『隣人GV ―もしもスパイディの影響を受けたGVなら―』   作:幸田市

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第六話「それいけ!我らのシデトラマン!」

 

 午後の撮影所では、倒壊したビルを模したミニチュアの向こうから白煙が上がっていた。

 

 スタッフの合図に合わせ、瓦礫の中央へ立っていた怪人役のスーツアクターが大きく身体を反らす。その正面では、銀と青を基調にしたヒーロースーツが腰を落とし、両腕を胸元で交差させていた。

 

『シデトラ・ノヴァァァァッ!!』

 

 轟音と同時に合成用の光が走り、怪人の背後で火薬が炸裂する。

 

 吹き上がった炎を背景にシデトラマンが残心を取ったところで、監督の声が飛んだ。

 

「カット! オーケー!」

 

 張り詰めていた空気が一気に緩んだ。

 

 スタッフがセットの中へ入り、怪人役のスーツアクターへ手を貸す。シデトラマンも構えを解き、被っていたマスクを両手で持ち上げた。

 

 その下から現れたのは紫電だった。

 

「暑いね、これ」

 

「紫電さん、次十五分空きます!」

 

「了解。水もらえるかな」

 

 差し出されたボトルを受け取りながら、紫電はセット脇へ移動した。

 

 二年前なら、彼を知る者は誰一人として想像しなかっただろう。

 

 皇神グループの頂点。

 

 国家規模のインフラと第七波動能力者の管理へ絶大な権限を持ち、自らを国を背負う者だと信じて疑わなかった少年。

 

 その紫電が今では――。

 

「あーっ! シデトラマンだ!」

 

 見学スペースから子供の声が飛んだ。

 

 途端に数人の子供たちが柵のそばへ集まってくる。

 

「シデトラマン!」

 

「変身やって!」

 

「握手して!」

 

「はいはい、押さないでね」

 

 紫電は飲みかけの水をスタッフへ預け、そのまま子供たちの前へ向かった。

 

「シデトラマンでも一度に握れる手は二本しかないんだ。順番にね」

 

 笑いながらしゃがみ込み、一人ずつ手を握る。

 

 俳優としての対応には、もう迷いがなかった。

 

 最初の頃は宣伝部から教えられた受け答えをそのまま使っていたが、一年以上も主演を続けていれば、子供が何を言おうとしているかくらいは表情で分かる。

 

「シデトラマン、今日勝つ?」

 

「もちろん。もっとも、放送を見るまでは秘密だけどね」

 

「今もう勝ってたじゃん!」

 

「見たものを全部信じるのは早いよ?」

 

「えー!」

 

 子供たちが笑う。

 

 少し離れた場所では、明らかに子供ではない男たちが小声で盛り上がっていた。

 

「今のノヴァ、溜め長かったよな」

 

「劇場版仕様じゃね?」

 

「いや、第十九話でも一回だけあった」

 

「あの回は雨天補正だろ」

 

 紫電には全部聞こえていた。

 

「キミたち、よく見てるね」

 

 声を掛けると、三人が一斉に硬直した。

 

「え」

 

「紫電さん!?」

 

「聞こえてた!?」

 

「聞こえる距離で話してるからね」

 

 紫電が笑うと、三人は途端に勢いを取り戻した。

 

「第十九話の変身解除前の目線ってアドリブですか!?」

 

「シデトラセイバーの商品版、劇中より二・三センチ短いですよね!?」

 

「次の強化形態って――」

 

「最後のは答えられないよ」

 

 そこまでは、いつものことだった。

 

 問題は、その後だった。

 

 一人の少年が、握手を終えてもその場を離れなかった。

 

 小学校の低学年くらいだろうか。

 

 母親らしい女性が少し離れた場所から待っている。

 

「どうしたの?」

 

 紫電が声を掛ける。

 

 少年は少し迷ってから聞いた。

 

「紫電さんって、本当に皇神で一番偉い人なの?」

 

「まあ、一応ね」

 

「じゃあさ」

 

 少年は紫電をまっすぐ見た。

 

「能力者と、普通の人って、もう仲良くなれる?」

 

 紫電の笑顔が、ほんの僅かに止まった。

 

