『隣人GV ―もしもスパイディの影響を受けたGVなら―』 作:幸田市
アメノウキハシ最深部に、ようやく本来の重力が戻り始めていた。
紫電の念動力によって現実から切り離されたように歪んでいた空間は消え、三宝剣を介して張り巡らされていた光の回路もすでに沈黙している。つい先ほどまで空間そのものを巨大な身体へ作り替えていた《天主》も、それと真正面から対峙した《蒼き雷帝》も跡形すらなく、残っているのは過負荷を受けた機器から立ち上る白煙と焦げた金属の匂い、それから重力を取り戻した破片が時折床へ落ちる乾いた音だけだった。
GVはその静けさの中で、自分の右手を開いていた。
今はもう、どこにでもある少年の手にしか見えない。
ほんの少し前まで、この指を動かせば巨大な雷霆の腕が同じように動き、その掌で落ちてくる天体へ抗い、最後にはシアンを受け止めた。身体の奥にはまだ自分以外の力が通過した感覚が残っているのに、目の前の手にはあれほどの出来事を証明する痕跡が一つも残っていなかった。
「GV?」
横から声を掛けられ、GVはようやく手から目を離した。
シアンがこちらを見上げている。長時間にわたり制御装置へ接続され、《電子の謡精》まで強制的に使われていたのだから顔色が良いとは言えないのに、それでも本人は自分の身体よりGVの方を気にしているらしかった。
「どうしたの?」
「いや……ほんとに終わったんだなって」
「うん」
GVはもう一度指を動かしてから、少し困ったように笑った。
「まだ身体の中は変な感じするけどね。自分の雷だけじゃなかったからかな、誰かの力が少し残ってるみたいで」
シアンはその言葉を聞くと、自分の胸元へそっと手を添えた。
「わたしも。もう繋がってないはずなのに、さっきまでモルフォを通していろんな人がいたところが、まだ少し温かい」
『当然でしょ』
二人の間へ淡い光が集まり、モルフォの姿が浮かび上がった。ただし輪郭には細かなノイズが走り、羽根の先は光の粒へ溶けるように薄れている。
『あれだけ無茶な演算を一気に回したのよ。シアンもGVも、しばらく大人しく休んでなさい』
「一番無茶したのモルフォじゃない?」
『アンタには言われたくないわよ!!』
「それ今日何回目?」
『百回言ったって足りないわ!』
いつもの調子で怒鳴られたことで、GVはようやく肩の力を抜いた。シアンも同じだったらしく小さく笑い、モルフォは『何よ』と不満そうに顔を背けたものの、直後に輪郭が大きく揺れた。
『とにかくアタシは休むから。今度こそ妙なことすんじゃないわよ』
「善処する」
『それ一番信用できない返事!!』
最後まで怒鳴りながら、モルフォは光へほどけて消えていった。
少し離れた場所では、紫電が破損した操作盤へ背を預けて座っている。先ほどまで国そのものを自分一人で背負うと宣言し、その意思を《天主》という巨大な姿にまで変えていた少年も、今は呼吸を整えるだけで精一杯らしく、機能を失った三宝剣へ手を伸ばそうともしなかった。
GVはそんな紫電をしばらく見てから声を掛ける。
「……紫電」
「なんだい」
「歩ける?」
紫電は一瞬、本当に自分へ聞かれたのか確かめるような顔をした。
「キミ、ついさっきまでボクと殺し合いに近いことをしていた自覚はある?」
「僕は殺す気なかったよ」
「そこじゃないんだよね……」
紫電は額を押さえながら息を吐いた。
「今すぐ歩くのは難しいかな」
「じゃあ肩貸そうか?」
「いらない」
「遠慮しなくても」
「遠慮じゃない。キミの肩を借りて皇神の中枢から退場するなんて、さすがにボクの精神衛生上よろしくないよ」
「変なところ気にするなぁ」
「誰のせいだと思ってるんだい?」
「僕?」
「キミ以外にいる?」
GVが本気で考え始めたため、紫電はそれ以上説明することを諦めたようだった。
その様子を確認してから、GVはシアンへ向き直る。
「僕たちも出ようか。モニカたちにも連絡しないと」
「うん」
「歩ける?」
「それ、さっきも聞いた」
「だって心配だし」
「GVの方がボロボロだよ」
「僕は大丈――」
「禁止」
言い終える前に止められ、GVは口を閉じた。
「……じゃあ、お互いゆっくり行こう」
「それならいい」
シアンがほんの少しだけGVの袖を掴む。
「帰ろ」
「うん、帰ろう」
二人が出口へ向かおうとした、その時だった。
「――グッドワーク、GV」
聞き慣れた声に、GVの足が止まった。
煙の残る通路の向こうから長身の男が現れ、荒れ果てた最深部を前にしてもいつもと変わらない歩調でこちらへ近づいてくる。サングラスに隠された目元も、その立ち方も、GVにとっては何度見たか分からない姿だった。
「……アシモフ」
フェザーのリーダーであり、自分を皇神から救い出した人であり、戦い方を教え、名前を与えてくれた人。
なぜここにいるのか、いつから見ていたのかという疑問より先に安心が胸へ広がったことで、GVは自分がこの人をどれほど「帰る側」の人間として認識しているのかを改めて思い知らされた。
「遅いよ」
「手厳しいな」
「こっち、すごいことになってたんだけど」
「見れば分かる」
アシモフは周囲を一度だけ見渡した後、まずGVの全身を確認し、腕や脚に致命的な負傷がないと判断してからシアンへ視線を向けた。
「無事か、シアン」
「うん。ちょっと疲れてるけど」
「それだけで済んだのならグレイトだ」
そして再びGVを見る。
「無茶をするなとは言わない。私も無茶をする側だからな。ただし、帰還できない無茶はノーだ」
「説得力ないね」
「私が言うからこそ説得力がある」
「そうかな……」
「ジーノとモニカは?」
「生きている。下で仕事中だ」
GVの肩から目に見えて力が抜けた。
「そっか……よかった」
「皇神の指揮系統が混乱しているからな。ジーノには武装解除、モニカには避難経路の整理を任せてある」
「モニカ怒ってる?」
「かなりな」
「……やっぱり」
「ジーノもだ」
「ジーノも?」
「奴は先に笑う。その後で怒るだろう」
「もっと嫌だな……」
シアンが思わず笑った。
その数秒だけを切り取れば、本当にいつものフェザーだった。
だからGVも何の警戒もなく言った。
「じゃあ、一緒に帰ろう」
アシモフは頷かなかった。
沈黙はほんの僅かだったが、その間を見逃さなかった者が一人いた。
「……帰る?」
紫電の声にGVが振り返る。
