『隣人GV ―もしもスパイディの影響を受けたGVなら―』 作:幸田市
ついこの前の前書きで「次の目標はお気に入り100件!」と書いたばかりなのに、本当に届きました。
登録してくださった皆さん、ありがとうございます!
連載開始からまだ1か月ちょっと。
しかも2026年の今、『ガンヴォルト』二次創作をこれだけの方に追ってもらえていることが、作者としても一ファンとしても本当に嬉しいです。
お気に入りだけでなく、感想や評価もいつもありがとうございます。
特に皆さんの「ここ好き!」「このキャラをこう出すのいいね!」「次こうなるんじゃない?」みたいな反応を見るのが毎日の楽しみです。
『爪』編はまだまだこれから。
次はお気に入り150件を目標に、毎朝7:30更新で走っていきます!
これからも『隣人GV』をよろしくお願いします!
夢の島旧廃棄物処理区画で異常稼働が確認されたのは、朝の定例報告が終わって間もなくのことだった。
かつて東京湾の廃棄物処理を担っていた施設は、既にその役目を終えて久しい。潮風に晒された外壁には錆が浮き、巨大な煙突は空へ向かって口を開いたまま、もう何年も煙を吐いていない。使われなくなった重機は雨水と塩分に侵され、かつて整然と並んでいた搬送設備も、今では朽ちた骨格を晒すばかりだった。
それが、動き始めたという。
外部からの電力供給はない。非常用発電設備も取り外され、駆動系の大半は既に廃棄処分となっている。にもかかわらず、大型クレーンは折れた腕を持ち上げ、破砕機は錆びた顎を開閉し、片輪を失った作業車が地面を削りながら走行していた。
死んだ機械が、墓場の底から這い出してきたような光景だった。
イージス本部の作戦室で、アキュラは監視映像を一度停止させた。
「……ここだ。拡大しろ」
指し示したのは、画面の隅に映る大型クレーンの旋回軸だった。
投影映像が拡大される。
腐食によって破断した支持部材。本来なら自重すら支えられないはずの関節。その隙間へ、幾筋もの発光線が縫い込まれるように伸びていた。
まるで、切れた腱の代わりに光の糸を通された死体である。
アキュラは眉を寄せた。
「……操糸による外部駆動か」
傍らに浮かんでいたRoRoが、バトルポットの投影装置を起動する。
「照合完了! エデンのG7、アスロック。異名は《糸紡ぐ操手》。指先から発生させたワイヤー状のエネルギーで機械を強化したり、直接動かしたりできる能力者だよ。ミラーピースの反応も、同じ区画から確認されてる」
「……なるほどな」
アキュラの視線は、既に人物情報から外れていた。
画面の中で、故障したクレーンがゆっくりと旋回する。
旋回軸には破断した痕跡がある。普通なら軸そのものを交換し、支持部材を加工し直さなければ再稼働など望めない状態だった。ところが相手は、そんな手順を踏んでいない。
光の糸を外側から張り巡らせ、残った骨格だけを利用して無理やり腕を吊り上げている。
「……くだらん」
「うわ、出た」
「何がだ」
「アキュラくんの、機械を見て機嫌が悪くなるやつ」
「機嫌の問題ではない。損傷した機構を修復もせず、埒外の力によって結果だけ成立させている。こんなものを制御と呼ぶなど、技術者に対する侮辱だ」
「でもさ、こんなに壊れてるのにちゃんと動いてるんだよ? ボクは結構すごいと思うけどなあ」
「動いていることと、正しく動いていることは違う。まともな動力も持たず、操者が指を離せば崩れ落ちる機械など、兵器として成立しているとは言い難い」
もっとも、アキュラにも分かっていた。
相手は、無闇に鉄屑を振り回しているわけではない。
光の糸は、腐食した箇所を避けて繋がれている。残存する骨格のうち、荷重を受けられる部分を正確に選び、そこへ外部から力を加えていた。
構造力学の知識がなければ、そう簡単には実現できない芸当である。
それが、余計に気に入らなかった。
機械の構造を理解している。
部材の限界も、力の伝達も知っている。
だというのに、その最後を第七波動へ委ねている。
アキュラには、それが自らの技術を放棄する行為に思えた。
「……知識はあるらしいな。ならばなおさら、なぜこんな真似をする」
「アキュラくん、さっきから同じところ見てるね」
「構造を確認しているだけだ」
「ふーん。じゃあ、怒ってないんだ?」
「怒ってなどいない」
「本当に?」
「ロロ」
「はい!」
「出撃準備だ」
RoRoはくるりと機体を回転させた。
「はいはい。まったく、素直じゃないんだから」
アキュラはそれ以上相手にせず、端末を閉じる。
夢の島に一般人の反応は確認されていない。しかし、あれだけの設備を一斉に動かせるなら、施設そのものが巨大な兵器となり得る。
相手はエデンのG7。
ミラーピースも所持している。
これ以上、様子を見る理由はなかった。
◇
出撃直前、アキュラはイージスの危機管理担当であるクレイドルから、現地の施設図を受け取っていた。
廃棄物処理区画の構造図には、無数の警告表示が書き込まれていた。
老朽化した高架通路。
腐食の進んだ支持柱。
地下燃料槽。
荷重耐性の保証されない搬送レール。
図面上では整然としていた施設が、今では崩壊条件を抱えた危険物の集合体となっている。
「確認します。今回の任務について、注意事項は二点あります」
クレイドルは端末を操作し、施設全体の立体図を表示した。
「まず、現地の構造です。対象の能力が機械へ干渉する以上、通常であれば停止している設備も危険源として扱ってください。特に、大型重量物の下を通過する場合は、現在見えている支持部材だけを信用しないことを推奨します」
「承知している。能力によって配置が変更されている可能性もあるのだろう」
「その通りです。元の設計図と現在の状況が一致する保証はありません。よし」
クレイドルは画面を切り替えた。
「次に、対象者本人の情報です」
新たに表示されたのは、一人の少年の経歴だった。
アスロック。
十五歳。
フランス出身。
「……十五歳か」
「はい。四人兄弟の長男です。以前は著名な菓子職人のもとで修業しており、将来を有望視されていたという記録が残っています」
「菓子職人?」
「ええ。専門は製菓です。もっとも、現在の機械操作能力を見る限り、工学分野についても独自に学んでいる可能性があります」
クレイドルは監視映像を指した。
「操糸の接続位置をご覧ください。劣化した部材を避け、残存強度の高い部分を選んで力を伝達しています。構造を理解していない者にできる動作ではありません」
「……見れば分かる」
「それなら結構です」
彼女は淡々と答え、次の記録を開いた。
そこに映っていたのは、一軒の焼け落ちた家だった。
黒く変色した壁。
窓枠だけを残した外壁。
熱によって歪んだ金属製の柵。
火災の発生から相当の時間が経過しているらしく、周囲には既に撤去作業の痕跡があった。
「……これは?」
「対象の実家です」
アキュラは画面へ目を戻した。
「本人が能力者であると周囲に知られた後、度重なる中傷と迫害が発生しています。その後、本人が修業のため家を離れている間に、実家が放火されました」
クレイドルは一度、記録を確認した。
「家族は、この火災によって死亡しています。また、修業先の菓子職人からも破門されています。周囲の迫害へ巻き込まれることを恐れたためと考えられています」
アキュラは黙っていた。
写真に映る家屋は、もう家としての役割を果たしていない。
