『隣人GV ―もしもスパイディの影響を受けたGVなら―』 作:幸田市
宇宙には、音がない。
知識としては知っていたはずの事実が、アメノウキハシの窓越しに広がる暗黒を前にすると、まるで違う意味を持ってGVへ迫ってきた。
遠くで瞬く星々も、その下に浮かぶ地球も、ここからではひどく静かだった。青と白の球体を眺めていると、あの中に家があり、フェザーのみんながいて、エリーゼたちがいて、いつもの商店街やスーパーまであることが妙に信じられなくなる。
シアンと歩いた街も。
一緒に映画を見た場所も。
ミニ四駆を走らせた場所も。
全部、あの青い星の上にある。
「……遠くまで来たなぁ」
ガラスに映った自分へ呟いてから、GVは小さく笑った。
しかも、ここへ来るだけで随分と寄り道をした。
イオタ。
デイトナ。
カレラ。
アキュラ。
誰一人として道を譲ってはくれなかったし、誰一人としてGVを慰めてもくれなかった。それぞれが自分の理由で立ちはだかり、好き勝手なことを言い、そのたびにGVも考えて、戦って、ここまで来た。
だから、それでいいのだと思う。
全部に答えが出たわけではない。
自分の力を怖いと思う気持ちだって残っている。
けれど、もうそれを理由に足を止めるつもりはなかった。
「……行こう」
窓へ背を向ける。
目指す場所は一つしかない。
シアンを見つける。
本人の顔を見て、本人の声を聞く。
そのために、ここまで来たのだから。
◆
「駄目。完全に切れたわ」
モニカが端末から手を離すと、フェザーの作戦室に電子音だけが残った。
アメノウキハシへ突入してから不安定だったGVとの通信は、とうとう何を試しても応答しなくなっている。最後の推定位置は表示されているものの、軌道上施設の内部で何が起きているのかまでは地上から知りようがない。
ジーノは椅子の背へ身体を預けながら天井を見上げた。
「まあ、あいつなら帰ってくるだろ」
「簡単に言わないでよ」
「簡単に言ってねぇよ。イオタ、デイトナ、カレラ、その上アキュラまで突破したんだろ? 今日だけで何回ボス戦やってんだ、あいつ」
「ゲームみたいに言わないの」
「ゲームなら途中に回復置いてくれって話だよ」
軽口を叩きながらも、ジーノの指は机を一定の間隔で叩き続けている。
モニカは何も言わなかった。
心配しているのは自分だけではない。
それより気になるものが、もう一つあった。
GVとは別の、応答のない回線。
アシモフ。
通信障害なら説明はつく。
それでも、彼が連絡を絶った時間とGVの通信が途切れた時間は一致していなかった。
「……」
「モニカ?」
「なんでもない」
今は考えても答えが出ない。
モニカは再びGVの回線を開き、呼び出しを試みた。
戻ってきたのは、無機質な警告表示だけだった。
◆
最後の隔壁へ向かう途中で、GVは足を止めた。
胸の奥へ触れるものがあった。
音でも、光でもない。
第七波動を持つ者だからこそ感じ取れる、感覚のさらに奥を撫でるような揺らぎだった。
「……シアン」
間違えるはずがない。
身体はもう走り出していた。
白い通路を蹴り、曲がり角を抜け、閉まりかけた隔壁へ身体を滑り込ませる。残された無人兵器の残骸を飛び越えながら進んでいくほど、その感覚は濃くなっていった。
近い。
もうすぐそこにいる。
やがて巨大な扉が正面へ現れた。
GVは速度を落とし、ダートへ手を添える。
焦っていないわけではない。
むしろ今すぐ蹴破りたいくらいだった。
だからこそ、一度だけ息を吐いた。
「……よし」
扉が開く。
その向こうへ踏み込んだGVの足が、止まった。
巨大な円形区画だった。
