『隣人GV ―もしもスパイディの影響を受けたGVなら―』 作:幸田市
目を覚ました時、最初に覚えた違和感は、静けさだった。
カーテンの隙間から差し込んだ光が、床を白く切り取っている。窓の向こうを車が一台ゆっくり通り過ぎ、少し遅れて、どこかの家から掃除機の低い音が聞こえてきた。
警報もない。金属が軋む音も、銃声も、雷鳴もない。
GVは枕に頭を沈めたまま、しばらく天井を見つめた。
最後に覚えているのは、アシモフの銃口と、撃ち返した蒼い雷。
まともに力の入らなくなった脚で、それでもシアンと二人、家まで帰った。
帰り道、何を話したのだったか。そこはもう曖昧だった。ただ、隣を歩いていたシアンの声だけは、ぼんやりと耳に残っている。
玄関を開けた。
エリーゼの顔を見た。
モルフォが何か怒鳴っていた。
たぶん、自分も何か返した。
そこまでは覚えている。
その先が、ない。
「……僕、寝たんだっけ」
『やっと起きた』
すぐ横から声がした。
端末の上にモルフォが浮かんでいる。腕を組み、見るからに言いたいことが山ほどありそうな顔だった。
「おはよう」
『昼よ』
「じゃあ、おそよう」
『起きて五秒でそれ言えるなら、頭は無事みたいね』
「そこ確認してたの?」
『アンタの場合は必要でしょ』
起き上がろうとして、途中で止まった。
重い。
どこかが強く痛むわけではない。ただ、身体の芯に疲労が沈んでいる。腕も脚も、自分のものなのに普段より一拍遅れてついてくる。
ベッドから足を下ろし、立ち上がる。
膝がわずかに揺れた。
『ほら』
「今のは寝起き」
『二日近く寝た人間が使っていい言い訳じゃないのよ、それ』
「二日?」
眠気が一気に飛んだ。
「……二日?」
『二回言っても変わんない』
「そんな寝た?」
『途中で水飲んだり、シアンと喋ったりはしてたけど』
「何話した?」
『覚えてないの?』
「全然」
『昨日なんて、シアン見て“まだ起きてるの?”って聞いたあと、自分はそのまま部屋戻ったわよ』
GVは数秒黙った。
「……感じ悪いな、僕」
『今さら気付いた?』
「そこまで?」
『そこまでは言ってない』
部屋を出る。
階段へ向かう途中で、下から味噌汁の匂いが上がってきた。焼き魚の香ばしさも混ざっている。
途端に腹が鳴った。
GVは自分の腹を見下ろした。
「……お腹空いた」
『二日ぶりにまともに起きて、最初にちゃんと分かったことがそれ?』
「大事でしょ」
『まあね』
「世界のこと考えるのは、ご飯のあとでいいよ」
『そこまで大きい話してないわよ』
手すりへ軽く触れながら階段を下りる。
リビングへ顔を出すと、台所に立っていたシアンが振り返った。
「あ」
ほんの一瞬、菜箸を持つ手が止まる。
昨日まで同じ家にいて、二日前には一緒にここまで帰ってきたはずなのに、きちんと起きて歩いているGVを見たことで、ようやく何かがほどけたような顔だった。
けれど、それもすぐにいつもの表情へ戻る。
「おはよう、GV」
「おはよう」
「ちゃんと起きてる?」
「たぶん」
「たぶんじゃ困る」
「じゃあ起きてる」
「何それ」
シアンは眉を寄せながら、GVを上から下まで見る。
「まだちょっとふらついてない?」
「階段は普通に降りられたよ」
「普通に階段降りられることを自慢しないで」
「そんなつもりじゃないんだけど」
「じゃあ座って」
「まだ何もしてないよ」
「する前に言ってるの」
テーブルではエリーゼが朝食を前にしていた。
「おはようございます、GVさん」
「おはよう」
「本当に、よく寝ていましたね」
「二日らしいよ」
エリーゼが首を傾げる。
「自分のことなのに“らしい”なんですか?」
「途中の記憶がないから」
「昨日、一度起きていましたよ」
「そうなの?」
「はい。わたしを見て、“エリーゼいたんだ”って」
「それだけ?」
「そのあと、すぐ寝ました」
「……ごめん」
「いえ、それは別に」
エリーゼがくすりと笑った。
その間に、GVは食器棚へ向かう。
「GV」
「ん?」
「何してるの?」
「皿出そうと思って」
「今日は座ってて」
「これくらいなら――」
「今日は、座ってて」
二度目だけ、少し声が強かった。
GVは伸ばしかけた手を止めた。
振り返る。
シアンはいつも通りの顔をしている。
ただ、目の下には薄く疲れが残っていた。
二日前、一緒に帰ってきた時よりはずっとましだった。それでも、自分が眠っているあいだ何度も様子を見に来ていたのだろうと、そのくらいは分かる。
GVは何も言わず、手を引っ込めた。
「……はい」
『珍しい』
「モルフォまで言わなくていいでしょ」
「今日は素直でいいの」
「僕、普段そんなに聞き分け悪い?」
シアンとモルフォが、ほとんど同時にこちらを見た。
GVも二人を見返す。
「……何その間」
『自覚ないのが一番タチ悪いのよね』
「GV、ほんとに今日は座ってて」
「分かったって」
席に着く。
少しして、味噌汁と焼き魚が並んだ。
味噌汁を一口飲む。
少し濃い。
けれど、疲れの残る身体には、その塩気がちょうどよかった。
「おいしい」
「ほんと?」
「うん。ちょっと濃いけど」
「あ」
シアンの眉が下がる。
「やっぱり濃かった?」
「でも今はこれくらいがいい」
「……ならいいけど」
『昨日から味見しすぎて分かんなくなってたのよ、この子』
「モルフォ!」
「そうなの?」
「違うから!」
『三回くらい味見してたじゃない』
「それ普通でしょ!」
「僕が寝てる間ずっと作ってたの?」
「ずっとなわけないでしょ!」
思ったより大きな声が出て、シアン自身が一番驚いたようだった。
ふいっと目を逸らす。
「……ただ、起きた時すぐ食べられるようにしてただけ」
GVは椀を持ったまま、少しだけシアンを見る。
「ありがと」
「……うん」
『あら』
「モルフォは何も言わなくていい!」
『まだ何も言ってないでしょ』
「言う顔してた」
『顔で有罪にしないでくれる?』
「だいたい当たってるじゃん」
『シアンまで!?』
食卓に笑いが落ちる。
そこでエリーゼが、何か思い出したように冷蔵庫へ目を向けた。
「あの……」
「ん?」
「昨日買ったプリンなんですけど」
「あ」
シアンも思い出したらしい。
「二個あったよね」
「わ、わたしは一個だけです」
エリーゼの背筋がすっと伸びた。
目つきも少し鋭くなる。
「アタシよ。二個くらい買ってもいいでしょ」
「やっぱり3じゃん」
「何よ。安かったのよ」
「でも2も食べたがってたよね」
GVが言うと、エリーゼは一瞬黙った。
「……あれは勝手に狙ってただけ」
「同じ身体で勝手に狙うってどういう状態なの?」
「細かいわね」
『いや、そこはアタシもちょっと気になる』
「モルフォまで乗らないでよ」
やがて肩から力が抜け、表情も柔らかく戻った。
「……すみません」
シアンがすぐに顔を向ける。
「何で謝るの?」
「二個も買ってしまって……」
「プリンでしょ?」
「でも――」
「食べたかったならいいじゃん」
シアンはあっさり言って、焼き魚を一口食べた。
「次から、誰のか分かるように名前書いとけばいいよ」
「それ、僕の分にも使える?」
「GVも食べられると思ってる?」
「え」
『そこなの?』
「僕のプリンないの?」
「今ないよ」
思っていたより即答だった。
GVは箸を止めた。
「……戦いより厳しいな」
「自分で買ってきて」
「元気になったらね」
「じゃあ早く元気になって」
「それ、目的変わってない?」
「変わってないよ。元気になってほしいし、プリンも自分で買ってほしい」
「二つあった」
「両方本音」
『欲張りね』
「モルフォに言われたくない!」
シアンが笑い、エリーゼもつられて笑った。
モルフォまで呆れたように肩をすくめながら、口元だけは緩んでいる。
GVはもう一度、味噌汁を飲んだ。
やっぱり少し濃い。
でも、悪くなかった。
二日前は、シアンと並んでこの家へ帰ってきた。
その時はまだ、身体にも頭にも戦いの熱が残っていて、玄関をくぐったというだけで精一杯だった。
今は違う。
目の前ではシアンがプリンの話をして、エリーゼが笑って、モルフォが余計な一言を挟んでいる。
その騒がしさを眺めているうちに、ようやく実感が追いついてきた。
帰ってきた、というより。
また、ここで暮らし始めたのだ。
三日ほど経ってから、GVはフェザーへ顔を出した。
身体に残っていた重さも、普段通り歩くぶんにはほとんど気にならなくなっている。出掛ける前、シアンには「無茶しないで」と二度言われ、モルフォには三度言われた。
今日は任務でも訓練でもない。
だから大丈夫だと言ったら、二人とも同じ顔をした。
信用がない。
施設へ入ってすぐ、GVは少しだけ足を止めた。
人はいる。むしろ、以前より忙しそうなくらいだった。
けれど、誰も武器を抱えて走ってはいない。廊下を行き交う職員たちが持っているのは、端末や分厚い紙束ばかりだ。壁際には使われなくなった装備ケースがまとめられ、開け放された部屋からは誰かが書類をめくる音がする。
戦いが終わったから暇になったわけではないらしい。
ただ、忙しさの種類が変わった。
「……こっちの方が大変そう」
小さく呟きながら作戦室の扉を開ける。
「お」
端末へ向かっていたジーノが、椅子ごと勢いよく振り返った。
「来たな、二日間ログアウト野郎」
「まだそれ言うの?」
「本人が来た時に言うため取っといた」
「わざわざ?」
「そりゃそうだろ。オマエが二日寝るとかレアイベントだぞ」
「もう一日寝てたら?」
「強制切断」
「何から?」
「人生」
「怖いな、そのゲーム」
「コンティニューあってよかったな」
ニヒヒヒッ、といつもの調子で笑う。
そのまま何か続けるのかと思ったが、ジーノは一度だけGVの顔をじっと見た。
「……まあ、戻ったな」
「何が?」
「顔色」
「そんな悪かった?」
「帰ってきた直後? マジで死人みてーだったぞ」
「それ本人に言う?」
「今だから言ってんだよ」
椅子の背に腕を預けたまま、ジーノは少しだけ声を落とした。
「あと一日長かったら、笑ってねぇよ」
GVは一瞬だけ黙った。
「……ごめん」
「おい」
「何?」
「急に素直になるな。オレが怒れなくなるだろ」
「じゃあ取り消す?」
「それはそれでムカつく!」
「難しいなあ」
「オマエがな!」
「GV」
横から声が飛んだ。
振り返ると、モニカが端末を片手に立っていた。
「来たなら、先に医療班へ行くって話じゃなかった?」
「誰から聞いたの?」
「シアン」
「早い」
「あなたが遅いの」
モニカは近くの椅子を足で少し引いた。
「座って」
「今日それ何回目だろ」
「まだ座ってないんだから、回数は関係ないでしょ」
「理屈が強い」
「いいから」
素直に腰を下ろす。
モニカは手首を取り、脈を確認したあと、瞳孔を見た。動きに無駄がない。
「頭痛」
「ない」
「吐き気」
「ない」
「立ちくらみ」
「朝ちょっと」
モニカの指が止まった。
「ちょっと?」
「ほんとにちょっと」
「その“ちょっと”、誰基準?」
「僕」
「じゃあ駄目ね」
「即答だ」
ジーノが横から笑う。
「実績だよ、実績」
「何で二人とも同じこと言うの」
「同じもの見てるからよ」
モニカは端末へ結果を入力し、ようやくGVの手を離した。
「大きな異常はなし。疲労はまだ残ってるから、しばらく無茶は禁止」
「分かった」
「今考えたわよね」
「考えてないよ」
「じゃあ何で一拍空いたの?」
「返事する間」
「GV」
「分かったって」
「ならいいわ」
ようやく解放され、GVは立ち上がった。
作戦室を見回す。
以前なら任務情報や監視映像で埋まっていた机の上に、今は見慣れない書類が何段にも積まれている。
皇神の名前が入ったものも多かった。
「これ、全部そっちの話?」
「ほとんどな」
ジーノが山の一つから紙を抜いた。
「施設の引き継ぎ、保護してる連中の今後、情報共有。あと向こうからの照会」
「多いね」
「撃ち合う方が早かったとか言うなよ?」
「まだ何も言ってないよ」
「顔に出てる」
「そんな顔ある?」
「ある。『これ全部読むの?』って顔」
GVは書類の山を見る。
「……ちょっと思った」
「だろ?」
ジーノは笑って、その紙を元の場所へ戻した。
「ま、面倒なのは確かだ。昨日まで敵だった連中と、今日からよろしくお願いしますってわけにもいかねぇし」
「皇神の方も同じでしょ」
「そうね」
モニカも机へ端末を置いた。
「フェザーを信用できない人もいるし、こっちにも皇神と関わること自体を嫌がってる人はいるわ」
「じゃあ、まだ決まってない?」
「大枠だけね。細かいところはこれから」
GVは机の端にあった一枚を手に取った。
数行読む。
もう一度読む。
眉を寄せる。
「……難しい」
「そこかよ」
「もっと簡単に書けばいいのに」
「それはオレも思う」
「ジーノ」
「はい」
モニカに見られ、ジーノがすぐ黙る。
GVはもう一度紙へ目を落とした。
フェザーを残すのか。
皇神とどこまで協力するのか。
今まで保護してきた能力者をどうするのか。
どれも、自分一人で決めていい話ではない。
そもそも、自分に決められるとも思わなかった。
「GVは?」
モニカが聞いた。
「何が?」
「どうしたい?」
「僕?」
「決めて、じゃないわよ。聞いてるだけ」
GVは少し考えた。
「……分からない」
ジーノは茶化さなかった。
モニカも続きを待つ。
「でも、ずっと敵のままなのも変じゃない?」
「まあな」
「皇神がやったこと全部なかったことにするのは嫌だけど、フェザーが全部正しかったとも思わないし」
紙を机へ戻す。
「だったら、一回話してみればいいんじゃないかな」
「話して、また揉めたら?」
ジーノが聞いた。
「その時また考える」
「軽っ」
「だって、まだ揉めてないでしょ」
「揉める前に準備すんのも大事なんだよ」
「じゃあそこはジーノたちに任せる」
「丸投げ!?」
「得意な人がやった方がいいじゃん」
「こういう時だけチームプレイうめぇな、オマエ!」
「褒めてる?」
「半分だけ!」
モニカが小さく笑った。
「まあ、一人で全部抱え込まないって意味なら悪くないわね」
「僕、最初から抱えるって言ってないよ」
「言わないまま持ってくから言ってるの」
「また実績?」
「実績」
「強いなあ、その言葉」
GVが苦笑したところで、作戦室の扉が開いた。
「同感だ」
聞き慣れた声だった。
GVが振り向く。
入口に、アシモフが立っていた。するとジーノがわざとらしく椅子から立ち上がった。
「お、ちょうどいい。モニカ、例のログ見に行こうぜ」
「そうね」
あまりにも露骨だった。
GVが二人を見る。
「……それ、今じゃないと駄目?」
「今なんだよ」
「絶対違うでしょ」
「ニヒヒヒッ。気にすんなって」
ジーノはそのまま部屋を出ていき、モニカも一度だけGVとアシモフを見てから後に続いた。
扉が閉まる。
急に静かになった。
「……分かりやすいなあ」
「気を遣われたんだ。受け取っておけ」
「アシモフは平気なの?」
「何がだ」
「二人きり」
アシモフは僅かに眉を上げた。
「今さらだろう」
「まあ、そうなんだけど」
そこで会話が途切れた。
昔なら、こんな沈黙を気にしたことはなかった。
訓練のあとも、任務の前も、アシモフが資料を読んでいる横でGVが勝手に映画雑誌を開いていることもあった。話したくなれば話し、そうでなければ黙っている。それで済んだ。
今は、その頃と同じようにはいかない。
アシモフもそれを分かっているのだろう。しばらく何も言わなかった。
「GV」
「うん?」
一拍置いて、アシモフが口を開いた。
「キミは……私を許すな」
GVは目を瞬いた。
「……何でアシモフが決めるの」