そこに暮らしていた人間が何を食べ、何を語り、どんな日常を送っていたのか。記録から読み取れるのは、それらが失われたという結果だけだった。
「……それで?」
アキュラが口を開いた。
「貴様は、オレに同情しろとでも言うつもりか」
「いいえ」
クレイドルは即答した。
「訂正します。私は、対象の行動原理を説明しています」
「行動原理だと?」
「彼にとって無能力者への敵意は、単なる組織理念ではありません。実体験に根ざしたものです。交渉の可能性、刺激に対する反応、攻撃対象の選択。戦闘中の判断を予測するうえでも、知っておく必要があります」
クレイドルは、アスロックの人物情報へ視線を移した。
「なお、対象がこのような経緯でエデンへ加入したとしても、現在の危険性が低下するわけではありません。その点は区別してください」
「……当然だ」
アキュラは端末を閉じた。
「能力者であることに変わりはない。エデンへ加担し、兵器を動かしている以上、討滅する理由は十分だ」
「判断はあなたに委ねます」
彼女は僅かに頷いた。
「ただし、危険源として評価することと、その人物が何を経験してきたかを把握することは矛盾しません。相手の行動を理解しないまま交戦する方が、予測誤差は大きくなります」
「……分かっている」
「それなら結構です」
クレイドルは資料を回収した。
「以上です。任務中は崩落および火災の危険に注意してください。ご安全に」
いつもどおりの挨拶だった。
アキュラも踵を返し、格納庫へ向かう。
廊下では、一般兵たちが次の勤務へ向けて装備を整えていた。帰還した隊員が同僚へ短く声をかけ、これから出撃する者が防護具の確認を受けている。
守るべき日常がある。
それを脅かすものがある。
だから戦う。
アキュラにとっては、何も難しい話ではなかった。
ふと、先ほどの写真が頭をよぎる。
焼け落ちた家。
奪われた家族。
十五歳の少年。
だが、その少年は既にエデンのG7として武装している。
過去は過去。
罪過は罪過。
混同する理由など、どこにもない。
アキュラは歩調を緩めなかった。
◇
夢の島は、潮の臭いよりも鉄の臭いが強かった。
海風に混じる赤錆の粉。乾いたコンクリートの粉塵。放置された油が長い年月をかけて変質した、鼻の奥に残るような臭気。
その合間を縫って、何かが軋む音が響いている。
ぎい、と。
鉄骨が引っ張られる。
がしゃん、と。
動くはずのない歯車が噛み合う。
朽ちた工場が、誰かの手によって無理やり目覚めさせられていた。
アキュラが敷地へ一歩足を踏み入れた瞬間、正面の大型ショベルカーがゆっくりと腕を持ち上げた。
エンジンは停止している。
油圧配管も破断している。
それでも、折れた関節を吊り上げる光の糸が張り詰め、巨大なバケットを空中へ持ち上げていた。
「正面!」
RoRoが叫ぶ。
アキュラは既に動いていた。
脚部ブリッツが唸る。
白い閃光が地表を走り、振り下ろされたバケットの下を抜けた。
直後、コンクリートが砕ける轟音が背後から追いかけてくる。
アキュラは着地と同時に銃口を返した。
狙うのは車体ではない。
関節を吊り上げている支持点。
二射。
発光線が断たれた。
支えを失ったアームが沈む。
破損した駆動機構に、あの質量を受け止める力など残っていない。
停止は必然。
アキュラは結果を確認すると、次の標的へ視線を移した。
その判断が、僅かに早かった。
がしゃん。
落下したバケットが、床に転がっていた鉄材を押し潰した。
鉄材の反対側は、上層の搬送レールへ取り付けられた留め具に噛み込んでいる。
留め具が外れた。
頭上。
巨大なコンテナが傾く。
「――アキュラくん、上!」
RoRoの警告。
アキュラが見上げた時には、数十トンの鉄塊が既に動き始めていた。
ただし、それは真下へ落ちてこなかった。
一本だけ残された鋼索を支点に、振り子となってこちらへ迫ってきたのである。
「……ッ!」
ブリッツダッシュ。
斜め上方へ加速する。
だが、回避先を巨大なコンテナの側面が塞いだ。
アキュラは咄嗟に推進を切った。
急制動。
慣性を失った身体が、重力によって真下へ落ちる。
頭上を鉄塊が通過した。
間に合った。
だが。
コンテナの側面から突き出した折れた鉄骨が、アキュラの肩を掠めた。
「ぐっ……!」
装甲が削られ、火花が散る。
衝撃によって身体が斜めに振られた。アキュラは落下する勢いを利用して半身を捻り、再びブリッツを噴かして姿勢を立て直す。
それでも、着地の衝撃は殺しきれなかった。
片膝が地面へ叩きつけられる。
背後では、巨大なコンテナが壁へ激突した。
鈍い震動が、廃棄処理施設の骨格を伝って広がっていく。
「アキュラくん、大丈夫!? 肩の装甲、かなり削られてるよ!」
「……支障はない」
「あるでしょ! 今、ぶつかったじゃん!」
「機能に支障はないと言っている。ロロ、今のコンテナの移動経路を記録しろ。能力反応の有無もだ」
RoRoは一瞬だけ黙り、すぐに解析へ移った。
「……出た。コンテナが動き始めてからは、能力反応が一度も確認されてないよ。普通に落ちて、そのまま振り子みたいに動いただけ」
「……そうか」
アキュラは頭上を見た。
一本の鋼索。
解除された留め具。
最初に破壊したショベルカー。
それらの位置関係が、ひとつの答えを示していた。
この罠は、アキュラが操糸を断つことを前提に組み立てられている。
能力を使って重機を動かす。
その動きを止めようとする相手に、支点を破壊させる。
そして、能力とは無関係な物理現象によって攻撃する。
最初の一撃は、次の一撃を発生させるための導火線でしかなかった。
「……なるほどな」
アキュラは立ち上がる。
「操糸を切った後まで計算しているというわけか」
「うん。しかも、最初の重機の位置からすると、アキュラくんがどっちに避けるかも予想してたみたい」
「小賢しい真似を」
「でも、かなり考えられてるよね。なんだかアキュラくんがやりそうな戦い方だなあ」
「オレなら、もっと確実に仕留める」
「そこなんだ……」
RoRoが呆れたように機体を傾けた。
アキュラは、落下したコンテナを一瞥する。
操糸を断てば、機械は止まる。
その認識に間違いはない。
だが、機械が止まったからといって、そこに存在していた質量まで消えるわけではなかった。
相手は、それを知っている。
そして、その当たり前の事実を人を殺すための仕掛けへ変えた。
気に入らない。
だが、よくできている。
その二つの評価が、矛盾せずに頭の中へ居座っていることが、アキュラにはひどく不愉快だった。
彼は再び歩き始めた。
ここから先、停止している機械をただの障害物と考えるわけにはいかない。
この場所では、鉄屑の一つ一つが、まだ誰かに与えられた役目を待っている。
廃棄された物に未練でもあるかのように。
◇
処理施設の中央区画は、巨大な吹き抜けになっていた。
天井を縦横に走る搬送レール。その下へ蜘蛛の巣のように張り巡らされた配管と鉄骨。左右には大型破砕機が並び、奥には古い焼却炉が口を開けている。
かつては何百人もの人間が働き、休むことなく機械が動いていたのだろう。
今では、人の気配すらない。
天井から落ちる僅かな陽光が、空中へ舞い上がった埃を照らしている。そこだけが、長い年月を閉じ込めた琥珀の内部のように静かだった。
アキュラが広間へ踏み込むと、それまで聞こえていた金属音が一斉に止まった。
静寂。
