『隣人GV ―もしもスパイディの影響を受けたGVなら―』   作:幸田市

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番外編⑤「来やがれ最強! 俺たちのロードを見せてやる!!!」

 

 

 休日の模型店では、いつもの常設コースが跡形もなく組み替えられ、五レーンの大型コースが店の中央を占領していた。

 

 スタート直後には速度を乗せやすい長いストレート。その勢いのまま大きなバンクを上り、二連ジャンプを越えた先には急角度のコーナーが待っている。後半も細かなアップダウンが続き、ただ速いだけでは最後まで残れない。最高速を欲張れば飛ぶし、安定だけを取れば追いつけない。そんな意地の悪いレイアウトだった。

 

 GVはコース脇にしゃがみ込み、ジャンプ台からその先のコーナーまでを目でなぞった。

 

「これ、店長ちょっと性格悪くない? ここで速くしろって誘惑しておいて、直後に曲がれって言ってる」

 

「飛ばないように作るのも腕だろ」

 

「それはそうなんだけどさ」

 

 シアンも隣へしゃがみ、ジャンプ台を覗き込む。

 

「GV、ここ飛びそう」

 

「うん。特に最高速だけ見てる人は危ないね」

 

「誰のことだよォ!!」

 

 入口から飛んできた声に、GVは振り返った。ケースを片手にしたデイトナが、入ってきたばかりとは思えない勢いでこちらを睨んでいる。

 

「……来てたんだ」

 

「今来たんだよ! つーかテメェ、オレの顔見て言っただろ!」

 

「まだ見てなかったよ」

 

「じゃあ何で当たってンだよ!」

 

「日頃の行いかな」

 

「ブッ飛ばすぞ!」

 

 シアンが声を漏らして笑う。その存在に気づいたデイトナは、今度は彼女の手元のケースへ視線を落とした。

 

「シアンもやンのか?」

 

「うん。たぶん」

 

「たぶんって何だよ。出るなら最初っから本気で来いよ」

 

「デイトナみたいに飛びたくないから、ちゃんと考えてから」

 

「飛ばねェ!!」

 

 その大声を受けても、作業テーブルにいたアシモフは顔すら上げなかった。

 

「ならまず、そのセッティングを見直すべきだな」

 

 すでに工具を広げ、自分のマシンを調整している。以前から使っている一台だが、ローラーの位置もブレーキの配置も少しずつ変わっていた。派手な改造ではない。それだけに、前回の走行から必要な部分だけを拾ってきたことが分かる。

 

 GVがケースを覗き込む。

 

「アシモフ、また増えてない?」

 

「何がだ」

 

「パーツ。前より明らかに多いけど」

 

「前回の走行結果を反映しただけだ」

 

「それ昨日から弄ってた?」

 

「少し研究した」

 

「その『少し』、何時間?」

 

 アシモフは答えず、工具を一本取り替えた。

 

 GVは少し待った。

 

「……答えないんだ」

 

「必要な準備をした。それだけだ」

 

「便利だなあ、研究って言葉。僕も宿題忘れた時に使おうかな」

 

「通用すると思うなら試してみろ」

 

「アシモフが言うと先生側なんだよなぁ……」

 

 シアンがまた笑った、そのすぐ横へ重いケースが置かれた。

 

「蒼き雷霆。退け」

 

 顔を上げると、アキュラが立っている。

 

「アキュラ」

 

 開かれたケースには、タイヤやローラーはもちろん、モーター、ゲージ、計測器まで隙間なく収められていた。どれも用途ごとに整理され、遊びに来たというより実験設備を持ち込んだように見える。

 

 GVはしばらく眺めてから、アキュラの顔へ視線を戻した。

 

「確認なんだけど、今日はミニ四駆しに来たんだよね? 小型ロケットの打ち上げじゃなくて」

 

「必要な装備を揃えただけだ」

 

「その返事されると余計ロケットっぽいんだけど」

 

「くだらん」

 

 アキュラは会話を切り上げるように視線を動かし、今度はデイトナのマシンを見た。

 

「爆炎。フロントが軽い」

 

「あァ?」

 

「そのまま走らせれば飛ぶ」

 

「テメェまでそれ言うのかよ!」

 

「事実だ」

 

「今回は飛ばさねェ! 前と同じだと思うなよォ!」

 

