『隣人GV ―もしもスパイディの影響を受けたGVなら―』   作:幸田市

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第三十二話「グッドラック、GV」

 最初に迫ってきたのは、一本の雷ではなかった。

 

 アメノウキハシ最深部を横切るように幾筋もの蒼光が奔り、床すれすれを薙ぐ一条がGVを跳ばせようとすれば、その跳躍先には別の一条が斜め上から伸び、さらに着地を選べばそこへ三本目が回り込む。それぞれが独立した攻撃でありながら互いの役割を補い合い、GVが一つを避けることそのものを次の攻撃の起点へ変えていた。

 

 同じ《蒼き雷霆》を持つからこそ分かる。

 

 これは単純に出力を撒き散らしているのではない。

 

 アシモフは一本ごとに「どこへ追い込むか」を決めている。

 

 《VOLTIC CHAIN》。

 

 その形を認識した瞬間、GVの指先へ僅かな震えが走った。

 

 自分にも使える技だった。

 

 だからこそ、思い出す。

 

 メラクを追い詰めた時、自分は怒っていた。シアンを奪われた焦りも、目の前の相手への苛立ちも、自分自身の力を怖がっていることさえ整理できないまま雷へ流し込み、怯えた相手をさらに追い詰めた。そして、その姿を見た瞬間に胸の奥を走った、認めたくない感覚まで覚えている。

 

 あれ以来、《VOLTIC CHAIN》を見ることは、その時の自分まで見ることとほとんど同じだった。

 

 だが、眼前のアシモフが操る鎖には、あの時のGVにあった濁りがない。

 

 怒りに任せて強くしているわけでも、相手を苦しませるためでもなく、ただGVを止めるという目的へ必要な位置と出力を割り振っている。同じ技でありながら、アシモフの鎖は技術として完成されていた。

 

「……ッ!」

 

 考えている余裕は長くなかった。

 

 正面から胸元へ伸びてきた鎖を身体を沈めて外すと、その回避を予測していた二本目が床を抉うように斜め下から跳ね上がる。GVは踏み切る方向を途中で変えて身体を捻ったが、その時にはすでに三本目が空中の逃げ道を横断しており、避ける方向を一つずつ選んでいたのでは追いつかない。

 

 カゲロウを使う。

 

 身体が蒼い残光へ変わった一瞬だけ鎖を透過し、実体へ戻る位置を数メートルずらしたものの、そのために消費したEPをアシモフが見逃すはずもなかった。

 

「カゲロウに頼りすぎるな、GV!」

 

 声とほぼ同時に紫色の弾丸が飛んできた。

 

 三発。

 

 ただし三発が同じ場所を狙っているわけではない。一発目はGVが実体化した位置、二発目はそこから床へ戻る軌道、三発目は着地後に身体を逃がせる側へ置かれている。

 

 ギドラ。

 

 アシモフの持つグリードスナッチャーによる直線射撃だった。

 

「分かってるよ!」

 

 GVは着地そのものを諦めた。

 

 足が床へ届く直前だけ雷撃鱗を強く噴かせ、落下の軌道を横へずらすことで三発をまとめて足元へ通し、着地した瞬間にはもう雷撃銃を振り上げている。

 

 ただし、撃った先はアシモフではない。

 

 右側の支柱へ一発、そこから数メートル離れた床へ一発、最後は反対側の壁へ一発。

 

 三本のダートが金属へ食い込んだ。

 

 アシモフの目が僅かに動く。

 

「またそれか」

 

「何のこと?」

 

「私ではなく周囲へ撃っている」

 

「気になるなら自分で考えればいいだろ」

 

「敵の狙いを確認するのは基本だ」

 

「敵本人に聞いて教えてもらうのも基本なの?」

 

「キミは昔、考えていることを口へ出す癖があった」

 

「昔の僕をいつまで引っ張るんだよ!」

 

 言い返しながらもGVは止まらなかった。

 

 距離を詰める。

 

 真正面から肩をぶつけるように雷撃鱗を纏って踏み込み、アシモフも同じ蒼雷を展開して迎え撃つ。二人が触れる寸前に互いの電場が干渉し始め、次の瞬間には押し合う腕を中心に空気そのものが破裂したような衝撃音が最深部へ広がった。

 

 真正面では勝てない。

 

 接触した瞬間に分かるほど差があった。

 

 アシモフはサングラスによる抑制を外している。単純な瞬間出力ならGVより明らかに上であり、GVが雷撃鱗を強めても靴底が床を滑り、身体ごと後方へ押されていく。

 

「力比べなら私が上だ!」

 

「それはもう嫌ってほど分かってる!」

 

「なら真正面から来るな!」

 

「試しただけ!」

 

「それを無駄という!」

 

「うるさいな!」

 

 押し負けている最中に、GVは雷撃鱗を切った。

 

 支えていた力が唐突に消えたことで、押し込んでいたアシモフの身体が僅かに前へ流れる。その脇をすり抜けると同時にGVは振り返り、近距離から二発のダートを撃った。

 

 一発目にはカゲロウ。

 

 アシモフが実体へ戻った先へ二発目を送るが、それも再び青い残像へ抜ける。

 

 三発目を撃つ構えだけを見せて、GVは引き金を引かなかった。

 

 アシモフは次のカゲロウへ入る直前で動きを止める。

 

「……なるほど」

 

「何」

 

「私のEPを計算しながら戦っているのか」

 

 GVは僅かに口元を歪めた。

 

「……まあね」

 

「悪くない。カゲロウにも限界がある以上、消費を積ませるのは正しい」

 

「だから戦いながら採点するのやめてって言ってるだろ!」

 

「敵からの評価は貴重だぞ」

 

「今だけ師匠みたいな顔するなよ!」

 

「師匠であることと敵であることは両立すると説明したはずだ」

 

「そこが面倒くさいんだよ!」

 

「キミにだけは言われたくないな」

 

 ほんの一瞬だけ、昔の訓練へ戻ったようなやり取りが混ざった。

 

 だがアシモフの次の攻撃には、そうした甘さは一切なかった。

 

 右腕が横へ払われる。

 

 何か来ると見てGVが後退した瞬間、真正面に攻撃が存在しないことへ気づく。

 

「――違う!」

 

 横だった。

 

 空中へ展開された五つの光点へグリードスナッチャーから放たれた弾丸が飛び込み、最初の光点を通過すると同時に軌道を折る。

 

 ミズチ。

 

 GVは頭部へ飛んできた弾丸を横へ避けたが、それはそのまま壁へ抜けず、次の光点を通過したところで再び角度を変えて背後から追ってきた。

 

「しつこい!」

 

「弾丸に文句を言っても無駄だ!」

 

「撃った本人に言ってるんだよ!」

 

 走るGVの背後で弾道が曲がる。

 

 最初の一射を避けて左へ走れば、その先の光点を経由した弾丸が右側へ回り込み、そこから身体を沈めると今度は前方でアシモフ本人が銃を構えている。

 

 後ろからミズチ。

 

 正面からギドラ。

 

 上へ跳べばアシモフが次弾を置くことは分かっているし、床へ滑り込むには背後から来る曲射が低すぎる。

 

 GVは一瞬だけ周囲へ視線を走らせた。

 

 先ほど壁へ刺したダートがある。

 

 そこへ追加でもう一本撃ち込んだ。

 

「――これなら!」

 

 雷撃鱗を身体ではなく壁へ流す。

 

 二本のダートを起点として周辺設備へ電流が広がり、照明が瞬間的に白く弾けた。

 

 アシモフの視界が僅かに奪われる。

 

 その僅かな時間があれば充分だった。

 

 GVは前へ跳ぶのではなく身体を床へ伏せるように滑り込ませ、正面から来たギドラと背後から追ってきたミズチを頭上で交差させる。二つの弾道はGVを失ったままアシモフの左右を抜けていった。

 

「今のもダートか」

 

「僕の銃なんだから使って悪い?」

 

「そういう意味ではない。明らかに用途を変えている」

 

「だったら後で感想聞かせて!」

 

 立ち上がる勢いのまま、GVは今度は天井へダートを撃った。

 

 アシモフの視線がそこまで追う。

 

「何本目だ?」

 

「数えてるの?」

 

「敵が何かを仕掛けている時に何も考えない方がおかしい」

 

「じゃあ勝手に考えてろ!」

 

「本人へ聞いた方が早い」

 

「答えるわけない!」

 

「オーケー」

 

 あっさり引かれたせいで、逆にGVの方が一瞬調子を崩した。

 

「……素直だな」

 

「答えないと言った相手へ何度も同じ質問をする趣味はない」

 

「そういうところだけ妙に話が早いよね!」

 

 その会話が終わるより早く、アシモフは次の攻撃へ移っていた。

 

 空中へ小型ビットが複数展開される。

 

 オロチ。

 

