『隣人GV ―もしもスパイディの影響を受けたGVなら―』   作:幸田市

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番外編④「出会いと再会」

 

 

 卵。

 

 牛乳。

 

 食パン。

 

 あと、シアンが昨日から食べたいと言っていたプリン。

 

 スーパーの袋を右手に提げながら、GVは頭の中でもう一度だけ確認した。

 

 スマートフォンを取り出す。

 

『卵忘れないでよ』

 

 十分前に届いたメッセージが残っていた。

 

「……一回忘れただけなのに」

 

 返事はしない。

 

 もう買った。帰れば分かる。

 

 高校から自宅までの道は、すっかり身体に馴染んでいた。

 

 この時間なら商店街の惣菜屋が値引きを始める。一本裏へ入れば近道になるが、夕方は自転車が多い。公園を横切るルートは少し遠い。

 

 今日はスーパーに寄ったので、裏道を使う。

 

 それだけだった。

 

 角を曲がるまでは。

 

「――離してください!」

 

 女の子の声だった。

 

 GVの足が止まった。

 

 考えるより先に、買い物袋を見る。

 

 卵。

 

「……マジか」

 

 袋を道路脇の低い塀へ置いた。

 

 声のした方へ向かう。

 

 狭い路地だった。

 

 少女が一人。男が二人。

 

 一人は彼女の前を塞ぎ、もう一人は壁際へ追い込むように立っている。

 

 男の足元から、コンクリートを押し割って太い蔓が伸びた。

 

 第七波動。

 

 しかも妙だった。

 

 植物を操る能力そのものは珍しくない。問題は出力だった。細い路地いっぱいに根が広がり、アスファルトまで持ち上げている。

 

 男自身の呼吸は荒い。

 

 能力に身体が追いついていない。

 

「……ねえ」

 

 二人が振り向いた。

 

 GVは少女と男たちの位置を見る。

 

 右に塀。

 

 左は建物。

 

 頭上に配管。

 

 後ろには道路。

 

「二人がかりで何してんの」

 

「何だ、テメェ」

 

「いや、聞いてるの僕なんだけど」

 

 植物が動いた。

 

 だからGVも動いた。

 

 ダートは男へ撃たなかった。

 

 一発。

 

 右の壁。

 

 二発。

 

 左の排水管。

 

 三発目は、二人の背後にある電柱の根元。

 

「迸れ――」

 

 薄青い雷が三点を走った。

 

 男が腕を振り上げるより早く、路地を横切った雷線が蔓を絡め取る。そこからもう一発。足元。さらに壁。

 

 雷が線から面へ変わった。

 

 蜘蛛の巣のような光が、一瞬で狭い空間を塞ぐ。

 

「な――」

 

「そっち行くと感電するよ」

 

 男が反射的に逆へ飛ぶ。

 

 そこにも、もう線がある。

 

 逃げ道を失った二人を、最後の雷線がまとめて壁際へ縫い止めた。

 

 植物の根が暴れる。

 

 GVはその根元だけを見た。

 

 電圧を落とす。

 

 焼き切らない。動けなくなる程度でいい。

 

 数秒後。

 

 路地に残っていたのは、焦げた草の匂いと、地面へ伏した二人の呻き声だけだった。

 

「……まだやる?」

 

 返事はなかった。

 

 GVはダートを下ろした。

 

 そこでようやく、少女を見る。

 

「大丈夫?」

 

「……はい」

 

 長い髪の少女だった。

 

 制服は見覚えがある。

 

 ただ、今はそれより先に確認することがあった。

 

「怪我は?」

 

「ありません。あの……」

 

「よかった」

 

 遠くからサイレンが聞こえ始めた。

 

 通報した誰かがいたらしい。

 

 少女はまだGVを見ている。

 

「あの」

 

「ん?」

 

「どうして……助けてくださったんですか?」

 

 GVは少しだけ首を傾けた。

 

「どうして?」

 

「わたしとは、会ったことも……」

 

「ああ」

 

 そういうことか。

 

「手が届いたし」

 

 GVは答えた。

 

「それ以外に理由いる?」

 

 少女が何も言わなくなった。

 

 今度はGVの方が困る。

 

「……何?」

 

「いえ」

 

 ほんの少しだけ。

 

 少女が笑った。

 

「ありがとうございます」

 

   *

 

 同じ頃。

 

 アキュラの作業台に、見覚えのない通知が一件だけ表示された。

 

 いや。

 

 見覚えがないのは、送り主だった。

 

 形式には覚えがある。

 

「……何故だ」

 

