『隣人GV ―もしもスパイディの影響を受けたGVなら―』 作:幸田市
答えの出ない問いを抱えたまま、GVは再びダートを構えた。
目の前にいるものを、もう「紫電」とだけ呼んでいいのかは分からなかった。
天叢雲、黒豹、八咫烏。三本の宝剣は、巨大化した紫電を囲むようにそれぞれ異なる軌道を描きながら旋回し、その一つ一つが念動場を拡張するための極となっている。そこへ電子の謡精の力まで重なった結果、アメノウキハシ最深部に存在していたはずの床も壁も天井も、今では戦場を規定するものとして意味を失っていた。
上下さえ曖昧な虚空の中で、巨大な光輪が幾重にも回転している。その中心には、異形と呼ぶにはあまりにも整然とした姿の天主が浮かんでいた。
胸部にはシアン。
光の拘束に囚われた少女の傍らでは、モルフォが感情を失った表情で歌い続けている。
GVは一度だけ息を吐いた。
怖い。
それは認めるしかなかった。
今まで戦ってきた誰よりも、おそらく強い。どこまで雷が通じるのかも分からないし、一度でも判断を間違えれば、自分がどうなるのか想像する必要さえなかった。
それでも、右手からダートを下ろす理由にはならない。
「……じゃあ、やろうか」
「フフ」
天主の中心から、紫電の声が返ってきた。
「どうしたんだい、ガンヴォルト? さっきまでの威勢はどこへ行ったのかな?」
「ちょっと大きくなったなって思ってただけ」
「ちょっと、ねぇ」
紫電は自分の姿を確かめるように両腕を広げると、面白そうに目を細めた。
「なら、確認してみるといい」
「そうする」
GVは三本のダートを続けて撃った。
一発目は天主の胸部、二発目は右肩、三発目は八咫烏。紫電自身を狙うのであれば、明らかに散らしすぎた射撃だった。
だからこそ、紫電の眉が僅かに動く。
着弾と同時にGVが雷撃を流すと、三本の蒼雷はそれぞれ別の経路から天主を覆う念動場へ食い込み、その内部を走り始めた。GVが見ていたのは損傷ではない。雷がどこを通り、どこで止められ、どの宝剣へ負荷が逃がされるのか。その流れそのものだった。
「へぇ」
紫電は妨害することなく、それを眺めていた。
「よく見ているじゃないか」
三方向から侵入した雷が、一瞬だけ黒豹の側へ偏る。その瞬間、黒豹と天主を結ぶ念動場の一部が僅かに薄くなった。
「そこ」
GVは雷撃鱗を背後へ集中して噴射し、その反動で自分の身体を前方へ射出した。
足場になる床はない。だから最初の一歩から、敵の力を利用する。
正面へ迫ってきた八咫烏の側面へ靴底を触れさせたのは一瞬だった。足が接触した時には既に膝を伸ばし始めており、紫電が八咫烏そのものを動かして振り落とそうとすると、その移動速度まで利用して強く蹴り出す。身体を空中で半回転させながら黒豹へ照準を合わせ、次の足場へ到達する前にダートを放った。
「でも」
紫電が指を僅かに動かした。
「それでボクへ届くと思ったのなら――少し甘いかな?」
黒豹がGVの視界から消えた。
目で追えなかったわけではない。GVの視覚が黒豹の移動を像として認識した時には、既にその移動が終わっていた。
首筋へ圧力を感じたことで、GVは黒豹が背後へ回ったことを理解する。振り返って確認している時間はない。右肩側から雷撃鱗を噴射し、身体を横へ押し出した直後、さっきまで頭部があった場所を黒豹が貫いていった。
それを避けたと認識するより早く、紫電の声が届く。
「避けられる?」
八咫烏の光翼が展開された。
最初の光をGVが身体を捻って避けた時には、二射目は既にその回避方向を塞ぐ位置まで伸びている。そこから逃れるために天叢雲へ進路を変えると、三射目はその到達点で待ち構えるように膨張していた。
紫電は現在のGVを狙っているのではない。
GVが攻撃を見て、危険を判断し、その次にどこへ逃げるか。その選択まで含めて先回りし、未来の座標へ攻撃を置いている。
だから、見えてから避けたのでは間に合わなかった。
GVは頬に光の熱が届くより先に、視界の端で動いた黒豹と、天叢雲から伝わる念動圧を同時に拾った。まだ天叢雲へ到達していない段階で身体を横へ倒し、雷撃鱗を右肩側から噴射することで、予定していた軌道から自分自身を外す。
三射目が空を貫いた直後、GVの靴底が天叢雲の腹へ触れた。
しかし、そこへ留まる時間は作らない。
紫電が宝剣そのものを動かしてGVを振り落とそうとしたため、GVは逆らうのではなく、その加速方向へ自分から跳んだ。天叢雲が動く速度へ蹴り出す力を加え、敵に足場を奪われる動作そのものを次の加速へ変える。
「へぇ」
紫電の声に、少しだけ楽しそうな響きが混じった。
「ボクの宝剣を足場にするのかい?」
「他にないからね!」
「ずいぶん器用になったね」
今度は光輪がGVの正面へ移動した。
輪の縁へ足をかけ、そのまま蹴る。直後に光輪が収縮してGVを閉じ込めようとしたが、身体は既にその外側へ抜けていた。
次の光輪へ。
そこから八咫烏へ。
さらに天叢雲へ。
黒豹が横から割り込めば、その背を足場として進行方向を変える。
敵の武器も、敵の攻撃も、紫電自身が支配する空間も、触れられるものは全て移動へ利用する。
それでも、紫電の方が一手早かった。
GVが八咫烏の射撃を処理している間に、黒豹は既に次の回避先へ移動している。黒豹から逃れる方向へ身体を捻れば、そこには天叢雲の斬撃が置かれている。天叢雲を足場にしようとすれば、靴底が接触する瞬間の重心移動まで予測した光輪が閉じてくる。
GVが一つの危険を処理する時間に、紫電はその先にある二つの危険を配置していた。
攻撃が追ってくるのではない。
逃げようとする場所から順番に、安全ではなくなっていく。
紫電自身がGV以上の速度で動き回る必要はない。念動場全体が紫電の手であり、三宝剣と光輪の全てがその指先なのだから、GVが未来へ逃げれば逃げるほど、その未来を先回りして塞ぐことができる。
「……これ、かなりきついな」
GVが呟いた瞬間、身体全体へ圧力が加わった。
手足だけではない。胴体、首、指先まで、巨大な見えない手にまとめて掴まれたように動かなくなる。
「捕まえた」
紫電が指を閉じていた。
「キミは強いよ、ガンヴォルト。驚いた、本当にね」
念動圧が増していく。
GVは身体を動かせないまま、視線だけを前へ向けた。
「でも、キミの強さを認めることと――」
天叢雲がゆっくりとGVへ切っ先を向ける。
「ボクが勝つことは、別の話さ!」
切っ先へ念動光が集中する。
GVは右腕だけを僅かに動かした。
「LIGHTNING SPHERE!!」
雷球が至近距離で膨張した。
狙ったのは紫電ではない。
自分自身を包んでいる念動場。
球状に拡散した蒼雷が念動場へ一斉に干渉し、完全に固定されていた圧力がほんの一瞬だけ乱れた。その瞬間を待っていたGVは、雷撃鱗を最大出力で噴射する。
身体が拘束から弾き出された直後、天叢雲の斬撃が虚空を通過した。
「なるほど。力ずくで逃げるか」
「それしか思いつかなかった」
「キミらしいね」
紫電はまだ笑っていた。
GVは息を整える時間を作らず、再び三本のダートを撃つ。
今度は八咫烏、黒豹、天叢雲へ一本ずつ。
三本全てへタグを打ち込み、同時に雷を流す。
負荷の移動。
念動場の変化。
三宝剣から天主へ戻る経路。
その先。
胸部。
シアンへ伸びている複数の光の中で、一本だけ性質が違う。
「……見つけた」
GVは進路を変えた。
「何を――」
紫電もすぐに気づく。
GVは雷撃鱗で加速すると、八咫烏の光線が通過した直後の空間へ身体を滑り込ませ、その光線を撃った八咫烏そのものへ着地する。紫電が宝剣を動かすより先に蹴り出し、次に接近してきた黒豹の側面へ手をついて身体を回転させ、その勢いを残したまま天主の胸部へ飛び込んだ。
右腕に蒼雷が集中する。
「SPARK CALIBUR!」
形成された刃は大きくない。
むしろ普段より短い。
必要なのは破壊力ではなく、シアンへ繋がる経路だけを切断できる精度だった。
「シアン!」
刃を振る。
しかし接触する直前、巨大な光輪が二人の間へ割り込んだ。
SPARK CALIBURが表面へ食い込み、光輪が激しく震える。
「惜しい」
紫電の顔が、光輪の向こうにある。
「でも、まだ返すわけにはいかない」
「じゃあ、もう一回やるよ」
「何度でも?」
「必要なら」
「フフ」
紫電は心底面白そうに笑った。
「本当に面倒な人だ」
念動場が爆発的に拡張した。
GVの身体が大きく弾き飛ばされる。
足場はない。
身体は制御を失って回転し、視界の中で三宝剣と地球と星々が何度も位置を入れ替える。それでもGVはダートを構え、回転する視界の中から最も近い光輪を選んで撃った。
タグ。
雷撃。
雷撃鱗の噴射方向を変え、反動で回転を抑える。
姿勢が戻りきる前に、もう一度加速した。
「まだ来るのかい?」
「まだシアン返してもらってないから」
「それとこれとは別の話だろう?」
「だよね」
GVは苦笑しながら、再び天主へ飛び込んだ。
紫電は余裕を崩さない。
八咫烏が射線を作り、黒豹がGVの移動を追い越し、天叢雲がその先を断つ。光輪が残った空間を狭め、念動場そのものが身体の向きを変えようと圧力をかけてくる。
それでもGVは止まらなかった。
避けるたびに観察する。
吹き飛ばされるたびに経路を覚える。
届かなければ、届かなかった理由を次の一手へ持ち越す。
紫電が完全に戦場を支配しているからこそ、その支配を成立させている経路もまた、戦場のどこかに存在している。
そして何より。
あの胸部には。
シアンがいる。
*
暗い。
シアンには、それしか分からなかった。
身体があるのかどうかさえ曖昧だった。手を動かそうとしても、そもそも手がどこにあるのか分からない。目を開いているのか閉じているのかも判断できず、自分というものの輪郭だけが、暗闇の中へ少しずつ溶けていくようだった。
歌が聞こえる。
自分の歌のように思える。
けれど違う。
モルフォの歌。
それも、いつものモルフォではない。
誰かに使われている歌だった。
嫌だ。
そう思った。
それなのに、その嫌だという言葉さえ外へ出ていかない。
再び意識が沈みかけた時。
遠くから。
『シアン!』
声が聞こえた。
