『隣人GV ―もしもスパイディの影響を受けたGVなら―』 作:幸田市
休日の模型店では、いつもの常設コースが跡形もなく組み替えられ、五レーンの大型コースが店の中央を占領していた。
スタート直後には速度を乗せやすい長いストレート。その勢いのまま大きなバンクを上り、二連ジャンプを越えた先には急角度のコーナーが待っている。後半も細かなアップダウンが続き、ただ速いだけでは最後まで残れない。最高速を欲張れば飛ぶし、安定だけを取れば追いつけない。そんな意地の悪いレイアウトだった。
GVはコース脇にしゃがみ込み、ジャンプ台からその先のコーナーまでを目でなぞった。
「これ、店長ちょっと性格悪くない? ここで速くしろって誘惑しておいて、直後に曲がれって言ってる」
「飛ばないように作るのも腕だろ」
「それはそうなんだけどさ」
シアンも隣へしゃがみ、ジャンプ台を覗き込む。
「GV、ここ飛びそう」
「うん。特に最高速だけ見てる人は危ないね」
「誰のことだよォ!!」
入口から飛んできた声に、GVは振り返った。ケースを片手にしたデイトナが、入ってきたばかりとは思えない勢いでこちらを睨んでいる。
「……来てたんだ」
「今来たんだよ! つーかテメェ、オレの顔見て言っただろ!」
「まだ見てなかったよ」
「じゃあ何で当たってンだよ!」
「日頃の行いかな」
「ブッ飛ばすぞ!」
シアンが声を漏らして笑う。その存在に気づいたデイトナは、今度は彼女の手元のケースへ視線を落とした。
「シアンもやンのか?」
「うん。たぶん」
「たぶんって何だよ。出るなら最初っから本気で来いよ」
「デイトナみたいに飛びたくないから、ちゃんと考えてから」
「飛ばねェ!!」
その大声を受けても、作業テーブルにいたアシモフは顔すら上げなかった。
「ならまず、そのセッティングを見直すべきだな」
すでに工具を広げ、自分のマシンを調整している。以前から使っている一台だが、ローラーの位置もブレーキの配置も少しずつ変わっていた。派手な改造ではない。それだけに、前回の走行から必要な部分だけを拾ってきたことが分かる。
GVがケースを覗き込む。
「アシモフ、また増えてない?」
「何がだ」
「パーツ。前より明らかに多いけど」
「前回の走行結果を反映しただけだ」
「それ昨日から弄ってた?」
「少し研究した」
「その『少し』、何時間?」
アシモフは答えず、工具を一本取り替えた。
GVは少し待った。
「……答えないんだ」
「必要な準備をした。それだけだ」
「便利だなあ、研究って言葉。僕も宿題忘れた時に使おうかな」
「通用すると思うなら試してみろ」
「アシモフが言うと先生側なんだよなぁ……」
シアンがまた笑った、そのすぐ横へ重いケースが置かれた。
「蒼き雷霆。退け」
顔を上げると、アキュラが立っている。
「アキュラ」
開かれたケースには、タイヤやローラーはもちろん、モーター、ゲージ、計測器まで隙間なく収められていた。どれも用途ごとに整理され、遊びに来たというより実験設備を持ち込んだように見える。
GVはしばらく眺めてから、アキュラの顔へ視線を戻した。
「確認なんだけど、今日はミニ四駆しに来たんだよね? 小型ロケットの打ち上げじゃなくて」
「必要な装備を揃えただけだ」
「その返事されると余計ロケットっぽいんだけど」
「くだらん」
アキュラは会話を切り上げるように視線を動かし、今度はデイトナのマシンを見た。
「爆炎。フロントが軽い」
「あァ?」
「そのまま走らせれば飛ぶ」
「テメェまでそれ言うのかよ!」
「事実だ」
「今回は飛ばさねェ! 前と同じだと思うなよォ!」
胸を張るデイトナに、GVはマシンを見ながら首を傾げた。
「……前より速くしてない?」
「当然だろーが!」
「じゃあ前より飛びそう」
「縁起でもねェこと言うんじゃねェ!!」
「理屈は合ってると思うけど」
「シアンまで乗っかンな!」
少し離れた席から、メラクの欠伸が聞こえた。
「始まる前から疲れるなぁ」
アキュラがそちらを見る。
「亜空孔。貴様も走るのか」
「一回くらいは」
「右前のローラーがずれている」
「……細か」
「走る前に分かる問題を放置するな」
「面倒なんだよね」
「なら負けろ」
「それはちょっとヤだなぁ」
「じゃあ直せ」
メラクはしばらくマシンを眺めていたが、結局工具へ手を伸ばした。
「アキュラって、こういう時だけ面倒見いいよね」
GVが言うと、アキュラの眉が動く。
「違う。目の前で分かりきった失敗をされる方が不愉快なだけだ」
「それを面倒見いいって言うんじゃない?」
「黙れ、蒼き雷霆」
◇
最初に試走したアシモフのマシンは、派手な速さを見せなかった。
それでも一周すれば違いが分かる。バンクで余計に速度を失わず、二連ジャンプは低く抜け、着地した直後にはすでに次のコーナーへ向けて姿勢が整っている。
