『隣人GV ―もしもスパイディの影響を受けたGVなら―』   作:幸田市

5 / 9
感想ほしい魔人


第五話「爆炎・前編」

 自由になれば、何でも好きにできる。

 

 少なくとも、シアンは少し前まで、自由というものをそんなふうに想像していた。

 

 けれど実際に外で暮らしてみると、どうやら自由にはいろいろなものが必要らしい。

 

 食べるためのお金。

 

 住むためのお金。

 

 服を買うためのお金。

 

 水色の歯ブラシ一本にも、ちゃんと値段が付いている。

 

 そして今、その現実と真正面から向き合っているのが――。

 

「……増えないな」

 

 食卓の上へ紙幣と硬貨を並べたGV(ガンヴォルト)だった。

 

『さっきから何回数えてるのよ』

 

 電子の謡精(サイバーディーヴァ)・モルフォが、宙に浮かびながら呆れた声を出す。

 

「四回」

 

『四回数えて増えなかったなら、五回目も増えないわよ』

 

「いや、もしかしたら一枚くらい見落としてるかもしれない」

 

『そんな希望的観測で家計管理しないで』

 

 シアンは花柄のマグカップを両手で包みながら、テーブルへ並んだお金を見つめていた。

 

「……わたしの物を買ったからですか?」

 

「違う違う」

 

 GVはすぐに首を振った。

 

「シアンが気にすることじゃないよ。あれは全部必要な物だったんだから」

 

『そうよ。問題は、必要な物をまとめて買う直前に誰かさんが無職になったことだから』

 

「言い方!」

 

『事実でしょ』

 

「まあ……事実だけど」

 

 GVは諦めたように硬貨を集める。

 

 フェザーを抜ける。

 

 シアンを連れて外へ出る。

 

 あの時は、それが必要なことだと思ったから迷わなかった。

 

 後悔もしていない。

 

 しかし、帰る場所と定期的な収入まで一緒に失うという、ごく現実的な問題については少々考えが足りなかったらしい。

 

『ヒーローにも生活費って必要なのね』

 

「そりゃ必要だよ。大家さんに『街を救ってるんで今月待ってください』って言っても通じないでしょ」

 

『試してみたら?』

 

「追い出されたらどうするのさ」

 

 シアンは少し迷ってから、小さく口を開いた。

 

「……わたし、あまり食べなくても大丈夫です」

 

「それはダメ」

 

 GVの返事は早かった。

 

「でも……」

 

「節約と食べないのは別。そこは削らない」

 

『珍しくまとも』

 

「いつもまともだよ」

 

『今朝、お金を五回数えようとしてた人が?』

 

「四回だって」

 

『そこじゃないわよ』

 

 その時だった。

 

 テーブルの端へ置かれていた通信端末が、小さく振動した。

 

 GVが画面を見る。

 

 表示された名前に、少しだけ目を細めた。

 

「アシモフだ」

 

 その名前を聞いた瞬間、シアンの指が僅かに止まった。

 

 以前、自分をフェザーの管理下へ置こうとした人物。

 

 悪い人ではない。

 

 シアンにも、それは分かっている。

 

 それでも、まだ少しだけ緊張する。

 

 GVはそんな彼女の変化へ気づいたらしい。

 

 すぐに通信を繋がず、シアンを見る。

 

「出てもいい?」

 

 まさか自分へ確認されると思っていなかった。

 

「……はい」

 

「了解」

 

 GVが通信を開く。

 

『久しぶりだな、GV』

 

「数日しか経ってないけど」

 

『元気そうで何よりだ』

 

「おかげさまで。財布以外は元気だよ」

 

『財布?』

 

『ちょうどいいわ!』

 

 モルフォが通信へ割り込んだ。

 

『アシモフ、仕事ない?』

 

「ちょっと!」

 

『何だ。随分切実だな』

 

「僕まだ何も言ってないよね?」

 

『顔に書いてあるわよ』

 

「電子生命体に財布事情を暴露されるとは思わなかった……」

 