GV。
どうしてか、それだけはすぐに分かった。
『もう一回やるよ』
何を。
もういい。
危ないから。
帰って。
そう言いたかった。
けれど声にならない。
代わりに、記憶が浮かんだ。
初めて会った時。
助けられた時。
一緒に暮らし始めた家。
買い物へ行った時、GVが必要のないものを何となく手に取って、シアンが棚へ戻したこと。
映画を見た後、感想を聞いただけなのにGVが妙に細かいところまで話し始めて、結局ずいぶん長く付き合わされたこと。
ミニ四駆。
最初は何が面白いのか分からなかったのに、いつの間にか自分まで部品の違いを覚えていたこと。
エリーゼが来た。
モルフォと喧嘩した。
GVとも喧嘩した。
その時の言葉が蘇る。
『僕が危ないことするの、嫌でしょ?』
あの時は腹が立った。
心配することまで、勝手に決められた気がしたから。
『わたしが心配するかどうかまでGVが決めないで』
自分で言った。
『ちゃんと帰ろうとして』
なら。
今は。
自分はどうしたい。
紫電が決めたことではない。
GVが望んでいることでもない。
モルフォが言ってくれることでもない。
自分は。
「……まだ」
初めて、暗闇の中へ自分の声が落ちた。
「まだ……終わりたくない」
小さな光が生まれる。
「買い物……したい」
光が一つ増える。
「映画も……見たい」
また一つ。
「ご飯も食べたい」
それまで何でもなかった日常が、暗闇の中では一つ一つ輪郭を持って戻ってくる。
「GVが……次に変な趣味見つけるのも……見たい」
少しだけ笑った。
その瞬間、自分が泣いていることにも気づいた。
「歌いたい」
今度は、はっきりと言えた。
「わたしが歌いたい時に……歌いたい」
光が広がる。
暗闇の中にあった自分の輪郭が戻ってくる。
誰かに使われるためではない。
誰かに世界を変えさせるためでもない。
ただ、自分がそうしたいから。
「生きたい」
暗闇に亀裂が走った。
「わたし……生きたい!」
光が溢れ出す。
「帰りたい!」
誰と。
そこまで考える必要はなかった。
「GVと!」
シアンは、自分自身の声で叫んだ。
「一緒に帰りたい!!」
*
GVの身体が、ほんの僅かに止まった。
「……シアン?」
聞こえた。
天主の胸部。
幾重もの念動場と電子の謡精の力、その全ての向こうから。
確かに。
『……聞こえた』
もう一つ。
声がした。
モルフォ。
それまで感情を失っていた瞳へ、光が戻っていく。
『聞こえたわよ、シアン』
「モルフォ!」
『ったく……』
モルフォは顔を上げた。
泣きそうな顔をしているくせに、口元にはいつもの不敵な笑みが戻っている。
『遅いのよ!!』
歌が変わった。
同じ旋律ではない。
同じ力でもない。
紫電によって強制され、能力者を支配するための増幅器として使われていた歌から、シアン自身がモルフォへ託した歌へ。
自分で歌うと決めた少女の力へ。
『GV!!』
「うん!」
『持ってきなさい!!』
「何を!?」
『決まってんでしょ!!』
モルフォが笑う。
『シアンの歌よ!!』
蒼雷が跳ね上がった。
それまでGVの身体を覆っていた雷撃鱗が一度大きく膨張し、直後には余分な放電を消して身体の周囲へ密着する。単純に電圧が増えただけではない。雷を放つまでの遅延、身体を動かすための電気信号、雷撃鱗による推進の立ち上がり、その全てがシアンの歌によって底上げされていく。
紫電の表情が初めて僅かに変わった。
「電子の謡精の制御が……」
『アンタのじゃないのよ』
モルフォが紫電を睨む。
『これはシアンの歌』
GVが雷撃鱗を噴射した。
黒豹が迎撃へ入る。
先ほどまでなら、黒豹の移動を認識した時点で既に追い越されていた。
今度は違う。
黒豹がGVの進路を横切ろうとした瞬間、その軌道へGV自身が先に身体を滑り込ませる。側面へ足を触れさせると、黒豹の加速と雷撃鱗の推進を同時に利用して進行方向を変え、紫電が八咫烏の射線を修正し終える前に天主の懐へ到達した。
『そして――』
モルフォの声が響く。
『アイツのための歌でもある!!』
「うおおおッ!!」
GVの拳が天主の頬へ入った。
念動障壁を突き破り、巨大な顔を横へ振る。
初めて。
明確に届いた。
「……届いた」
『ぼーっとしない!!』
「分かってる!」
GVは拳を引く動作の途中でダートを放った。
肩。
胸部。
光輪。
雷撃。
LIGHTNING SPHEREを天主の側面で炸裂させ、紫電が念動場をそちらへ割いた瞬間にSPARK CALIBURを形成する。
八咫烏の光線を雷撃鱗で抜ける。
黒豹が前方を塞ごうとすれば、その移動方向へ自分から重なり、背を一瞬だけ足場にして加速する。
天叢雲が横薙ぎに振るわれると、その刃を避けるだけではなく、斬撃が通過した直後の剣身へ靴底を置き、紫電が次の斬撃へ移るために天叢雲を引き戻す力まで使って上方へ跳ぶ。
先ほどまで一つの攻撃を避けるたびに失っていた時間を、今は一つの攻撃を利用するたびに取り戻している。
紫電が初めて、自分からGVを追うために念動場を動かした。
「……驚いた」
頬に残る蒼雷へ触れる。
「強いね……キミは」
「シアンのおかげ」
「そうか」
紫電は笑った。
怒ってはいない。
むしろ、先ほどまで以上に楽しそうだった。
「なら――ボクも、もう少しギアを上げよう」
三宝剣の軌道が変わった。
天叢雲、黒豹、八咫烏がそれぞれ別の場所へ散るのではなく、天主を中心として三角形を描く位置へ移動する。
GVはそれを見た瞬間に雷撃鱗を噴射した。
離れようとした。
しかし身体が進まない。
「……え?」
加速している。
雷撃鱗も正常に出ている。
それなのに、天主との距離が変わらない。
三本の宝剣が作った念動場そのものが、GVの推進力を相殺していた。
八咫烏から光が放たれる。
GVは身体を横へ振ろうとしたが、その横方向への移動にまで逆向きの念動圧がかかる。シアンの歌で強化された雷撃鱗を使ってなお、回避動作そのものが重い。
光線が肩を掠める。
続けて黒豹が突進する。
GVはSPARK CALIBURを盾のように構え、真正面から受け止めた。
衝撃が腕から肩へ抜ける。
押される。
そこへ天叢雲。
GVは黒豹を受け止めたまま身体を捻り、剣身を滑らせるように斬撃を逃がしたが、その間にも三宝剣が形成した念動場は圧力を増し続けていた。
「精神へ干渉する電子の謡精」
紫電が両腕を広げる。
「そして、物質へ干渉するボクの念動力。確かにシアンが自分の意思を取り戻したことで、キミの出力は大きく上がった」
GVは押し込まれながらも、紫電を見ていた。
「でも」
紫電が笑う。
「それだけだ」
念動場が収縮した。
GVの身体が一気に天主から引き離される。
雷撃鱗を噴射しても止まらない。
巨大な光輪が背後へ現れ、その中央へGVを叩きつけるように念動場が押し込む。
GVは衝突する直前に身体を反転させ、両足を光輪へついた。脚を曲げて衝撃を逃がし、そのまま反発を利用して飛び出す。
だが紫電は、その行動も見ている。
飛び出した先。
既に八咫烏。
「くっ!」
光。
GVはSPARK CALIBURで切り払う。
その隙に黒豹が側面。
雷撃鱗で逃げる。
逃げた先に天叢雲。
避ける。
しかし念動場が身体を引き戻す。
シアンの歌がある。
モルフォの力もある。
それでも。
届かない。
出力を上げれば紫電も上げる。
速度を上げれば、念動場そのものが移動を阻害する。
紫電は三宝剣と電子の謡精を同時に扱える。
一人で。
全部。
『……足りない』
モルフォが呟いた。
「え?」
『足りない』
悔しそうに歯を食いしばる。
『シアンの歌を全部乗せても、まだ足りない……!』
紫電がそれを聞いた。
「当然だよ」
三宝剣がGVを囲む。
「一人には限界がある」
GVが紫電を見る。
「どれほど強くても、一人でできることには限りがある。だからこそ、力は集約されなければならない。誰かが決め、誰かが背負い、全体を一つの意思で動かす必要がある」
モルフォが。
止まった。
『……一人じゃ、足りない』
「そうだよ」
紫電は穏やかに答える。
「それが現実さ」
『…………』
モルフォが俯く。
GVは三宝剣の攻撃を捌きながら、その声を聞いていた。
『一人じゃ足りない』
「モルフォ?」
『だったら』
顔が上がる。
目が。
妙に輝いている。
『借りればいいじゃない!』
「……は?」
『足りないなら借りる! 単純でしょ!』
「誰から!?」
『決まってんでしょ!!』
モルフォは両腕を大きく広げた。
『みんなからよ!!』
「…………は?」
GVは三宝剣から次々と繰り出される攻撃を捌きながら、本気で意味を理解できずに聞き返した。
『だから、みんな! アンタ一人で足りないんでしょ!?』
「まあ、それはそうだけど……」
『だったら借りるのよ!』
「そんな簡単に言うけど――」
『簡単じゃないわよ!!』
「どっち!?」
モルフォはGVへ怒鳴り返しながら、既に電子の謡精の演算経路へ干渉を始めていた。
紫電によって利用されていた電子の謡精は、シアンの歌を介して多数の能力者へ干渉し、それらを一つの意思の下へ置くための巨大な増幅器として組み込まれている。ならば、その経路を逆に使えばいい。一つの意思を多数へ押しつけるのではなく、それぞれの意思から送られてきたものを受け取り、必要としている一人へ届ける。
ただし、それは単純に接続方向を逆転させれば成立するようなものではなかった。
第七波動は能力者によってまるで違う。炎と磁力では性質が違い、光と亜空孔では空間への作用そのものが違う。出力も位相も違えば、何のために力を貸すのかという意思まで統一されていない。
それらを無理に一つへ変換することなら、電子の謡精にはできるかもしれない。
けれど。
『いい? アタシは誰からも奪わない』
モルフォは紫電を睨んだ。
『貸したくない奴は貸さなくていい。繋がりたくない奴は繋がらなくていい。来たものだけ受け取る』
「そんな不揃いな力をどうするつもりだい?」
『不揃いなまま使うのよ』
紫電の眉が僅かに動いた。
『炎は炎。磁力は磁力。全部同じにする必要なんかない。アタシがGVまで通す』
「できるの?」
GVが訊いた。
『知らない!』