二周目も同じだった。三周目も崩れない。
表示されるラップタイムの差があまりに小さく、GVが眉を上げた。
「速いっていうより、ずっと速いんだ」
「一周だけ成功しても意味はない。三周走るなら、三周とも同じ性能を出せる方が強い」
走り終えたマシンを拾い上げたアシモフは、タイムより先に後輪を確認した。
「ただ、第三区間で一度姿勢を崩した。そこはリビルドが必要だな」
「勝ってから反省会するんだ」
「まだ試走だ」
「ほんと便利だね、その言葉」
続いてアキュラのマシンが飛び出した。
こちらは最初から速い。長いストレートで一気に速度を乗せ、そのままバンクを駆け上がる。以前なら危うさのあったジャンプも低く抑えられ、三周を通して大きく姿勢を乱すことはなかった。
表示されたベストタイムは、アシモフを僅かに上回っている。
「コンマ一四」
アキュラが呟く。
GVはその横顔を見た。
「ちょっと嬉しそう」
「錯覚だ」
「前も聞いたな、それ」
「黙れ」
アシモフはタイム表示とマシンを順に見比べる。
「高速区間はキミの方が上だ。ただ、終盤で一度減速している」
「許容範囲だ」
「本番でもそう言えるといいな」
アキュラの目が細くなる。
「……上から評価するな」
「評価ではない。分析だ」
「同じだ」
GVは二人を見比べた。
「ミニ四駆で学会始めないでよ」
「始めていない」
「始めていない」
「ほら、息合ってる」
「合っていない!」
「どけェ! 今度はオレの番だ!」
二人の間へ割って入ったデイトナがマシンを置き、そのまま勢いよくスタートさせた。
速い。
直線だけならアキュラ以上だった。
「ッシャア! 見たかァ!!」
「本当に速い」
GVが素直に感心した直後、マシンは二連ジャンプへ突っ込む。
高い。
「デイトナ、それちょっと高――」
「行けェェェ!!」
着地した前輪が一度大きく跳ね、車体が外側へ流れた。GVまでつられて身体を傾ける。
「戻れ戻れ戻れ……!」
「テメェ誰応援してンだ!?」
「今はデイトナのマシン! 本人はいいから!」
「本人も応援しろォ!!」
急コーナーを抜ける。
「ッシャア!」
次の瞬間、もう一度跳ねた。
「あ」
今度は耐えなかった。
コース外へ飛び出したマシンが床を滑り、数メートル先で止まる。
アキュラが一言だけ落とした。
「予想通りだ、爆炎」
「うるせェェェ!!」
◇
調整時間が終わる頃には、それぞれのマシンも本番仕様へ落ち着いていた。
五台がスタートラインへ並ぶ。
アシモフ、アキュラ、GV、デイトナ、メラク。
「三周。一発勝負だ」
店主の宣言を聞き、デイトナがアシモフを見て口元を吊り上げた。
「上等じゃねェか……来やがれ最強ォォォ!!」
店中の視線が集まる。
「俺たちのロードを見せてやる!!!」
「俺たち?」
メラクが嫌そうな顔をした。
「ボクも入ってるの?」
「入ってンだよ!」
「勝手に入れないでよ」
アキュラが鼻で笑う。
「群れなければ挑めんのか、爆炎」
「あァ!? テメェは一人で勝手に走ってろ!」
「最初からそのつもりだ」
「まとまらないなぁ、もう」
GVが笑ったところでカウントが始まった。
三。
二。
一。
「スタート!」
五台が一斉に飛び出す。
直線で先頭を奪ったのはデイトナだった。そのすぐ後ろをアキュラが追い、アシモフは無理に前へ出ず、一定の距離を保ったまま二台へ食らいついている。GVも遅れず、メラクは最後尾から自分のペースを崩さない。
一周目のジャンプでデイトナ機が大きく宙へ出た。
「行けェ!」
今度は綺麗に着地する。
「見たかコラァ!」
「まだ一周だ、爆炎」
「分かってるわ!」
二周目へ入ると、直線の終わりでアキュラが前へ出た。
高速区間ではアキュラ。テクニカル区間へ入れば、アシモフが差を詰める。その後ろでGVも離されず、空いたラインを探し続けていた。
「そこ!」
コーナーでアキュラ機が僅かに外へ流れた瞬間、GV機が内側へ滑り込む。
「抜くよ!」
「させるか、蒼き雷霆!」
「本人同士で叫んでもマシンには聞こえないよ!」
シアンの声が飛んでくる。
「分かってるけど、こういうのは気分だから!」
「貴様と一緒にするな」
「アキュラも叫んでたじゃん!」
最終周に入る頃には、先頭争いはほとんど一団になっていた。
最後のテクニカル区間。
アキュラ機が僅かに外へ膨らむ。
アシモフは崩れない。
その一瞬で前へ出た。
「行け!」
GVの声と重なるように、三台が最後のストレートへ飛び込んだ。
モーター音が一つに重なり、そのままゴールラインを抜ける。
一位、アシモフ。
二位、アキュラ。
三位、GV。
「……コンマ二一」