 通信の向こうで、アシモフが僅かに笑ったような気配がした。

 

『なら、ちょうどいい』

 

「え?」

 

『仕事を一つ依頼したい』

 

 GVの表情が変わる。

 

「依頼?」

 

『ああ。今のお前はフェザーの構成員ではない。よって、これは命令ではない』

 

 端末へ施設の立体図が転送されてきた。

 

 巨大なプラント。

 

 無数の配管。

 

 敷地内には複数の貯蔵槽と搬入路が存在し、その中心部に大きな反応炉が描かれている。

 

『皇神(スメラギ)が保有する化学工場だ。ここでは皇神各施設へ供給する燃料物資が大量に生産されている』

 

「ここを止める?」

 

『最深部のメイン動力炉へ、小型爆弾を設置してほしい。施設を完全に消滅させる必要はない。長期間操業不能にできれば十分だ』

 

「なるほど」

 

 GVは資料を拡大した。

 

「侵入方法は?」

 

『工場には定期的に、自動運転の資材搬入列車が出入りしている。そいつへ潜り込めば内部まで運んでもらえる』

 

「正面突破よりは楽そうだね」

 

『そう願いたいところだ』

 

「……その言い方、絶対何かあるじゃん」

 

『まだ何も起きてはいない』

 

「“まだ”って言った」

 

 GVは小さく息を吐き、もう一度施設図を確認する。

 

「爆弾の威力は?」

 

『動力炉を停止させるには十分だ。誘爆の可能性も計算している』

 

「中で働いてる人は?」

 

 アシモフは一瞬だけ間を置いた。

 

『そこを聞くと思っていた』

 

「そりゃ聞くよ」

 

『起爆までには十分な猶予を設ける。施設内の避難設備も利用可能だ。こちらでも外部から警報系統へ介入する』

 

「ならいい」

 

『相変わらずだな』

 

「何が?」

 

『いや』

 

 アシモフはそれ以上言わなかった。

 

『受けるか?』

 

「その前に一番重要な質問」

 

『何だ』

 

「報酬は?」

 

『もちろん支払う』

 

「受けます」

 

『即答!?』

 

 モルフォの声が部屋へ響いた。

 

「モルフォ。世の中にはね、理想だけじゃどうにもならない問題があるんだよ」

 

『数日前あれだけ自由だ生き方だって語ってた人が、急に現実に屈した!』

 

「屈してない。共存してるんだよ」

 

『何と?』

 

「家賃と」

 

『生々しい!』

 

 シアンが思わず小さく笑った。

 

 GVは端末へ作戦データを保存すると立ち上がる。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

 玄関へ向かいかけてから、足を止めた。

 

「シアン」

 

「はい?」

 

「帰りに何か食べたいものある?」

 

 突然の質問に、シアンは少し考える。

 

 以前なら、何でもいいと答えていただろう。

 

 けれど、この数日で覚えた。

 

 自分で選んでもいい。

 

「……お肉が食べたいです」

 

 GVは笑った。

 

「了解」

 

『ちゃんと覚えておきなさいよ。この前は日用品に夢中で食材忘れたんだから』

 

「もうメモした」

 

 端末に「肉」と入力して見せる。

 

『成長したわね』

 

「評価基準が低すぎない?」

 

 シアンは立ち上がったGVを見つめる。

 

 蒼き雷霆(アームドブルー)。

 

 強い力を持ち、皇神(スメラギ)と何度も戦ってきた少年。

 

 普段一緒に暮らしていると忘れそうになるが、GVはこれから戦いへ向かう。

 

「GV」

 

「ん?」

 

「……気をつけてください」

 

 一瞬だけ、GVが目を丸くする。

 

 それから、いつものように軽く笑った。

 

「うん。行ってきます」

 

     ◇

 

 資材搬入列車は、人目につきにくい工業地区の外縁部を一定速度で走っていた。

 

 運転席に人影はない。

 

 貨車には燃料用コンテナや工業資材が積み上げられ、その全てが自動制御によって皇神(スメラギ)の化学工場へ運ばれていく。

 

