『隣人GV ―もしもスパイディの影響を受けたGVなら―』   作:幸田市

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第二十八話「セブンス・スレイヤー」

アメノウキハシの中枢へ続く隔壁が開くと同時に、GVは足を止めた。

 

通路そのものに異常はない。白い壁面も、天井を等間隔に走る照明も、足元へ埋め込まれた誘導灯も、ここまで通ってきた区画と大きくは変わらない。それなのに、開いた隔壁の向こうには明らかに異質な光景が広がっていた。

 

皇神の警備用無人機が、通路の中央に転がっている。

 

一機ではない。数機が壁際まで弾き飛ばされ、駆動部から細い煙を吐きながら沈黙していた。さらに奥では、対能力者戦を想定したらしい大型防衛装置まで機体を傾けており、砲身もセンサーも完全に機能を失っている。

 

「……僕じゃないよね、これ」

 

もちろん自分ではない。GVは今ここへ到着したばかりだ。

 

それでも確認するように一番近くの無人機へ歩み寄り、片膝をついて装甲板へ指を触れる。雷撃による焼損ではなく、外装の一部が鋭く穿たれ、その奥にある関節やセンサー、駆動系といった機能部だけが正確に潰されている。派手に破壊されているように見えて、実際には無駄がない。

 

さらに視線を奥へ滑らせれば、床面には一定間隔で弾痕が穿たれ、壁には高速で何かが激突したような跡が残っていた。その一方で、能力者用の抑制設備だけは優先的に破壊されている。

 

「皇神同士の事故……じゃないな」

 

嫌な予感がした。

 

いや、正確には――ものすごく心当たりのある嫌な予感だった。

 

「……まさか」

 

その予感へ答えるように、通路の向こうで乾いた銃声が響いた。

 

GVが立ち上がるより早く、もう一発。続いて重量物が床を削りながら滑っていく音が長く尾を引き、やがて何かが壁へ衝突したところで静寂が戻った。

 

GVはダートを抜き、そのまま音のした方向へ駆け出した。

 

先ほどまでとは違う。イオタを前にした時のように、武器を構えること自体への迷いはなかった。向こうにいる相手が誰なのかは分からない。だから警戒する。必要なら戦い、必要がなくなれば止める。

 

それだけだ。

 

角を曲がると視界が一気に開け、整備用と思しき広い区画へ飛び込んだ。その中央では、皇神の大型無人機が一機だけ、損傷した脚部を引きずりながらなお戦闘を継続している。

 

そして、その正面。

 

白を基調とした装甲。

 

背面に備えられた推進器。

 

片腕を覆う盾と、もう片方の手に握られた銃。

 

少年が床を蹴った瞬間、背面の推進器が唸りを上げ、その身体を弾丸のように射出した。

 

「ハァッ!」

 

無人機が照準を合わせるより早く懐へ潜り込み、盾を前面へ押し出したまま装甲へ身体ごと叩きつける。巨体がたたらを踏むように傾けば、その崩れた姿勢を逃さず銃口を機能部へ向け、至近距離から数発。装甲を貫いた銃弾が内部機構を正確に破壊し、最後に低い駆動音だけを残して大型無人機が停止した。

 

少年は倒れた機械へ興味を失ったように銃を下ろした。

 

それから、こちらを向く。

 

「……」

 

「……」

 

互いに武器を持ったまま、数秒だけ無言で見つめ合った。

 

先に額へ手を当てたのはGVだった。

 

「やっぱり君か」

 

「その台詞はこちらのものだ、蒼き雷霆」

 

アキュラ。

 

嬉しい再会とは言い難い。しかし、驚きもそれほどなかった。皇神の重要施設で、しかも能力者に関わる大規模計画が進んでいるのだ。アキュラがそれを嗅ぎつけない方がおかしい。

 

「どうやってここまで来たの?」

 

「貴様に説明する義理はない」

 

「だよね」

 

「それよりも、何故貴様がここにいる」

 

「それ、本当に聞いてる?」

 

「……」

 

「シアンを迎えに来た」

 

アキュラの目が細くなる。

 

「《電子の謡精》か」

 

「シアン」

 

「呼び方などどうでもいい」

 

「僕にはよくない」

 

「相変わらずくだらんところに拘る」

 

「相変わらず人の名前を雑に扱うね、君」

 

「人?」

 

その一言で、二人の間に残っていた僅かな気安さが消えた。

 

GVの目が細くなり、ダートを握る指へ力が入る。アキュラもその変化には気づいているはずだったが、訂正する素振りなど見せない。

 

「《電子の謡精》は危険な第七波動だ。皇神が何を企んでいるかは調査済みだが、あれほどの力を制御装置として利用しようと考える時点で連中も救いようがない」

 

「そこは同意する」

 

「なら話は早い」

 

「……何が?」

 

「皇神の計画を潰す。《電子の謡精》も処分する」

 

その言葉が終わるより先に、GVのダートが上がった。

 

今度は、一瞬も迷わなかった。

 

「それは駄目だ」

 

「貴様に許可を求めてはいない」

 

「僕も君に許可を求めてないよ」

 

「ならば退け」

 

「退かない」

 

アキュラの銃口がGVへ向き、GVもダートを下げない。互いの射線が真正面から交差した。

 

「あの能力者を庇うつもりか」

 

「つもりじゃない。庇う」

 

「能力者だぞ」

 

「知ってる」

 

「その力を皇神が利用すれば、どれほどの脅威になるか理解しているのか」

 

「だから皇神から連れ戻す」

 

「連れ戻した後は?」

 

「家に帰る」

 

「……」

 

一瞬、アキュラの眉間に深い皺が寄った。

 

「貴様は、本当にそれしか考えていないのか」

 

「それって?」

 

「国家規模で利用可能な能力を持つ存在を連れ帰って、それで終わりだと?」

 

「うん」

 

「……正気か?」

 

「それ、前にも言われた気がするな」

 

「笑い事ではない!」

 

アキュラの声が鋭くなる。

 

「皇神が一度目をつけた以上、同じことは何度でも起こる。国外の勢力が存在を知れば、次に狙うのは皇神だけではない。貴様一人が隣に立ったところで――」

 

「アキュラ」

 

GVが遮った。

 

「シアンがどうしたいかを抜きにして話すの、やめてくれない?」

 

「……何?」

 

「危険だから閉じ込める。危険だから使う。危険だから消す」

 

ほんの少し前にも、似たものを見た。

 