 答えなら、いくらでもあった。

 

 皇神が現在進めている能力者保護政策。

 

 一般社会との段階的な共生。

 

 能力犯罪への新しい対応基準。

 

 能力者本人の自己決定権と、それに伴う安全管理。

 

 言葉にしようと思えば、一時間でも二時間でも説明できる。

 

 だが。

 

 目の前の子供は、それを聞いているのだろうか。

 

「……そうなるように」

 

 紫電は少しだけ考えた。

 

「ボクらも頑張ってるところかな」

 

「そっか!」

 

 少年はそれだけで笑った。

 

「じゃあ、シデトラマンも頑張って!」

 

「もちろん」

 

 手を振る。

 

 少年は母親のところへ走っていった。

 

 間違ったことは言っていない。

 

 むしろ、子供へ答えるなら十分だろう。

 

 それなのに。

 

 紫電は去っていく少年の背中を、しばらく見ていた。

 

「珍しいね」

 

 横から聞き慣れた声がした。

 

 振り向く。

 

 買い物袋を持ったGVが立っている。

 

 その隣では、シアンが明らかに笑いを堪えていた。

 

「何が?」

 

「紫電が考え込んでるの」

 

「ボクだって考え事くらいするよ、ガンヴォルト」

 

「そうじゃなくて」

 

 GVが言葉を探している横で、シアンが撮影所の看板を見上げる。

 

 そこには紫電の顔写真と共に、現在の肩書きが大きく載っていた。

 

 シアンの口元がさらに緩む。

 

「あ、超ウルトラスーパーギガンティックギャラクシー皇神代表だ」

 

 紫電は一秒も置かなかった。

 

「くどいよ、シアン」

 

「でも正式名称だよ?」

 

「正式名称なら毎回全部読む必要があるのかい?」

 

「だって面白いし」

 

「理由を隠す気もないんだね」

 

 GVまで横で笑っている。

 

「笑うな、ガンヴォルト」

 

「ごめん」

 

「全然そう見えないよ」

 

 紫電は小さく息を吐いた。

 

 以前なら、この二人にこんな扱いをされる未来など想像することさえなかった。

 

 不快かと聞かれれば。

 

 別に。

 

 もう慣れた。

 

 慣れた自分については、まだ少し納得していない。

 

「……ねえ、ガンヴォルト」

 

「何?」

 

「キミ、市民と話す時ってどうしてる?」

 

 GVが瞬きをした。

 

「普通に」

 

「そう答えると思ったよ」

 

 紫電は額へ手を当てた。

 

 シアンが笑う。

 

「困ってるの?」

 

「笑わないでくれるかな。ボクだって割と真面目に悩んでるんだよ?」

 

 撮影所の端にはまだ子供たちが残っている。

 

 スタッフ。

 

 保護者。

 

 番組のファン。

 

 通りがかった人。

 

 誰もが紫電を見る時、何かしらの紫電を知っている。

 

「さっきみたいな子に話しかけられるだろ?」

 

「うん」

 

「シデトラマンとしてなら簡単なんだ。子供が喜ぶことを言えばいいし、俳優として答えられないことは答えなければいい」

 

 紫電は少し離れた場所に立つ警備員へ視線を向けた。

 

「皇神代表としても、まあ同じさ。組織として言えることと言えないことを区別すればいい。問題は、その間なんだよね」

 

「間?」

 

「ボクが『大丈夫だよ』って言った時、それは紫電個人の励ましなのか、それとも皇神が安全を保証したことになるのか。能力者の子に『好きに生きればいい』と言えば、どこまでが個人的な意見で、どこからが代表者としての発言になるのか」

 

 言っている本人が面倒になったらしく、途中で肩を竦める。

 

「昔は簡単だったんだけどね」

 

 シアンの表情から少しだけ笑みが引いた。

 

 紫電は気にせず続ける。

 

「国民は守るもの。能力者は管理するもの。ボクが決めて、ボクが責任を取る。それで全部説明できた」

 

「うん」

 

「今は、それじゃ駄目だって分かってる」

 

 声は軽いままだった。

 

 それでも。

 