反射的に出た。
アシモフの目が僅かに細くなる。
「私がキミへしたことを考えれば、それが妥当だ」
「それも僕が考えることじゃない?」
「……」
「僕が許すかどうかまで、アシモフが決めるの?」
今度は、はっきり黙った。
GVは机の端へ軽く腰を預ける。
「アシモフ、前もそうだったよ」
「何がだ」
「僕のことなのに、先に答え決めるとこ」
「……」
「僕がどうするか。何を選ぶか。どう思うか」
そこで少しだけ眉を寄せた。
「今度は“許すな”って決めるの?」
アシモフは視線を逸らさなかった。
「私はキミを利用した」
「うん」
「キミの意思より先に、キミの未来を決めようとした」
「うん」
「それをした私が、許されるべきではないと考えた」
「それ」
GVがすぐに指を差した。
「またアシモフの答えじゃん」
数秒の沈黙。
やがてアシモフが小さく息を吐いた。
「……グッドな指摘だ」
「褒めるところ?」
「誤りを正しく指摘された。評価は必要だろう」
「そういうとこだよ」
「何がだ」
「すぐ先生に戻るとこ」
「長年の習慣だ」
「治らなさそう」
「簡単にはな」
その返しが妙にいつも通りで、GVは少しだけ笑った。
アシモフの口元も、ごく僅かに緩む。
張っていた空気が、それで少しだけほどけた。
「僕、まだ分からないよ」
「何がだ」
「許せるか」
アシモフは今度こそ、口を挟まなかった。
「怒ってないわけじゃないし。アシモフがやったこと、普通に嫌だった」
「当然だ」
「でも、嫌いにもなれない」
GVは困ったように笑う。
「そこが一番面倒かも」
「……そうか」
「うん」
「なら――」
「今また決めようとした?」
アシモフの口が止まった。
「……まだ何も言っていない」
「言おうとはしたでしょ」
「半分ほどな」
「半分はまだ素なんだ」
「悪い癖だ」
「知ってる」
GVが笑う。
アシモフも観念したように息を吐いた。
「では、訂正しよう」
「うん」
「キミがどうするかは、キミが決めろ」
「それならいい」
「ただし、急ぐ必要はない」
GVがじっと見る。
「……それも決めてない?」
「助言だ」
「便利だなあ、その言葉」
「区別は必要だ」
「アシモフ、ちょっと楽しんでるでしょ」
「否定はしない」
「そこは認めるんだ」
また少し笑った。
何も元通りにはなっていない。
それでも、アシモフが勝手に決めれば、GVが止める。GVが言い返せば、今度はアシモフが聞く。
少なくとも、以前とは違うところから話し直すことはできそうだった。
GVは机から離れ、扉へ向かった。
「じゃあ、僕そろそろ行くね」
「そうか」
「何?」
「いや」
アシモフは少しだけ目を細めた。
「以前なら、そこで私が次の予定まで決めていたと思ってな」
「自覚あるんだ」
「今さらだがな」
「じゃあ進歩じゃない?」
「キミに評価されるとは思わなかった」
「グッドな指摘だった?」
「調子に乗るな」
「そこはいつも通りだ」
GVが扉へ手を掛ける。
「GV」
「うん?」
振り返る。
アシモフは、もう何かを言い聞かせるような顔はしていなかった。
「グッドラック」
何度も聞いた言葉だった。
任務へ向かう時。危険な場所へ踏み込む時。
必ず帰ってこいと、そう言われているような言葉だった。
今はもう、その先に戦場はない。
だからこそ、少しだけ違って聞こえた。
「……うん」
GVは笑った。
「アシモフもね」
「サンクス」
ストラトスの医療拠点から連絡が入ったのは、それからしばらく経った頃だった。
あの面会以来、GVは病室へ入っていない。
状態についての報告だけは受け取っていたし、自分で集めていた治療資料も、今ではフェザーの研究班を通して医療側へ渡している。それ以上のことはしなかった。
前に医師から、GVの姿を見ることで症状が強く出る可能性があると言われていた。
何より、ストラトス自身に帰れと言われた。
なら、こちらから押しかける理由はない。
『本人に確認したところ、短時間であれば面会を拒否しないとのことです』
電話口の医師からそう聞かされ、GVは一度聞き返した。
「……ストラトスが?」
『はい。ただ、本人から希望したわけではありません。こちらから確認して、拒否しなかった、という形です』
「そっか」
『前回と同じく、本人が終了を求めた場合は、その時点で面会を終えてください』
「分かりました」
その日の午後、GVは医療拠点へ向かった。
もう案内はいらなかった。
受付を済ませ、白い廊下を進む。角を曲がった先に長椅子があり、その向こうにストラトスの病室があることも覚えている。
以前は、ここまで来る前から声が聞こえていた。
痛い。来るな。触るな。
今日は静かだった。
病室の前で待っていた医師が、GVを見る。
「今は比較的落ち着いています」
「痛みは?」
「まだあります」
短い答えだった。
それで十分だった。
「無理に会話を続ける必要はありません。こちらはすぐ外にいますから」
「うん」
医師が扉を開ける。
GVは中へ入った。
ストラトスは起きていた。
ベッドの背が少しだけ上げられている。腕には点滴が繋がれ、枕元には飲みかけの水が置いてあった。
こちらに気付いているはずなのに、顔は向けてこない。
GVも、すぐには近付かなかった。
「……来たよ」
「見りゃ……分かる」
「あ、うん」
返事があった。
それだけで、前とは違った。
だからといって何か言うことでもない気がして、GVは以前と同じ、ベッドから離れた椅子へ向かった。
「ここ座るね」
「……好きにしろ」
「じゃあ、そうする」
椅子を引いて腰を下ろす。
そこで会話は途切れた。
何か話題を用意してきたわけではない。
天気の話をするような間柄でもないし、具合を尋ねれば、見れば分かると言われそうだった。
病室には空調の音と、医療機器の小さな作動音だけが流れている。
しばらくして、ストラトスの方から口を開いた。
「……お前」
「ん?」
「何しに来た」
GVは少し考えた。
「会いに」
「だから……何しに」
「それ以上は、あんまり決めてない」
ストラトスがようやく顔を向けた。
「……バカにしてんのか」
「してないよ」
「じゃあ何だよ」
「話せるなら話したかったし、話したくないなら帰ろうと思ってた」
「……」
「前、そう言われたから」
帰れ。
その言葉を、わざわざ口にし直す必要はなかった。
ストラトスも覚えているらしく、顔を背けた。
「……本当に帰ったな」
「帰れって言ったじゃん」
「普通……」
そこで言葉が途切れる。
「何?」
「……何でもねぇ」
GVはそれ以上聞かなかった。
再び沈黙が落ちる。
やがて、ストラトスの手がゆっくりとシーツを掴んだ。
GVの視線が動く。
指に力が入り、呼吸が少しずつ浅くなっていく。
「……っ」
身体が強張った。
けれど、GVは立たなかった。
前回、それをして拒絶されたことを覚えている。
椅子に座ったまま待つ。
「……痛い」
「うん」
「まだ……痛ぇよ」
「……うん」
ストラトスが歯を食いしばる。
何度か短い呼吸を繰り返し、額に汗が滲んだ。
GVは何も言わなかった。
大丈夫とも、治るとも言えない。
目の前で痛がっている相手に、分からない未来を約束する気にもなれなかった。
しばらくして、握り込まれていたシーツが少しだけ緩んだ。
呼吸も戻ってくる。
ストラトスは目を閉じたまま、ぽつりと言った。
「……なあ」
「何?」
「何でだよ」
「何が?」
目が開く。
「何で……オレを生かした」
GVは黙った。
前の面会では、ストラトスは怒鳴り、苦しみながら、ただGVを遠ざけようとしていた。
今日は違う。
答えを求めている。
それがどんな答えなら納得できるのかは、GVにも分からなかった。
「……分からない」
ストラトスの眉が寄る。
「また、それかよ」
「うん」
「考えてねぇのか」
「考えたよ」
「だったら何かあんだろ」
「考えたけど、分からなかった」
GVは膝の上で手を組んだ。
「正しかったから、とかじゃないし」
「……」
「生きてれば全部何とかなる、って思ってるわけでもない」
ストラトスの顔が歪んだ。
「じゃあ、何でだよ」
GVは一度だけ息を吐いた。
「殺したくなかった」
「……」
「あの時、僕がそうしたくなかった」
「それだけかよ」
「今言えるのは、それだけ」
「勝手だな……」
「うん」
今度は迷わず頷いた。
「勝手だと思う」
ストラトスが睨む。
GVは目を逸らさなかった。
「だから、ストラトスに感謝してほしいとも思ってないよ」
「するわけねぇだろ……」
「うん」
「許すとも……言わねぇ」
「それもいいよ」
「……何だよ、それ」
掠れた声に、苛立ちが混じった。
「お前、何しに来たんだよ」
さっきと同じ問いだった。
今度はGVも少し長く考えた。
「……多分、話したかったんだと思う」
「何を」
「それも、まだ分かんない」
「……」
「でも、ストラトスが何か言うなら聞きたい」
「……偽善者」
「かもね」
「ムカつく」
「それはごめん」
「そこで謝んな……」
言いかけて、ストラトスは顔をしかめた。
今度は痛みではないらしい。
そのまま疲れたように枕へ頭を戻す。
しばらく黙ったあと、小さく言った。
「……帰れ」
GVは時計を見る。
予定していた面会時間も、もうほとんど残っていなかった。
「うん」
立ち上がり、椅子を元の位置へ戻す。
扉まで歩いてから、手を掛けた。
「ストラトス」
「……何だよ」
「また来てもいい?」
返事はなかった。
ストラトスは天井を見たまま、黙っている。
GVも急かさなかった。
数秒待った。
それでも答えはない。
「……じゃあ、また今度聞くね」
「……」
扉を開ける。
最後まで、来るなとは言われなかった。
けれど、それを都合のいい返事に変える気もなかった。
だから今日は、それ以上聞かなかった。
廊下へ出ると、長椅子に座っていたジーノが顔を上げた。
「お、出た」
「うん」
「どうだった?」
GVは隣へ座った。
「分かんない」
「そっか」
ジーノはそれだけ返した。
少ししてから、GVが続ける。
「また来てもいいか聞いたんだけど」
「おう」
「返事なかった」
「じゃあ、また聞けば?」
あまりに簡単に言うので、GVは横を見る。
「それでいいの?」
「知らね」
「知らないんだ」
「オレが答え知ってたら怖いだろ」
「それはそうだけど」
「今日分かんなかったなら、次聞けよ。次も分かんなかったら、その時また考えりゃいい」
「……雑だなあ」
「うるせぇ。オマエみたいな考えすぎる奴には、このくらいでちょうどいいんだよ」
「僕そんな考えてる?」
「そういうとこだぞ」
ジーノが立ち上がる。
「ほら、帰るぞ」
「うん」
GVも腰を上げた。
少し歩いてから、ジーノが振り返る。
「あと」
「何?」
「今日はちゃんと帰れって言われて帰ってきたな」
「前も帰ったよ」
「知ってる。確認しただけ」
「何それ」
「実績」
「その言葉便利すぎない?」
「便利だから使ってんだよ」
GVは少しだけ笑った。
それ以上、二人とも病室のことは話さなかった。
今すぐ答えが出ないなら、出ないままでいい。
次に会えた時、また聞けばいい。
少なくとも今度は、それができるかもしれなかった。
学校の話が出たのは、それから一週間ほど経った頃だった。
夕食を終えたあと、GVがテーブルの上へ一通の封筒を置いた。
「何それ?」
シアンがすぐに身を乗り出す。
「フェザーから。学校の資料」
「学校?」
封筒の中から出てきたのは、家から通える範囲にある学校のパンフレットだった。
校舎、教室、体育館。制服姿の生徒たちが部活動をしている写真。文化祭や体育祭といった年間行事まで、見慣れないものがページいっぱいに並んでいる。
シアンはそのうち一冊を手に取った。
「……ほんとに行けるの?」
「手続きはまだあるみたいだけどね。僕らの場合、普通の編入とはちょっと違うし」
「そっか」
返事をしながらも、シアンの目はもうパンフレットから離れていなかった。
GVも隣の一冊を開く。
「学校って、毎日宿題あるんだよね」
「最初に気にするのそこ?」
「大事でしょ」
「学校行きたいって話より先に?」
「だって戦闘は家に持ち帰らなくていいし」
『比べるもの間違ってるわよ』
端末の上からモルフォが呆れた声を落とす。
シアンが吹き出した。
「GV、絶対夏休み最後の日にまとめてやるタイプ」
「まだ入学もしてないのに決めつけないで」
「じゃあ毎日ちゃんとやる?」
「……努力する」
「アシモフさんに怒られてる時と同じ返事」
「覚えてたんだ……」
『そこは覚えてるに決まってるでしょ』
シアンは笑いながらページをめくっていたが、途中で手を止めた。
昼休みの写真だった。
何人かの生徒が校庭の隅に集まり、弁当を広げて笑っている。
しばらく眺めてから、シアンが言った。
「わたし、行きたい」
GVが顔を上げる。
「学校?」
「うん」
今度は迷わなかった。
「勉強は大変そうだけど」
「それは分かる」
「GVは今黙ってて」
「何で」
「今いいところだから」
「理不尽だなあ」
シアンは気にせず続ける。
「友達作ったり、放課後どこか寄ったり、部活とかもしてみたい」
『へえ』
「何」
『別に?』
「その顔やめて」
『何も言ってないじゃない』
「絶対何か思ってる」
モルフォが肩をすくめる。
GVは二人のやり取りを横目に見ながら、自分のパンフレットを閉じた。
「じゃあ、行こうよ」
シアンが振り向く。
「GVも?」
「うん。僕も行ってみたい」
「宿題あるよ?」
「何で今それ返してくるの」
「さっき自分で言ったじゃん」
「言ったけど」
シアンが少し得意げに笑った。
その向かいで、エリーゼだけはまだパンフレットへ手を伸ばしていなかった。
三冊を順番に見ている。
GVが気付く。
「エリーゼは?」
「わたし、ですか?」
「行ってみたい?」
すぐには答えなかった。
エリーゼは写真の中の教室を見る。
何十人もの知らない人。
毎日同じ場所へ通い、一緒に勉強して、話して、笑う。
「……少し、怖いです」
シアンは何も挟まなかった。
「知らない人がたくさんいますし、勉強も、どこまでできるのか分かりません」
「僕もそこは分かんない」
「だからGVは黙ってて」
「今日二回目だよ」
エリーゼが小さく笑った。
そのまま、ようやく一冊へ手を伸ばす。
「でも……行ってみたいです」
「うん」
シアンがすぐに頷いた。
「じゃあ三人だね」
「ちょっと待ちなさいよ」
声が変わる。
エリーゼがパンフレットを引き寄せた。
「何で勝手にまとめてるのよ」
「3は行かない?」
「誰がそんなこと言ったの」
「じゃあ行く?」
「行くわよ」
返事は早かった。
「せっかく外に出られるようになったのに、家と商店街とホビーショップだけじゃ足りないでしょ」
「結構いろいろ行ってない?」
「アンタたち基準ではね」
「それは否定できないかも」
「それに――」
ページをめくっていた指が、部活動の紹介で止まる。
「これ、入ったら好きに選べるの?」
「たぶん」
「へえ……」
写真を眺める目が少し変わった。
運動部、文化部、同好会。知らない名前もいくつか並んでいる。
「面白そうじゃない」
「何か入りたいの?」
シアンが訊く。
「まだ決めないわよ。実物も見てないのに」
「慎重だね」
「当たり前でしょ」
そう言っていたエリーゼの姿勢が、ふっと緩む。
視線だけが、ページの上をゆっくり動いた。
「……学校」
今度は短い声だった。
GVがそちらを見る。
「2?」
「……人、多い」
「うん」
「……知らない」
「うん」
少し間が空く。
それから。
「……行く」
GVは笑った。
「そっか」
「……見る」
「何を?」