 最初の射撃をGVが横へかわした時点で、ビットはすでに次の角度へ向き直っており、上半身を塞ぐように弾幕が降ってくる。GVが低い姿勢で走れば、その低下した重心を待っていたように次の波が床付近へ切り替わり、そこから跳ぶしかなくなった瞬間にはアシモフ本人が雷撃鱗を纏って跳躍先へ突っ込んできた。

 

「そこまで読んで――!」

 

 空中では避け切れない。

 

 GVは両腕を交差した。

 

 アシモフの肩と蒼雷を真正面から受けた瞬間、腕だけでなく骨の内側まで震えるような衝撃が走り、身体が大きく後方へ弾かれる。床へ背中から落ちる直前にカゲロウを使って衝撃の一部を逃がしたものの、それでも勢いを殺し切れず二度転がった。

 

「GV!」

 

 シアンの声が響く。

 

 GVは片手を床へついたまま呼吸を整えた。肺が一度潰されたように息が浅く、左腕には痺れが残っている。

 

「……まだ、いける」

 

「聞いてない」

 

「え?」

 

「大丈夫か聞こうとしたんじゃないよ。名前呼んだだけ」

 

「あ……」

 

「だから勝手に答えないで」

 

 自分の癖をそのまま突かれ、GVは気まずそうに視線を逸らした。

 

「……はい」

 

「ずいぶん教育されているじゃないか」

 

 壁へ背を預けていた紫電が面白そうに口を挟む。

 

「紫電」

 

「何だい?」

 

「後で覚えてろ」

 

「ボクはさっきキミに負けて、今まともに動けないんだけど?」

 

「それとこれは別」

 

「便利だね、その理屈」

 

「誰かさんから学んだ」

 

 紫電は数秒考えてから眉を寄せた。

 

「……キミ、思ったより根に持つタイプだね?」

 

「さあ」

 

 GVは曖昧に返し、アシモフへ視線を戻す。

 

 そのアシモフは追撃していなかった。

 

 立ち上がるまで待っている。

 

「アシモフ」

 

「何だ」

 

「本気で僕を倒すんだよね?」

 

「そのつもりだ」

 

「でも、今待った」

 

「倒れている相手へ攻撃する必要はない」

 

「……そういうところがやりにくいんだよ」

 

「知らんな」

 

 そう返した後、アシモフはほんの僅かに表情を緩めた。

 

「私もやりにくい」

 

「え?」

 

「キミが相手だからだ」

 

 その言葉だけを残し、再び銃を構える。

 

「だから、早く諦めてくれると助かる」

 

「そっちが諦めてよ」

 

「ノーだ」

 

「僕も」

 

「では続行だ」

 

「……うん」

 

 互いに答えが変わらないことだけを確認すると、二人は同時に動いた。

 

 再びグリードスナッチャーの弾丸がGVの右脚を掠めた。

 

 傷そのものは浅い。

 

 だが着弾とほぼ同時に身体を巡っていた雷が途切れ、雷撃鱗もカゲロウも沈黙する。

 

「まずい……!」

 

 アシモフはその隙を見てから動いたのではなく、能力封印が成立することを前提としてすでに前進していた。GVが異変を認識した時には距離が縮まり、肩や脚、銃を持つ腕を狙う射撃が始まっている。

 

「終わりだ、GV」

 

「まだ!」

 

 GVは能力なしで床を蹴った。

 

 一発目を身体ごと横へ投げるように避け、二発目には体勢を戻さずそのまま腰を捻り、三発目だけが頬を浅く掠める。そのままアシモフへ突っ込むのではなく、左の壁際へ向かった。

 

「逃げても封印が解けるまでは――」

 

「逃げてない!」

 

 GVが雷撃銃を上げる。

 

 能力を止められていても、ダートそのものは撃てる。

 

 壁へ。

 

 天井近くへ。

 

 床へ。

 

 走りながら三つのアンカーを増やしたことで、アシモフの表情が初めて変わった。

 

「能力を封じられてまで続けるのか」

 

「今しかできないから!」

 

「何がだ!」

 

「準備!」

 

「そこまで言うなら何の準備かまで言え!」

 

「それは嫌だ!」

 

「コミュニケーションは大事だろう!」

 

「戦ってる最中に敵と作戦共有する方がおかしいだろ!」

 

 アシモフが一瞬返す言葉に詰まり、紫電が離れた場所で肩を揺らした。

 

「今のはガンヴォルトが正しいと思うよ」

 

「キミは黙っていろ!」

 

「はいはい」

 

 シアンまで小さく吹き出した声がGVへ届く。

 

 その瞬間、張り詰めていた肩から余計な力が僅かに抜けるのと同時に、身体の奥へ第七波動が戻った。

 

「――よし」

 

 GVは雷撃鱗を再展開した。

 

 アシモフが壁際へ回り込んだ時には、もうそこにGVはいない。

 

 壁を蹴り、天井付近まで身体を上げながら追加のダートを撃ち込んだGVは、そのまま重力へ身体を預けてアシモフの背後へ落下し、今度こそ本人へ照準を合わせた。

 

「LIGHTNING SPHERE!」

 

 雷球がアシモフを包む。

 

 カゲロウが一度発動し、さらに二度目で雷球の中を抜ける。

 

 EPが削られる。

 

 だがGVはそこで出力を上げなかった。

 

「なぜ止まる」

 

 数秒の沈黙の後、アシモフの目が細くなる。

 

「……フェイントか」

 

 GVはすでに次の位置へ移っており、アシモフではなく、その背後にある柱へまた一本ダートを撃ち込んだ。

 

「まだ増やすのか」

 

「うん」

 

「そろそろ教えろ」

 

「嫌」

 

「教え子が可愛くない」

 

「今それ言う!?」

 

「可愛かった時期もあった」

 

「今は!?」

 

「非常に面倒だ」

 

「それ、アシモフにだけは言われたくない!」

 

 軽口を交わしながらも、戦闘は止まらない。

 

 アシモフの視線はGV本人と、戦場に増え続けるアンカーを交互に捉え始めていた。

 

 昔なら、GVが何を考えているかは基本動作を見れば分かった。

 

 教えた通りに位置を取り、教えた通りに回避し、教えた通りに最短で反撃する。

 

 だが今は違う。

 

 教わったものを捨てたのではない。必要なら使い、読まれていると判断すれば自分で崩し、その場で新しい使い方を考えている。

 

「GV」

 

「何?」

 

「一つ聞く。《VOLTIC CHAIN》は使わないのか」

 

 GVの動きが、ごく僅かに止まった。

 

 アシモフにはそれで充分だった。

 

「キミにも使える。出力が足りないというなら、同じ技を正面からぶつけて相殺する手もある」

 

「……」

 

「怖いからか?」

 

 GVは右手を見た。

 

 意識すれば、指先に生まれた雷を鎖へ変えられる。

 

 使えないわけではない。

 

「それもあるよ」

 

 素直に認めた。

 

「怖くないって言ったら嘘になる」

 

「なら――」

 

「でも、使えないんじゃない」

 

 GVは右手を握り、鎖になりかけた雷を消した。

 

「封印するって決めたわけでもないし、必要ならいつかまた使うかもしれない」

 

「では、なぜ今は使わない」

 

 GVは周囲を見回した。

 

 床、壁、柱、天井。その至る所に、自分が何度も撃ち込んできたダートが散らばっている。

 

「今は、別の使い方を考えてるから」

 

「雷の?」

 

「うん」

 

「この戦闘中に?」

 

「……うん」

 

 アシモフは本気で呆れたように額へ手を当てた。

 

「キミは昔から時々、理解不能なことをするな」

 

「褒めた?」

 

「ノー」

 

「そっか」

 

 アシモフは再び構えた。

 

「...面白い」

 

 GVの顔が少し明るくなる。

 

「じゃあ見てて」

 

「敵へ言う台詞ではない」

 

「聞いたのアシモフだろ!」

 

「それはそうだ」

 

 次の攻防では、GVはアシモフの周囲を大きく回るように走り、直接攻撃へ使うはずのダートを床や柱へ次々と打ち込んでいった。

 

「まだ増やすか!」

 

「まだ!」

 

「何本必要なんだ!」

 

「やってみないと分からない!」

 

「設計してから使え!」

 

「今作ってる!」

 

「戦場で?」

 

「アシモフなら分かるだろ!」

 

「分からんさ」

 

 ミズチの曲射が追ってくる。

 

 GVは速度を落とさず、一度目の曲がりを身体を沈めて外したところで二度目の軌道を確認し、今度は跳躍しながら天井へ新しいアンカーを追加した。

 

 その一瞬の射撃動作をアシモフは見逃さない。

 

 紫色の弾丸が肩を掠めた。

 

 グリードスナッチャー。

 

 雷撃鱗が消える。

 

「くっ……!」

 

 それでもGVは走る。

 

