『隣人GV ―もしもスパイディの影響を受けたGVなら―』 作:幸田市
午前六時三十二分。
イージス本部の整備区画では、まだ夜勤組と早番組の交代すら終わっていなかった。その片隅で、アキュラはすでに三枚目の作業用モニターを開いていた。中央には昨日回収したミラーピースの解析結果、右にはブリッツダッシュ用推進器の稼働ログ、左にはエデン関連の目撃情報が並んでいる。時折表示を切り替えながら、机上に置いた銃型兵装の外装を外し、内部回路の電圧まで確認していた。
その肩越しから、少女の姿をしたRoRoが覗き込む。
「ねえ、アキュラくん」
「何だ」
「昨日、何時に寝たの?」
アキュラの手は止まらなかった。ドライバーを回し、端子を一本抜いて別の計測器へ繋ぐ。
「必要ない質問だ」
「何時?」
「作業中だ。後にしろ」
「何時?」
同じ調子でもう一度聞かれ、アキュラは露骨に眉を寄せた。
「……三時だ」
RoRoの顔から笑みが消えた。
「今、六時半だよ!?」
「三時間以上は経っている」
「そういう算数の話してないよ!」
「睡眠など必要量を確保すれば十分だ」
「三時間を必要量って言い張る人、初めて見たよ!」
「うるさい」
RoRoがさらに何か言おうとした時、背後から硬い足音が近づいてきた。
「確認します」
アキュラの手が僅かに止まる。振り返らなくても分かった。
クレイドルは彼の横まで来ると、作業台に並ぶ部品とモニター、飲みかけのコーヒー、そしてアキュラ本人の顔を順番に見た。
「昨夜の睡眠時間は?」
「問題ない」
「質問への回答になっていません」
「三時間!」
「ロロ!」
即答したRoRoへアキュラが睨みを向ける。しかしクレイドルはそちらを見ることすらなく、自分の端末へ数値を入力していた。
「三時間。確認しました。本日の模擬戦闘訓練への参加を禁止します」
「何故だ」
「睡眠不足による判断速度、注意力、反応精度の低下が予測されます」
「オレは正常だ」
「それは自己申告です」
クレイドルは一拍置き、アキュラをまっすぐ見た。
「あなたの能力と技量は信用しています。ですが、自己申告を安全装置として計上することはできません」
「オレの戦闘能力なら多少の低下は――」
「多少低下している自覚はあるのですね」
アキュラが黙った。
RoRoが横を向いて肩を震わせる。
「何がおかしい」
「べっつにー」
そこへさらに、軽い足音が近づいてきた。
「え、なになに? 朝から次期統領サマ怒られてんの?」
バレットだった。片手に缶飲料を持ち、眠気の欠片もない顔でこちらへ歩いてくる。
「貴様には関係ない」
「何したん?」
「睡眠時間三時間です」
クレイドルが平然と答える。
バレットの顔が引きつった。
「え、三時間とかガチなん? ^^;」
「何度も言わせるな」
「いや、それフツーにダメじゃん -_-」
「貴様に健康管理をされる筋合いはない」
「次期統領が寝不足で階段から落ちたらウチらの管理責任になるんだけど? >_<」
「落ちん」
「そういうヤツほど落ちんのよ ^_^」
「何だその顔は」
「顔?」
「その語尾だ」
「気にしたら負けじゃん? ^o^」
アキュラが何かを言い返そうとしたところで、別方向からさらに大きな声が飛んできた。
「三時間ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
整備区画にいた作業員が何人か振り返った。
ドクター・ノインが走ってくる。白衣の裾を翻しながら到着した彼は、アキュラの両肩へ手を置く寸前でクレイドルに止められ、自分から半歩下がった。それでも顔面いっぱいに浮かんだ感情はまったく収まっていない。
「アキュラくん!! 三時間って何ですか三時間って!! 睡眠ですよ!? 昼寝じゃないんですよ!?」
「近い。うるさい」
「あははははは!! この状態で朝一から兵装分解してるんですか!? 判断力落ちてる証明を自分で提出してどうするんですか!!」
「笑うな」
「笑ってますけど本気で怒ってますよ!! あははははは!!」
「どちらかにしろ!」
「両方です!!」