 高架上を走る列車の側面へ、一つの影が飛び移った。

 

 金属を掴み、そのまま身体を引き上げる。

 

「よっと」

 

 GVは貨車の上へ着地した。

 

 強い風が髪を揺らす。

 

 背後には遠ざかっていく市街地。

 

 前方には工業地帯が広がっている。

 

「こちらGV。無賃乗車成功」

 

『言い方を考えろ』

 

「ちゃんと依頼で乗ってるからセーフじゃない?」

 

『運行会社の許可は取っていない』

 

「じゃあアウトか」

 

 GVは貨車の陰へ身を低くする。

 

「今のところ敵影なし。工場までこのまま昼寝できたら最高なんだけど」

 

『それは難しそうだ』

 

「だよね」

 

『皇神(スメラギ)の戦闘ヘリが複数、そちらへ進路を取った』

 

「何でこういう予感だけ当たるかなあ」

 

 遠くからローター音が近づいてくる。

 

 空を見ると、複数の黒い機影が列車へ接近していた。

 

『こちらでも一部は迎撃する。しかし全部は落とせない』

 

「いつものことだけど、そう上手くはいかないね」

 

『列車自体は自動運転だ。敵を排除すれば、そのまま工場まで運んでくれる』

 

「了解」

 

『グッドラック、GV』

 

「ありがとう」

 

 一機のヘリが列車と並走した。

 

 側面扉が開き、ロープが投下される。

 

 黒い装備に身を包んだ皇神(スメラギ)の戦闘員たちが次々と降下してきた。

 

「侵入者を確認!」

 

「ここで止めろ!」

 

 GVは物陰から立ち上がる。

 

「どうも」

 

 兵士たちの動きが一瞬止まった。

 

「その蒼い電光……」

 

「まさか」

 

 嫌な予感がした。

 

「ちょっと待って。その先言わなくていいよ」

 

「“お節介焼きのガンヴォルト”!」

 

「やっぱり!」

 

 GVは頭を抱えた。

 

「なんでその呼び名だけそんな速度で広がってるの!?」

 

「第二警備班から情報が回ってきた!」

 

「そこ正式ルートじゃないよね!?」

 

「第三倉庫でも聞いたぞ!」

 

「完全に休憩時間の噂話じゃん!」

 

 兵士の一人が銃を構えながら、少し言いづらそうにする。

 

「……悪いな、ガンヴォルト」

 

「え?」

 

「借りはある」

 

 その声に聞き覚えがあった。

 

 以前、崩れた足場から引き上げた兵士だ。

 

「でも、任務は任務だ」

 

 GVは数秒黙った。

 

 それから少しだけ笑う。

 

「うん。それでいいと思う」

 

「……そう言うと思った」

 

「ただ、一個お願いしていい?」

 

「何だ」

 

「できれば今日は、撃たずに通してほしい」

 

「それは無理だ!」

 

「ですよね!」

 

 銃声。

 

 GVは横へ滑るようにダッシュし、貨車の影へ身を隠す。

 

 弾丸が金属板へ弾けた。

 

「交渉時間、短かったなあ!」

 

 避雷針(ダート)を撃つ。

 

 狙いは兵士ではない。

 

 銃身。

 

 一発。

 

 二発。

 

 タグが付く。

 

「ごめん、武器だけ借りるよ!」

 

 雷撃鱗(ライゲキリン)が広がる。

 

 蒼い電流が避雷針(ダート)を伝い、銃の制御系を焼いた。

 

「うわっ!」

 

「はい、一人」

 

 横から別の兵士が飛び込んでくる。

 

 GVは身体を捻って攻撃をかわし、足を払う。

 

 だが、倒れた兵士の身体が貨車の端へ滑った。

 

「っ、危ない!」

 

 反射的に腕を掴む。

 

 高速で流れる線路がすぐ下に見えた。

 

 兵士の顔が青ざめる。

 

「引き上げるよ!」

 

「お前が蹴ったんだろ!」

 