「何?」
「いや。彼は本当にキミと一緒に帰るつもりなのかな、と思ってね」
アシモフの顔がゆっくり紫電へ向く。
「何が言いたい」
「ボクが聞きたいくらいさ。その端末、さっきから随分忙しそうじゃないか」
言われて初めてGVも気づいた。
アシモフが手にしている携帯端末には大量のデータが絶え間なく流れており、画面の隅には皇神の紋章が表示されている。
「アシモフ、それ……」
「気づいたか」
「皇神のデータ?」
「ああ」
「何してるの?」
「回収している」
「何を?」
「使えるものをだ」
アシモフが画面を操作すると、停止していた大型モニターの一つが再起動した。
能力者登録情報、収容施設、研究所、監視網、輸送経路、軍事拠点。GVには詳細を理解できない項目も多かったが、それが皇神という巨大組織が長年にわたって作り上げてきた能力者管理網の中枢だということだけは分かった。
「これがあれば、まだ皇神に捕らえられている能力者も見つけられる?」
「ああ。救える数は大きく増える」
そこだけ聞けば、フェザーが今までしてきたことの延長だった。
それでもGVの胸へ小さな違和感が残った。
「……モニカは知ってる?」
「知らない」
「ジーノは?」
「知らない」
「なんで?」
「知らせる必要がない」
「フェザーで使うんじゃないの?」
「使わない」
GVは眉を寄せた。
「じゃあ、誰が使うの?」
アシモフは端末を下ろした。
「私だ」
その瞬間から、GVが感じていた違和感には明確な形が生まれ始めた。
「何に?」
「皇神は今日で終わる。少なくとも、これまでと同じ形では続かない」
アシモフは淡々と続ける。
「トップを失い、能力者管理の中枢も崩れた。このままなら内部から分裂する。そして、空いた場所には必ず誰かが座る」
GVの脳裏に、つい先ほどまで紫電と交わしていた話が蘇った。
誰かが決めなければならない。
誰かが背負わなければならない。
「……何するつもりなの?」
アシモフは一度だけ紫電を見た。
「彼はいい仕事をした」
「褒められる筋合いはないね」
「褒めてはいない。結果の話だ。皇神は巨大すぎたからな、正面から崩せば大勢が巻き込まれる。それが今、自ら中枢を失った」
GVは表情を硬くした。
「今がチャンスだと思ってる?」
「ああ」
「いつから?」
「ずっとだ」
「ずっと?」
「敵を倒した後に何が残るのかを考えず戦い始めるほど、私はロマンチストではない」
「フェザーは、人を助ける組織だろ」
「ああ」
「じゃあ、何でそんな言い方するんだよ」
アシモフはGVを見た。
「キミは、皇神から能力者を一人助ければ、その人間は自由になると思うか?」
「……少なくとも、捕まってるよりは」
「その後は?」
「その後?」
「住む場所はどうする。仕事は。力が暴走した時の治療は。皇神以外の人間がその能力を利用しようとした時、誰が守る?」
GVは答えられなかった。
昔からそうだった。
アシモフは答えが出ない時ほど急かさず、GV自身が考えるのを待つ。
「……分からない」
「そうだろう」
勝ち誇る声音ではなかった。
「私も最初は分からなかった。皇神の施設を壊し、捕らわれた能力者を外へ出せばいいと思っていた。だが、逃がした者が別の場所でまた追われた。能力を隠さなければ暮らせない者もいた。恐れられて職を失った者もいる。力を利用しようとする人間は、皇神だけではない」
「でも、みんながそうじゃないだろ」
「もちろんだ」
アシモフは即答した。
「モニカがいる。フェザーを支援してくれる無能力者もいる。キミ自身、大勢の人間に助けられたはずだ」
「だったら――」
「個人と構造は別の話だ」
その言葉に紫電の眉が僅かに動く。
「善意を持つ人間がいることと、能力者が常に『許可される側』に置かれる社会であることは両立する。皇神が作った社会では、生きることも力を使うことも、能力者は誰かに認めてもらわなければならない」
そこで初めて、アシモフの声音へ明確な熱が宿った。
「私はそれを終わらせる」
「どうやって?」
「力関係そのものを変える」
シアンの表情が硬くなる。
「アシモフさん、それって今度は能力者が上になるってこと?」
「上か下かという言葉は好きではない」
「でも、今までと逆にするんでしょ?」
アシモフは少しだけ黙った。
「少なくとも、能力者が無能力者の都合だけで生かされる世界へ戻す気はない」
「そのためなら?」
「必要なことをする」
「必要って?」
GVが聞く。
「抵抗する者がいるなら排除する」
「……殺すってこと?」
今度はシアンだった。
「必要ならな」
GVの右手が僅かに動いた。
「僕たちには何をしてほしいの?」
アシモフの視線が戻る。
「話が早いな」
「僕にここまで話してるってことは、何かあるんだろ」
「ああ」
アシモフは昔、任務の説明をしていた時と同じ距離まで近づいた。
「私と来い、GV」
「どこに?」
「次の時代へ」
GVは眉を寄せる。
「そういう言い方、アシモフっぽくない」
「そうか?」
「もっと普通に言ってよ」
アシモフの口元が少しだけ緩んだ。
「なら言い直そう。私と一緒に、能力者が自分たちの未来を決められる社会を作ってほしい」
「僕が?」
「ああ」
「なんで」
「本当に分からないのか?」
「分からない」
「キミは自分のことになると昔から驚くほど鈍いな」
「何だよ、それ」
「私は見ていた」
GVの表情が変わった。
「さっきの戦いだ」
「……蒼き雷帝?」
「すべてではないが、十分だ。キミは敵だった能力者からも力を託された」
「僕が命令したわけじゃない」
「知っている」
「僕の考えが正しいって認めてもらったわけでもない」
「それも分かっている」
「だったら――」
「だからこそだ」
返答が速かった。
「命令しなかった。服従も求めなかった。それでも、彼らは自分からキミへ力を預けた」
GVの脳裏へ、いくつもの顔が浮かんだ。
「みんな、自分で決めただけだよ」
「ああ」
「僕についてきたんじゃない」
「それも分かっている」
「じゃあ――」
「自分で決めた結果、キミを支えた。それを軽く見るな、GV」
GVは黙った。
「恐怖で従わせることも、利益で縛ることもできる。だがキミが得たものは、そのどちらでもない」
「……だから僕を上に立たせたい?」
「そうだ」
「嫌だ」
即答だった。
「まだ最後まで言っていないぞ」