ノインは腹を抱えて笑いながら、机上の計測結果を一瞥した。途端に笑い声が止まり、その目がモニターへ吸い寄せられる。
「……え」
アキュラが嫌そうに見る。
「何だ」
「この推進補正、あなたが今やったんですか?」
「そうだ」
「この誤差幅で?」
「見れば分かるだろう」
ノインの目にみるみる涙が溜まっていった。
「……綺麗です……」
「は?」
「うぅ……この補正……推進器ごとの個体差を殺さず、全体だけ揃えてる……すごい……」
本当に泣き始めた。
アキュラが一歩引く。
「何故泣く」
「だって綺麗なんですもん……! この調整、すっごく綺麗ですアキュラくん……!」
「そうか」
「――でも寝てください!!!!」
涙を流したまま怒鳴られ、アキュラは完全に顔をしかめた。
「結論が変わっていないぞ」
「変える理由がありません!! 技術的に優れていることと健康上問題があることは別です!!」
「だったら泣くな」
「感動は止められません!!」
バレットが横で腹を抱えていた。
「朝から濃すぎでしょこの人 ^o^」
「バレットさん、あなたも昨日一時まで起きていましたね」
クレイドルが言う。
「え」
「活動ログがあります」
「いや待って、それは配信見てただけだから仕事じゃ――」
「睡眠時間の話をしています」
「巻き込まれた T_T」
アキュラは深く息を吐き、再び作業台へ向き直った。
「くだらん。オレは作業に戻る」
「戻れません」
クレイドルが即答した。
「本日は休養してください」
「断る」
「もう一度言います。本日は――」
「私から言おう」
声が入った瞬間、全員の空気が僅かに変わった。
神園博士が整備区画の入口に立っていた。
「父さん」
アキュラが姿勢を正す。
博士は机上の兵装と三枚のモニターを確認すると、息子の顔を見た。
「今日は休め、アキュラ」
「必要ない」
「命令だ」
短い一言だった。
アキュラの眉間に皺が寄る。
「エデン側の動向が止まっている保証はない。ミラーピースの解析も――」
「お前が半日席を外しただけで停止する組織を、私は作った覚えはない」
神園博士は声を荒らげなかった。
「次期統領になるつもりなら覚えておけ。一人で全てを処理することと、組織を動かすことは違う」
アキュラは反論しなかった。できなかったというより、その言葉を考えていた。
「それに」
博士が四幹部を見る。
「ちょうどいい機会だ。彼らと一日過ごしてこい」
「……何故だ」
「お前は彼らの報告書を読んでいる。能力も把握している。任務上の長所と欠点も理解しているだろう」
「当然だ」
「では、それ以外は?」
アキュラが黙る。
博士はその沈黙を答えとして受け取ったらしい。
「統率する相手を、職能だけで見ていては足りん。だから見ろと言っている」
「……」
「今日は仕事をするな。以上だ」
それだけ言い残し、神園博士は歩き去った。
しばらく誰も喋らなかった。
最初に口を開いたのはRoRoだった。
「やった! アキュラくんお休み!」
「何故貴様が喜ぶ」
「だって遊べるじゃん!」
「遊ばん」
バレットがにやりとする。
「えー、次期統領サマ、パパに休めって言われたのに仕事すんの? ^_^」
「その言い方をやめろ」
「効いてる効いてる ^o^」
「貴様から黙らせるぞ」
◇
最初に連れて行かれたのは、イージス本部の食堂だった。
アキュラは「既にコーヒーを飲んだ」と主張したが、グレゴールは穏やかな笑みを崩さないまま、トレーを一枚渡してきた。
「ええ、ええ。まず朝食を」
「必要ない」
「いけませんね」
「何がだ」
「主、曰く――空腹の者に正しい判断は宿らず」
隣でクレイドルが振り向く。
「それは昨日、栄養管理室の方があなたへ言った内容です」
「ええ。主は様々な口から語られます」
「違います」
アキュラは二人を見比べた。
「いつもこうなのか」
「はい」
「ええ」
回答だけは同時だった。
仕方なくトレーを受け取り、アキュラは最低限の量を取った。席に着くと、RoRoが向かい側へ座り、グレゴールも隣へ腰を下ろす。
アキュラは食事まで速かった。五分ほどで皿を空にすると、そのまま立ち上がる。