「そこは反省してる!」

 

 片腕で引き上げ、貨車の中央へ転がす。

 

 その背後から、また銃口が向けられた。

 

「今助けてたところなんだけど!?」

 

「知るか!」

 

「皇神(スメラギ)、職務熱心すぎる!」

 

 GVは跳躍した。

 

 弾幕を越え、空中から三本の避雷針(ダート)を撃ち込む。

 

 着地。

 

 雷撃。

 

 武器だけが次々と沈黙する。

 

 兵士たちは戦闘不能になりながらも、誰一人列車から落とされていなかった。

 

 一人が床へ座り込み、焼けた銃を見ながら呟く。

 

「……噂通りかよ」

 

「その噂にもっと格好いい部分なかった?」

 

「ないな」

 

「即答やめて」

 

 GVは彼らを後ろに残し、前方の貨車へ進んだ。

 

     ◇

 

 次の車両へ移ったところで、アシモフから警告が入った。

 

『GV。その先に赤いコンテナがあるだろう』

 

「うん」

 

 貨車の上には、黒や灰色の資材コンテナに混じって、明らかに目立つ赤色のコンテナが積まれている。

 

『可燃性燃料が入っている。衝撃を与えれば爆発する』

 

 GVの足が止まった。

 

「もっと早く言って」

 

『今見えた』

 

「僕さっきから雷撃使いまくってるんだけど」

 

『そこにはなかっただろう』

 

「ならいいけど」

 

 GVは赤いコンテナを見る。

 

 嫌な汗が出る。

 

「……これ敵も知ってるよね?」

 

『当然だ』

 

「じゃあ僕に撃ってきたら危なくない?」

 

『当然だ』

 

「当然で済ませないでほしいなあ」

 

 前方の物陰から、皇神(スメラギ)兵が姿を見せた。

 

 ミサイルランチャーを肩に担いでいる。

 

「ほら!」

 

 発射。

 

「ちょっと待って!」

 

 GVは走った。

 

 自分を狙うミサイル。

 

 その背後には赤い燃料コンテナ。

 

「それ外したらみんな困るやつだから!」

 

 避雷針(ダート)をミサイルへ撃つ。

 

 タグ。

 

 雷撃。

 

 制御を失った弾頭が上空へ逸れ、列車の外で爆発した。

 

「危なっ!」

 

『上出来だ』

 

「褒める前に何とかしてよ!」

 

 次のミサイル。

 

 今度はGVが横へ避ければ、直線上に燃料コンテナがある。

 

「避けられないじゃん!」

 

 真正面から迎撃。

 

 蒼雷が走り、再び弾頭を逸らす。

 

 GVは発射した兵士へ近づくと、ランチャーの砲身へ避雷針(ダート)を二発打ち込んだ。

 

「はい、それ没収!」

 

 雷撃で制御部を停止させる。

 

「自分たちの燃料なんだから、もう少し大事に扱おうよ!」

 

「侵入者に言われたくない!」

 

「それはそう!」

 

 その先でも、銃撃と火炎放射を使う兵士たちが待ち構えていた。

 

 普段なら雷撃鱗(ライゲキリン)を広範囲へ展開して一気に無力化できる。

 

 しかし、ここではそれができない。

 

 少しでも赤いコンテナへ電撃が触れれば、燃料ごと爆発する。

 

 GVは一人ずつ位置を確認し、避雷針(ダート)で武器をタグ付けする。

 

 撃つ。

 

 走る。

 

 遮蔽物へ隠れる。

 

 相手をコンテナから引き離してから雷撃を流す。

 

『随分慎重だな』

 

「慎重にもなるよ。敵を倒したら列車も一緒に吹っ飛びました、じゃ笑えないからね」

 

『スコアだけ考えるなら、コンテナへ敵を巻き込む方が効率的だろうが』

 

「何のスコア?」

 

『気にするな』

 

「最近そういうの多くない?」

 

 走りながら、GVは呆れた。

 

 その直後。

 

 列車全体が大きく揺れた。

 

