『隣人GV ―もしもスパイディの影響を受けたGVなら―』   作:幸田市

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久しぶり() 楽しみは最後まで取っといた方がいい(過去からの経験)


第四話 「隣人」

 

 買い物から帰って数日が経った。

 

 シアンは少しずつ、この部屋での生活に慣れ始めていた。

 

 朝になればGVが簡単な朝食を作り、昼になればモルフォが退屈だと言い出し、夜になれば三人でその日のことを話す。外を歩く時にはまだ緊張するけれど、昨日より今日と、自分の知らないものが増えていくのは嫌ではなかった。

 

 その日の夕方も、GVは台所に立っていた。

 

「シアン、そこにある醤油取ってくれる?」

 

「これですか?」

 

「そう、それ」

 

『ねえ、明日はお肉にしましょうよ』

 

「昨日も聞いた気がするんだけど」

 

『シアンも食べたいわよね?』

 

「えっ」

 

 急に話を振られ、シアンは二人を見比べた。

 

「わ、わたしは……どっちでも」

 

「はい、やり直し」

 

 GVが即座に言った。

 

「本当にどっちでもいいならいいけど、食べたい方があるなら言っていいんだよ」

 

 少し考える。

 

「……お肉も、食べてみたいです」

 

「じゃあ明日は肉にしよう」

 

『やった!』

 

「なんでモルフォが一番喜ぶのさ」

 

 そんな会話も、今では珍しくなくなっていた。

 

 ただ、シアンには一つだけ、ずっと気になっていることがあった。

 

 GVはよく人を助ける。

 

 皇神にいた頃、自分が知っていた「助ける」には理由があった。価値があるから守る。必要だから保護する。命令されたから救助する。

 

 けれどGVは違う。相手が誰かを確認する前に動き、皇神の人間でも気にしない。自分が損をしても、終われば「まあいいか」と笑っている。

 

 食事の後、シアンは思い切って尋ねた。

 

「GV」

 

「ん?」

 

「どうして……そんなに人を助けるんですか?」

 

 食器を洗っていた手が止まる。

 

『あ、それアタシも気になる。“お節介焼きのガンヴォルト”だものね』

 

「その呼び名を正式名称みたいに使わないでよ」

 

 GVは手を拭きながら、珍しく答えに詰まった。

 

「どうしてって言われると……どこから説明したものかな」

 

『大げさね』

 

「これは僕の人格形成に関わる重大な話だから」

 

『急に重くなった』

 

 GVはしばらく考えた後、棚へ向かった。

 

「シアン。スパイダーマンって知ってる?」

 

「……すぱいだーまん?」

 

 GVの顔が固まる。

 

「知らない?」

 

「すみません……」

 

『皇神の施設にいた子がアメコミ映画に詳しいと思う方がおかしいでしょ』

 

「それはそうなんだけどさ」

 

 GVは棚から何枚かの映像ディスクを取り出した。

 

「じゃあ、そこから説明しよう」

 

『長くなりそう』

 

「まだ始まってないよ」

 

 言いながら、GVはもう楽しそうだった。

 

 普段からよく喋る人ではある。でも今の顔は少し違う。大切な宝物を誰かに見せる直前のようだった。

 

「まずね、スパイダーマンっていうのは、すごい力を持ったヒーローなんだけど、そこが一番大事なわけじゃないんだよ」

 

『開始十秒で早口になった』

 

「まだ普通でしょ」

 

 GVは構わず続けた。

 

「壁を登れたり、糸で街を飛び回ったり、力も強い。でも普通に悩むし、失敗もする。全部うまくできる完璧なヒーローじゃない。それでも、目の前で誰かが困ってたら放っておけないんだ」

 

 シアンは黙って聞く。

 

「世界の危機だけが事件じゃない。街で起きてる小さなことにも手を伸ばす。だから、遠くにいる伝説の英雄っていうより、同じ街に住んでる人みたいなんだ」

 

「……隣にいる人?」

 

「そう。親愛なる隣人って感じ」

 

 GVが嬉しそうに頷いた。

 

「僕、子供の頃からずっと好きだったんだ。失敗したり、怖かったり、迷ったりしても、それでも誰かのために動こうとするところが格好いいなって」

 

「GVにも……怖いことってあるんですか?」

 

「あるよ」

 

「でも、いつも平気そうです」

 

「平気そうにしてるだけの時もある」

 

『あ、やっぱり強がりだったのね』

 

「今そこ拾う?」

 

 GVは苦笑した。

 

「怖くないから助けるんじゃなくて、怖くても助けたいと思うから動く。そういうのが好きだった」

 

 シアンは、列車で自分の前に立った背中を思い出した。

 

「じゃあ……GVは、スパイダーマンみたいになりたかったんですか?」

 

「うん。最初はかなり」

 

『“かなり”どころじゃなさそうだけど』

 

「子供の頃は壁登れるか試したことある」

 