目的は違う。紫電は国を守るため、アキュラは能力者から人間を守るためにそうしている。それでも、そこに当人の意思が最初から含まれていないという一点だけは、GVにはどうしても同じに見えた。

 

「それ、結局シアン本人がどうしたいか、最初から入ってないじゃん」

 

「個人の希望で危険性が消えるとでも?」

 

「消えないよ」

 

GVは即答した。

 

「でも危険性があることと、本人の気持ちを無視していいことは別だ」

 

「甘いな」

 

「知ってる」

 

「その甘さがいつか貴様自身を殺す」

 

「それも前に聞いた」

 

「なら学習しろ」

 

「君に言われたくないな」

 

「何?」

 

「一回負けた相手に何回挑んでるのさ」

 

アキュラのこめかみが僅かに動いた。

 

「貴様……!」

 

「それとこれとは別?」

 

「当然だ!」

 

「便利だなぁ、その理屈」

 

「黙れ!」

 

銃声が、静まり返っていた整備区画を一息に戦場へ変えた。

 

GVは横へ身体を投げ、頬のすぐ横を抜けていった銃弾をやり過ごす。床へ片手をつくより先に二発目が追ってきたため、そのまま身体を捻って前へ転がり、起き上がる勢いを利用して走り出した。

 

「いきなり撃つ!?」

 

「話は終わりだ!」

 

「君が始めたんじゃん!」

 

「《電子の謡精》を渡せ!」

 

「絶対嫌だ!」

 

アキュラは前進しながら連射を続け、GVの進行方向をなぞるのではなく、回避した先へ弾丸を置くように射線をずらしてくる。

 

一発目を右へかわす。

 

その着地点へ二発目。

 

GVは踏み込むはずだった右足を途中で引き、重心だけを左へ流して回避すると、三発目がその肩口を追ってくる。

 

雷撃鱗で受けることもできる。

 

だが、受ける必要がないなら避ければいい。

 

「相変わらず容赦ないな!」

 

「貴様相手に手加減する理由があるか!」

 

「ないけど!」

 

六発目が床を穿った瞬間、アキュラが盾を前へ押し出した。

 

推進器が爆発的に出力を上げる。

 

「来る!」

 

次の瞬間には、白い装甲が目前まで迫っていた。

 

GVは真正面から受けず、踏み切る直前まで引きつけてから壁へ跳ぶ。盾が足元を駆け抜け、その勢いのままアキュラが壁際まで突っ込むより早く、GVは蹴った壁を足場にして頭上を取った。

 

空中から一発。

 

アキュラは宙返りで射線を外す。

 

二発目は盾で弾かれ、三発目は着地点を狙ったものの、アキュラは床へ触れた瞬間に半歩だけ身体をずらしてかわした。

 

「……前より動き変えた?」

 

「当然だ」

 

「やっぱり」

 

「貴様の攻撃パターン程度、既に解析している」

 

「人を攻略対象みたいに言わないでよ」

 

「事実だ」

 

「言い方!」

 

再び銃口が火を噴く。

 

GVは正面から来た一発へダートを撃ち込み、空中で弾丸同士をぶつけて軌道を逸らす。その火花を視界の端へ追いやりながら残る射線の隙間へ身体を滑り込ませ、アキュラとの距離を一気に詰めた。

 

近い。

 

ここなら行ける。

 

二発。

 

ダートがアキュラの装甲へ突き刺さる。

 

「!」

 

「ロック!」

 

雷撃鱗を起動した瞬間、二本のダートを導線として蒼雷がアキュラの装甲を駆け抜けた。

 

「ぐっ……!」

 

アキュラが大きく後退する。

 

GVはその姿勢と装備の反応を確認すると、追い打ちを重ねることなく出力を切った。

 

「……」

 

「何」

 

「随分とまともになったな」

 

「失礼だな」

 

「以前会った時は、見ているだけで苛立つ顔をしていた」

 

「どの時?」

 

「ミニ四駆の時だ」

 

「ああ……」

 

ストラトスのことを考え続け、周囲を見る余裕さえ失っていた頃。アキュラとデイトナに半ば強引に連れ出された時のことだ。

 

「……あの時は、まあ」

 

「今回は違うらしい」

 

「知り合い三人に散々殴られてきたからね」

 

「何?」

 

「こっちの話」

 

「くだらん」

 

アキュラの装備が機械音を立てて変形する。

 

GVも即座に重心を落とした。

 

「その反応速度だけは以前よりましか」

 

「それ褒めてる?」

 

「貴様を褒める理由がどこにある」

 

「だと思った」

 

「ならば、これはどうだ」

 

アキュラの周囲へ光が走り、複数の鋭い刃へ姿を変える。

 

GVには見覚えがあった。

 

「……嘘」

 

「穿て――アロガントファング!」

 

光刃が放たれた瞬間、GVはその軌跡を追おうとはしなかった。

 

速すぎる。

 

ならば見るのは、飛んでからではない。

 

アキュラの姿勢、装備の角度、刃が形成された位置。その三つを繋げれば、射線は発射前から絞り込める。

 

GVが左へ踏み込んだ直後、右肩のあった空間を光刃が裂いた。

 

「何?」

 

「ほんのちょっと前に本人とやったから!」

 

「《残光》か」

 

「イオタだよ」

 

「呼称などどうでもいい」

 

「またそれ!」

 

アキュラの眉が僅かに寄る。

 

「……《残光》まで貴様を通したのか」

 

「ちゃんと勝ったんだよ!」

 

「自慢するな!」

 

「君が聞いたんでしょ!」

 

「聞いていない!」

 

第二波。

 

GVは言い返しながらも視線だけは止めず、刃が形成された位置から軌道を読み、身体を沈めてその下へ潜り込む。

 

アキュラが舌打ちし、装備を切り替えた。

 

今度は空気が熱を帯びる。

 

「焼き払え――ブレイジングバリスタ!」

 

「今度は炎!?」

 

炎弾が床へ着弾した途端、爆炎が扇状に広がった。

 

GVは熱そのものへ逆らわず、雷撃鱗で一瞬だけ身体を浮かせる。炎の膨張方向を見極め、爆風が左右へ分かれた僅かな空白へ着地しようとした、その時にはアキュラの銃口がすでにこちらを向いていた。

 

「そこだ!」

 

「甘い!」

 

足元へダートを撃つ。

 

床で弾けた衝撃を利用して着地点を半身分だけずらした直後、さっきまで頭があった位置を銃弾が通過した。

 