「食事は終わった。戻る」
「どこへ?」
「整備区画だ」
「仕事ですね」
いつの間にか近くの席へ座っていたクレイドルが言った。
「違う。確認だけだ」
「確認作業も仕事です」
「なら訓練室へ――」
「禁止しました」
「資料室」
「仕事です」
「射撃場」
「仕事です」
アキュラの顔が険しくなる。
「では何をしろと言う」
グレゴールが穏やかに笑った。
「休憩を」
「今食事をした」
「それは食事ですね」
「同じだろう」
「違います」
クレイドルまで即答した。
アキュラは数秒黙り、再び椅子へ座った。
RoRoが嬉しそうに笑う。
「アキュラくん、休むの下手だね」
「黙れ」
◇
二時間後。
何故か一行は街のゲームセンターにいた。
最初に提案したのはバレットだった。
「休みの日まで基地ん中いるの、逆に病むって ^_^」
その一言で決まり、アキュラが拒否権を行使する暇もなく外出許可までクレイドルが処理した。
入口をくぐった直後、クレイドルは遊技機ではなく非常口を見た。続いて通路幅、消火器の位置、筐体同士の間隔、床の段差、天井設備まで確認する。
「確認しました」
「何をだ」
「避難経路です」
「休暇ではなかったのか」
「休暇です」
「なら何故確認する」
「確認していない場所では落ち着いて休めません」
あまりに当然の顔で返されたため、アキュラはそれ以上言えなくなった。
「……貴様も大概だな」
「何がでしょう」
「いや、いい」
RoRoが楽しそうに笑う。
「クレイドルって、どこ行ってもクレイドルだね」
「そうでしょうか」
本人だけが分かっていなかった。
その横で、バレットはすでにクレーンゲームの前に立っていた。
「アキュラくん、これ取って ^o^」
「断る」
「即答じゃん -_-」
「欲しいなら自分で取れ」
「えー、次期統領の器見せてよ ^_^」
「クレーンゲームで何の器を測るつもりだ」
「んー……空間把握能力?」
アキュラの足が止まる。
バレットが笑った。
「食いついた ^o^」
「食いついていない」
「じゃ、やらない?」
「……貸せ」
「はいムキになったー ^o^」
アキュラは硬貨を投入し、操作レバーへ手を置いた。
景品は箱型だった。右奥へ寄り、重心はやや左。アームの保持力は弱く、正面から掴むだけでは持ち上がらない。ならば箱の角へ爪を掛け、少しずつ落下口側へ回転させる必要がある。
一回目。
アームが箱の角へ触れたが、僅かに浅い。爪が滑り、景品は数センチだけ動いてその場へ残った。
バレットがアキュラを見る。
「ヘタ ^_^」
アキュラのこめかみが動いた。
「……もう一度だ」
「効いてて草 ^o^」
「黙れ」
二回目。
今度は位置を修正する。箱がさらに傾いた。
三回目。落下口まであと僅か。
バレットもいつの間にか真顔で筐体の中を見ていた。
「次、右から押すと多分戻る」
「分かっている」
「左奥、一センチだけ深く入れた方がいい」
「二センチだ」
「いや、爪開く分あるから一・五」
「……一・七だ」
「細かっ -_-」
「貴様が言ったんだろう」
四回目。
アームが箱の端を押した。ゆっくりと傾き、そのまま落下口へ滑り込む。
「お」
景品が落ちた。
RoRoが両手を上げる。
「やったー!」
バレットも一緒に跳ねた。
「取れたじゃん! ^o^」
「当然だ」
「一回失敗したけど?」
「検証だ」
「負けず嫌いすぎ ^_^」
「貴様に言われたくない」
アキュラが取り出し口から箱を拾い、バレットへ差し出す。
「ほら」
「え?」
「欲しかったんだろう」
バレットが一瞬だけ固まった。
「……くれんの?」
「そのために取った」
「え、マジ? ^o^」
箱を受け取る。一秒後には笑っていた。
「アキュラくん今日ちょっといいヤツじゃん ^_^」
「返せ」
「やだ ^o^」
「なら黙れ」
アキュラが次の筐体へ向かうと、バレットも景品を抱えたまま横へ並んだ。歩き方も声も、さっきまでと特に変わらない。
「ね、アキュラくん。前から聞こうと思ってたんだけどさ」
「何だ」
「なんでそんな能力者狩りしてんの?」
