『隣人GV ―もしもスパイディの影響を受けたGVなら―』 作:幸田市
自動運転の資材運搬列車が、ゆっくりと速度を落としていく。
先ほどまで耳を叩いていた車輪の轟音が低くなり、代わりに聞こえてきたのは、巨大な機械が絶え間なく稼働する重い振動音だった。
GV(ガンヴォルト)は停止した試作第十世代型戦車(ジェネレーションテン)――スパイダーの横を通り過ぎながら、列車の先へ目を向ける。
巨大な建造物が、夜空を赤く染めながらそびえていた。
皇神(スメラギ)の化学工場。
外壁を這うように無数の配管が走り、ところどころから白い蒸気が噴き上がっている。奥には巨大な煙突が何本も立ち並び、その向こうでは炎の明かりが絶えず揺れていた。
「……見るからに暑そう」
『感想はそれだけか?』
「今の僕にはかなり重要だよ。帰ったらシャワー確定だなって」
『任務を終えてから考えろ』
「分かってるよ」
GVは列車から飛び降りる。
靴底が工場の床へ触れた途端、むっとした熱気が全身を包んだ。
「うわ」
思わず声が漏れる。
『どうした』
「想像の二割増しくらいで暑い」
『この施設では搬入した燃料を大量に処理している。内部はさらに高温になるはずだ』
「聞きたくなかったなあ、その情報」
それでも足は止めない。
列車から続く搬入口を抜け、巨大なゲートの前へ立つ。
その中心には、皇神(スメラギ)の施設で何度も見てきた認証兼防衛装置――ゲートモノリスが鎮座していた。
GVは避雷針(ダート)を構え、数発撃ち込む。
「悪いけど、通らせてもらうよ」
雷撃鱗(ライゲキリン)が迸った。
青白い電光が避雷針(ダート)を伝い、モノリスの制御系へ流れ込む。防壁が明滅し、やがて沈黙した。
ゲートが重い音を立てて開く。
その向こうから、熱風が吹きつけた。
「……外が涼しかった気がしてきた」
『まだ入口だぞ』
「励まし方が下手だなあ」
工場へ足を踏み入れる。
中は、外から見た以上に巨大だった。
天井まで届くほどの配管群。
何層にも重なった作業用通路。
赤く輝く溶鉱炉。
あちらこちらを走る運搬用コンベア。
そのすべてが、ひとつの巨大な生き物の内臓のように絶え間なく動き続けている。
GVが額の汗を拭った。
「ここで一日働いたら、飲み物何リットル必要なんだろ」
『普通の人間なら長時間の活動は危険な環境だ』
「じゃあ作業員は?」
『区画ごとに冷却設備と休憩エリアがあるはずだ』
「そうじゃなくて」
GVは足を止める。
「今、何人いる?」
通信の向こうで、短い沈黙。
『確認している』
「爆弾を置くなら、そこは知っておきたい」
『今回使用する爆薬は、動力炉の主要制御系を破壊するために調整してある。施設全体を吹き飛ばすものではない』
「でも燃料だらけなんでしょ?」
『二次被害の可能性はゼロではない』
「だよね」
GVは小さく息を吐いた。
「じゃあ設置前に避難警報を出せない?」
『早すぎれば、皇神側に爆弾を解除される』
「難しいなあ」
『設置を確認後、こちらから施設システムへ干渉する。可能なら緊急避難警報を発報する』
「可能なら?」
『皇神のセキュリティがこちらのアクセスを許してくれれば、だ』
「絶対許してくれないやつだ」
『その場合は、お前が現地でどうにかしろ』
「急に雑!」
『適材適所だ』
「便利な言葉だなあ、それ」
文句を言いながらも、GVの表情は少しだけ和らいだ。
アシモフが最初から作業員の存在を無視しているわけではない。それが分かっただけでも十分だった。
前方から機械音が響く。
GVはすぐに身を低くした。
巡回警備の機械兵が角を曲がってくる。
「侵入者確認!」
「あ、見つかった」
『排除しろ』
「もうちょっと穏便な指示にできない?」
『では無力化しろ』
「そうそう、それ」
飛んできた銃撃を横へ滑って避ける。
避雷針(ダート)を二発。
機械兵の武装部分へ命中。
「悪いね」
雷撃鱗(ライゲキリン)。
蒼雷が武装制御回路だけを焼き、銃口が力なく下がる。
「ちょっとそこで休んでて」
『機械相手にもその調子なのか』
「壊さなくて済むならその方がいいでしょ。修理代も安くなるし」
『敵の経費まで気にする必要はない』
「資源は大事」
『お前は時々、どこを目指しているのか分からなくなるな』
「親愛なる――」
『長くなりそうだからいい』
「まだ何も言ってない!」
その直後、床の奥で警告灯が赤く点滅した。
「嫌な光り方」
次の瞬間、前方の床から高温の蒸気が勢いよく噴き上がる。
「うわっ!」
GVは咄嗟に跳んだ。
白い噴流が靴のすぐ下を掠める。
『高温スチームだ。接触は避けろ』