その奥で、低い声が響いた。
「……来たか」
見上げる。
上層の足場。
錆びた手すりの向こうに、一人の少年が立っていた。
年齢はアキュラより僅かに下。小柄な身体に宿る眼差しは、歳に似合わず冷えている。指先から幾筋もの光の糸が伸び、周囲の機械へ静かに繋がっていた。
アスロック。
《糸紡ぐ操手》の異名を持つ、エデンのG7。
「貴様が侵入者か……旧人類(オールドマン)」
アキュラは銃口を上げた。
「自ら姿を晒すとは好都合だ。これ以上、くだらん人形遊びに付き合う手間が省ける」
「……ずいぶんと大きな態度だ」
アスロックは手すりへ片手を置いた。
視線がアキュラ本人から、その装備へ移る。
脚部の推進機構。
ボーダーII。
腰部制御装置。
RoRoと、その周囲へ展開されたビット。
見る時間は短かったが、どこを観察しているのかは分かった。兵装の外見や大きさではなく、装置同士の接続と動作原理を確かめている。
「……その兵装。貴様が組み上げたものか」
「だったら何だ」
「フン……旧人類(オールドマン)にしては、少しは手を動かすらしい」
「貴様に品評される筋合いはない。それより、随分と悪趣味なものを作ったな。廃棄物に糸を括りつければ、兵器になるとでも思っているのか」
「……貴様」
アスロックの目が細くなった。
「まだ何も見ていないくせに、よくそこまで言えるものだな」
「既に十分見た。まともな駆動機構もなく、能力を失えば崩れ落ちるような機械だ。技術として評価する価値はない」
アスロックは答えなかった。
代わりに、指先を僅かに動かす。
背後の隔壁がゆっくりと持ち上がった。
金属の擦れる音が、広間へ響き渡る。
暗がりから現れたのは、異形の巨体だった。
異なる規格の部品を無理やり組み合わせた装甲。用途も製造元も一致しない駆動機構。巨大な両腕と、背部へ備え付けられた回転装置。
中央には、炉のような熱源が据えられている。
そのすべてを、無数の光の糸が繋ぎ止めていた。
機械というより、機械の死体を継ぎ接ぎして造られた別の生き物である。
アスロックは上層の足場から飛び降り、その肩へ着地した。
「ガレトクローネ……」
低く告げる。
「……オレの愛機だ」
炉へ火が灯った。
アキュラは、その全体を一度だけ見渡した。
関節構造。
荷重の配置。
接続された操糸。
確かに、部品はただ無秩序に繋がれているわけではない。
その事実を確認したうえで、吐き捨てた。
「……廃物を束ねて人形遊びか」
アスロックの指が止まった。
「……何?」
「思考も研鑽もせず、埒外の力で鉄屑を吊り上げる。それで兵器を開発したつもりなら、笑わせる」
短い沈黙。
その間に、ガレトクローネの炉が一段と明るくなった。
「……貴様」
アスロックの声音が僅かに沈む。
「調理を、人形遊びと一緒にするな」
「調理だと?」
「材料を選び、形を整え、火を入れ、仕上がりを見極める……。どれほど手間のかかる仕事か、貴様には分かるまい」
炉が唸った。
「……パティシエの仕事は遊びじゃない。オレの仕事を侮辱したこと、その身に焼き込んでやる」
アキュラは銃を構え直す。
「ほざけ。貴様ら能力者は、神の定めし摂理に背く害獣だ。その罪火、オレが討滅する」
「……フン」
アスロックが指を振り下ろした。
ガレトクローネの眼部に光が灯る。
次の瞬間、巨大な機銃が火を噴いた。
◇
銃声が、無人の処理区画へ降り注いだ。
無数の弾丸が空気を裂き、コンクリートを穿ち、錆びた鉄板を穴だらけにしていく。まるで、長い間この場所へ積み重ねられていた沈黙を、まとめて撃ち砕こうとするような砲火だった。
アキュラは正面から退かなかった。
脚部ブリッツを起動。
斜め上方へ加速する。
銃弾の間隙を抜け、右側の壁面へ迫った。
接触。
反射。
白い機影が鋭角に折れ曲がる。
壁を障害物ではなく第二の発射台として使い、さらに別方向へ加速する。接触の反動によってブリッツの推進余力を回復させれば、空中での連続機動も可能となる。
アキュラはガレトクローネの肩口へ迫った。
接触と同時にロックオン。
ボーダーIIの銃口が火を噴く。
装甲板が砕け、内部へ火花が散った。
だが。
ガレトクローネの右腕が、機械としての可動域を無視した角度で跳ね上がった。
「……!」
拳が迫る。
アキュラは銃撃を中断し、斜め下へ推進した。
直後、巨大な拳が頭上を薙ぎ払う。
普通の機械なら、その姿勢から腕を持ち上げることなど不可能だ。関節が破断するか、重心を崩して転倒する。
しかし、ガレトクローネは違う。
腕そのものを外部から吊り上げている以上、関節の可動域は絶対的な制約ではない。
機械の構造を理解していることが、そのまま敵の動きを読み違える原因となる。
「チッ……!」
アキュラは床へ着地する直前、推進方向を切り替えた。
目の前で、ガレトクローネの巨体が縮み始めていた。
両腕を畳み、脚部を引き込み、巨大な球状へ変形する。
「アキュラくん! 来るよ!」
鋼鉄の塊が回転を始めた。
《ルーレシュネーバル》。
その巨体からは想像しがたい速度で、鉄球が地面を蹴る。
アキュラは横へ跳んだ。
正面からの突進は回避できる。質量が大きい分だけ急な方向転換は難しい。ましてや、最初の一撃を避けてしまえば、その後の反撃までに多少の猶予が生まれるはずだった。
だが、その予想は半分しか当たらなかった。
鉄球が通り過ぎる。
次の瞬間、ガレトクローネが跳躍した。
巨大な質量を空中へ持ち上げ、落下。
床が爆ぜた。
「――ッ!」
衝撃波が放射状に走る。
アキュラは咄嗟にブリッツを噴かして高度を上げたが、飛び散った瓦礫までは避けきれなかった。
脚部装甲を破片が打つ。
姿勢が崩れる。
そこへ、再び機銃。
「……面倒な!」
銃撃を諦めて回避する。
ガレトクローネは既に人型へ戻っていた。
分解、変形、再構築。
その一連の動作に、通常の機械が必要とする関節や接続部の制約がない。
アスロックは、各部品を必要な位置へ引き寄せているだけなのだ。
だが、それだけで機械は動かない。
質量は残る。
慣性も残る。
各部品の重量と移動速度を計算しなければ、機体は瞬く間に自壊する。
それを、あの少年は平然と成立させていた。
「……なるほど」
アキュラは着地しながら銃を構え直した。
不愉快な事実だった。
相手は機械の知識を持っている。
しかも、自分の能力が機械に何をさせられるのか、相当な精度で理解している。
だからこそ。
その技術を、能力などという代物へ依存させていることが、なおさら気に入らなかった。
「どうした……旧人類(オールドマン)」
アスロックが低く呟く。
「その脚部兵装、随分と速いようだが……逃げ回るだけでは、オレの愛機は焼き上がらんぞ」
「黙れ。貴様のガラクタをどう解体するか、順序を考えているだけだ」
「……フン。ならば、もう少し火を入れてやろう」
ガレトクローネの両腕が持ち上がった。
次の瞬間、巨大な拳が床へ叩きつけられる。
衝撃とともに、火炎弾が周囲へ飛び散った。
《イラプションエクレイザー》。
熱と質量の二重攻撃。
アキュラは後方へ逃げなかった。
拳が振り下ろされる直前、その内側へ踏み込んだのである。
低姿勢。
身体を回転させるように捻り、巨大な腕の下へ滑り込む。
着地と同時に銃口を持ち上げた。
目の前には、ガレトクローネの炉があった。
赤熱した金属。
内部へ集中する熱量。
冷却装置の一部は破損しており、その不足を操糸による強引な駆動で補っている。