「知らないんだ」
『今からやるのよ!!』
紫電は思わず小さく笑った。
「ずいぶん乱暴な発想だね」
『アンタみたいに全部計算してから動いてたら間に合わないのよ!』
「それは褒め言葉として受け取っておこうかな」
『褒めてない!!』
モルフォの歌が変わった。
天主を中心として張り巡らされていた電子の謡精の経路が、今度は外側へ向かって伸びていく。皇神の各施設、戦場から離れた街、フェザーの通信網、能力者たちがいる場所、そしてGVとシアンがこれまで通り過ぎてきた場所へ、歌と共に一つの呼びかけが届いた。
モルフォは長い説明をしなかった。
『今からアタシたちは、あいつと戦う』
通信画面には天主と、その前でなお戦い続けるGVが映っている。
『力を貸せなんて命令する気はない。嫌ならそのままでいい』
モルフォは自分から右手を上げた。
『力を貸してもいいって奴――手、上げて!』
すぐには何も起こらなかった。
当然だった。突然現れた歌姫と、巨大な天主と、蒼い雷を纏う少年。誰もがここまでの事情を知っているわけではなく、能力者を巡る問題について同じ考えを持っているわけでもない。
その沈黙の中で、最初の通信が入った。
『ガンヴォルト』
「……イオタ」
画面の向こうで、イオタが右手を上げていた。
その顔に迷いはない。
『先に言っておく。勘違いするな』
「うん」
『私は貴様の思想に賛同したわけではない』
「うん」
『能力者の力を管理する必要性についても、今なお考えは変わらん。力には結果が伴う。それを行使する者にも、管理する者にも責任がある』
「……うん」
『そして、紫電様がこの国の安寧を求めてこられたことも否定するつもりはない』
紫電は何も言わなかった。
イオタも視線を逸らさない。
『だが――だからこそだ』
掲げられた手から《残光》の光が生まれる。
『現在の天主は、国家防衛上、看過できん』
「イオタ」
初めて紫電が口を挟んだ。
「それがキミの結論かい?」
『はい』
「ボクを止めることが、国家安寧に資すると?」
『少なくとも、現在の構造を維持するよりは』
即答だった。
『指揮、火力、電子の謡精、能力者統制。そして天主そのものの制御。それら全てを紫電様お一人へ集中させれば、一つを失った時、全てを同時に喪失する』
「ボクが落ちると?」
『落ちないことを前提とした防衛計画など、計画とは呼びません』
紫電の目が僅かに細くなった。
『私は貴方を軽視しているのではない。むしろ逆です』
「……へえ?」
『貴方お一人が担っているものが、あまりにも多すぎる』
イオタの声は低い。
『私は以前、ガンヴォルトに問うた。選択した結果を誰が負うのか、と』
「覚えてるよ」
『ならば、私自身も選ばなければならん』
イオタは真っ直ぐ紫電を見る。
『私が守るべきは、貴方お一人ではない。この国そのものです』
《残光》が電子の謡精へ流れ込んだ。
『故に、貸す』
一拍。
『これはガンヴォルトが正しいからではない』
「うん」
『紫電様が全て間違っているからでもない』
「……うん」
『私自身が考え、私自身が選んだ』
イオタは手を下ろさない。
『その結果についても、私が負う』
GVは少しだけ笑った。
「……ありがとう」
『礼は不要だ』
「でも、言いたかったから」
『……好きにしろ』
通信が切り替わる。
次の声は、聞いた瞬間に分かった。
『おいコラ、ガンヴォルトォ!!』
「デイトナ」
『何をチンタラやってやがる!!』
「いや、結構頑張ってるんだけど」
『知るか!!』
『ちょっと! 通信開いた瞬間からうるさい!』
『テメェも大概だろうが歌姫!!』
『誰が歌姫よ!!』
「モルフォ、今そこ?」
『アンタは黙ってなさい!!』
「はい」
『返事だけはいいのよね、アンタ!!』
デイトナが画面の向こうで舌打ちする。
『ったく……シアンが帰りてぇって言ってんだろ』
声が少しだけ低くなる。
『だったら帰してやれ』
「……うん」
『難しいことは知らねぇ。国がどうとか、能力者がどうとか、そういう話を俺に振んな』
『自分で言う?』
『うるせぇ!!』
デイトナは右手を上げた。
『俺が分かってんのは一個だけだ』
「何?」
『帰りてぇ奴を、帰れねぇままにすんのは気に食わねぇ』
炎が生まれる。
『それとなァ――』
「まだあるんだ」
『あるわ!! テメェとの勝負、まだ終わってねぇんだよ!!』
「この状況でそれ?」
『この状況だからだろうが!! 俺がぶっ倒す前に勝手に他の野郎に負けてんじゃねぇ!!』
「勝手だなぁ」
『テメェにだけは言われたくねぇ!!』
爆炎がモルフォへ届く。
《残光》とは混ざらない。
炎は炎のまま、赤く脈動している。
『……来た』
「大丈夫?」
『大丈夫。無理に混ぜてない。デイトナの炎はデイトナの炎のまま』
『当たり前だ!! 勝手に変なモンにすんな!!』
『しないわよ!!』
続いて、別の回線が勢いよく開いた。
『ぬははははははッ!! ガンヴォルトォ!!』
「あ、カレラ」
『小生も参ろう!!』
『声がデカい!!』
『戦場において声とは気迫! 気迫とは――』
『長い!!』
「待って、モルフォ」
『何よ』
「最後まで聞いてあげようよ」
『今!?』
『おお!! さすがはガンヴォルト!!』
カレラが感極まったように拳を握る。
『ならば改めて最初から――』
『最初からやるな!!』
モルフォが通信音量を下げた。
「カレラ……」
『磁力はちゃんと来てるからいいのよ!』
『むう!? 小生の口上は!?』
『後で聞く!!』
『本当だな!?』
『帰ってから!!』
その言葉に、カレラが豪快に笑った。
『ぬははは! ならば帰還せねばなるまいな、ガンヴォルト!』
「そうなるね」
『小生は今なお、戦いを愛している! 強者と拳を交えることを至上の喜びと思っている!』
「知ってる」
『そして貴殿の不殺とやらを、完全に理解したわけでもない!』
「うん。僕もカレラがなんでそんなに戦いたいのか、まだよく分かんないし」
『ぬははは! それでよい!!』
カレラの声が、ほんの少し落ち着く。
『だが小生は、貴殿との戦いで一つ知った』
「?」
『戦いながら、戦いに呑まれぬ者がいる』
磁界が震える。
『燃え上がるだけが闘志ではない。怒りに身を任せず、勝利に酔わず、それでも退かぬ強さがある』
カレラは右手を高く掲げた。
『小生は、それをもう一度見たい!』
「カレラ……」
『故に貸そう、ガンヴォルト! 小生の《磁界拳》、存分に使うがよい!!』
『だから能力そのものをコピーしてるわけじゃないって何回――』
『細かいことはよい!!』
『よくない!!』
「まあまあ」
『アンタはどっちの味方よ!!』
残光と炎と磁力。
どれも一つにはならない。
だからこそGVにも分かった。
これは「みんなの力」という一つの塊ではない。
イオタの力。
デイトナの力。
カレラの力。
それぞれが、それぞれのままここへ来ている。
その隣へ、弱い信号が加わった。
『……帰ってやれ』
GVの表情が変わる。
「ストラトス……」
画面の向こうで、ストラトスの手が震えていた。
上げるだけでも苦しいのだろう。
それでも下ろさない。
『必要……なんだろ』
「……うん」
『なら……持ってけ』
「大丈夫?」
『うるせぇ……』
「ごめん」
『そういうの……いいから……』
途切れ途切れの声。
『帰って……やれ』
GVは少し黙った。
それから頷く。
「……うん。帰るよ」
次に映ったエリーゼも、右手を上げた。
『GVさん』
「エリーゼ」
『帰ってきてください』
「うん」
『シアンさんと一緒に』
「うん」
『それから……』
エリーゼ1は少し迷う。
『……私たちのところにも』
GVが目を丸くする。
その直後、表情が変わった。
『ったく、何湿っぽくなってんのよ!!』
「3」
『あいつぶっ飛ばして帰ってきなさい!!』
『ちょっと、紫電本人をぶっ飛ばすのは――』
『分かってるわよ!! 言葉のアヤ!!』
「モルフォと相性いいよね」
『『どこが!?』』
二人の声が重なった。
「ほら」
『GV!!』
もう一度、人格が切り替わる。
同じ身体。
同じ腕。
それでも、一度ちゃんと下ろしてから。
エリーゼ2は、自分の意思でもう一度その手を上げた。
『……GV』
「うん」
『……帰る?』
「帰るよ」
『……シアンも?』
「一緒に」
少しの沈黙。
『……マッテル』
「待ってて」
三つの人格が、一つの身体で。
それぞれ別々に選んだ。
そしてメラクは。
『ボクはパスで』
『分かった。次』
『え』
モルフォが本当に回線を切ろうとする。
『ちょっと』
『何よ』
『いや……』
『貸さないんでしょ? だったらそれでいいわよ』
『……そうだけど』
『じゃ、次』
『待って』
「どうしたの?」
『計算し直す』
『今から!?』
『うるさい。集中できない』
数秒。
『…………』
「メラク?」
『やっぱ最悪』
「何が?」
『天主』
メラクの視線が鋭くなる。
『制御系統、一個に集まりすぎ』
紫電が僅かに振り向く。
『三宝剣。電子の謡精。念動場。火器管制。補助演算。全部、最終的に紫電へ戻ってる』
「よく見てるね」
『見れば分かる』
『普通は分かんないわよ』
『じゃあ普通じゃないんでしょ』
メラクは面倒そうに続ける。
『一個落ちた時の期待損害、最悪。冗長性ほぼなし。バックアップも実質同一系統』
「つまり?」
『面倒だから一言で言う』
一拍。
『設計として嫌い』
紫電が僅かに苦笑した。
「随分だね」
『事実』
「それで、キミはガンヴォルトを選ぶのかい?」
『違う』
即答。
『比較しただけ』
「比較?」
『紫電が勝った場合。ガンヴォルトが勝った場合。途中で両方倒れた場合。天主が暴走した場合。電子の謡精が破綻した場合』
「そんなに?」
『まだあるけど聞く?』
「いいや」
『で、計算した』
「結果は?」
『ガンヴォルトが勝った場合の方が――』
嫌そうに眉を寄せる。
『ほんのちょっとだけマシ』
「ほんのちょっとなんだ」
『そこ重要』
メラクは右手を上げた。
『だから貸す』
「ありが――」
『言うな』
「まだ言ってないよ!」
『言おうとした』
「読まれた」
『別に君たちのためじゃない。ボクが一番損失の少ない方を選んだだけ』
「うん」