「それ今見れば分かるよ!」
着地する。
しかし今度は横の配管から蒸気。
GVは身体を捻って回避する。
前。
横。
斜め上。
一定の周期で、工場内の各所から高熱のスチームが噴き出している。
「これ普通に働く人も通る場所だよね?」
『停止時間を把握して通行する前提なのだろう』
「工場って大変だなあ……」
蒸気が途切れる瞬間を見極めて走る。
その先で、今度は足元が赤く輝いた。
巨大な溶鉱炉。
金網の向こうで、溶けた金属がゆっくりと流れている。
「これは絶対落ちちゃダメなやつ」
『ダッシュジャンプで越えられる』
「言われなくてもそうする!」
助走。
GVは床を蹴る。
蒼雷をまとった身体が大きく宙へ飛び出し、熱気を切り裂く。
向こう岸へ着地。
「よし」
顔を上げる。
その先にも溶鉱炉。
「……また?」
『まただな』
「工場だから仕方ないんだけどさ」
今度は手前のコンテナへ飛び乗り、そこからさらに大きく跳ぶ。
空中で雷撃鱗(ライゲキリン)を短く展開し、滞空時間を伸ばす。
無事に向こう側へ降りると、GVは胸を撫で下ろした。
「帰ったら肉」
『急だな』
「忘れないように確認」
ポケットから小さなメモを取り出す。
そこには大きく一文字。
『肉』
「シアンが選んだからね」
『……そうか』
「最近、ちゃんと食べたいもの言ってくれるようになったんだ」
GVの声には、自分でも気づかないほど柔らかな響きが混じっていた。
『いい変化だな』
「でしょ?」
ほんの短いやり取り。
けれど、そのあとアシモフが何も言わなかったことに、GVは少しだけ気づいていた。
フェザーを離れてからも、こうして話している。
以前のような上司と部下ではない。
それでも完全な他人になったわけでもない。
その曖昧な距離が、今の二人にはちょうど良かった。
突然、警報音が響く。
「ん?」
『セキュリティシステムだ』
前方の隔壁が閉鎖される。
同時に、GVの足元にあった床が動き始めた。
「ベルトコンベア!?」
進行方向とは逆へ流される。
さらに天井から複数の自動砲台が降下した。
「侵入者排除!」
「工場設備の使い方として間違ってない!?」
銃撃。
GVはベルトの流れに逆らって走る。
避雷針(ダート)を一発。
右の砲台。
二発目。
左。
雷撃鱗(ライゲキリン)を一瞬だけ展開し、二基の武装を同時に停止させる。
しかし奥からさらに機械兵。
「追加!?」
『各個に対処しろ』
「アシモフは簡単に言うなあ!」
走る。
撃つ。
避ける。
足元は絶えず後ろへ流され続けている。
GVは機械兵の胴体ではなく、脚部と武装へ避雷針(ダート)を撃ち込み、一体ずつ動きを止めていく。
最後の一体を沈黙させると同時に、警報灯が消えた。
コンベアが止まる。
「……ふう」
『グッジョブ』
「もうちょっと早く褒めてもいいんだよ?」
『まだ半分も進んでいない』
「褒めるタイミング厳しいなあ」
先へ進む。
やがて通路が途切れ、巨大な縦穴へ出た。
遥か下には赤い炉。
左右の壁から一定間隔で蒸気が吹き出している。
「これ降りるの?」
『そうなるな』
「階段は?」
『見当たらない』
「エレベーター」
『見当たらない』
「皇神のバリアフリー意識どうなってるの?」
『侵入者向けの経路ではない』
「それはそう」
GVは縁から飛び降りる。
直後、雷撃鱗(ライゲキリン)を弱く展開。
電磁力を制御しながら落下速度を緩める。
横から噴き出す蒸気。
身体を傾けて回避。
次。
その次。
「こういう時、自分の能力ちょっと便利だなって思う」
『今さらか』
「便利と人生が楽は別だからね」
無事に足場へ着地した、その時だった。
「侵入者!」
声。
GVが顔を上げる。
黒装束の兵士が、高所から飛び降りてきた。
手には刀。
「ここから先へは通さん!」
「……ニンジャ?」
『シノビか』
「そこ食いつくんだ」
刀が振るわれる。
GVは後ろへ下がる。
「ちょっと待って! 化学工場にニンジャってどういう配属なの!?」
「問答無用!」
「仕事内容が気になって!」
「黙れ!」
斬撃。
GVは避けながら避雷針(ダート)を刀へ撃ち込む。
雷撃。
武器を握る力が緩み、刀が床へ落ちた。
「はい、ストップ」
続けて脚元の装備へ電流を流し、動きを鈍らせる。
「くっ……!」
「大丈夫。ちょっと痺れるだけだから」
『それを攻撃した本人が言うのか』
「安心させてるんだよ」
奥から、もう一人。
今度は独特な装束。
「皇神(スメラギ)の前身は――」
「アシモフ」
『何だ』
「今から陰陽師とニンジャの歴史講義始めようとしてない?」