アキュラは僅かに目を細めた。
機体を構成しているのは、あくまで金属だ。
どれほど第七波動によって強化されていようと、熱に対する物性まで完全に変わるわけではあるまい。
炉の出力を落とす方法はある。
しかも、自分にはそのための兵装があった。
脳裏をよぎったのは、少し前の海上戦だった。
エデンのG7、《流麗なる人魚》ニムロド。
海を愛し、自然を汚す科学文明を敵視していた男。
あの戦いでは、飛行艇の甲板も、その周囲に広がる空さえも、海へ沈められたかのように水に支配されていた。
水は形を持たない。
だが、形を持たないがゆえに、どのような隙間にも入り込み、流れを束ねれば鋼鉄さえ穿つ刃となる。
ニムロドの第七波動は、その極端な実例だった。
アキュラは飛行艇上で、あの男と死闘を繰り広げた。
海そのものを武器に変える圧倒的な物量。水流の速度を瞬時に変える防御。砕いても砕いても別の形へ移り変わる液体の奔流。
戦いの末、ニムロドは海へ落ちた。
その姿が波間へ消えた後も、アキュラはRoRoに戦闘反応を確認させている。
あの戦いで得たものは、ミラーピースだけではなかった。
交戦中、RoRoはニムロドの第七波動を解析し、流体を制御する際の出力特性を観測データとして蓄積していた。
戦闘後、アキュラはその記録を検証し、RoRoのビットによる兵装制御へ組み込んだ。
EXウェポン、《HYDRO ZAPPER》。
特殊な電解液を高圧で射出する、液体操作の疑似再現。
能力者の力を奪ったわけではない。
ましてや、あの男の信念を受け継いだわけでもなかった。
ただ、敵が示した現象を解析し、再現可能な攻撃方式へ落とし込んだ。
それだけのことだ。
自然の力を誇り、科学技術を忌み嫌ったニムロドが、自らの力を機械によって模倣されたと知れば、どんな顔をするだろう。
もっとも、今となっては関係のない話である。
使えるものは使う。
敵から得た知識であろうと、役に立つならば躊躇する理由はない。
「ロロ。炉の温度を確認しろ」
「了解! ……うわ、かなり高いよ。しかも、排熱機構がまともに動いてない!」
「ならば都合がいい。炉の開口部へ照準を固定する」
「……あ、なるほど! あれを使うんだね!」
ビットが配置を変えた。
装備制御系が切り替わる。
アキュラは、燃え盛る炉の奥へ銃口を向けた。
「……機械を扱うなら、せめて限界くらい把握しておけ」
引き金。
「《HYDRO ZAPPER》!」
高圧水流が、赤熱した炉の中心へ突き刺さった。
瞬間。
水と熱が衝突した。
爆発的な蒸気が機体の隙間から噴き出し、炉の内部温度が急速に低下する。
過熱した金属が冷却され、熱膨張による歪みが一気に表面化した。
ガレトクローネの巨体が傾いた。
「……ッ!」
アスロックが操糸を引く。
だが、機械の姿勢を維持することと、失われた熱量を取り戻すことは別問題だ。
炉の出力が落ちる。
火炎が消える。
巨体が、膝を折った。
「……終わりだ」
アキュラは銃口を上げ直した。
操者を狙う。
炉が停止した今なら、少なくとも火炎攻撃を警戒する必要はない。
攻撃の優先順位は明白だった。
だが。
「……誰が、終わりだと言った?」
白い蒸気の向こうから、低い声が届いた。
次の瞬間、ガレトクローネの肩装甲が外れた。
破損ではない。
意図的な切り離し。
厚い鉄板が操糸に引かれ、白い蒸気を突き破って飛来する。
「――ッ!?」
近い。
回避には距離が足りない。
反射的に防御機構へ意識を向ける。
しかし、警告が視界を横切った。
EXウェポンの使用によって、エネルギーゲージは満タンではない。
《フラッシュフィールド》は発動できない。
その事実を理解した時には、鉄板が眼前まで迫っていた。
「ぐあッ!」
衝撃。
装甲板が肩を強打し、アキュラの身体が後方へ吹き飛ばされた。
床へ叩きつけられる。
一度。
二度。
三度目の接地で、ようやくブリッツを噴かして姿勢を立て直した。
「……ぐ……!」
肩の奥で鈍い痛みが走る。
呼吸が乱れた。
それでも銃だけは手放さず、敵へ向け直す。
「アキュラくん! 肩部装甲、損傷拡大! 大丈夫!?」
「……問題ない」
「問題あるよ! 今の、まともに食らったでしょ!?」
「機能には支障がない。……ロロ、炉の出力を確認しろ」
「えっ?」
「装甲が飛んできた時だ。炉は稼働していたのか」
RoRoは一瞬言葉を飲み込み、直ちに記録を確認した。
「……停止してた。出力はほとんどゼロだったよ」
「そうか」
アキュラは顔を上げた。
白い蒸気の向こう。
ガレトクローネの装甲が、ゆっくりと元の位置へ引き戻されている。
切り離された肩。
損傷した関節。
炉。
それらが再び組み合わされ、何事もなかったかのように機体を構成していく。
冷却には成功した。
しかし、攻撃そのものは止まらなかった。
炉が沈黙しても、アスロックの操糸は健在である。
部品が動かなくなったなら、部品そのものを武器として投げつければいい。
機体を破壊しても、残った廃材を繋ぎ直せばいい。
普通ならば勝利へ繋がるはずの破壊が、この敵にとっては単なる配置変更でしかない。
「……厄介な真似を」
アキュラは歯を食いしばった。
アスロックが静かに見下ろす。
「……機械の限界、だったな」
「何?」
「貴様の言うことは正しい。金属は熱で膨張する。冷却すれば歪みも生じる。……だが、その程度のことをオレが考えていないとでも思ったか?」
操糸が張り直される。
「壊れたものが動かないなら、動く場所へ繋ぎ直せばいい。使えなくなった部品を捨てる必要もない。別の役目を与えれば済む話だ」
「……修理でも何でもない。ただの応急処置だ」
「フン……」
アスロックは僅かに口元を歪めた。
「使えるものを使い、目的を果たす。それが気に食わんというなら……貴様の言う技術とやらも、随分と不自由なものだな」
アキュラは答えなかった。
代わりに、ガレトクローネの接続部へ銃口を向けた。
相手が何を言おうと、事実は変わらない。
この機体は、第七波動に依存している。
ならば、その依存を断ち切ればいい。
ただし。
今度は、操糸を切った後のことまで考えなければならない。
◇
数分後。
ガレトクローネの肩口で、再び装甲が砕けた。
今度の攻撃は、アキュラが仕掛けたものだった。
脚部ブリッツによる斜め上方への突進。壁面への接触と反射。そこで生まれた推進力を利用し、敵の側面から肩関節へ接近する。
弾丸が接続部へ集中した。
ガレトクローネの片腕が沈む。
続けてアキュラは、斜め下から機体へ接触した。
跳ね返りを利用した前方への飛び越え。
通常なら機体から離れるはずの動きを、逆に相手の頭上へ抜けるための機動へ転用する。
ブリッツが回復する。
そのまま背後へ回り、振り向きざまに射撃。
機体の背部装甲が吹き飛んだ。
「……どうした。自慢の愛機とやらは、もう限界か」
アキュラは空中で姿勢を変え、さらに上層へ加速した。
壁面。
反射。
天井の鉄骨。
再び反射。
白い閃光が、広間の中を幾度も折れ曲がる。
真正面から接近する必要などない。
相手が無数の機械を配置しているなら、そのすべてが移動のための支点になり得る。
ガレトクローネの巨体も例外ではなかった。
巨大な機械を、一種の足場として扱う。
かつて誰かが作ったであろう壁や梁を、弾丸の反射板のように利用する。
速度は力だ。