「……」

 

「何」

 

「口数が増えたな」

 

「君がいちいち言ってくるからでしょ」

 

「フン」

 

装備がまた変わる。

 

今度は熱ではない。

 

周囲の空気ごと身体が引かれ、GVの足裏が床を滑った。

 

「これも……!」

 

「奪い取れ――グリードスナッチャー!」

 

強引に雷を噴かせて逆らおうとした身体を、GVは寸前で止めた。

 

似ている。

 

だが、同じではない。

 

カレラの磁場とは性質も、引力の中心も違う。それでも、力任せに抗えば相手の思う壺になるという点は変わらない。

 

ならば。

 

GVは引かれる方向へ自分から一歩踏み込み、引力によって前へ崩れかけた重心をそのまま横方向の加速へ変えた。

 

アキュラの正面から身体が滑り抜ける。

 

「なっ」

 

「それも今日やった!」

 

「……貴様」

 

「何?」

 

「本当に何人と戦ってきた」

 

「三人! 好きで三連戦したわけじゃないよ!」

 

「無駄な体力消費だ。何故二度と邪魔をされないよう始末しない」

 

「何度も言わせるなよ! 今やってることが迷惑だとしても、それで死んでいい理由にはならないって!」

 

GVは飛来した銃弾を横へかわし、その勢いのままダートを撃ち返す。

 

「それに、なんか僕のこと心配してくれたし!」

 

「……は?」

 

一瞬だけ。

 

アキュラの攻撃が鈍った。

 

「まあ、そう言いたい気持ちは分かるけど!」

 

「貴様の周りには馬鹿しかいないのか」

 

「君も含めて?」

 

「オレを一緒にするな!」

 

「四人目じゃん!」

 

「黙れ、蒼き雷霆!」

 

アキュラの銃撃が露骨に激しくなった。

 

GVは思わず笑いながら走る。

 

身体は重い。イオタ、デイトナ、カレラと続けて戦い、そのうえ今度はアキュラだ。脚には疲労が溜まり、呼吸も最初より明らかに深くなっている。

 

それでも頭は動いていた。

 

銃口を見る。

 

足運びを見る。

 

次の装備を読む。

 

撃つべき時に撃ち、止めるべきところで止める。

 

一つ一つを、自分で選べている。

 

だったら。

 

もう大丈夫なのかもしれない。

 

「……!」

 

アキュラが盾を前へ構えた。

 

推進器が唸り、白い巨弾のような突進が迫る。

 

GVは横へかわした。

 

アキュラの背中が完全に開く。

 

ダートは三本ロック済み。

 

ここで強く流せば、決められる。

 

「――」

 

指先へ雷が集まる。

 

だが、放つ寸前。

 

ほんの一瞬だけ、指が止まった。

 

これ以上入れたらどうなる。

 

装備だけで済むのか。

 

今のアキュラの状態は。

 

確認しないと。

 

その一拍の間に、アキュラの身体が反転した。

 

「遅い」

 

「っ!」

 

盾がGVの腕を弾き、ダートの照準が天井へ跳ね上がる。

 

GVは即座に後方へ跳んで距離を取った。

 

「……」

 

自分の手を見る。

 

今、何で止まった。

 

「ぼさっとするな」

 

答えを出す暇もなく銃撃が来る。

 

「分かってる!」

 

GVは走りながらかわし、ダートで応戦する。

 

だが、数分後。

 

同じことが起きた。

 

アキュラがEXウェポンを撃ち終えた直後、僅かな硬直が生まれる。GVはそこへ踏み込み、ロックまで取る。

 

そして最後の一手で、もう一度だけ確認する。

 

アキュラが逃れる。

 

さらに三度目。

 

今度はアキュラ自身が攻撃を止めた。

 

「……何?」

 

「何をしている」

 

「戦ってる」

 

「何故決められる場面で止まる」

 

「……慎重にやってるだけだよ」

 

「違う」

 

即答だった。

 

GVの眉が寄る。

 

「さっき似たこと言われたな」

 

「知るか」

 

「だよね」

 

「貴様は攻撃の可否を判断しているのではない」

 

GVの表情が僅かに固まった。

 

「判断した後で、自分の判断をもう一度疑っている」

 

「……」

 

「鬱陶しい」

 

「そこまで言う?」

 

「言う」

 

アキュラは心底苛立っているようだった。

 

「オレの目の前で半端な戦いをするな」

 

「半端にはしてない」

 

「ならば今の三度は何だ」

 

「……必要以上にやりたくないだけだ」

 

「だから?」

 

GVは一瞬黙り、それでも誤魔化さなかった。

 

「……また、止まれなくなるかもしれない」

 

アキュラの表情は変わらない。

 

「この前、一度あったんだ。相手を倒すんじゃなくて……本気で、いなくなればいいって思って力を使った」

 

言葉にすると、海底基地での光景が脳裏へ戻ってくる。

 

けれど、今はそこへ沈み込まない。

 

目の前にはアキュラがいる。

 

戦闘は続いている。

 

「止める声も聞こえてた。でも僕は止まらなかった。だから今は、決める前にちゃんと確認したい」

 

「決める前?」

 

「え?」

 

「貴様は今、決めた後に止まっていた」

 

GVが黙る。

 

「攻撃が必要だと判断した。照準も定めた。出力も選んだ。その後で『本当に自分に任せていいのか』とでも考えていた顔だ」

 

「……何で分かるの」

 

「貴様を何度解析したと思っている」

 

「怖い言い方するなぁ……」

 

「戦闘対象の挙動を解析するのは当然だ」

 

「ミニ四駆の時まで見てたじゃん」

 

「それは別件だ」

 

「ほら」

 

「話を逸らすな」

 

銃口が突きつけられる。

 

「貴様は第七波動そのものを恐れているわけではない。今の動きを見る限り、出力制御も出来ている。自分で戦うと決めることも出来ている。それでも最後だけ止まる」

 

一歩。

 

アキュラが距離を詰める。

 

「反吐が出る」

 

「……何だよ、それ」

 

「自分自身だけを信用していない」

 

言葉が刺さった。

 

GVは一瞬、言い返せなかった。

 

アキュラはその沈黙を答えと判断したらしい。

 

「くだらん」

 

「簡単に言うなよ」

 

「簡単だ」

 

「君にはね!」

 

「ならば難しく考えていろ。オレには関係ない」

 

「……」

 