アキュラは歩調を変えなかった。答えはとうに決まっている。
「父さんを殺した能力者への復讐だ。それと、父さんから受け継いだ使命を果たすためだ」
「へー」
バレットは一度頷き、景品の箱を抱え直した。そこから数歩進んだところで、思い出したように続ける。
「……でも博士、生きてるじゃん」
アキュラの足が止まった。
「……何?」
「いや、そのまんまだけど。今日もいたじゃん。フツーにアキュラくん休ませてたし ^_^」
「それは……」
続きが出なかった。
父はいる。
今朝も会った。任務を与えられ、研究について話すこともできる。明日になればまた顔を合わせるだろう。
それでも復讐という言葉だけは、今まで何の引っ掛かりもなく使ってきた。
バレットはアキュラの沈黙を深刻そうに覗き込むでもなく、ただ首を傾げる。
「能力者がヤバいって話なら分かるよ? ウチもそう思ってるし」
「……」
「普通に危ないじゃん。力の規模バグってるヤツいるし、一人でどんだけ被害出すんだよってのもいるし。ああいうの、いつかどうにかしなきゃダメっしょ」
「なら何が言いたい」
「アキュラくんの話」
バレットはそう言って、抱えていた箱を軽く叩いた。
「父親の復讐って言う。でも博士いる」
「……」
「使命って言う。でもそれ博士の研究とか考え方でしょ?」
「父さんの研究は正しい」
「それは別に今聞いてない」
返答が早かった。
アキュラが眉を寄せる。
「何?」
「能力者が危ないかどうかじゃなくてさ。アキュラくんがなんでそこまでやってんのって話」
「だから言っただろう。復讐と使命だ」
「だから復讐は博士生きてるじゃん」
「……」
「能力者は全部敵って言うけど、ビリビリ君たちとはミニ四駆やってるし」
「それとこれとは――」
「別なん?」
「……」
アキュラの言葉が僅かに遅れる。
バレットはそれを責めるでもなく、もう一本指を立てた。
「会った能力者全員、その場で撃ってるわけでもないじゃん」
「状況による」
「じゃあ能力者ってだけで全部決めてるわけでもないんだ」
「そういう意味ではない!」
「じゃあどういう意味?」
今度は返答が出なかった。
バレットは能力者を庇っているわけではない。それはアキュラも知っている。危険だと判断すれば、彼女はためらわず火力を向ける。本人が善人かどうかより、どれだけの被害を出せるかを先に見る人間だった。
「ウチは割と単純だけどね」
バレットが自分を指差す。
「能力者は危ない。いずれ対処しなきゃダメ。危ないヤツなら撃つ。それだけ」
「……」
「でもアキュラくん、なんか理由いっぱいあるじゃん。復讐とか使命とか、人類とか」
「何が言いたい」
「だから」
バレットは少しだけ首を傾げた。
「結局、アキュラくん自身は何したいの?」
その言葉が落ちた瞬間、別の声が重なった。
『オマエ自身は何がしてぇんだよ』
「……っ」
潮の匂い。
崩れた足場。
ニムロド。
戦いの最中まで余計なことばかり口にして、最後には自分の一撃で海へ落ちた男。その声だけが、あの場に置き去りにならず残っている。
『オマエ自身は――』
「……うるさい」
「え?」
バレットが瞬きをする。
アキュラはすぐに顔を背けた。
「貴様に言ったんじゃない」
「え、それ逆に怖いんだけど ^^;」
「何でもない!」
アキュラは先に歩き出した。
バレットは数歩その背中を見ていたが、追及する様子はなかった。そもそも彼女は答えを引き出そうとして聞いたわけではないらしい。
「ま、別にいーけど」
「……」
「能力者どうにかしたいってんなら、ウチもそこ自体はそんな反対じゃないし」
アキュラが振り返る。
「なら――」
「だから分かんないんじゃん」
バレットは肩をすくめた。
「同じような結論なのに、アキュラくんだけ理由めちゃくちゃ多くね? って話」
「……」
「ま、本人が分かってんならいーけど ^_^」
それだけ言うと、バレットは話題への興味を失ったように前方へ目を向けた。
「RoRoー! 次どれやるー? ^o^」
「んー、音ゲー!」
「やろやろ ^_^」
二人の声が先へ離れていく。
アキュラは一拍だけ遅れて歩き出した。