「だいたい分かるよ。僕を何かのリーダーにしたいんだろ」
「正解だ」
「やっぱり嫌」
紫電が小さく笑った。
「何がおかしい」
「いや。忠告してあげようと思ってね。ボクはついさっき、その話で盛大に失敗したばかりだから」
「同じにしないでよ」
「同じとは言ってないさ。ただ、彼に『上へ立て』と言っても無駄だよ」
「本人から聞いた」
「なら諦める?」
「ノーだ」
「だろうね」
アシモフは再びGVへ向き直る。
「キミが望まないことは知っている」
「だったら、なんで」
「望まないからだ。権力を欲しがる人間より、欲しがらない人間の方が信用できる」
「それ、勝手だよ」
「ああ。私は勝手だ」
GVが一瞬言葉を失う。
「だが、私には私の判断がある。キミがシアンを救うため、自分の判断を選んだようにな」
「……今それ言うの、ずるくない?」
「何がだ」
「僕が反論しにくいの分かってるだろ」
「ディベートとはそういうものだ」
「戦いじゃないんだから」
「私にとってはかなり重要な話だぞ」
「僕もだよ」
GVの声が少しだけ強くなった。
「私の考えに従えとは言っていない」
「……え?」
「キミにはキミの意志がある。私と来ないなら、それでもいい」
「本当に?」
「ああ」
「じゃあ終わり?」
「キミを誘う話はな」
GVはそこで顔を曇らせた。
「僕を誘う話は?」
「私の計画は続ける」
「僕が反対しても?」
「ああ」
「僕が止めても?」
「それもキミの自由だ」
「……止めていいの?」
「もちろんだ」
あまりにも当然のように答えられ、GVは逆に腹が立った。
「何それ」
「何がだ」
「僕が止めるって分かってるだろ」
「そうだな」
「じゃあ何で誘ったの」
「少しくらい私へ賛成してくれるかもしれないと思った」
「少しくらいって……」
「期待するくらいは自由だろう?」
GVは言葉に詰まり、紫電が二人を見比べながら小さく笑った。
「キミたち、本当に親子みたいだね」
「違う」
「否定が速いな」
「アシモフは父親っていうより――」
言いかけて止まる。
「……何でもない」
アシモフは怪訝そうにしたが、それ以上追及せずシアンへ向いた。
「シアン」
「……うん」
「キミにも聞いておこう。キミはどうしたい?」
GVが口を開きかける。
だが、自分で閉じた。
その様子を紫電は見ていた。
「アシモフさんについていったら、何をするの?」
「能力者が、誰かの許可を必要とせず生きられる場所を作る」
「能力者じゃない人は?」
「能力者を支配しようとしないなら、敵対する理由はない」
「普通に一緒に暮らせる?」
「可能ならな」
「可能じゃなかったら?」
「排除する」
シアンの指が僅かに握られる。
「怖がってるだけなら?」
「恐怖だけなら罪ではない」
「反対するだけなら?」
「それも同じだ」
「……アシモフさんは、能力者と能力者じゃない人が一緒に暮らせると思ってる?」
少し長い沈黙があった。
「難しいと考えている」
「できない、じゃなくて?」
「私は楽観できない」
「……そっか」
シアンは一度目を伏せ、それから顔を上げた。
「わたしは行かない」
「理由を聞いても?」
「わたし、さっき紫電に言ったから」
紫電がシアンを見る。
「自分のことを、自分以外の人に勝手に決めてほしくないって。だから、能力者じゃない人がこれから能力者を傷つけるっていうのも、わたしが先に決めたくない」
シアンはゆっくり言葉を続ける。
「怖がる人もいると思うし、嫌う人もいると思う。わたしだって怖がられるのは嫌。でも『どうせ分かり合えない』ってこっちから決めたら、わたしも同じことしてる気がする」
そしてGVを見る。
「それに、わたしは帰りたいって言ったから」
少しだけ笑った。
「今日は帰る」
GVも僅かに笑う。
アシモフは短く頷いた。
「オーケー」
「怒らないの?」
「なぜだ?」
「断ったから」
「断る自由を認めず、能力者の自由など語れない」
その言葉へ、GVがすぐ反応した。
「だったら、なんでそこまで極端なことするの?」
「何?」
「僕やシアンが断る自由は認める。能力者じゃない人が怖がるだけなら敵じゃないとも言う。それなら、みんなに聞けばいいじゃん。その人が何を考えてるのか、何を怖がってるのか」
一歩前へ出る。
「最初から世界を二つに分けなくても――」
「GV」
アシモフが静かに遮った。
「私は、それを試さなかったと思うか?」
GVの口が閉じる。
「フェザーは昨日できた組織ではない。私は昨日初めて、能力者がどう扱われているかを知ったわけでもない。キミより長く生き、キミより長く逃げ、キミより長く戦っている」
怒鳴ってはいない。
それでも声には、GVがまだ知らない年月の重さがあった。
「能力者を怖がりながら、それでも手を差し伸べてくれた人間も知っている。笑顔で近づき、利用した者も知っている。そのたびに、次は違うかもしれないと思った」
アシモフは自分の手を見る。
「だが世界が変わるのを待つには、能力者の人生は短すぎる」
シアンが息を呑んだ。
「私は待つことをやめた」
「……だから力で変える?」
「そうだ」
「それ、紫電より危ないよ」
「知っている」
即答だった。
「知ってるの?」
「ああ。私は自分を正義のヒーローだと思っているわけではない」
「……」
「キミのようにはなれない」
「僕だってヒーローじゃない」
「そこがキミらしい」
「茶化さないで」
「茶化してはいない」
アシモフがいつものように僅かに笑ったため、GVの胸は余計に痛くなった。
「アシモフ」
「何だ」
「僕を助けたのは……このため?」
その問いを口にした途端、声が少し掠れた。
「僕を皇神から助けたのも、フェザーへ連れてきたのも、戦い方を教えたのも、ガンヴォルトって名前をくれたのも……いつか僕を、その新しい時代に使うためだった?」
アシモフの表情から笑みが消えた。
「……ナンセンスだ」
「え?」
「それだけは二度と言うな」
珍しい怒気に、GVの肩が僅かに強張った。
アシモフはそれに気づくと、一度目を閉じた。
「すまない。だが、それは違う。キミを助けたのは、助けるべきだったからだ」
「それだけ?」
「それで十分だろう」
GVはしばらく何も言えなかった。
「じゃあ、なんで僕だったの?」
「何?」
「皇神には他にも実験体がいた。僕だけじゃなかった。それなのに、どうしてアシモフは僕を見て放っておけなかったの?」