「だが、その腑抜けた状態で《電子の謡精》を守るなどと口にするな」

 

GVの目が変わった。

 

「シアンは関係ないだろ」

 

「ある」

 

「ない」

 

「自分の判断一つ信用出来ん人間が、何を守る」

 

「……っ」

 

「《電子の謡精》を救う。皇神から連れ戻す。そう決めたのは貴様だろう」

 

「シアンだって言ってるだろ!」

 

「どちらでもいい!」

 

「よくない!」

 

「ならば最後まで自分でやれ!」

 

「やってる!」

 

「やっていないから言っている!」

 

アキュラの声も上がった。

 

「貴様は目の前に能力者がいれば敵味方も考えず首を突っ込む! こちらが排除しようとすれば勝手に割って入り、皇神の兵士だろうが何だろうが危険なら助ける!」

 

「それの何が悪い!」

 

「悪いと言っている!」

 

「じゃあ何なんだよ!」

 

「それでもやっていただろうが!」

 

GVが止まった。

 

アキュラも口を閉じる。

 

ほんの一瞬、銃撃も雷も途絶えた整備区画へ奇妙な静寂が落ちた。

 

「……今の、どういう意味?」

 

「言葉通りだ」

 

「いや」

 

「貴様の思想など今でも理解する気はない」

 

アキュラが吐き捨てる。

 

「能力者を生かし、本人の意思だの可能性だのと甘いことを並べる。その考えが正しいとも思わん。むしろ間違っていると今でも思っている」

 

「……うん」

 

「だが、オレが何度否定しても、貴様は勝手にやった」

 

「勝手って」

 

「オレが目の前の能力者を処分しようとすれば妨害した。皇神の兵が危険ならそちらまで助けた。敵を倒すだけならもっと簡単な手段があるのに、妙な技まで作って手間を増やした」

 

「LIGHTNING SPHEREのこと?」

 

「名前などどうでもいい」

 

「そこは大事」

 

「黙れ」

 

「はいはい」

 

「その返事をするな」

 

「えぇ……」

 

アキュラが舌打ちする。

 

「皇神側にまで『お節介焼き』などと呼ばれているらしいな」

 

「何で知ってるの」

 

「情報収集の過程で耳に入っただけだ」

 

「……」

 

「何だ」

 

「君、結構僕のこと詳しいよね」

 

「殺す相手の情報を集めるのは当然だ!」

 

「便利だなぁ、その理由」

 

「本気で撃つぞ」

 

「もう撃ってるよ!」

 

「なら黙れ」

 

GVは思わず笑いかけ、しかしすぐに表情を戻した。

 

「……お節介焼き、か」

 

随分前から言われている。

 

敵にも。

 

味方にも。

 

自分では、そんな大層なつもりはなかった。ただ目の前に困っている人がいて、自分の手が届いた。

 

だから伸ばした。

 

それだけだった。

 

「何を今さら考えている」

 

「僕、本当にそうなのかなって」

 

「……は?」

 

「もし、あの時の僕が本当の僕だったら。相手が消えればいいと思って、力を止められなかった僕も僕だろ」

 

「当然だ」

 

また即答だった。

 

GVが驚いて顔を上げる。

 

「否定しないんだ」

 

「肯定する理由がない」

 

「普通、こういう時って『そんなの本当のお前じゃない』とか」

 

「気持ち悪いことを言わせるな」

 

「僕も君には言われたくない」

 

「なら聞くな」

 

アキュラは苛立ったまま続ける。

 

「貴様がそう思ったのなら、それも貴様だろう」

 

「……」

 

「だから何だ」

 

「だから……また」

 

「また同じことをするかもしれない?」

 

「……うん」

 

「オレが知るか」

 

GVの呼吸が一瞬止まった。

 

「アキュラ」

 

「少なくとも、人間が同じ過ちを繰り返さない保証などない」

 

意外だった。

 

アキュラからそんな言葉が出るとは思わなかった。

 

だが次の一言は、やはりアキュラだった。

 

「だからと言って、一度の失敗で使い物にならなくなる程度なら、最初から大口を叩くな」

 

「……君、本当に言い方ひどいね」

 

「事実だ」

 

「少しくらい優しく言えない?」

 

「貴様に?」

 

「聞いた僕が悪かった」

 

「分かればいい」

 

「そこは否定してよ」

 

「面倒な奴だ」

 

アキュラが再び構える。

 

「続けるぞ」

 

「まだ話終わってなくない?」

 

「戦いながら喋ればいい」

 

「君がそれ出来るからって人にも要求しないでよ!」

 

「出来んのか?」

 

「いや出来るけど!」

 

「なら問題ない」

 

「腹立つなぁ!」

 

銃声と同時にGVが床を蹴る。

 

「オレに散々、自分の甘ったれた理屈を押し通してきた貴様が!」

 

アキュラの装備が切り替わる。

 

「滅せよ――レイジーレーザー!」

 

放たれた光線が横薙ぎに整備区画を裂く。

 

GVは光が通過するより一瞬早く身体を低く落とし、床すれすれを滑ることで照射範囲の下へ潜り込んだ。

 

「今さら自分でそれを疑って止まるな!」

 

「疑っちゃ駄目なの!?」

 

「疑うのは勝手だ!」

 

「どっち!」

 

「だが!」

 

アキュラが盾を構え、光線の余韻を突き破るように突進してくる。

 

GVは身体を横へ流し、そのまま盾の縁をかわした。

 

「疑った結果まで他人に預けるな!」

 

「……!」

 

「オレは貴様の正義など認めん!」

 

通り過ぎたアキュラが推進器を吹かせ、空中で強引に反転する。

 

「それでも貴様は、オレが認めないことなど知ったことかと何度も邪魔をしただろうが!」

 

「そんな言い方してない!」

 

「やっていることは同じだ!」

 

「君に言われるとすごい嫌なんだけど!」

 

「知るか!」

 

GVのダートが飛ぶ。

 

一発目を盾が弾く。

 

二発目も火花を散らして逸れる。

 

その二発で盾を外側へ向けさせたところへ、僅かに開いた肩口を三発目が捉えた。

 

「っ!」

 

「そこ!」

 

ロック。

 

蒼雷が走る。

 

アキュラが距離を取る。

 

GVも今度は追う。

 

それでも、決める直前。

 

ほんの一瞬だけ迷いが生まれる。

 

「またか!」

 

「分かってる!」

 

「分かっていない!」

 