父への復讐。
使命。
人類を守ること。
能力者の危険性。
どれも今まで何度も使ってきた言葉だった。父の研究が間違っているとも思わない。能力者が危険であるという認識も変わっていない。
それでも。
『オマエ自身は何がしてぇんだよ』
父でも、神園家でも、人類でもない。
自分自身。
「……くだらん」
アキュラは小さく吐き捨て、先を行く二人との距離を詰めた。
考える必要などない。
目的は変わっていない。
そう決めれば、それで終わるはずだった。
「アキュラくーん! これやろ!」
RoRoが音楽ゲームの前から手を振っている。
「何故オレまで――」
いつもの調子で言い返しながら、アキュラはそちらへ歩いていった。
問いだけを、その場へ置き去りにしたつもりで。
その直後、別の筐体の前で騒ぎが起きた。
「アキュラくん!!!!」
「今度は何だ」
ドクター・ノインが、音楽ゲームの結果画面を指差していた。
先ほどRoRoに押し切られる形で一回だけ遊んだ筐体だった。画面には演奏結果と各種判定が並び、初見としてはかなり高い数値が表示されている。アキュラ自身は結果を一瞥しただけで、それ以上見る理由もないと思っていた。
「これ初見ですよね!?」
「そうだ」
「譜面も知らなかった?」
「知らん」
「事前に動画とか見てない?」
「何故ゲーム一つにそこまでする必要がある」
「なのに何でこの精度出るんですか!?」
「表示を見て押しただけだ」
ノインの表情が止まった。
次の瞬間、目元へみるみる涙が溜まり始める。
「……うぅ」
「またか」
「初見情報への反応補正が綺麗すぎます……! 視認してから入力するまでの遅延がほぼ一定……途中から譜面の規則性まで拾ってる……!」
「見れば分かる」
「それを初見でやるのがすごいんですよ……! アキュラくん、本当に綺麗です……!」
「オレではなく結果を褒めろ」
「結果もアキュラくんが出してるでしょう!」
本格的に泣き始めたノインを横目に、アキュラは筐体から離れようとした。
その背中へ、今度は笑い声が飛んでくる。
「あははははは!!」
「何だ」
「いやだって!! 休めって言われた人が休暇先で自分の反射速度測ってるんですよ!? 何やってるんですかアキュラくん!!」
「測っていない。ロロにやらされた」
「その割に途中から目が本気だったじゃないですか!!」
「ゲームをする以上、適当にやる理由はない」
「あはははは!! そういうところですよ!!」
「笑いながら説教するな!」
「笑ってますけど本気で言ってますからね!! 寝不足で高得点出せたから正常、なんて判断には絶対使わないでくださいよ!!」
「使わん!」
「ならよし!!」
笑顔のまま言い切ると、ノインは急にポケットを探り始めた。
「あ、ハイチュウいります?」
アキュラは数秒、差し出された包みとノインの顔を見比べた。
「……何故持っている」
「食べるからです」
「そうか」
一つ受け取る。
横でRoRoがじっと見ていた。
「何だ」
「いや、普通にもらうんだなーって」
「差し出された物を受け取っただけだ」
「ふーん」
「その顔をやめろ」
◇
昼を過ぎる頃には、アキュラも四人の輪郭を少しずつ掴み始めていた。
グレゴールは、能力事故の報告書を読む時と同じように、街中でもまず人を見る。ゲームセンターを出た直後、転んで泣いていた子供がいれば何の迷いもなく立ち止まり、膝の擦り傷を確認していた。その一方で、昼食の店を決めるだけでも全員の希望を聞こうとして時間を使い、クレイドルから「決定期限を設定してください」と注意されている。
バレットは遊んでいる時まで騒がしかった。先ほどの問いも、言った本人はもう気にしていないらしく、今はRoRoと対戦ゲームの勝敗で揉めている。ただ、対戦が始まると相手の癖を読むのは異様に速かった。何度か同じ行動を見せただけで、次に来る動きを先回りして潰していく。
クレイドルは、やはり何処へ行ってもクレイドルだった。店へ入れば非常口を確認し、階段では滑り止めを見て、席へ着けば鞄が通路を塞いでいないかを確かめる。本人にとっては仕事をしているつもりすらないらしい。