『……だから、その顔やめて』
「どの顔?」
『嬉しそうな顔』
「嬉しいから」
『……面倒』
亜空孔の反応が加わった。
その時だった。
『……待って』
「今度は何?」
モルフォの表情から、冗談が消えた。
『増えてる』
「何が?」
『信号』
モルフォは広がっていく反応を見る。
一つ。
二つ。
十。
百。
『……みんな』
「みんな?」
『能力者だけじゃない』
「え?」
『通信そのものが増えてる』
皇神の施設で、一人の兵士が画面を見ていた。
「手を上げるだけでいいのか?」
「そう言ってる」
「命令は?」
「……来ていない」
「上官からの許可は?」
「それもない」
男は黙った。
隣の兵士が尋ねる。
「どうする?」
「…………」
しばらく画面を見る。
そして。
「俺が決める」
右手を上げた。
『……聞こえてるか、ガンヴォルト』
「……誰?」
『覚えてねえだろうな』
「ごめん」
『まだ何も言ってねえよ』
周囲から笑いが起こる。
「ごめん」
『二回謝んな』
「はい」
『火災の時だ。敵だって言ってんのに、勝手に俺を引っ張り出した』
「……ああ」
『その「ああ」は絶対覚えてねえな』
「……顔までは」
『正直でよろしい』
兵士も少し笑った。
『俺は今でも皇神の兵士だ』
「うん」
『紫電様が、この国を守ろうとしたことまで間違いだったとは思ってない』
「うん」
『能力者が怖くないとも言わねえ。俺たちからすりゃ、お前らはやっぱりとんでもねえ力を持ってる』
「……うん」
『だから管理が必要だって考えも、まだ分かる』
「そっか」
『でも』
掲げた右手を見上げる。
『それと、今俺が誰に手を貸すかは別だ』
GVが黙る。
『俺の手だ』
兵士は言った。
『誰に貸すかくらい、俺が決める』
その後ろで、もう一本の手が上がった。
「俺もだ」
「お前?」
「崩落の時に引っ張り上げられた」
「俺は負傷した時、医療班呼ばれた」
「待て。俺、機雷の時だ」
「機雷?」
「こいつ、こっちから撃ってたのに庇いやがった」
「何で?」
「知らねえよ。俺が聞きてえ」
別の男が画面を見る。
「……おい、ガンヴォルト」
「はい?」
「お前、皇神兵何人助けた?」
「え?」
GVは本気で考えた。
「……分かんない」
「数えてないのか?」
「普通、数える?」
「普通は敵をそんなに助けねえんだよ!」
「あ、そっち?」
『アンタねえ……』
モルフォが呆れた声を出す。
だが。
全員が手を上げたわけではない。
「俺は上げない」
別の兵士が言った。
周囲が静かになる。
「……いいのか?」
「能力者は怖い」
男は画面から目を逸らさない。
「あれだけの力を見て、それでも信用しろって言われても無理だ」
GVは何も言わない。
「ガンヴォルトに助けられた奴がいるのも知ってる。悪い奴じゃないのかもしれない。それでも、俺は怖い」
モルフォも説得しなかった。
『そ』
「……それだけか?」
『それだけ』
「説得しないのか?」
『なんで?』
モルフォは当然のように答えた。
『アンタの力でしょ』
「…………」
『アンタが決めなさい』
その手は、最後まで上がらなかった。
紫電がその様子を見ている。
「なるほど」
GVが振り返る。
「紫電?」
「それがキミの言う自由かい?」
「分かんない」
「またそれか」
「でも」
GVは手を上げなかった兵士を見る。
「上げないって言えるなら、それでいいと思う」
「結果として、キミの力が減っても?」
「うん」
「理解できないね」
「僕も、紫電の考えてること全部は分かんないよ」
「フフ」
紫電が薄く笑った。
「そこだけは一貫している」
研究施設でも、若い研究員が画面を見ていた。
「……侵入者の顔は?」
「確認できませんでした」
「奇遇だな。私もだ」
「監視記録も?」
「雷撃で飛んでいる」
「最悪ですね」
「ああ」
少し沈黙。
「ただ」
「?」
「青い雷だったことだけは覚えています」
若い研究員が手を上げた。
主任がそれを見る。
「君、いいのか?」
「主任は?」
「質問に質問で返すな」
「じゃあ先に答えてください」
「……生意気になったな」
主任も手を上げる。
かつて拘束されていた少女も、小さな手を掲げた。
別の施設では、以前GVが助けた作業員たちが同じ映像を見ていた。
「あいつだろ」
「誰?」
「停止したリフター動かしてくれた奴」
「ああ。俺たち逃がした後、自分だけ残ってた」
「馬鹿だよな」
「馬鹿だな」
「死んだらどうすんだよ」
「知らねえよ」
三人とも手を上げる。
「だから帰ってこい、馬鹿」
街でも。
「あら、この子……」
「知ってるの?」
「前に荷物持ってくれた子よ」
「能力者だったの?」
「知らなかったわよ」
「……怖くない?」
女性は少し考える。
「さあ」
「さあって」
「能力者がどういうものかなんて、私には分からないもの」
それから右手を上げた。
「でも、あの時は助かったから」
別の家では、小さな男の子が画面を指差した。
「あ! 青いお兄ちゃん!」
「知ってるの?」
「うん! ボール取ってくれた!」
「いつ?」
「公園!」
少年は母親を見上げる。
「ぼくも手あげていい?」
母親は少しだけ考えた。
「あなたはどうしたいの?」
「上げたい!」
「じゃあ、自分で決めなさい」
「うん!」
小さな手が勢いよく上がった。
「お兄ちゃん! がんばれー!」
迷子だった子供。
その母親。
自転車の故障を手伝ってもらった人。
商店街で何度かGVを見かけた人。
名前を知らない。
顔を覚えていない。
ただ一度、道を譲ってもらっただけの人までいる。
GV本人にとっては、どれも大したことではなかった。
荷物を持っただけだった。
迷子と一緒に母親を探しただけだった。
木に引っかかったボールを取っただけだった。
敵味方を考えるより先に、目の前にいた負傷者へ手を伸ばしただけだった。
顔も覚えていない。
名前を知らない人の方が多い。
でも。
助かった方は覚えている。
誰もがGVの考えに賛成したわけではない。
「俺は紫電様が間違っていたとは思わない」
「それでも上げるのか?」
「ああ」
「矛盾してないか?」
「してない」
男は右手を上げる。
「紫電様を支持することと、今あいつに力を貸すことは別だ」
「……そういうもんか?」
「俺にとってはな」
画面を見る。
「誰に貸すかは俺が決める」
そして。
上げない手も残っている。
それでよかった。
通信には、少しずつ声まで増えていった。
『ガンヴォルト! 聞こえてるか!』
『青い兄ちゃん!』
『あの時はありがとな!』
『絶対帰ってこいよ!』
『シアンちゃん連れて帰ってきな!』
『お前、今度商店街来いよ!』
『貸した分ちゃんと返せよー!』
「どうやって?」
『知らねえよ!』
『ちょっと!!』
モルフォが叫ぶ。
『一斉に喋んないで!! 処理はできるけど耳がうるさい!!』
『歌姫ちゃん聞こえてるー!?』
『聞こえてるから怒ってんのよ!!』
『モルフォちゃーん!』
『名前呼べばいいってもんじゃない!!』
GVはとうとう吹き出した。
「誰が誰だか分かんないや」
『でしょうね!!』
「でも……」
無数の声。
無数の手。
その中には、彼を支持する人も。
支持しない人も。
紫電を支持する人もいる。
「ありがとう」
その声が全員へ届いたかは分からない。
届かなくてもよかった。
紫電は、その全てを静かに見ていた。
「……非効率だ」
ざわめきが遠ざかる。
GVが紫電を見る。
「そう?」
「応じない者がいる」
「うん」
「出力も違う。位相も違う。思想も違う」
「うん」
「ボクを支持したまま、キミへ力を貸している者までいる」
「いるね」
「目的すら一致していない」
「そうだね」
「それを一つの戦力として扱う?」
「モルフォが頑張ってくれてる」
『ちょっと!! そこでアタシに投げる!?』
「実際そうじゃない?」
『そうだけど!!』
紫電は笑わない。
「統一された指揮系統がない」
「うん」
「共通の思想もない」
「うん」
「離脱する者を止める権限すらない」
「ないね」
「ならば、これはシステムですらない」
GVは少し考えた。
「……システムじゃないからじゃない?」
紫電の目が細くなる。
「何?」
「みんな、自分でやってるだけだよ」
「…………」
「イオタは国を守りたいから」
『その通りだ』
「デイトナはシアンを帰したいから」
『あとテメェとの決着な!!』
「カレラは――」
『貴殿の闘志を再び見届けるため!!』
「長くなりそうだから次ね」
『なぬ!?』
「メラクは損失が少ないと思ったから」
『ほんのちょっとだけね』
「エリーゼは……」
『帰ってきてほしいからです』
『ぶっ飛ばしてほしいからよ!』
『……マッテル』
「ほら」
GVは笑う。
「全然違う」
「だからこそ聞いているんだよ」
紫電の念動場が低く軋む。
「そんな不揃いなものへ、この国を預けるのかい?」
「預ける?」
「そうだ」
紫電は巨大な天主を背負ったまま、少年を見る。
「誰かが途中で考えを変えるかもしれない。恐怖に負けるかもしれない。判断を誤るかもしれない。責任から逃げる者も出るだろう」
「……うん」
「人は間違える」
「うん」
「ならば、統制が必要だ」
GVは否定しなかった。
「そうかもしれない」
紫電の眉が僅かに動く。
「……何?」
「紫電の言ってること、全部間違ってるとは思わないよ」
「なら――」
「でも」
GVは無数の手を見る。
「今ここで手を貸すかどうかまで、誰か一人が決めなくていいと思う」
「それでボクに勝てると?」
「分からない」
「またか」
「やってみないと分からないから」
紫電はしばらくGVを見る。
「フフ……」
小さく笑った。
「やっぱりキミは、ずいぶん曖昧だ」
「よく言われる」
「王には向かない」
「なりたいって言った覚えないよ」
その返答に、紫電はほんの一瞬だけ目を細めた。
そこへ別の通信が入った。
『GV!』
「モニカ」
『こっちは補助区画を確保した! ジーノと避難ルートも作ってる!』
「ありがとう」
『それと、先に言っとくけど』
「?」
『私たちは能力を貸せない』
「うん」
『でも、だからって何もできないわけじゃない』
モニカは端末を操作する。