壁面を覆う端末から無数のケーブルが伸び、それらが天井から垂れた機械腕と絡み合いながら、中央に据えられた一基の装置へ集まっている。その様子は巨大な生物の神経が一つの心臓へ収束しているようで、そして、その中心に。
少女がいた。
「……シアン?」
透明な隔壁の向こうで、シアンは目を閉じていた。
装置へ固定された身体の周囲を無数のコードが取り囲み、胸が僅かに上下していることで、ようやく生きていると分かる。
GVの手が強く握られた。
何のための装置なのか、詳しい説明など必要なかった。
シアンが使われている。
その事実だけで十分だった。
「……そこから出すから」
「ずいぶん落ち着いているんだね」
背後から届いた声に、GVは振り向きながらダートを抜いた。
一段高くなった制御区画に、一人の少年が立っている。
自分とそう変わらない年頃でありながら、そこに立つ姿には妙な余裕があった。
「はじめまして――と言うべきかな。通信越しでは何度か話したけれど」
「紫電」
「覚えていてくれて嬉しいよ、ガンヴォルト」
「僕は嬉しくないけどね」
「フフ。そうだろうね」
紫電の視線がダートを通り越し、その後ろにいるシアンへ向いた。
「ここまで来た目的も、聞く必要はなさそうだ」
「だったら話が早い。シアンを解放して」
「できないね」
「……即答だね」
「彼女は《歌姫プロジェクト》の中核だからね。ここで手放す理由がない」
「シアンは部品じゃないよ」
「もちろん人間だよ。人間であることと、その能力が必要であることは両立する」
「本人が嫌がってても?」
紫電の笑みが僅かに薄くなった。
「そこなんだよ、ガンヴォルト。キミはいつも一人を見る」
「……何?」
「目の前で困っている人間がいれば助ける。敵であろうと手を伸ばす。なるほど、個人としては立派なことかもしれない」
「褒められてる感じが全然しないな」
「褒めていないからね」
「やっぱり」
紫電が端末へ触れると、壁面の表示が一斉に切り替わった。
能力者による事件記録、施設被害、避難者、各能力の危険度、国外組織の動向。数え切れないほどの情報が、GVを取り囲むように広がっていく。
「一人の能力者が持つ力で、何人が巻き込まれると思う?」
「……」
「本人が善人なら安全かい? 善人なら怒らない? 判断を誤らない? 力を制御できなくなることも絶対にない?」
紫電の言葉がそこへ届いた瞬間、GVは何を持ち出されるのか察した。
「……メラクのこと?」
「話が早くて助かるよ」
「随分調べてるんだね」
「皇神だからね」
紫電は得意げにするでもなく答えた。
「シアンを奪われ、怒りに呑まれた。周囲から止められていたにもかかわらず、キミは攻撃を続けた」
「……うん」
「否定しないんだ」
「本当だから」
返事が予想外だったのか、紫電が僅かに目を細める。
「最後には止まったよ。でも、止まれなくなりかけたのも本当だ」
「なら分かるだろう?」
紫電はシアンを指した。
「能力者を本人の善意だけに任せることはできない。キミほど他人を傷つけることを嫌う能力者ですら間違えるんだ」
「……だから管理する?」
「そうだよ」
「シアンみたいに?」
「必要ならね」
GVの目が紫電へ戻った。
「それは嫌だな」
「嫌?」
「うん」
「国家の安全より?」
「そういう聞き方するんだ」
「では別の聞き方をしようか」
紫電の笑みが消えた。
「彼女一人の自由と、大勢の安全。キミならどちらを取る?」
GVは答えなかった。
「能力者を自由にした結果、事件が起きたら?」
「……」
「被害を受けた人間へ、本人の自由を尊重した結果です、と説明する?」
「……分からない」
紫電が僅かに眉を上げた。
「分からない?」