「……知らないもの」
それだけ言って、エリーゼはまたパンフレットへ視線を落とした。
シアンも、自分の一冊をテーブルへ広げる。
「じゃあ、どこにする?」
「一番近いところ」
「早いよ!」
「毎日通うなら近い方がよくない?」
「それはそうだけど、ちゃんと他も見てから決めようよ」
「シアンはどこがいいの?」
「うーん……」
三冊を中央へ並べる。
一校は家から近い。
一校は部活動が多い。
もう一校は少し遠いが、校舎が新しく、行事も多かった。
シアンが一冊を指差す。
「ここ、文化祭でステージ使うんだって」
『あら』
「モルフォ、その反応やめて」
『何よ。歌うのかなって思っただけ』
「まだ何も決めてないから」
「歌うなら見たい」
「GVまで乗らないで!」
「普通に見たいだけなんだけど」
「だから恥ずかしいの!」
GVは首を傾げたまま、パンフレットをもう一度見る。
向かいではエリーゼが別のページを指した。
「あの、こちら……体験入学があるみたいです」
「ほんとだ」
シアンが覗き込む。
「三つとも日が違うね」
GVは日程を見比べた。
「じゃあ全部行ってみる?」
「全部?」
「見ないと分かんないでしょ」
その言葉に、エリーゼが一瞬だけ顔を上げた。
さっき自分が言ったのと同じだった。
「僕ら、学校のことほとんど知らないし。行ってから決めればいいんじゃない?」
シアンは三冊を見渡した。
「……うん。それがいい」
「わたしも、そうしたいです」
エリーゼも頷く。
「……見る」
「じゃあ決まりだね」
『学校一つ決めるだけでずいぶん楽しそうね、アンタたち』
「だって」
シアンがパンフレットを閉じる。
「知らない場所に行くんだもん。楽しみでしょ」
その言葉に、GVも少し笑った。
「じゃあ、まず体験入学」
「その前に勉強」
「え」
「編入するなら、どこまでできるか確認されるでしょ?」
「もう始まるの?」
「学校行きたいって言ったのGVじゃん」
「話が早いなあ」
『敵なら雷撃鱗でどうにかなったのにね』
「勉強にも効かないかな」
「効くわけないでしょ!」
翌日には、三冊のパンフレットの横へ、真新しいノートが三人分並んでいた。
どの学校へ行くかは、まだ決まっていない。
そこで誰と出会うのかも、何を好きになるのかも、何一つ分からない。
だからまず、自分たちの目で見に行くことにした。
今度は、戦う場所ではなく。
これから通うかもしれない場所を。
皇神へ戻った紫電に用意された席は、以前とはずいぶん違っていた。
専用の執務室はない。秘書もいない。長机が並ぶ事務区画の一角に、端末が一台と椅子が一脚。机の端に置かれた小さなプレートには、部署名と「紫電」の二文字だけが印字されている。
紫電は席に着くなり、そのプレートを指先で軽く弾いた。
「随分と狭くなりましたな」
少し離れた席から、イオタが言った。
「そうだね。前よりコピー機が遠いよ」
「当然の処置でしょう」
「コピー機まで?」
「執務室を失った結果です」
「手厳しいなあ」
紫電は肩をすくめ、端末へ向き直った。
画面に並んでいるのは、以前なら部下が要点だけを抜き出して持ってきていた資料ではなかった。
保護施設の日報。現場職員から上がった設備改善の要望。能力者本人から寄せられた苦情。地方支部で起きた小規模な事故。検査への同意手続きに関する問い合わせ。
一件ずつ開く。
保護区画の扉が内側から開けづらい。
説明書類が難しく、本人が何に同意したのか理解できていなかった。
能力測定を拒否したことで職員との関係が悪化した。
一方で、測定を拒んだ能力者が後に制御を失い、周囲へ被害を出した事例もある。
紫電のスクロールが止まった。
「……現場は面倒だね」
「今さらですか」
「面倒なのは知っていたよ。ただ、前は数字にするともう少し綺麗だった」
イオタは何も返さなかった。
紫電も、それ以上は続けなかった。
しばらくして、一つの文書を作り始める。
保護施設における緊急介入の手順案。
本人の同意を原則としつつ、能力暴走など生命に関わる危険が迫った場合は、施設側が一時的に行動を制限できる。
必要事項をまとめ終えると、紫電は隣へデータを送った。
「イオタ。これ、見てもらえるかい?」
「確認します」
返事から数分もしないうちに、文書が戻ってきた。
「差し戻します」
「早いね」
「問題点が明確です」
画面を開く。
赤字が並んでいた。
紫電は思わず笑う。
「これは随分だね」
「少ない方です」
「そう言われると少し傷つくなあ」
「修正してください」
「慰める気は?」
「ありません」
紫電は最初の指摘を開いた。
――緊急時、施設管理者の判断によって、一時的な監視・行動制限を実施できる。
「ここ?」
「『緊急時』の定義が曖昧です」
「現場で事故が起きてからでは遅い。全てを細かく規定していたら、判断が間に合わないよ」
「判断するなとは言っていません」
イオタが紫電の画面へ視線を向ける。
「誰が、どの条件で、どこまでできるのかを書けと言っています」
「現場へ裁量を残したいんだけどね」
「その一文では裁量ではなく白紙委任です」
紫電の指が止まった。
「……言うね」
「事実です」
「じゃあ、『生命または重大な身体被害のおそれが切迫している場合』」
「誰が切迫していると判断します」
「管理者」
「一人で?」
「……キミ、今日は随分楽しそうだね」
「仕事です」
「そうかい」
紫電は文面を書き換える。
「原則として二名以上で確認。単独判断になった場合は、事後に別担当者の確認を受ける」
「期限を」
「十五分以内」
「解除条件もありません」
「危険がなくなったら解除」
「誰が判断するのです」
「またそこ?」
「またそこです」
紫電は背もたれへ身体を預けた。
「以前なら、この辺りはボクの承認一つで通ったんだけど」
「だから今そこに座っているのでしょう」
「本当に容赦ないなあ」
「貴方が求めたのは意見でしょう」
「そうだったね」
もう一度画面へ向き直る。
三十分ごとの再評価。
判断理由の記録。
本人への事後説明。
異議申立ての窓口。
そこまで書き加えたところで、紫電が眉を上げた。
「これでどう?」
イオタが読む。
「異議申立て先を変更してください」
「何で?」
「介入を行った部署が、自分たちの判断への異議を審査しています」
「……ああ」
紫電は一度だけ画面を見直した。
「それは駄目だね」
「ええ」
「別部署へ回す。必要なら外部の人間も入れる」
「その方がいいでしょう」
紫電は入力を終え、再び送信した。
しばらくして戻ってきた文書には、まだ赤字が二か所残っていた。
「まだあるのかい?」
「あります」
「今日は帰れるかな」
「勤務時間内に終わらせてください」
「残業も駄目?」
「効率が悪いだけです」
「厳しい職場だ」
「貴方が作った組織です」
「その返し便利だね」
「事実ですので」
紫電は笑いながら、残った二か所も直した。
最初に書いたものとは、ずいぶん形が変わっている。
提出欄へカーソルを合わせたところで、紫電の指が止まった。
「これ、ボクが出したから通るわけじゃないんだよね?」
「当然です」
「上で却下もされる」
「されます」
「現場から戻されることもある」
「あります」
「面倒だなあ」
イオタが視線を上げた。
「不満ですか」
紫電は少し考えた。
それから、提出ボタンを押した。
「いや。別に」
「……そうですか」
「前のボクなら、今の赤字は全部消させていただろうけどね」
「でしょうな」
「そこは少しくらい否定してくれてもいいんじゃない?」
「否定する理由がありません」
「本当に可愛げがないなあ」
「必要ありません」
紫電は苦笑しながら、次の案件を開いた。
地方の保護施設から届いた相談だった。
能力者の少年が学校への通学を希望している。
施設側は、能力の制御状況を理由に慎重な姿勢を取っている。
紫電は報告書を最初から読み直した。
「……本人への聞き取り記録がないね」
イオタが画面を見る。
「ありませんな」
「施設側の評価ばかりだ」
「では?」
「まず本人に聞く」
「安全面は」
「それも調べるよ」
紫電は次の資料を開く。
「本人が行きたいから全部許可、では困る。危険だから全部禁止、でも困る」
「その後は?」
「材料を揃えてから決める」
イオタが数秒、紫電を見る。
「何かな?」
「以前より確認する相手が増えましたな」
「そう?」
「ええ」
紫電は一瞬だけ黙ったが、すぐにいつもの薄い笑みを浮かべた。
「その分、仕事も増えたけどね」
「働いてください」
「はいはい」
端末へ向き直ったところで、プリンターから電子音が鳴った。
紫電が横を見る。
「……イオタ」
「何でしょう」
「紙が切れてる」
「補充してください」
「ボクが?」
「他に誰がいるのです」
紫電はしばらくプリンターを見つめた。
「本当にゼロからなんだね」
「不服ですか」
「いや」
席を立つ。
「紙はどこかな?」
「コピー機の横です」
「遠いんだよなあ、そこ」
「歩いてください」
「やっぱり手厳しいなあ」
そう言いながら、紫電は書類棚の間を歩いていった。
カレラが皇神の施設から姿を消したのは、紫電が新しい席へ移って間もなくのことだった。
もっとも、本人に失踪したつもりはない。
早朝、紫電の端末には一通のメッセージが届いていた。
『紫電殿! 小生、しばらく山へ籠もるで候!』
紫電は画面を見たまま数秒止まった。
「……本当に行ったんだ」
「何がです?」
近くで資料を確認していたイオタが顔を上げる。
「カレラだよ」
端末を差し出すと、その下には続きがあった。
『穏やかにして冷静なる闘志――未だ小生には足りぬ! 己が力を御する術、今一度鍛え直して参る!』
イオタは最後まで読み終えてから、端末を返した。
「止めなかったのですか」
「止めて聞くと思う?」
少し間が空く。
「……思いませんな」
「だろう?」
紫電は端末を机へ戻した。
◇
山へ入って三日目。
カレラは滝の前に立っていた。
白い水飛沫が岩肌を打ち、轟音が辺りを満たしている。
「いざ!」
勢いよく滝壺へ踏み込み、水流の真下へ入る。
「ぬおおおおおッ!」
激しい水圧を真正面から受けながら、足を踏ん張る。
しばらく耐えたところで、カレラはふと眉を寄せた。
「……む」
そのまま滝から出る。
濡れた髪をかき上げ、水面を見下ろした。
「これでは、いつもと同じで候な」
耐える。
押されたなら押し返す。
強い力が来るなら、さらに強い力で応じる。
それなら得意だった。
むしろ、そうして生きてきた。
だが、今欲しいものはそこにはない。
カレラは近くの岩へ腰を下ろした。
「穏やかで、冷静なる心……」
以前なら、この言葉を口にして一分もじっとしていられなかった。
力を持っているなら使う。
強敵がいるなら挑む。
己を燃やし、限界までぶつけることこそが全力だと思っていた。
けれど、GVは違った。
必要なら力を出す。
必要がなくなれば止める。
不利だと見れば、それまで使っていた雷さえ捨てる。
戦いを恐れているわけでも、力を嫌っているわけでもない。ただ、その場で必要なものを見失わない。
「……全力と、最大出力は同じではない」
口に出してみる。
少しだけ、腑に落ちた。
「なるほど」
そしてすぐに立ち上がる。
「ならば実践あるのみ!」
結局そこへ戻るあたりは、やはりカレラだった。
◇
その日の午後。
借りた山小屋の脇で、今度は薪を割っていた。
一本目。
「ぬうんッ!」
斧が薪を真っ二つにし、そのまま台へ深々と食い込む。
カレラは柄を握ったまま止まった。
「……これは力を入れすぎたで候」
斧を引き抜き、二本目を置く。
今度は意識して弱く振る。
刃が途中で止まった。
「む」
三本目。
薪の木目を見る。
節の位置を確かめ、握りを調整する。
振り下ろした刃が乾いた音を立て、薪だけを綺麗に割った。
カレラの目が見開かれる。
「……おお」
割れた薪を拾い上げる。
「これで候!」
拳を上げかけ、途中で止めた。
「……いや、薪を割っただけで候な」
そう言いながらも、口元には笑みが浮かんでいる。
力を抜いたわけではない。
必要な力を、必要な場所へ使った。
ただそれだけのことが、妙に面白かった。
次の薪を置く。
今度は最初から、斧より先に薪を見る。
◇
夕方。
山道を歩いていると、少し先の茂みが揺れた。
現れたのは、大きな熊だった。
カレラが止まる。
熊も止まった。
「……」
低い唸り声。
カレラの拳が、反射的に持ち上がりかける。
「む」
戦える。
おそらく勝てる。
そんな判断が一瞬で頭へ浮かんだ。
だからこそ、カレラは拳を下ろした。
「違うで候な」
熊がこちらを警戒している。
カレラも相手を見る。
敵意があって道を塞いでいるわけではない。
「小生は、貴殿と戦うためにここへ来たわけではない」
通じているはずもない言葉を口にして、横へ退く。
道を空けた。
しばらくして、熊もこちらへ来ることなく、茂みの向こうへ消えていった。
カレラはその背を見送った。
「……うむ」
しばらく考えたあと、大きく頷く。
「これもまた、闘志で候」
戦わないことと、退くことは同じではない。
拳を使わなかったからといって、弱くなったわけでもない。
必要がなかった。
それだけだった。
カレラは端末を取り出す。
◇
その夜。
紫電の端末へ、再び通知が入った。
『熊と遭遇したで候!』
続けてもう一通。
『互いに睨み合った末、道を譲り合った! これぞ穏やかなる闘志!』
添付されていた写真には、熊どころか動物一匹写っていなかった。
あるのは夕暮れの山道だけだ。
紫電が首を傾げる。
「……熊は?」
「既に去ったのでしょう」
イオタが淡々と答える。
「証拠が全くないんだけど」
「カレラが熊を捏造する理由もないでしょう」
「それはそうだね」
さらに通知が来た。
『薪も十六本割ったで候! 最大の力を用いずとも、必要な力を適切に使えば事足りる! 実に奥深い!』
紫電は思わず笑った。
「ずいぶん楽しんでるなあ」
「修行にはなっているようです」
「そう見える?」
「少なくとも、以前なら熊と睨み合って終わってはいなかったでしょう」
「確かに」
紫電は返信欄を開く。
『成果は分かったよ。山だけは壊さないようにね』
返事はすぐに来た。
『無論!』
紫電は画面を見つめる。
「……そこだけちょっと不安なんだけど」
「信じるしかありませんな」
◇
翌朝。
カレラはまた薪割り台の前に立っていた。
斧を構える前に、薪を見る。
木目。
節。
刃を入れる位置。
一度だけ振る。
乾いた音が響き、薪が二つへ分かれた。
「うむ」
昨日より早い。
昨日より力も少ない。
それでも結果は同じだった。
カレラは満足そうに頷き、次の一本へ手を伸ばす。
戦うことが嫌いになったわけではない。
強敵と拳を交える昂揚を捨てるつもりなど、毛頭なかった。
次にGVと相見えれば、きっとまた全力で挑む。
だからこそ、その全力を間違えない。
燃えることと、燃え尽きること。
力を出し切ることと、考えず最大出力を叩きつけること。
それらは同じではない。
「穏やかで、冷静なる闘志……」
以前より、その言葉が少しだけ自分のものになった気がした。
カレラは斧を構える。
「次に相見える時までには、もう一段上へ行くで候」
そして今度は、声を張り上げずに振り下ろした。
デイトナが仕事を探し始めたのは、戦いの後始末がようやく日常へ押し戻され始めた頃だった。
理由は単純だった。
飯を食うにも、遊ぶにも金が要る。
モルフォのライブへ行くにも、ミニ四駆のパーツを買うにも、当然ながら金が要る。
なら働く。
デイトナにとっては、それだけの話だった。
ただし、世間の方はそう簡単ではなかった。