『……』
「任務中だからね?」
『先を急げ』
「危なかった」
GVは走り出した。
『何がだ』
「長い話が始まるところだった」
『お前にだけは言われたくない』
「それは否定できないなあ」
その先に、巨大な移動足場があった。
床から僅かに浮遊している円形の装置。
「これ使えるのかな」
『プラズマリフターだ。作業用の移動足場だろう』
「どうやって動かすの?」
『雷撃を流してみろ』
「僕専用みたいな操作方法だな……」
GVが雷撃鱗(ライゲキリン)を流す。
リフターが反応した。
「お」
出力を上げる。
速度も上がる。
「これ面白い」
『遊ぶな』
「こう?」
少し強く電撃。
リフターが一気に加速する。
「速っ!?」
『遊ぶなと言っただろう!』
「今ので仕様が分かった!」
『物は言いようだな』
リフターを操作しながら、巨大な炉の上を渡る。
途中、警備兵が射撃してくる。
「止まれ!」
「止まったら僕、下に落ちるんだけど!」
避雷針(ダート)。
敵の銃へ命中。
GVはリフターを加速させながら雷撃を流し、武装だけを停止させる。
別の兵士が飛び乗ってきた。
「うわ、乗ってきた!」
「侵入者!」
「これ定員何人!?」
「知るか!」
「僕も知らない!」
殴りかかってきた腕をかわす。
GVは相手の胸元を掴み――そのまま突き落としかけて、止まった。
下は炉。
「……これはダメ」
「なっ?」
身体を捻り、逆に兵士をリフター中央へ投げ戻す。
「何を――」
「落ちたら洒落にならないから!」
避雷針(ダート)を装備へ撃つ。
最低限の電流。
兵士がその場へ座り込んだ。
「ちょっとここで待ってて!」
「待てと言われて待つ侵入者が――いや、侵入者はお前だ!」
「ややこしいな!」
向こう岸へ到着。
GVはリフターから飛び降りた。
『お前は敵を助けながら戦うせいで、余計な手間が増えているな』
「知ってる」
『それでもやるのか』
「うん」
迷いのない返事だった。
「落とした方が早いから落とす、で慣れたくないんだ」
アシモフは答えなかった。
GVも、それ以上は言わなかった。
先へ進む。
さらに熱気が増していく。
『近いぞ』
「動力炉?」
『ああ。その先が施設の中枢だ』
GVは腰に固定した小型爆弾へ触れる。
「避難状況は?」
『こちらから確認できる範囲では、警報の影響で一部の作業員が移動を始めている。ただし全員ではない』
「やっぱり残ってるか」
『爆弾設置後、制御室へアクセスできれば避難警報を強制発報できる』
「それまで起爆しないでよ」
『当然だ』
「絶対だよ?」
『私はそこまで信用がないのか』
「信用してるから確認してる」
『……お前は本当に』
「何?」
『いや』
アシモフの声が僅かに柔らかくなる。
『最後まで気を抜くな、GV』
「アシモフも意外と心配性だね」
『プロフェッショナルは常に警戒を怠らないものだ』
「はいはい」
メイン動力炉へ続く最後の隔壁が開く。
その瞬間だった。
炎。
「っ!」
GVは反射的に後方へ跳んだ。
直前まで立っていた場所を、炎をまとった脚が凄まじい速度で横切っていく。
火花を散らしながら男が急停止した。
「……危ないなあ」
GVは着地し、銃を構える。
「初対面の挨拶としては、ちょっと熱烈すぎない?」
男の周囲で爆炎が立ち上がった。
「やっと会えたぜェ……ガンヴォルト!」
爆炎(エクスプロージョン)の第七波動(セブンス)を操る能力者。
かつてカラーギャングのリーダーとして名を馳せ、今は皇神(スメラギ)の化学工場地帯を守る男。
怒れる爆炎(バーントラース)――デイトナ。
「テメェがここに来たって聞いてよォ! 仕事ほっぽってカッ飛んできてやったぜ!」
「仕事はちゃんとした方がいいと思うよ?」
「テメェが言うなァ!」
「僕は今ちゃんと仕事中だけど」
「そういう話じゃねェ!」
デイトナの足元で爆炎(エクスプロージョン)が弾ける。
身体そのものを砲弾へ変えたような加速。
「速っ!」
GVは跳躍する。
炎をまとったスライディングが足元を通り過ぎた。
ところがデイトナはそのまま向きを変える。
「二回来るの!?」
「甘ェ!」
雷撃鱗(ライゲキリン)。
一瞬だけ電磁力を噴かせ、GVは空中に留まる。
二撃目が靴底を掠めた。
「初見殺しにも程があるでしょ!」
「殺す気でやってンだから当然だ!」
「そこ堂々と言わないでよ!」
デイトナは立ち上がる。
今度はすぐに攻めてこなかった。
「テメェだな」
「何が?」
「シアンちゃんを皇神(スメラギ)から連れてった野郎は!」
GVの表情が変わる。
「……シアンを知ってるの?」