「何!?」

 

『大型反応だ』

 

 前方を見る。

 

 線路脇に設置されていた巨大な機構が開き始めていた。

 

 鋼鉄の脚。

 

 分厚い装甲。

 

 列車を跨ぐような異形の巨体が、ゆっくり姿を現す。

 

 蜘蛛を思わせる機械。

 

 巨大兵器は線路上へ完全に展開すると、赤いセンサーを点灯させた。

 

「……また戦車?」

 

『皇神(スメラギ)の試作兵器だ』

 

「名前は?」

 

『試作第十世代型戦車(ジェネレーションテン)――スパイダー』

 

「見た目そのままだね」

 

 スパイダーが脚を動かす。

 

 列車の脇へ取りつき、巨体を横倒しにするような異様な動きで貨車と並走した。

 

「待って」

 

 GVは目を細める。

 

「これ、壁とか天井も走れる?」

 

『そのようだな』

 

「戦車って何だっけ」

 

 低い駆動音。

 

 スパイダーの前面装甲が開き、内部に光が集まり始めた。

 

『チャージ反応!』

 

「見えてる!」

 

 砲口が下を向く。

 

 次の瞬間。

 

 一本のレーザーが貨車下部から上へ向かって薙ぎ上げた。

 

「うわっ!」

 

 GVは貨車上部へ飛び移る。

 

 レーザーが追いかけるように足場を焼いていく。

 

 上へ。

 

 さらに上へ。

 

 逃げ場がなくなる寸前で、GVはスパイダー側へ跳んだ。

 

 ほんの僅かな足場へ着地。

 

 レーザーが眼前を通過する。

 

「近っ!」

 

『無事か?』

 

「今のちょっと眉毛なくなるかと思った」

 

『あるように見える』

 

「確認ありがとう!」

 

 すぐに銃を向ける。

 

 スパイダーの装甲へ避雷針(ダート)を撃つ。

 

 金属音。

 

 弾かれた。

 

「あれ?」

 

『外装には効いていない』

 

「硬いなあ」

 

 再び前面が光る。

 

 今度は砲口が上を向いた。

 

「次は上?」

 

 レーザーが天井方向へ放たれる。

 

 列車上部の構造物が焼かれ、金属片が次々と落下してきた。

 

「そっち!?」

 

 GVは雷撃鱗(ライゲキリン)を展開する。

 

 落下する瓦礫へ電撃を走らせ、軌道を逸らす。

 

 その瞬間。

 

『GV! ハッチが開いている!』

 

 アシモフの声。

 

「そこか!」

 

 レーザーを放つために、スパイダー中央の装甲板が開いていた。

 

 奥に制御コアらしき機構が見える。

 

 GVは即座に避雷針(ダート)を連射した。

 

 一発。

 

 二発。

 

 三発。

 

「タグ付け!」

 

 雷撃鱗(ライゲキリン)。

 

 蒼雷が内部へ集中する。

 

 スパイダーが大きく震えた。

 

「効いた!」

 

 だが、すぐにハッチが閉じる。

 

 外装へ流れた雷撃は分厚い装甲に散らされた。

 

『攻撃可能なのはハッチが開いている時だけらしい』

 

「分かりやすいような、面倒なような」

 

 スパイダーの脚が動く。

 

 巨体が突然、貨車の上から離れた。

 

「逃げた?」

 

『上だ!』

 

「え?」

 

 見上げる。

 

 スパイダーが列車上部の構造へ張り付き、逆さまになっていた。

 

「だから戦車って何!?」

 

 機体が前方へ急加速する。

 

 GVの頭上を通過し、そのまま視界の外へ。

 

「どこ行った!?」

 

 次の瞬間、後方から爆発音。

 

 空から小型爆弾が次々と落ちてきた。

 

「うわうわうわ!」

 

 GVは中段の足場を走る。

 

 爆弾が列車へ落ち、連続して爆風を上げる。

 

 赤いコンテナの近くにも一発。

 

「それはダメ!」

 