「分からないよ。能力者をどうすればみんな安心できるのかも、どこまでルールが必要なのかも、僕には分からない」
「なら――」
「でも」
GVはシアンを見る。
「シアンが何も言えない状態にして、その間に君の答えだけで全部決めるのは違うと思う」
「彼女自身が判断できない以上、誰かが代わりに判断しなければならない」
「君がそうしたんだろ」
今度はGVが即座に返した。
「シアンが何も言えない状態にしたのも君だ。それで『答えられないから僕が決める』って、変じゃない?」
紫電はしばらくGVを見つめた。
「……キミは社会の話をしているつもりがないようだね」
「してるつもりないからね」
「では何の話を?」
「シアンの話」
「それでは大勢を守れない」
「そうかもしれない」
「認めるのかい?」
「だって僕、国をどうするとか分からないし」
「……」
「でもシアンがここにいたくないなら、僕は連れて帰りたい」
「彼女は今、答えられないよ」
「だから聞けるようにする」
「その結果、彼女が帰りたくないと言ったら?」
GVは一瞬だけ黙った。
「……その時は、聞くよ」
「何を?」
「理由」
紫電が目を細める。
「僕が勝手に答えを作るのは、もうやめる」
「随分と頼りない答えだね」
「十四歳に国の未来を聞かないでよ」
「ボクも十四歳だよ」
「君がおかしいんだって」
一拍。
紫電が思わず黙り、それから小さく吹き出した。
「……本当に変わった子だね、キミは」
「今日それっぽいこと何回も言われたよ」
「だろうね」
紫電の笑みはすぐに消えた。
「けれど、ボクは決めなければならない。立場に就いた以上、年齢など言い訳にはならないからね」
「……そっか」
そこだけはGVも茶化さなかった。
「じゃあ君は決めればいいよ」
「物分かりがいいじゃないか」
「僕は止めるけど」
「……」
「君が決めるのは君の自由だろ。僕がそれを嫌だと思って止めるのも、僕が決める」
ダートを構える。
「正しいって証明はできないよ。君の話に答えられないところもある」
「それでも?」
「それでも」
GVの銃口は揺れなかった。
「シアンを返して」
「断るよ」
「じゃあ、通る」
「やれやれ」
紫電が片手を上げる。
「本当に、理屈より行動なんだね」
「考えてはいるよ?」
「考えた結果がそれかい?」
「うん」
「なら――」
周囲の機械が低く唸り、シアンを中心として淡い光が溢れ出した。
青緑色の粒子が宙で絡み合い、長い髪と翼を持つ人影を形作っていく。
「モルフォ……!」
現れたモルフォは、GVを見なかった。
いつもの勝ち気な表情は消え、無機質な瞳のまま紫電の背後へ浮かぶ。
「……何したんだよ」
「制御したんだ」
紫電の周囲へ半透明の障壁が展開されると同時に、床に散らばっていた小さな破片がふわりと浮いた。
「《電子の謡精》は素晴らしい。能力者へ干渉し、その力を増幅できる」
「本人を無視してね」
「その話はもう済んだだろう?」
「済んでないから戦うんだけど」
「そうだったね」
紫電の身体が床を離れた。
「なら、その選択の結果くらいは自分で受け止めてもらおうか」
軽く振られた右手に合わせて、空間が歪んだ。
GVは紫電の肩が動いた瞬間にはもう床を蹴っており、身体を斜め前へ滑らせるように射線から抜く。その背後で床が見えない槌に殴りつけられたように陥没し、砕けた破片が追い風に乗った砂礫のように背中を追ってきた。
走ったまま振り向き、ダートを二発。
紫電の胸へ向かった弾丸は、半透明の障壁へ触れた途端に軌道を逸らされ、乾いた音を立てながら床へ転がった。
「無駄だよ」
「そうみたいだね!」
紫電の指先が横へ流れる。