 胸を張るデイトナに、GVはマシンを見ながら首を傾げた。

 

「……前より速くしてない?」

 

「当然だろーが!」

 

「じゃあ前より飛びそう」

 

「縁起でもねェこと言うんじゃねェ!!」

 

「理屈は合ってると思うけど」

 

「シアンまで乗っかンな!」

 

 少し離れた席から、メラクの欠伸が聞こえた。

 

「始まる前から疲れるなぁ」

 

 アキュラがそちらを見る。

 

「亜空孔。貴様も走るのか」

 

「一回くらいは」

 

「右前のローラーがずれている」

 

「……細か」

 

「走る前に分かる問題を放置するな」

 

「面倒なんだよね」

 

「なら負けろ」

 

「それはちょっとヤだなぁ」

 

「じゃあ直せ」

 

 メラクはしばらくマシンを眺めていたが、結局工具へ手を伸ばした。

 

「アキュラって、こういう時だけ面倒見いいよね」

 

 GVが言うと、アキュラの眉が動く。

 

「違う。目の前で分かりきった失敗をされる方が不愉快なだけだ」

 

「それを面倒見いいって言うんじゃない?」

 

「黙れ、蒼き雷霆」

 

     ◇

 

 最初に試走したアシモフのマシンは、派手な速さを見せなかった。

 

 それでも一周すれば違いが分かる。バンクで余計に速度を失わず、二連ジャンプは低く抜け、着地した直後にはすでに次のコーナーへ向けて姿勢が整っている。

 

 二周目も同じだった。三周目も崩れない。

 

 表示されるラップタイムの差があまりに小さく、GVが眉を上げた。

 

「速いっていうより、ずっと速いんだ」

 

「一周だけ成功しても意味はない。三周走るなら、三周とも同じ性能を出せる方が強い」

 

 走り終えたマシンを拾い上げたアシモフは、タイムより先に後輪を確認した。

 

「ただ、第三区間で一度姿勢を崩した。そこはリビルドが必要だな」

 

「勝ってから反省会するんだ」

 

「まだ試走だ」

 

「ほんと便利だね、その言葉」

 

 続いてアキュラのマシンが飛び出した。

 

 こちらは最初から速い。長いストレートで一気に速度を乗せ、そのままバンクを駆け上がる。以前なら危うさのあったジャンプも低く抑えられ、三周を通して大きく姿勢を乱すことはなかった。

 

 表示されたベストタイムは、アシモフを僅かに上回っている。

 

「コンマ一四」

 

 アキュラが呟く。

 

 GVはその横顔を見た。

 

「ちょっと嬉しそう」

 

「錯覚だ」

 

「前も聞いたな、それ」

 

「黙れ」

 

 アシモフはタイム表示とマシンを順に見比べる。

 

「高速区間はキミの方が上だ。ただ、終盤で一度減速している」

 

「許容範囲だ」

 

「本番でもそう言えるといいな」

 

 アキュラの目が細くなる。

 

「……上から評価するな」

 

「評価ではない。分析だ」

 

「同じだ」

 

 GVは二人を見比べた。

 

「ミニ四駆で学会始めないでよ」

 

「始めていない」

 

「始めていない」

 

「ほら、息合ってる」

 

「合っていない!」

 

「どけェ! 今度はオレの番だ!」

 

 二人の間へ割って入ったデイトナがマシンを置き、そのまま勢いよくスタートさせた。

 

 速い。

 

 直線だけならアキュラ以上だった。

 

「ッシャア! 見たかァ!!」

 

「本当に速い」

 

 GVが素直に感心した直後、マシンは二連ジャンプへ突っ込む。

 

 高い。

 

「デイトナ、それちょっと高――」

 

「行けェェェ!!」

 

 着地した前輪が一度大きく跳ね、車体が外側へ流れた。GVまでつられて身体を傾ける。

 

「戻れ戻れ戻れ……!」

 

「テメェ誰応援してンだ!?」

 

「今はデイトナのマシン! 本人はいいから!」

 

「本人も応援しろォ!!」

 

 急コーナーを抜ける。

 

「ッシャア!」

 

 次の瞬間、もう一度跳ねた。

 

「あ」

 

 今度は耐えなかった。

 

 コース外へ飛び出したマシンが床を滑り、数メートル先で止まる。

 

 アキュラが一言だけ落とした。

 