「知ってるに決まってンだろォが! オレはモルフォの歌に惚れ込んで皇神(スメラギ)に来たんだぜ!」
「なるほど。熱烈なファンなんだ」
「ファンなんて軽い言葉で片付けンな!」
「じゃあ、すごく熱烈なファン」
「変わってねェ!」
デイトナの手の中に、圧縮された炎が生まれる。
「テメェ、自分がいいことしたとでも思ってンだろ?」
「……どうだろうね」
「ハン!」
デイトナが鼻で笑う。
「テメェだって能力者なら知ってンだろ! オレらみてェな連中を、外の世界がどんな目で見るか!」
GVは何も言わない。
「皇神(スメラギ)にいりゃ、少なくともシアンちゃんは守られてた! 食うにも困らねェ! 寝る場所もある! 外で能力者だってバレて追い回されることもねェ!」
三つの炎球が浮かぶ。
「ANGRY BOMB(アングリーボム)!」
爆炎が三方向から飛来する。
GVは雷撃鱗(ライゲキリン)を展開。
電磁場へ触れた炎弾が空中で炸裂した。
「自由だ何だって言って外へ連れ出すのが救いだってのはよォ――テメェの勝手な押し付けじゃねェのか!」
「……それは」
再び三発。
GVは一歩ずつ後退しながら処理していく。
「悔しいけど、言ってること自体は分かるよ」
「……あ?」
「安全だけ考えれば、皇神(スメラギ)やフェザーみたいな組織にいた方がいい」
デイトナの眉が動く。
「だったら!」
「でも、それはシアン本人にも話した」
GVは避雷針(ダート)の銃口を下げない。
「外に出れば危険がある。皇神(スメラギ)にも追われる。それでもシアンは、自分で外へ行きたいって言ったんだ」
「本人が望んだこと全部叶えてやりゃ、それで幸せなのかよ!」
「思ってない」
即答だった。
「間違うことだってある。僕も、シアンも」
「だったら――」
「でも、間違うかもしれないからって、最初から何も選ばせないのは違う」
デイトナが顔を歪める。
「危ないなら一緒に方法を考える。失敗したら次を考える。僕が間違ってたら、シアンにそう言ってもらう」
「甘ェんだよ」
「それ、最近ほんとによく言われる」
「テメェが守れなかったらどうすンだ!」
その問いには、GVも笑わなかった。
「……怖いよ」
「あ?」
「守れないかもしれないって考えるのは」
短い沈黙。
「僕の方が正しいなんて思ってない。安全だけなら、アシモフの案の方がたぶん正しかった」
『GV』
「でもさ」
GVは続ける。
「安全だからって、その人の人生まで代わりに決めていいことにはならないと思うんだ」
避雷針(ダート)。
デイトナが首を傾けてかわす。
「シアンを心配してるなら、なんで本人に聞かなかったの?」
「…………」
「皇神(スメラギ)がいいのか。外へ出たいのか。モルフォにどう歌ってほしいのか」
「…………」
「デイトナ?」
「うっせェ!」
「いや、そこかなり大事なところだよ?」
「本人が望むことだけが幸せとは限らねェんだよ!」
「だから、それも含めて本人と――」
「つーか何よりッ!」
デイトナが勢いよくGVを指差した。
何故だろう。
さっきまでとは別種の危険な予感がした。
「……何?」
「機械に繋がれたシアンちゃんはなッ サイコーに胸キュンなんだよッ!」
「…………」
工場内を、蒸気の噴出音だけが流れていく。
GVの銃口がゆっくり下がった。
「……ごめん」
「あァ!?」
「今までの話、かなり真面目に聞いてた僕の時間返してくれる?」
「何だとォ!?」
「君、途中まで結構いいこと言ってたよね!?」
GVが思わず声を上げる。
「能力者が外で暮らす難しさとか、安全と自由の話とか! 僕もちゃんと考えなきゃって思ってたのに!」
「胸キュンだって大事だろうが!」
「シアン本人の気持ちより優先するな!」
「テメェはオレの目の保養まで奪いやがったんだぞ!」
「さらに悪化した!?」
『……GV』
「アシモフ、聞いた?」
『聞かなかったことにしたい』
「僕も!」
「テメェら二人して何だその反応は!」
「前言撤回しようかな……」
「あァ!?」
「君の言ってたことには一理ある。でも君自身については、シアンにちゃんと警戒するよう伝える」
「テメェに言われたくねェ!」
「僕、機械に繋がれてる女の子見て喜ばないよ!?」
「分かってねェなァ!」
「分かりたくないよ!」
デイトナの全身から炎が噴き上がった。
「決めた! まずテメェをブッ飛ばす!」
「結局そこに戻るんだ!」
炎球。
GVは雷撃鱗(ライゲキリン)で受け止める。
爆発。
炎に一瞬視界を奪われた。
その向こうからデイトナ本人が飛び込んでくる。
右脚。