GVは床を蹴って壁へ飛び、靴底が接触するより早く再び蹴り返した。直後、念動力が先ほどまで身体のあった空間を薙ぎ払い、その余波だけで空中のGVを横へ押し流そうとする。
逆らわない。
押された勢いをそのまま回転へ変え、着地点をずらす。
その途中でGVの視線が紫電の背後を掠めた。
モルフォ。
障壁が攻撃を受けるたび、その輪郭が微かに揺れている。
「……」
「何か見つけた?」
「言うと思う?」
「残念だ」
紫電が両手を向ける。
正面。
GVは横へ跳びながらダートを放った。
紫電ではない。
壁際の補助端末。
着弾したダートへ雷撃が走り、端末が火花を散らした瞬間、モルフォの輪郭にノイズが走る。
障壁が揺れた。
「そこか!」
GVは着地からそのまま踏み込み、三発のダートを紫電へ叩き込む。完全には消えていない障壁が弾丸を受け止めるものの、先ほどのような余裕はなく、表面を青白い電光が這い回った。
「なるほど。ボクではなく制御系を狙うか」
「そっちの方が安全そうだからね」
「安全?」
紫電の目が細くなる。
「以前もそう考えて、施設を破壊したんじゃなかったかな?」
GVの動きが止まりかける。
だが、止めなかった。
「そうだよ」
「その結果は?」
「知ってる」
紫電の手が動く。
GVは低く身を沈め、頭上を通り抜けた圧力の下からダートを撃ち返した。
「だから今度は、同じにしない!」
「ずいぶん都合がいいね!」
「一回失敗したら一生何もできない方が変だろ!」
補助端末へ着弾。
紫電が念動力を向けて電流を遮断する。
その瞬間、GVは紫電の正面へ踏み込んだ。
「そっちが本命か!」
「今はね!」
三発。
ロック。
雷撃が障壁へ食らいつき、その表面を青白い亀裂のように走っていく。
紫電は押し返しながら笑った。
「目の前の一人を助けるためなら、随分必死だ!」
「悪い?」
「悪いさ!」
障壁が膨張した。
雷撃ごと押し返されたGVは、身体を捻って衝撃を受け流しながら床へ着地する。
「その一人を助けた結果、百人が危険に晒されたら?」
紫電が追う。
念動力が床を走り、GVは迫る圧力を横へ飛んで避けた。
「一万人なら?」
着地先へリング状の光が重なる。
GVは足を止めず、その下へ身体を滑り込ませる。
「百万人なら!」
「数字にしたら人じゃなくなるのかよ!」
「逆だ!」
紫電の声が初めて鋭くなった。
圧力がGVの身体を捉え、数メートル先まで押し流す。
「一人一人が人間だから、数を無視できないと言っている!」
GVは床へ片手をつき、滑る勢いを殺しながら顔を上げた。
「キミが見ているシアンも人間だ。それは認めよう。だが、ボクが守ろうとしている人間だって同じだ!」
その言葉には答えられなかった。
シアンが特別だから。
大切だから。
そんなことは分かっている。
けれど、それだけで会ったこともない大勢を無視していいとは、GV自身も思えなかった。
「……分からないよ」
「またそれかい?」
「分からないものは分からない」
GVは立ち上がった。
「君の言ってること全部が間違ってる、なんて僕には言えないよ」
「なら退くかい?」
「それは別」
「なぜ?」
「シアンを連れて帰りたいから」
「結局は感情じゃないか」
「そうかもね」
紫電が僅かに眉を寄せる。
GVはダートを握り直した。
「でも、僕はそれを『国のみんなのためだから正しい』って言い換えるつもりはないよ」
「……」
「僕がそうしたいから、そうする」
「随分と身勝手だ」
「君にだけは言われたくないな」
紫電の目が細くなる。
次の瞬間、念動力が四方からGVへ収束した。
逃げ道を潰すように迫る圧力を前に、GVは後退せず、逆に紫電へ走った。