 雷がなくても脚は動く。

 

 ダートも撃てる。

 

 封印された状態のまま、回避の途中で柱へ一発、床へもう一発、さらに壁へ撃ち込んだところで、アシモフが初めて問い方を変えた。

 

「……キミは私を倒す気はあるのか?」

 

「ある!」

 

「ほとんど私を攻撃していないぞ!」

 

「倒し方が攻撃だけって誰が決めたんだよ!」

 

 アシモフの目が鋭くなる。

 

「……なるほど」

 

「ようやく見えた。拘束するつもりか」

 

 GVの足がほんの僅かに遅れた。

 

「当たりだな」

 

「ずるい!」

 

「顔に出す方が悪い」

 

「サングラスしてた人に言われたくない!」

 

「今はしていない」

 

「そういう問題!?」

 

 アシモフの銃口が次に向いた先を見て、GVの顔色が変わった。

 

「――待って!」

 

 射撃。

 

 柱へ刺さっていたダートの一つが、周囲の金属ごと砕けた。

 

「ああっ!」

 

「敵の準備を待つ義理はない」

 

「大人げない!」

 

「戦闘中だぞ!」

 

 次は床。

 

 アンカーごと焼かれる。

 

「ちょっと!」

 

「やはり、この配置そのものに意味がある」

 

「人の新技、完成前に壊すなよ!」

 

「完成を待つ敵がどこにいる!」

 

「師匠!」

 

「今は敵だ!」

 

「便利に切り替えるな!」

 

 アシモフが三つ目を狙えば、GVはその射線へ飛び込み、カゲロウで攻撃を抜けながらアンカーを守る。だが一つを守っている間にアシモフは別方向へ狙いを変え、GVも壊された分を別の位置へ打ち直していった。

 

 最初に想定していた配置など、とっくに残っていない。

 

 柱を壊されれば別の柱へ。

 

 床が焼ければ壁へ。

 

 回避の都合で予定した場所へ行けなければ、もっと遠くへ。

 

 その場で修正を繰り返すうちに、GV自身も気づき始めた。

 

 囲うだけでは駄目だ。

 

 アシモフの出力なら、一点へ集中させればどれだけ糸を張っても破られる。

 

 もっと広く。

 

 もっと、戦場そのものを――。

 

「GV!」

 

 思考へ潜りかけた瞬間、アシモフの声が割り込んだ。

 

 雷撃鱗をまとった身体はすでに目前まで来ている。

 

 GVが横へ逃げれば拳が追い、その拳を腕で受ければ次の打撃が違う角度から来る。

 

「考える時ほど視野が狭くなる!」

 

 二撃目をかわす。

 

「一つへ集中するな!」

 

 三撃目が頬を掠める。

 

「相手だけを見るな! 戦場全体を見ろ!」

 

 その言葉に意識が引かれた瞬間、蹴りが腹部へ入った。

 

「うっ!」

 

 GVの身体が後方へ飛ばされる。

 

 壁へ衝突する直前に能力封印が切れ、戻った雷撃鱗でどうにか制動して床へ降りた。

 

 腹の痛みより先に、今の言葉が頭へ残った。

 

 昔から何度も言われてきた。

 

 敵だけを見るな。

 

 遮蔽物を見ろ。

 

 出口を見ろ。

 

 仲間を見ろ。

 

 地形を見ろ。

 

 全部が戦場だ。

 

「……全体」

 

 GVはゆっくり周囲を見る。

 

 アシモフではなく、その周囲全部。

 

 床も、壁も、柱も天井も、壊れた機械も露出した金属も、その至る所へ自分が打ち込んできたダートも。

 

「……あ」

 

 離れた場所で紫電がGVの顔を見た。

 

「気づいた」

 

「何に?」

 

 シアンが尋ねる。

 

「そこまでは分からない。でも、あれは何か見つけた顔だよ」

 

 GVは雷撃銃を構え直した。

 

「アシモフ」

 

「何だ」

 

「今の、ありがとう」

 

 アシモフの表情が僅かに止まった。

 

「……何の話だ」

 

「教えてくれた」

 

「戦闘中だぞ」

 

「師匠だから」

 

「今は敵だと言った」

 

「両立するって言ったの、アシモフだろ」

 

 数秒。

 

「……確かに」

 

 GVが笑った。

 

「じゃあ、もう一回!」

 

 今度の射撃は明確に違った。

 

 アシモフを囲うのではない。

 

 もっと遠く。

 

 最深部の端にある床、奥の壁、高い天井、左右の支柱へとダートを散らしていく。アシモフが一つを壊せば、その破壊によって空いた位置まで含めて二つ追加し、自分たちが戦っている区域そのものへアンカーを広げていった。

 

「範囲を広げた……?」

 

 紫電が位置を追う。

 

 シアンも目で繋ぎ、自然に呟いた。

 

「……網?」

 

「今、何て言った?」

 

「え?」

 

「網って」

 

「だって、これ全部繋いだら……蜘蛛の巣みたい」

 

 紫電の目が大きくなる。

 

「……そういうことか」

 

「分かった?」

 

「ああ。ただし、それでも足りない」

 

「出力?」

 

「そうだ」

 

 蜘蛛の巣を作れたとしても、一本一本はGV自身の雷でしかない。

 

 アシモフなら一点へ力を集中し、糸ごと焼き切れる。

 

 GV自身も同じ問題へ辿り着いていた。

 

 形は見えた。

 

 だが強度が足りない。

 

 シアンへ頼み、モルフォに強化してもらえば出力は上がるかもしれない。

 

 それが嫌なわけではない。

 

 誰かの力を借りることを拒絶しているわけでもない。

 

 それはもう《蒼き雷帝》で知った。

 

 今考えたいのは、もっと強い雷を作ることではなかった。

 

「……もっと強くじゃない」

 

「何?」

 

「何でもない!」

 

 攻撃を避けながら考える。

 

 一本が弱いなら何本も張る。

 

 だが何本張っても切られる。

 

 切れたら別の線へ流す。

 

 その電力を、すべて自分で供給するのか。

 

 無理だ。

 

 では――。

 

 GVの目がアシモフの身体から絶えず漏れ続けている蒼雷へ向いた。

 

 サングラスによる抑制を外した今、アシモフは出力そのものでは圧倒的に上である代わりに、強すぎる力のすべてを身体へ閉じ込め切れていない。

 

 余剰電力が、常に周囲へ逃げている。

 

「……それだ」

 

「?」

 

 アシモフが警戒する。

 

 GVは壁へ刺さった一本へ雷撃鱗を流した。

 

 そこから隣のダートへ極細の雷線が走る。

 

 糸のような細い蒼雷がアシモフのすぐ横を通過した瞬間、身体から漏れていた電流の一部がその線へ引かれ、次のアンカーまで流れ込んだ。

 

 細かった糸が一瞬だけ強く輝く。

 

 GVの目も輝いた。

 

「これなら...できる!」

 

 アシモフはすぐに雷撃を放ってその一本を消した。

 

「まだだ!」

 

「知ってる!」

 

「今ので分かった!」

 

「何が!」

 

「アシモフの雷!」

 

「私の?」

 

「強すぎる!」

 

「それはさっきから――」

 

「だから使える!」

 

 アシモフの理解が、一瞬だけ遅れた。

 

 紫電は先に気づいた。

 

「……まさか」

 

「何?」

 

「まさか...相手の出力を利用するのか!?」

 

 シアンが目を見開く。

 

「アシモフさんが力を使えば使うほど、その漏れた電気をダートへ逃がして網へ回すってこと?」

 

「ああ」

 

 紫電は思わず笑った。

 

「アシモフが強いほど、網まで強くなる」

 

「……とんでもないこと考えるな、彼は」

 

 アシモフの声から僅かな軽さが消えた。

 

「GV」

 

「何?」

 

「それを完成させるつもりか」

 

「うん」

 

「私の目の前で?」

 

「うん」

 

「私の出力を利用する技を?」

 

「うん」

 

「私相手に?」

 

「アシモフ相手だから作れるんだろ!」

 

 アシモフは数秒黙り、やがて笑った。

 

「グッドだ」

 

「褒めた?」

 

「ああ。面白い」

 

「やった!」

 

「だが、完成させる時間を与えるとは言っていない」

 

「やっぱり!」

 

 オロチのビットとミズチの光点が同時に展開された。

 

 上方からビットの弾幕が降るのとほぼ同時に、曲射用の弾丸が側面へ飛び、さらにアシモフ本人のグリードスナッチャーが正面を塞ぐ。三種類の射撃は別々に飛んでいるのではなく、一つを避けた先へ次が来るように重ねられていた。

 

 GVは止まらない。

 

 最初の弾幕を低く走って抜け、曲がって戻ってくるミズチだけをカゲロウでやり過ごし、そのEP消費から回復するより先に天井へダートを一発撃つ。

 