GVは腕を交差させて受け止める。
爆炎が弾け、身体が後ろへ押された。
「っ……!」
「どうしたァ!」
次の蹴り。
身体を捻る。
「君さ!」
足先が鼻先を掠める。
「能力なくても絶対喧嘩強かったでしょ!」
「今さら気づいたかァ!」
「それ褒めてないからね!」
荒々しい。
だが雑ではない。
相手の重心。
目線。
逃げる方向。
すべてを読んで次の攻撃へ繋げてくる。
爆炎(エクスプロージョン)だけではない。
デイトナ自身が、戦い慣れている。
「なるほど……元カラーギャングって伊達じゃないんだ」
「戦ってる最中に分析してンじゃねェ!」
「大事なんだよ、これが!」
GVは距離を取る。
デイトナは追わず、逆に壁へ走った。
「何を――」
足元が爆発。
その勢いで壁を駆け上がる。
「壁走ってる!?」
「UNICORN DROP(ユニコーンドロップ)!」
高所から炎弾。
一発。
二発。
三発。
着弾と同時に爆発し、逃げ道を塞いでいく。
GVは雷撃鱗(ライゲキリン)で一部を破り、その僅かな空間へ飛び込んだ。
「そこだァ!」
「!」
壁を蹴ったデイトナ本人が飛来する。
炎をまとった蹴り。
GVは身を沈める。
頭上を炎が通り過ぎた。
「危なっ!」
デイトナが着地。
そのまま再び壁へ。
「二度目なら!」
GVが雷撃鱗(ライゲキリン)を広げる。
先ほどと同じ炎弾。
そう判断した。
「誰が同じだっつった!」
「え?」
空中でデイトナが軌道を変える。
三つの小さな炎が生まれた。
「FEINT ASSAULT(フェイントアサルト)!」
火球が雷撃鱗(ライゲキリン)へ飛び込む。
消えない。
「抜けるの!?」
一発。
回避。
二発目。
身体を捻る。
三発目が肩を掠める。
「っ!」
『GV! 今の攻撃は通常の炸裂弾とは性質が違う!』
「それ先に知りたかった!」
『私も今知った』
「それなら仕方ない!」
「戦闘中に漫才してンじゃねェ!」
デイトナが上空へ飛ぶ。
炎が脚へ集中する。
「蹴り潰すッ!」
「まだあるの!?」
「VOLCANO AXE(ボルケーノアックス)!!」
踵が真上から振り下ろされた。
GVはダッシュ。
床へ叩き込まれた脚を中心に、炎が左右へ走る。
「着地した後まで危ないって!」
「逃げ回ってンじゃねェ!」
「当たったら痛いから逃げるよ!」
避雷針(ダート)。
一発。
蹴りで弾かれる。
二発。
デイトナが身体をずらす。
三発目。
肩へ。
「一つ」
「あァ?」
続けて胸元。
「二つ」
「何数えてやがる!」
デイトナが踏み込む。
GVはぎりぎりまで待つ。
蹴り。
直前で横へ。
三発目の避雷針(ダート)が脚へ刺さる。
「三つ」
「だから何だ!」
「ちょっと失礼」
雷撃鱗(ライゲキリン)。
三本の避雷針を経由し、蒼雷がデイトナへ集中した。
「ぐっ……!」
デイトナの身体が僅かに止まる。
だが。
GVは出力を上げない。
『GV?』
「……」
電撃を通しながら、相手を見る。
爆炎(エクスプロージョン)が雷へ抵抗する時の反応。
第七波動(セブンス)の流れ。
出力の増減。
能力発動時に生じる、独特の揺らぎ。
『何をしている』
「解析」
『戦闘中だぞ』
「だから今しかできない」
出力を落とす。
デイトナが大きく飛び退いた。
「テメェ……舐めやがって!」
「舐めてないよ」
GVの声から、さっきまでの軽さが少し消える。
「君の爆炎(エクスプロージョン)、かなり出力高いね」
「当然だ!」
「だから難しいんだよな……」
「何ブツブツ言ってやがる!」
GVは答えなかった。
以前から考えていた。
自分の力。
蒼き雷霆(アームドブルー)。
その圧倒的な電撃を、本気で人間へ向ければどうなるか。
分からないわけではない。
だからこそ、嫌だった。
力を抑える。
致命的な場所を狙わない。
相手が戦えなくなったところで止める。
それだけでも、多くの敵には通用する。
けれど強い能力者を相手にすれば、それでは足りない時が来る。
こちらも本気を出さなければ止められない相手。
そんな相手へ、本気の雷をそのままぶつければ。
だからGVは考えた。
威力を上げるのではなく。
向きを変える。
相手の肉体へではない。
第七波動(セブンス)そのものへ。
能力の発生と制御へ蒼雷を同期させ、強制的に出力を引き上げる。
限界をほんの少しだけ越えさせる。
能力そのものを、一時的にオーバーフローさせる。
言ってしまえば。
戦うための力を、しばらく使い切ってもらう。
問題は、相手によって第七波動(セブンス)の性質がまったく違うことだった。
だから戦いながら読む必要がある。