アシモフは長く黙った後、自分のサングラスへ指を触れた。
「似ていたからだ」
「誰に?」
「昔の私に」
GVの表情が止まった。
「私にも、名前ではなく識別名だけで呼ばれていた時期がある。能力因子を移植し、人工的に能力者を作る実験、その被験者の一人だった」
「……皇神の?」
「ああ」
紫電の目が鋭くなる。
「プロジェクト・ガンヴォルト……」
「知ってるの?」
「古い記録で見たことがある。雷撃系能力因子を人工的に適合させ、《蒼き雷霆》を生み出そうとした計画だ」
GVがアシモフへ振り返る。
アシモフは右手を上げた。
最初は何も起きなかったが、次の瞬間には空気が弾け、青白い雷が指先から腕を伝い、肩から背中へまで走った。その電光へ呼応するようにGV自身の第七波動まで身体の奥で脈打ち、似ているなどという曖昧な表現では済まされないほど明確に、二人の力が同じ根を持つことを告げていた。
「……アシモフも」
「ああ」
「僕と同じ?」
「同じ計画から生まれた、同じ《蒼き雷霆》だ」
GVは目の前の男を見つめた。
「なんで言ってくれなかったの」
「言う必要がなかった」
「あるよ。僕がずっと、自分だけだと思ってたの知ってただろ。この力も、あそこでされたことも、アシモフは知ってたんだろ」
「ああ」
「だったら――」
「GV」
アシモフの声は静かだった。
「キミに『私も同じだった』と言って何になる。キミの傷が消えるのか?」
「……」
「私は、自分の過去をキミの慰めに使いたくなかった。似た経験があるからといって、キミの痛みをすべて分かったつもりにもなりたくなかった」
それもまた、あまりにアシモフらしい答えだった。
「じゃあ……どうして今は話したの」
「私が、どこからこの答えへ辿り着いたのか知ってもらうためだ」
「僕なら分かると思って?」
「ああ。私はキミを長く見てきた」
GVはゆっくり首を振った。
「……それでも分からないよ」
「何がだ」
「アシモフが怒るのは分かる。皇神が嫌いなのも、能力者を二度とあんな目に遭わせたくないのも、僕を助けた時に昔の自分を見たっていうのも分かる」
一度息を吸う。
「でも、それで今度は能力者が力で世界を押さえつけたら、同じじゃないの?」
「同じではない」
「何が違うの」
「能力者はすでに迫害されている」
「だからって――」
「GV」
アシモフの声が強くなる。
「被害者には、永遠に被害者でいろと言うのか?」
「違う!」
「では、いつまで待つ。理解されるまでか? 全員が納得するまでか?」
GVは答えられない。
「その間に次のキミが生まれたらどうする。次のシアンが、次のストラトスが生まれたら、キミはその子へ何と言う?」
GVは拳を握った。
目の前の一人を助けることならできる。
けれど「次をどう防ぐ」と聞かれれば、自分には制度も政策もない。
「……分からない」
結局、いつもの答えだった。
「でも、分からないからって、アシモフに全部決めてほしいとは思わない」
「……」
「僕にも、紫電にも、誰にも。一人で全部の答えを持っててほしくない」
アシモフはGVを長く見た。
「第三の道を探すと?」
「分からない」
「またそれか」
「分からないんだから仕方ないだろ。でも、分からないからって一番強い人の答えで全部決めるのは嫌だ。アシモフが一番強くても、僕が一番強くても嫌だよ」
紫電が小さく息を吐いた。
「……本当に同じなんだね」
「何が?」
「ボクに言ったことと。自分を王にしようとしている相手にも同じことを言う」
「当たり前だろ」
「そうか。なら、あれはボクを倒すための方便じゃなかったわけだ」
「何でそんなこと言うんだよ」
「負けた側はいろいろ考えるんだよ」
「……そっか」
「もう少し気の利いたこと言えない?」
「疲れてるから」
「便利だね、それ」
アシモフが小さく笑った。
「本当に育て方を間違えたかな」
「それ、悪い意味?」
「半分は褒めている」
「残り半分は?」
「非常に面倒だ」
「そっちこそ」
ほんの一瞬、いつもの二人へ戻った。
だからこそ、GVは次の言葉を言うまでに少し時間が必要だった。
「……アシモフ。もう一回だけ聞く。やめない?」
アシモフは答えず続きを待った。
「能力者を助けるなら僕も手伝う。皇神みたいなことをする奴がまた出てきたら止める。僕だけじゃ足りないならみんなにも頼む。でも、能力者じゃないってだけで、その人たちを最初から向こう側に置くのはやめようよ」
「私は敵側へ置いてはいない」
「でも邪魔になったら排除するんだろ」
「必要なら」
「それをやめてって言ってる」
GVの声が僅かに掠れた。
「アシモフは僕に自由をくれた。シアンを助けるって決めた時も、最後は止めなかった。だったら今度は、アシモフが誰かの自由を奪う側にならないでよ」
「それはできない」
「……なんで」
「私が何もしなければ、別の誰かが能力者の自由を奪うからだ」
「だからって」
「私は、キミのようには考えられない」
アシモフは初めて言葉を少し選んだ。
「何度失敗しても次の誰かを信じる。間違ったら止めてもらえばいいと言う。キミにはそれができるのだろう」
「アシモフにはできない?」
「ああ」
「どうして」
「もう待つ気がないからだ」
静かな答えだった。
「これはキミの責任ではない。キミが傷つけられたからだけでもない。私自身が決めた」
アシモフは自分の胸へ手を置く。
「私の野望だ」
GVが顔を上げた。
「能力者が、誰にも許可を求めず生きられる時代を作る。そのために今の秩序を壊す必要があるなら壊す。逆らう者がいるなら戦う」
「アシモフ」
「キミのためではない」
今度だけは強く言い切った。
「私がやる。私が望んでいる」
GVはしばらくアシモフを見た後、静かに頷いた。
「……そっか」
そして右手を雷撃銃へ伸ばす。
「じゃあ、僕も自分で決める」
「聞こう」
「止めるよ。アシモフを」
「理由は?」
「知ったから。アシモフがこれから、人を傷つけるつもりだって」
「私はキミを傷つけたくはない」
「僕の話じゃない」
即座に返した。
「能力者でも能力者じゃなくても、まだ何もしてない人まで巻き込むなら僕は止める」
「そうか」
「うん」
「後悔しないか?」
「するかもしれない」
GVは少し困ったように笑った。
「でも、今はそうしたい」