右から押される直前に左足を踏み込み、身体を回して圧力を背中へ流す。その勢いで一気に距離を詰めると、右手のダートを腰へ引き、左手を添えた。
雷が集まった。
「――SPARK CALIBUR!」
巨大な雷剣は現れない。
エリーゼとの戦いでそうしたように、破壊力そのものを捨てるのではなく、荒れ狂おうとする雷を手元へ押し留め、短い刃へ圧縮する。
狙う場所だけを狭くする。
青白い刃が紫電の障壁へ食い込んだ。
「なっ――!」
広域へ雷を撒かない。
シアンへ繋がる装置にも、モルフォにも流さない。
紫電を守っている障壁の一点だけを、雷剣が焼き切るように押し開いていく。
「そんな使い方を……!」
「最近覚えた!」
障壁が裂ける。
その瞬間にGVはSPARK CALIBURを解除し、開いた穴へ身体ごと滑り込んだ。
三発。
至近距離からダートが紫電へ命中する。
「ッ!」
ロック。
GVはすぐに後ろへ跳ぶ。
紫電が反射的に放った念動力が胸元を掠め、衣服を激しく揺らしながら通過した。
着地。
同時に雷撃。
三本のダートを結ぶように青白い雷が紫電へ集中する。
「ぐ……!」
もっと上げられる。
紫電の障壁は崩れている。
押し切れる。
その判断までしたところで、GVは紫電の膝が沈むのを見た。
そこで出力を止めた。
雷が消える。
紫電が片膝をつき、支えを失った瓦礫が周囲へ次々と落ちていった。
GVはダートを向けたまま、その場から動かない。
「……終わりだよ」
「……」
「シアンを解放して」
紫電は俯いたまま答えない。
「紫電」
「……なるほどね」
ようやく顔を上げた紫電は、苦しげに息をしながらも笑っていた。
「キミは、本当に強い」
「まだやるの?」
「少し驚いているんだ。あれだけ自分の力を恐れていた人間が、ここまで正確に扱うとは思わなかった」
「僕も練習したからね」
「練習?」
「いろいろ」
「……聞かないでおこう」
「その方がいいよ」
GVはダートを下ろさない。
「だから、シアンを――」
「ガンヴォルト」
紫電が立ち上がった。
「キミは、その力で何がしたい?」
「何、急に」
「世界を変えられるほどの力だ。政治でも軍事でも、キミが望めば大きな影響を与えられる」
「やだよ」
「……即答かい?」
「興味ないし」
「では何がしたい?」
GVは少しだけ考えた。
「帰りたい」
「……は?」
「シアンと」
今度は紫電が完全に黙った。
「それだけ?」
「今はね」
「世界を揺るがす力を持っておいて?」
「力が大きいからって、やりたいことまで大きくしなきゃいけないの?」
「持ってしまった力には責任が伴う」
「それは分かるよ」
GVはシアンへ視線を向ける。
「でも、力を持ってるからって、その人の人生が全部その力のためになるのは違うと思う」
「……」
「シアンだってそうだよ」
紫電の表情から笑みが消えた。
「《電子の謡精》がどれだけすごくても、シアンはそのためだけにいるんじゃない」
「キミは甘い」
「知ってる」
「社会はそんな考えでは守れない」
「それは……分からない」
「また――」
「だからなんで僕に社会全部の答え聞くんだよ!」
GVの声が広間へ響いた。
紫電が目を瞬く。
「僕まだ十四だよ!?」
「ボクも十四だよ」
「だから君がおかしいんだって!」
「……」
一瞬の沈黙の後、紫電が吹き出した。
「フ……本当に、こんな状況で言うことかい?」
「僕だって言う予定なかったよ!」
「けれどボクは決めなければならない」
笑みが消える。
「皇神を預かる以上、ボクには大勢の安全を考える責任がある。十四歳だから分かりません、では済まされない」
「……」
「キミには分からなくても、ボクは答えを出す」
GVは紫電を見た。
それから少しだけ首を傾げる。