 GVは空中へ跳び、避雷針(ダート)を撃ち込む。

 

 爆弾を空中で起爆。

 

 爆風に押され、身体が流される。

 

「っ!」

 

 貨車の端へ着地。

 

 片足が外へ出る。

 

『GV!』

 

「大丈夫!」

 

 手すりを掴み、身体を戻す。

 

 その横をスパイダーが逆方向へ走り抜けた。

 

「……本当に燃料なんて気にしてないな、こいつ」

 

『無人兵器に配慮を求めるな』

 

「設計した人には求めたい!」

 

 再びスパイダーが天井へ張り付く。

 

 今度は動きが違った。

 

 ハッチが開く。

 

『攻撃が来るぞ!』

 

 真下へ向けて爆弾を連続投下。

 

「でも今は――チャンス!」

 

 GVは爆風を避けるため上段へ跳ぶ。

 

 空中で逆さまのスパイダーへ避雷針(ダート)を撃つ。

 

 一発。

 

 二発。

 

 揺れる。

 

 三発目が外れる。

 

「動くなって!」

 

『敵だぞ』

 

「分かってる!」

 

 もう一度。

 

 三発目。

 

 命中。

 

「取った!」

 

 空中で雷撃鱗(ライゲキリン)を展開。

 

 蒼雷が開いたハッチへ吸い込まれる。

 

 スパイダーの機体が激しく揺れた。

 

 だが、そのまま突進。

 

「えっ」

 

 巨大な装甲が真正面から迫る。

 

「そう来る!?」

 

 GVは咄嗟に身を屈め、下段へ滑り込んだ。

 

 スパイダーが頭上を通り過ぎる。

 

 その直後、後部から複数のミサイルが発射された。

 

「追撃まであるの!?」

 

 雷撃鱗(ライゲキリン)。

 

 ミサイルを引きつける。

 

 だが、背後には赤いコンテナ。

 

「ここで爆発させられない!」

 

 電撃を解除。

 

 走る。

 

 ミサイルが追尾する。

 

「こっち!」

 

 GVは燃料のない貨車へ誘導し、直前で高く跳んだ。

 

 ミサイル同士が衝突。

 

 爆発。

 

 GVは爆風を背に次の足場へ着地する。

 

 息が少し上がる。

 

「……初仕事から豪華だなあ」

 

『辞めたことを後悔したか?』

 

「まさか」

 

 GVはスパイダーを見る。

 

「報酬増やしてほしいとは思ってる」

 

『交渉は生還してからだ』

 

「じゃあ絶対帰らないとね」

 

 スパイダーが再び地上へ降りる。

 

 下向きチャージ。

 

「下からレーザー」

 

 GVは先ほどより早く上段へ移動した。

 

 レーザーが迫る。

 

 タイミングを合わせて跳ぶ。

 

「一回見た!」

 

 難なく通過。

 

 続いて上向きチャージ。

 

「次は瓦礫!」

 

 雷撃鱗(ライゲキリン)を広げる。

 

 落ちてくる金属片を弾きながら、開いたハッチへ避雷針(ダート)を撃ち込む。

 

 一発。

 

 二発。

 

 三発。

 

「同じ攻撃を何回も見せるの、僕相手にはおすすめしないよ!」

 

『どこかで聞いた台詞だな』

 

「気に入ってるんだよ!」

 

 雷撃。

 

 スパイダーの内部から火花が噴き出した。

 

 機体の動きが僅かに鈍る。

 

『かなり効いている』

 

「でもまだ止まらない」

 

 ハッチが閉じた。

 

 外装には焦げ跡すらほとんど残っていない。

 

 GVは呼吸を整えながら、列車全体を見た。

 

 赤い燃料コンテナ。

 

 無力化した兵士たち。

 

 高速で走り続ける列車。

 

 ただスパイダーを破壊するだけなら、もっと大きな雷撃を叩き込む方法もある。

 

 だが、それでは周囲を巻き込む。

 

 爆発すれば、兵士も列車も燃料も無事では済まない。

 

「アシモフ」

 