「じゃあどうしろって言うんだよ!」

 

「オレに聞くな!」

 

「君が言い出したんじゃん!」

 

「自分で考えろ!」

 

「無責任!」

 

「貴様に言われる筋合いはない!」

 

戦闘なのか口喧嘩なのか、GV自身にも分からなくなってきた。

 

けれど妙だった。

 

こうして言い返している間は、自分を疑っていない。

 

アキュラの言葉が気に入らない。

 

だから言い返す。

 

ただそれだけだ。

 

なのに攻撃の最後だけ、自分が一度出した答えを、自分自身でもう一度審査してしまう。

 

GVが一度距離を取った。

 

「何だ」

 

「いや」

 

「また考え込むつもりか」

 

「ちょっとくらい考えさせてよ」

 

「戦闘中だぞ」

 

「誰のせい!」

 

「貴様が止まるからだ!」

 

「……」

 

それは、そうなのだけれど。

 

アキュラがふと視線を横へ動かした。

 

「そういえば」

 

「何?」

 

「以前の勝負でも同じだったな」

 

「何の」

 

「ミニ四駆だ」

 

「……今?」

 

「何がだ」

 

「いや、この空気でその話する?」

 

「貴様に理解出来る例を思い出しただけだ」

 

「馬鹿にしてる?」

 

「している」

 

「即答!」

 

「貴様、以前コーナーで姿勢を崩した時、次の走行でセッティングを変えただろう」

 

「……まあ」

 

「一度の失敗でマシンごと捨てたか?」

 

「捨てないよ」

 

「なら何故今は捨てようとしている」

 

「何を?」

 

「自分だ」

 

GVが黙った。

 

アキュラは構わず続ける。

 

「走らせて問題が出た。なら原因を調べ、直してもう一度走らせる。それだけだろう」

 

「人間とミニ四駆を一緒にしないでよ」

 

「貴様が一番理解しやすい例を出してやっただけだ」

 

「分かるのが余計腹立つんだよ!」

 

「なら理解したな」

 

「認めたくない!」

 

「知るか!」

 

「それ今日何回目!?」

 

GVは頭を抱えたくなった。

 

だが、理解できてしまったからこそ、考えてしまう。

 

一度コースアウトした。

 

だから次はブレーキを変えた。

 

重心を調整した。

 

原因が分からなければ誰かに聞き、走行データを見て、それからもう一度コースへ置いた。

 

自分だって、ずっとそうしてきた。

 

「……でもさ」

 

「何だ」

 

「人なら、失敗したら誰かが傷つく。ミニ四駆みたいに『次行こう』で済まないことだってある」

 

「なら責任を取れ」

 

「……」

 

「謝る必要があるなら謝れ。償う必要があるなら償え。二度と同じことをしないために考える必要があるなら考えろ」

 

アキュラは一切迷わない。

 

「だが、それと自分で何も決めなくなることに何の関係がある」

 

「……」

 

「貴様は間違えない人間になりたいのか?」

 

違う。

 

そんなものになれるとは思っていない。

 

「……なれないよ」

 

「なら、何を恐れている」

 

「また間違えること」

 

「矛盾しているぞ」

 

「分かってる!」

 

「なら――」

 

「分かってるけど、怖いものは怖いんだよ!」

 

声が整備区画へ響いた。

 

GV自身が一番驚いた。

 

アキュラも僅かに目を見開いている。

 

「怖いよ! また誰かを傷つけすぎたらって思う! また腹が立って、周りの声が聞こえなくなったらって思う! 自分では大丈夫だと思って、その判断そのものが間違ってたらって!」

 

「……」

 

「君みたいに何でも『自分が正しい』って顔で決められないんだよ!」

 

アキュラの眉が跳ねた。

 

「誰が何でも自分が正しいと言った」

 

「言ってるようなもんじゃん!」

 

「貴様……!」

 

「能力者は危険だから全部倒す! シアンも危険だから処分する! 違うって言われても聞かない!」

 

「《電子の謡精》だ!」

 

「シアンだよ!」

 

「事実として危険だと言っている!」

 

「ほら!」

 

「貴様のその甘さよりは余程筋が通っている!」

 

「そういうとこだよ!」

 

「黙れ!」

 

「さっきから好き勝手言いすぎなんだよ、君!」

 

考えるより先に言葉が出た。

 

アキュラが止まり、GVも止まる。

 

「……何」

 

アキュラの口元が、ほんの僅かに動いたように見えた。

 

笑ったわけではない。

 

ただ、どこか納得したような色があった。

 

「ようやくか」

 

「何が」

 

「普段の貴様なら、その程度はすぐ言い返す」

 

「……」

 

「以前もそうだった。くだらんことで沈んでいた時だけ、いちいちこちらの言葉を飲み込んでから返していた」

 

「覚えてるの?」

 

「気味が悪いほど分かりやすかったからな」

 

「一言余計!」

 

「今もだ」

 

「何が!」

 

「その顔なら多少はましだ」

 

「褒めてる?」

 

「褒めていない!」

 

「またそれ!?」

 

「だが」

 

アキュラが構える。

 

「ようやく倒す価値くらいは戻った」

 

「……」

 

GVは数秒だけ黙った。

 

「それ、君なりにかなり高評価じゃない?」

 

「殺すぞ」

 

「怖っ」

 

「元々そのつもりだ!」

 

「もっと怖い!」

 

それなのに、GVは笑っていた。

 

胸の奥に残っていた最後の硬いものへ、僅かな亀裂が入ったような感覚がある。

 

アキュラは自分を肯定しているわけではない。

 

思想も。

 

やり方も。

 

能力者を守ろうとすることも。

 

何一つ。

 

それでも、アキュラが知っている自分がいる。

 

何度否定されても、それでも自分で決めて動いていた自分を、よりによって一番それを否定してくる男の方が覚えている。

 

「……本当に嫌だな」

 

「何が」

 

「君に言われて気づくの」

 

「なら気づくな」

 

「無茶言わないでよ」

 

アキュラの装備が唸る。

 

「ここからは先ほどまでと同じと思うな」

 

「まだ何かあるの」

 

「貴様が交戦した能力者は三人だけではあるまい」

 

光が生まれる。

 

GVが表情を引き締めた。

 

「封殺せよ――ジェラシックゴルゴン!」

 

「それまで使うの!?」

 

まともに視線を合わせれば危険だ。

 

GVは光源そのものを見ず、床へ落ちる影とアキュラの足運びだけを視界へ入れ、横へ走る。

 