『アキュラくん?』

 

 RoRoが端末上に顔を出した。

 

『どうしたの?』

 

「黙っていろ」

 

『はいはい――って、なにこれ』

 

 RoRoの声から軽さが少し消えた。

 

『暗号? すっごい古い規格だね』

 

「古いだけではない」

 

 アキュラは受信データを展開した。

 

 何重にも偽装された文字列。その奥に認証コードがある。

 

 見間違えるはずがなかった。

 

 幼い頃から何度も目にしたものだ。

 

 父が残した研究資料。

 

 その中でも、外部公開されていない記録にのみ使われていた方式。

 

『……これ、誰から?』

 

「分からん」

 

『分からない相手の呼び出しに行こうとしてる顔してるけど』

 

 アキュラは立ち上がった。

 

『やっぱり行くの!?』

 

「確認する」

 

『罠だったら?』

 

「潰す」

 

『もうちょっとこう、慎重に――』

 

「位置情報を出せ」

 

 RoRoが一瞬黙った。

 

 やがて小さく息を吐くような音がした。

 

『……分かったよ』

 

 表示された場所は、市街地から離れた旧研究区画だった。

 

   *

 

「すみません。送っていただいて」

 

「いいよ。近いし」

 

 警察への説明を終えた頃には、空が暗くなり始めていた。

 

 GVは少女――オウカと並んで歩いていた。

 

「オウカっていうんだ」

 

「はい。あなたは?」

 

「GV」

 

「じーぶい……?」

 

「変?」

 

「いえ。少し珍しいなと思って」

 

「まあ、よく言われる」

 

 スマートフォンが震えた。

 

 嫌な予感がした。

 

 見る。

 

『GV?』

 

 二文字だけ。

 

 シアンだった。

 

「……あ」

 

「どうしました?」

 

「帰るの遅いって怒られる」

 

「ご家族ですか?」

 

「まあ……そんな感じ」

 

 通話する。

 

『GV』

 

「はい」

 

『牛乳買うだけでどこまで行ってんの?』

 

「ちょっと人助け」

 

 数秒。

 

『……また?』

 

「またって言わないで」

 

『卵は?』

 

「買った」

 

『割れてない?』

 

 GVは立ち止まった。

 

 路地へ置いてきた袋を思い出した。

 

「…………たぶん」

 

『GV?』

 

「今確認する」

 

 電話を切る。

 

 オウカが口元へ手を当てていた。

 

「笑った?」

 

「い、いえ」

 

「笑ったよね?」

 

「すみません」

 

「そこ謝られる方が傷つくんだけど」

 

 今度ははっきり笑われた。

 

 不思議と嫌ではなかった。

 

   *

 

 旧研究区画は、記録上すでに閉鎖されている。

 

 それでも電源は生きていた。

 

 アキュラが通路を進むたび、一定間隔で天井灯が点いた。

 

『……嫌な感じ』

 

「何がだ」

 

『ちゃんと使われてるのに、人がいない』

 

「騒ぐな」

 

 奥の扉が開いた。

 

 アキュラの右手が反射的に銃へ伸びた。

 

 男が一人。

 

 白衣。

 

 眼鏡。

 

 記憶より老けているようにも見える。

 

 だが、顔は変わっていなかった。

 

 男はアキュラを見る。

 

 何秒か。

 

 どちらも動かなかった。

 

「……大きくなったな」

 

 先に男が言った。

 

「アキュラ」

 

 銃口が上がった。

 

「誰だ」

 

 男はそれを見ても動かなかった。

 

「随分な挨拶だな」

 

「答えろ」

 

「昔、私の研究室へ忍び込んで、試作部品を棚ごとひっくり返したことがあった」

 

 アキュラの指が止まった。

 

「片付けろと言ったら、お前は『配置が悪い』と言い張った」

 

「……」

 

「六歳だったか?」

 

「五歳だ」

 

「そうだったな」

 

 男が少し笑う。

 

「それで結局、配置を変えさせられた」

 

 アキュラの銃口が、数センチ下がった。

 

「……父さん」

 

「久しぶりだ」

 

 神園博士は、それだけ言った。

 

   *

 

 翌朝。

 

 GVは昇降口で足を止めた。

 

 昨日の少女がいた。

 

 向こうもこちらを見て止まる。

 

「……あ」

 

「昨日の」

 

 二人同時だった。

 

 オウカが制服を見下ろす。

 

「同じ学校だったんですね」

 

「僕も今気づいた」

 

「GV?」

 

 横からシアンが覗き込んだ。

 

「誰?」

 