アシモフは長くGVを見た。
「なら、一つだけ選択肢をやろう。帰れ」
「……え?」
「シアンを連れてここから降りろ。キミはもうフェザーの兵士ではない。私のミッションへ従う義務もない」
「僕が帰ったら?」
「私は計画を続ける」
「止まらない?」
「ああ」
GVは数秒考えただけだった。
「じゃあ無理」
「そう言うと思った」
「だったら聞かないでよ」
「少しは期待した」
「何を?」
「今日は疲れたから帰る、と言うかもしれないとな」
「言わないよ」
「知っている」
「じゃあ何で」
アシモフは少しだけ視線を逸らした。
「……親心だ」
GVの顔が止まった。
「今なんて言った?」
「忘れろ」
「無理」
「忘れろ」
「アシモフ、顔――」
「GV」
「はい」
紫電が低く笑った。
「フフ……これは傑作だね」
「紫電、後で覚えていろ」
「ボク、今それどころじゃない身体なんだけど?」
ほんの一瞬だけ空気が緩んだが、アシモフが腰へ手を伸ばした途端、GVの表情もすぐ戦う者のものへ戻った。
取り出されたのは、いつもの大型レールライフルではなく白を基調とした短銃だった。
「それは……」
紫電の声が変わる。
「知ってるの?」
「アキュラの銃だ」
「え?」
GVが反射的にアシモフを見る。
「アキュラは!?」
「生きている」
GVが目に見えて安心したため、アシモフは呆れたように息を吐いた。
「今そこを心配するのか」
「するよ!」
「これから私と戦うという時に?」
「それとこれは別だろ!」
「……やはり変わらないな」
アシモフは銃を構えた。
「本当に来るか?」
「行く」
「そうか」
一度だけ目を閉じ、再び開く。
「なら教え子扱いはここまでだ。ここからは敵として扱う」
シアンが無意識にGVへ近づいた。
「シアン」
「……うん」
「僕は下がっててほしい。今のシアンが無理するの、嫌だから」
「わたしが手伝うって言ったら?」
「止められない」
「うん」
「だからお願い」
シアンは自分の身体に残る震えを確かめるように手を握った。
「分かった。でも危なくなったら、わたしが勝手に助けるから」
「……はい」
「そこはGVが決めないで」
「はい」
紫電が小さく笑った。
「教育されてるね」
「うるさいな」
「褒めてるんだけど」
アシモフの銃口が上がる。
「準備はいいか」
「うん」
「では――」
アシモフの肩が僅かに動いた時点で、GVはすでに首を射線の外へ逃がしていた。
紫色の弾丸が頬のすぐ横を通過した直後、一発目を避けたGVの身体が戻る位置へ二発目が飛び、さらにその弾道から逃れるため踏み出すであろう方向へ三発目が重なる。現在位置を追っているのではなく、GVが今まで何度も見せてきた回避の連続そのものを先回りして撃っているのだと理解した時には、三発目がすでに肩口まで迫っていた。
避け切れないと判断したGVは雷撃鱗を展開し、弾丸が身体へ触れる瞬間だけカゲロウへ変わる。
青い残光となって攻撃を抜け、その姿が数メートル先で再構成されるより早く雷撃銃をアシモフへ向け、実体化が終わるのとほぼ同時に三発のダートを放った。
だがアシモフも避けない。
一発目が胸へ触れる寸前、その身体がGVと同じ蒼い残光へ変わり、二発目と三発目も実体を捉えず通過した。
「カゲロウ……!」
「同じ《蒼き雷霆》だと言っただろう」
声は背後から来た。
GVは振り向いて相手を確認する時間を使わず、声が聞こえた方向から身体を外すため前へ踏み込み、その勢いを殺さないまま片手を床へついて身体を回した。先ほどまで頭があった空間を弾丸が抜けていくのを視界の端で確認しつつ、そのまま後方へ蹴りを放つ。
アシモフは半歩だけ下がって蹴りを外し、GVの足が床へ戻るまでに銃口を下へ向けた。
次を撃たせれば間に合わないため、GVは雷撃銃の側面を白い銃へ打ちつけて射線を強引に逸らし、床へ着弾した弾丸の火花が飛び散る中で互いの武器を押し合う。
その接触点を介して二人の蒼雷がぶつかった。
同じ能力だからこそ差が分かった。
アシモフの雷は重い。
GVが雷撃鱗を腕へ集めても押し返し切れず、開いた胴へ肩を入れられた瞬間、身体全体が数メートル後方へ押し飛ばされた。
ただしGVも、昔のようにそのまま床へ転がりはしない。
両足が接地した瞬間に雷撃鱗を足元へ流し、摩擦だけでは殺し切れない後方への勢いを電磁力で補助しながら受け止めたことで、床を長く滑りながらも倒れる直前で姿勢を戻した。
「……強」
「今さらか?」
「能力隠してた人に言われたくない!」
「フェザーでは能力を詮索しない。それがルールだ」
「便利な時だけ使わないでよ、そのルール!」
GVは再び正面から走った。
普段なら、相手の射撃を誘って左へ重心を寄せ、その後で右へ切り返す。
アシモフの銃口はGVが動くより先に右を塞いだ。
それを見たことで、自分の動きを読まれていると確信する。
だからGVは左にも右にも行かず、踏み込んだ脚でその場へ急停止した。
射線だけが、GVのいない右側へ流れた。
「……!」
「僕の癖、読んでるだろ!」
しゃがみ込んだ姿勢から撃ったダートが床へ刺さり、そこへ雷撃鱗を流すと青白い電光が床面へ一気に広がって強い閃光を生んだ。
アシモフの視界が白く染まる。
GVはその僅かな時間で側面へ回り込み、肩へダートを一発打ち込んだ。
「そこ!」
ロックした瞬間に雷撃鱗を集中させようとしたが、アシモフは肩へ刺さったダートを素手で引き抜き、そのまま床へ捨てる。
「遅い」
直後の発砲は近すぎた。
弾丸がGVの腕へ当たった瞬間、痛みより先に能力の流れが乱れ、展開していた雷撃鱗が強制的に消失した。
「な……!」
GVは自分の腕を見る。
「グリードスナッチャー」
アシモフが平然と言った。
「第七波動の発動を一時的に阻害する弾だ」
「アキュラ、こんなの持ってたの!?」
「正確には、奴が以前こちらへ戦闘を吹っ掛けてきた時に見たものだ」
「……え?」
「戦闘後に仕組みを少し拝借した」
「パクったの!?」
「リバースエンジニアリングと言え」
「言い方変えてもパクってるじゃん!」
「敵が有用な技術を見せた。回収できるなら利用する。当然だろう」
「本人に許可取った!?」
「ノーだ」
「堂々と言うなよ!」
会話している間にも、能力封印の効果は続いている。
