただし、一人で全部やらない」
GVは黙った。
「これは指示」
「任務じゃないでしょ」
「じゃあお願い」
「急に弱くなった」
「うるさい」
ジーノが笑う。
今度は少し自然だった。
帰りの車内。
GVはほとんど喋らなかった。
でも、行きとは少し違った。
ずっと窓の外だけを見ていたわけではない。
時々、前の二人を見る。
ジーノは途中で寝た。
モニカは助手席で端末を操作している。
シアンは隣に座っている。
「ねえ」
シアンが小さく声を掛けた。
「ん?」
「さっきの」
「どれ?」
「子供扱い」
「ああ」
「嫌だった?」
GVは少し考えた。
「分かんない」
「またそれ」
「本当に分からない」
「そっか」
「でも」
GVは少しだけ笑った。
「ジーノに言われるのは何か腹立つ」
シアンが吹き出す。
「そこ?」
「だって二歳しか違わないし」
「二歳は二歳でしょ」
「シアンまで」
「わたしは年齢の話してない」
「じゃあ何」
「GVが助けられる側でもいいって話」
GVは黙った。
シアンは前を見る。
「わたし、前に言ったよね」
「何を?」
「わたしが心配するかどうかは、わたしが決めるって」
GVの表情が少し変わる。
「……言ってた」
「モニカさんもジーノも、たぶん同じなんじゃない?」
GVは返事をしない。
「GVが大丈夫って言ってても、心配する時はする」
「うん」
「手伝いたい時は手伝う」
「うん」
「だから」
シアンはそこで止めた。
「何?」
「自分で考えて」
「そこまで言って?」
「全部言ったら意味ないでしょ」
「ずるいな」
「知ってる」
GVは小さく笑った。
フェザー本部へ戻った後。
モニカはすぐにアシモフの部屋へ向かった。
ジーノも一緒だった。
アシモフは机の上に複数の報告書を広げていた。
二人が入ると、視線を上げる。
「ストラトスは?」
モニカが答える。
「状態は変わりません」
「そうか」
アシモフの表情はほとんど変わらない。
「GVは」
モニカが続けた。
「しばらく任務量を落とします」
アシモフの目が僅かに細くなる。
「理由は?」
「今の状態で連続して現場判断をさせるのは適切ではありません」
「具体的には」
「睡眠不足。過剰な事前確認。ストラトスに関する資料をほぼ一人で追っていました」
アシモフは少し黙った。
「本人は?」
「任務可能だと言うでしょう」
「だろうな」
「でも、私は止めます」
アシモフはモニカを見る。
「君の判断か」
「はい」
「異論は?」
ジーノが口を挟む。
「ねえ」
アシモフが彼を見る。
「なら、そうしよう」
モニカが少し肩の力を抜いた。
「ありがとうございます」
「礼を言うことではない」
アシモフは報告書へ視線を落とす。
「GVの状態を見誤っていたのはこちらも同じだ」
ジーノが少し驚いた顔をする。
「アシモフも?」
「私は彼を長く見ている」
アシモフは淡々と言った。
「だからこそ、強さを知っている。耐えられる範囲も、ある程度は把握しているつもりだった」
短く息を吐く。
「つもり、だったということだ」
モニカは何も言わない。
アシモフが続ける。
「君たちの判断は妥当だ。数日は現場から外す。代替要員はこちらで調整する」
「分かりました」
「ストラトスの研究についても、GV個人に追わせる必要はない。医療班と解析班へ分担させろ」
「はい」
話はそれで終わった。
ジーノとモニカが部屋を出る。
廊下へ出て。
ジーノが小さく息を吐いた。
「思ったより普通だったな」
モニカが眉を寄せる。
「何が?」
「アシモフ」
「どういう意味?」
「いや、もっと『GVなら大丈夫だ』とか言うかと思った」
「そんな人じゃないでしょ」
「まあな」
ジーノは肩を竦める。
「俺らが勝手に変なこと考えすぎたか」
モニカは返事をしなかった。
部屋の中。
一人になったアシモフは、しばらく机の報告書を見ていた。
そこにはGVの任務記録が並んでいる。
皇神研究施設。
イオタ。
死亡。
蘇生。
ViVid。
ストラトス。
アシモフの指が、一つの項目で止まる。
「……十四歳」
小さく呟いた。
それは確認する必要のない数字だった。
ずっと知っている。
自分が救い出した頃から。
GVがどれだけ若いか。
どれだけ多くのものを背負ってきたか。
知っている。
それでも。
アシモフは画面を見た。
任務成功率。
戦闘能力。
判断速度。
救助記録。
そして。
どれだけ傷ついても、また誰かのために立つ。
「……強い」
声は静かだった。
少し間を置く。
「強すぎる」
目を閉じる。
モニカの言葉が残っている。