どう動くのか。
どこまで出せるのか。
どこからが危険なのか。
「あと少し……」
「何があと少しだァ!」
デイトナが吠える。
周囲の温度が、一気に上がった。
『GV!』
「うん」
笑みが消える。
「これは僕にも分かる」
デイトナの周囲に無数の炎球が生まれていく。
一つ。
二つ。
十。
数えることすら意味がなくなる。
空気が熱で揺らぐ。
「キレたぜ……!」
爆炎(エクスプロージョン)が限界まで高まる。
「SUNSHINE NOVA(サンシャインノヴァ)!!」
炎が世界を埋め尽くした。
「多っ!?」
最初の火球群。
GVは横へ走る。
速すぎてはいけない。
次の列へ飛び込む。
遅すぎてもいけない。
背後から追いつかれる。
「これ避ける速度まで指定されてない!?」
『集中しろ!』
「してる!」
炎が頬の横を通る。
大型の炸裂弾。
三方向。
GVは中央へ身体を滑り込ませる。
次。
二方向。
今度は動かない。
真横を爆炎が通過する。
さらに小型火球。
一歩。
一歩。
炎の波と同じ速度で歩く。
「すごいな……」
「あァ!?」
無数の炎の向こう。
デイトナが立っている。
「シアンの話になるとかなり残念だけど!」
「何だとォ!」
「能力者としては、ちょっと格好いい!」
「ちょっとは余計だァ!」
「ごめん、普通に格好いい!」
「戦いながら褒めンな!」
「でも胸キュン発言で全部帳消し!」
「テメェやっぱブッ飛ばす!」
最後の火球。
GVは身体を僅かに傾けて避けた。
熱風が過ぎる。
静寂。
GVは大きく息を吐いた。
「……よし」
「何がよしだ!」
「全部見えた」
「あァ?」
GVがデイトナを見る。
「今ので限界まで出したでしょ?」
SUNSHINE NOVA(サンシャインノヴァ)。
第七波動(セブンス)を極限まで活性化させた大技。
だからこそ。
爆炎(エクスプロージョン)の流れが、それまでで最も鮮明に見えた。
発生。
増幅。
制御。
限界。
そして。
止めるべき場所。
「今度は僕の番」
「ハッ!」
デイトナが笑う。
「来やがれ!」
避雷針(ダート)。
一発。
デイトナがかわす。
二発目。
蹴り落とされる。
三発目。
胸元へ。
「一つ!」
「またか!」
肩。
「二つ!」
「何度やったって同じだ!」
脚。
「三つ!」
デイトナの全身へ三本の避雷針(ダート)が刺さる。
「普通に雷を流すならね」
「あ?」
GVが右手を掲げる。
青白い光が集まり始めた。
雷撃鱗(ライゲキリン)とは違う。
周囲へ広げるのではない。
一点へ。
さらに一点へ。
圧倒的な密度で収束した蒼雷が、GVを中心に球状の軌跡を描く。
『GV……』
通信越しのアシモフが、初めて僅かに驚いた。
『その技は』
「調整したんだ」
アシモフにもまだ見せていない。
実戦で使うのは、これが初めてだった。
「相手を叩き潰すためじゃなくて」
デイトナを見る。
「戦いを終わらせるために」
「スカシやがって……!」
デイトナの脚へ爆炎(エクスプロージョン)が集中する。
「燃え上がれ! オレの爆炎(ほのお)!」
GVも息を吸った。
「……よし」
こういう時くらいは。
少し格好よく決めたい。
「迸れ! 蒼き雷霆(アームドブルー)よ!」
蒼雷が激しく瞬いた。
「天を裂く雷鳴となり、猛る爆炎(ほのお)へ――裁きの一撃を……」
止まる。
「…………」
「……あ?」
「いや」
「何だよ!」
「裁きは違うな」
「オイ!!」
デイトナの顔が引きつる。
「だって僕、君を裁けるほど偉くないし」
「必殺技の途中で何言ってンだテメェ!!」
「面倒くさいけど、シアンを心配してるのは本気みたいだし」
「そこでフォロー入れンなァ!!」
「じゃあ……」
「まだ考えンのかよ!」
GVは一瞬だけ考える。
「その熱すぎる頭、一回だけ冷ましてあげる!」
「雷で頭冷やすヤツがあるかァァァッ!!」
「そこは僕も今ちょっと思った!」
「もう黙って撃てェ!!」
「じゃあ遠慮なく!」
蒼雷が臨界へ達した。
「LIGHTNING SPHERE(ライトニングスフィア)!!」
雷球が解き放たれる。
デイトナも真正面から爆炎を叩きつけた。
炎と雷。
二つの光が激突する。
「オオオオオッ!」
デイトナがさらに爆炎(エクスプロージョン)を押し込む。
だが。
「な――」
蒼雷の動きが変わった。
爆炎を力で押し返さない。
避けるように。
絡みつくように。
炎そのものの中へ潜り込んでいく。
「何だ……こりゃ!」
「捕まえた!」
三本の避雷針(ダート)が共鳴する。
デイトナ自身。
そして爆炎(エクスプロージョン)。