『退路確保。負傷者の誘導。施設情報の収集。天主の出力監視。やれることは全部やる』
「モニカ……」
『あなた一人にやらせることじゃない』
声が柔らかくなる。
『私たちが、そうしたいからやってる』
「……うん」
『だから、ちゃんと帰ってきて』
『そうそう』
横からジーノが割り込む。
『帰ってきたら説教な』
「ジーノまで」
『今回のオマエ、ほんっと無茶しすぎ』
「説教は帰ってから?」
『帰ってから』
「じゃあ帰らない方が――」
『GV』
モニカの声が低くなる。
「冗談です」
『よろしい』
『ニヒヒヒッ。学習したな』
「そこ笑うところ?」
『つーかさ』
ジーノの軽い声が、そこで少しだけ変わった。
『オレら、オマエが強いのは知ってるんだよ』
「うん」
『チートみてーに強いのもな』
「それ褒めてる?」
『褒めてる褒めてる』
少し沈黙。
『でも』
軽口が消える。
『強いから一人でいいって話にはならねぇだろ』
GVは黙る。
『……帰ってこい』
「……うん」
『そんで説教されろ』
「やっぱりそこは確定なんだ」
『確定』
さらに別の回線が割り込んだ。
『蒼き雷霆』
GVが僅かに目を見開く。
「アキュラ?」
『勘違いするな』
「まだ何も言ってないよ」
『貴様の考えることなど分かる』
「メラクと同じこと言ってる」
『一緒にするな』
「はい」
『貴様へ貸す第七波動などない』
「知ってる」
『そもそも貴様へ貸すものなど何一つない』
「うん」
『ただ――』
一瞬、声が止まる。
『……貴様との決着が、まだついていない』
GVは少し笑った。
「うん」
『勝手に他の奴に敗れることは許さん』
「デイトナにも同じこと言われた」
『あの低能と一緒にするな!!』
遠くの回線から声が飛ぶ。
『聞こえてんぞクソガキィ!!』
『黙れ!!』
『誰が低能だコラァ!!』
『ちょっと!! 通信回線で喧嘩すんな!!』
「元気だなぁ」
『貴様も黙れ!!』
アキュラが咳払いする。
『……右側面を見ろ』
GVの顔から笑みが消える。
天主を見る。
『主制御ではない。その奥だ』
「……あれ?」
『補助演算器だ。念動場の位相補正がそこを経由している』
「壊したら?」
『障壁そのものは消えん』
「でも?」
『再形成が遅れる』
「どれくらい?」
『一瞬だ』
「十分」
『だろうな』
巨大な光輪の奥。
僅かに異なる周期で明滅する演算光。
「……見えた」
『なら撃て』
GVはダートを構えた。
迷わない。
一射。
補助演算器が砕ける。
天主を覆う障壁が、一瞬だけ乱れた。
「ありがとう、アキュラ」
『気色の悪いことを言うな』
通信が切れる。
『素直じゃないわね』
「聞こえてたら怒るよ」
『聞こえるように言ったのよ』
『聞こえているぞ!!』
「あ、まだ切れてなかった」
『モルフォォ!!』
『ほら怒った』
通信が本当に切れた。
それだけの力が集まっても、モルフォはまだ難しい顔をしていた。
『……ダメ』
「出力?」
『違う』
「何?」
『タイミング』
モルフォの周囲に、無数の波形が浮かぶ。
炎。
磁力。
残光。
亜空孔。
生命輪廻。
そして名も知らない無数の小さな力。
どれも異なる周期で脈動している。
『みんなバラバラ』
「まあ……そうだろうね」
『出力も、周期も、位相も違う。これだけ違えば普通は同期しない』
「できない?」
『できる』
「できるんだ」
『アタシを誰だと思ってんのよ』
「モルフォ」
『そういう意味じゃない!!』
モルフォは波形を見る。
『無理矢理一つに揃えればいい』
「…………」
『全部同じ周期にして、ズレを潰して、一つの大きな波にする』
「それなら――」
『でも』
モルフォが紫電を見る。
『それじゃ、あいつと同じ』
GVも紫電を見る。
巨大な天主。
違うものを、一人の意思の下へ組み込んだ身体。
「……うん」
『だからやらない』
「じゃあ?」
『待つ』
「何を?」
『みんなが、一瞬だけ同じところを通る時』
「そんなの来る?」
『知らない』
「そっか」
『何よ』
「モルフォも分かんないんだなって」
『当たり前でしょ!!』
「なんか安心した」
『アンタねえ!!』
怒鳴りながら。
モルフォは、ふと何かに気づいた。
『…………』
「モルフォ?」
彼女はもっと遠くを見る。
この戦いを、ここまでずっと見ていた場所へ。
『……ねえ』
「誰に言ってるの?」
『アンタじゃない』
「はい」
モルフォが自分の右手を上げる。
『ねえ』
返事はない。
『ずっと見てたでしょ』
何かを押す必要はない。
選択肢も表示されない。
命令もない。
正解も表示されない。
ただ、問いだけが届く。
『みんな、自分で決めた』
モルフォは言う。
『貸すって決めた人も』
一瞬、手を上げなかった兵士の映像を見る。
『貸さないって決めた人も』
そして、こちらを見る。
『だから、アンタも自分で決めて』
少しの沈黙。
『貸してくれるなら――』
モルフォは手を上げたまま待つ。
『手、上げて』
そして。
《UNKNOWN SIGNAL》
《SEPTIMA ATTRIBUTE:UNDEFINED》
《SOURCE:――――》
モルフォが息を呑む。
『……来た』
「え?」
紫電の眉が動いた。
「待て」
天主の演算光が走る。
「これは……」
『解析できない』
「第七波動ではない?」
『分かんない』
「皇神のデータベースにも存在しない」
『だから分かんないって言ってるでしょ』
「誰なんだ?」
GVが尋ねる。
モルフォは、その信号を見た。
あまりにも小さい。
戦力と呼ぶには弱すぎる。
それでも。
確かにそこにいる。
モルフォは少しだけ笑った。
『ずっとアンタの隣にいた人よ』
「…………?」
GVは本気で首を傾げる。
「誰?」
『分かんなくていいの』
「えぇ……」
『アンタ、そういうの多いでしょ』
「そうかな」
『そうよ』
意味は分からない。
名前も知らない。
顔も分からない。
けれど。
なぜか、知らない誰かという気がしなかった。
だからGVは、その信号へ向かって笑った。
「……そっか」
一拍。
「ありがとう」
その信号は小さい。
出力だけを見れば、ほとんど何も変えられない。
炎より弱い。
磁力より弱い。
残光より弱い。
天主の巨大な念動力とは比較にすらならない。
だが。
『――待って』
「?」
モルフォが波形を見る。
『今』
ばらばらだった波が、一つになるのではなく。
一瞬だけ。
同じ時点を通過した。
『……揃った』
「全部?」
『全部』
モルフォの表情が変わる。
『誰も同じになってない』
炎は炎のまま。
磁力は磁力のまま。
残光は残光のまま。
誰一人として、誰かに吸収されていない。
それでも。
『でも、今だけ――みんな同じところにいる』
紫電がそれを見る。
「偶然だ」
『そうかもね』
「再現性もない」
『ないかも』
「システムとして成立していない」
『だから?』
モルフォが笑う。
『今、揃ったわ』
GVも笑った。
「それで十分だよ」
モルフォは両手を広げる。
無数の光が彼女を囲む。
『いくわよ、GV!!』
「うん!」
『これはアンタ一人の力じゃない!!』
残光が走る。
炎が燃える。
磁界が唸る。
亜空孔が開く。
無数の光が、それぞれの色を失わないままモルフォへ集まっていく。
『でも――』
歌が始まる。
『アンタが繋いだ力よ!!』
「――うん!」
外から届いた力が電子の謡精へ流れ込み、モルフォによって増幅されたうえでGVの蒼き雷霆へ同期する。そこで強化された蒼雷は終点を迎えることなく、再び電子の謡精へ還流し、もう一度増幅されてGVへ戻ってきた。
一度だけ力を受け取るのではない。外から届いた無数の力と、モルフォの歌と、GVの雷。その三つが互いを行き来しながら、絶えず出力を高めている。
紫電は、その構造を一目で理解した。
「循環増幅……!」
『正解! でも、こんなのアタシもGVも長く保たない!』
「じゃあ?」
『一瞬だけ――全部乗せる!!』
GVの蒼雷が爆発的に膨張した。
青白い雷が虚空へ伸び、まず巨大な人型の骨格を形成する。その外側を透明なエネルギーの外殻が覆い、内部では水色の光が血流のように循環していった。
しかし、その身体を満たしているものは蒼雷だけではない。
赤い炎、鋭い光、磁場の歪み、空間に穿たれた暗い穴、そしてGV自身にも正体を判別できない無数の小さな輝き。それらはどれ一つとして蒼雷へ塗り潰されることなく、それぞれ異なる色と性質を保ったまま透明な巨体の内部を巡っている。
肩から背部へ巨大な結晶翼が開いた。頭部の後方には円環状の光輪が形成され、鋭角的な頭部の奥で双眸が青白く点灯する。
宇宙を背景に完成した巨体は、胸の前で両腕を組んだまま天主と向かい合っていた。
GVは自分の巨大な腕を見た。
「…………でっか」
『第一声それ!?』
「いや、だって……」
紫電は、その姿を見上げていた。
「……雷帝」
その口元が上がる。
「フフ……いい」
それまでの余裕を含んだ微笑とは少し違っていた。巨大な敵を前にした十四歳の少年が、ほんの一瞬だけ自分の立場を忘れてしまったような、純粋な高揚がそこにはある。
「いいじゃないか、雷帝!!」
三宝剣が天主の背後へ展開された。
「ならば、天を統べる者へ挑んでみろ!!」
「……なんか楽しそうだね」
『アンタが言う!?』
八咫烏が光翼を開いた。
無数の射線が展開される。
巨大化したからといって紫電の戦い方が変わったわけではない。砲撃は現在の蒼き雷帝を狙っておらず、GVが最初の射撃を避けた後に移動すると予測される座標から順番に光で埋めていく。
GVは回避へ移ろうとしたところで、自分の脚部へ集まる蒼雷に異質な光が混じっていることへ気づいた。
「……何だ、これ」
雷撃鱗とは違う。
力を放出して身体を押し出すのではなく、移動を始めてから最高速へ到達するまでに必要な過程そのものを極端に圧縮するような感覚だった。
「……これ、イオタ?」
『そう! 《残光》!』
「でも僕、イオタみたいな動き方知らないよ」
『同じことしなくていい! アンタの動きに使いなさい!!』
八咫烏の光が迫る。
その一言で、GVは理解した。
イオタになる必要はない。
自分は、自分の身体をどう動かすかなら知っている。