『何だ』

 

「このスパイダー、撃破じゃなくて機能停止にできると思う?」

 

『何を考えている』

 

「列車ごと吹き飛ばしたくない」

 

『今さら聞くのか?』

 

「さっきまでは余裕あったけど、結構中が火花だらけになってきたからさ。これ以上やると爆発しそう」

 

 アシモフが短く黙る。

 

『ハッチ内部の駆動制御へ狙いを集中できれば可能性はある。動力源そのものを破壊するな』

 

「了解」

 

『難易度は上がるぞ』

 

「そういうの、先に言ってよ」

 

『今聞かれた』

 

「確かに」

 

 スパイダーが再び天井へ移動する。

 

「じゃあ、次で決めよう」

 

 GVは構えた。

 

 突進。

 

 頭上を通る。

 

 後方から爆撃。

 

 下段へ潜る。

 

 戻り際のミサイル。

 

 避雷針(ダート)を一本だけ撃ち込み、ミサイルの軌道を互いに近づける。

 

 衝突。

 

 爆発。

 

 そして。

 

 ハッチが開いた。

 

「待ってた!」

 

 地面へ向けた爆撃。

 

 爆発が次々と走る。

 

 GVは上段へ。

 

 爆風が足元を舐める。

 

 そのまま壁を蹴る。

 

 列車の揺れを利用し、高く跳躍した。

 

 目の前に、逆さまのスパイダー。

 

「一発目!」

 

 避雷針(ダート)。

 

 制御機構。

 

 命中。

 

「二発目!」

 

 さらに奥。

 

 命中。

 

 スパイダーが動く。

 

 ハッチが閉じ始めた。

 

「まだ!」

 

 空中で雷撃鱗(ライゲキリン)を短く噴かせ、落下を遅らせる。

 

「三発目!」

 

 最後の避雷針(ダート)が、閉じる寸前の隙間を通った。

 

「タグ完了!」

 

 GVの身体を蒼い雷光が包む。

 

「動力じゃない――脚と制御だけ!」

 

 雷撃鱗(ライゲキリン)。

 

 避雷針(ダート)を通して雷撃が三点へ分散する。

 

 スパイダーの内部で、複数の制御回路が同時に焼けた。

 

 右脚が止まる。

 

 左脚が止まる。

 

 逆さまの巨体が姿勢を維持できなくなった。

 

「うわっ」

 

『離れろ!』

 

 GVは貨車へ飛び降りる。

 

 直後。

 

 スパイダーが大きな音を立てて列車上へ落下した。

 

 だが、爆発はしない。

 

 赤いセンサーが明滅する。

 

 一度。

 

 二度。

 

 そして完全に消えた。

 

 GVは少し離れた場所から様子を見る。

 

「……止まった?」

 

『反応消失。試作第十世代型戦車(ジェネレーションテン)・スパイダー、機能停止を確認』

 

「よし!」

 

 思わず拳を握る。

 

 周囲を見る。

 

 列車は走っている。

 

 燃料コンテナも無事。

 

 後方の皇神(スメラギ)兵たちも生きている。

 

「爆発なし。列車も無事。兵士も無事」

 

『上出来だ』

 

「百点?」

 

『まだ依頼の半分にも到達していない』

 

「採点厳しいなあ」

 

 GVは動かなくなったスパイダーへ近づき、装甲を軽く二回叩く。

 

「お疲れさま」

 

『また兵器に挨拶しているのか』

 

「初仕事の相手だからね」

 

『相手は無人兵器だぞ』

 

「知ってるよ」

 

 少し笑いながら、スパイダーを乗り越える。

 

「でも、強かったから」

 

 列車は止まらない。

 

 やがて周囲の景色が変わり始めた。

 

 高架の両脇へ巨大な配管が現れ、遠くの空を赤い光が染めている。

 

 煙突から煙が吐き出される。

 

 工場地帯。

 

 その中心に、巨大な施設が見えた。

 

「……あれか」

 

『目標施設だ』

 