「昨日助けた子」

 

「説明が雑じゃない?」

 

 オウカが慌てて頭を下げた。

 

「オウカです。昨日、GVさんに助けていただいて」

 

「ああ」

 

 シアンがGVを見る。

 

「人助けってそれ?」

 

「そう」

 

「卵は?」

 

「一個だけ割れてた」

 

「やっぱり」

 

「だから今日買うって」

 

 オウカがまた笑った。

 

 GVは気づいた。

 

「また笑った」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「ほら、謝られた」

 

「GVが変なこと言うからでしょ」

 

 シアンはオウカへ向き直った。

 

「シアン。よろしく」

 

「はい。こちらこそ」

 

 それだけだった。

 

 少なくとも、その日は。

 

   *

 

「ミチルは?」

 

 再会して最初にまともに腰を据えた時、神園博士が聞いたのはそれだった。

 

「生きている」

 

「体調は」

 

「安定している」

 

「そうか」

 

 博士は椅子へ深く腰掛けた。

 

「ならばいい」

 

 アキュラは父親を見ていた。

 

 聞きたいことはいくらでもある。

 

 何故生きている。

 

 何故今まで姿を見せなかった。

 

 何をしていた。

 

 だが博士は先に続けた。

 

「……声は?」

 

 アキュラの目がわずかに細くなる。

 

「戻っていない」

 

「そうか」

 

 博士は、それ以上は聞かなかった。

 

 ほんの短い沈黙が落ちた。

 

「相変わらず、あの子のことばかり気にするな」

 

 アキュラが言う。

 

「娘だからな」

 

「オレも息子だが」

 

「お前は放っておいても勝手に生きる」

 

「……何だそれは」

 

「違うか?」

 

 アキュラは答えなかった。

 

 博士が少しだけ笑う。

 

「蒼き雷霆とは会ったか?」

 

 話題が変わった。

 

「何度かな」

 

「あれもまだ生きているのか」

 

「しぶとい男だ」

 

「そうか」

 

 博士は資料へ目を落とした。

 

「厄介なバケモノだな」

 

 昔と変わらない言葉だった。

 

「相変わらずだな」

 

「何がだ」

 

「能力者への言い草だ」

 

「変わる理由がない」

 

 博士はページをめくる。

 

「人間一人が持つには過ぎた力だ。力を得た者は、自分なら扱えると思い込む。自分だけは例外だとな」

 

「……」

 

「バケモノはバケモノだよ」

 

 声は穏やかだった。

 

 昔なら、その話を始めただけで部屋の空気まで変わった。

 

 アキュラはそこまで考えて、やめた。

 

 時間が経ったのだ。

 

 自分も子供ではない。

 

 父も同じだろう。

 

   *

 

 数日後。

 

 オウカの家へ招かれた。

 

 助けてもらった礼をしたい、と本人が譲らなかったためだった。

 

「……でか」

 

 門の前でGVが言った。

 

「普通だと思いますけど」

 

「普通じゃないと思う」

 

 シアンが即座に訂正する。

 

 屋敷へ入る。

 

 広い。

 

 広すぎる。

 

 玄関だけでGVの家のリビングより大きい気がした。

 

 なのに、静かだった。

 

 人の気配がない。

 

「ご家族は?」

 

 シアンが聞いた。

 

「ここにはいません」

 

「使用人さんとか」

 

「今はいませんよ」

 

「今は?」

 

 オウカは少し考えた。

 

「以前は、お世話をしてくださる方がいました。でも、三か月ほど前に亡くなって」

 

「……そっか」

 

「はい」

 

 オウカはいつもの調子で笑った。

 

「一人でも、だいたいのことはできますから」

 

 キッチンには一人分の食器。

 

 玄関には一足分の普段履き。

 

 リビングのテーブルも、大きさの割に使っている場所だけが妙に整っていた。

 

 GVは何も言わなかった。

 

 シアンも同じだった。

 

 帰り際。

 

 玄関まで見送りに来たオウカへ、シアンが振り返った。

 

「オウカ」

 

「はい?」

 

「明日、お昼一緒に食べない?」

 

 オウカの目が少し開いた。

 

「……わたしもですか?」

 

「他に誰がいるの」

 

「でも」

 

「嫌ならいいけど」

 

「いえ!」

 

 思ったより大きな声だった。

 

 オウカ自身も驚いたらしい。

 

「……行きたいです」

 

「じゃあ決まり」

 

 GVも靴を履きながら顔を上げた。

 

「うちの教室来ればいいよ」

 

「はい」

 

 オウカは今度は、小さく笑った。

 