雷撃鱗を背部へ集中させ、いつものように推進を開始する。その立ち上がりへ《残光》を重ねた瞬間、加速に必要だった時間が丸ごと削り取られた。
「うわ、速――!」
『前見なさい!!』
八咫烏が未来の座標へ配置した最初の光が完成した時には、蒼き雷帝はその地点を既に通過していた。
次の射撃が落ちる頃には、GVは背部結晶翼へ雷撃鱗を流し、《残光》によって旋回に必要な加速時間を削り取っている。紫電がさらに先の移動先へ射線を置くと、今度は片側の翼だけへ出力を集中させ、巨体そのものを横倒しにするような角度で射線の隙間を抜けた。
攻撃を見てから避けているのではない。
一つ前の回避を行っている最中から次の加速へ必要な出力を用意し、紫電が未来へ置いた攻撃よりも早く、その未来そのものを捨てていく。
「……これなら、僕でも使える!」
『よし! 名前つけるわよ!』
「今!?」
『
「それイオタに許可取った?」
『後!!』
《残光》が雷撃鱗の加速へ重なり、蒼き雷帝の巨大な輪郭が一本の光へ変わった。
天主との距離が消える。
「速いね」
紫電は驚きながらも笑っていた。
「なら――ボクも付き合おう」
黒豹が動いた。
天主の巨体へ念動光が集中し、その周囲の空間が歪む。
「
二つの巨体が同時に加速した。
GVは紫電の姿を視認してから旋回したわけではなかった。正面にあった念動圧が消えた時点で黒豹による加速が始まったと判断し、左右の結晶翼へ異なる出力を流して身体を回し始めている。
だから紫電が背後へ到達した時には、蒼き雷帝の拳もそこへ向かっていた。
紫電も巨大な念動腕を形成する。
拳と掌が激突し、二つの巨体の間で光が爆発した。
双方が弾かれる。
「……紫電も言うんだ」
「何がだい?」
「技名」
「何か問題でも?」
「いや、別に」
「なら避けた方がいいよ?」
八咫烏が最大まで光翼を広げた。
「
先ほどとは比較にならない数の光が、蒼き雷帝の現在位置と移動可能域の双方を覆うように展開される。
『翼全部開く!!』
蒼き雷帝の背部結晶翼が扇状に広がり、その一枚一枚の先端へ青白い光が集束していった。
『
無数の砲撃が正面から衝突した。
八咫烏の光を全て相殺することはできない。互いの射撃は正面からぶつかって消滅するものもあれば、軌道を僅かに逸らされて相手の攻撃を抜けるものもあり、交差した光の一部だけがそれぞれの巨体へ到達して外殻を削っていく。
「モルフォ」
『何!?』
「技名いる?」
『いる!!』
「即答なんだ」
『こういうのはいるの!!』
「フフ……分からなくもないかな」
「紫電まで……」
天叢雲が天主の手へ収まる。
「なら、これはどうだい?」
宝剣を中心として巨大な念動刃が形成された。
「
『GV、剣!』
「分かった!」
『|SPARK CALIBUR OVER――』
「
蒼雷の巨剣と念動刃が正面から激突した。
『……今、自分で言ったわね』
「今それ言う!?」
『言ったわね!?』
「集中させて!」
紫電が笑う。
「完全に楽しんでるじゃないか」
「君に言われたくないよ!」
『両方よ!!』
天叢雲とSPARK CALIBURが離れた直後、GVは右腕へ自分の蒼雷とは異なる熱が流れ込んでくるのを感じた。
「熱っ!?」
『今度はデイトナ!』
「これが!?」
蒼き雷帝の拳を赤い炎が覆っていく。
GVは反射的に、その炎を蒼雷へ変換しようとした。
『違う!』
「え?」
『混ぜない! そのまま使う!』
モルフォの声で、GVは右拳を見る。
炎は炎のままでいい。
蒼雷は蒼雷のままでいい。
デイトナの力を自分の力へ塗り替える必要などなかった。
「……だったら」
拳を握る。
炎を拳の表面へ。
蒼雷をその内側へ。
デイトナの炎が接触時の爆発力を生み、GVの雷がその衝撃を拳の正面へ集中させる。
天主が巨大な念動掌を展開した。
『右ストレート!!』
「分かった!」
GVは拳を引いた。
「
炎と雷を纏った拳が念動掌へ真正面から突き刺さり、接触した瞬間に炎が外側へ膨張し、その中心を蒼雷が貫いた。
念動掌が押し返される。
「なるほど……」
紫電が目を細めた。
「それぞれの能力を一つへ変換するのではなく、役割そのものを分けているのか」
「僕も今知った!」
『胸張って言うな!!』
三宝剣が再び動き始めた。
八咫烏が右へ。
天叢雲が左へ。
黒豹が正面へ。
「三本同時は……面倒だな」
『だったら一本ずらせば?』
「そんな簡単に――」
そこでGVは、自分の内部に別の感覚を見つけた。
引く。
押す。
単純な火力ではなく、物体同士の位置関係そのものへ作用する感覚。
「……あ」
『気づいた?』
「カレラか」
GVは八咫烏へ手を向けた。
紫電の念動力そのものへ勝つ必要はない。三宝剣を奪う必要もない。
ほんの一瞬。
紫電が決めた軌道から外せればいい。
「カレラ。ちょっと借りるよ」
磁場が展開される。
「
八咫烏が横へ引かれた。
「何……!?」
紫電は即座に念動力で軌道を修正する。当然、純粋な制御力では紫電の方が上だった。
けれど、その修正に必要だった一瞬があれば十分だった。
「そこ!」
八咫烏が本来塞ぐはずだった空間を、蒼き雷帝が突破する。
「面白い使い方をするね」
「本人ならもっとすごいことすると思うけどね!」
天主へ接近しながら、GVは拳を振りかぶった。
「真正面からでは当たらないよ?」
紫電は既に軌道を読んでいた。
「だよね」
GVも分かっている。
その時。
蒼き雷帝の拳の直前に、暗い穴が開いた。
「……え」
GV自身が一瞬止まりかける。
『メラクの《亜空孔》! 拳止めない!!』
「あ、うん!」
巨大な拳が亜空孔へ入る。
紫電の正面から拳が消失した。
「それは――」
天主の背後へ、もう一つの穴が開く。
「これ、便利だね!」
拳が背後から飛び出し、天主へ直撃した。
『後で本人に言いなさい!!』
「
『技名が後!!』
「今思いついたから!」
天主が姿勢を崩す。
しかし紫電はすぐに念動場を再構築し、八咫烏から大量の光弾を放った。
その瞬間、GVは今までより扱いにくい力が自分の中で暴れ始めたことに気づいた。
「……ストラトス」
広い。
強い。
そのまま解放すれば、天主だけでは済まない。
胸部にはシアンがいる。
『どうしたの?』
「これ、そのまま撃ったらシアンまで巻き込む」
『なら撃たなきゃいい』
「うん」
借りたからといって、必ず攻撃に使う必要はない。
GVは広がろうとする力を蒼き雷帝の周囲へ押し留めた。
「攻撃じゃなくて……ここなら」
荒れ狂う力が、巨体の周囲だけを高速で循環し始める。
飛来した八咫烏の光弾がその流れへ触れた瞬間、正面から破壊されるのではなく、進行方向を大きく逸らされた。続いて天叢雲から放たれた念動刃も同じ流れに呑まれ、蒼き雷帝の外側へ弾き飛ばされる。
『防御にした!?』
「こっちの方が安全だから」
『……ほんっとアンタらしいわね』
GVは周囲を巡る力をさらに加速させる。
「
天主の射撃が次々と逸れていく。
紫電はそれを見ながら、楽しそうに目を細めた。
「借りた力を、その持ち主と同じように使うわけでもないんだね」
「だって僕、その人じゃないし」
「フフ……なるほど」
三宝剣が三方向へ散った。
「では、これはどうかな?」
天叢雲が斬撃を担当し、黒豹が天主そのものの機動と念動圧を担い、八咫烏が遠距離から射線を組み立てる。三本の宝剣は互いの動きを補うために待つことなく、それぞれが独立した攻撃主体として動き始めた。
「
STRATOS TEMPESTが八咫烏の射撃を逸らしている間に、天叢雲の斬撃がその流れを切り裂いて入ってくる。GVがSPARK CALIBUR OVERDRIVEでそれを受け止めた時には、黒豹の加速を乗せた天主が既に別方向から接近していた。
蒼き雷帝が《残光》を利用してその場を離れれば、八咫烏はGVの加速を観測してから追うのではなく、黒豹によって制限された逃走方向の先へ射線を置く。
三方向から別々に攻められているのではない。
一つの攻撃を避けるために選んだ行動が、次の攻撃にとって最も都合のいい状況へ繋げられている。
『三方向同時!』
「……そういえば」
『何!?』
「アキュラがこんなのやってたなーって」
『今!?』
「今思い出した!」
GVは以前見たアキュラの戦い方を思い出した。
LAST DOPPLER。
原理までは知らない。
ただ、その時に見た動きなら覚えている。
「こう……だったかな」
蒼き雷帝の巨体が左右へぶれる。
『ちょっと、それじゃただの残像――』
モルフォが言葉を止めた。
蒼き雷帝の横へ、巨大な鏡が出現していた。
「……鏡?」
『これ、パンテーラの――』
鏡面が揺れる。
その中から、もう一体の蒼き雷帝が踏み出した。
反対側にも鏡が現れる。
さらに一体。
「……増えた」
『増えたわね』
「これ大丈夫?」
『知らない!』
「今日それ多くない?」
『やるしかないでしょ!!』
GVの記憶にあるアキュラの戦闘技術を型として、パンテーラの《夢幻鏡》が残像へ実体を与え、モルフォが三体を同時に動かすための演算を補助している。
三体の蒼き雷帝が、それぞれ別の方向を向いた。
「じゃあ――」
GV自身も、もう技名を叫ぶことに抵抗がなくなっていた。
「
三体が同時に飛び出した。
一体は天叢雲へ。
一体は黒豹へ。
一体は八咫烏へ。
三宝神機陣へ、真正面から三体でぶつかる。
「なるほど!」
紫電の声が弾んだ。
「ならボクも――もっと上げよう!!」
剣と剣、拳と拳、光と光が、上下の存在しない虚空の中で互いの軌道を交差させながら激突する。
モルフォが呆れたように言った。
『……アンタたちさ』
「何?」
「なんだい?」
『楽しんでない?』
「戦ってるんだけど」
「命懸けなんだけどね」
『目ぇ輝いてんのよ!! 二人とも!!』
どちらも、それ以上は否定しなかった。
紫電が三宝剣を大きく離す。
「捕まえた」
三本の宝剣が巨大な三角形を形成した。
「
内部の運動方向そのものへ念動力が干渉し、三体の蒼き雷帝が同じ方向へ強制的に引かれた。夢幻鏡から生まれた二体はそれぞれ天叢雲と八咫烏へ対応しようとしていた姿勢を崩され、鏡像を維持できずに砕ける。
本体だけが残る。