アキュラが表示を睨む横で、GVは自分の順位を確認して息を吐いた。
「負けたなぁ」
アシモフはマシンを拾い上げる。
「グッドだ」
GVがすぐ顔を上げた。
「今、自分に言った?」
「言っていない」
「言ったよね」
「次の走行に備えろ、GV」
「逃げた」
◇
これで終わりかと思われたところで、シアンが自分のマシンを持って立ち上がった。
「じゃあ、次わたしね」
GVが振り返る。
「シアンもやるんだ」
「やるよ。そのために持ってきたんだし」
その言葉を聞いた瞬間、アキュラの目だけが僅かに変わる。
「……電子の謡精」
「何?」
「以前と同じ手が通じると思うな」
「別に同じじゃないけど」
「何?」
「変えたもん」
アキュラがマシンへ目を向けた。
「見せろ」
「やだ」
「……」
「何その顔」
GVは吹き出した。
「アキュラ、めちゃくちゃ気にしてるじゃん」
「黙れ、蒼き雷霆」
デイトナが二人を見比べる。
「何だよ。シアンそんな強ェのか?」
「前に僕とアキュラ両方に勝ってるよ」
「言うな」
「マジかよ」
「勝ったよ」
シアンが少し得意げに答える。
アシモフはそのやり取りを聞き、自分のマシンをもう一度スタート位置へ置いた。
「なら相手をしよう」
「うん」
二台が並ぶ。
スタート直後から、アシモフが前へ出た。
直線で差を広げ、バンクでもその差を保つ。一周目だけを見れば、勝負はほとんど決まったようにも見えた。
だがシアンのマシンは乱れない。
速さでは追わず、ジャンプでは低く飛び、着地で余計に跳ねない。コーナーでも外へ膨らまず、アシモフが速度で稼いだ差を、小さなロスを減らすことで少しずつ取り返していく。
二周目。
差が広がらなくなった。
GVが自然と身を乗り出す。
「……来てる」
アキュラも黙ったままコースを追っている。
最終周。
アシモフが先頭のまま最後のアップダウンへ入った。
前輪が僅かに浮く。
着地。
ほんの少し、外へ流れた。
「今!」
シアン機が内側へ入る。
二台が並んだ。
「行って!」
シアンまで身体を前へ乗り出す。
最後の直線では、まだアシモフが半車身前にいた。
そこから、シアンが詰める。
二台がほとんど同時にゴールラインを抜けた。
一位。
シアン。
「……勝った?」
シアンが目を丸くする。
店主が頷いた。
「シアンちゃんだな」
「ほんと!?」
一拍遅れて、顔いっぱいに笑みが広がった。
「やった! GV、見た!?」
「見た見た! 最後すごかった!」
「抜いたよ!」
「うん!」
デイトナは表示を見たまま呟く。
「裏にもっとヤベェのいたじゃねェか……」
「だから言っただろう」
アキュラが腕を組む。
「経験者は違うね」
「黙れ、蒼き雷霆」
アシモフは自分のマシンを一度見てから、シアンへ視線を戻した。
「最高速はこちらが上だった。なぜ最後に追いつけた?」
シアンは少し考える。
「速さじゃ勝てないし。だから飛ばないようにしただけ」
「それだけか?」
「うん。最後までちゃんと走った方がいいでしょ?」
アシモフは数秒黙り、小さく頷いた。
「……グッドだ、シアン」
「ありがとう」
「次は負けない」
「わたしも」
「もう次の話してる」
GVが笑う横で、アキュラもすでに工具箱へ手を伸ばしていた。
「電子の謡精。次はオレだ」
「いいよ」
「おい待てェ! 次はオレだろーが!」
「爆炎はまず完走率を上げろ」
「今日は完走しただろ!」
「四位だ」
「順位は今関係ねェ!!」
「あるでしょ」
シアンの一言で、デイトナが詰まった。
GVは笑いながら自分のケースを閉じる。
今日は誰かを救う必要もなければ、能力者の未来について答えを出す必要もない。負ければ調整して、また走ればいい。勝ったところで、それで終わりでもなかった。
そんな当たり前の続きを抱えたまま、一行は店を出た。
夕方の商店街を歩きながら、GVは隣のアシモフを見る。
「楽しかった?」
「有意義な検証だった」
「楽しかった?」
「十分なデータも取れた」
「アシモフ」
少し間が空いた。
「……グッドだった」
GVはそれ以上追及せず、ただ笑った。
「じゃあ、またやろう」
「ああ。次は勝つ」
前を歩いていたシアンが振り返る。
「アシモフさん、今日わたしに負けたけどね」
アシモフが黙る。
その隣でアキュラまで目を逸らした。
「アキュラも前に負けたよね?」
「電子の謡精……」
「何?」
「次はない」
「前も聞いた」
デイトナの笑い声が、夕暮れの商店街へ響いていった。
爪PV 期待値調査
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やったね君、最高!!
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うーん...