二つを一本の回路として繋ぐ。
「何しやがった!」
「少しだけ――」
GVが出力を調整する。
「使い切ってもらうよ!」
蒼雷が爆炎(エクスプロージョン)の流れへ干渉する。
強すぎればいけない。
弱すぎても止まらない。
SUNSHINE NOVA(サンシャインノヴァ)で確認した限界。
そのほんの僅か先。
「ぐっ……!」
デイトナの炎が膨張する。
「オレの炎が……勝手に!」
「大丈夫!」
「どこがだァ!」
「たぶん!」
「たぶん!?」
「初実戦だから!」
「テメェふざけンなァァァッ!」
「計算はちゃんとしてるって!」
『今それを言って安心する人間はいないと思うぞ』
「アシモフまで!」
爆炎(エクスプロージョン)が一瞬、巨大に燃え上がる。
そして。
消えた。
「…………」
工場内に静寂が戻る。
デイトナが自分の手を見る。
「……は?」
拳を握る。
力を込める。
何も起こらない。
「オレの……爆炎(エクスプロージョン)が……」
「成功」
GVが胸を撫で下ろす。
「出ねェ!」
「壊してないよ」
「何しやがった!」
「第七波動(セブンス)を一時的にオーバーフローさせただけ」
「オーバーフロー……?」
「君が使える爆炎(エクスプロージョン)を、一気に限界まで使ってもらった」
デイトナの膝から力が抜ける。
その場に片膝をついた。
「しばらく休めば戻るよ。たぶん数時間くらい」
「……テメェ」
「何?」
「この技……」
デイトナが顔を上げる。
「最初からオレを殺すためのモンじゃねェのか」
GVは不思議そうに瞬いた。
「最初から殺す気なんてないよ」
「…………」
「戦えなくなってくれれば、それで十分でしょ?」
デイトナは何も言わない。
切り札。
必殺技。
普通なら、相手を力でねじ伏せるためのもの。
だが目の前の少年は。
その力まで作り変えた。
倒すためではない。
壊さないために。
殺さずに、戦いを終わらせるために。
『……なるほど』
アシモフの声。
『相手の第七波動そのものへ干渉するよう、LIGHTNING SPHERE(ライトニングスフィア)の出力特性を変えたのか』
「うん」
『いつの間に』
「フェザー辞めてから、暇な時に」
『家賃の心配をしていた割には余裕があるな』
「お金かからない趣味だから!」
「趣味で必殺技改造してンじゃねェ!」
デイトナが思わず突っ込んだ。
「ほら、元気じゃん」
「誰のせいだと思ってやがる!」
GVが笑う。
デイトナは苦々しく舌打ちした。
「……甘ェ」
「またそれ?」
「いつか、その甘さで痛い目見るぞ」
「アシモフにも言われた」
「じゃあ直せ!」
「でも気に入ってるんだよね」
GVは自分の手を見る。
残っていた蒼雷が、指先から小さく弾ける。
「僕っぽくて」
『……そうだな』
「え?」
『何でもない』
「今なんか言った?」
『任務中だぞ、GV』
「誤魔化した」
その時だった。
頭上から金属が軋む音。
「……ん?」
戦闘の余波で損傷した支持材が大きく傾いている。
GVが上を見る。
「まずい!」
巨大な部材が外れた。
落下する。
その真下。
第七波動(セブンス)を使い果たしてまともに動けないデイトナ。
「デイトナ!」
「は?」
GVは走った。
「ちょ、テメェ――!」
デイトナの身体を抱えるように押し出す。
二人で床を転がった直後。
巨大な支持材が轟音とともに落下した。
床が揺れる。
「……っ」
埃が舞う中、GVが身体を起こした。
「大丈夫?」
「……テメェ」
「ん?」
「何してンだ」
「助けた」
「見りゃ分かるわ!」
「じゃあ何で聞いたの?」
「オレはさっきまでテメェを本気でブッ飛ばそうとしてたんだぞ!」
「覚えてるよ」
「殺す気だった!」
「それはちょっと根に持ってる」
「だったら何で助けンだよ!」
GVは少し考えた。
けれど。
考える必要もなかった。
「そこにいたから」
「……は?」
「手が届いたし」
GVは立ち上がる。
デイトナへ手を差し出す。
「それ以外に理由いる?」
デイトナはその手を見る。
皇神(スメラギ)の現場で、何度か耳にした噂。
任務より市民を優先する。
敵兵が危険なら助ける。
倒れた相手へまで手を伸ばす。
お節介焼きのガンヴォルト。
「……マジで」
「何?」
「シアンちゃんだけじゃねェんだな」
「何が?」
「そのクソみてェなお節介だよ」
「クソは余計でしょ」
「褒めてねェ!」
「残念」
しばらく手を睨んでいたデイトナは、やがて大きく舌打ちする。
GVの手を掴んだ。
「勘違いすんなよ」
「何を?」
「シアンちゃんの件はまだ納得してねェ」
「うん」