アシモフは律儀に待ってはくれず、GVが一発目を身体だけで避ければ、その回避によって開いた脇腹へ次弾が通る角度を即座に作り、それを身体を捻って外したところへさらに三発目を重ねた。
カゲロウが使えない以上、弾丸そのものから身を隠すしかない。
GVは姿勢を戻すことを諦め、そのまま床へ滑り込んで近くの太い柱の裏へ入り、柱の角へ着弾した弾丸が金属片を撒き散らす中で、身体の内側に戻り始めた第七波動の感触を待った。
数秒後、指先に蒼雷が戻る。
「隠れて待つことも覚えたか」
柱の向こうからアシモフの声が聞こえた。
「昔なら無理に前へ出ただろう」
「それ、アシモフが前に出ろって教えたからじゃん!」
「状況を見て前へ出ろと言った」
「子供にそんな細かいニュアンス分かるか!」
「説明した」
「覚えてない!」
「それは私の責任ではないな」
「こういう時だけ先生みたいなこと言う!」
雷撃鱗が完全に戻るのと同時に、GVは柱の右側から飛び出した。
当然、アシモフはそこへ撃つ。
一発目をカゲロウで抜ければ、いつもの再出現地点へ二発目が待っている。
だからGVは再構成された瞬間、跳躍へ繋げる普段の動きを捨て、膝を深く沈めて雷撃鱗を足元へ集中し、床を滑るように真横へ移動した。
二発目が頭上を抜ける。
アシモフの銃口がそれを追って横へ動いた瞬間、今度はGVが真正面へ踏み込んだ。
教わった動きなら読まれる。
ならば、教わった効率を自分から崩す。
綺麗に避ける必要もなければ、毎回最短距離で反撃する必要もない。
相手が知っている「GVらしい正解」から外れれば、その分だけアシモフの予測にも空白が生まれる。
「……やりにくい!」
「敵へ言う台詞ではないな」
「今日くらい敵扱いしないでよ!」
「先ほど宣言した」
「真面目!」
「褒め言葉として受け取ろう」
GVが二発のダートを撃つ。
一発はアシモフへ。
もう一発は後方の壁へ。
「外したぞ」
「分かってる!」
壁へ刺さったダートへ雷を流したことでアシモフの意識が一瞬そちらへ向いたが、何も起きない。
その空白へGVが入り込む。
拳を受けたアシモフが一歩だけ後ろへ動いた。
「押した!」
「一歩で喜ぶな」
「いいだろ別に!」
アシモフが返した膝を腰を引いて避け、直後に横から迫る銃床へ腕を合わせる。
互いの雷撃鱗が至近距離でぶつかり、青白い火花が顔の間を走った。
「……強くなった」
「急に何」
「私が知らない動きをするようになった」
GVはその言葉を聞きながら、わざと雷撃鱗を切った。
押し返すため力を掛けていたアシモフの身体が、突然抵抗を失ったことで僅かに前へ流れる。
その横をすり抜けたGVが背後から三発撃つ。
アシモフはすべてカゲロウで抜けた。
GVはさらに撃つように銃口を上げる。
アシモフが射撃へ意識を向けた。
そこで撃たない。
踏み込んで蹴る。
「ッ!」
初めてアシモフの身体が明確に傾いた。
GVは追撃せず、すぐ距離を取った。
「どう?」
「六十点」
「厳しくない!?」
「戦場で採点してもらえるだけありがたいと思え」
「いらない!」
シアンが思わず笑い、アシモフの口元にも一瞬だけ笑みが浮かぶ。
「なら、レベルを上げよう」
アシモフの指がサングラスへ掛かった。
「ちょっと待って。それ外したら絶対何かあるやつじゃん」
「よく分かったな」
「長い付き合いだからね!」
サングラスが床へ落ちた。
直後、アシモフの身体から噴き出した青白い電光によって非常灯が一斉に明滅し、床や壁へ逃げた余剰電流が周辺機器を次々と誤作動させる。
先ほどまでの雷は、まだ「纏っている」と表現できた。
今は力そのものが身体へ収まり切らず、絶えず外へ溢れ出している。
「……こんなに」
GVは思わず一歩退いた。
怖い。
同じ力だからこそ、その出力差が嫌になるほど分かる。
ただし同時に、アシモフ自身もその膨大な出力を完全には制御し切れていないことが見えた。GVなら身体表面へ沿わせる電流が、アシモフの場合は周囲へまで大きく散っている。
「それ、ずっと使えるの?」
「ノーだ」
「身体は?」
「問題はある」
「あるんじゃん!」
「心配するな」
「するよ! 何でこんな時まで自分壊す使い方するんだよ!」
「キミにだけは言われたくないな」
GVが言葉に詰まった。
遠くでシアンまで小さく頷く。
「シアンまで!?」
「だって……」
「後で話す!」
「生きてたらね」
「縁起でもないこと言わないで!」
アシモフが笑った。
「いいな」
「何が!」
「自分が生きて帰ることを、当たり前のように話す」
GVの動きが止まる。
「昔のキミでは考えられなかった」
声音が少しだけ柔らかくなった。
「それを見られただけでも、育てた価値はあった」
「……まだ育て終わったみたいに言わないでよ」
「何?」
「僕、まだ色々教えてもらうつもりだから」
GVも構え直す。
「だから勝手にどっか行くの禁止」
「……それは困ったな」
「僕も困ってる」
次に二人が床を蹴った時、戦闘の密度そのものが変わった。
アシモフの身体が雷撃によって前へ押し出された瞬間には、GVが肩の動きから進行方向を読んだ時点ですでに半分以上の距離が消えており、そこから回避を始めても間に合わないと判断したGVは、最初から衝突する位置を予測して右腕だけへ雷撃鱗を集中させた。
二人の腕がぶつかる。
蒼雷が爆ぜる。
真正面から比べればアシモフの方が圧倒的に重く、GVの足は接触した瞬間から後方へ押され始めたが、GVは全身で受け止めようとはせず、接触面だけへ電流を集めながら身体の角度を変え、押し込まれる力を横へ逃がしていく。
「……そう来たか!」
「まともに押し合ったら負けるからね!」
「判断は正しい!」
「採点――」
言い終わる前に、アシモフが押す方向そのものを変えた。
受け流すために作った角度が一瞬で無意味となり、GVは横殴りの衝撃を受けて大きく吹き飛ばされる。
それでも空中でただ姿勢を戻すだけでは終わらない。
身体を回しながら三発のダートを放ち、一発だけをアシモフへ向け、残る二発を床と壁へ撃ち込んだ。
アシモフは自分へ来た一発をカゲロウで処理した後、着地するGVではなく、周囲へ刺さったダートを見た。
「……さっきから妙な場所へ撃つな」
GVは答えない。
まだ完成していない。
だが少しずつ見え始めている。
ダートは敵をロックするだけのものではない。
雷を通す支点にもなる。
床。
壁。