そこへ巨大な念動腕が複数形成された。
「
一撃目が腹部を狙う。
蒼き雷帝が身体を横へ逃がした時には、二撃目が既にその回避方向へ回り込んでいる。結晶翼の出力差を利用して巨体を回転させると、三撃目はその回転が終わる位置へ置かれていた。
紫電の念動はGVを追いかけているのではない。
GVがこれから存在する場所で待っている。
『防御!!』
「
巨大な雷壁が展開される。
念動腕を正面から全て受け止めるのではなく、接触した攻撃へ電磁的な偏向を加え、巨体の外側へ流していく。
それでも紫電の攻撃は終わらない。最初の念動腕が雷壁に触れて軌道を変えられている間に、次の腕は偏向された先を避ける角度から入り、さらにその後ろでは別の腕がVOLT REFLECTORそのものへ圧力を加えていた。
雷壁へ亀裂が広がっていく。
GVは最後の念動腕を逸らした瞬間、VOLT REFLECTORを自分から解除した。
「今度はこっち!」
背部から無数の蒼雷が鎖となって伸びる。
以前、自分の意思から外れて周囲を巻き込んだ力。
今は違う。
どこへ伸ばすのか。
何を拘束するのか。
GV自身が選ぶ。
「
無数の雷鎖はシアンにも紫電本人にも触れず、三宝剣だけへ絡みついた。
「……へぇ」
紫電が目を細める。
「ずいぶん器用になったね」
「前に失敗したからね」
GVは鎖を引く。
「同じ失敗は、できれば二回したくない」
「できれば、かい?」
「絶対とは言えないし」
「フフ……本当にキミらしい」
三宝剣が雷鎖を振り切る。
天叢雲。
黒豹。
八咫烏。
三本が紫電の正面へ並んだ。
「なら――」
それぞれの出力が一つの方向へ集中する。
「これはどうかな!」
「来る!」
「
三宝剣から放たれた力が、一つの巨大な砲撃となって蒼き雷帝へ迫った。
『胸部開く!』
蒼き雷帝の胸部装甲が展開する。
GVの内部を巡っていた無数の力が集まっていく。
ただし、一つにはならない。
炎は炎。
磁力は磁力。
残光は残光。
亜空孔は亜空孔。
それぞれが別々の流れとなり、巨大な砲口の内部で螺旋を描く。
「こっちも全部だ!」
『撃ちなさい!!』
「
色の異なる無数の奔流が、束になって放たれた。
三宝天輪砲と正面から衝突する。
紫電側では、三宝剣の出力が一つの念動砲へ統合されている。
GV側では、違うものが違うまま、互いの不足を補っている。
正反対の二つの力が虚空の中央でぶつかり、巨大な光球を形成した。
紫電が声を張り上げる。
「寄せ集めの力で――ボクへ並んだつもりか!!」
「うん!!」
GVは迷わなかった。
「寄せ集めだよ!!」
MYRIAD BUSTERへさらに力を送り込む。
「僕一人じゃ足りなかった!! シアンに助けてもらった! モルフォにも! みんなにも!」
蒼き雷帝の内部で、異なる光が走る。
「それの何が悪いんだよ!!」
「人は間違える!!」
「知ってる!!」
「力に溺れる!!」
「僕もやった!!」
「互いを傷つける!!」
「それも知ってる!!」
「なら何故!!」
紫電の声が大きくなる。
「何故そんな不完全なものを信じられる!!」
「信じてないよ!!」
紫電の表情が止まった。
「……何?」
「誰も間違えないなんて、信じてない!!」
GVは紫電を真正面から見た。
「だから、間違えたら誰かに止めてもらえばいい! 分からなかったら聞けばいい! 一人じゃ足りなかったら助けてもらえばいい!!」
「それは責任の放棄だ!!」
「一人で全部決めることだけが責任じゃない!!」
「では誰が決める!! 能力者をどうする! 危険をどう管理する! 国家をどう守る!!」
「分からないよ!!」
GVは即答した。
「僕にはそんな制度作れない! 国なんか背負えない! 能力者をどうすれば全部うまくいくのかも分からない!!」
「なら――!」
「だから!!」
GVの声が紫電を遮る。
「人には、人が必要なんだよ!!」
紫電が言葉を失った。
「間違えるから! 迷うから! 一人じゃ足りないから!」
蒼き雷帝の内部では、違う力が最後まで違う色のまま循環している。
「だから、一人に全部預けちゃダメなんだ!!」
「そんな不完全なものに――」
天主の全身から念動光が噴き上がる。
「世界を任せられるものか!!」
「任せなくていいよ!!」
GVも叫び返す。
「僕だって、世界なんか背負いたくない!! 王様にも! 神様にも! なりたくない!!」
GVの頭に浮かんだものは、世界ではなかった。
家で食べる夕飯や、シアンとの買い物や、映画を見た後に延々と感想を話す時間。ミニ四駆の部品を前に本気で悩む自分を呆れた顔で待っているシアンや、エリーゼまで増えて少し騒がしくなった家。
そういう、世界の歴史から見れば取るに足らないものばかりだった。
「帰りたいだけだ!!」
そして。
「シアンと! みんなのところに!!」
蒼き雷帝が前へ出る。
「帰りたいって言った子を連れて帰る!!」
右拳へ、異なる力が集まっていく。
「今の僕には――それで十分だぁぁぁッ!!」
天主も三宝剣の全出力を前面へ集中した。
蒼き雷帝がその中へ踏み込む。
「
拳が念動場へ食い込んだ。
紫電の力は拳を止めるだけではなく、蒼き雷帝が前へ進もうとする運動そのものを逆方向へ押し返そうとする。
そこへ《残光》が推進を支え、デイトナの炎が拳の先端で爆ぜ、カレラの磁力が三宝剣の配置を僅かに乱す。メラクの亜空孔は拳の周囲へ開き、真正面から受ければ失われるはずだった衝撃の一部を別角度へ逃がしていく。
どれ一つとして決定打ではない。
けれど、一つ一つがGVの足りない部分を補っていく。
拳が抜けた。
天主の胸部へ叩き込まれる。
巨大な身体が大きく押し戻された。
「……そうか」
三宝剣が静止した。
「キミは……最後まで、王にはならないんだね」
「最初から言ってるじゃん」
「……そうだったね」
紫電は少しだけ笑った。
直後。
戦場から音が消えた。
三宝剣がゆっくりと同じ方向へ向く。
『GV』
モルフォの声から、先ほどまでの軽さが消えた。
『何か来る』
念動場の性質が変わった。
もともと上下すら存在しなかった虚空の向こう側に、さらに深い星空が開いていく。
その彼方から。
巨大な天体が引き寄せられていた。
「……嘘でしょ」
GVが見上げる。
紫電は両腕を広げた。
「見せてあげるよ、ガンヴォルト」
三宝剣が天体へ向けられる。
「これが――ボクの背負うものだ」
紫電が守ろうとしてきた国も、市民も、土地も、秩序も、その全てを自分一人で背負うと決めた少年が、その象徴のような質量を天から招く。
「《鳴動の虚空、彼方より招来るもの》!!」
星が落ち始めた。
『避けられない!!』
「避けたら?」
『アメノウキハシごと消える!!』
「じゃあ」
蒼き雷帝は両腕を前へ向けた。
「撃つしかないね」
『……そう言うと思った!!』
炎。
磁力。
残光。
亜空孔。
その他、無数の異なる第七波動。
シアンの歌。
モルフォ。
借りたもの全てが、蒼き雷帝の内部を循環する。
「迸れ――」
青白い雷が巨体を満たした。
「MYRIAD BLUE!!」
「ボクたちの雷霆で――」
星が迫る。
「撃ち抜くッ!!」
GVは大きく息を吸った。
「ひっさぁぁぁつ!!」
蒼き雷帝の全身から光が集束する。
「
蒼い奔流が放たれた。
落下する天体と真正面から衝突する。
最初の激突で、どちらが優勢なのかは明らかだった。
MYRIAD VOLT BLAZERは星の表面へ食い込んでいる。しかし、三宝剣によって加速された巨大な質量を押し返すには至らず、接触点は少しずつ蒼き雷帝側へ近づいていた。
「ぐ……っ!」
GVがさらに出力を上げる。
それに耐えられなかったのは、技ではない。
蒼き雷帝の身体だった。
砲撃を支える右腕の外殻へ亀裂が入り、内部を循環していた蒼雷がそこから噴き出す。亀裂は手首から肘へ、肘から肩へ伸び、背部では結晶翼の一枚が根元から砕けて光の粒子へ変わった。
『GV! 一回切って!!』
「ダメ!」
『このままじゃアンタの方が保たない!! 一回出力を落として立て直すのよ!!』
「切ったらあれが落ちる!」
『でも――!』
「シアンがあそこで戦ってるんだ!!僕もまだ終われないッ!」
モルフォが言葉を失った。
砲撃を止めれば楽になるという話ではない。止めた瞬間、MYRIAD VOLT BLAZERが辛うじて支えている星の全質量が、そのままシアンのいる場所へ落ちる。
だから撃つ。
けれど、ただ出力を上げるだけでは届かない。
そこでGVは、今まで一つずつ覚えてきた「借り方」が、この一撃の中でも使えることに気づいた。
「イオタ……!」
《残光》を砲撃そのものへ重ねる。
光の到達速度を単純に上げるのではない。蒼雷が星へ到達し、圧力へ変換されるまでに生じる僅かな遅れを削り取る。
MYRIAD VOLT BLAZERの中心部が細く、鋭くなる。
「デイトナ!」
炎を蒼雷へ変換しない。
接触点へ送る。
星と蒼雷がぶつかっている最前線で炎が爆発し、雷だけでは作れない瞬間的な膨張圧が生まれる。
「カレラ!」
磁力は三宝剣へ。
星を引いている三本の宝剣を奪うことはできない。それでも、その配置を僅かに揺らし、紫電が完全に均等化していた念動場へ小さな偏りを作る。
「メラク!」
亜空孔が砲撃の周囲へ開く。
星との衝突によって外側へ逃げようとした蒼雷の一部が亜空孔へ入り、別の孔から再び中心軸へ戻される。
漏れていた力が減る。
それでも。
星は押し返せない。
「これが現実だ!!」
星の向こうから紫電の声が響く。
「キミたちがどれほど力を集めようと、世界そのものの重さは変わらない!!」
右肩が砕ける。
胸部へ亀裂が入る。
循環していた力の経路まで寸断され、MYRIAD VOLT BLAZERの光量が目に見えて落ちた。
星が押し込んでくる。
右腕が肘から先の輪郭を維持できなくなる。
『GV!!』
その時だった。
砕けてMYRIAD VOLT BLAZERの奔流へ流されるはずだった右腕の破片が、虚空で静止した。
「……え?」
光の破片が戻ってくる。
奔流へ逆らい、失われた腕へ吸い寄せられるように帰っていく。
『これ……アタシじゃない』
モルフォにも分からない。
砕けた外殻が繋がる。