 そこだけは冗談にしなかった。

 

「分かったはいいけどさ。じゃあ一人一人とどう付き合えばいいのかって聞かれると……案外、ボクは知らないみたいなんだ」

 

 GVは少し考えた。

 

 紫電が待つ。

 

 シアンも待つ。

 

「じゃあ、アメ研来る?」

 

「……話、聞いてた?」

 

「聞いてたよ」

 

「本当に?」

 

「普通の人と話したいんでしょ?」

 

「ボクは市民との距離感について相談しているんだけど」

 

「だから」

 

 GVは当然のように言った。

 

「普通の人と普通に喋ればいいんじゃない?」

 

 紫電が黙る。

 

「……キミ、時々ものすごく雑だよね」

 

「そう?」

 

「そこを疑問形にできるのがすごいよ」

 

 シアンは二人を見比べていたが、やがて小さく笑った。

 

「でも、ちょっと面白そう」

 

「シアンまで?」

 

「行ってみたら?」

 

「キミたち、ボクを何だと思ってるんだい」

 

 GVとシアンが一度顔を見合わせた。

 

 また。

 

 笑う。

 

 紫電は嫌な予感がした。

 

「何」

 

 GVが笑いを堪えながら答える。

 

「超ウルトラスーパーギガンティックギャラクシー皇神代表」

 

「くどいよ、ガンヴォルト」

 

     ◇

 

 翌日の放課後。

 

 アメコミ研究会の部室では、真田リクが机の上へ小さなフィギュアを並べていた。

 

「だからシデトラマン・エクリプスは初登場補正抜きでも通常形態の三倍くらい――」

 

「その三倍どこから出したんだ」

 

 黒江トオルがノートから顔を上げる。

 

「見れば分かるだろ!」

 

「分からん。まず前提として、映像演出と作中設定を混同するな」

 

「じゃあお前、第十九話見て三倍じゃないって言えるのかよ!」

 

「論点を変えるな」

 

 犬飼ケンジは二人の会話をほとんど聞かず、玩具の変身デバイスを机へ置いて内部構造を眺めている。

 

「ここ、実物どうなってるんだろうねえ」

 

 三枝ユウタだけが少し離れた場所で漫画を読んでいた。

 

 いつもの放課後だった。

 

 部室の扉が開くまでは。

 

「お待たせ」

 

 GVが入ってくる。

 

「遅ぇぞGV! 今エクリプスが通常形態の何倍かって話を――」

 

 真田がそこで止まった。

 

 GVの後ろから、もう一人入ってきたからだ。

 

 紫電。

 

 私服ではある。

 

 衣装も着ていない。

 

 それでも。

 

 顔は同じだ。

 

 当たり前だ。

 

 数秒。

 

 誰も喋らなかった。

 

 真田の手からシデトラマンのフィギュアが落ちる。

 

 犬飼が持っていたドライバーを取り落とす。

 

 黒江は眼鏡を外し、レンズを拭いてから、もう一度掛け直した。

 

 三枝が最初に口を開いた。

 

「……シデトラマンだ」

 

「紫電だよ」

 

 本人が即座に訂正する。

 

「いや、知ってますけど!!」

 

 真田がようやく叫んだ。

 

「GV! お前何連れてきてんだよ!?」

 

「紹介するね」

 

 GVが横へ一歩ずれる。

 

 もう笑っている。

 

 紫電が嫌そうな顔をした。

 

「やめた方がいいと思うよ」

 

「こちら、超ウルトラスーパーギガンティックギャラクシー皇神代表の紫電」

 

「くどいよ、ガンヴォルト」

 

 四人が固まる。

 

 黒江が真顔で呟いた。

 

「……本当に正式名称なんだ」

 

「ボクだってどうかと思ってるよ、この肩書き」

 

「本人も!?」

 

「そりゃ思うさ」

 

 紫電は部室の中へ目を向けた。

 

 そこで。

 

 見つける。

 

 真田の机。

 

 シデトラマンのフィギュア。

 

 犬飼の机。

 

 変身デバイス。

 

 黒江のノート。

 

 表紙。

 

『シデトラマン第二十六話に見る、力を持つ者の社会的責任』

 