「……今回は、ご縁がなかったということで」
三件目だった。
面接を担当した男は、最後まで営業用の笑顔を崩さなかった。
「そうかよ」
「能力者であることが理由というわけでは――」
「まだ何も言ってねェだろ」
「いえ、その……」
そこで詰まった時点で、だいたい分かった。
デイトナは席を立った。
「もういい」
四件目では、第七波動について確認された途端に質問の内容が変わった。
五件目では、
「万が一の場合、当店では責任を負いかねますので」
と言われた。
「万が一って何だよ」
「ですから、不測の事態が……」
「オレが暴れるって?」
「そこまでは申し上げていません」
「言ってンのと同じだろ」
六件目は面接にすらならなかった。
受付で応募書類を渡す。
奥へ消えた店員がしばらくして戻ってきて、申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
「すみません。先ほど募集が終了しまして……」
店先には、まだ求人票が貼ってあった。
デイトナはそれを一度見た。
店員も見た。
気まずそうに目を逸らされる。
「……そうかよ」
剥がせとも言わなかった。
そのまま外へ出た。
ちょうど雨が降り始めていた。
「クソが……」
傘はない。
最初は走って帰ろうと思ったが、数分もしないうちにどうでもよくなった。
商店街を歩く。
面接用に一応整えてきた髪も服も、すぐに雨でぐしゃぐしゃになった。
腹が減ってきた頃、赤い暖簾が目に入る。
小さな町中華だった。
店の中から炒め物の匂いが流れてきて、腹が鳴った。
「……最悪だ」
財布を取り出す。
食えるだけの金はある。
だが、次に仕事が決まる保証はない。
少し迷って、そのまま通り過ぎようとした。
「兄ちゃん」
「あ?」
暖簾の向こうから声がした。
厨房から顔を出したのは、日に焼けた初老の男だった。
「そげん濡れて、何しちょっとよ」
「別に」
「別にで風邪ひいても知らんど。入らんね」
「金ねェぞ」
「水とタオルくらいで金は取らん」
「……」
「早よ入れ。そこに立っちょったら、もっと濡れるじゃろ」
「もう十分濡れてンだよ」
「ならなおさらじゃ」
「何なんだよ……」
押しが強い。
面倒になって、デイトナは店へ入った。
渡されたタオルで頭を乱暴に拭きながら、カウンターへ座る。
「ほれ、水」
「……どうも」
「珍しく素直じゃな」
「初対面だろーが」
「元気はあるみたいやな」
「何だテメェ」
店主は笑って厨房へ戻った。
数分後。
目の前に炒飯が置かれた。
「……頼んでねェぞ」
「知っちょる」
「金ねェって言ったよな?」
「今日はよか」
「よくねェよ」
「腹減っちょるんじゃろ」
「……」
「食わんのなら下げるど」
「食う!」
「なら最初から食え」
「テメェな……」
レンゲを取る。
一口。
腹が減っていたことを差し引いても、うまかった。
もう一口食べる。
「……あとで払う」
「仕事決まってからでよか」
デイトナの手が止まった。
店主の目は、カウンターの端へ置いた封筒に向いていた。
中には履歴書が入っている。
「仕事、探しちょるんか」
「だったら何だよ」
「うち、人足りん」
「……は?」
「洗い物して、注文取って、料理運ぶ。慣れたら厨房も手伝えばよか」
「待て」
「何じゃ」
デイトナは店主を睨んだ。
「オレ、能力者だぞ」
「それがどうした」
間髪入れず返ってきた。
今度はデイトナが黙る番だった。
「……火ィ出せるぞ」
「厨房にも火はある」
「そういう話じゃねェ!」
「店燃やすんか?」
「燃やさねェよ!」
「ならよか」
「よくねェだろ。普通もうちょい何かあるだろ!」
「皿は割るか?」
「知らねェよ!」
「そっちの方が困る」
「何で能力より皿なんだよ!」
「皿は金かかるからじゃ」
「能力も使い方間違えりゃもっとヤベェだろ!」
「なら間違えんかったらよか」
「簡単に言うな!」
「難しく言う必要あるか?」
「……」
なかった。
少なくとも、この男にとっては。
店主は厨房へ戻りながら、肩越しに言った。
「明日十時」
「まだ働くって言ってねェぞ」
「嫌なら来んでよか」
「……」
「遅刻したら賄いなしじゃ」
「飯で釣ってンじゃねェ!」
「効いちょるじゃろ」
「うるせェ!」
翌日。
九時五十二分。
デイトナは店の前に立っていた。
「……来たぞ」
「八分早いな」
「文句あンのか」
「ない。着替えんね」
「……オウ」
◇
仕事は、思っていたより面倒だった。
初日は皿を一枚割った。
「割った」
「見れば分かる」
「悪ィ」
「次から気をつけんね」
「……そんだけ?」
「割った皿に説教しても戻らんじゃろ」
「オレにしろよ!」
「反省しちょるならよか」
「調子狂うなコイツ……」
二日目は注文を二つ間違えた。
三日目。
「デイトナ! 七番、餃子まだじゃっど!」
「今持ってく!」
「そいは八番じゃ!」
「分かりづれェんだよ!」
「番号書いちょる!」
「字がちっせェ!」
「目ぇ悪いんを店のせいにすんな!」
「悪くねェっつってンだろ!」
「なら見ろ!」
「見てる!」
客席から笑い声が起きた。
デイトナが振り返る。
「笑ってんじゃねェ!」
「客に怒鳴るな!」
「テメェも怒鳴ってンだろ!」
「おいは店主じゃ!」
「知るか!」
その日は閉店までずっと機嫌が悪かった。
客が帰ったあと、デイトナは無言で床を拭いていた。
厨房から店主が出てくる。
「デイトナ」
「何だよ」
「昼ん時は悪かったな」
雑巾が止まった。
「……は?」
「ちっと言いすぎた」
「何が」
「客ん前であそこまで怒鳴らんでもよかった」
「……」
「悪かった」
デイトナは顔を上げた。
店主は普通に頭を下げた。
それだけだった。
「何だよ急に」
「悪かったから謝っただけじゃ」
「……」
「何ちゅう顔しちょる」
「うるせェ」
「まだ怒っちょるか?」
「別に」
「なら床、そこ拭き残し」
「今いい話してただろーが!」
「掃除は掃除じゃ」
「クソオヤジ!」
「元気あるな」
店主は笑って厨房へ戻る。
デイトナはしばらくその背中を睨んでいた。
怒鳴られたら、怒鳴り返す。
殴られたら、殴り返す。
それで終わり。
今までは、だいたいそうだった。
怒鳴った相手が、翌日でもなく、その日のうちに「悪かった」と戻ってくる。
そんなのは、妙に居心地が悪かった。
「……意味分かんねェ」
呟きながら、拭き残した場所へ雑巾を戻した。
次の日。
店主は何事もなかったように、
「デイトナ、三番」
と言った。
「分かってる!」
デイトナも普通に返した。
それで終わった。
◇
働き始めて一か月。
「鍋だけ振っても炒飯にはならんど!」
「分かってる!」
「分かっちょらんから米が固まっとる!」
「じゃあどうすンだよ!」
「火を見ろ! 米を見ろ! 鍋ばっか見んな!」
「注文多すぎんだろ!」
「料理じゃから当たり前じゃ!」
二か月。
「焦げた」
「見れば分かる」
「食える」
「客には出せん」
「オレが食う」
「好きにせえ」
「味は悪くねェぞ」
「焦げとる」
「そこ以外だ!」
「そこが問題じゃ」
三か月目。
昼時のカウンターに座った小学生が、炒飯を頬張っていた。
「兄ちゃん」
「あ?」
デイトナは厨房で鍋を洗っている。
「これ作ったの?」
「そうだけど」
「うまい!」
手が止まった。
「……そうかよ」
「また食べたい」
「だったらまた来い」
「うん!」
子供はまた勢いよく炒飯を食べ始める。
デイトナも鍋洗いへ戻った。
隣で店主がニヤついていた。
「嬉しかろ」
「うるせェ」
「顔に出ちょっど」
「出てねェ!」
「出ちょる」
「炒飯焦がすぞ!」
「困るんはお前じゃ」
「クソッ!」
客席の子供がまた笑った。
今度は怒鳴らなかった。
◇
最初の給料日は、妙に落ち着かなかった。
「ほれ」
店主から封筒を渡される。
デイトナは中身を見る。
「……」
「足りんか?」
「いや」
「じゃあ何じゃ」
「別に」
自分で働いて手に入れた金だった。
戦って奪ったものでも、誰かから与えられたものでもない。
「ありがとな」
「おう」
「……何だその顔」
「いや?」
「笑うな!」
「何も言うちょらん」
その日のうちに、デイトナはホビーショップへ向かった。
「このモーター。それとローラー、こっちのサイズ。あとタイヤも」
レジの上に次々と置いていく。
さらに端末を開き、モルフォのライブチケットを購入した。
残高を見る。
「……」
翌日。
「貯金したか?」
「してねェ」
「何買った」
「パーツとライブ」
「全部使ったか」
「全部じゃねェ!」
「ほとんどか」
「……」
「ほとんどじゃな」
「次からする!」
「ほんとか?」
「するっつってンだろ!」
「ならよか」
「信用してねェだろ!」
「次の給料日に分かる」
「見てろよ!」
◇
モルフォのライブへ行く時も、以前は一人で構わなかった。
好きな歌を聴きに行く。
それだけなのだから、一人でも何も困らない。
だが、何度か同じ会場へ通っていると、顔を覚える奴が出てきた。
「お、デイトナ」
「遅ェぞ」
「まだ開演三十分前だって」
「物販見ンだろ」
「もう買った」
「何?」
「今回のタオル」
「見せろ」
「そこだけ素直だな」
「うるせェ!」
名前を知ったのが先だったか、話すようになったのが先だったかは、もう覚えていない。
新曲が良かったとか。
前回の照明がどうだったとか。
あのアレンジは原曲の方が良いとか。
次の公演の抽選に落ちたとか。
そんな話をしているうちに、終演後に一緒に飯を食うことも増えた。
ある日の帰り道。
そのうちの一人が端末を取り出した。
「そういや俺、明日これ走らせに行くんだけど」
「何を――」
画面を見て、デイトナの目が止まる。
ミニ四駆だった。
「……お前もやってンのかよ」
「デイトナこそ」
「何で知ってンだ」
「ホビーショップで見たから」
「いつだよ!」
「この前」
「声掛けろよ!」
「いや……三回連続でコースアウトしてたから」
「見てたのかよ!」
「めちゃくちゃ速かった」
「だろ?」
「全部飛んだけど」
「そこいらねェ!」
「事実じゃん」
「次は飛ばねェ!」
「それ毎回言ってない?」
「うるせェ!」
翌週。
本当にそいつはホビーショップへ来た。
◇
それから、ホビーショップでも顔見知りが増えた。
「デイトナさん」
「あ?」
コース脇で、年下の子供がマシンを差し出してくる。
「これ、もっと速くしたい」
「見せろ」
デイトナは受け取り、ひっくり返した。
タイヤを見る。
ローラーを見る。
前後の重さを手で確かめる。
以前なら、一番速いモーターを突っ込めば終わりだった。
「まずここだな」
「どこ?」
「フロント軽すぎる。このまま速くしても飛ぶ」
隣にいたライブ仲間が吹き出した。
「デイトナがそれ言うんだ」
「うるせェ!」
「速度しか見てなかった人が」
「昔の話だ!」
「何年前?」
「……」
「三か月前?」
「十分昔だろ!」
「短いって」
「黙れ!」
子供が笑う。
デイトナは工具を渡した。
「ほら。ここのネジ締めろ」
「これ?」
「締めすぎンなよ。少しずつだ」
「うん」
「速くすンのは、その後だ」
「分かった!」
子供はしゃがみ込み、自分で調整を始めた。
デイトナは横から見ている。
「……そこ。もうちょい」
「こう?」
「そう」
別の常連が声を掛ける。
「デイトナ、次走らせる?」
「あァ。調整終わったらな」
「今日こそ飛ばさない?」
「飛ばねェっつってンだろ!」
「聞いた聞いた」
「その言い方ムカつくな!」
いつの間にか、普通にその輪の中にいた。
◇
ある休日。
GVとシアンがホビーショップへ入ると、コースの周りはすでに賑わっていた。
「あ」
最初にデイトナへ気付いたのはシアンだった。
GVもそちらを見る。
デイトナはコース脇にしゃがみ込み、年下の子のマシンを見ている。
その横には、以前ライブ会場で会ったらしい青年。
もう一人、店の常連らしい男。
誰かが何か言い、デイトナが怒鳴り返す。
全員が笑う。
GVは入口で少しだけ足を止めた。
「何突っ立ってンだよ」
デイトナが気付いた。
「いや」
「何だよ」
「もう人いるし。邪魔かなって」
数秒。
デイトナの眉間に皺が寄る。
「テメェもそうだろーが!」
「何が?」
「走らせる奴だよ!」
「分類そこなんだ」
「いいから出せ!」
シアンが横で笑った。
「GV、怒られてる」
「何で僕が」
「遅ェ!」
「はいはい」
ケースを開く。
それを待っている間にも、デイトナの周りでは会話が続く。
「そういやライブの抽選、今日だよな」
「あァ」
「当たったら一緒に行く?」
「席による」
「そこ選ぶんだ」
「当たり前だろ」
「デイトナさん!」
「今度は何だ!」
「締まった!」
「見せろ。……まだちょい甘い。貸せ」
「自分でやる」
「じゃあそこもう一回」
「うん!」
GVは少しだけその様子を見ていた。
「何だよ」
デイトナが睨む。
「いや、別に」
「その顔ムカつくな」
「何も言ってないじゃん」
「言ってねェからムカつくんだよ!」
「理不尽だなあ」
シアンがケースを開きながら笑う。
「デイトナ、仕事は?」
「今日は休みだ」
「炒飯作れるようになったんでしょ?」
「あァ」
「今度食べたい」
「来りゃ作ってやる」
GVも顔を上げる。
「僕も」
「テメェは金払え」
「シアンは?」
「……」
「払わなくていいの?」
「うるせェ!」
「差別だ」
「テメェは絶対取る!」
「何で」
「何か腹立つからだ!」
「料金の決め方として最悪だなあ」
周りが笑う。
「じゃあGV、勝ったら奢ってもらえば?」
ライブ仲間が言った。
「いいね、それ」
「よくねェ!」
「じゃあ僕が勝ったら炒飯」
「オレが勝ったら?」
「……何欲しい?」
「そこからかよ!」
「デイトナ、何欲しいの?」
「考えてねェ!」
「じゃあ賭けにならないじゃん」
「うるせェな!」
デイトナは自分のマシンをコースへ置いた。
「いいから走らせろ!」
「逃げた」
「逃げてねェ!」
「今日飛ばない?」
シアンが聞く。
「飛ばねェ!」
即答だった。
GVも自分のマシンを隣へ置く。
「その宣言した時、大体飛ぶんだよなあ」
「今日は飛ばねェ!」
「二回言った」
「黙れ!」
スタートの合図。
小さなマシンが一斉に飛び出した。
デイトナの一台が先頭へ躍り出る。
「よっしゃァ!」
「速っ」
「でも次ジャンプだよ」
「飛ばねェっつって――」
マシンが跳ぶ。
着地。
一瞬だけ大きく傾いた。
「うおおおおッ!」
何とか戻る。
「耐えた!」
「見たかァ!」
「今めちゃくちゃ焦ってたじゃん」
「耐えりゃ勝ちだろォが!」
「それはそう」
横で年下の子供が笑い、ライブ仲間も声を上げる。
GVとシアンが来たからできた輪ではなかった。
町中華には、怒鳴り合っても次の日にはまた顔を合わせる店主がいる。
ライブへ行けば、新曲の話をする相手がいる。
ホビーショップへ来れば、勝手にマシンを持ってくる子供がいる。
そこへGVたちが来る日もある。
来ない日もある。
どちらでも、デイトナの日常は続いていた。
「デイトナ、次!」
「待て! 今のセッティング確認してからだ!」
「珍しい」
GVが言う。
「何がだ!」
「すぐもう一回走らせないんだ」
「一回飛びかけただろーが!」
「成長したね」
「テメェに言われるとムカつく!」
「褒めてるのに」
「その顔がムカつくっつってンだよ!」
工具を手にしながら、デイトナは笑っていた。
メラクがGVの家を訪ねてきたのは、それから少し経った頃だった。
正確には、一人ではない。