「予想通りだ、爆炎」

 

「うるせェェェ!!」

 

     ◇

 

 調整時間が終わる頃には、それぞれのマシンも本番仕様へ落ち着いていた。

 

 五台がスタートラインへ並ぶ。

 

 アシモフ、アキュラ、GV、デイトナ、メラク。

 

「三周。一発勝負だ」

 

 店主の宣言を聞き、デイトナがアシモフを見て口元を吊り上げた。

 

「上等じゃねェか……来やがれ最強ォォォ!!」

 

 店中の視線が集まる。

 

「俺たちのロードを見せてやる!!!」

 

「俺たち?」

 

 メラクが嫌そうな顔をした。

 

「ボクも入ってるの?」

 

「入ってンだよ!」

 

「勝手に入れないでよ」

 

 アキュラが鼻で笑う。

 

「群れなければ挑めんのか、爆炎」

 

「あァ!? テメェは一人で勝手に走ってろ!」

 

「最初からそのつもりだ」

 

「まとまらないなぁ、もう」

 

 GVが笑ったところでカウントが始まった。

 

 三。

 

 二。

 

 一。

 

「スタート!」

 

 五台が一斉に飛び出す。

 

 直線で先頭を奪ったのはデイトナだった。そのすぐ後ろをアキュラが追い、アシモフは無理に前へ出ず、一定の距離を保ったまま二台へ食らいついている。GVも遅れず、メラクは最後尾から自分のペースを崩さない。

 

 一周目のジャンプでデイトナ機が大きく宙へ出た。

 

「行けェ!」

 

 今度は綺麗に着地する。

 

「見たかコラァ!」

 

「まだ一周だ、爆炎」

 

「分かってるわ!」

 

 二周目へ入ると、直線の終わりでアキュラが前へ出た。

 

 高速区間ではアキュラ。テクニカル区間へ入れば、アシモフが差を詰める。その後ろでGVも離されず、空いたラインを探し続けていた。

 

「そこ!」

 

 コーナーでアキュラ機が僅かに外へ流れた瞬間、GV機が内側へ滑り込む。

 

「抜くよ!」

 

「させるか、蒼き雷霆!」

 

「本人同士で叫んでもマシンには聞こえないよ!」

 

 シアンの声が飛んでくる。

 

「分かってるけど、こういうのは気分だから!」

 

「貴様と一緒にするな」

 

「アキュラも叫んでたじゃん!」

 

 最終周に入る頃には、先頭争いはほとんど一団になっていた。

 

 最後のテクニカル区間。

 

 アキュラ機が僅かに外へ膨らむ。

 

 アシモフは崩れない。

 

 その一瞬で前へ出た。

 

「行け!」

 

 GVの声と重なるように、三台が最後のストレートへ飛び込んだ。

 

 モーター音が一つに重なり、そのままゴールラインを抜ける。

 

 一位、アシモフ。

 

 二位、アキュラ。

 

 三位、GV。

 

「……コンマ二一」

 

 アキュラが表示を睨む横で、GVは自分の順位を確認して息を吐いた。

 

「負けたなぁ」

 

 アシモフはマシンを拾い上げる。

 

「グッドだ」

 

 GVがすぐ顔を上げた。

 

「今、自分に言った?」

 

「言っていない」

 

「言ったよね」

 

「次の走行に備えろ、GV」

 

「逃げた」

 

     ◇

 

 これで終わりかと思われたところで、シアンが自分のマシンを持って立ち上がった。

 

「じゃあ、次わたしね」

 

 GVが振り返る。

 

「シアンもやるんだ」

 

「やるよ。そのために持ってきたんだし」

 

 その言葉を聞いた瞬間、アキュラの目だけが僅かに変わる。

 

「……電子の謡精」

 

「何?」

 

「以前と同じ手が通じると思うな」

 

「別に同じじゃないけど」

 

「何?」

 

「変えたもん」

 

 アキュラがマシンへ目を向けた。

 

「見せろ」

 

「やだ」

 

「……」

 

「何その顔」

 

 GVは吹き出した。

 

「アキュラ、めちゃくちゃ気にしてるじゃん」

 

「黙れ、蒼き雷霆」

 

 デイトナが二人を見比べる。

 

「何だよ。シアンそんな強ェのか?」

 