 紫電の視線が止まった。

 

「……帰っていいかな?」

 

「まだ何もしてないよ」

 

「もう十分色々見た気がするんだけど」

 

 GVは気にせず椅子を一つ引いた。

 

「紫電、人と話す練習したいらしいよ」

 

「ずいぶん雑に要約したね!?」

 

 四人の視線が一斉に紫電へ向いた。

 

「人と話す練習……?」

 

 黒江。

 

「紫電さんが?」

 

 犬飼。

 

「コミュ障なんですか?」

 

 真田。

 

 紫電は笑顔のまま真田を見る。

 

「キミ、初対面の相手によくそこまで踏み込めるね?」

 

「すみません」

 

 反省は早かった。

 

 三枝が漫画を閉じる。

 

「でも……普通に喋れてますよね」

 

「そうなんだよ」

 

 紫電は空いている椅子へ腰を下ろした。

 

「ボクもそこがややこしいと思ってる」

 

     ◇

 

 結論から言えば。

 

 最初の三十分は、人生相談にならなかった。

 

「十二話の壁走りってワイヤーですか!?」

 

「一部ね。全部ワイヤーだと身体の軸が不自然になるから、走れるところは普通に走ってるよ」

 

「普通に!?」

 

「ボク、一応能力者だからね?」

 

 真田が机を叩く。

 

「そうだった!!」

 

「忘れるところかな?」

 

 横では犬飼が変身デバイスを両手で差し出している。

 

「これ、劇中用と商品版で発光部違いますよね?」

 

「違うよ。撮影用はもっと光量が強い」

 

「中見たことあります?」

 

「あるけど」

 

「写真あります?」

 

「あるよ」

 

「ください」

 

「嫌だよ」

 

「分解は?」

 

「もっと嫌だよ」

 

 GVが横から小さく笑った。

 

「犬飼、それ僕にもやったよね」

 

「大事だよ?」

 

「その言葉便利だね」

 

 黒江はもっと面倒だった。

 

「まず前提として――」

 

「待って」

 

 紫電が手を上げた。

 

「キミ、話長いタイプ?」

 

「内容によります」

 

「長いタイプだね」

 

「シデトラマン第二十六話ですが」

 

「もう始めるんだ」

 

「後半でシデトラマンが『守るだけなら簡単だ。一緒に生きる方がずっと難しい』と言いますよね」

 

「言うね」

 

「あれは脚本段階から?」

 

「半分くらい。元はもう少し格好いい台詞だったよ」

 

「変えたんですか?」

 

「監督と話してね。あの状況で綺麗に言い切れる方が変だと思ったから」

 

 黒江の目が光る。

 

「やっぱり!」

 

「何が?」

 

「十二話から変わってるんですよ!」

 

「何が?」

 

「シデトラマンが答えを断言する回数です!」

 

 紫電が少し目を丸くした。

 

 そこから十五分。

 

 黒江は本当に第二十六話まで遡った。

 

 紫電も途中から普通に付き合い始めた。

 

「そこは演技じゃなくて脚本だよ」

 

「でも十五話では紫電さん、台詞の後に一拍置いてますよね」

 

「よく気づいたね。あれはボク」

 

「やっぱり!」

 

「キミ、番組研究して何になるの?」

 

「楽しいです」

 

「……そう」

 

 紫電が笑う。

 

「それならいいか」

 

 部室の隅で、GVがそれを眺めていた。

 

「普通に喋れてるじゃん」

 

「ボクも今そう思ってるところだよ」

 

「じゃあ解決?」

 

「キミは相談を三十分で終わらせようとするのやめてくれる?」

 

 紫電が呆れたように返す。

 

 そこで。

 

 三枝が口を開いた。

 

「紫電さん」

 

「ん?」

 

 三枝は少し迷ったようだった。

 

「紫電さん自身は、シデトラマン好きなんですか?」

 

 部室が静かになった。

 

 真田が口を閉じる。

 

 犬飼も手を止める。

 

 黒江のペンも止まった。

 

 紫電だけが、少し不思議そうに三枝を見る。

 

「ボク自身?」

 

「はい」

 

「どういう意味?」

 