だが、速度を生むのは推進力だけではない。
反射の角度。
接触の順番。
そして、相手がどこに障害物を置いたか。
それらすべてが、アキュラにとっては移動経路の一部だった。
「アキュラくん、いい感じ! あの大きい機体、反応が追いついてないよ!」
「当然だ。いくら操糸で補おうと、機体の質量は変わらん。こちらの移動速度に合わせようとすれば、姿勢制御に無理が生じる」
ガレトクローネの腕が、再びアキュラを追う。
だが、既に遅い。
白い機影はその下を潜り抜け、次の反射地点へ向かっていた。
アキュラは、壁面へ突入する。
さっきまでと同じ角度。
同じ速度。
同じ接触地点。
そこで。
かつん、と。
小さな金属音がした。
異変は、それだけだった。
「……?」
アキュラの視界の端で、壁へ取り付けられていた鉄板が僅かに傾いた。
角度にして数度。
ただ、それだけ。
だが。
ブリッツダッシュの反射方向が、予定していたものから外れた。
「――何ッ!?」
身体が斜め下へ弾かれる。
行くはずだった空間ではない。
ガレトクローネの正面。
最も危険な射線上。
アスロックの指が動く。
円盤状の兵装が、左右から飛来した。
《シャコティスチャクラム》。
一枚目を回避。
二枚目を急制動によって避ける。
だが、落下した先には、既にガレトクローネの拳が待っていた。
アキュラは咄嗟に銃を向けた。
間に合わない。
「――ぐッ!」
拳の外縁が脇腹を捉えた。
衝撃が装甲を伝い、身体の奥へ食い込む。
吹き飛ばされる。
壁。
激突。
アキュラは辛うじて足をついたが、その直後、膝が折れた。
右脚の制御系に警告が走る。
傷ついた肩も、再び痛みを訴えていた。
「アキュラくん! 反射角が変えられてる! さっきの鉄板、アスロックが動かしたんだ!」
「……分かっている!」
アキュラは壁面を睨んだ。
ブリッツダッシュの反射は、接触する面の角度に依存する。
ならば、壁を動かせばいい。
こちらの脚部機構を直接操作する必要などない。
進行方向そのものを外部から変更してしまえば、アキュラがどれほど速く動こうと、その行き先は相手の計算に従うことになる。
アスロックは、機械だけを操っているのではなかった。
アキュラが機械をどう利用するのか。
その判断まで観察していたのだ。
「……フン」
アスロックが見下ろす。
「その脚部機構……面白い。接触による反発を利用して、推進力を補っているのか」
指先を動かす。
周囲の鉄板が、僅かずつ角度を変えていく。
「……だが、行き先が分かれば速さなど関係ない。貴様がどこへ向かい、何に接触するか。それを把握すれば、あとは壁を動かすだけだ」
アキュラは答えなかった。
その視線は、鉄板を支える操糸へ向かっている。
糸は細い。
だが、そこに加えられる力は小さくない。
そしてアスロックは、それを驚くほど正確に制御していた。
「……貴様」
アキュラが口を開く。
「機械のことが分からんわけではないな」
「……今さら何を言う」
「こちらの機動を観察し、反射角を計算している。ガレトクローネの姿勢制御もそうだ。部品を無闇に動かしているだけなら、あの巨体はとっくに自壊している」
アスロックは黙っていた。
アキュラは立ち上がる。
「ならば、なぜそんなものに満足している。そこまで理解しているなら、能力に頼らず機械を完成させることもできるだろう。部品を作り、駆動系を組み、損傷した箇所を修復する。……貴様の頭があれば、その程度のことは可能なはずだ」
「……満足?」
「そうだ。思考も研鑽もせず、埒外の力で結果だけを得る。その姿勢が気に入らん」
アスロックの指が止まった。
ほんの一瞬。
しかし、その沈黙には明確な重さがあった。
「……研鑽、だと」
呟く。
「貴様が……オレに?」
「何が言いたい」
「……フン」
アスロックは低く笑った。
「菓子を焼くのに、何度生地を捨てたと思う」
ガレトクローネの炉が唸る。
「温度を変えた。粉を変えた。焼き時間を変えた……。昨日うまくいった配合が、今日は同じように焼き上がらない。理由を調べ、もう一度作る。それを、何度も繰り返した」
アキュラは銃口を下ろさない。
アスロックの言葉は続いた。
「オレは……あの仕事が好きだった」
その声だけは、僅かに柔らかかった。
「焦げた生地の臭いも、焼き上がる前の静かな時間も……。何度失敗しても、次こそはと考えることができた。……そうやって作ったものを、誰かが喜んでくれる。それが、好きだった」
ガレトクローネの腕が持ち上がる。
アキュラは身構えた。
「……だが」
アスロックが、ゆっくりと指を曲げる。
「能力者だと知られた途端……全部終わった」
拳が振り下ろされた。
床が砕ける。
アキュラは横へ跳ぶ。
「……家は焼かれた。家族も失った。師匠には厨房から追い出された。……何年も積み重ねてきたものが、たった一つの理由で、何の価値もないものとして扱われた」
声は低いままだった。
怒鳴りもしない。
涙を流すこともない。
ただ、既に焼け落ちた家の灰を、一握りずつ机へ置いていくような語り方だった。
アキュラは、出撃前に見た写真を思い出した。
黒く焼けた壁。
窓枠。
何も残っていない室内。
あの記録の向こう側に、今目の前にいる少年がいる。
分かっていたことだ。
既に聞いていた情報だった。
それでも、本人の口から語られる過去は、報告書の一文とはどこか違って聞こえた。
「……知っている」
アキュラが答えた。
アスロックの目が細くなる。
「……何?」
「貴様の経歴は、事前に確認している。菓子職人として修業していたことも、能力者だと露見してから迫害を受けたこともな」
アスロックは、しばらく黙っていた。
やがて。
「……そうか」
ひどく短く答える。
「ならば、なおさら不愉快だ。……貴様は、知ったうえでそう言うのか」
「当然だ」
アキュラは銃を構え直す。
「貴様が過去に何を失ったかと、今ここで何をしているかは別だ。どれほど優れた菓子職人だったとしても、エデンのG7として武装している事実は変わらん。ミラーピースも所持している。討滅する理由としては十分だ」
「……フン」
アスロックは、ゆっくりと首を傾けた。
「妙だな……旧人類(オールドマン)」
「何がだ」
「貴様は、能力者であることそのものを罪としているのではなかったか。……それなのに今は、オレが何をしたかを理由にしている」
アキュラの指先が止まった。
ほんの僅かに。
「……同じことだ」
吐き捨てる。
アスロックは、それ以上何も言わなかった。
「……そうか」
その短い返事が、妙に耳へ残った。
アキュラはそれを振り払うように踏み込む。
能力者は危険だ。
エデンは敵だ。
目の前のアスロックは、現に武装している。
何も変わっていない。
変わる必要などない。
そのはずだった。
だが、戦闘の最中に見せられた技術だけは、否定しようとするたびに新しい証拠を突きつけてくる。
機械を知っている。
構造を理解している。
そして何より、相手もまた考えている。
それを認めたところで、討滅の決意が揺らぐわけではない。
だというのに、アキュラは自分が妙に腹立たしい理由を、まだ正確に言葉へできなかった。
◇
ガレトクローネの炉が、異常な色を帯び始めたのは、その直後だった。
赤。
橙。
そして、白。
金属の内側へ閉じ込められた熱が、装甲の隙間から滲み出している。
アキュラは視界へ表示された温度情報を見た。
通常の駆動機構なら、とっくに緊急停止している数値だった。