『バカじゃないの!?』

 

「子供だったんだよ!」

 

「……登れたんですか?」

 

「登れなかった」

 

「そうですよね……」

 

「シアンまでそんな目で見ないで」

 

 思わず笑ってしまった。

 

「でもね」

 

 GVの声が少し落ち着く。

 

「ずっと真似してたわけじゃないんだと思う」

 

「……?」

 

「最初は、好きなヒーローがやってるからだった。困ってる人がいたら助ける。できるだけ相手を傷つけない。戦ってる最中でも余裕があれば冗談を言う」

 

『最後のは悪影響じゃない?』

 

「戦場の空気を軽くするの大事でしょ」

 

『相手を怒らせてる時もあるわよ』

 

「それは副作用」

 

 GVは笑ってから続けた。

 

「でも、いつの間にかスパイダーマンならどうするかなんて考えなくなった。気づいたら、困ってる人を見ると身体が先に動くようになってたんだ」

 

「それで……お節介焼きに?」

 

「そこに着地するのやめてくれない?」

 

『完璧な流れだったわ』

 

 シアンはまた笑った。

 

 けれど、聞きたかったことはもう一つあった。

 

「でも、GV。スパイダーマンが好きだから、だけじゃないんですよね?」

 

 GVは少し黙り、窓の外へ目を向けた。

 

「そうだね。僕も昔、助けてもらったからっていうのはあると思う」

 

 アシモフやフェザー。自分へ手を伸ばした人たち。

 

「でも、それだけでもない。世界中の人を助けたいって言ったら、たぶん嘘になる。僕にそんな力ないし、知らないところで起きてること全部はどうしようもない」

 

「……はい」

 

「でも、目の前にいる人なら見える。声が聞こえるところにいる人なら、手を伸ばせるかもしれない」

 

 シアンは、自分へ差し出された手を思い出した。

 

「だったら、伸ばしたい」

 

「どうして?」

 

「伸ばせるから」

 

「……それだけ?」

 

「それだけじゃダメ?」

 

 GVは少し照れたように笑う。

 

「助けられるかもしれないのに、理由を考えてる間に間に合わなくなる方が嫌なんだ。助けた後で『余計だったかな』って悩む方が僕には合ってる」

 

『だからお節介なのよ』

 

「うん。それはもう認める」

 

『あら、ついに』

 

「皇神で定着してるなら仕方ないでしょ」

 

 GVは肩をすくめる。

 

「ただ、僕は誰かの人生を代わりに何とかしてあげたいわけじゃない。困ってたら手を貸す。立てなければ起こす。道が分からなかったら一緒に探す。でも、歩くのはその人自身でいい」

 

 昨日の買い物を思い出した。水色の歯ブラシも、花のマグカップも、決めたのは自分だった。

 

「……だから、わたしにも選ばせたんですか?」

 

「うん」

 

「フェザーに行くかどうかも?」

 

「うん」

 

「もし、わたしがフェザーに行くって言ってたら?」

 

「送っていったと思う」

 

 即答だった。

 

「僕はシアンを助けたかったけど、シアンの人生を僕の好きな形にしたかったわけじゃないから」

 

 胸の奥が少し温かくなる。

 

「それが、GVの考えるヒーローなんですか?」

 

「どうだろ」

 

 GVは少し考えた。

 

「僕の場合は、ヒーローっていうより……隣人くらいがちょうどいいかな」

 

「隣人?」

 

「すごい人じゃなくてもいい。困った時にたまたま近くにいて手を貸す人。逆に僕が困ってたら、助けてもらっていい」

 

『ずいぶん庶民的なヒーローね』

 

「そこがいいんだって。一方的に守るだけじゃなくて、助けたり助けられたりする。そういう方が僕は好き」

 

 シアンは、ようやく少し分かった気がした。

 

 GVが自分を「守る対象」として扱わなかった理由も、皇神の兵士にまで手を伸ばす理由も、全部同じところから続いている。

 

「……スパイダーマンって、すごいんですね」

 

「でしょ!?」

 

 GVの目が一瞬で輝いた。

 

『あ、またスイッチ入った』

 

「じゃあ作品ごとの違いも説明しようか。僕は特にアメスパが一番好きで――」

 

『アメスパ?』

 

「『アメイジング・スパイダーマン』。僕はあれが一番好き」

 

「どうしてですか?」

 

 モルフォが「あっ」という顔をした。

 

『シアン、それ聞いちゃダメなやつ』

 

「いい質問だね」

 

『ほら!』

 

 GVは棚から一本のディスクを取り出す。

 

「まずスーツの質感が好き。動きも蜘蛛っぽさが強いし、アクションも格好いい。それからピーターの不器用さというか、ちょっと孤独で、それでも人と繋がろうとする感じがすごく好きで――」

 

『速い速い!』

 

「まだ序盤だよ」

 

『それで!?』

 

「あとウェブ・スイングの見せ方も――」

 