「仕事としてじゃなくて」

 

 三枝は机の端を指で軽くなぞった。

 

「やってて、好きなのかなって」

 

 紫電はしばらく答えなかった。

 

 聞かれたことがないわけではない。

 

 番組への意気込み。

 

 役への思い。

 

 子供へ伝えたいこと。

 

 インタビューでは何度も答えている。

 

 けれど。

 

 好きか。

 

 それだけを聞かれたことは。

 

 意外と少なかった。

 

「……好きだよ」

 

 やがて、紫電は答えた。

 

「最初は仕事だったけどね」

 

 真田が身を乗り出す。

 

「マジですか?」

 

「そこで驚くの?」

 

「いや、なんか広報案件で仕方なくやってるのかと」

 

「失礼だなあ」

 

 紫電は笑った。

 

「最初の頃は確かに、皇神のイメージ改善だとか、能力者への理解促進だとか、そういう理由の方が大きかったよ。でも一年もやってればね」

 

 机の上の小さなシデトラマンへ視線を落とす。

 

「次どうなるのか気になるし、新しいスーツ見るとちょっと嬉しいし、アクション上手くいけば監督に見せたくなる」

 

「主演本人が次どうなるか気になるんだ……」

 

「脚本全部一気に渡されるわけじゃないからね」

 

 少し考える。

 

「あと、街で子供が技の真似してるのを見ると……まあ」

 

 紫電が言葉を濁した。

 

 真田がにやにやする。

 

「嬉しい?」

 

「キミ、急に腹立つ顔するね」

 

「嬉しいんすね?」

 

「帰ろうかな」

 

「すみません!」

 

 笑いが起きた。

 

 紫電も笑っていた。

 

 その笑顔を見ながら。

 

 GVは特に何も言わなかった。

 

     ◇

 

 部室の扉が叩かれたのは、その少し後だった。

 

「はい」

 

 三枝が開ける。

 

 そこには小学生くらいの男の子が立っていた。

 

 首からシデトラマンの小さなカードケースを下げている。

 

「ここ……なんでも解決してくれるとこ?」

 

 四人が顔を見合わせる。

 

 壁。

 

 自分たちで貼った紙。

 

『なんでも解決します!!

 アメコミ研究会

 ――ウチにはヒーローがいます。』

 

 真田が胸を張った。

 

「そうだぞ!」

 

 GVが横から見る。

 

「まだそれ貼ってるんだ」

 

「いいだろ!」

 

 少年が部室の中を見る。

 

 GV。

 

 真田。

 

 黒江。

 

 犬飼。

 

 三枝。

 

 そして。

 

 紫電。

 

 止まった。

 

「……」

 

 紫電も見る。

 

「こんにちは」

 

 少年の顔が赤くなる。

 

「シ」

 

「ん?」

 

「シデ」

 

「うん」

 

「シデトラマン!!!!」

 

 絶叫。

 

 廊下まで響いた。

 

 紫電が片耳を押さえる。

 

「元気だね」

 

「なんでいるの!?」

 

「ボクもそれは聞きたいかな」

 

 GVが答える。

 

「部活体験」

 

「違うよ」

 

 紫電が即座に否定した。

 

     ◇

 

 相談内容は。

 

 思っていたより、ずっと小さかった。

 

「友達と喧嘩した?」

 

「うん」

 

 少年は椅子へ座り、紫電を何度も見ながら話した。

 

「シデトラマンごっこしてて」

 

「うん」

 

「ボクがシデトラマンやるって言ったら、アイツもやるって言って」

 

「うん」

 

「昨日もボクがやったから今日は俺って」

 

「なるほど」

 

「でもボク、今日もやりたかったから」

 

 真田が小声で呟く。

 

「平和だ……」

 

 黒江が肘で突く。

 

 少年は続ける。

 

「それで喧嘩して、もう遊ばないって言われた」

 

 俯く。

 

「でも明日、また遊びたい」

 

 全員が紫電を見た。

 

「……何でボクを見るの?」

 

「専門家かなって」

 

 GVが言う。

 

「何の?」

 

「シデトラマン」

 

「役者本人だけどね」

 