 肩へグリードスナッチャーが触れる。

 

 だが、その時にはすでに次のダートを床へ撃っている。

 

 脚を掠めた射撃で身体が傾けば、その転倒そのものを利用して床を転がりながら壁へ三本目を撃ち込んだ。

 

 アシモフが雷撃鱗を纏って接近する。

 

 能力のないGVには、まともには避けられない。

 

「GV!」

 

 シアンの声が届いた時、GVは立ち上がろうとせず身体をさらに低く投げた。

 

 アシモフの肩が頭上を抜ける。

 

 完全には外せず背中を衝撃が掠めたが、それでも倒れながら銃口を真上へ向ける。

 

 天井中央。

 

 最後の一発。

 

 ダートが突き刺さった。

 

 GVは床へ伏せたままそれを見上げ、アシモフも同じ場所を見る。

 

「……そこか」

 

「これで」

 

 GVは荒い呼吸を整えながら片手を床へついた。

 

 立ち上がるのとほぼ同時に能力封印が解け、蒼雷が身体へ戻る。

 

「全部、繋がった」

 

 アシモフも改めて周囲を見た。

 

 壁、柱、床、天井、そのすべてへ散らされたダート。

 

「……なるほど」

 

 グリードスナッチャーを下ろす。

 

 代わりに右手を上げた。

 

 集まった雷が、巨大な鎖へ変わっていく。

 

「なら、私も最後まで付き合おう」

 

 GVの背筋へ震えが走った。

 

 やはり怖い。

 

 怖さがなくなったわけではない。

 

 けれど、その恐怖を理由に視線を逸らすことはもうなかった。

 

 アシモフの《VOLTIC CHAIN》が最深部を横断するほど膨れ上がり、出力へ耐えきれない設備が震え始める。

 

「シアン!」

 

「何!」

 

「見てて!」

 

 GVは避雷針を天井中央のダートへ向けた。

 

「これ、多分――僕の技になるから!」

 

「来い、GV!」

 

「行くよ、アシモフ!」

 

 引き金を絞る。

 

 ロックしたのは敵ではない。

 

 戦場だった。

 

 最初に床から壁へ雷が走り、そこから柱、天井、反対側の柱、さらに別の床へと、何十本ものダートが次々と細い蒼雷で結ばれていく。

 

 一つ一つの線は細い。

 

 アシモフの雷鎖と比べれば、容易く千切れそうなほど細い。

 

 だが一本の技ではない。

 

 一つのアンカーから複数の経路へ分岐し、上下左右へ重なりながら立体的な層を作り、最深部そのものが巨大な蜘蛛の巣へ変わっていく。

 

 GVは、その名を初めて口にした。

 

「迸れ! 蒼き雷霆(アームドブルー)!

 

「千条の雷糸(ヴォルティック・ストリング)よ!

蒼穹を駆け、縁(えにし)を紡げ!」

 

「その手を離さぬ蜘蛛網(ウェブ)となれ!」

 

「――《VOLTIC WEB STRINGER》!!」

 

 蒼い網が完成するのと、アシモフの巨大な雷鎖がぶつかったのはほぼ同時だった。

 

 最初の糸は耐えられなかった。

 

 鎖へ触れた瞬間に焼き切れる。

 

 だが破断した電流はそこで消えず、隣のアンカーへ逃げ、そこから二本の別経路へ流れ込んだ。

 

「一本ならね!」

 

 アシモフが出力を上げる。

 

 より太くなった鎖が網をまとめて破るが、その出力自体がダートへ流れ込み、破られた箇所を避けるように三本、四本と新しい糸を形成していく。

 

「出力を上げれば!」

 

 GVの指が震える。

 

 何十、何百と増える経路を同時に処理するだけで頭の奥が熱くなる。

 

「その分だけ、こっちが借りる!」

 

「ッ……!」

 

 紫電が目を見開いた。

 

「そういうことか……!」

 

 アシモフが網を破壊するために使った雷そのものが、次の網を作る電力へ変わっている。

 

 強く壊そうとするほど、別の場所が強くなる。

 

 だがアシモフも理解が速い。

 

「面白い……!」

 

 直後、出力を下げた。

 

 網へ送り込まれる電力が減り、一部の糸が弱くなった瞬間、アシモフはその隙間へ身体を滑り込ませる。

 

 力で壊せば利用される。

 

 ならば力を使わず、技術で抜ける。

 

 一つ目の糸をカゲロウで抜け、二つ目には身体を捻って触れずに通過し、三つ目だけをグリードスナッチャーで切断する。GVがそこへ別の線を回した時には、すでにアシモフは数メートル先へ進んでいた。

 

「やっぱり簡単には捕まらないか!」

 

「私を誰だと思っている!」

 

「師匠!」

 

「ならもう少し敬え!」

 

「尊敬してるから本気で捕まえようとしてるんだろ!」

 

「意味が分からん!」

 

 アシモフの銃口がGVを捉える。

 

 だが発砲寸前、近くのアンカーから伸びた一本の雷糸が手首と銃身の間へ入り込み、わずかに角度をずらした。

 

 弾丸がGVの頬の横を通る。

 

「よし!」

 

「射線まで制限するのか!」

 

「アシモフそのものを捕まえなくてもいいから!」

 

 アシモフが反対の手から雷を放って糸を切れば、切れた瞬間には別のアンカーから新しい糸が伸びる。

 

「しつこいな!」

 

「網なんだから当たり前だろ!」

 

「答えになっていない!」

 

「捕まえるまで諦めない!」

 

 戦いは、単純な出力のぶつかり合いとは違うものへ変わっていた。

 

 アシモフの雷は一本が巨大で、GVの雷は一本ずつなら細い。それでもアシモフが右へ動けば右側の経路が組み替えられ、左へ行けば左のアンカーから新しい糸が張られる。カゲロウで一度抜けても、その先にも別のアンカーが存在するため、GV自身がアシモフの移動先を完璧に読み切る必要がない。

 

「……そういうことか」

 

 アシモフの呼吸が僅かに荒くなる。

 

「私の動きを読んでいない」

 

「うん!」

 

 GVの額から汗が流れる。

 

「僕じゃアシモフの動き全部なんか読めないから、どこ行っても引っかかるようにした!」

 

「グッド!」

 

「褒めてる場合!?」

 

「完成度は高い!」

 

「まだ捕まえてない!」

 

「なら捕まえてみろ!」

 

「言われなくても!」

 

 アシモフが真正面へ加速した。

 

 網の経路を一本ずつ潰すのではなく、最短距離でGV本人へ到達して制御を崩すつもりだ。

 

 最初の糸はカゲロウで抜ける。

 

 次は肩だけを捻って触れずに通過し、三本目は身体を低くしてかわし、四本目だけをグリードスナッチャーで切った時には、すでにGVの目前まで距離を詰めていた。

 

「ッ!」

 

 拳を腕で受ける。

 

 網の制御へ意識を割いている分、反応が遅い。

 

「網を制御している間、キミ自身の反応は落ちる!」

 

 二撃目を辛うじて外したが、三撃目までは間に合わない。

 

 腹へ入る。

 

「ぐっ!」

 

 GVの身体が浮き、床へ落ちた瞬間に網の制御が乱れた。

 

 アシモフはそこを逃さない。

 

 抑えていた出力を一度だけ解放し、何十本もの雷糸をまとめて千切る。

 

「……っ!」

 

「GV!」

 

 シアンの声。

 

 大量に切られた。

 

 それでもアンカーは残っている。

 

「――まだ!」

 

 GVは片膝をついたまま雷撃鱗を再展開した。

 

「一回で完成するなんて思ってない!」

 

「なら何度でも切る!」

 

「何度でも張り直す!」

 

 アシモフが破り、GVが繋ぐ。

 

 一本が焼き切れれば、電流を二つ先のアンカーへ逃がし、そこを壊されれば壁から天井へ回す。アシモフが出力を上げればその分だけ再構築へ使える電力が増えるが、GV自身も何十もの経路を同時に判断し続けるため、視界の端が白く霞み始めていた。

 

 その時だった。

 

「GV! 右上の網が乱れている!」

 

「分かってる!」

 

「今だ、繋げ!」

 

 反射的に言われた場所を見る。

 

「あっ!」

 

 切れかけていた経路を繋ぎ直したところで、GVはようやくおかしいことに気づいた。

 

「……って、何でアシモフが教えるんだよ!」

 

「癖だ!」

 

「今はやめてよ!」

 

「無理だ!」

 

「直して!」

 

「キミが勝ったら考える!」

 

「絶対勝つ!」

 

「その意気だ!」

 

 言いながらアシモフは容赦なく突進してくる。

 

 GVは複数の糸を一枚の壁のように集めた。

 

 アシモフが雷撃でそれを破る。

 