柱。
戦闘中に散らしておけば、自分が立っていない場所からでも雷を発生させられる。
「考え事か?」
アシモフの声が届いた時には、すでに距離を詰められていた。
GVは拳を腕で受け、次も同じ位置へ来ると判断して身体を横へ逃がしたが、アシモフは二撃目の拳を途中で止め、GVが防御のため上げていた腕の下へ身体を沈めると、軸足を回して蹴りへ切り替えた。
腹部へ入る。
「ぐっ……!」
GVの身体が床を滑った。
「GV!」
シアンが一歩出る。
「来ないで!」
GVはそのまま倒れず、滑り終わる前から片膝を立てた。腹の奥から込み上げる痛みで一度咳き込み、それが落ち着いてから顔を上げる。
「……ごめん」
「大丈夫?」
「大丈夫って言ったら怒るだろ」
「うん」
「じゃあ……まだやれる」
シアンは飛び出したい気持ちを隠さなかった。
それでも自分で足を止める。
「分かった。でも無理だと思ったら勝手に歌うから」
「了解」
紫電が横からシアンを見る。
「意外だな。キミならもっと止めると思ってたよ」
「止めたいよ。すごく」
「なら、なぜ?」
「前はGVが無茶すると、わたしが止めなきゃって思ってた。今も思う」
「変わってないじゃないか」
「でも、GVが自分で考えて、自分で『やる』って決めたことまでわたしが全部止めたら、それも違うと思う」
シアンは戦場を見続けた。
「絶対大丈夫って信じてるわけじゃない。怖いよ。でも、怖いからってGVの答えを取るのは嫌」
紫電はしばらく黙った。
「……さっき、ボクが負けた理由をまた一つ見つけたよ」
「何?」
「教えない」
「なんで」
「少しくらい自分で考えさせてくれ」
その頃にはGVが再び立ち上がっていた。
アシモフは追撃せず待っている。
「待ってくれた?」
「倒れている相手を撃つ必要はない」
「敵扱いするって言ったのに」
「敵だからといって何でもするわけではない」
GVは少しだけ笑った。
「……やっぱり嫌いになれないな」
「何?」
「もっと分かりやすく悪い人になってくれたら、楽だったのに」
「残念だったな」
「本当に」
「私も同感だ。キミがもう少し素直なボーイなら、今ごろ話は終わっていた」
「僕がアシモフの言うこと聞くって?」
「ああ」
「それ、僕じゃないだろ」
アシモフも少し笑った。
「そうだな。だから困っている」
GVは一瞬だけ銃を下ろしたくなった。
この人は、本当に自分を大切にしている。
利用する道具としてではない。
「アシモフ」
「何だ」
「僕のこと……大事?」
「今さら確認が必要か?」
「……今だから」
アシモフは銃口を下げずに答えた。
「必要なら、自分の命より優先する程度にはな」
GVの胸が痛んだ。
「だったら――」
「だが、キミの言うことを何でも聞くことと、キミを大切に思うことは同じではない」
アシモフは僅かに口元を上げる。
「私はキミの親になった覚えはないが、少なくとも教え子へ媚びる師匠にはなりたくない」
「そういうところなんだよ」
「何がだ」
「アシモフらしい」
「褒めている?」
「半分くらい」
「残りは?」
「めんどくさい」
「キミに言われたくない」
二人とも少しだけ笑った。
次に踏み込んだ時には、もう笑っている余裕はなかった。
GVはアシモフの拳が届く直前に身体を沈め、その脇を抜けながらダートを撃つ。アシモフはカゲロウでそれを抜け、再出現と同時に撃ち返すが、GVは銃口が向く前から床へ雷撃鱗を流して身体を横へ滑らせ、その回避によって生まれた勢いを殺さず次の踏み込みへ変えた。
「GV!」
「何!」
「私がキミを皇神から連れ出したことを、後悔したことは一度もない!」
アシモフの雷撃鱗が真正面から来る。
GVは受け止めずに流す。
「知ってる!」
「私がキミへ戦いを教えたことも!」
「うん!」
「キミが私へ逆らい、フェザーを抜けた時も!」
GVの目が見開かれた。
「腹は立った!」
「立ってたんだ!?」
「当たり前だ!」
驚いて僅かに動きが鈍った位置へ弾丸が飛び、GVはカゲロウで抜ける。
「でも、嬉しくもあった!」
「……え?」
「初めてキミが、自分のために、自分の答えを選んだからだ!」
シアンを救うためフェザーへ逆らったあの日の光景が、GVの中へ鮮明に戻ってくる。
「だったら今も聞いてよ!」
「聞いている!」
「僕は王様なんかにならない!」
「知っている!」
「世界を能力者だけのものにもしたくない!」
「それも聞いた!」
「だったら――!」
「それでも私は進む!」
二人の雷撃鱗が真正面から衝突し、青白い雷が一つの塊のように膨れ上がった。
同じ力だった。
同じ場所に起源を持つ力だった。
それでも、二人の進もうとする方向だけは決して同じにならない。
数秒の拮抗の後、二人はほぼ同時に距離を取った。
「……ほんと頑固」
「誰に似たんだろうな」
「アシモフじゃない?」
「私はもう少し聞き分けがいい」
「それはないと思うよ」
紫電が即座に口を挟んだ。
「キミは黙っていろ」
「残念。今は観客だからね」
アシモフは紫電を無視し、GVへ視線を戻す。
「キミの答えは分かった。だから、ここから先は説得しない」
周囲の蒼雷が強くなる。
「力でどちらが正しいか決めるつもりもない」
青白い電光が一本、アシモフの背後から伸びた。
さらにもう一本。
そこへ別の雷が幾重にも絡み、単なる電撃だったものが長く太い形を作っていく。
「ただ、私の前を通りたいなら」
三本目。
四本目。
GVの表情が変わった。
「私を越えろ」
雷で編まれた巨大な鎖が、アメノウキハシ最深部を横切った。
その形を認識した瞬間、GVの指が震えた。
目の前にいるアシモフより先に、別の光景が蘇る。
メラクの顔。
怯えた目。
自分の腕から伸びた雷。
止めなければならないと分かっているのに、怒りと力に引っ張られ、相手を追い詰めていった自分自身。
「……GV?」
シアンの声が聞こえる。
GVは鎖から目を離さなかった。
「……それ」
「知っているはずだ」
アシモフが右手を動かすと、一本は床のすぐ上を横切り、もう一本が上方へ回り込み、さらに別の鎖が出口側を塞いだ。単に相手へ叩きつけるための技ではなく、戦場そのものをいくつもの区画へ分割し、GVが移動できる場所を順番に奪っていく使い方だった。
「迸れ! 蒼き雷霆(アームド・ブルー)!」
「蒼雷よ、我が使命(ミッション)を貫け!