 紫電は少年へ視線を戻した。

 

 仲直りすればいい。

 

 譲り合えばいい。

 

 交代すればいい。

 

 喧嘩したなら謝ればいい。

 

 答えはいくつも浮かぶ。

 

 どれも間違ってはいない。

 

 それでも。

 

 昨日の子供を思い出した。

 

 能力者と普通の人は仲良くなれるのか。

 

 あの時も。

 

 紫電は答えを知っていた。

 

 少なくとも。

 

 答えられる言葉は持っていた。

 

 少年は俯いたままだ。

 

 紫電は少しだけ姿勢を低くした。

 

「キミは、どっちやりたかったの?」

 

 少年が顔を上げる。

 

「シデトラマン」

 

「友達も?」

 

「うん」

 

「じゃあ、二人ともシデトラマンが好きなんだ」

 

「うん」

 

 紫電は少し考えた。

 

「それなら、二人で別のシデトラマン考えたら?」

 

「別の?」

 

「ボクだって一人しかいないんだよ。毎日取り合われても困る」

 

 少年が笑った。

 

「じゃあさ」

 

「うん」

 

「シデトラマン・レッドとか?」

 

「急に色違いなんだ」

 

「シデトラマン・ブラック!」

 

「だいぶ強そうだね」

 

「シデトラマン・ゴールド!」

 

「キミ、どんどん豪華にするね?」

 

 いつの間にか。

 

 少年は笑っていた。

 

「明日、言ってみる!」

 

「うん」

 

「紫電さん、ありがとう!」

 

「どういたしまして」

 

 少年が部室を飛び出していく。

 

 廊下を走ろうとして。

 

 三枝が、

 

「廊下走ると怒られるよ」

 

 と声を掛ける。

 

 急に歩く。

 

 そのまま消えた。

 

 部室に静けさが戻る。

 

「……なるほどね」

 

 紫電が小さく言った。

 

 GVが横を見る。

 

「何が?」

 

「キミが何も教えてくれなかった理由」

 

「別に何も考えてなかったけど」

 

 紫電がゆっくりGVを見る。

 

「そこは少しくらい考えていてほしかったな?」

 

「でも、何とかなったでしょ」

 

「結果論だよ、それ」

 

 そう言いながら。

 

 紫電は笑っていた。

 

     ◇

 

 帰り道。

 

 夕方の街をGVと紫電が並んで歩いていた。

 

 少し前ではシアンがコンビニ袋を持って歩いている。

 

「結局」

 

 紫電が口を開く。

 

「何も解決してないんだけどね」

 

「そう?」

 

「皇神代表として市民とどこまで近づくべきか。俳優としてファンへどこまで答えるべきか。個人的な発言と組織の言葉をどう分けるか。何一つ答えは出てないよ」

 

「うん」

 

「肯定するんだ」

 

「だって出てないし」

 

 紫電が苦笑する。

 

「でも」

 

 GVは少しだけ考えて続けた。

 

「さっきの子とは話せたじゃん」

 

 紫電は前を見る。

 

 夕方の歩道。

 

 買い物帰りの人。

 

 学校帰りの生徒。

 

 犬を散歩させる老人。

 

 みんな市民だ。

 

 紫電が昔、守るべき数として見ていた人たち。

 

「……そうだね」

 

 答えは。

 

 まだない。

 

 たぶん、これからも簡単には出ない。

 

 それでも。

 

 全員と同時に話す必要はないのかもしれない。

 

 一人と話している時くらい。

 

 その一人を見る。

 

「また来る?」

 

 GVが聞いた。

 

「いや。それは遠慮しておこうかな」

 

「何で?」

 

「今日だけでボクの番組の話を三時間近くしたんだよ? 仕事より疲れた気がする」

 

 前を歩いていたシアンが振り返る。

 

「でも、超ウルトラスーパーギガンティックギャラクシー皇神代表にはいい経験だったんじゃない?」

 

「くどいよ、シアン」

 

 シアンが笑う。

 

 GVも笑う。

 

 紫電だけが額へ手を当てた。

 

「キミたち、本当に毎回やるつもり?」

 

「うん」

 