呼び鈴が鳴って玄関を開けると、先に立っていたのは見覚えのない女性だった。落ち着いた服装に、きちんと伸びた背筋。必要以上に堅苦しくはないのに、立ち居振る舞いの一つ一つが妙に整っている。
その一歩後ろには。
「……」
メラクがいた。
GVは数秒、黙って扉を持ったままになる。
「……何でいるの」
「ボクも同じこと思ってる」
「来た側が言う?」
「だから来なくてもいいって言ったんだけど」
女性が静かに振り返った。
「メラク様」
「はいはい」
それだけでメラクは口を閉じる。
女性は改めてGVへ向き直り、一礼した。
「突然の訪問、失礼いたします。わたくし、メラク様の身の回りを預かっております、ミレイと申します」
「あ、はい」
「本日は、メラク様がこれまであなたへ行った一連の行為について、直接お詫びを申し上げたく参りました」
さらに深く頭を下げる。
「この度は、うちのメラクが大変ご無礼をいたしました」
「ちょ、ちょっと待ってください」
GVの方が慌てた。
「頭、上げてください」
ミレイが顔を上げる。
GVは一度メラクを見る。
当の本人は壁際に立ったまま、明らかにこの時間そのものを面倒そうにしていた。
「僕、まだメラクのこと許してないです」
ミレイは黙って聞いている。
「シアン連れていったことも、他のことも」
「……はい」
「でも」
GVは少し困ったように眉を下げた。
「あなたが謝ることじゃないと思う」
後ろから声が落ちる。
「ほら」
「メラク様」
「ボクもそう言ったんだけど」
「そういう意味ではございません」
「面倒だなあ……」
「本人が言う?」
GVが思わず返す。
メラクがこちらを見る。
「キミも結構言うね」
「メラク相手なら今さらでしょ」
「まあね」
ミレイが小さく息をついた。
GVはしばらく三人の立ち位置を見てから、扉をもう少し開けた。
「……とりあえず、入ります?」
「ですが」
「このまま玄関で謝られ続ける方が困るので」
「それは助かる」
メラクが即答する。
「立ってるのダルいし」
「キミ、本当に謝りに来た?」
「ミレイがね」
「メラク様」
「……ボクも来た」
「今言い直したよね」
◇
居間へ通しても、最初のうちは空気が固かった。
ミレイは改めて経緯を説明し、今後同じようなことが起きないよう――と話を続けている。
GVも真面目に聞いていた。
途中までは。
「あ」
メラクの視線が、テーブルの端で止まった。
「何?」
「それ」
置いてあった携帯ゲーム機を指す。
「ゲームだけど」
「そこ、進む方向逆」
「え?」
GVが画面を見る。
「どこ?」
「その道。戻ってる」
「こっち?」
「それ左」
「右って言ったじゃん」
「だから右」
「こっち?」
「……キミ、左右大丈夫?」
「普段は大丈夫だよ」
「普段って何」
「戦闘中とか」
メラクが黙った。
「ゲームより戦闘の方が得意なの、普通におかしいでしょ」
「僕も今ちょっと思った」
「そこ床違うから踏まない方がいいよ」
「罠?」
「見れば分かるじゃん」
「色ほとんど同じだよ」
「違うよ」
「どこが?」
「ここ」
「……同じじゃない?」
「貸して」
「やだよ。僕のだよ」
「じゃあ一回止まって。何でそのまま進むの」
「いけそうだったから」
「そういうのが一番試行回数増えるんだって」
気付けば二人とも画面を覗き込んでいた。
ミレイが静かに呼ぶ。
「メラク様」
「何?」
「お話の途中です」
「ああ」
ようやく顔を上げる。
「でももう、言うこと言ったんでしょ」
「わたくしが、です」
「じゃあ――」
メラクがGVを見る。
「……何かボクに言うことある?」
聞かれたGVは少し考えた。
謝ってほしいのか。
許してほしいと言ってほしいのか。
そのどちらも、今ここで決める気にはなれなかった。
「今はいい」
「そう」
メラクも、それ以上は聞かなかった。
すぐゲームへ視線を戻す。
「で、次は左」
「こっち?」
「そっちは右」
「……」
「やっぱりダメじゃん」
「戦闘中なら間違えないよ」
「比較対象がおかしいって」
◇
結局、その日はゲームの区切りがつくまでメラクが帰ろうとしなかった。
「メラク様、そろそろ」
「もう?」
「予定の時間です」
「ボス前なんだけど」
「セーブできるよ」
GVが言う。
「知ってる」
「じゃあいいじゃん」
「ここから次やるの、また思い出すのメンドい」
「攻略見れば?」
「それボクがさっき言ったやつ」
「じゃあそうすればいいじゃん」
「……」
メラクがゲーム機を見る。
「次来た時やる」
GVが顔を上げた。
「次来るの?」
「……」
メラクも止まる。
「今のなし」
「もう聞いたよ」
「忘れて」
「無理じゃない?」
「訂正する方がメンドいから、もういい」
ミレイがまた小さく息をついた。
◇
二度目は、またミレイと一緒だった。
三度目。
玄関を開けると、メラクだけが立っていた。
「……一人?」
「うん」
「ミレイさんは?」
「別の用事」
「そっか」
「で、この前の続き」
「本当に来たんだ」
「途中で止まってる方が気持ち悪いから」
「入る?」
「そのために来たんだけど」
「はいはい」
「その返事ムカつくなあ」
「メラクよく言うじゃん」
「そうだっけ」
「言うよ」
その日は一本クリアした。
次に来た時は、メラクの方が別のソフトを持っていた。
「これ、二人でできるよ」
「やりたいの?」
「一人だと作業量多いから」
「僕に半分押しつけたいだけじゃない?」
「結果的に早く終わるでしょ」
「遊びで効率求めるんだ」
「同じところ何回もやる方が嫌じゃない?」
「僕は結構やるかも」
「知ってる」
「何で」
「前のゲーム見てれば分かるよ」
「ちょっと腹立つなあ」
◇
そのうち、ゲーム以外のものまで混ざり始めた。
GVが机でミニ四駆を分解していると、隣に座っていたメラクが覗き込む。
「何してるの」
「セッティング変えようと思って」
「どう変えるか決めてる?」
「まだ」
「決めてないのに全部外したの?」
「走らせながら考えればいいかなって」
メラクが露骨に嫌そうな顔をした。
「それ何回やるの」
「何回って?」
「調整して、走らせて、飛ばして、また直すやつ」
「飛ぶ前提なの?」
「今までの話聞いてると」
「まあ……」
「説明書ないの?」
「あるよ」
渡すと、メラクは普通に最初から読み始めた。
「ちゃんと読むんだ」
「読むよ」
「意外」
「何も分かんないまま何回も失敗する方がメンドいでしょ」
ページをめくりながら言う。
「最初に全部速くする必要もないし。コース見てから決めればいいじゃん」
「慎重だね」
「試走一回で済ませたいだけ」
「それ慎重って言わない?」
「目的違うし」
◇
実際、初めてホビーショップへ連れていった日も、メラクはなかなかマシンを置かなかった。
コース脇に座って、他人が走らせている様子を眺め続ける。
「まだ?」
「待って」
「結構見たよ」
「ジャンプの後、外側に流れてるの多いから」
「うん」
「あとあそこ。速度乗せすぎると次のカーブで飛ぶ」
「……結構見てるね」
「何回も走らせるのメンドいから」
ようやくマシンを置く。
一度目。
完走。
戻ってきたマシンのローラーを一か所だけ調整した。
「もう一回?」
「これで最後」
「本当に少ないね」
「同じ失敗繰り返して何が楽しいの」
「たまに成功する」
「最初から成功率上げればいいじゃん」
「考え方合わないなあ」
「別に合わせなくてよくない?」
「それもそうだね」
◇
いつから来客扱いではなくなったのかは、よく分からない。
ある日、シアンが買い物から帰ると、メラクが普通に居間の床へ座っていた。
GVがゲームを操作し、その隣で菓子を食べている。
「ただいま」
「おかえり」
「……おかえり」
シアンがそこで止まる。
「またメラクいる」
「またって何」
「今週二回目じゃん」
「そうだっけ」
「昨日もいたよね」
「ああ」
シアンは靴を脱ぎながら笑った。
「もう友達じゃん」
GVとメラクが同時に黙る。
「……」
「……」
数秒後。
メラクが菓子を一つ取った。
「そういう定義、いる?」
「別に定義の話してないけど」
「ゲームしに来てるだけだよ」
「ミニ四駆も一緒にやってるよね」
「たまたま」
「新しいゲーム、一緒に買いに行ってなかった?」
「……」
「友達じゃん」
「……別に」
シアンがにやっと笑う。
「ふーん」
「何、その顔」
「何でもない」
「絶対何かあるでしょ」
「ないよ」
シアンはそのまま買い物袋を持って台所へ向かった。
「今日カレーだけど、メラクも食べる?」
「食べる」
返事は早かった。
GVが横を見る。
「即答」
「帰ってから用意する方がメンドいし」
「そういう理由なんだ」
「理由なんて何でもよくない?」
「まあね」
ゲーム画面へ視線を戻す。
「ねえ、ここどっち?」
「左」
「こっち?」
「それ右」
「……」
「キミ本当に左右弱くない?」
「普段は大丈夫だって」
「戦闘中?」
「うん」
「それの方がおかしいんだよ」
メラクは面倒そうに言いながら、菓子の袋をGVの方へ少し押した。
GVも何も言わず、一つ取った。
シアンの言う通りなのかもしれないし、違うのかもしれない。
少なくとも、許したわけではない。
それでも次に呼び鈴が鳴った時、GVはもう、玄関の向こうにメラクがいても驚かなかった。
学校へ通い始めてしばらくすると、三人の一日は少しずつ別々になっていった。
GVとシアンは同じ中学校へ通っているが、学年は違う。
「シアン、今日一緒に帰る?」
「今日は友達と駅前行く」
「そっか」
「GVは?」
「クラスの子と映画見ることになった」
「またスパイダーマン?」
「向こうが見たいって言ったんだよ」
「説明しすぎないでね」
「まだ何もしてないよ」
放課後の廊下でそれだけ話し、二人は別々の方向へ歩いていく。
朝も帰りも、必ず一緒というわけではなくなった。
シアンにはシアンの友達ができた。GVにも、映画やミニ四駆の話をする同級生がいる。
それでも夜になれば同じ食卓につく。
「今日ね、友達と服見てきた」
「買った?」
「今日は見ただけ。GVは?」
「映画見た」
「何分説明した?」
「……最初の二十分」
「長い!」
「必要なんだって」
学校へ行く前より、一緒にいない時間は増えた。
その分、家で話すことも増えた。
◇
エリーゼは二人より年上だったため、別の高校へ通った。
最初の頃は、何かへ誘われるたびに相手の顔を窺っていた。
「エリーゼ、今日も残る?」
「今日は……」
一度、考える。
「帰ります。読みたい本があるので」
「そっか。また明日ね」
「はい。また明日」
誘われたから行くのではなく、行きたい時に行く。
帰りたい時には帰る。
そんな小さな選択が、いつの間にか普通になっていった。
◇
さらに数年後。
大学へ進んだエリーゼは、別の意味で少し有名になっていた。
「エリーゼってサークル何個入ってんの?」
昼休み、友人に訊かれて、エリーゼは目を瞬く。
「三つ……だと思います」
「だと思うって何だよ。先週、別のところにもいたじゃん」
「運動系にもいるよね?」
「文芸にもいるだろ」
「体力どうなってんの?」
「い、いえ。わたし自身は、そんなに――」
そこで姿勢が変わった。
「ちょっと。昨日のはアタシよ。こっちまで一緒に数えないで」
「……?」
「何でもないわ」
「いや今のめちゃくちゃ気になるんだけど」
エリーゼは誤魔化すように端末を開いた。
予定表には、色分けされた予定がびっしり並んでいる。
講義。読書会。運動。買い物。サークル。
そして黄色い欄が一つ。
『新作スイーツ 十五時』
表情から力が抜けた。
「……今日、わたし」
「これ?」
「……うん」
「これも予定なの?」
「……大事」
「そこだけ妙に強いな」
◇
その日の夜。
エリーゼはソファへ倒れ込んでいた。
「……身体が痛いです」
「昨日アタシが動いたからでしょ」
「でも、昨日はわたしじゃ……」
「身体は同じなのよ」
「……お菓子」
「今それ?」
冷蔵庫へ視線が向く。
シアンが予定表を覗き込んだ。
「明日は?」
「講義のあとに――」
「……休む」
短い声が先に答えた。
少し間が空く。
「……そうですね」
「アタシも異議なし」
「じゃあ休みね」
予定表から、一日の予定が消える。
かつて何をするかさえ他人に決められていたエリーゼは、今では三つのやりたいことを一つの身体でどう収めるかに頭を悩ませていた。
随分と、普通のことで困るようになっていた。
休日のホビーショップ。
以前より少し広くなった常設コースの周りには、見慣れた顔が増えていた。
「今日は飛ばねェ」
デイトナが宣言する。
「それ何回目?」
GVが訊く。
「今日はマジだ!」
「毎回そう言ってるじゃん」
「うるせェ!」
その少し離れたところで、メラクはまだマシンを置いていなかった。
「メラク、走らせないの?」
シアンが覗き込む。
「見る」
「まだ?」
「まだ」
「結構待ってるよ」
「一回で済ませたいから」
前を走っている他のマシンを見る。
ジャンプの後。
バンク。
最後の連続カーブ。
メラクはしばらく黙って観察し、ようやく腰を上げた。
「たぶんこれでいい」
「たぶんなんだ」
「絶対って言うためにもう一回試すのメンドいし」
「そこは徹底してるね」
◇
「蒼き雷霆」
「何?」
アキュラがGVのマシンを指す。
「右前」
「右前?」
「ローラーがずれている」
GVがしゃがみ込む。
「あ、本当だ」
「次から確認しろ」
「ありがとう」
「礼はいらん」
「でも教えてくれたじゃん」
「走行途中で外れて巻き込まれれば、こちらにも迷惑だ」
「優しいって言わない方がいい?」
「言うな」
「分かった」
横でシアンが吹き出した。
「何だ」
「何でもない」
「笑うな」
「笑ってない」
「笑っている」
◇
そんな輪の中に、毎回来るわけではない顔もあった。
「へえ」
店へ入ってきた紫電が、コースを眺める。
「相変わらずやってるんだね、キミたち」
GVが振り返った。
「あ、紫電」
「ずいぶん普通に呼ぶね」
「じゃあ何て呼べばいいの」
「いや、今のでいいけど」
シアンがケースを抱えたまま訊く。
「今日は仕事じゃないの?」
「休日だよ」
「市場調査?」
GVが言う。
紫電の眉が僅かに動いた。
「……もうそれはいいよ」
「認めた」
「何をかな?」
「遊びに来たって」
「そこまでは言ってないけど」
「じゃあ帰る?」
「それも違うね」
「じゃあやる?」
GVが予備のマシンケースを指す。
紫電は数秒だけ黙る。
「……まあ、少しくらいなら付き合ってあげてもいいよ」
「やるんじゃん」
「キミ、いちいち言葉にしないと気が済まないの?」
「ちょっと面白いから」
「腹立つなあ」
そう言いながら、紫電は普通に空いている席へ座った。
◇
「よし」
デイトナが自分のマシンを置く。
「今日こそぶっちぎる!」
「飛ばないのが先じゃない?」
シアンが言う。
「速くなきゃ意味ねェだろ!」
「完走しなきゃもっと意味ないよ」
「今のはちょっと効いた」
GVが横から言う。
「テメェは黙ってろ!」
反対側でメラクがマシンを置いた。
「ボク、飛ばなきゃそれでいい」
「勝つ気あンのかテメェ!」
「あるよ」
「見えねェ!」
「大声出さないと勝てないの?」
「関係ねェだろ!」
紫電がそのやり取りを見ながら、自分のマシンを調整する。
「賑やかだねえ」
「紫電も結構楽しそうじゃん」
GVが言う。
「キミは他人を観察しすぎなんだよ」
「紫電が分かりやすいんじゃない?」
「へえ。じゃあ次は勝って黙らせようかな」
「いいね」
「その反応、昔から変わらないね」
◇
スタート位置にマシンが並ぶ。
GV。
シアン。
アキュラ。
デイトナ。
メラク。
紫電。
店員が全員を見る。