 皇神(スメラギ)の化学工場。

 

 資材搬入列車は速度を落としながら、巨大なゲートの中へ入っていく。

 

 外からでも分かるほどの熱気が漂ってくる。

 

 鋼鉄の壁。

 

 赤熱する炉。

 

 無数の蒸気。

 

 GVは思わず顔をしかめた。

 

「暑そう……」

 

『ここからが本番だ、GV』

 

「分かってる」

 

 端末を見る。

 

 目的地は、施設最深部。

 

 小型爆弾を設置するメイン動力炉は、まだ遥か先だった。

 

「スパイダー倒して終わりじゃないんだよねえ」

 

『依頼内容を忘れるな』

 

「忘れてないよ」

 

 そして、ふと思い出す。

 

 端末のメモ。

 

 ――肉。

 

「……こっちも忘れないようにしないと」

 

『何の話だ?』

 

「帰った後の話」

 

 GVは銃を構え直した。

 

 巨大な工場の入口が近づいてくる。

 

「じゃあ、後半戦といこうか」

 

     ◇

 

 同じ頃。

 

 化学工場最深部。

 

「侵入者?」

 

 報告を受けた男が、ゆっくり顔を上げた。

 

「ガンヴォルトだと?」

 

 足元で、炎が揺れる。

 

 皇神(スメラギ)の戦闘部隊に所属する能力者。

 

 爆炎(エクスプロージョン)の第七波動(セブンス)。

 

 怒れる爆炎(バーントラース)――デイトナ。

 

 男の口元が歪んだ。

 

「シアンちゃんを連れてった野郎が……」

 

 身体から、熱気が噴き上がる。

 

「向こうから来やがったかァ……!」

 

 炎が、灼熱の工場をさらに赤く染めた。

 




## 次回予告

 試作第十世代型戦車(ジェネレーションテン)・スパイダーを退け、ついに皇神(スメラギ)の化学工場へ潜入したGV(ガンヴォルト)。

 灼熱の炉。

 噴き出す蒸気。

 複雑に入り組んだ工場の最深部で、彼を待ち受けていたのは――。

「やっと会えたぜェ……ガンヴォルト!」

 爆炎(エクスプロージョン)の第七波動(セブンス)能力者。

 怒れる爆炎(バーントラース)――デイトナ。

「シアンちゃんを皇神(スメラギ)から連れ出したのは、テメェだな?」

「その言い方だと、僕が誘拐したみたいなんだけど」

「皇神(スメラギ)にいりゃ、あの娘は守られてた! 自由だなんだって外へ連れ出して、もし守れなかったらどうするつもりだ!」

「……それは僕も考えたよ」

 安全か。

 自由か。

 数日前、アシモフとも交わした問いが、今度は別の能力者からGVへ突きつけられる。

「でも、一つだけ違う」

「あァ?」

「僕がシアンを連れ出したんじゃない」

 蒼い雷光が、灼熱の工場を照らす。

「シアンが、自分で外へ出るって決めたんだ」

「甘ェんだよォッ!」

「それも、もう何回か言われた!」

 爆炎と蒼雷。

 炸裂弾。

 高速の蹴撃。

 そして、燃え上がる工場を覆い尽くす灼熱の大技。

「サンシャインノヴァッ!」

「ファンの熱量にしては物理的すぎない!?」

 だが、戦いの果てに起きる崩落。

 倒れたデイトナへ迫る瓦礫を前に、GVは――。

「……なんで、オレを助けた」

「そこにいたから」

 敵でも。

 自分を本気で倒そうとした相手でも。

 手が届くなら、伸ばす。

 それが、“お節介焼きのガンヴォルト”。

 次回、第六話――「爆炎・後編」

 それぞれのやり方で、シアンを想う二人。

 そして炎の中で、一つの答えが交わされる。

「次に会ったら、シアンちゃん本人に聞いてやる」

「うん。それが一番いいよ」

「あとテメェは次こそブッ飛ばす!」

「そこは話し合いじゃないんだ……」

 次回も、グッドラック。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。