「逃げるだけか!」

 

「見ちゃ駄目なものを見ないのは逃げるって言わない!」

 

「ならばこれはどうだ!」

 

装備が切り替わる。

 

次の瞬間、空間を埋めるように異質な攻撃が迫った。

 

「喰らい尽くせ――ミリオンイーター!」

 

「《肉体再生》……!」

 

ストラトス。

 

名前が脳裏へ浮かぶ。

 

だがアキュラの口からその名が出ることはない。

 

GVは雷撃鱗を展開し、迫る攻撃へ必要な分だけ出力を上げた。

 

「ぐっ……!」

 

重い。

 

身体ごと後ろへ押される。

 

だが耐えられる。

 

アキュラはその拮抗を待っていた。

 

盾を前へ出し、推進器を吹かせる。

 

「させるか!」

 

GVは雷撃を切った。

 

受け止めていた力が消えた瞬間に床を蹴り、横へ跳ぶ。アキュラの突進が残っていた攻撃ごと空間を突き抜ける。

 

その背中へ。

 

一発。

 

二発。

 

三発。

 

「ロック!」

 

アキュラが振り向きながら盾を構えた。

 

GVは即座に雷撃を流す。

 

盾の処理能力を見る。

 

まだ。

 

出力を上げる。

 

「ぐっ……!」

 

アキュラの姿勢が崩れた。

 

ここなら決められる。

 

胸の奥から、また声がする。

 

本当に大丈夫か。

 

このまま流して。

 

一瞬だけ指が止まりかける。

 

だが、その迷いを今度は迷いのまま認識した。

 

イオタの声が蘇る。

 

考えることと、立ち止まることを混同するな。

 

デイトナの怒鳴り声が続く。

 

勝手に相手の気持ちまで決めるな。

 

カレラの単純すぎる答えも。

 

今度は止めればいい。

 

そして目の前には、今も自分を睨みつけているアキュラがいる。

 

「何を止まっている!」

 

「……止まってない!」

 

GVは出力を維持した。

 

「僕が決めた!」

 

「ならば最後までやれ!」

 

「君に言われなくても!」

 

必要な量だけ流す。

 

アキュラの姿勢。

 

盾の処理能力。

 

推進器。

 

装甲の警告表示。

 

全部を見る。

 

まだ戦える。

 

もう一段。

 

推進器の出力が落ちる。

 

ここ。

 

GVは雷撃を切った。

 

アキュラが床を滑り、距離を取る。

 

GVも大きく息を吐いた。

 

迷わなかったわけではない。

 

怖さが消えたわけでもない。

 

それでも最後は、自分で選んだ。

 

「フン」

 

アキュラが姿勢を立て直す。

 

「何、その顔」

 

「多少は学習したらしい」

 

「君に言われるとすごい癪なんだけど」

 

「どうでもいい」

 

「僕にはよくない」

 

「ならば――」

 

アキュラの周囲へ複数の光が生まれた。

 

今までとは明らかに違う。

 

一つだった人影が二つへ、三つへ、さらに四つへ分裂し、同じ白い装甲を持つ影がそれぞれ別方向へ展開する。

 

GVが息を呑んだ。

 

「……それ」

 

「これで終わりだ、蒼き雷霆」

 

空気が張り詰める。

 

GVはダートを握り直した。

 

「LUST DOPPLER!」

 

幻影が一斉に床を蹴った。

 

四方向。

 

上下。

 

正面から来た一体を見た瞬間には、別の影がすでに側面へ回り込んでいる。

 

本体を探してから撃つのでは遅い。

 

ならば、探す対象そのものを減らす。

 

GVは正面へダートを撃ち、命中した幻影が光の粒子となって消えるのを確認するより早く銃口を右へ振った。

 

二体目。

 

射線がずれる。

 

その隙を突いて別の影が突進してくる。

 

「くっ!」

 

GVは身を沈め、白い装甲が肩口を掠めていく勢いを利用するように身体を回転させる。そのまま背後へダートを撃ち込み、三体目を消した。

 

残ったのは二つ。

 

アキュラ本人と、最後の幻影。

 

二つの白い影が高速で交差し、互いの位置を入れ替える。

 

「……VOLTIC――」

 

名前が口元まで出かかった。

 

VOLTIC CHAIN。

 

広範囲を雷鎖で制圧すれば、幻影ごと一気に巻き込める。

 

胸の奥がざわつく。

 

しかしGVは、その感覚から目を逸らさなかった。

 

怖いから使いたくないのか。

 

それとも。

 

今、本当に必要なのか。

 

答えはすぐに出た。

 

「……いらない」

 

怖いから使わないのではない。

 

今の状況に必要がない。

 

それだけだ。

 

「ダートで十分!」

 

一発。

 

幻影が消える。

 

残った本体が盾を前へ突き出した。

 

「そこ!」

 

推進器が最大出力へ跳ね上がる。

 

真正面から来る。

 

完全無敵の突進へ、無理に攻撃を重ねる必要はない。

 

GVはギリギリまで待ち、盾が目前へ迫った瞬間に横へ身体を滑らせた。

 

アキュラが通り過ぎる。

 

そのまま行かせる。

 

戻ってくる。

 

推進器の噴射方向が変わる。

 

ここだ。

 

「もらった!」

 

三発。

 

全て命中した。

 

「なっ!」

 

「ロック!」

 

アキュラが盾を構える。

 

だが遅い。

 

蒼雷が走る。

 

「ぐうっ……!」

 

GVは出力を上げる。

 

装甲から警告音。

 

まだ。

 

もう少し。

 

ここで止めれば、まだ動ける。

 

このまま一段上げれば、戦闘能力を奪える。

 

判断する。

 

決める。

 

「これで――終わり!」

 

最後の一段。

 

雷撃が装甲を走り抜け、アキュラの推進器が沈黙した。

 

膝が床へ落ちる。

 

その瞬間には、GVはもう雷を切っていた。

 

決めた後で、もう一度自分を疑わなかった。

 

必要なところまでやった。

 

だから止めた。

 

ただ、それだけだった。

 

「……」

 

荒い呼吸を整えながら、GVは自分の右手を見る。

 

震えていない。

 

「……出来た」

 

「何がだ」

 

床へ片膝をついたアキュラが顔を上げる。

 

「いや」

 

GVは少し笑った。

 

「僕の話」

 

「くだらん」

 

「そうかも」

 