この身を灼いて――未来を拓け!」
「さあ、行こうか……GV!」
「――VOLTIC CHAIN!!」
名前を聞いたことで、指先の震えが少し強くなった。
「GV!」
シアンが一歩進む。
その声は、今度ははっきり届いた。
GVは目を閉じない。
鎖から目も逸らさない。
「……怖いか」
アシモフが尋ねた。
挑発ではなかった。
昔、訓練で答えを待っていた時と同じ声だった。
「うん」
GVは正直に答えた。
「怖いよ。自分が使った時のこと、まだ忘れてない」
雷撃銃を握り直す。
「たぶん、ずっと忘れない」
そして足を開き、重心を落とした。
「でも、忘れなくていい」
アシモフの目が僅かに変わる。
「それも僕だから」
GVの周囲へ雷撃鱗が静かに広がった。
《蒼き雷帝》のような巨大な力ではない。
誰かから借りた力でもない。
今、自分一人が持っている《蒼き雷霆》だった。
GVは鎖だけを見ず、戦場全体へ視線を走らせる。
床へ刺さったダート。
柱へ残したもの。
壁へ撃ち込んだもの。
最初は閃光を作るためだった。
次はフェイントに使った。
けれど戦いながら、自分の中で少しずつ違う使い方へ変わっていた。
「アシモフ」
「何だ」
「僕、アシモフから教わったこといっぱいある」
「ああ」
「でも」
GVは少しだけ笑った。
「次は、アシモフが知らないことするから」
アシモフの視線も、周囲に散ったダートへ動いた。
何をするかまでは分からない。
それでもGVが何かを仕込んでいたことは悟ったらしい。
「それでいい」
アシモフの口元が僅かに上がる。
「私のコピーで終わるな、GV」
「最初からそのつもり!」
鎖が動き始めた。
正面から迫る一本を見てから回避していたのでは、その横から来る二本目に追いつかれると判断したGVは、アシモフの指が動いた時点で左へ踏み出し、その足が床へ着くのと同時に、そこから離れた位置へ撃ち込んであったダートへ雷撃鱗を送った。
蒼雷がGV自身ではなく床から立ち上がる。
それが二本目の《VOLTIC CHAIN》へ横からぶつかり、完全に止めるほどの力はなくとも、その進路を僅かにずらしたことで人一人が抜けられる隙間が生まれた。
アシモフの目が見開かれる。
そこへ上方から三本目が落ちてくる。
GVは跳ばない。
壁へ刺したダートへ雷を送り、そこから柱、さらに別のダートへと電流を渡すことで、自分の身体が存在しない複数の地点から同時に雷を走らせた。
「これは……」
アシモフが初めて声を漏らした。
「僕の番!」
GVが踏み込む。
アシモフの《VOLTIC CHAIN》が、圧倒的な出力によって戦場を支配する技なら。
GVが作ろうとしているものは、その逆だった。
一つの巨大な雷で押さえつけるのではなく、戦場へばら撒いた多数の小さな支点を繋ぎ、自分がどこにいても別の経路から電流を回せる構造。
一本を切られても終わらない。
別のダートへ流せばいい。
正面を塞がれたなら横へ。
横が潰されたなら壁から。
アシモフの力が強く、鎖から雷が流れ込むなら、それすら自分の経路へ受けて別方向へ逃がせるかもしれない。
まだ完成していない。
名前すらない。
それでも。
アシモフから教わった技ではなかった。
怖さも残っている。
《VOLTIC CHAIN》を使った自分の記憶も消えない。
だからこそ、そのすべてを抱えたまま別の形へ変える。
GVは交錯する青白い鎖の隙間を走った。
同じ《蒼き雷霆》を持ち、同じ計画から生まれ、似た傷を知りながら、それでも同じ答えには辿り着かなかった二人の間で、今度は師匠から教わったものだけではない、GV自身がここまでの戦いの中で作り上げてきた雷が初めて形になろうとしていた。
「人生とは、いつだってオーガ・オア・スネークだ」
「選択を迫られ、間違えれば――デッドエンド」
「……少なくとも、私はそう思っていた。」
「力を持つ者には役割がある」
「与えられたミッションをこなし、生き残る」
「それがイージーで、正しい生き方なのだと」
「だが――ナンセンスだな、GV」
「キミはいつも、私の想定から外れていく」
「私の教えを破り」
「雷さえ、勝手に修正(リビルド)して――」
「ついには、私の知らない雷を紡ぎ始める」
「フッ……グレイトだ、GV」
「ならば、最後のレクチャーだ」
「イグニッション!」
「教えられた正解を越えろ!」
「与えられた役割を越えろ!」
「私の知らないガンヴォルトを、私に見せてみろ!」
「レッツゴー、GV!」
「キミをここまで連れてきたすべてへ――サンクスを」
「そして、誰かに決められた未来には――」
「アスタラビスタだ」
「次回、蒼き雷霆ガンヴォルト」
「最終話――『グッドラック、GV』」
「私と同じ雷を持っているからといって――」
「私と同じ道を歩く必要などない」
「キミ自身で選べ」
「キミ自身の雷で、未来を撃ち穿て」
「そして――」
「必ず、生きて帰ってこい」
「……次回も、グッドラック」
紫電戦、最高だった?
-
最高だった
-
いや...キツいっすわ