ノインについては、理解しようとする方が無駄だった。
泣きながら褒める。
笑いながら怒る。
遊技機の新機構に本気で感動した直後、故障しかけた筐体を見つければ店員を呼んで使用停止にする。
感情の出力だけを見れば滅茶苦茶だが、判断そのものは一度も崩れていない。
「……変人の集まりだな」
フードコートの席で、アキュラがぽつりと言った。
「え?」
向かいのRoRoが顔を上げる。
「何でもない」
「今みんなのこと変人って言った?」
「言っていない」
「言ったよ!」
近くにいたバレットまで反応した。
「え、アキュラくんそれ自分だけ除外してんの? ^_^」
「当然だ」
「いやいやいや -_-」
クレイドルが飲み物を置く。
「訂正します。睡眠時間三時間で休暇命令を受けた後も、整備区画へ戻ろうとした人物を一般的とは評価できません」
「貴様まで何を言う」
グレゴールが穏やかに頷いた。
「ええ。主、曰く――己を知ることこそ――」
「それ誰が言ったの?」
RoRoが聞く。
「先ほどゲームセンターの占い機が」
「主じゃないよ!」
ノインが噴き出した。
「あはははは!! アキュラくん完全にこっち側じゃないですか!!」
「どっち側だ」
「変人側です!!」
「貴様にだけは言われたくない!」
「ひどい!! あはははは!!」
笑っているので傷ついているのかどうかすら分からない。
RoRoは机へ突っ伏し、バレットまで肩を震わせている。
アキュラは眉間を押さえた。
うるさい。
非効率的。
時間の浪費。
いつもなら、その程度で切り上げていただろう。
それでも席を立つ理由は見つからなかった。
◇
夕方には一行は本部へ戻り、そのまま食堂へ向かった。
朝とは違い、アキュラが食事を終えてすぐ整備区画へ戻ろうとすることはなかった。RoRoに押し付けられた唐揚げを一つ受け取りながら、隣のテーブルで始まったやり取りへ視線を向ける。
グレゴールが、何の迷いもなくレモンへ手を伸ばしていた。
それに最初に気づいたのはバレットだった。
「ちょ待って」
「はい?」
「それ全部にかける気?」
「ええ」
「やめて >_<」
「何故でしょう」
「ウチまだ何も言ってないじゃん!」
「レモンをかけようかと」
「聞いてからにして T_T」
クレイドルが箸を置いた。
「グレゴール。共有物へ無断で処置しないでください」
「なるほど」
「バレット。大声を出す必要はありません」
「そこも怒られんの? ^^;」
「ノイン」
「はい?」
「あなたは唐揚げの衣を顕微鏡で観察しようとしないでください」
「まだ何も言ってないですよ!?」
「先ほどから持ち帰り用のサンプル袋を出しています」
ノインが自分の手元を見た。
「……よく見てますね」
「仕事ですので」
「今日は休暇じゃなかったのか」
アキュラが言う。
クレイドルは一瞬止まり、手にしていた布巾へ視線を落とした。
「……習慣です」
「そうか」
アキュラはそれ以上追及せず、唐揚げを口へ運んだ。
その時、端末に着信が入った。
表示された名前を確認し、席を少し離れる。
「父さん」
『どうだった』
短い質問だった。
アキュラはすぐには答えず、後ろを振り返った。
グレゴールは全員へレモンをかけていいか確認している。バレットが「一個だけね ^_^」と念を押し、クレイドルは食器の端へ零れた水を拭いていた。
ノインは唐揚げを一口食べたところで、また目を潤ませている。
「うぅ……衣サクサク……」
「食事で泣くな」
離れた位置から言うと、ノインは涙を拭きながら親指を立てた。
RoRoがその横で笑っている。
アキュラは端末へ視線を戻した。
「……非効率的な一日だった」
『そうか』
神園博士はそれだけ答えた。
通信が切れる。
アキュラは数秒画面を見たあと、席へ戻った。
「何だって?」
「何でもない」
RoRoへ答えた直後、バレットが両手を叩いた。
「よし! 次の休みカラオケ行こー ^o^」
「断る」
「即答じゃん -_-」
グレゴールが頷く。
「ええ。主、曰く――歌は心を繋ぐ橋であり――」
「それ、どこで聞いたんですか」