「いきますよ」
一斉に手が離れる。
直線。
最初に飛び出したのはデイトナだった。
「見たかァ!」
「まだ最初だよ!」
シアンが声を上げる。
アキュラは何も言わない。
速度を保ったまま、最短のラインを取る。
GVがその後ろへ付く。
紫電も離れない。
一方で、シアンとメラクは少し後ろだった。
「シアン、今日も抑えてる?」
「抑えてるんじゃないよ」
「じゃあ何」
「これでいいの!」
ジャンプ。
デイトナのマシンが大きく浮く。
「行けェ!」
着地。
跳ねる。
「うおっ!」
何とか残った。
「耐えたァ!」
「今すごい危なかったよ」
「残ってンだろ!」
次のカーブ。
アキュラが少し速度を落とす。
GVも同じ場所で調整する。
紫電はそこへ別のラインから入った。
「へえ」
GVが声を漏らす。
「そこ行くんだ」
「キミだけが考えてると思わないでほしいね」
「思ってないよ」
「ならよし」
後ろではメラクがほとんど動かない。
無理に前へ出ない。
「メラク、遅くない?」
デイトナが叫ぶ。
「別に」
「抜けねェぞ!」
「そのうち誰か飛ぶでしょ」
「誰が飛ぶか!」
直後。
前を走っていた別のマシンがコースアウトした。
「ほら」
「テメェの話じゃねェ!」
◇
終盤。
先頭争いはまだ詰まっていた。
デイトナ。
アキュラ。
GV。
紫電。
その少し後ろから、シアンが一定の速度で追う。
誰より速いわけではない。
けれど、ほとんど姿勢を崩さない。
最後の難しいコーナー。
デイトナのマシンが僅かに浮いた。
「っ!」
アキュラも外へ膨らむ。
GVが巻き込まれないよう速度を落とす。
紫電も少し遅れる。
そこへ、空いた内側をシアンが抜けた。
「あ」
GVが気付く。
「今」
「見てる!」
シアンのマシンがそのまま前へ出る。
「行け!」
ゴール。
一番に線を越えたのは、シアンだった。
「……」
一瞬。
シアン自身が固まる。
「勝った?」
店員が笑う。
「はい。一着です」
「やった!」
シアンの顔が一気に明るくなる。
「見た、GV?」
「見たよ」
「最後抜いた!」
「うん」
「やった!」
デイトナが自分のマシンを回収しながら叫ぶ。
「またそれかよ!」
「またって何!」
「最後まで残って抜くヤツ!」
「勝ったからいいでしょ!」
「次はもっと速くしてやる!」
「また飛ぶよ」
「飛ばねェ!」
横ではアキュラが無言で自分のマシンを確認していた。
GVが覗き込む。
「今の惜しかったね」
「黙れ」
「次どこ変えるの?」
「貴様に言う必要はない」
「もう考えてるんだ」
「黙れと言った」
紫電は少し離れたところで笑っている。
「なるほど。思ったより面白いね」
GVがすぐに反応した。
「認めた」
「何をかな?」
「ミニ四駆」
「キミ、今日それ二回目だよ」
◇
メラクだけは、自分のマシンを持ったまま首を傾げていた。
「……一回で十分かな」
「もうやらないの?」
シアンが訊く。
「調整したいところ分かったし」
「次走らせないと確認できなくない?」
「次来た時でいいよ」
「今日やればいいじゃん」
「今日やる理由ある?」
「楽しいから?」
「……」
メラクは少し考えた。
「それはまあ、あるけど」
GVが笑う。
「じゃあもう一回やる?」
「……一回だけ」
「結局やるんだ」
「今ので気になるところできたから」
「それ理由変わってない?」
「細かいなあ」
再びマシンが並ぶ。
勝っても終わらない。
負けても終わらない。
飛べば直す。
負ければ変える。
上手くいけば、今度はもっと上手くやりたくなる。
「次、いくよ!」
シアンの声に、全員がそれぞれのマシンへ手を伸ばした。
その日の夜。
夕食も片付けも終わり、エリーゼが自室へ戻ったあとだった。
GVもそろそろ部屋へ戻ろうとしたところで、後ろから呼び止められる。
「GV」
「ん?」
振り返ると、シアンがリビングの入口に立っていた。
「ちょっと歩かない?」
「今から?」
「うん」
時計を見る。
遅すぎる時間ではない。
「いいよ」
GVが上着を取ると、シアンもそれ以上理由を説明しなかった。
◇
家から少し歩いた先の川沿いは、昼間よりずっと静かだった。
二人で並んで歩く。
学校のこと。
今日食べたもの。
GVが放課後、クラスメイトにまた映画を薦めたこと。
シアンが友達と駅前へ寄って、新しくできた店を見てきたこと。
いつも通りの話をしていた。
「それでね、次の休みも一緒に行こうって」
「いいじゃん」
「うん。今度はもう一人来るって」
「へえ」
「GVは?」
「ミニ四駆やりたいって言われた」
「また増えたの?」
「僕から誘ってないよ」
「ほんと?」
「何で疑われてるの」
「だってGVだし」
「理由になってないなあ」
シアンが笑う。
GVも笑った。
そこで会話が途切れた。
少しだけ歩いて。
シアンが立ち止まる。
「GV」
「何?」
GVも止まった。
シアンはすぐには話さなかった。
ここまで来る間、何度か言おうとしていた。
でも、学校の話をしている方が楽だった。
友達の話も、放課後の話も。
全部、本当に楽しいから。
「わたし、今は友達もいる」
「うん」
「学校も楽しいし、一人で出掛けることもある」
「うん」
GVが先を急かさない。
それで少しだけ言いやすくなった。
「GVがいなくても、楽しいことはちゃんとある」
GVが一度瞬いた。
「……うん」
「だから」
シアンは自分の手を握る。
「GVしかいないからじゃない」
今度は、GVが何も返さなかった。
ちゃんと聞いている。
シアンにはそれで十分だった。
「前は、自分でもよく分かってなかったけど」
一度、息を吸う。
「今は分かる」
顔が熱い。
逃げたくなる。
でも目は逸らさなかった。
「GVが好き」
言えた。
それなら、もう一つも言える。
「一緒にいたい」
川の音だけが残った。
GVは少し驚いた顔をしていた。
シアンは待つ。
十秒も経っていないはずなのに、やけに長く感じた。
「……何か言ってよ」
「あ、ごめん」
「何で謝るの」
「いや」
GVが頬を掻いた。
「ちょっと驚いた」
「……そう?」
「告白されたことには」
シアンの眉が寄る。
「されたことには?」
「うん」
「何その言い方」
「あ」
遅かった。
シアンがじっと睨んでいる。
「もしかして」
「……」
「知ってた?」
「知ってたっていうか」
「GV」
「なんとなく」
「いつから!」
「ちゃんと分かったのは最近だよ」
「最近っていつ!」
「そこまで聞く?」
「聞く!」
さっきまでの緊張が、半分くらい腹立たしさに変わっていた。
「わたし、ずっとどう言おうって考えてたんだけど!」
「うん」
「今日だってすごい緊張してた!」
「それは分からなかった」
「分かってよ!」
「無理だよ」
「もう!」
シアンが顔を背ける。
「……言わなきゃよかった」
「それは困る」
返事だけは早かった。
シアンが振り向く。
「何で?」
GVは少し黙った。
今度は、さっきまでのシアンと逆だった。
「僕も言おうと思ってたから」
「……え」
「いつ言えばいいのか分かんなかったけど」
GVが視線を外す。
「僕もシアンが好きだよ」
今度はシアンが固まった。
「……ほんと?」
「うん」
「それ、わたしが好きって言ったからじゃなくて?」
「違うよ」
GVはそこだけは迷わなかった。
「僕がそう思ってた」
シアンの顔がまた熱くなる。
「一緒にいるの楽しいし」
「……うん」
「学校で別々に過ごすようになってからも、帰ったらシアンに話そうって思うこと結構あるし」
「うん」
「だから」
GVがシアンを見る。
「僕も、一緒にいたい」
「……」
「シアン?」
「今ちょっと喋らないで」
「何で」
「恥ずかしいから」
「僕が?」
「わたしが!」
「ああ」
「納得しないで!」
シアンが両手で顔を押さえる。
それでも、指の隙間から笑っていた。
しばらくしてから顔を上げる。
「じゃあ……」
「うん」
「付き合う?」
今度はGVもすぐ答えた。
「うん」
「ちゃんと言って」
「そこ必要?」
「必要」
「分かった」
GVも少し照れたように笑う。
「付き合おう、シアン」
「……うん」
言ってしまえば、妙に普通だった。
雷も落ちない。
何かが劇的に変わるわけでもない。
二人ともそこにいて、いつもの川沿いに立っている。
ただ、さっきまでとは少しだけ違う。
「帰ろっか」
シアンが言った。
「うん」
GVが隣へ並ぶ。
その瞬間だった。
「GV」
「何?」
シアンが振り向く。
一歩近づいて。
背伸びをした。
唇が触れる。
本当に一瞬だった。
「……」
離れる。
GVは動かなかった。
瞬きすら忘れたように固まっている。
シアンも耳まで真っ赤だった。
けれど。
GVの顔を見た途端、恥ずかしさより先に笑いが込み上げた。
「どう?」
「……」
「これは予想外だったでしょ? GV」
「……うん」
数秒遅れて、GVが顔を逸らす。
「……僕の負け」
「やった」
「何に勝ったの」
「GVに」
「それは分かるけど」
「じゃあいいじゃん」
「よくないよ」
GVが一歩下がる。
シアンが一歩詰める。
「何で逃げるの?」
「逃げてない」
「下がったじゃん」
「ちょっと距離取っただけ」
「それ逃げてるって言うんじゃない?」
「……シアン今日ちょっと強くない?」
「GVが弱いだけじゃない?」
「さっきまで顔真っ赤だったのに」
「今も赤いよ!」
「自分で言うんだ」
「うるさい」
シアンは少し迷ってから、いたずらっぽく笑った。
「もう一回する?」
「えっ」
GVが本気で固まる。
それを見て、シアンが吹き出した。
「冗談」
「……」
「GV?」
「今日のシアンちょっと怖いな」
「何で!」
「心臓に悪い」
「戦ってる時はあんな無茶するくせに」
「種類が違うよ」
「ふふ」
「笑わないで」
「だって面白いんだもん」
◇
帰り道。
さっきより二人の間が少し空いていた。
正確には、GVが微妙な距離を取っていた。
「GV」
「何?」
「遠くない?」
「普通だよ」
「さっきまでこんな離れてなかった」
「気のせいじゃない?」
「絶対違う」
「……」
「GV?」
しばらく黙っていたGVが、歩く速度を少し落とした。
そして。
今度は自分から、シアンの手を取った。
「……」
シアンが手元を見る。
それからGVを見る。
「こっちはできるんだ」
「これくらいなら」
「これくらいって何」
「手繋ぐくらい」
「ふーん」
「何その顔」
「別に」
「絶対何か思ってる」
「思ってないよ」
シアンは指を握り返す。
GVは前を向いたまま、一度もこちらを見ない。
「ねえ」
「何?」
「こっち見て」
「今は無理」
「何で?」
「分かってるでしょ」
シアンは少しだけ笑った。
「うん」
繋いだ手を、もう少し強く握る。
「分かってる」
翌朝。
シアンは、いつも通り朝食を作っているつもりだった。
「シアン」
「何?」
「それ、さっきから三回拭いてるよ」
GVに言われ、シアンは手元を見る。
同じ皿を持ったまま、ずっと布巾を動かしていた。
「……きれいになるからいいでしょ」
「もう十分きれいだと思う」
「何その顔」
「何もしてないよ」
『してるわよ』
待っていたようにモルフォが現れた。
『二人とも朝からものすっごく分かりやすい顔してる』
「モルフォ」
『何よ』
「余計なこと言わないで」
『まだ何も言ってないじゃない』
「その顔で分かる!」
シアンが端末を伏せようとする。
『ちょっと! 物理的に閉じようとしないで!』
「朝からうるさいなあ……」
GVが味噌汁を飲む。
モルフォが今度はそちらを見た。
『で、GV』
「何?」
『昨日どうだった?』
「……」
『はい、今の間で大体分かった』
「何が」
『全部』
「便利だね、その能力」
『第七波動関係ないわよ!』
向かいでは、エリーゼが箸を止めていた。
視線がGVとシアンの間を往復する。
「……あの」
「何?」
シアンが答える。
「もしかして、何かあったんですか?」
GVとシアンが同時に止まった。
『ほら!』
「モルフォは黙ってて!」
『何でアタシだけ!』
シアンがGVを見る。
GVもシアンを見る。
「……言う?」
「うん」
シアンが少し姿勢を正した。
「わたしたち、付き合うことになったの」
「……」
エリーゼが目を丸くした。
「そう、なんですね」
それから柔らかく笑う。
「おめでとうございます」
「ありがとう」
シアンも照れながら笑う。
「GVさんも」
「ありがとう」
「……何か、少し安心しました」
「安心?」
「はい。お二人とも、ずっと仲が良かったので……」
「そんな分かりやすかった?」
GVが訊く。
「えっと……」
エリーゼが困る。
次の瞬間、背筋が伸びた。
「分かりやすいに決まってるでしょ」
「うわ」
「何よ、その反応」
「急に来たから」
「アタシじゃなかっただけで、さっきから聞いてたわよ」
エリーゼは腕を組む。
「むしろ今まで付き合ってなかった方が変じゃない?」
「そこまで?」
「そこまでよ」
シアンの顔がまた赤くなる。
「だってアンタたち、普通に距離近いもの」
「そうかな」
「そうよ。GVなんてシアンがいないと『まだ帰ってないの?』ってすぐ聞くじゃない」
「一緒に住んでるんだから普通でしょ」
「それを毎回やるのがって言ってんの」
「……」
「ほら」
エリーゼが勝ち誇ったように笑う。
それからふっと力が抜けた。
「……知ってた」
「え?」
今度は短い声だった。
エリーゼがシアンを見る。
「……好き」
「……うん」
「……GVも」
GVを見る。
「僕も?」
「……見てた」
「何を?」
「……いっぱい」
それだけ言うと、また朝食へ視線を戻した。
『三人格全員にバレてたわね』
「モルフォ」
『はいはい』
「絶対楽しんでるでしょ」
『そりゃあね』
モルフォはにやりと笑う。
『で? キスは?』
GVが味噌汁でむせた。
「モルフォ!」
『はい確定』
「何も言ってない!」
『言ってないから分かるのよ』
「最悪!」
エリーゼがまた小さく笑った。
◇
学校では、まだ言わないことにした。
二人とも学校にはそれぞれの友人がいるし、今すぐ全員へ知らせる必要もない。
ただ、普段から関わっている相手には、そのうち自然に伝わっていった。
最初に直接話した相手はアキュラだった。
休日のホビーショップ。
「蒼き雷霆」
「何?」
「右前」
「右前?」
「ローラーがずれている」
GVがマシンを持ち上げる。
「あ、本当だ」
「次から確認しろ」
「ありがとう」
「礼はいらん。走行中に外れれば他のマシンを巻き込む」
「はいはい」
「その返事をやめろ」
GVはドライバーを回しながら、ふと思い出した。
「あ、そうだ」
「何だ」
「僕とシアン、付き合うことになった」
「そうか」
アキュラは自分のマシンへ視線を戻した。
「……」
「……」
GVが横を見る。
「それだけ?」
「他に何がある」
「いや、ないけど」
「なら終わりだ」
「もうちょっと驚くかと思った」
アキュラが露骨に面倒そうな目を向ける。
「何故オレが貴様と電子の謡精の相引きに驚かなければならん」
GVが止まった。
「……相引きって言うんだ」
「黙れ」
「そこ気にするんだ」
「黙れ、蒼き雷霆」
「はいはい」
「それをやめろと言っている」
そして会話は本当に終わった。
◇
メラクの場合は、もっと短かった。
いつものようにGVの家でゲームをしている時だった。
「そういえば」
「何」
「僕とシアン、付き合うことになった」
「あー」
「……」
「何?」
「いや」
GVが画面を見たまま首を傾げる。
「それだけ?」
「やっぱり、って感じだし」
「やっぱり?」
「そうなるんじゃないかなって」