   *

 

「覚えているか」

 

 神園博士が言った。

 

「何をだ」

 

「お前が研究室の部品を全部ひっくり返した日のことだ」

 

「さっきも聞いた」

 

「そうだったか?」

 

「再会した日に自分で話しただろう」

 

「ああ。そうだったな」

 

 博士は苦笑した。

 

「歳は取りたくないものだ」

 

 その日、アキュラは父の研究室にいた。

 

 昔の話などするつもりはなかった。

 

 いつの間にかそうなっていた。

 

「お前は昔から機械を触るのが好きだった」

 

「父さんの研究室にあれだけ置いてあれば誰でも触る」

 

「ミチルは触らなかった」

 

「あいつは俺が触ってるのを見てた」

 

「そうだったな」

 

 博士が少し目を細めた。

 

「一度、二人で小さな車を作ったこともあった」

 

「父さんも入れて三人だ」

 

「私も?」

 

「途中から一番夢中になっていた」

 

 博士の視線が、一瞬だけ止まった。

 

「……そうだったか」

 

「動かなくなったモーターを一時間かけて直した」

 

「……ああ」

 

 今度は自然に笑った。

 

「そうだったな。お前がどうしても諦めなかった」

 

「父さんが諦めなかったんだ」

 

「どちらでも同じだろう」

 

「違う」

 

「昔から細かいな」

 

 会話は普通に続いた。

 

 だからアキュラも、それ以上は気にしなかった。

 

   *

 

 昼休み。

 

 オウカは教室の入口で立ち止まっていた。

 

 中を覗く。

 

 知らない顔ばかり。

 

 当然だ。

 

「オウカ」

 

 奥からシアンが手を上げた。

 

「こっち」

 

 GVもいる。

 

 机が一つ、横に寄せられていた。

 

「本当に来た」

 

「来ますよ。約束しましたから」

 

「GV、それどういう意味?」

 

「いや、別に」

 

 席へ座る。

 

 オウカが弁当箱を開いた。

 

「自分で作ったの?」

 

 シアンが聞く。

 

「はい」

 

「すご」

 

「大したものでは」

 

 GVが横から覗く。

 

「美味しそう」

 

「食べますか?」

 

「いいの?」

 

「はい」

 

 オウカが卵焼きを一つ差し出した。

 

 GVが口に入れる。

 

「うま」

 

「よかった」

 

 シアンも手を伸ばす。

 

「わたしも」

 

「どうぞ」

 

 気づけば、昨日まで一人で食べていた弁当から二つ減っていた。

 

 オウカはそれを見ていた。

 

「……どうしたの?」

 

 シアンが聞いた。

 

「いえ」

 

 オウカは首を振る。

 

「なんでもありません」

 

   *

 

「見せろ」

 

「必要ない」

 

「アキュラ」

 

 父親の声だった。

 

 アキュラは舌打ちして顔を向けた。

 

 頬に薄い傷が残っている。

 

「これか?」

 

「それだ」

 

「擦っただけだ」

 

 博士が傷を見る。

 

「腕は」

 

「問題ない」

 

「肩」

 

「問題ないと言っている」

 

「それを判断するのは医者だ」

 

「医者の診察を受けに来たわけではない」

 

「父親が息子の身体を心配して何が悪い」

 

 アキュラは黙った。

 

 昔からこうだった。

 

 博士はアキュラの右腕を取った。

 

 肘。

 

 手首。

 

 指。

 

 動きを確認する。

 

「無茶をしたな」

 

「任務だ」

 

「任務なら壊れていいわけではない」

 

 博士が手を離す。

 

「身体は一つしかない。大事に使え」

 

「……父さんがそれを言うか」

 

「私だから言うんだよ」

 

 立ち上がる。

 

 机へ手をついた。

 

 右手の指が、一瞬だけ曲がったまま止まった。

 

「父さん」

 

「何だ」

 

「手」

 

 博士は自分の右手を見る。

 

 一度握る。

 

 開く。

 

 今度は何も起きなかった。

 

「古傷だ」

 

「事故の?」

 

「まあ、そんなところだ」

 

 博士は話を切った。

 

「それより、見せたいものがある」

 

   *

 

 エレベーターが地下へ降りていく。

 

『まだ下あるの?』

 

 RoRoが小さく言った。

 

「静かにしていろ」

 

『はいはい』

 

 扉が開く。

 

 その先は、廃研究施設ではなかった。

 

 白い通路。

 

 隔壁。

 

 医療区画。

 

 監視室。

 

 装備庫。

 