「前に僕とアキュラ両方に勝ってるよ」

 

「言うな」

 

「マジかよ」

 

「勝ったよ」

 

 シアンが少し得意げに答える。

 

 アシモフはそのやり取りを聞き、自分のマシンをもう一度スタート位置へ置いた。

 

「なら相手をしよう」

 

「うん」

 

 二台が並ぶ。

 

 スタート直後から、アシモフが前へ出た。

 

 直線で差を広げ、バンクでもその差を保つ。一周目だけを見れば、勝負はほとんど決まったようにも見えた。

 

 だがシアンのマシンは乱れない。

 

 速さでは追わず、ジャンプでは低く飛び、着地で余計に跳ねない。コーナーでも外へ膨らまず、アシモフが速度で稼いだ差を、小さなロスを減らすことで少しずつ取り返していく。

 

 二周目。

 

 差が広がらなくなった。

 

 GVが自然と身を乗り出す。

 

「……来てる」

 

 アキュラも黙ったままコースを追っている。

 

 最終周。

 

 アシモフが先頭のまま最後のアップダウンへ入った。

 

 前輪が僅かに浮く。

 

 着地。

 

 ほんの少し、外へ流れた。

 

「今!」

 

 シアン機が内側へ入る。

 

 二台が並んだ。

 

「行って!」

 

 シアンまで身体を前へ乗り出す。

 

 最後の直線では、まだアシモフが半車身前にいた。

 

 そこから、シアンが詰める。

 

 二台がほとんど同時にゴールラインを抜けた。

 

 一位。

 

 シアン。

 

「……勝った?」

 

 シアンが目を丸くする。

 

 店主が頷いた。

 

「シアンちゃんだな」

 

「ほんと!?」

 

 一拍遅れて、顔いっぱいに笑みが広がった。

 

「やった! GV、見た!?」

 

「見た見た! 最後すごかった!」

 

「抜いたよ!」

 

「うん!」

 

 デイトナは表示を見たまま呟く。

 

「裏にもっとヤベェのいたじゃねェか……」

 

「だから言っただろう」

 

 アキュラが腕を組む。

 

「経験者は違うね」

 

「黙れ、蒼き雷霆」

 

 アシモフは自分のマシンを一度見てから、シアンへ視線を戻した。

 

「最高速はこちらが上だった。なぜ最後に追いつけた?」

 

 シアンは少し考える。

 

「速さじゃ勝てないし。だから飛ばないようにしただけ」

 

「それだけか?」

 

「うん。最後までちゃんと走った方がいいでしょ?」

 

 アシモフは数秒黙り、小さく頷いた。

 

「……グッドだ、シアン」

 

「ありがとう」

 

「次は負けない」

 

「わたしも」

 

「もう次の話してる」

 

 GVが笑う横で、アキュラもすでに工具箱へ手を伸ばしていた。

 

「電子の謡精。次はオレだ」

 

「いいよ」

 

「おい待てェ! 次はオレだろーが!」

 

「爆炎はまず完走率を上げろ」

 

「今日は完走しただろ!」

 

「四位だ」

 

「順位は今関係ねェ!!」

 

「あるでしょ」

 

 シアンの一言で、デイトナが詰まった。

 

 GVは笑いながら自分のケースを閉じる。

 

 今日は誰かを救う必要もなければ、能力者の未来について答えを出す必要もない。負ければ調整して、また走ればいい。勝ったところで、それで終わりでもなかった。

 

 そんな当たり前の続きを抱えたまま、一行は店を出た。

 

 夕方の商店街を歩きながら、GVは隣のアシモフを見る。

 

「楽しかった?」

 

「有意義な検証だった」

 

「楽しかった?」

 

「十分なデータも取れた」

 

「アシモフ」

 

 少し間が空いた。

 

「……グッドだった」

 

 GVはそれ以上追及せず、ただ笑った。

 

「じゃあ、またやろう」

 

「ああ。次は勝つ」

 

 前を歩いていたシアンが振り返る。

 

「アシモフさん、今日わたしに負けたけどね」

 

 アシモフが黙る。

 

 その隣でアキュラまで目を逸らした。

 

「アキュラも前に負けたよね?」

 

「電子の謡精……」

 

「何?」

 

「次はない」

 

「前も聞いた」

 

 デイトナの笑い声が、夕暮れの商店街へ響いていった。

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