 だが破壊された電流が横へ逃げ、新しい糸となって右腕のすぐ脇へ張られた。

 

 動きがほんの僅かに遅れる。

 

「今!」

 

 GVはそこへ網を集中した。

 

 しかしアシモフは腕へ力を込め、一気に千切る。

 

「まだ早い!」

 

「くっ……!」

 

「発想は正しい! だが一点へ集めすぎだ!」

 

 その一言で。

 

 GVの思考が止まった。

 

 一点へ集中するな。

 

 全体を見る。

 

 さっき自分へ教えたばかりの言葉だった。

 

 アシモフの腕を縛る。

 

 脚を縛る。

 

 胴を縛る。

 

 そう考えていた。

 

 だが。

 

 そもそも、身体そのものを縛る必要があるのか。

 

 攻撃できなければいい。

 

 移動できなければいい。

 

「……そうか」

 

 GVの目が変わった。

 

「捕まえるって、身体そのものを縛るだけじゃないんだ」

 

 アシモフの眉が動く。

 

「何をする気だ」

 

「教えない」

 

「……可愛げがなくなったな」

 

「アシモフの教育」

 

「責任転嫁するな」

 

 網の形が変わった。

 

 腕へ巻きつけるのではなく、銃口が通る空間そのものへ糸を置く。

 

 足を縛る代わりに踏み込める場所を交差した雷糸で塞ぎ、雷撃鱗で突進する直線上にも複数の経路を重ねていく。

 

 上へ逃げる空間も。

 

 横も。

 

 背後も。

 

 すべてを完全に埋める必要はない。

 

 アシモフが動こうとした時、その動作の途中で必ずどこかへ触れるだけでいい。

 

 網の配置が変化したことで、アシモフの動きがほんの一秒だけ止まった。

 

 GVには充分だった。

 

「そこ!」

 

 周囲のアンカーへ一斉に雷を送る。

 

 糸はアシモフの身体へ巻きつかなかった。

 

 数センチ外側を通り、腕を動かせば触れ、脚を踏み出せば触れ、銃を上げれば銃身が引っかかる位置へ立体的な檻を作る。

 

「……私を縛っていない」

 

「うん」

 

「動ける場所そのものをなくしたのか」

 

「うん!」

 

 アシモフが笑った。

 

「グッドだ」

 

 直後、全身から最大出力の雷を放った。

 

 立体的な檻が真正面から吹き飛ぶ。

 

 何十本もの糸が一斉に千切れ、アンカーのいくつかまで金属ごと抜けて飛んだ。

 

「まだ!」

 

 GVは両脚を床へ踏み込んだ。

 

「出力で全部消し飛ばす気だ!」

 

 紫電が叫ぶ。

 

 アシモフの雷はさらに強くなる。

 

 その時、GVは逃げるどころか笑った。

 

「もっと!」

 

「何?」

 

「もっと力を解放しなよ!」

 

 アシモフの動きが一瞬止まった。

 

 その僅かな間にも、網を破壊するため放出された膨大な電力が残ったアンカーへ次々と吸い込まれ、壁から床、床から柱、柱から天井へ流れていく。

 

 消し飛ばされたはずの蜘蛛の巣が、今度は先ほどより太い光を帯びて再形成された。

 

 紫電が声を上げる。

 

「逆だ!」

 

「え?」

 

「アシモフは壊してるつもりでも、結果的に網へ電力を送り続けてる!」

 

 アシモフ自身も同時に理解した。

 

「……なるほど」

 

 だが、もう網の内部には充分な電力が溜まっている。

 

「今!」

 

 GVが掌を握る。

 

 広がっていた蜘蛛の巣が一斉にアシモフへ向かう

 

 アシモフが前へ出ようとすれば前方の経路が閉じ、後ろへ身体を引けば背後の糸が距離を詰める。上へ逃げる空間も、床へ身体を沈める余地も次々と消えていった。

 

 アシモフはカゲロウを使う。

 

 一度目で抜けた先へ、網が即座に再形成される。

 

 二度目。

 

 EPがさらに減る。

 

 三度目になる頃には、残像の揺らぎ方さえ弱くなっていた。

 

「アシモフ!」

 

 GVが叫んだ。

 

「もう終わりにしよう!」

 

「まだだ!」

 

 アシモフは残った力を雷撃鱗へ集中させた。

 

 網を抜けるのではない。

 

 GV本人へ届けば制御は止まる。

 

 身体そのものを一発の弾丸へ変えるように真正面から突っ込んでくる。

 

 GVは逃げなかった。

 

 アシモフの拳が迫る。

 

 雷撃を拳へぶつければ出力差で負ける。

 

 だからGVは拳を止めようとはしなかった。

 

 動かしたのは網全体だった。

 

「――捕まえた!」

 

 拳が通る直線へ右側のアンカーから糸が伸び、そこへアシモフ自身の雷撃鱗が触れた瞬間、その電流を吸収するように別方向の糸まで強くなる。

 

 拳がGVの頬へ届く直前。

 

 止まった。

 

 左腕を動かせば銃口の前で雷糸が交差し、脚を踏み出そうとすれば床から伸びた複数の線が進行方向を塞ぐ。

 

 身体へ強い電撃を流して押さえつけているわけではない。

 

 だがアシモフが自分の力を強めれば、その力が網へ流れ込んで拘束を強化する。

 

 出力を下げれば網は弱くなる。

 

 しかし、その状態では塞がれた空間を力で突破できない。

 

 アシモフは、初めて完全に動きを止めた。

 

 二人の距離は拳一つ分もない。

 

 互いに肩で息をしていた。

 

 周囲では、巨大な蒼い蜘蛛の巣が静かに脈動している。

 

 GVはしばらくアシモフの顔を見つめていた。

 

 それから。

 

「……どう?」

 

「何がだ」

 

「今度は何点?」

 

 アシモフは数秒、呆気に取られた。

 

 やがて声を出して笑った。

 

「……ハハ。キミはこの状況で採点を聞くのか」

 

「ずっと採点してたのアシモフだろ」

 

「そうだったな」

 

 アシモフが試しに腕を数センチ動かす。

 

 網が即座に反応したため、動きを戻した。

 

「……百点」

 

 GVの顔が明るくなる。

 

「ほんと?」

 

「いや」

 

「え?」

 

「九十五点だ」

 

「何で下がった!?」

 

「技は解除方法まで考えて完成だ」

 

 GVが黙った。

 

「……」

 

「GV?」

 

 遠くからシアンの声が飛んできた。

 

 GVは視線を逸らす。

 

「……そこは」

 

「考えてないの?」

 

「今から考える!」

 

 紫電が盛大にため息を吐いた。

 

「新技の完成度が急に下がったね」

 

「うるさい!」

 

 アシモフは捕らえられたまま、まだ少し笑っている。

 

「やはり九十点だな」

 

「さらに下げるなよ!」

 

「解除できなければ私を連れて帰れない」

 

「考えるから!」

 

「急げ」

 

「なんで負けた方が偉そうなんだよ!」

 

「師匠だからだ」

 

「今は敵じゃなかったの!?」

 

「戦闘は終わった」

 

「切り替え早すぎる!」

 

 シアンがとうとう堪えきれず笑った。

 

 その声を聞いて、GVも少しだけ息を吐く。

 

 ただ。

 

 まだ一つだけ確認していなかった。

 

「アシモフ」

 

「何だ」

 

「まだやる?」

 

「この状態で?」

 

「気持ちの話」

 

 アシモフは笑みを消した。

 

 網越しに、しばらくGVを見る。

 

 戦う理由そのものは消えていない。

 

 思想まで変わったわけでもない。

 

 それでも。

 

「……ノーだ」

 

 その一言を聞いた瞬間、GVの身体から張り詰めていた力が一気に抜けた。

 

「そっか……」

 

 その場へ座り込む。

 

「……できたぁ……」

 

「GV!」

 

 シアンが駆け寄って隣へ膝をついた。

 

「大丈夫?」

 

 今度は、本当に聞かれている。

 

 GVは反射的に「うん」と返しかけてから、途中で止まった。シアンの眉はすでに寄っている。

 

「あ」

 

「禁止」

 

「……はい」

 

「じゃあ、どう?」

 

 GVは自分の身体を確かめる。

 

「すごく疲れた」

 

「痛い?」

 

「いっぱい」

 

「立てる?」

 

「少し休めば」

 

「帰れる?」

 

 その問いだけは、GVもすぐには答えなかった。

 

 けれど、迷ったからではない。

 

 少し前なら「まだ何かしなければ」と考えていた自分が、本当に今は違うことを確認したかった。

 

 そして。

 

「帰れる」

 

 はっきり答えた。

 

 シアンが笑う。

 

「うん」

 

 GVも少しだけ笑い、付け足した。

 

「ちゃんと」

 

 そう付け足したGVの声を聞いて、シアンはようやく張り詰めていた肩から力を抜いた。

 