ところがガレトクローネは、なお稼働している。
操糸によって、安全装置の停止すら無視した出力維持が成立しているらしい。
「アキュラくん! あの炉、温度が上がり続けてる!」
「見えている。……ロロ、予想射線は?」
「待って……今出す!」
数秒。
視界へ赤い線が表示された。
一本。
二本。
さらに広がる。
やがて、処理区画のほぼ全域が赤く染まった。
「……何?」
RoRoが声を上げた。
「これ、避ける場所がない! 発射されたら、広間全体が攻撃範囲に入っちゃう!」
アキュラは炉を見た。
内部の発射機構が、ゆっくりと開いている。
アスロックが指を広げた。
「……《FURNACE OF INFERNO》」
熱が収束する。
大気が歪み、視界の奥が白く揺れた。
アキュラは反射的に《HYDRO ZAPPER》を構えようとした。
だが、炉への射線がない。
ガレトクローネの両腕が、正面を塞いでいる。
水流を通すためには、その内側へ踏み込まなければならない。
しかし接近すれば、腕による迎撃が待っている。
退けば熱線。
近づけば拳。
単純な二択。
アスロックは、その二つの結果をどちらも計算している。
「……なるほど」
アキュラは僅かに目を細めた。
視線を動かす。
炉。
両腕。
その背後。
アスロック本人。
さらに、彼の周囲へ配置された廃鉄板。
ボーダーIIによる射撃は通らない。
直接突入すれば、先ほどと同じ失敗を繰り返す。
では。
最初から炉を狙わなければいい。
「ロロ」
「何!?」
「《SPARK STELLAR》へ切り替えろ」
「えっ!? でも、あれじゃ炉の温度を下げられないよ!」
「炉を狙うとは言っていない」
RoRoは一瞬黙り、すぐにアキュラの照準先を確認した。
ガレトクローネの背後。
操糸によって配置された、複数の廃棄機械。
そして、その間を塞ぐ厚い鉄板。
「……あ、そっか!」
「放電範囲を指定しろ。遮蔽物の向こうにある機械を狙う」
「了解!」
ビットが散開した。
《SPARK STELLAR》。
電撃を発生させるEXウェポン。
通常の弾丸とは異なり、その放電は遮蔽物に完全に阻まれるわけではない。
アキュラは、あえてアスロック本人から照準を外した。
狙うのは、彼が操糸の支点として利用している周囲の機械群。
倒すためではない。
動かすためだ。
「……そこだ」
放電。
青白い電光が、鉄板の向こうへ走った。
衝撃を受けた古い機械の一部が跳ね、支えに使われていた部材が傾ぐ。
「……ッ!」
アスロックが反応した。
操糸を張り直す。
崩れかけた支点を支え、ガレトクローネの姿勢を維持する。
当然の対応だった。
だが、その瞬間だけ、炉の正面を塞いでいた片腕が僅かに動いた。
必要な操糸が、別の機械の制御へ割かれたのである。
アキュラは、その一瞬を逃さなかった。
「――今だッ!」
ブリッツダッシュ。
真正面。
腕の間を抜ける。
眼前に、白熱した炉が迫った。
放熱だけで装甲が焼かれる。
警告表示が、次々と視界を埋めた。
それでも、アキュラは退かなかった。
「《HYDRO ZAPPER》ッ!!」
高圧水流が、炉の中心へ叩き込まれた。
轟音。
水と熱が衝突する。
赤熱していた内部機構が急速に冷却され、巨大な蒸気の塊が生まれた。
炉の出力が落ちる。
熱線の収束が崩れる。
《FURNACE OF INFERNO》の発射は、寸前で阻止された。
しかし。
「――ぐッ!」
行き場を失った蒸気が、至近距離のアキュラへ噴きつけられた。
高熱。
圧力。
白い奔流が装甲を打つ。
アキュラは即座に後方へ跳んだが、熱風は脚部まで追ってきた。
推進系の警告。
外装温度の上昇。
制御系の出力制限。
そして、硬い着地衝撃。
「……っ、は……!」
呼吸が乱れた。
喉の奥が焼けるように痛む。
それでも、アキュラは片膝をついたまま銃を構え直した。
「アキュラくん! もう無茶しないでよ! これ以上やったら、装備がもたない!」
「……炉は止めた」
「そうだけど!」
「ならば、次は操者だ」
アスロックを見る。
相手は無傷ではない。
しかし、決定的な損傷を与えられたわけでもない。
ガレトクローネの炉が冷えたところで、彼自身の操糸は健在だ。
対してこちらは、肩部装甲を削られ、脚部制御に負荷を抱え、EXウェポンの連続使用によって防御能力まで制限されている。
戦いが長引くほど、状況は悪くなる。
相手を倒すためには時間が必要だ。
だが、その時間そのものがこちらを追い詰める。
実に厄介な矛盾だった。
アスロックが、ゆっくりと両腕を広げる。
「……仕上げに入る」
ガレトクローネの全身へ張り巡らされていた操糸が、一斉に張り詰めた。
次の瞬間。
機体が、分解した。
◇
「《BEAT UP ENTREMETS》」
アスロックが呟いた。
それは、完成した菓子へ最後の飾りを施す職人のような声音だった。
分解されたガレトクローネの各部が、空中へ散開する。
頭部。
両腕。
円盤状の兵装。
炉を収めた中核。
それぞれが操糸によって吊り上げられ、異なる位置へ配置されていく。
もはや一体の機械ではない。
巨大な兵器を構成していた部品の一つ一つが、独立した凶器へ変わっていた。
そのすべてが、アキュラを囲んでいる。
「……!」
最初に動いたのは頭部だった。
眼部へ光が集中する。
レーザー。
アキュラは横へ跳んだ。
光線が頬のすぐ横を通過する。
回避成功。
しかし、着地した直後、レーザーによって焼かれた床面が爆ぜた。
「――ッ!」
爆風が足元を奪う。
咄嗟にブリッツを噴かし、身体を浮かせる。
その頭上へ、二本の巨大な刃が迫った。
一撃目。
斜め下へ回避。
二撃目。
その進路を追ってくる。
アキュラは空中で急制動した。
身体が真下へ落ちる。
二本目の刃が頭上を通過した。
だが、落下先には既に別の兵装が配置されていた。
回転するチャクラム。
「チィッ……!」
再び推進。
壁面へ向けて加速する。
だが、その壁は先ほどアスロックが角度を変えた鉄板だった。
反射すれば、再び敵の計算どおりに飛ばされる。
アキュラは接触を諦め、寸前で推進方向を変えた。
その僅かな遅れが、命取りとなった。
ガレトクローネの両拳が、上方から振り下ろされる。
左右。
時間差。
さらに、床を砕く衝撃波。
回避経路が消えていく。
敵の攻撃が速すぎるのではない。
逃げた先に、次の攻撃が待っている。
ひとつ避ければ、そのために取った動作が次の攻撃を呼び込む。
まるで、選択肢の一つ一つがあらかじめ焼き型へ流し込まれ、どれを選んでも同じ結末へ辿り着くように仕組まれていた。
「アキュラくん! 右、駄目! 下も塞がれてる!」
「……分かっている!」
アキュラは左へ跳んだ。
だが、その方向へ巨大な拳が迫った。
ブリッツを噴かす。
間に合わない。
「――がッ!」
拳の外縁が脇腹を掠め、身体が横へ弾き飛ばされた。
壁へ激突する寸前、咄嗟に推進を噴かして衝撃を殺す。
だが、それだけだった。
回避する余力を取り戻す前に、頭上で再び金属音が響いた。
見上げる。
分解されていた部品が、既に再合体を始めていた。
巨大な影が、アキュラの頭上を覆う。
落下。
数十トンの質量が、ひとつの塊となって迫る。
アキュラは咄嗟に横へ身体を投げた。
直後。
轟音。
ガレトクローネの巨体が床へ激突した。
衝撃波がアキュラの身体を跳ね上げた。
「ぐあッ!!」