「……君も一人でやりすぎなんじゃない?」
「何?」
「いや。今聞いてて思った」
「ボクの心配をしているのかい?」
「ちょっとだけ」
「敵だよ?」
「知ってる」
「ボクはシアンをこうしている」
「だからすごく腹立ってる」
「なのに?」
「それとこれとは別でしょ」
紫電は答えなかった。
「……本当に理解できないよ、キミは」
「それも今日何回目だろうね」
「だが」
紫電の周囲へ念動力が戻ってくる。
「だからこそ、ボクはボクの判断を曲げるつもりはない」
「僕も」
「なら終わらせよう」
「同感」
次の激突では、もう互いに様子を見る時間など必要なかった。
紫電の念動力が床を剥ぎ取るより早くGVは壁を駆け上がり、背後から追ってくる破片の群れを振り返りもせず雷撃で散らす。そのまま天井近くで身体を反転させると、落下しながら三方向へダートを放ち、紫電がそのうち二つを念動力で逸らした瞬間、残った一発へ雷を流した。
補助回路が弾ける。
モルフォの輪郭が乱れ、障壁が薄くなる。
紫電もすぐに制御系を念動力で保護するが、その分だけGVへ向けられる圧力が弱まった。
そこをGVは逃さない。
床すれすれまで姿勢を落としてリング状の光を潜り抜けると、滑る身体を片足で強引に切り返し、紫電の死角へ回り込む。
「LIGHTNING SPHERE!」
球状の雷光が広がった。
ただし押し潰さない。
障壁全体へ絡みついた雷を一点へ集め、その揺らぎを作るためだけに使う。
「また――!」
「同じじゃない!」
障壁の表面に生じた僅かな乱れへ、再び雷光が凝縮された。
「SPARK CALIBUR!」
短い雷剣が走る。
障壁だけが断ち切られた。
その切れ目へGVが飛び込み、紫電が咄嗟に念動力を叩きつける。見えない圧力が肩を掠めて身体を回転させたが、GVは逆らわず、その回転をそのまま射撃姿勢へ繋げた。
三発。
ロック。
雷撃。
紫電の身体が硬直する。
「ぐ……ッ!」
GVは紫電の動きを見ていた。
まだ念動力を使える。
なら少し上げる。
腕が落ちる。
まだ立っている。
もう少し。
膝が沈んだ。
そこで終わり。
雷撃が消えた。
紫電が床へ片膝をつくと同時に、広間を飛び回っていた瓦礫も次々と重力を取り戻し、激しい音を立てながら床へ転がった。
「……今度こそ終わり」
GVが言った。
「シアンを返して」
「……フフ」
「何」
「いや」
紫電はゆっくり立ち上がった。
「ボクも、少し考えを改めるべきだと思ってね」
「だったら――」
「キミを相手に、この程度で済ませるべきではなかった」
GVの表情が変わる。
空気が震えた。
先ほどまでの念動力とは明らかに違う。
「……何する気?」
「本気を出すだけだよ」
紫電が片手を掲げた。
広間の端末が一斉に起動する。
三つの光が浮かび上がった。
GVはそれを知っていた。
三本の宝剣。
「待て」
光が紫電へ集まり始める。
「紫電!」
「キミは強い。それは認めるよ」
一本目。
「だからこそ」
二本目。
「ボクも、すべてを使おう」
三本目。
GVは紫電ではなくシアンへ走った。
「やめろ!」
透明な隔壁へ手を伸ばす。
その向こうで、シアンの身体が浮き上がった。
「シアン!」
ダートを構える。
紫電へ撃てる。
だが射線の向こうにはシアンがいる。
その一瞬で、三本の宝剣が紫電の周囲へ集結した。
シアンを包んだ光が膨れ上がる。
「――ッ!」
眩光。
次いで押し寄せた圧力は、それまでの念動力とは比較にならなかった。
GVは床へ叩きつけられるのを片膝で耐えたものの、立ち上がろうとした身体が上から巨大な掌で押さえつけられているように沈み込み、靴底が白い床を軋ませる。