一度息を吐く。

 

「でも、ありがと」

 

アキュラの表情が露骨に歪んだ。

 

「気色の悪い礼を言うな」

 

「やっぱりそう言うよね」

 

「オレは貴様を叩き潰すために戦っただけだ」

 

「うん」

 

「貴様を励ましたつもりも、助けたつもりもない」

 

「分かってる」

 

「なら礼を言うな!」

 

「でも結果的には助かった」

 

「知るか!」

 

GVが笑う。

 

「それ、今日何回目かな」

 

「数えるな!」

 

「はいはい」

 

「その返事をするな!」

 

「……やっぱりこれだなぁ」

 

「何がだ!」

 

「いつものアキュラ」

 

「貴様……!」

 

立ち上がろうとしたアキュラの装備が警告音を返し、本人が忌々しそうに舌打ちした。

 

GVは反射的に近づきかけて、途中で足を止める。

 

助け起こそうかと思った。

 

しかし、この男に今そんなことをすれば、まず間違いなく怒る。

 

「何だ」

 

「いや、手貸そうかなって思ったけど」

 

「要らん!」

 

「だよね」

 

「馬鹿にしているのか!」

 

「してないよ!」

 

「ならさっさと行け!」

 

GVは中枢へ続く扉を見る。

 

その向こうから感じる第七波動。

 

シアンだ。

 

もう近い。

 

本当に、すぐそこまで来ている。

 

「……アキュラ」

 

「まだ何かあるのか」

 

「シアンには手を出さないで」

 

「断る」

 

やはり即答だった。

 

GVの表情が少しだけ引き締まる。

 

「オレの考えは何一つ変わっていない。《電子の謡精》は危険な能力者だ。いずれ人類へ牙を剥く可能性がある以上、排除すべき対象であることに変わりはない」

 

「……そっか」

 

「何だ、その反応は」

 

「いや」

 

GVはダートをホルスターへ戻した。

 

「君ならそう言うと思ってた」

 

「なら何故聞いた」

 

「一応」

 

「無駄な確認だ」

 

「そうかもね」

 

「……」

 

「でも、僕も変わらないよ」

 

アキュラを見る。

 

「君がシアンを危険だと思うのは、君が決めることだ」

 

「……」

 

「でも僕がシアンを守るかどうかは、僕が決める」

 

以前にも似たようなことを言った。

 

アキュラがそれを覚えているかどうかは分からない。

 

だが、僅かに眉が動いた。

 

「またそれか」

 

「うん。またそれ」

 

「進歩のない男だ」

 

「君もね」

 

「何?」

 

「能力者全部倒すって、ずっと同じじゃん」

 

「貴様と一緒にするな!」

 

「はいはい」

 

「だからその返事を!」

 

GVがとうとう吹き出した。

 

「ごめん」

 

「笑うな!」

 

「だって」

 

ほんの少しだけ。

 

敵同士であることも、戦えば容赦がないことも何一つ変わっていないのに、そのやり取りだけは以前と同じだった。

 

「……あ」

 

「何だ」

 

「そういえば」

 

「今度は何だ!」

 

「0.3秒」

 

アキュラが完全に止まった。

 

「……」

 

「覚えてる?」

 

「忘れるわけがないだろう」

 

「そっちの方が反応速いじゃん」

 

「黙れ」

 

「まだ僕の勝ちのまま?」

 

「暫定だ」

 

「暫定?」

 

「次は消す」

 

「0.3秒?」

 

「当然だ」

 

「まだやる気なんだ」

 

「貴様に敗北した記録を放置する理由がどこにある」

 

「ミニ四駆だよ?」

 

「勝負は勝負だ」

 

「戦闘と同じ温度で言わないでよ」

 

「貴様が勝手に分けているだけだ」

 

「いや普通分けるって」

 

「オレは分けん」

 

「……本当に君らしいなぁ」

 

GVは中枢への扉へ向き直った。

 

「じゃあ」

 

「何だ」

 

「帰ったらまたやろうか」

 

口にしてから、自分自身がその言葉に気づいた。

 

帰ったら。

 

考えるより先に出た。

 

シアンを連れて帰る。

 

自分も帰る。

 

その後でまたミニ四駆を走らせる。

 

そんな未来を、今の自分は当然のように口にしていた。

 

「……」

 

アキュラも何かに気づいたようにGVを見る。

 

しかし、何も言わない。

 

「次は貴様が負ける」

 

「まだ始まってないのに」

 

「結果は決まっている」

 

「それ前も聞いた気がする」

 

「今度は違う」

 

「はいはい」

 

「その返事をやめろと言っている!」

 

「じゃあ楽しみにしてる」

 

「……フン」

 

GVは歩き出した。

 

扉の前にある認証設備へダートを撃ち込み、ロックを確認してから必要な量だけ雷を流す。回路が一瞬だけ青く輝き、電子錠が解除されると、巨大な隔壁が重い駆動音を響かせながら左右へ開き始めた。

 

「蒼き雷霆」

 

背中から声が掛かった。

 

GVが振り返る。

 

アキュラはまだ床へ片膝をついたままだった。それでも、その目だけは鋭い。

 

「次に会う時まで」

 

「うん」

 

「勝手にその程度まで弱くなっているな」

 

言い方。

 

本当に最後まで。

 

「……努力するよ」

 

「努力ではない。やれ」

 

「無茶言うなぁ」

 

「オレが討つべき《蒼き雷霆》が、他の何かに勝手に潰されるなど不愉快だ」

 

「それ、すごい自分勝手だからね」

 

「知るか」

 

「……うん」

 

GVは笑った。

 

「でも、覚えとく」

 

アキュラが鼻を鳴らす。

 

「さっさと行け」

 

「じゃあね、アキュラ」

 

「次は勝つ」

 

「ミニ四駆?」

 

「両方だ!」

 

「欲張り!」

 

「黙れ!」

 

隔壁が閉まり始める。

 

最後まで見えていたのは、心底腹立たしそうなアキュラの顔だった。

 

隔壁が完全に閉じると、周囲から戦闘音が消えた。

 

GVは数歩進んだところで壁へ片手をつき、乱れていた呼吸をゆっくり整える。

 

「……疲れた」

 

本音だった。

 

イオタ、デイトナ、カレラ。

 

その三人と立て続けに戦い、最後にアキュラまで加わった。

 

「何で一日でこんなに知り合いと戦ってるんだろ……」

 

誰も答えない。

 