クレイドルがすぐに反応する。
「先ほど店内放送で」
「やはり主ではありません」
ノインは別方向から食いついた。
「カラオケ!? RoRoさんの発声データ取れるんですか!?」
「遊びに行くんだよ!」
「遊びながら取ればいいじゃないですか!!」
「取らないよ!」
バレットが端末を取り出す。
「六人で予約しよ ^_^」
「オレは行かんぞ」
「はいはい」
「聞いているのか」
「聞いてる聞いてる ^o^」
「返事だけだろう!」
◇
三日後。
アキュラの端末に、一件の通知が届いた。
『カラオケ予約完了』
参加人数、六名。
グレゴール。
バレット。
クレイドル。
ドクター・ノイン。
RoRo。
そして。
アキュラ。
画面を見たまま数秒。
「……誰だ」
同じ部屋にいた五人の視線が、一斉に逸れた。
バレットは天井を見る。
「知らなーい ^^;」
RoRoは窓を見る。
「ボクじゃないよ?」
ノインは急に手元の資料へ顔を落とした。
「非常に興味深い報告書ですね!!」
「それ昨日から机に置いてあっただろう」
「今ちょうど興味が最大値になりました!!」
クレイドルだけは何も言わず、グレゴールを見る。
全員の視線が集まり、グレゴールは穏やかに手を挙げた。
「私です」
アキュラの目が細くなる。
「貴様か」
「ええ」
「何故オレの名前を入れた」
グレゴールは少しだけ考えた。
「主、曰く――誘われなければ、行きたいとも行きたくないとも選べない」
アキュラは眉を寄せる。
「それは誰の言葉だ」
「私です」
「ついに自作したな!?」
RoRoが吹き出した。
バレットも景品の箱を抱えたまま腹を押さえる。
「ダメ、今日イチ笑った ^o^」
「あははははは!! 自分で主になった!! グレゴールさんついに自家発電始めましたよ!!」
「意味が違います」
クレイドルが即座に訂正する。
アキュラは五人を見回した。
変人。
間違いなく変人だ。
端末には予約情報が表示されたままになっている。その下には、参加を取り消すための項目もあった。
指を伸ばす。
そこへ触れる直前で、動きが止まった。
『オマエ自身は何がしてぇんだよ』
不意に、あの声が戻ってきた。
アキュラは僅かに眉を寄せる。
ニムロドが聞いたのは、こんなことではない。
父のこと。
使命のこと。
能力者のこと。
もっと別の何かだったはずだ。
それでも、画面の上には今、自分で選べるものが一つだけあった。
アキュラは指を引いた。
「……次は何時だ」
RoRoがすぐに振り返る。
「来るの!?」
「時間を聞いただけだ!」
「来るんじゃん! ^o^」
「黙れ、バレット!」
ノインが笑いながら端末を取り出す。
「あはははは!! じゃあ曲順決めましょう!! あ、のど飴いります?」
「今はいらん!」
食堂いっぱいに笑い声が広がった。
アキュラは予約画面を閉じた。
キャンセルの項目には、最後まで触れなかった。
「よぉ、アキュラ」
「……まだ聞こえてんのか? オレの声」
「能力者は敵。父親の研究は正しい。人類を守るため――」
「ハッ。相変わらず、立派な答えばっか並べてんな」
「けどよ」
「オレが聞いたのは、そんなデカい話じゃなかったはずだぜ?」
「今度のお相手はアスロック。機械を糸で操る、エデンのパティシエ様だ」
「お前さん、ああいうの嫌いそうだよなぁ。科学者としても、能力者嫌いとしてもさ」
「けど……そいつにも、G7になる前から生きてきた時間がある」
「夢があって、手ぇ動かして、失敗して……それでも積み上げてきたモンがある」
「さて」
「そいつを前にしても、お前さんは同じ言葉だけで片付けられんのかねぇ?」
「能力者だから討つ」
「それとも――」
「今、そいつが何をしてるから討つ?」
「ま、どっちでもいいけどよ」
「また聞いといてやる」
「アキュラ」
「――オマエ自身は、何がしてぇんだよ」
『隣人GV 爪』
次回――
第八話「人形・前編」
「海に沈んだ死人の言葉くらい、さっさと忘れちまえば楽なのにな?」
「……ま。忘れられねぇから、苦労してんだろうけどさ」
「次回も、グッドラック!」