途切れた光路が結ばれる。
折れた結晶翼の根元から、新しい光が伸びていく。
GVは、その感覚を知っていた。
「これは……エリーゼのッ!?」
蒼き雷帝の背後へ、巨大な生命の輪が現れた。
失われたものを、もう一度こちら側へ繋ぎ直す力。
「
右腕が再形成される。
肩が繋がる。
結晶翼が再び開く。
MYRIAD VOLT BLAZERが本来の太さを取り戻した。
星の落下が、初めて止まった。
「……再生……?」
紫電の目が見開かれる。
しかし、モルフォはすぐに気づいた。
『……ダメ』
再生した右腕へ、既に新しい亀裂が走っている。
《生命輪廻》は蒼き雷帝を無敵にしたのではない。
星の圧力によって破壊されていく巨体を、エリーゼの力がその端から繋ぎ直しているだけだった。
右腕が崩れれば、その輪郭をもう一度作る。肩の一部が砕ければ、失われた光を引き戻して繋ぐ。結晶翼が光の粒子へ変わる一方で、その根元から新しい輪郭が生まれ、破壊と再生が同じ身体の上で同時に進行していく。
「無駄だ!!」
紫電が叫ぶ。
「再生しても同じだ! ボクの出力が上である以上、戻した分だけもう一度破壊される!!」
「……そうだね!」
「なら何故!?」
「そうやって決めつけるな!!」
やがて、生命輪廻の再生速度さえ破壊へ追いつかなくなった。
右腕が戻りきる前に再び崩れる。結晶翼は半分まで再形成されたところで砕け、胸部を走る亀裂も閉じる速度より広がる速度の方が上回る。
『GV……!』
「まだ」
蒼き雷帝の巨体が押し込まれる。
それでも砲口は下げない。
「まだ終わってない」
星が迫る。
「まだ――途中だろ!!」
紫電の表情が変わった。
計算は終わっている。
星へ込められた念動出力の方が上であり、蒼き雷帝は限界を越え、生命輪廻による再生も追いついていない。
それなのに。
MYRIAD VOLT BLAZERが消えない。
「出力はボクが上だ!」
紫電の声から、ついに余裕が失われた。
「計算上、キミたちはもう限界だ! 理屈ではボクが勝っている! 力でもボクが上だ!」
それでもGVは撃つ。
「なら――」
紫電にはもう、計算では説明できなかった。
「お前は……いったい何者なんだ……!」
GVは顔を上げた。
「僕は――」
誰かが代わりに叫ぶことはない。
それでも、炎はここにある。磁力も、残光も、亜空孔も、生命輪廻も、シアンの歌も、モルフォも、無数の小さな力も、全部ここにある。
「幾千の願いを」
GVは、その全てを自分の意思で雷へ変える。
「雷に変えて――」
MYRIAD VOLT BLAZERの中心が、さらに青白く輝く。
「この天を」
星の表面へ、一本の亀裂が生まれた。
「撃ち穿つ者!!」
紫電が目を見開く。
「覚えておけ! 紫電ッ!!」
GVは名乗る。
「蒼き雷霆――ガンヴォルト!!」
亀裂が広がる。
「天を穿ち――お前を打ち倒す男の名だぁぁぁぁッ!!!」
MYRIAD VOLT BLAZERが星の中心を撃ち抜いた。
最初の亀裂から無数の亀裂が伸び、それらが星の表面を走り、内部で繋がっていく。巨大な天体は一度だけ膨大な光を内側へ抱え込み、次の瞬間には中心から分断された。
蒼雷が、その向こうまで貫通する。
一直線に進めば、紫電へ届く。
紫電自身もそう思った。
だが。
GVは照準を変えた。
「……何を?」
最初に蒼雷が捉えたのは、八咫烏だった。
宝剣そのものを破壊するのではない。天主と宝剣を繋ぎ、紫電の念動場を拡張していた接続だけを正確に撃ち抜く。
次に黒豹。
そして天叢雲。
三つの極を失った瞬間、天主を満たしていた巨大な念動場が急速に崩れていく。
「何をしている!!」
紫電が叫んだ。
それでもGVの雷は紫電本人へ向かわない。
三宝剣との接続を失ったことで、天主の胸部に隠されていたものが露出する。
シアン。
そして、電子の謡精を紫電へ強制的に接続している経路。
「やめろ!!」
紫電の声に、初めて明確な焦りが混じる。
「それを失えば! ボクの――」
GVは残っている全ての雷を一点へ集めた。
「ボクの秩序が――!!」
「それは――」
蒼雷が強制接続へ突き刺さる。
「シアンの力だ!!」
接続が断たれた。
天主の身体へ無数の亀裂が走る。
念動腕が消え、光輪が消え、三宝剣も力を失って離れていく。
巨大な姿を支えていた光が崩れ、最後に残ったのは十四歳の少年だった。
紫電が虚空へ落ちる。
同時に、拘束を失ったシアンも天主の胸部から投げ出された。
「シアン!!」
崩壊しながら消えていく蒼き雷帝が腕を伸ばした。
星を撃ち抜いた巨大な手が、今度は何も壊さないように少女をゆっくりと受け止める。
「……GV?」
「うん」
「……遅いよ」
「ごめん」
借りていた力が、一つずつ離れていく。
炎は炎として。
磁力は磁力として。
残光も、亜空孔も、生命輪廻も。
最後まで別々のまま、それぞれの持ち主へ帰っていく。
蒼き雷帝の巨大な輪郭が縮み、結晶翼が消え、頭部の光輪が薄れていく。
そして最後には、GVが自分自身の腕でシアンを抱えていた。
「…………」
「…………」
二人とも同時に、その状況へ気づいた。
シアンの顔が赤くなる。
GVも少し固まった。
「これ、狙ったわけじゃないからね?」
「何も言ってない」
「ほんとに」
「だから何も言ってないってば」
「赤いけど」
「赤くないの!」
「そっか」
それでもシアンは降りようとはしなかった。
代わりに、GVの服を少しだけ強く掴む。
「……まだ」
「うん?」
「まだ、やりたいこといっぱいある」
「……うん」
「買い物も」
「うん」
「映画も」
「うん」
「ご飯も」
「うん」
「GVがまた変な趣味見つけるのも」
「そこ入る?」
「入る」
「そっか」
シアンは少し黙った。
「……聞こえてた?」
「聞こえたよ」
GVは笑った。
「ちゃんと聞いた」
「……そっか」
シアンも笑う。
「じゃあ」
「うん」
「帰ろ」
「一緒に帰ろ」
少し離れた場所で、紫電は僅かに残った念動力によって自分の身体を支えていた。
「……ガンヴォルト」
「何?」
「キミは」
紫電は少し考えた。
「ボクが間違っていたと言うのかい?」
GVも考える。
「分からない」
紫電の眉が動いた。
「能力者が危ないことはあると思う。僕も力を止められなくなったことがあるし、何か対策が必要なのも、たぶんそう」
「なら――」
「でも」
GVは紫電を見る。
「一人で全部の答えを決めるのは、やっぱり違うと思う」
「国家は話し合いだけでは動かない。急いで決断しなければならない時もある。誰かが責任を負わなければならない」
「うん。それも分かる」
「なら何が違う?」
「決めることと、絶対になることは違うんじゃない?」
紫電は黙った。
「決める人がいてもいいと思う。でも、その人が間違えた時に止める人も必要でしょ。違うって言う人も、嫌だって言う人も、分からないって聞く人も」
「ずいぶん不確かだ」
「うん」
「甘い」
「それもよく言われる」
「今日キミを立たせた者たちが、明日も同じ選択をする保証はない」
「うん」
「キミを裏切るかもしれない」
「そうかもね」
「それでも?」
GVは少しだけ笑った。
「今日、僕を立たせたのは、その不確かな人たちだった」
紫電は答えなかった。
代わりに、GVの腕の中からシアンが顔を上げる。
「紫電」
「……何だい?」
「わたし、怒ってるから」
「……そう」
「勝手に使ったことも。モルフォに無理矢理歌わせたことも。わたしがどうしたいかなんて関係ないって、勝手に決めたことも」
紫電は黙って聞いている。
「だから今度は、わたしに聞いて」
「……」
「勝手に決めないで」
紫電は少しの沈黙の後、尋ねた。
「では、キミはどうしたい?」
シアンは迷わなかった。
「生きたい」
GVの服を握る。
「歌いたい。買い物したい。映画も見たい。ご飯も食べたい」
少し笑う。
「GVが次にどんな変な趣味見つけるかも見たい」
「やっぱりそこ入るんだ」
「入るって言ったでしょ」
それから、シアンは紫電をまっすぐ見た。
「GVと帰りたい」
一拍置いて。
「それが、わたしの答え」
紫電はしばらく黙っていた。
「……そんな個人的な答えで、国の未来を決めるのかい?」
「決めなくていいんじゃない?」
答えたのはGVだった。
「シアンはシアンの答えを言っただけだよ。僕も僕の答えしか言ってない」
「……」
「君も君の答えを言えばいい」
「違ったら?」
「また話せばいいじゃん」
「……」
「だから、一人で決めないで」
紫電は長い間、何も言わなかった。
やがて、小さく息を吐く。
「……やっぱり甘いね、キミは」
「うん」
GVは普通に頷いた。
「よく言われる」
紫電がほんの少しだけ笑った。
考えを捨てたわけではない。
GVを正しいと認めたわけでもない。
GV自身も、自分が正しいと証明できたとは思っていない。
そこにいるのは世界を背負う神でも、全てを決める王でも、絶対の答えを持った英雄でもなかった。
ただ、それぞれ自分の答えを持っている三人の人間だった。
シアンがGVの服を引く。
「GV」
「何?」
「帰ろ」
GVは一度だけ紫電を見た。
紫電は何も言わなかった。
もう止めもしない。
「……うん」
GVはシアンを抱え直す。
「帰ろう」
その姿を、崩れかけたアメノウキハシのさらに奥で、誰にも繋がっていない通信回線越しに見ている男がいた。
アシモフはしばらく何も言わず、やがて静かに目を閉じた。
「……見事だったよ」
その声はGVには届かなかった。
「GV」
「檻の中で生まれた雷は――
いつしか、誰かへ伸ばす手になった。
歌姫と出会い。
仲間と笑い。
敵とぶつかり。
間違えて、傷ついて――それでも帰ってきた。
答えのない問いを抱え、
一人では届かない空に、幾千の願いを繋いだ。
王にはならない。
神にもならない。
ただ――手が届いたから、手を伸ばす。
その生き方を教えた男が今、
少年の前に立つ。
同じ蒼雷。
違う願い。
そして――二つの未来。
次回、蒼き雷霆ガンヴォルト。
第三十一話――『野望』
少年が歩んだすべてを雷に変えて――
蒼き雷霆、最終決戦へ。」
紫電戦、最高だった?
-
最高だった
-
いや...キツいっすわ