「帰ったら文句言おう」

 

ジーノなら笑うだろう。

 

モニカには、どうせ「だから無茶するなって言ったでしょ」と怒られる。

 

アシモフは――。

 

「……」

 

その名前だけ、一瞬引っ掛かった。

 

オノゴロフロートから姿を消したアシモフ。

 

気にならないはずがない。

 

けれど今は、もっと近くにいる。

 

GVは目を閉じた。

 

「シアン」

 

電子の謡精の反応は、もう明確に感じ取れるほど近い。

 

そして、そのさらに奥。

 

もう一つの巨大な第七波動。

 

紫電。

 

GVは右手を見る。

 

先ほど、アキュラへ雷を流した。

 

自分で戦うと決めた。

 

自分で出力を選んだ。

 

途中で迷った。

 

それでも最後には自分で決めて、必要なところで止めた。

 

完璧ではない。

 

これからも迷う。

 

また間違えるかもしれない。

 

「……そりゃ怖いよ」

 

怖いものは怖い。

 

それを無理に消す必要はない。

 

自分が二度と怒らない人間になるわけでもない。

 

二度と間違えない人間になるわけでもない。

 

海底基地で相手が消えればいいと思った自分もいる。

 

敵だったイオタを必要以上に傷つけまいとした自分もいる。

 

デイトナと本気で戦い、終わった後に笑った自分もいる。

 

カレラへ雷を流し、自分の意思で止めた自分もいる。

 

そして今、アキュラを倒すために必要なところまで力を使い、それ以上は使わなかった自分もいる。

 

どれか一つだけが本物なのではない。

 

全部、自分だ。

 

「……面倒だなぁ」

 

思わず苦笑した。

 

一度失敗した。

 

なら原因を探す。

 

直せるところを直す。

 

それから、もう一度走らせる。

 

「人間とミニ四駆一緒にするなって言ったけど……分かりやすかったのが悔しいな」

 

次に会っても絶対に言わない。

 

言えば間違いなく調子に乗る。

 

GVは壁から手を離した。

 

ダートの残弾を確認し、装備の状態とEP残量を確かめる。

 

身体は疲れている。

 

それでも、まだ動ける。

 

前を見る。

 

シアンがいる。

 

紫電がいる。

 

話さなければならないことも、止めなければならないこともある。

 

自分は、正しい答えなど持っていない。

 

紫電の言い分を完全に否定できるほど世界を知っているわけでもない。能力者が危険になることがあるという事実だって、自分自身が証明しかけた。

 

以前なら、そこで足が止まっていたかもしれない。

 

今は違う。

 

「分からないから、行かない理由にはならない」

 

イオタ。

 

「相手がどう思ってるか、僕が勝手に決めない」

 

デイトナ。

 

「使うなら、僕が御する」

 

カレラ。

 

そして最後に、アキュラ。

 

あいつは何一つ肯定してくれなかった。

 

GVの思想が正しいとも、お節介を続けろとも言わなかった。

 

むしろ最後まで否定した。

 

それでも。

 

何度否定されても自分で決めて勝手に動いていた《蒼き雷霆》を、アキュラの方が覚えていた。

 

ならば。

 

「……僕がどうするかは、僕が決める」

 

GVは前を向いた。

 

「行こう」

 

蒼い雷が身体を包む。

 

強く。

 

だが、荒れてはいない。

 

その出力も、流れも、すべてGV自身の意思へ従っている。

 

「シアン」

 

中枢へ。

 

今度こそ。

 

「迎えに来たよ」

 

床を蹴った。

 

蒼雷が白い通路へ細長い残光を引き、GVの身体をアメノウキハシの最深部へ運んでいく。

 

もう足は止まらなかった。

 

能力者を滅する者。

 

セブンス・スレイヤー。

 

誰よりも《蒼き雷霆》を否定し、その力も戦い方も徹底的に解析し、何度でも刃を向けてくる白い宿敵。

 

その男は最後までGVを肯定しなかった。

 

だからこそ、その言葉には意味があった。

 

自分を信じろと励まされたわけではない。

 

正しいと保証されたわけでもない。

 

ただ、自分で決めてきたくせに最後だけ自分を疑うなと、敵のまま突き返された。

 

答えはまだない。

 

怖さも残っている。

 

それでも、ハンドルはもう自分の手にある。

 

分からなければ考える。

 

間違えたなら、その結果から逃げずにまた考える。

 

誰かの心は、その人自身に決めてもらう。

 

そして自分がどうするかも、自分で選ぶ。

 

通路の最奥で、新たな隔壁が視界へ入った。

 

その向こうから伝わってくる電子の謡精の気配が、これまでで最も強くなる。

 

GVは速度を落とさない。

 

蒼き雷霆はそのまま白い通路を駆け抜け、シアンの待つアメノウキハシ最深部へ飛び込んでいった。




「遥か天上――星の海に浮かぶ、アメノウキハシ」

「囚われた歌姫を求め、蒼き雷霆はついにその最深部へと辿り着く」

「待ち受けるは、高天の支配者――紫電」

「一人の自由か」

「万民の安寧か」

「答えなき問いを前に、二人の少年は互いの選択をぶつけ合う」

「世界の正解など、GVには分からない」

「それでも――」

「まだ、彼女の答えを聞いていない」

「ただそれだけを胸に、蒼雷は高天を駆ける」

「だが、追い詰められた支配者は――ついに禁断の領域へと手を伸ばす」

「天叢雲――」

「黒豹――」

「八咫烏――」

「三宝剣、集結」

「《電子の謡精》、強制接続」

「そして――《念動力》、極限解放」

「物質を統べ」

「精神を縛り」

「他者の力さえ、その御手へと収束させる」

「すべての責任を」

「すべての判断を」

「すべての未来を――ただ一人へ」

「三つの宝剣と歌姫を従え、高天の支配者は今、人の領域を超える」

「顕現――《天主》」

「間違いなき世界を望む王」

「答えを持たぬまま、それでも手を伸ばす隣人」

「絶対なる支配を前に、少年はただ一つの問いを放つ」

『なら――間違えた君を、誰が止める?』

「王は、すべてを背負おうとした」

「隣人は、すべてを背負うことを選ばなかった」

「星々さえ沈黙する天上で――」

「今、蒼き雷霆が天主へ牙を剥く」

「次回、――第二十九話『天主』」

「天を統べる王に、蒼雷は届くのか」

「次回も――グッドラック」
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