できることと、平気であることは違う。
正しい。
その通りだ。
だから休ませる。
守る必要もある。
まだ若い。
それでも。
目を開く。
画面には、GVの戦闘記録が残っている。
「だが」
ほんの少しだけ。
声の温度が変わった。
「彼にしか出来ないこともある」
それ以上は言わなかった。
画面を閉じる。
部屋には、何も残らない。
翌朝。
GVが目を覚ました時、時計は普段よりかなり遅い時間を示していた。
「……九時?」
ベッドの上で身体を起こす。
一瞬、自分が寝過ごしたのかと思う。
端末を見る。
着信なし。
任務通知なし。
代わりに、モニカから一件。
『本日も任務なし。休んでください』
GVは画面を見た。
「……」
その下。
ジーノ。
『今日は大人しくしとけ。ミニ四駆でもやってろ』
GVの眉が動く。
「余計なお世話」
さらに一件。
『あと、俺のマシン勝手に触んなよ』
「触らないよ」
思わず声に出して返す。
その時、部屋の外からシアンの声がした。
「GV、起きた?」
「今起きた」
「ご飯あるよ」
「うん」
GVはベッドから降りる。
端末を持ち上げると、ケースについたキーホルダーが小さく揺れた。
リビングへ行く。
シアンが朝食を用意していた。
エリーゼ1もいる。
「おはようございます」
「おはよう」
椅子へ座る。
「遅かったね」
シアンが言う。
「寝すぎた」
「いいじゃん」
「九時だよ」
「休みなんでしょ」
「そうだけど」
「じゃあいいの」
GVはパンを取る。
今日は端末を開かなかった。
少し食べる。
シアンがちらりと見る。
「何?」
「今日は見ないんだ」
「何を」
「任務資料」
「ああ」
GVは少しだけ考える。
「モニカに怒られそうだから」
「正解」
「そんな怒るかな」
「怒ると思う」
エリーゼ1が小さく笑う。
GVも少し笑った。
しばらく。
普通の朝だった。
でも。
パンを食べながら、ふとストラトスの声が頭をよぎる。
お前は帰れる。
GVの手が止まる。
シアンは気づいた。
何も言わなかった。
GVも何も言わない。
ただ。
少しして、もう一口食べる。
帰れる。
そのことを、今までより重く感じる。
だからといって。
帰らない理由にはしない。
ストラトスの痛みは消えない。
GVが休んでも。
笑っても。
眠っても。
何もなかったことにはならない。
それでも。
自分まで壊れれば責任を果たしたことになるわけではない。
まだ。
そこまでしか分からなかった。
「シアン」
「ん?」
「今日」
「うん」
「何かする?」
シアンが少し目を丸くする。
「任務ないんでしょ?」
「ない」
「じゃあ」
少し考える。
「映画、わたしが選んでいい?」
GVは一瞬だけ黙った。
それから。
「いいよ」
シアンの顔が明るくなる。
「本当?」
「約束してたし」
「じゃあ絶対途中でスパイディの話にしないでね」
「しないよ」
「本当に?」
「僕そんなに毎回しないけど」
「する」
「しないって」
「するよ」
エリーゼ1がまた笑う。
その声を聞きながら、GVもほんの少し笑った。
何かが解決したわけではない。
答えも出ていない。
ストラトスの状態が変わったわけでもない。
それでも。
誰かに助けられることまで拒まなくていい。
今日のGVが分かったのは、そのくらいだった。
窓から入った朝の光が、テーブルの上をゆっくり照らしている。
端末のキーホルダーが、その光を受けて小さく揺れていた。
そして遠く離れたフェザー本部では。
誰もいないオペレーションルームの一角で、一つの記録だけが静かに保存されていた。
GV。
十四歳。
能力者。
フェザー所属。
高い戦闘能力を持ち、複数の高危険度任務を遂行。
モニカが、その記録の備考欄へ新しい一文を追加していた。
――単独判断に依存させないこと。
少し迷ってから。
さらにもう一文。
――必要時、本人からの申告を待たず支援を検討すること。
保存。
モニカは画面を閉じた。
それは特別な処置ではない。
戦力を守るためだけでもない。
一人の仲間を守るための、ごく当たり前の記録だった。
少なくとも。
モニカにとっては。
同じ頃。
別の部屋でアシモフは、同じGVの記録を開いていた。
視線が、十四という数字を通り過ぎる。
そして。
その下に並んだ数々の任務実績で止まった。
長い沈黙の後。
アシモフは画面を閉じる前に、一度だけ呟いた。
「……それでも」
誰に聞かせるでもなく。
「君にしか出来ないことがある」
画面が暗くなる。
その言葉の意味を知る者は、まだ誰もいなかった。