 そのまま隣へ腰を下ろし、立てるようになるまで急かさず待つつもりらしい。GVも今度ばかりは無理に立ち上がろうとはせず、床へ両手をついて呼吸を整えながら、少し離れたところにいるアシモフへ目を向けた。

 

 《VOLTIC WEB STRINGER》はまだ解除されていない。

 

 戦闘が止まったことで激しく組み替わることこそなくなったものの、壁や柱、床、天井へ打ち込んだダートの間には青白い雷糸が残り、それらが幾重にも交差してアシモフの周囲を立体的に囲んでいた。戦っている最中には目の前の動きを追うだけで精一杯だったが、改めて全体を眺めると、確かに巨大な蜘蛛の巣と呼ぶ以外にない。

 

 紫電も同じものを見上げ、しばらくしてから口を開いた。

 

「それで?」

 

「何」

 

「どうやって出すんだい?」

 

 GVの視線が止まった。

 

 シアンが横を見る。

 

 アシモフも見る。

 

 紫電だけは、GVの反応を見た時点ですでに答えを察したらしい。

 

「……まさか」

 

「いや」

 

「考えてないのかい?」

 

「今から考える」

 

「戦闘中に新技を作る人間へ言うのも何だけど、普通は解除方法まで含めて設計するものだと思うよ」

 

「戦ってる途中だったんだから仕方ないだろ」

 

「ボクに言われてもね」

 

 網の中央から、アシモフが低く息を吐いた。

 

「だから九十点だと言った」

 

「最初百点だっただろ!」

 

「評価は更新されるものだ」

 

「厳しい!」

 

「キミを閉じ込める技ならそれでもいい。だが、私を生かして連れて帰るつもりなら解除できなければ困るだろう」

 

「……正論なのが腹立つ」

 

「師匠だからな」

 

「さっきまで敵だったのに」

 

「戦闘は終わった」

 

「切り替え早いな!」

 

 シアンが隣で小さく笑った。

 

 その笑い声にGVが不服そうな顔を向けると、シアンは口元を押さえながら蜘蛛の巣へ視線を移した。

 

「でも、これってアシモフさんの雷も使ってるんだよね?」

 

「うん。僕の雷だけでも維持はできるけど、今かなりアシモフの方から回ってる」

 

「じゃあ」

 

 シアンは少し考えた。

 

「アシモフさんが、自分の雷をできるだけ抑えたら?」

 

 GVが瞬きをした。

 

 アシモフも網を見回す。

 

「なるほど」

 

「できる?」

 

「サングラスなしでは完全には難しいが、戦闘時よりは落とせる」

 

 アシモフが呼吸を整え、身体の内側へ意識を集中させる。

 

 それまで皮膚の周囲へ絶えず漏れていた青白い電光が少しずつ小さくなり、床を這っていた余剰電流も弱まった。すると、それまで強く張られていた蜘蛛の巣の一部が目に見えて細くなる。

 

 GVの目が輝いた。

 

「お」

 

「いけそう?」

 

「多分」

 

 GVは自分の雷撃鱗も最低限まで落とし、最も外側のダートから順に通電を切っていった。

 

 一度に全部消すのではなく、一つの経路を閉じるたびに残った電流がどこへ流れるかを確かめ、別の糸へ過剰な負荷が集中しないよう順番を変えていく。作る時には戦いながらほとんど感覚だけで組み上げたものだったが、解除する段階になって初めて、その場しのぎで張り巡らせた経路が予想以上に複雑になっていることが分かった。

 

「……これ」

 

 GVが眉を寄せる。

 

「思ってたよりややこしい」

 

「作った本人が言う台詞じゃないね」

 

 紫電が即座に返した。

 

「黙ってて」

 

「ボクはかなり重要な指摘をしていると思うんだけど?」

 

「集中切れる」

 

「はいはい」

 

 一つ、また一つと雷糸が消えていく。

 

 最後にアシモフの足元を囲っていた数本を切ると、蜘蛛の巣は完全に消え、残ったのは最深部のあちこちへ刺さった大量のダートだけになった。

 

「……よし」

 

 GVが息を吐く。

 

「解除できた」

 

「シアンのアイデアでな」

 

「実行したの僕だけど」

 

「なら九十五点へ戻しておこう」

 

「百点にしてよ」

 

「次から事前に試験しろ」

 

「相手いないじゃん」

 

「私がいる」

 

 GVの顔が上がった。

 

 アシモフ自身も、言ってから気づいたようだった。

 

「……いるんだ」

 

「何がだ」

 

「これからも」

 

 アシモフは一瞬だけ言葉を失った。

 

 GVはそれ以上追及せず、小さく笑う。

 

「じゃあ、次はちゃんとテスト付き合ってよ」

 

「キミは」

 

 アシモフは額へ手を当てた。

 

「私が今、何をしようとしていたのか忘れていないだろうな」

 

「忘れてないよ」

 

「私の考えも変わったとは言っていない」

 

「うん」

 

「なら、なぜそんな話になる」

 

「別に」

 

 GVは床へ座ったまま膝を抱える。

 

「意見違うからって、もう一生会わない理由にはならないだろ」

 

 アシモフは黙った。

 

 紫電も、今度は口を挟まなかった。

 

 シアンだけが、ほんの少し嬉しそうにGVを見ていた。

 

「僕、アシモフの考えには反対だよ」

 

 GVは続ける。

 

「また同じことやろうとしたら止める」

 

「ああ」

 

「でも、アシモフ自体を嫌いになったわけじゃない」

 

「……」

 

「だから困ってるんだけど」

 

「それはこちらの台詞だ」

 

 返事があったことで、GVは少しだけ笑った。

 

 その時。

 

 最深部の壊れた通信機から、突然大きなノイズが走った。

 

『――……V……! GV!』

 

 聞き慣れた声に、GVの身体が跳ねる。

 

「モニカ?」

 

『GV!? 聞こえる!?』

 

「聞こえる! いるよ!」

 

 通信の向こうで、あからさまな安堵の息が漏れた。

 

『シアンは!?』

 

「わたしもいる!」

 

『よかった……本当に……』

 

 それだけ言ってから、モニカは一度深く息を吸ったらしい。

 

 次に出てきた声は、先ほどよりいくらか落ち着いていた。

 

『怪我は?』

 

「ある」

 

 GVが答える。

 

 シアンが少し驚いたように横を見る。

 

 以前のGVなら反射的に「大丈夫」と言っていたところだ。

 

「でも動ける。シアンも疲れてるけど意識はある」

 

『分かった。無理に動かないで。今そっちへ向かってるから』

 

「うん」

 

 そこで通信が一瞬途切れた。

 

 数秒後、今度は別の声が割り込んでくる。

 

『おいGV!』

 

「ジーノ」

 

『生きてんのか!?』

 

「生きてるよ」

 

『マジかよ……いや、マジでよかったけどよ! こっち通信切れた時は洒落になってなかったんだぞ!』

 

「ごめん」

 

『謝るなら帰ってきてからモニカにしろ。オレは横で見てたけど、あいつマジで怖かったからな』

 

『ジーノ』

 

『はい』

 

 通信越しでも分かるほど姿勢を正した声になり、GVとシアンが揃って笑う。

 

 しかし。

 

『……アシモフは?』

 

 モニカが聞いたことで、空気が変わった。

 

 GVはアシモフを見る。

 

 アシモフは逃げも隠れもせず、その場に立っている。

 

「いるよ」

 

『無事?』

 

「うん」

 

「無事の定義については議論の余地があるがな」

 

 アシモフが通信へ割り込んだ。

 

 向こうが完全に静かになった。

 

『……アシモフ?』

 

「ああ」

 

『そこにいるの?』

 

「いる」

 

『GVと一緒に?』

 

「ああ」

 

『……どういう状況?』

 

 GVは少し考えた。

 

「さっきまで戦ってた」

 

『は?』

 

 モニカの声が低くなる。

 

 ジーノの声がその後ろから飛ぶ。

 

『はあ!? 何で!?』

 

「色々あって」

 

『色々で済ませるなよ!』

 

「長いんだよ」

 

『そこ端折っていいとこじゃねぇだろ!』

 

「帰ってから話す」

 

『で!? どっちが勝ったんだよ!?』

 

 GVはアシモフを見る。

 

 アシモフもGVを見る。

 

「僕」

 

 一拍。

 

『…………マジ?』

 

「マジ」

 

『あのオッサンに!?』

 

「聞こえているぞ、ジーノ」

 

『……』

 

「ジーノ」

 

『……元気そうじゃん、オッサン』

 

「戻ったら話がある」

 

『うわ最悪』

 

「自分から言ったんだろ」

 

『GV、お前今どっちの味方だよ!』

 

「それ今かなり難しい質問なんだけど」

 

 紫電が小さく吹き出した。

 