床を転がる。
一度。
二度。
身体が止まった時、アキュラはすぐに立ち上がれなかった。
腕に力を込める。
膝が震える。
肩が痛む。
脚部の推進系は警告を発し、装甲の内側では衝撃を受けた箇所が鈍く熱を持っていた。
「……く、そ……!」
口の中に鉄の味が広がる。
呼吸するたび、脇腹が痛んだ。
それでも、銃だけは手放さなかった。
アスロックが、静かに見下ろしている。
「……終わりだな」
ガレトクローネの腕が持ち上がった。
「旧人類(オールドマン)……。貴様の兵装も、その程度だったということだ」
アキュラは答えなかった。
RoRoが傍らへ飛んでくる。
「アキュラくん! もう一回、あの攻撃が来たら……!」
「……ロロ」
「何!?」
「さっきの軌道を再生しろ」
「えっ?」
「分解した部品の移動経路だ。再合体する瞬間まで、すべて重ねろ」
RoRoは一瞬だけ黙った。
だが、すぐに演算を開始する。
「……分かった!」
視界へ、複数の軌跡が表示された。
頭部。
両腕。
円盤。
炉。
すべてが複雑な経路を描いている。
しかし。
何度か記録を重ねたところで、アキュラはひとつの共通点を見つけた。
部品が移動する時、必ず別の部品が僅かに逆方向へ動いている。
重い装甲を振り回す時は、反対側の部品を移動させることで姿勢を保っている。
操糸は無限の力を持つわけではない。
機械の重量を消すわけでもない。
アスロックは、その重量を支えるために、複数の糸へ荷重を分散させている。
つまり。
どれか一つを動かせば、別の一つを動かさなければならない。
アキュラは、最初の重機との戦闘を思い出した。
ショベルカー。
切断した操糸。
落下したコンテナ。
あの時は、自分が糸を断ったことで、重量物の運動が始まった。
ならば。
今度は、糸を断つ必要すらない。
「……そういうことか」
アキュラはゆっくりと立ち上がった。
脇腹の痛みは消えていない。
脚部の警告もそのままだ。
だが、目の前の機械を見る視線だけが変わっていた。
これまで、彼はガレトクローネを壊そうとしていた。
操糸を断ち、関節を砕き、炉を停止させる。
しかし、それでは終わらない。
アスロックが機体を再構築してしまうからだ。
それなら。
再構築すること自体を利用すればいい。
「……アキュラくん?」
RoRoが呼びかける。
「何か分かったの?」
「……ああ」
アキュラは短く答えた。
「次で仕留める」
「えっ!? ちょっと、どうやって!?」
「軌道を記録しておけ。こちらが指定した瞬間に、角度を知らせろ」
「……もう! 説明くらいしてよ!」
「戦闘中だ」
「それ、さっきも聞いた!」
RoRoは文句を言いながらも、演算を続けた。
アキュラは銃を構え直す。
アスロックが、僅かに眉を寄せた。
「……まだ立つか」
「当然だ」
アキュラは低く答える。
「貴様の手品は、もう見飽きた」
「……フン」
アスロックの指が動く。
ガレトクローネが、再び拳を持ち上げた。
その巨体へ向けて、アキュラは正面から踏み込んだ。
◇
最初の突撃は、あまりにも単純だった。
ブリッツダッシュ。
真正面。
ガレトクローネの胸部へ向かって一直線に加速する。
アスロックは即座に反応した。
「……同じことを」
巨大な腕が、アキュラの進路へ割り込む。
当然の迎撃。
しかし、アキュラは止まらなかった。
むしろ、自分から腕へ突っ込んだ。
接触。
反射。
身体が上方へ跳ねる。
ブリッツが回復した。
そのまま、腕の上側へ回り込む。
アスロックは操糸を引いた。
頭上から装甲板。
逃走経路を塞ぐ配置。
アキュラは、今度はその装甲板へ向かって加速した。
接触。
反射。
機体の背後へ。
さらに別の部品へ接触し、もう一度方向を変える。
白い閃光が、ガレトクローネの周囲を縫うように走った。
アスロックは、その機動へ確実に対応していた。
腕を動かす。
肩を回す。
背部装甲を引き寄せる。
アキュラの進路へ、次々と鉄塊を配置していく。
だが。
その度に、ガレトクローネの各部は本来の位置から僅かずつ離れていった。
右腕。
左肩。
背部装甲。
それぞれを動かすために、操糸の張力が変更されている。
アキュラは、それを見ていた。
逃げているのではない。
誘導していた。
「……ロロ。角度は」
「あと少し! 三度……二度……!」
アスロックが、アキュラの正面へ装甲板を移動させる。
炉を守るための防御。
先ほどまでと同じように《HYDRO ZAPPER》で冷却されることを警戒しているのだろう。
アキュラは銃を構えた。
アスロックは即座に、炉の前へ装甲を集中させた。
狙いどおり。
「……そこだ」
アキュラが引き金を引いた。
《HYDRO ZAPPER》。
だが、水流が向かったのは炉ではなかった。
再合体のために引き戻されていた、大型の肩部装甲。
高圧水流が直撃した。
装甲が横へ押し出される。
「……ッ!」
アスロックが反応する。
操糸を引き、装甲の位置を戻そうとした。
当然の判断だった。
しかし。
それこそが、アキュラの狙いだった。
「――今だ!」
RoRoが叫ぶ。
張力の変更。
別の部品へ移動する荷重。
それによって、ガレトクローネの右腕が僅かに内側へ動く。
その進路には、先ほど引き戻した背部装甲があった。
衝突。
金属音。
装甲同士がぶつかり、反対側の操糸へ急激な負荷が掛かる。
アスロックが顔を上げた。
「……何!?」
即座に糸を引き直す。
だが、その操作によって別の部品が動く。
既に移動していた鉄塊と接触する。
さらに姿勢が崩れた。
ガレトクローネの巨体が、大きく傾く。
アスロックは理解した。
この男は、ただ機体を押したのではない。
自分が機体を立て直そうとすることを前提に、押す場所を選んだのだ。
「……貴様ッ!」
操糸が一斉に張られる。
崩れた部品を押さえ込む。
機体は停止しない。
そこまで含めて、アスロックの制御技術は確かなものだった。
しかし、今度ばかりは姿勢を保つために操糸の大半を使わなければならない。
アキュラを迎撃するための余裕が、僅かに失われた。
たった、それだけ。
だが、アキュラにとっては十分だった。
彼は地面を蹴った。
ブリッツダッシュ。
ガレトクローネの腕へ接触。
反射。
さらに上方へ。
アスロックが防御用の装甲を背後へ移動させる。
アキュラの進路を塞ぐ。
これも当然の判断。
しかし。
「……甘い」
アキュラは空中で急制動した。
推進力が消える。
慣性を失った身体が、その場から真下へ落ちる。
アスロックの迎撃が、頭上を通過した。
「……なっ!?」
アキュラは落下しながら身体を反転させた。
ブリッツダッシュの終了直後。
ごく僅かな時間だけ残された、ロックオンの判定。
その瞬間を、逃さない。
振り向きざまの捕捉。
照準が、アスロック本人を捉えた。
「――捉えたぞッ!」
銃撃。
誘導弾が、崩れたガレトクローネの隙間を抜ける。
アスロックは操糸を動かしたが、間に合わなかった。
「ぐあッ……!」
命中。
アスロックの身体が後方へ弾かれ、上層の足場へ叩きつけられた。
同時に、ガレトクローネの制御が途切れる。
支えを失った部品群が、一斉に床へ崩れ落ちた。
轟音。
金属の雨が、処理区画へ降り注ぐ。
アキュラは残ったブリッツで落下物の間を抜け、どうにか着地した。
膝が震えた。
肩が痛む。
呼吸も荒い。
それでも。
今度こそ、ガレトクローネは動かなかった。