 人間が働いていた。

 

 アキュラの目が細くなる。

 

「これは」

 

「イージス」

 

 神園博士が歩き出した。

 

「第七波動による犯罪、事故、災害。保護が必要な者もいれば、制圧しなければならない者もいる」

 

 訓練区画の向こうでは、職員が避難誘導の確認をしていた。

 

 別室では医療スタッフが搬送訓練をしている。

 

 さらに先では拘束装備の試験。

 

「能力者を殺すための組織ではないのか」

 

 アキュラが聞く。

 

 博士は振り返った。

 

「私を何だと思っている」

 

「能力者嫌いの頑固親父」

 

「否定しづらいな」

 

 神園博士は苦笑した。

 

「嫌いだからといって、手当たり次第に殺せばいいという話ではない」

 

「……意外だな」

 

「社会はそんな単純な方法では維持できんよ」

 

 二人の前を、担架を押した職員が通り過ぎる。

 

 博士は邪魔にならないよう一歩避けた。

 

「救うべき者は救う。危険なら止める。事故が起きるなら防ぐ。分からないものは調べる」

 

「随分と手広い」

 

「一つの答えだけで第七波動を扱えるなら、組織など要らん」

 

 アキュラは何も返さなかった。

 

 父親が生きていた。

 

 しかも、ただ隠れていたわけではない。

 

 自分が一人でやってきたことを、もっと大きな形で続けていた。

 

 それだけで、何かが軽くなるような感覚があった。

 

「アキュラ」

 

「何だ」

 

「ここへ来ないか」

 

 アキュラが父を見る。

 

「オレを?」

 

「お前が私の研究を継いだことは見れば分かる」

 

 博士の視線が装備へ移った。

 

「一人でよくここまでやった」

 

「……当然だ」

 

「当然ではない」

 

 短い返答だった。

 

「子供一人に背負わせることではなかった」

 

 アキュラの視線が止まった。

 

 博士は先を歩いている。

 

「私が戻った以上、もう全部を一人でやる必要はない」

 

 追いつくまで待つ。

 

「いずれは、お前にここを託してもいいと思っている」

 

「オレに?」

 

「ああ」

 

 博士が笑った。

 

「そのためにも、ちゃんと育ってもらわないとな」

 

「子供扱いするな」

 

「親から見れば何歳でも同じだ」

 

『それはちょっと分かるかも』

 

 RoRoが口を挟んだ。

 

「貴様は黙っていろ」

 

『なんで!?』

 

 博士が笑った。

 

 アキュラはその声を聞いた。

 

 昔と同じだった。

 

   *

 

「また明日」

 

 放課後。

 

 昇降口でオウカが言った。

 

「うん」

 

 シアンが答える。

 

 GVも手を上げた。

 

「また明日」

 

 オウカは二人と別れて歩き出す。

 

 昨日までと同じ帰り道だった。

 

 途中でスーパーに寄る。

 

 一人分の食材を買う。

 

 同じ屋敷へ帰る。

 

 ただ、明日の昼に食べる卵焼きだけ、一人分多く作ろうと思った。

 

   *

 

「ミチルには、いつ会う」

 

 アキュラが聞いた。

 

「近いうちに」

 

「驚くぞ」

 

「そうだろうな」

 

 二人でエレベーターへ乗る。

 

 上へ向かう。

 

 しばらく無言だった。

 

「アキュラ」

 

「何だ」

 

 博士は前を向いたままだった。

 

「生きていてくれて、ありがとう」

 

 アキュラは父を見る。

 

「……急に何だ」

 

「言っておこうと思っただけだ」

 

「帰ってきたのは父さんの方だろう」

 

 博士が少しだけ目を細めた。

 

「そうだったな」

 

 扉が開く。

 

 アキュラが先へ出る。

 

『アキュラくん、ミチルちゃんに何て説明する?』

 

「そのまま言えばいい」

 

『絶対信じないと思う』

 

「なら本人を連れて行く」

 

『えぇ……』

 

 二人の声が遠ざかる。

 

 神園博士は少し遅れてエレベーターを出た。

 

 一人になった研究室で白衣を脱ぐ。

 

 机に置く。

 

 右手を握った。

 

 開く。

 

 薬指だけが遅れた。

 

 もう一度。

 

 今度は揃った。

 

 博士はしばらくその手を見ていた。

 

 それから端末を開く。

 

 いくつかの数値を確認する。

 

 表示を閉じる。

 

「……まだいい」

 

 独り言はそれだけだった。

 

 窓のない研究室で、照明だけが静かに点いていた。

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