 モニカは二人のやり取りに付き合う気はないらしい。

 

『とにかく、今からそっちへ行くわ。アシモフ』

 

「何だ」

 

『逃げないで』

 

「逃げるつもりはない」

 

『本当に?』

 

「ああ」

 

『あなたから聞きたいことが山ほどあるから』

 

「分かっている」

 

『私たちに何も言わなかったことも』

 

「……ああ」

 

『GVと戦ったことも』

 

「ああ」

 

『全部』

 

 アシモフは短く息を吐いた。

 

「……すまなかった」

 

 言い訳は続かなかった。

 

 通信の向こうでも、モニカはすぐに返事をしなかった。

 

『その話は』

 

 やがて。

 

『会ってからする』

 

「ああ」

 

『絶対よ』

 

「オーケー」

 

『そのオーケーも今ちょっと腹立つ』

 

「……すまない」

 

『謝り方まで腹立つ!』

 

 通信が切れた。

 

 しばらく誰も喋らなかった。

 

 GVがアシモフを見る。

 

「怒ってるね」

 

「知っている」

 

「怖い?」

 

 アシモフは少し考えた。

 

「……少しな」

 

 GVの顔が明るくなる。

 

「アシモフでも怖いんだ」

 

「モニカが本気で怒った時に怖いことくらい、キミも知っているだろう」

 

「うん」

 

「なら共通認識だ」

 

「仲間だね」

 

「そこを基準にするな」

 

 シアンがまた笑った。

 

 紫電は、そんな三人と崩壊した最深部を交互に見ながら呟く。

 

「……ずいぶん平和だね」

 

 GVが即座に振り向いた。

 

「誰のせいだと思ってるの」

 

「キミも含めてだよ。ここをここまで壊したの、半分くらいキミだろう?」

 

「紫電が《天主》になったからだろ!」

 

「キミが《蒼き雷帝》になったからだ!」

 

「先にやったの紫電!」

 

「それで反撃に巨大化する必要はないだろう!」

 

「必要だったよ!」

 

「キミたち」

 

 アシモフが呆れたように割って入る。

 

「子供か?」

 

 GVと紫電が同時に振り向いた。

 

「アシモフに言われたくない」

 

「なぜ私まで!?」

 

 今度こそシアンは声を出して笑った。

 

 その笑いが静まりかけた頃、通路の奥から複数の足音が聞こえてきた。

 

 最初に姿を現したのはモニカだった。

 

 そのすぐ後ろからジーノも続く。

 

「GV!」

 

 モニカは最深部へ入った瞬間、アシモフより先にGVとシアンのところへ向かった。

 

「怪我見せて」

 

「え」

 

「早く」

 

「はい」

 

 反射的に従ったGVの腕や顔、腹部を確かめ、次にシアンの状態まで確認して、二人とも今すぐ命に関わる状態ではないと判断したところで、ようやくモニカは大きく息を吐いた。

 

「……よかった」

 

 その声だけは、怒りより先に安堵が出ていた。

 

「ごめん」

 

 GVが言う。

 

「本当に」

 

「怒るのは後」

 

「後なんだ」

 

「後よ」

 

「……はい」

 

 ジーノも近づき、GVの頭を軽く小突いた。

 

「痛っ」

 

「生存確認」

 

「普通に見れば分かるだろ」

 

「通信切れた奴にはこれくらいする権利があるぜ」

 

「ないよ」

 

「ある」

 

「ない」

 

「ある」

 

「そこまで」

 

 モニカに止められ、二人とも口を閉じた。

 

 それから。

 

 モニカの視線がアシモフへ向いた。

 

 さっきまでとは明らかに違う空気が流れる。

 

「……アシモフ」

 

「モニカ」

 

「本当に」

 

 一歩。

 

 モニカが近づく。

 

「何してるのよ」

 

 怒鳴らなかった。

 

 その方が、GVには怖かった。

 

「すまない」

 

「謝って終わる話じゃないわ」

 

「ああ」

 

「私たちに何も言わないで勝手に計画して、皇神のデータを持ち出そうとして」

 

「ああ」

 

「その上、GVと戦った?」

 

「ああ」

 

「『ああ』じゃない!」

 

 結局怒鳴った。

 

 アシモフが僅かに首を引く。

 

「オーケー」

 

「そのオーケーやめて!」

 

「分かった」

 

「素直に言い換えればいいって話でもない!」

 

 アシモフが黙る。

 

 GVが小声で言った。

 

「アシモフ、今は何言っても駄目だと思う」

 

「そのようだ」

 

「他人事みたいに言わない!」

 

 さらに怒られた。

 

 ジーノはいつものように笑おうとしたものの、アシモフの顔を見ると途中でやめた。

 

「……なあ、アシモフ」

 

「何だ」

 

「マジだったのか」

 

 軽さが消えた声だった。

 

「能力者の時代がどうとか。皇神が倒れた後、自分でやるとか」

 

「ああ」

 

「オレらに黙ってたのも」

 

「……ああ」

 

「GVを誘ったのも」

 

「ああ」

 

「断られて戦ったのも」

 

「正確には――」

 

「今は細けぇ言葉の違いじゃねぇよ」

 

 ジーノは目を逸らさない。

 

「全部、マジだったんだな」

 

 アシモフも目を逸らさなかった。

 

「ああ」

 

「……そっか」

 

 ジーノはそれ以上言わず、唇を噛むようにして顔を背けた。

 

 モニカはそんな二人を見てから、一度大きく息を吸った。

 

「ここで全部やる話じゃないわ」

 

 声を落ち着かせる。

 

「まず出る。施設自体がまだ安定してないし、負傷者もいる。話は安全なところで、全員いる時にする」

 

「分かった」

 

 アシモフが答える。

 

「GVも」

 

「うん」

 

「シアンも」

 

「はい」

 

「それから」

 

 モニカが紫電を見る。

 

「あなたも」

 

 紫電が自分を指した。

 

「ボクも?」

 

「当然でしょ」

 

「一応、ボクは敵側なんだけど」

 

「今は負傷者」

 

「いや、それはそうだけど、ボクは皇神の――」

 

「歩ける?」

 

「……難しい」

 

「じゃあジーノ」

 

「え、オレ?」

 

「肩貸して」

 

「何でオレ!?」

 

「私、こっち二人見るから」

 

 シアンとGVを示され、ジーノは紫電を見る。

 

 紫電もジーノを見る。

 

「……よろしく?」

 

「お前絶対今楽しんでんだろ」

 

「少しね」

 

「やっぱ自分で歩け」

 

「無理だと言ってるだろう?」

 

「じゃあその態度を改めろ!」

 

「負傷者へ厳しくない?」

 

「お前さっきまで敵だったんだぞ!」

 

 モニカが額を押さえた。

 

「もう……」

 

 GVがシアンへ小声で言う。

 

「紫電も怒られてる」

 

「GV」

 

「何?」

 

「あなたもだからね」

 

「……はい」

 

 紫電が小さく笑う。

 

「教育されてるね」

 

「紫電」

 

「何だい?」

 

「ジーノ、やっぱ置いていっていいよ」

 

「急に厳しくない!?」

 

 そんなやり取りの中で。

 

 GVはふとアシモフを見た。

 

 アシモフもこちらを見ていた。

 

 何も解決していない。

 

 アシモフの思想が消えたわけでも、GVが納得したわけでもない。モニカとジーノが何を言うのかも分からないし、皇神がこの先どうなるのかという問題も、そのまま残っている。

 

 それでも。

 

「アシモフ」

 

「何だ」

 

「帰ろう」

 

 アシモフは一瞬だけ黙った。

 

「私もか?」

 

「全員って言っただろ」

 

「私はキミと戦ったばかりだぞ」

 

「知ってる」

 

「私の計画も終わったとは言っていない」

 

「それも知ってる」

 

「なら――」

 

「だから話すんだろ」

 

 GVは立ち上がろうとして、脚へ力が入らず僅かに身体を揺らした。

 

 アシモフの腕が反射的に伸びる。

 

 GVはその腕を掴んで姿勢を戻した。

 

「ほら」

 

「何がだ」

 

「まだ必要」

 

 アシモフが黙る。

 

「モニカに怒られて、ジーノにもちゃんと話して、僕ともまた話して。それから考えればいいだろ」

 

「……キミは」

 

「何?」

 

「本当に面倒な子に育ったな」

 

「アシモフが育てたんだろ」

 

「そこだけは責任を感じる」

 

「ひどいな」

 

 GVが笑う。

 

「だから責任取って」

 

「何を」

 

「帰って」

 

 アシモフは長くGVを見た。

 

 やがて、小さく息を吐く。

 

「……オーケー」

 

「うん」

 

 シアンが二人の横へ来て、GVの袖をそっと掴んだ。

 

「今度こそ?」

 

「うん」

 

 GVは周囲を見た。

 