アキュラは息を整えながら、倒れた機体を見下ろした。
最初の重機との戦闘。
あの時、アスロックは操糸を切られた後の重力と慣性を利用し、アキュラを罠へ嵌めた。
そして今。
アキュラは、アスロックが操糸を張り直した時に発生する荷重の移動を利用し、機体そのものを崩壊させた。
能力を打ち破ったのではない。
能力を使う相手の判断を読んだのだ。
その違いこそが、勝敗を分けた。
アキュラはゆっくりと顔を上げる。
「……終わりだ」
アスロックは膝をついたまま、こちらを見ていた。
「……クッ」
口元へ手を当てる。
「……侮りすぎたか」
「ミラーピースを渡せ」
「……断る」
「ならば、奪うまでだ」
アキュラが一歩進む。
アスロックは、僅かに笑った。
「……見事だ。旧人類(オールドマン)」
「何?」
「オレの糸を……切らずに利用するとはな」
アキュラは答えない。
今の戦術に、特別な新技など必要なかった。
重量。
張力。
慣性。
そして、敵が何を守ろうとするか。
そのすべてを計算しただけだ。
アスロックも理解しているらしい。
「……貴様は、確かに機械を知っている」
「当然だ」
「……ならば」
アスロックの指が、ゆっくりと動いた。
「これも……分かるか?」
床下から、低い振動が伝わった。
アキュラの視線が動く。
アスロックから伸びた一本の太い操糸。
それはガレトクローネではなく、処理区画のさらに奥へ続いていた。
「……何をする気だ」
「ガレトクローネだけで……貴様を焼き上げられると思ったのが甘かった」
アスロックは、残った操糸を機体の中核へ絡めた。
「……奥の手を使わせてもらう」
糸が引かれる。
崩れたガレトクローネの中核が浮き上がり、そのまま上層通路へ向けて引き寄せられた。
「待て!」
アキュラが銃を撃つ。
しかし、廃材が間へ割り込み、弾丸を受け止めた。
その一瞬で、アスロックは奥の区画へ消えた。
アキュラは即座に追跡を開始する。
傷ついた脚部が悲鳴を上げた。
それでも止まらない。
「アキュラくん、待って! 装備がかなり傷んでるよ! せめて、制御系の補正が終わるまで――」
「構うな!」
「でも、奥からすごい反応が出てる! これ……ガレトクローネよりずっと大きい!」
「……何?」
RoRoが警告を重ねる。
熱量。
質量反応。
複数の機械駆動音。
どれも、先ほどまでの戦闘規模を大きく上回っていた。
アキュラは最上部の隔壁を蹴り開けた。
その先にあったのは、巨大な格納区画だった。
そして。
「……何だ、これは」
思わず足が止まった。
巨大だった。
ガレトクローネとは、比較にならない。
廃棄された重機。
運搬用の鉄骨。
破砕機の外装。
焼却炉の補強材。
何十、何百もの機械部品が組み合わされ、巨大な人型を形成していた。
だが、アキュラが息を呑んだのは、その大きさではない。
構造だった。
廃材の接続位置。
荷重を受ける関節。
中央部を支える補強材。
各部には、明確な設計意図がある。
適当に鉄屑を積み上げたものではない。
ここで、長い時間をかけて組み立てられた兵器だった。
アキュラは、夢の島へ来てから見てきたものを思い出した。
用途ごとに選別された廃材。
不自然な位置へ動かされていた重機。
補強された搬送路。
大型のコンテナ。
施設の各所へ張り巡らされた操糸。
あれらは、単なる迎撃用の仕掛けではなかった。
建造。
運搬。
部品の加工。
巨大な機械を維持するための準備。
そのすべてが、ここへ繋がっていた。
「……馬鹿な」
アキュラの口から、思わず言葉が漏れた。
ガレトクローネを、あれほど苦労して攻略した。
そして今、その機体は巨大兵器の中央部へ収められようとしている。
損傷した機構が、そのまま中核となる。
周囲の外殻が、それを補う。
アキュラは理解してしまった。
ガレトクローネの脆弱な部分を、巨大な外装が守る。
重い部品の移動を操糸が担うことで、本来なら成立しない規模の駆動機構を動かす。
それは、単なる能力の暴力ではない。
能力という条件を前提として、全体を設計した兵器。
アスロック自身の知識と経験がなければ、成立しないものだった。
その事実が。
何よりも、アキュラの癇に障った。
「……こんなものが」
銃を握る手へ力が入る。
「兵器開発なものか……!」
巨大な機体の内側から、アスロックの声が響いた。
「……グラントルタ」
太い操糸が全身へ繋がる。
「スクラップを束ね、縫い合わせた……ガレトクローネの強化外装だ」
中央部の炉が点火した。
それに合わせて、機体の眼部へ光が灯る。
「……もう少し寝かせるつもりだったが、仕方あるまい」
巨大な腕が持ち上がった。
「貴様を相手に……試させてもらおう」
アキュラは身構えた。
次の瞬間。
腕が、視界から消えた。
「――ッ!?」
速い。
巨体に見合わない速度。
アキュラは反射的にブリッツを起動し、横へ跳んだ。
直後、さっきまで立っていた床が消し飛んだ。
巨大な拳が地面へ激突し、処理区画の床板がまとめて陥没する。
衝撃が空気を伝わり、避けたはずのアキュラの身体を吹き飛ばした。
「ぐあッ!」
壁へ激突。
衝撃を殺しきれず、床へ落ちる。
アキュラは咄嗟に片手をついたが、傷ついた脚が思うように動かなかった。
視界の端に、推進系の警告が並ぶ。
RoRoが叫んだ。
「アキュラくん!!」
返事をする余裕はなかった。
巨大な影が、再び持ち上がる。
アスロックの声が響いた。
「……さて」
低く。
静かに。
「第二の調理を始めようか……旧人類(オールドマン)」
巨体の背後で、幾本もの操糸が張り詰めた。
アキュラは歯を食いしばり、立ち上がる。
肩が痛む。
脚も重い。
ブリッツの残量も心許ない。
にもかかわらず、目の前の敵は先ほどまでとは比較にならない質量を備えている。
そして、アキュラは知っている。
あの巨体を動かしている男が、ただ力任せに攻撃してくるような相手ではないことを。
それだけは、もう嫌というほど理解していた。
「……貴様のような輩が」
アキュラは銃を構え直した。
白銀の装甲には無数の傷が走り、損傷した推進系は悲鳴を上げている。
だが、その目は死んでいなかった。
「……叡智ある科学を、騙るなッ!」
グラントルタの巨腕が動く。
アキュラの脚部で、残った推進機構が唸りを上げた。
白い閃光。
鋼鉄の巨拳。
二つの軌道が交差した瞬間、廃棄処理施設そのものが、悲鳴を上げるように震えた。
「……まだ終わりじゃない」
「ガレトクローネを崩した程度で、勝ったつもりか……旧人類(オールドマン)」
「ここは夢の島」
「捨てられた鉄屑なら、いくらでもある」
「選別して、削って、組み上げた」
「時間をかけて……じっくりとな」
「グラントルタ」
「ガレトクローネとオレを包む、最後のひと皿だ」
「さて……アキュラ」
「貴様は能力者を討つと言った」
「危険だから」
「人類のため」
「父親の使命」
「……ずいぶん、材料の多いルセットだな」
「だが――」
「全部焼き上げたあと、最後に皿へ残るのは何だ?」
「能力者だから討つ」
「……本当に、それだけか?」
「フン……まあいい」
「答えなど聞く気はない」
「オレはオレの調理をする」
「貴様はそこで、自分の指が動くか確かめていろ」
『隣人GV 爪』
次回――
第九話「人形・後編」
「さあ……仕上げだ」
「旧人類(オールドマン)の科学とやらも、まとめて焼き上げてやる」
「……次回も、グッドラック」