「そんな分かりやすかった?」
「知らない」
「今答えたじゃん」
「そこ掘るのメンドい」
「まだほとんど話してないよ」
「十分でしょ」
その瞬間、GVの操作していたキャラクターが穴へ落ちた。
「あ」
「ほら。喋ってるから」
「メラクが話してたんじゃん」
「話し始めたのキミでしょ」
「……そうだった」
「次、そこジャンプね」
「うん」
恋愛報告は、三十秒も保たなかった。
◇
デイトナには町中華で知られた。
「いらっしゃ――」
厨房から顔を出したデイトナが止まる。
GVとシアンが並んで座っていた。
「何だテメェら」
「ご飯」
「見りゃ分かる!」
「じゃあ何で聞いたの」
「うるせェ」
シアンがメニューを見る。
「わたし炒飯」
「いつものな」
「うん」
「GVは?」
「僕も」
「テメェは大盛り」
「何で」
「食えンだろ」
「食べるけど」
注文を書きながら、デイトナが二人を見た。
「……何かテメェら今日変じゃねェ?」
シアンの肩が僅かに動く。
GVが普通に答える。
「ああ。僕ら付き合うことになった」
「……」
デイトナのペンが止まった。
「は?」
「僕とシアン」
「聞こえてる!」
「じゃあ何で――」
「そういう意味じゃねェ!」
店内に声が響いた。
厨房から店主が顔を出す。
「デイトナ! 客に怒鳴んな!」
「今は違ェ!」
「何が違う!」
「あとで話す!」
「仕事せんか!」
「分かってる!」
いったん厨房へ戻りかけ、またこちらへ来る。
「シアン」
「何?」
「テメェが決めたんだな?」
「うん」
シアンは迷わない。
「わたしが決めた」
「……そっか」
デイトナは一度だけ頭を掻いた。
「ならいい」
続いてGVを見る。
「テメェ」
「何?」
「シアン泣かせたらぶっ飛ばす」
「何で僕だけ」
「そりゃテメェ――」
「デイトナ」
シアンが割って入る。
「わたしがGV泣かせることもあるかもしれないよ」
「……」
デイトナが止まる。
GVも横を見る。
「泣かせる予定あるの?」
「ないよ!」
「なら何で」
「そういう話じゃないの!」
「テメェら面倒くせェな!」
「デイトナに言われたくない」
「GV!」
「何」
「今のテメェすげェ腹立つ!」
結局、炒飯はちゃんと二人分出てきた。
◇
そして紫電。
彼の反応だけは、少し違った。
「紫電」
「何だい?」
休日のホビーショップ。
珍しく仕事抜きで来ていた紫電は、自分のマシンのローラーを調整していた。
「僕とシアン、付き合うことになった」
紫電の手が止まった。
「……え?」
GVが眉を上げる。
「何、その反応」
「いや」
紫電が顔を上げた。
珍しく、本当に不思議そうな顔だった。
「キミたち、今まで付き合ってなかったのかい?」
「そこ?」
「そこだよ」
紫電は工具を置いた。
「キミ、彼女を取り返すためにあそこまで来ただろう」
「……まあ」
「《蒼き雷帝》にまでなってね」
「それとこれは別でしょ」
「別なのかい?」
「恋愛とはね」
「へえ……」
紫電はまったく納得していなかった。
「彼女の方も大概だったけどね」
「シアン?」
「キミがどれだけ強いとか、キミなら来るとか、キミなら止めるとか」
GVが瞬く。
「……そんな言ってたの?」
「言ってたよ」
「僕知らない」
「知らなかったのかい?」
紫電が笑い始めた。
「何」
「いや。ようやく分かったよ」
「何が?」
「キミたち、互いのことはあれだけ信じてるくせに、そこだけ確認してなかったんだね」
「……」
「ボクからすれば、付き合ったことより今まで付き合ってなかったことの方が驚きだよ」
「そんなもの?」
「少なくとも、あの場にいた人間からすればね」
紫電は再び工具を取る。
「一人を取り返すためにあれだけやった少年と、その少年が必ず来ると信じ切ってた少女だろう?」
「言い方が大きいなあ」
「実際大きかったんだよ。巻き込まれた側としては」
「それは……ごめん」
「今さら謝らなくていいよ」
紫電は小さく笑った。
「まあ、おめでとう。ようやく、ね」
「最後余計じゃない?」
「事実だろう?」
「……否定しづらい」
◇
そして最後まで一番面倒だったのは、やはりモルフォだった。
『ねえGV』
「何?」
『昨日また手繋いで帰ってきたわよね』
「見てたの?」
『見える位置にいたんだから仕方ないでしょ』
「モルフォ!」
『何よ』
「もうその話やめて!」
『じゃあ別の話』
「何?」
『次はGVからキスしなさいよ』
「モルフォォ!」
GVまで固まった。
『何よ二人して』
「何で僕まで」
『アンタにも言ってるんだから当然でしょ』
「……」
『あら』
モルフォが笑う。
『まだそこ弱いのね』
「うるさい」
GVが珍しく即答した。
シアンがその横で吹き出す。
「GV、顔赤い」
「シアンもでしょ」
「GVの方が赤い」
「比べなくていいよ」
『はいはい、ごちそうさま』
「何が!」
二人同時に返した。
モルフォはますます楽しそうに笑った。
付き合い始めても、急に何もかもが変わるわけではなかった。
アキュラは相変わらずミニ四駆の不備を指摘し、メラクはゲームを続け、デイトナは怒鳴り、紫電は嫌味を言い、エリーゼたちは同じ家で朝食を食べる。
ただ、その日常の中で。
GVとシアンが隣にいる理由が、一つだけ増えていた。
夜。
夕食が終わり、シアンが食器を片付けている間、GVは冷蔵庫を開けた。
「……ない」
「何が?」
「プリン」
シアンが台所から振り返る。
「昨日買ってたやつ?」
「うん。今日食べようと思って名前も書いた」
「ちゃんと書いたんだ」
「前に全部なくなったからね」
『成長したわね』
「プリンで言われても嬉しくないなあ」
モルフォの声を聞き流しながら、GVは念のため棚の奥まで確認した。
ない。
扉を閉める。
ちょうどその時、エリーゼが居間へ入ってきた。
GVを見る。
「……」
「エリーゼ」
「……なに」
短い返事だった。
GVは少しだけ嫌な予感がした。
「僕のプリン知らない?」
「……ない」
「食べた?」
「……食べた」
「早いなあ」
シアンが口元を押さえた。
GVはエリーゼを見る。
「名前書いてたよね?」
「……あった」
「読めた?」
「……読めた」
「じゃあ何で食べたの」
エリーゼは少し考えた。
「……あったから」
「名前の意味なくない?」
『強いわね、この子』
「モルフォは面白がらないで」
エリーゼは冷蔵庫を見る。
もう一度開ける。
「……ない」
「食べたからね」
「……うん」
「探しても復活しないよ」
「……残念」
「僕の台詞なんだけど」
とうとうシアンが笑った。
「ごめん、GV」
「シアン何もしてないでしょ」
「分かってるけど」
『全然慰める気ないわね』
エリーゼは冷蔵庫を閉じると、少しだけGVの方へ顔を向けた。
「……次」
「次?」
「……半分」
少し間を置く。
「……あげる」
GVが瞬く。
「僕が買ったやつを?」
「……」
エリーゼは目を逸らした。
「……半分」
「そこは譲らないんだ」
「GV」
シアンが呆れたように呼ぶ。
「何?」
「もうそれでいいじゃん」
「まあ、いいけど」
GVは少し笑った。
「じゃあ次、一緒に食べよう」
「……うん」
『甘いわねえ』
「プリンだけに?」
『そういう意味じゃないわよ』
「分かってるよ」
◇
食後は映画を見ることになった。
以前にも何度か見た作品だったが、GVがまた見たいと言い出し、シアンが「今度は解説なし」を条件に了承した。
エリーゼもソファの端へ座る。
「じゃあ始めるよ」
「GV」
「まだ何も言ってないよ」
「先に言っとくの」
「信用ないなあ」
『実績があるもの』
「モルフォまで」
再生ボタンを押す。
映画が始まって数分。
GVの端末が震えた。
画面を見る。
デイトナからだった。
『次の休み来い』
続けて、
『今度はマジで飛ばねェ』
さらに少しして、
『たぶん』
「弱くなった」
「何が?」
「デイトナの自信」
シアンが画面を覗く。
「たぶんって言うようになったんだ」
「成長かな」
『そこ?』
次の通知はメラクだった。
ミニ四駆のパーツの写真と、
『これ試したい』
それだけ。
「メラクも来るみたい」
「自分から?」
「うん」
「珍しいね」
「最近はそうでもないよ」
最後に届いたのは紫電だった。
『来週なら空いてるよ』
その直後。
『別に、それだけのために予定を空けたわけじゃないけど』
GVとシアンが同時に画面を見る。
「……」
「……」
『何で一文で済ませなかったのかしらね』
「市場調査かな」
「シアン、それ本人の前では言わない方がいいよ」
「GVが言ってたじゃん」
「もう怒られたから」
『懲りたのね』
「学習はするよ、僕も」
GVは『分かった』とだけ返し、端末を伏せた。
「もう見ないの?」
「映画中だからね」
「さっきまで見てたくせに」
「今から」
「はいはい」
◇
映画へ戻る。
十分後。
「ここ――」
「GV」
「……まだ三文字だよ」
「解説なし」
「感想かもしれないじゃん」
「じゃあ一言だけ」
「ここ好き」
「知ってる」
「何で?」
「前に聞いた」
「そんな話した?」
「したよ」
『したわね』
「……してましたね」
エリーゼまで頷く。
「みんな覚えてるんだ」
「GVが何回も言うからでしょ」
「そんなに?」
シアンが無言で見てくる。
「……じゃあ続き見よっか」
「うん」
GVが前へ向き直る。
その時、ソファの上で手が触れた。
どちらからともなく指が絡む。
付き合い始めてから増えたのは、その程度だった。
少ししてシアンが横を見る。
「GV」
「何?」
「映画」
「見てるよ」
「今、手見てた」
「ちょっとだけ」
「ふふ」
「笑わなくてもいいじゃん」
『まだ慣れてないの?』
「モルフォ」
『はいはい』
GVは今度こそ画面を見る。
◇
映画が半分ほど進んだ頃、エリーゼがテーブルの菓子へ手を伸ばした。
一つ。
もう一つ。
GVが横を見る。
「二個目?」
「……」
「今日は一個までじゃなかった?」
「……違う」
「何が?」
「……映画」
「映画の日は二個ってルールあった?」
「……今」
「今できたの?」
エリーゼは二個目を持ったまま、じっとGVを見る。
「……二個」
「交渉してる?」
「……二個」
「前より強くなってるなあ」
シアンが笑う。
「一個半にしたら?」
「どうやって」
「半分に割る」
「なるほど」
GVが菓子を受け取ろうとすると、エリーゼは少し考え、一つだけ差し出した。
「……半分」
「一個丸ごとだけど」
「……細かい」
「今の誰に似たんだろう」
『アンタじゃない?』
「僕?」
「ちょっと分かるかも」
「シアンまで?」
また映画が止まった。
そのままプリンの話に戻り、次に何を買うかで揉め、気付けば十五分ほど経っていた。
GVが時計を見る。
「……今日中に終わる?」
「GVが止めるからでしょ」
「今回は僕じゃないよ」
「最初の感想はGV」
「あれ三文字だよ」
『関係ないわよ』
「厳しいなあ」
シアンがリモコンを取る。
「続き、明日にする?」
GVは時計を見て、それから画面を見る。
まだ半分近く残っている。
「そうしよっか」
「じゃあ明日ね」
「うん」
エリーゼも菓子を持ったまま頷いた。
「……明日」
シアンがテレビを消す。
急に静かになった居間で、モルフォだけが呆れたように肩をすくめた。
『映画一本見るのに何日かけるつもりよ』
「別にいいでしょ」
GVはソファから立ち上がった。
「明日もあるんだから」
片付いていないことは、まだいくらでもあった。
誰かとの間に残ったものも、まだ答えの出ていないこともある。
けれど、それらを全部終わらせなければ日常へ戻れないわけではなかった。
「GV、電気消してね」
「分かった」
「プリンも買って」
「それはエリーゼでしょ」
「……二個」
「増えてるよ」
シアンが笑いながら廊下へ出ていく。
エリーゼもその後を追った。
GVは最後に居間を見回してから、照明へ手を伸ばす。
明日はプリンを買って、映画の続きを見る。
今夜決めることは、それくらいでよかった。
◇
数週間後。
皇神の技術研究棟、その一室。
アメノウキハシから回収された戦闘記録が、複数のモニターに並んでいた。
映っているのは最終決戦。
《電子の謡精》モルフォ。
そして、《蒼き雷霆》ガンヴォルト。
「もう一度、ここを」
研究員の一人が映像を止めた。
GVの周囲で蒼雷が膨れ上がり、《蒼き雷帝》が形成される直前。
画面の横には、二種類の波形が重ねて表示されている。
「《電子の謡精》から《蒼き雷霆》への増幅反応。ここまでは従来の観測結果と一致します」
「能力者へ干渉し、第七波動を増幅する。それ自体は既知の現象だ」
「はい。ただ……」
研究員が片方の波形を拡大する。
「問題は、この直後です」
一方通行だったはずの信号に、別方向から新しい波形が重なる。
「これは?」
「ガンヴォルト側から発生しています」
「反射ではなく?」
「違います」
即答だった。
「単純なフィードバックなら、遅延と減衰が出ます。しかし、これはほぼ同時です」
別の研究員が解析結果を切り替える。
二つの波形が重なる。
完全に同一ではない。
けれど、山と谷が異様なほど近い。
「位相が合いすぎている……」
「ええ」
「モルフォが彼を増幅した。その結果を彼女自身が拾った?」
「それなら説明は簡単なんですが」
研究員は首を横に振った。
「順序が逆転している箇所があります」
「逆転?」
「こちらです」
再生。
モルフォの出力が上がる。
GVの雷撃が増す。
そこまでは予想通り。
だが次の瞬間。
先に変化したのは、GV側だった。
その直後に、モルフォの波形が追従する。
「……ガンヴォルトが《電子の謡精》へ干渉した?」
「少なくとも、記録上はそう見えます」
「あり得るのか?」
「分かりません」
部屋が静かになる。
別の研究員が、最終区間のログを呼び出した。
「さらに問題があります」
画面に警告表示が並ぶ。
測定限界。
出力上限。
記録欠損。
「これは機器故障か?」
「いいえ。直前までは正常です」
「では」
「計測器の方が先に飽和しています」
誰もすぐには口を開かなかった。
映像の中では、蒼い雷と歌姫の光が重なっている。
どちらが先で。
どちらが後なのか。
途中から、その区別さえ曖昧になっていた。
「《電子の謡精》が《蒼き雷霆》を増幅した」
「はい」
「そして《蒼き雷霆》も、《電子の謡精》へ何かを返している」
「その可能性があります」
「双方向共鳴……」
「仮称なら」
研究員は新しい解析項目を作る。
けれど、その手が途中で止まった。
「いえ」
「どうした?」
「まだ名前を付けるには早いです」
項目を閉じる。
「観測できていない部分が多すぎます」
最終出力。
共鳴の上限。
どちらがどこまで相手へ作用したのか。
何一つ確定していない。
分かっていることは、一つだけだった。
あの時。
モルフォはGVへ力を送っていた。
そしてGVもまた、何かを返していた。
研究員が映像を止める。
画面の中で、蒼い少年と歌姫が並んでいた。
「……次に同じ現象が起きれば、もっと正確に測れるかもしれませんね」
「起きれば、な」
「起きない方がいいでしょうか」
「さあな」
研究員は椅子へ背を預けた。
「本人たち次第だろう」
モニターの電源が、一つずつ落とされていく。
最後まで残った画面には。
蒼い雷だけが、星の海を照らしていた。
――GOOD LUCK, GV.
ここまで『隣人GV』を読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。
これにて、本作における『蒼き雷霆 ガンヴォルト』無印編は完結です。
いやー……長かった!