 シアン。

 

 モニカ。

 

 ジーノ。

 

 紫電。

 

 そしてアシモフ。

 

 誰一人として同じ答えを持っていない。

 

 それでも今は。

 

「帰ろう」

 

 その言葉にだけは、誰も反対しなかった。

 

 アメノウキハシの最深部を離れ、地上へ向かう昇降機に乗り込む頃には、全員がさすがに疲れ切っていた。

 

 紫電は簡易座席へ腰を下ろし、結局その隣には肩を貸したジーノが立っている。モニカはアシモフのすぐ近くを確保し、本人が「逃げない」と言っても警戒を解く気はないらしい。アシモフもそこへ文句を言わず、黙って壁へ背を預けていた。

 

 GVは窓際へ寄ったところで脚から力が抜けかけ、今度は無理をする前に素直に床へ腰を下ろした。

 

「……座るんだ」

 

 隣へ来たシアンが少し意外そうに言う。

 

「学習した」

 

「ほんとに?」

 

「たぶん」

 

「そこは自信持ってよ」

 

 シアンもGVの隣へ座った。

 

 窓の向こうには、まだ夜が残っている。

 

 けれど、遠い空の端だけが少しずつ薄くなり始めていた。

 

「朝だね」

 

「うん」

 

「長かった」

 

「すごく」

 

 GVは壁へ後頭部を預けた。

 

 皇神。

 

 能力者。

 

 紫電。

 

 アシモフ。

 

 これから考えなければならないことはいくらでも残っている。

 

 皇神という巨大な仕組みが壊れた後、誰が何をするのか。

 

 能力者をどう守るのか。

 

 能力者ではない人とどう生きていくのか。

 

 アシモフの考えをどうするのか。

 

 紫電が守ろうとしていたものを、どこまで残すべきなのか。

 

 答えは一つも出ていない。

 

 それでも今は、分からないものを全部抱えて立ち続ける必要はない。

 

「GV」

 

「何?」

 

「帰ったら何したい?」

 

 シアンに聞かれ、GVは少し考えた。

 

「……寝たい」

 

 シアンが一秒だけ固まり、それから吹き出した。

 

「そこ?」

 

「だって眠い」

 

「わたしもだけど」

 

「じゃあ決まり」

 

「その前にお風呂」

 

「え」

 

「GV、先」

 

「なんで」

 

「一番ボロボロだから」

 

「シアンもだろ」

 

「わたしはGVほどじゃない」

 

「でも――」

 

「GV」

 

「……はい」

 

 少し離れた場所から紫電が口を挟む。

 

「キミ、彼女には本当に弱いね」

 

「紫電」

 

「何だい?」

 

「寝てて」

 

「ボクは子供じゃないよ」

 

「僕と二歳くらいしか違わないだろ」

 

「立場が違う」

 

「今はただの負傷者」

 

「それを言うならキミもだろう?」

 

「お前ら元気じゃねぇか……」

 

 ジーノが呆れたように言ったところで、モニカが全員を見回した。

 

「もう、静かにしてなさい!」

 

 昇降機の中が一斉に静かになる。

 

 数秒後、シアンが小さく笑い、それにつられてGVも笑った。ジーノは肩を竦め、紫電は「やれやれ」と小さく息を吐き、アシモフだけは窓の外へ視線を向けたまま、僅かに口元を緩めていた。

 

 やがて地上へ近づくにつれて、通信設備が少しずつ復旧し始める。

 

 昇降機が一度大きく揺れた時、GVの身体も横へ傾き、すぐ隣にいたシアンが袖を掴んだ。

 

「ほら」

 

「……ありがとう」

 

「ちゃんと帰るんでしょ?」

 

「うん」

 

 GVは今度こそ迷わず答えた。

 

「ちゃんと帰る」

 

 その言葉を聞いていたのか。

 

「GV」

 

 反対側からアシモフが呼んだ。

 

「何?」

 

 GVが顔を向ける。

 

 アシモフはサングラスを掛け直していた。

 

 いつもの姿だった。

 

 フェザーで任務を受けていた頃、何度も見た姿。

 

 だからこそ、次の言葉もすぐに分かった。

 

「グッドラック、GV」

 

 GVの表情が止まる。

 

 何度聞いただろう。

 

 任務へ向かう前。

 

 フェザーから外へ出る時。

 

 まだアシモフの背中を追うことしかできなかった頃、その言葉はいつも「無事に戻ってこい」という意味だった。

 

 けれど今は違う。

 

 もう、アシモフから与えられたミッションへ向かうわけではない。

 

 これからどこへ行くのかも、何を選ぶのかも、自分で決める。

 

 アシモフ自身、その答えへ賛成しているわけではない。

 

 むしろ、これから先も何度だって意見はぶつかるのだろう。

 

 それでも。

 

「……何それ」

 

「何がだ」

 

「なんか、お別れみたい」

 

「違うのか?」

 

「違うよ」

 

 GVは即答した。

 

「アシモフも帰るんだから」

 

「……そうだったな」

 

「モニカに怒られて」

 

「それは避けたいがな」

 

「無理でしょ」

 

「GV」

 

「何」

 

「そこは少し庇え」

 

「嫌だよ。僕も怒ってるし」

 

「そうか」

 

「うん」

 

 GVは少しだけ笑った。

 

「だから、その言葉」

 

「何だ」

 

「次からも言ってよ」

 

 アシモフが黙る。

 

「任務じゃなくても」

 

 GVは窓の外を見る。

 

 夜が終わり始めている。

 

「僕が何か自分で決めた時に」

 

 シアンが隣で静かに聞いている。

 

「正しいかどうか分からなくても」

 

 少し考えてから続ける。

 

「それでも行ってこいって意味で」

 

 アシモフはしばらく何も言わなかった。

 

 やがて、ほんの僅かに笑う。

 

「注文が多いな」

 

「アシモフが育てた」

 

「何でも私のせいにするな」

 

「半分くらいはアシモフのせい」

 

「なら残り半分は?」

 

 GVは隣を見る。

 

 シアンが目を丸くした。

 

「……色んな人」

 

「随分増えたな」

 

「うん」

 

 GVは笑った。

 

「増えた」

 

 それでいい。

 

 一人だけの答えではなく。

 

 一人だけの力でもなく。

 

 それでも最後に選ぶ時は、自分で選ぶ。

 

 誰かが代わりにハンドルを握るのではない。

 

 分からないままでも、自分で行く。

 

 そして、間違えたら。

 

 その時はまた誰かと話せばいい。

 

 止められることもある。

 

 喧嘩することもある。

 

 それでも帰って、また考える。

 

 昇降機が地上階へ近づき、扉の向こうから朝の光が細く差し込み始めた。

 

 GVはゆっくり立ち上がった。

 

 脚はまだ痛い。

 

 身体も重い。

 

 それでもシアンが隣にいる。

 

 後ろにはモニカとジーノがいて、紫電までいる。

 

 そしてアシモフもいる。

 

 GVは開き始めた扉へ向かって一歩踏み出した。

 

 その背中へ。

 

 今度は少しだけ柔らかい声が届いた。

 

「――グッドラック、GV」




「わたしは、GVからたくさんのものをもらった」

「自由をもらった」

「自分で選んでいいって教えてもらった」

「好きなものが増えた」

「友達ができた」

「学校へ行けるようになった」

「それから――帰る家もできた」

「……本当に、いっぱい」

「だからね。ずっと考えてたんだ」

「じゃあ――わたしはGVに、何をあげられたんだろうって」

「最初は、何もないと思ってた」

「助けてもらったのは、わたしで」

「家に連れて帰ってもらったのも、わたしで」

「知らないことを教えてもらったのも、わたしだったから」

「でも――たぶん、違う」

「わたし、GVに『おかえり』って言えるようになった」

「ご飯を一緒に食べて」

「映画を見て」

「くだらないことで喧嘩して」

「無茶したら怒って」

「疲れてるなら、ちゃんと疲れたって言わせて」

「GVが帰ってくるのを、待ってた」

「……それくらいしか、してないけど」

「でもね」

「もしかしたらGVにとっては――」

「それが、必要だったのかもしれない」

「わたしに帰る場所をくれたGVへ」

「わたしは――帰ってきたい場所を、あげられたのかな」

「次回、蒼き雷霆ガンヴォルト」

「エピローグ――『僕たちは隣人』」

「今はもう、GVがいなくても出かけられる」

「友達だっている」

「学校だって楽しい」

「一人でやりたいことだって、いっぱいある」

「だから――ちゃんと分かる」

「これは、助けてもらったからじゃない」

「一人じゃ何もできないからでもない」

「わたしが、自分で選んだ気持ち」

「ねえ、GV」

「わたし――」

「GVのことが――」


次回も、グッドラック

紫電戦、最高だった?

  • 最高だった
  • いや...キツいっすわ
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