「なんだよ……これ……!」
「分かるかい、ガンヴォルト」
声が空間そのものを震わせた。
GVが顔を上げる。
視線が上へ、さらに上へと動く。
そこにいたのは、もはや先ほどまでの少年と同じ尺度では捉えられない存在だった。
三本の宝剣。
《電子の謡精》。
シアン。
そして紫電自身の念動力。
それらが一つの巨大な身体へ収束し、広間そのものを支配するようにそびえている。
「……シアンを、取り込んだのか」
「彼女の《電子の謡精》は精神へ働きかける」
巨大な紫電が両腕を広げる。
「そしてボクの念動力は物質へ干渉する」
圧力が増す。
GVは片手を床へつき、それでも立とうと足へ力を込めた。
「精神と物質。その双方を掌握できるなら、能力者も無能力者も管理できる」
「……」
「危険な力に怯える必要はなくなる」
膝を上げる。
「能力者自身が判断を誤ることも」
もう片方の足を立てる。
「誰かの感情によって、大勢が危険へ晒されることもない」
GVはようやく立った。
「……全部?」
「そうだ」
「能力者も?」
「もちろん」
「能力者じゃない人も?」
「必要ならね」
GVは巨大な紫電を見上げた。
「誰が決めるの」
「ボクだ」
迷いのない答えだった。
「ボクが情報を集め、判断し、最も被害の少ない道を選ぶ。精神と物質、その双方を管理できる力があれば、それが可能になる」
「……」
「誰かが間違うたびに犠牲を出す必要はない。ボクが最初から間違いを許さない世界を作ればいい」
GVは何も言わなかった。
少し前まで紫電は言っていた。
自分も間違える。
だから情報を集める。
だから組織を使う。
一人の感情より、多くの情報から被害の少ない方法を選ぶ。
その話に、GVは答えられなかった。
今だって答えはない。
能力者と社会をどうすればいいのかなんて、やっぱり分からない。
けれど。
「……紫電」
「なんだい?」
「さっきはさ」
GVはダートを握り直した。
「自分も間違えるって言ってたよね」
「だからこそ、この力が必要なんだ」
「でも今は、君が全部決めるんだ」
「ボクにはそれができる」
「誰が君を止めるの?」
紫電が黙った。
「君が間違えた時」
「間違えないために――」
「違うよ」
GVは首を振った。
「間違えない方法じゃなくて」
巨大な姿の中心。
そこにいるはずの、一人の少年を見る。
「間違えた君を、誰が止めるの?」
「……」
「僕は止めてもらったよ」
深淵で聞こえていた声。
それ以上は説明しなかった。
「一人じゃ無理だった」
紫電の表情から、初めて余裕が消えた。
「キミとボクを同じにするな」
「違うよ。だから聞いてる」
「ボクには皇神がある。情報も、技術も――」
「でも今、決めるのは全部君なんだろ?」
「それが責任者だ!」
圧力が一気に増した。
GVの身体が再び沈む。
それでもダートは下ろさない。
「……そっか」
「何だ、その顔は」
「いや」
GVはほんの少しだけ困ったように笑った。
「やっぱり僕、君の最初の話には答えられないや」
「……何?」
「一人と大勢、どっちを選ぶとか。能力者をどこまで管理するべきとか。今も分からない」
「なら――」
「でも」
GVはシアンのいる場所を見る。
「まだ聞いてないんだ」
「何を」
「シアンの答え」
ダートを構える。
怖い。
勝てるかどうかも分からない。
目の前にいるものは、今まで戦ったどの能力者より巨大だった。
けれど、それで足を止める理由にはならなかった。
「だから」
蒼い雷がGVの身体を走る。
「まだ帰れないよ」
巨大な天主が少年を見下ろす。
その足元で、小さな蒼雷が弾けた。
答えの出ない問いを抱えたまま。
GVは再びダートを構えた。