書き始めた頃は、まさかここまでの長さになるとは思っていませんでした。
元々の発想はものすごく単純で、
「スパイダーマンみたいな“親愛なる隣人”の精神を持ったGVだったら、どんな物語になるんだろう?」
というところから始まっています。
世界を救うためでもない。
能力者の未来を背負うためでもない。
目の前に困っている人がいて、自分の手が届くから助ける。
「手が届いたし。それ以外に理由いる?」
最初にこのGVを考えた時から、たぶんこの一言が『隣人GV』の中心にありました。
そして、実際に書き始めてからもう一つ大きくなっていったのが、
「世界の問題に、まだ十四歳くらいの少年が一人で答えを出さなくてもいいんじゃないか」
という思いです。
能力者と無能力者はどう共存するのか。
自由と安全のどちらを優先するのか。
多数を守るためなら、一人の自由をどこまで制限していいのか。
力を持った人間には、どこまで責任があるのか。
こんなの、大人だって簡単には答えられない問題です。
なのに強い力を持っているというだけで、一人の少年に全部背負わせて、
「さあ、お前の答えを示せ」
とやるのは、やっぱり僕には違うように思えた。
昔からハッピーエンドは好きでしたが、大人になったらこういう悲劇をもう少し割り切って見られるようになるのかなと思っていました。
でも、むしろ逆でした。
「いやいや、周りの大人も何とかしろよ」
「なんでこの子が世界の業まで背負ってるんだよ」
と、昔より余計にお節介になりました。
原作の悲劇を見て、
「まあ、仕方ないよね」
と言えるほど、大人にはなれませんでした(笑)。
だから『隣人GV』のGVには、「分からない」と言わせました。
分からないなら分からないでいい。
一人で足りないなら、誰かに頼っていい。
間違えたら止めてもらえばいい。
世界の問題なら、世界に生きている人間たちで考えればいい。
GVは世界の正解を決める王様じゃない。
ただ、誰かの隣にいる人であればいい。
そんな話を書きたかったんだと思います。
――と、ここまで原作と違う方向へ持っていった話をしておいて何なんですが。
改めて言わせてください。
僕、『蒼き雷霆 ガンヴォルト』が大好きです。
じゃなきゃ、こんな文字数書いてません。
台詞を見返して。
キャラクターのことを考えて。
「こいつならここで何を言うんだ?」
「なんでこの人はこういう選択をしたんだ?」
って延々考えて。
最終的には学校生活をやらせ、ミニ四駆をやらせ、飯を食わせ、宇宙で巨大化までさせています。
好きだからです。
ダートでロックして《雷撃鱗》を叩き込むあのゲーム性も。
いちいち格好いい能力名も。
歌と戦闘が結びついているところも。
少年漫画みたいに熱いことをやっているのに、そのまま気持ちよく終わらせてくれないところも。
そして、何よりキャラクターたちが好きです。
GVも。
シアンも。
アシモフも。
アキュラも。
紫電も。
七宝剣のみんなも。
「好きな割にはめちゃくちゃ原作と違うことさせてない?」
はい。
そこについても、ちょっと話させてください。
『隣人GV』のキャラクターたちは、完全な原作濃度100%ではありません。
これは意図的です。
口調や考え方、価値観の根っこはできるだけ原作から持ってくる。
でもそのうえで、
「気に入らないけど、話くらいは聞いてやる」
という余地を、原作より少し広く取りました。
なぜか。
原作濃度100%で全員動かしたら、この物語そのものが成立しないと思ったからです。
いや、本当に。
原作の皆さん、我が強いんですよ。
強い。
とにかく強い。
「なるほど。では一度お互いの意見を整理しよう」
となる前に、
「知ったことか」
「排除する」
「任務だ」
「面倒」
で戦闘が始まっても全然おかしくない。
それが原作の魅力でもあります。
ただ僕が書きたかったのは、
「本来なら一度戦って終わっていた相手と、もう一回会ったら?」
「それでも話をする機会があったら?」
「敵だった相手と、飯を食ったり、遊んだりする時間まで続いたら?」
という物語でした。
なので最初から少しだけ、対話できる余白を作っています。
ただし、
「話を聞く=納得する」
にはしたくありませんでした。
話は聞く。
事情も知る。
それでも反対する。
それでも戦うことはある。
ここはかなり大事にしています。
紫電だってGVに論破されて考えを全部捨てたわけではありません。
イオタもそう。
アキュラもそう。
アシモフもそう。
「違うまま話せる」
くらいのところに置きたかった。
そして、そこから実際に何度も会って、喧嘩して、助けて、遊んで。
その時間の分だけ、少しずつ原作とは違う人物になっていく。
そういう作りにしました。
デイトナが力比べ以外でも人と繋がるようになったり。
メラクが相変わらず面倒くさがりながら、何だかんだ普通に遊びに来たり。
アキュラが親友になるわけではないけど、GVの実力を知ったうえで同じ場所にいられるようになったり。
そういう変化です。
ただ、この改変。
書き始めた頃はめちゃくちゃ怖かったです。
「原作のこいつ、そんなに話聞くか?」
「これ別人になってない?」
「こんな展開にして大丈夫か?」
と、かなりおそるおそる書いていました。
たぶん、この作品でも賛否が分かれるところだろうなと思っていましたし、今でもそこはそう思っています。
でも途中から、ちょっと吹っ切れました。
「そこまで原作と同じであることだけを怖がるなら、俺が二次創作を書く意味って何だろう?」
と。
原作と同じ選択をして。
原作と同じ関係になって。
原作と同じところへ着地する。
それなら原作をやればいい。
もちろん、原作再現を突き詰めた二次創作も大好きです。
でも自分が書いているのは、
「このGVだったら?」
「この世界線だったら?」
という物語だった。
だったら。
「じゃあ俺が書くガンヴォルトなら、ここはこうする」
でいいじゃないか、と。
このキャラには生き残ってほしい。
この二人には、もう一度話をしてほしい。
GVには一人で全部抱え込まず、誰かを頼ってほしい。
アシモフとは、敵になったから全部終わりにはしたくない。
シアンには、GVだけが世界の全てではない少女になってほしい。
そう思うなら、
「自分がそうしたいから、そうする」
でいい。
たぶん後半のオリジナル展開は、そこから始まりました。
前半の僕が、
「原作から離れすぎてないかな……」
とビクビクしていたのに。
後半の僕、
「敵が巨大化するならこっちも巨大化するだろ!!!」
ですからね。
吹っ切れすぎです。
そして、その辺りにも繋がるのが、この作品におけるスパイダーマンとの距離感です。
タイトルからして『隣人GV』ですし、最後には《VOLTIC WEB STRINGER》まで使っています。
「だいぶスパイダーマンじゃね?」
と思われても仕方ありません。
ただ、僕がやりたかったのは、
「スパイダーマンになったGV」
ではありません。
GVはあくまでGVです。
ピーター・パーカーの性格をコピーしたかったわけでもないし、『ガンヴォルト』の世界をマーベルの価値観で上書きしたかったわけでもない。
原作GVの中に、
「親愛なる隣人」
というヒーロー観のエッセンスを少し混ぜたかった。
そのくらいのつもりでした。
あくまでエッセンス程度です。
……タイトルが『隣人GV』で、《VOLTIC WEB STRINGER》まで撃ってる奴が言う台詞ではないかもしれませんが。
そこはまあ。
オイオイねー。
正直、タイトルや一部の演出については、
「ちょっと前に出しすぎたかな」
と思うところもあります。
でも、物語の骨格そのものは最後まで『ガンヴォルト』でありたいと思って書いていました。
紫電と戦うのも。
アキュラとぶつかるのも。
シアンと生きていくのも。
アシモフと決着をつけるのも。
全部まず『ガンヴォルト』の話。
スパイダーマンは、この作品の答えではありません。
GVが生き方を考える中で出会った、憧れの一つです。
そして《VOLTIC WEB STRINGER》。
こいつの誕生理由も、実はものすごく単純です。
僕、仮面ライダーもマーベルヒーローもスーパーロボットも大好きなんですよ。
だから昔から、
「もし自分が超能力を手に入れたら、何する?」
って考えた時。
たぶん最初にやるの、
「好きなヒーローの技を再現する」
だと思うんですよね。
絶対やる。
電撃出せるようになったら、
「これライダーの必殺技っぽくできないかな?」
「これスーパーロボットみたいに撃てないかな?」
「これウェブみたいな使い方できないかな?」
って絶対試す。
完全再現じゃなくていいんです。
自分の能力に合わせて、
「元ネタはこれだけど、自分ならこうする」
と自分仕様に変える。
僕ならやります。
一週間くらいそれだけで遊べます。
いや、一週間では済まないと思います。
で、
「このGVも多分そうだよな」
と思ったんです。
映画が好き。
スパイダーマンが好き。
ヒーローに憧れている。
そんな少年が雷を自在に操れるなら、
「これ、あのヒーローみたいに使えないかな?」
くらい絶対考えるだろうと。
そこから生まれたのが《VOLTIC WEB STRINGER》です。
なので僕の中では、あれは単なるスパイダーマンのコピー技ではありません。
好きなヒーローに憧れた少年が、その憧れを自分の能力へ落とし込んで、最後には自分自身の技にしたものです。
そして、それをどこで使うか。
最後でしょう。
自分を救ってくれた人。
戦い方を教えてくれた人。
父親みたいな人。
そんなアシモフとの最後の戦いで。
今まで自分が見て、好きになって、身につけてきたもの全部をぶつける。
そこで、
「憧れのヒーローみたいな技をやるのがいいんだろうが!!」
ですよ。
いいだろ!!
少年がずっと好きだったものを、最後の戦いで本物の力にするんだぞ!!
見たい。
誰が?
俺が。
なので入れました。
そして《蒼き雷帝》。
ここまで真面目に色々語ってきましたが。
もう一つ、大変重要な設定があります。
設定:趣味Lv999です。
はい。
イメージ元、かなり露骨に『天元突破グレンラガン』と『トップをねらえ!』です。
宇宙。
巨大な敵。
託される力。
一人では届かない場所へ、みんなの力を繋いで届く。
そして最後は、とんでもない規模で真正面からぶつかる。
好きなんです。
こういうのが。
大好きなんです。
もちろん、《蒼き雷帝》には『隣人GV』としてちゃんと意味も持たせています。
GV一人が突然最強になるわけではない。
考え方も立場も違う人たちが、それぞれの意思でGVへ力を貸す。
モルフォがそれを繋いで。
GVが受け取って。
紫電から「寄せ集め」と言われても否定せず、
「寄せ集めだよ!!」
「僕一人じゃ足りなかった!」
と認める。
一人で足りなくていい。
だから人と繋がる。
そこはこの作品のテーマとして、本気で書きました。
でも。
それはそれとして。
敵が巨大化するなら、こっちも負けじと巨大化するでしょう!?!?!?!?
だって最終決戦ですよ!?
宇宙ですよ!?
紫電が《天主》なんてとんでもないもので出てくるんですよ!?
そこで、
「GVはいつものサイズで頑張ります」
ってなるわけないだろ!!
こっちもデカくなるんだよ!!!
ロマンです。
仕方ありません。
反省はしていません。
テーマは本気。
原作への敬意も本気。
そして趣味も本気。
この三つを全部ぶち込んだ結果が、『隣人GV』です。
たぶん、これが一番正確な説明だと思います。
そしてもう一つ。
今回、ハッピーエンドにはしました。
でも、全部を綺麗に解決したくはありませんでした。
紫電がGVの思想を全面的に認めたわけではない。
ストラトスの傷も残っている。
能力者と無能力者の問題も終わっていない。
GVとアシモフも、
「分かり合って全部元通り!」
ではありません。
助けてもらったことは本当。
育ててもらったことも本当。
愛情があったことも本当。
でも、間違っていると思ったことには「違う」と言う。
許せないことがあっても、それまで一緒にいた時間まで全部嘘になるわけじゃない。
戦って、止めて。
それでも最後にはまた、
「グッドラック、GV」
と言ってもらう。
自分の中では、
「全部解決したからハッピーエンド」
ではなく、
「問題はまだ山ほどある。でも明日もみんなで生きていける」
くらいが、『隣人GV』のハッピーエンドでした。
シアンも同じです。
GVに助けられた少女が、そのままGVだけに依存する少女にはしたくなかった。
学校へ行って。
友達を作って。
自分の趣味も、自分の楽しいことも持って。
「GVがいなくても楽しいことはある」
と言えるようになったうえで、
「それでもGVと一緒にいたい」
と選ぶ。
だから最後の二人は、救った人と救われた人ではなく。
お互いに自分の生活を持ちながら、それでも隣を選んだ二人です。
エピローグのタイトルを『僕たちは隣人』にしたのも、そこです。
最初はGV一人の生き方だった「隣人」が。
最後にはGV一人のものではなくなる。
学校へ行く。
働く。
遊ぶ。
ミニ四駆で本気になる。
くだらないことで喧嘩する。
飯を食う。
家に帰る。
「ただいま」と言う。
誰かの上でもなく。
誰かの前でもなく。
誰かの隣で生きていく。
結局この物語で一番書きたかったのは、そこだったのかなと思います。
さて。
ここまで長々と作者の話をしてきましたが。
ここからが本題です。
感想ください。
いや、本当に。
めちゃくちゃ欲しいです。
ここまで読んでくださった皆さんが、
「『隣人GV』の何が一番好きだったのか」
を知りたいです。
「このキャラが好きだった」
「この台詞が良かった」
「この戦闘が好き」
もちろん、それだけでも作者は大喜びします。
ただ、もし少し余裕があれば、
「この構成が良かった」
「ここで日常回を挟んだのが好きだった」
「最初に出たこの要素が後半で返ってくるところが良かった」
「このキャラが少しずつ変わっていく流れが好きだった」
「紫電戦からアシモフ戦への繋がりが良かった」
「最後に世界を救って終わりじゃなく、日常へ戻るところが好きだった」
みたいな、
「ここ良かったよ」
を具体的に聞かせてもらえると、ものすごく嬉しいです。
というのも、この作品、自分なりに結構色々考えて組み立てていました。
シリアスの間に日常を入れたり。
一度敵だった人物を、急に味方にせず何度も会わせたり。
序盤で何気なく置いたものを、後で拾ったり。
GVが一度の事件で完成するのではなく、失敗したり、怒られたり、遊んだりしながら少しずつ変わっていくようにしたり。
その辺りが読者側からどう見えていたのか。
かなり気になります。
「ここ、ちゃんと伝わってたよ」
「この積み重ね好きだったよ」
みたいなの、めちゃくちゃ聞きたいです。
特に終盤。
紫電戦。
《蒼き雷帝》。
アシモフ戦。
《VOLTIC WEB STRINGER》。
そして『僕たちは隣人』。
この辺りは、それまで書いてきたものを全部持っていくつもりで書きました。
なので、
「このGVだから《蒼き雷帝》になれたと思った」
「今までのキャラが最後に繋がるのが良かった」
「紫電との思想戦からアシモフとの決着へ行く構成が好き」
みたいな感想が来たら――
……すみません。
今ちょっと欲望が漏れました。
でも本当に、そういうところは作者側ではかなり悩んだので、皆さんがどこを気に入ってくれたのか知りたいです。
一言でも大歓迎です。
長文なら何度も読み返します。
「デイトナ好き」
「メラクなんか好き」
「紫電、お前そういうところだぞ」
「アキュラめんどくせえ!」
「エリーゼかわいい」
「シアンよかったね」
「GV、お前もう休め」
何でも嬉しいです。
なので、ここまで読んでくださったそこのあなた。
よければぜひ、
「『隣人GV』で一番好きだったところ」
を教えてください。
作者、待っています。
かなり待っています。
感想ください。
お願いします。
感想ください。
そして評価やお気に入りも、
「面白かった」
「この先も読みたい」
と思っていただけたなら、ぜひお願いします。
……もう言っちゃいます。
ランキング載りたいです。
普通に載りたい。
強欲です。
ここまで書いたんだから一回くらい、
「うおおお載った!」
ってやりたい。
《蒼き雷帝》だって、
「僕一人じゃ足りなかった!」
と言っていました。
作者も同じです。
一人じゃ足りません。
皆さん。
力を貸してください。
評価を。
お気に入りを。
そして何より、
「ここが好きだった」
という感想を。
……《蒼き雷帝》を感想募集に利用するな、と言われそうなのでこの辺にしておきます。
とはいえ。
ここまで読んでくださったこと自体、本当にありがたいです。
毎回感想をくださった方。
お気に入りや評価をしてくださった方。
特に何かを書き込むわけではなくても、更新のたびに読みに来てくださっていた方。
皆さん、本当にありがとうございました。
そしてもし、この作品を読んで、
「ガンヴォルト、ちょっとやってみようかな」
と思ってくださった方が一人でもいたなら、作者としては最高です。
『隣人GV』はかなり大きく枝分かれした二次創作です。
だからこそ、その出発点になった原作にもぜひ触れてみてください。
今回改めて向き合って、本当に思いました。
『蒼き雷霆 ガンヴォルト』。
やっぱり面白いです。
お前ほんと何年前の作品にこんな文字数使わせてるんだ。
ありがとうございます。
そして。
これにて無印編は完結ですが、『隣人GV』そのものはまだ続きます。
まずは少し番外編。
無印では入れきれなかった日常や、戦いが終わった後のみんなの話を挟んで。
その先はいよいよ『爪』編です。
GVだけではなく。
アキュラたちが、ここからどう生きていくのか。
無印で変わったものが、『爪』の物語に入った時どうなるのか。
自分自身、今から書くのを楽しみにしています。
というわけで。
改めまして。
ここまで『隣人GV』無印編を読んでくださり、本当にありがとうございました。
次は、少しだけ平和になった彼らの日常で。
そして、その先の『爪』編でも。
また彼らの隣にいていただけたら嬉しいです。
それでは。
次回も――
グッドラック!
紫電戦、最高だった?
-
最高だった
-
いや...キツいっすわ