 GVは止まらなかった。

 

 シアンは呆気に取られながら、少しずつ可笑しくなってきた。

 

「GVって……本当に好きなんですね」

 

「もちろん!」

 

 迷いのない返事だった。

 

 昨日、自分が「好きなもの」を探した時のことを思い出す。

 

 好きな色。好きな香り。好きな服。

 

 GVには、こんなに好きなものがある。そして好きなものを話す時、こんな顔になる。

 

 いつか自分にも、同じように語れるものが増えるのだろうか。

 

「……見てみたいです」

 

 GVの説明が止まった。

 

「え?」

 

「その映画。GVがそんなに好きなら……見てみたいです」

 

 一瞬固まり、次の瞬間には満面の笑みになる。

 

「見る!?」

 

『声大きい!』

 

「ごめん。でも見る?」

 

「はい」

 

『まあ、アタシも付き合ってあげる』

 

「絶対途中でハマるからね」

 

『その自信どこから来るのよ』

 

     ◇

 

 その日の夜、三人はテレビの前に並んでいた。

 

 GVは飲み物と菓子を用意し、部屋の明かりまで少し落としている。

 

『映画一本見るだけで準備しすぎじゃない?』

 

「初見の環境は大事なんだよ」

 

「始まる前に説明はしないんですか?」

 

「したい」

 

『しないで』

 

「でも知っておいた方が――」

 

『初見の楽しみ奪うオタクは嫌われるわよ』

 

「……分かった」

 

 ものすごく残念そうだった。

 

「終わったら、教えてください」

 

「全部?」

 

「……全部は、少し長そうなので」

 

「シアンまで学習してる……」

 

 やがて画面が明るくなる。

 

 GVが何度も見た映画。シアンにとっては初めて見るヒーロー。

 

 物語が始まると、先ほどまで喋り続けていたGVが急に静かになった。好きな場面が近づくたびに姿勢が変わり、何か言いたそうにしてはモルフォに睨まれて黙る。

 

 それがおかしくて、シアンは時々、映画より隣のGVを見てしまった。

 

『シアン。映画見なさいよ』

 

「……はい」

 

「僕、何か変だった?」

 

『気にしなくていいわ。静かに』

 

 画面へ目を戻す。

 

 一人の少年が、失敗しながら、迷いながら、それでも誰かへ手を伸ばしていく。

 

 その姿を見ながら、シアンは隣に座る少年のことを思った。

 

 完全に同じではないのだろう。

 

 最初は憧れて真似をした。でも、いつしかそれはGV自身の生き方になった。

 

 誰かが困っていたら手を伸ばす。助けた相手を自分の思い通りにはしない。そして自分も、誰かに助けてもらっていいと思っている。

 

 世界を救う英雄ではなく、手の届くところにいる誰かの隣人。

 

「……GV」

 

「ん?」

 

「静かに見ますけど」

 

「うん」

 

「終わったら……もっと聞かせてください」

 

 GVは一瞬驚き、それから声を抑えて笑った。

 

「もちろん」

 

『あーあ。シアンまで捕まった』

 

「布教成功」

 

『まだ一本目でしょ』

 

「ここからだよ」

 

『だから静かにしなさい!』

 

 三人の声を小さく飲み込みながら、画面の中では一人のヒーローが夜の街を駆けていた。

 

 その夜、シアンは初めてスパイダーマンを知った。

 

 そしてGVは、初めて自分の大好きなヒーローを、二人の新しい隣人と一緒に見た。

 




## 次回予告

 フェザーを離れ、シアン、モルフォとの生活を始めたGV。

 だが、自由な暮らしにも現実はある。

『GV』

「ん?」

『お金、ないわよ』

「…………」

 そんな折、アシモフから一件の依頼が届く。

『皇神(スメラギ)の化学工場へ潜入し、最深部の動力炉を破壊してほしい』

「報酬は?」

『出す』

「受けます」

『即答!?』

 侵入経路は、自動運転の燃料輸送列車。

 しかし、待ち受けるのは皇神(スメラギ)の戦闘員たち。

「“お節介焼きのガンヴォルト”だ!」

「なんでその名前だけ広まってるの!?」

 さらに、列車の前に現れる巨大兵器。

 試作第十世代型戦車――スパイダー。

『大型反応!』

「……また戦車?」

 大量の燃料を積んだ列車の上。

 一歩間違えれば、大爆発。

「壊すんじゃなくて――止める」

 蒼い雷霆(アームドブルー)が、新型兵器へ挑む。

 そしてその先、灼熱の化学工場では――。

「ガンヴォルト……!」

 爆炎(エクスプロージョン)の第七波動(セブンス)能力者、デイトナが待ち受けていた。

「シアンちゃんを連れてった野郎が、向こうから来やがったかァ……!」

 次回、第五話――「爆炎・前編」

 フェザーを離れたGV、最初のミッション。

 次回も、グッドラック。
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