「モニカ! 回線戻ったぞ!」
「確認したわ。映像回線を再接続――GV、聞こえる? こちらモニカ、応答して!」
「よっしゃ、来るぞ!」
「……接続、完了」
「…………」
「…………」
「…………は?」
「なにこれぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「ジーノ! うるさい!」
「いや叫ぶだろ!? 何だよこれ!? 昨日までカレーだったのに、蓋開けたら中からスペースシャトル出てきたみたいな気分なんだけど!?」
「何その例え!?」
「オレにも分かんねーよ!!」
「じゃあ言わないで!」
「今の状況だって分かんねーんだから一緒だろ!」
「一緒にしない!」
「ちょっとこれ、本当にGVなの!?」
「俺が知るか!!」
「アンタも見てるでしょ!」
「見てるから分かんねーんだよ! むしろ見れば見るほど分かんねー!」
「待って、通信異常……なし。映像系も正常……数値も拾えてる」
「じゃあ何だよこれ!?」
「それを今調べてるの!」
「調べて分かるヤツ!?」
「分からなくても調べるの! 仕事だから!」
「真面目ぇ!」
「うるさい!」
「うわ、また何か起きた!」
「えっ!? ちょっと待って、待って待って……!」
「モニカ、これアレじゃね? ゲームで隠しコマンド入れたら突然ジャンル変わるヤツ」
「知らないわよそんなの!」
「さっきまでアクションゲームだったのに急に最終面だけ音ゲー始まるみたいな!」
「だから例えが分かりにくい!」
「でも今そんな感じだろ!?」
「否定しにくいのが腹立つ!」
「ほら!」
「喜ばない!」
「……って、おい。これまだ――」
「言わなくていい! 今こっちで確認してるから!」
「確認できてる?」
「…………」
「モニカ?」
「…………できてる」
「分かってる?」
「…………」
「…………」
「分かんない」
「だよなぁ!?」
「そこ嬉しそうにしないで!」
「いやだって安心した! オレだけ置いてかれてるのかと思った!」
「私も置いてかれてるわよ!」
「オペレーターごと!?」
「こんなの想定してないもの!」
「じゃあもうアレだな」
「何よ」
「説明書の最終ページに『ここから先は気合いでお願いします』って書いてあるタイプだ」
「そんな説明書ないわよ!」
「今作れ!」
「作らない!」
「GV! 聞こえてるかー!?」
「応答して! こっちからは一応、あなたを確認できてるから!」
「一応って!」
「一応よ!」
「本人が聞いたら不安になるぞ!」
「私だって不安なの!」
「……でもよ」
「何?」
「アイツ、まだ行く気だぜ」
「…………」
「ニヒヒ……ほんっと、GVらしいっつーか」
「笑ってる場合じゃないでしょ」
「分かってるって」
「だったら――」
「分かってるから言うんだよ」
「GV!」
「聞こえてるなら絶対帰ってこい!」
「シアンちゃんも一緒だからね!」
「二人揃って帰るまでが――」
「だから勝手にミッションにしないの」
「いいじゃん、分かりやすいだろ」
「……まあ、今回はそれでいいわ」
「お、珍しく素直」
「今そこ拾わない!」
「シアンちゃん!」
「誰かに決められた答えじゃなくて――」
「あなた自身は、どうしたいの?」
「GVもちゃんと聞いてやれよ!」
「そういうのは得意でしょ?」
「人の話聞いてそのまま無茶するのも得意だけどな!」
「余計なこと言わない!」
「事実だろ!」
「次回、蒼き雷霆ガンヴォルト――第三十話!」
「『シアンはどうしたい?』!」
「二人とも、ちゃんと帰ってきなさいよ!」
「次回も――グッドラック!」
「……モニカ」
「何?」
「これさ」
「うん」
「まだ続きあ――」