「やめてくれないかな」

 

 二人とも返事をしなかった。

 

 嫌な予感しかしない。

 

 その時。

 

 紫電のスマートフォンが鳴った。

 

「ん?」

 

 知らないグループチャットへ追加されている。

 

『アメコミ研究会』

 

 参加者。

 

 黒江トオル。

 

 犬飼ケンジ。

 

 真田リク。

 

 三枝ユウタ。

 

 GV。

 

 そして。

 

 紫電。

 

 真田から最初のメッセージが届く。

 

『紫電さん、次いつ来ます!?』

 

 続けて黒江。

 

『次回は第二十六話の討論を最後まで行いたいです』

 

 犬飼。

 

『撮影用変身デバイス持ってきてもらえます?』

 

 三枝。

 

『今日はありがとうございました。また来てください』

 

 紫電は足を止めた。

 

「……ガンヴォルト」

 

「何?」

 

「これは?」

 

 GVがスマートフォンを見る。

 

「あ、入れたんだ」

 

「誰が?」

 

 すぐに通知。

 

 真田。

 

『名誉部員ということで!』

 

 紫電が黙った。

 

「……ガンヴォルト」

 

「うん」

 

「キミの友人、距離の詰め方がおかしくない?」

 

「そう?」

 

「キミ基準で聞いたボクが悪かったよ」

 

     ◇

 

 翌日。

 

 アメコミ研究会の部室。

 

 壁に貼られた部員一覧の一番下へ、新しい紙が増えていた。

 

『名誉部員 紫電』

 

 その横。

 

『好きなヒーロー:シデトラマン』

 

 登校して最初にそれを見つけたGVが笑う。

 

「本人に確認したの?」

 

「してない」

 

 真田が即答する。

 

「ダメじゃない?」

 

「でも好きって言ってただろ!」

 

「そういう問題かな」

 

 昼過ぎ。

 

 紫電からグループチャットへ一件だけメッセージが来た。

 

『勝手に好きなヒーローまで書かないでくれるかな』

 

 真田が叫ぶ。

 

「見に来てる!!」

 

 その直後。

 

 もう一件。

 

『あと第二十六話なら、キミたちが見落としてる演出が一つあるよ』

 

 部室が沸いた。

 

 GVは画面を見て。

 

 少しだけ笑った。






「アキュラ。お前はよく働く」

「判断も速い。技術もある。任務への責任感も十分だ」

「だが――三時間睡眠で朝から兵装整備をすることを、責任感とは呼ばん」

「次期統領に必要なのは、一人で全てを処理する能力ではない。自分以外の人間を知り、任せることだ」

「グレゴール。バレット。クレイドル。ドクター・ノイン」

「お前は彼らの能力も、戦績も、職務上の長所と欠点も知っている」

「では、それ以外は?」

「報告書には、人間そのものまでは書かれていない」

「だから見ろと言っている」

「……もっとも」

「そのためには、まず仕事をやめてもらう必要がありそうだがな」

『隣人GV 爪』

次回――

第七話「休め!次期統領アキュラ!」

「今日は休め、アキュラ。――命令だ」

「次回も、グッドラック!」
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総合評価:2384/評価:8.76/連載:5話/更新日時:2026年09月26日(土) 19:44 小説情報

日本からアベンジャーズ入りしました。尊敬する人?五代さんと一条さんです(作者:ken4005)(原作:MARVEL)

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【2章完結】女性だけが戦う世界で、脳内の特撮オタクが俺に「ヒーロー」を押し付けてくる(作者:maki@)(オリジナル:現代/冒険・バトル)

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総合評価:5229/評価:8.88/連載:25話/更新日時:2026年09月24日(木) 20:00 小説情報

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(完結まで予約投稿済)▼『テイルズオブゼスティリア』のリメイク版に追加された新キャラクター、ユト。▼人間でありながら天族を視認し、天響術に近い力を使う彼は、登場直後から原作の賛否両論ポイントへ容赦なく切り込んでいく。▼「同じものを見聞きできなければ、仲間ではないのですか」▼「穢れないことと、罪がないことは同じですか」▼ファンからはいつしか「炎上論点スタンプラ…


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