GVはその手を引き、デイトナを立たせる。
「それでいいよ」
「……あ?」
「今度、本人に聞けばいい」
デイトナが黙った。
「皇神(スメラギ)に戻りたいのか。外で暮らしたいのか。今、困ってることはあるのか」
「…………」
「僕じゃなくて、本人に」
「……それで」
「ん?」
「オレのことはどう思ってるかも聞いていいか?」
「そこは自分で聞いて」
「何でだよ!」
「あと最初から胸キュンの話するのはやめた方がいい」
「何でだ!」
「嫌われたくないなら僕を信じて!」
「何でテメェが恋愛指南してンだよ!」
「いや僕も詳しくはないけど、そこだけは絶対分かる!」
『私もGVに同意する』
「アシモフまで!?」
「ほら二票」
「多数決じゃねェ!」
けれど。
先ほどまでとは違う。
デイトナの声から、明確な殺気は消えていた。
その時。
工場全体に警報音が鳴り響いた。
『GV』
アシモフの声が変わる。
『先ほどの戦闘で動力系統の一部が不安定になった。こちらから施設へアクセスできたぞ』
「避難警報は?」
『発報する』
直後、工場内のスピーカーから緊急放送が流れ始める。
作業員へ施設外への退避を促す音声。
「よし」
『だが、一部区画で避難経路が遮断されている』
「場所は?」
『東側作業区画。先ほどの戦闘による電力低下で防火シャッターが閉じている』
「人数は?」
『少なくとも十数名』
「行く」
『待て。爆弾の設置が先だ』
「でも――」
「チッ」
デイトナが舌打ちする。
「おい、ガンヴォルト」
「何?」
「爆弾はテメェにしか仕掛けられねェんだろ」
「まあ、そうだけど」
「東側はオレが行く」
「でも君、第七波動(セブンス)は――」
「能力なくても走るくらいできるわ!」
デイトナが自分の脚を叩く。
「ここはオレの管轄だ。避難経路くらい知ってる」
「……大丈夫?」
「誰に言ってやがる!」
デイトナが踵を返す。
「五分だ!」
「え?」
「五分で全員外へ叩き出してやる! それまで絶対起爆すンじゃねェぞ!」
GVは少し驚いて。
それから笑った。
「了解」
「あと!」
「何?」
「勝ったみてェな顔してンじゃねェ!」
「僕、勝ったよね?」
「次はブッ飛ばす!」
「そこは話し合いから始めようよ」
「うるせェ!」
デイトナが走り去る。
GVはその背中を見送った。
「……やっぱり悪い人じゃないんだよなあ」
『十分危険人物だと思うぞ』
「シアンへの距離感はちょっと話し合い必要だけどね」
『ちょっとか?』
「かなり」
GVはメイン動力炉へ向き直った。
「じゃあ僕も仕事しないと」
隔壁を破壊し、中へ。
巨大な動力炉。
何本もの制御ケーブル。
その中心へ、小型爆弾を設置する。
『固定を確認』
「起爆猶予は?」
『避難完了までこちらで保持する』
「頼むよ」
『私を誰だと思っている』
「心配性の元上司」
『……報酬を減らすぞ』
「ごめんなさい」
即答だった。
『変わり身が早いな』
「生活かかってるからね!」
設置完了。
「デイトナは?」
『東区画の作業員が移動を開始している』
「ほんとに五分でやってる……」
『かなり乱暴な誘導だがな』
「想像できる」
遠くから、微かに声が聞こえた。
「テメェらさっさと走れェ! 燃える前に外出ろォ!」
「……うん。想像通り」
『だが効果はある』
「適材適所ってやつ?」
『そういうことだ』
GVも走る。
途中で足を止め、倒れていた皇神兵へ肩を貸す。
「歩ける?」
「お、お前……」
「話は後! 今は避難!」
「だが――」
「敵だから置いてく、とか僕できないんだよ」
兵士は一瞬だけ黙り。
「……噂通りだな」
「またその話?」
「お節介焼きの――」
「その名前は広めないで!」
兵士を別の作業員へ預ける。
さらに奥。
負傷者。
停止した扉。
GVが雷撃で制御盤を動かす。
「開いた! こっち!」
人が走る。
皇神の職員。
警備員。
能力者。
無能力者。
今は関係ない。
全員同じ出口へ向かっている。
GVは最後尾につく。
『残存反応、減少』
「あと?」
『三』
「場所」
『北側通路』
「行く!」
方向転換。
蒸気を避け。
止まったコンベアを飛び越え。
崩れた通路へ。
三人の作業員が取り残されていた。
「ガンヴォルト!?」
「説明はあと! そこの足場使って!」
「だが崩れていて――」
「僕が支える!」
GVが蒼雷を流す。
停止していたプラズマリフターが動き出した。
「乗って!」
三人が飛び乗る。
「君は!?」
「僕は自分で何とかする!」
リフターを送り出す。
熱風。
GVは反対側へ飛ぶ。
着地。
『全員、避難経路へ入った』
「本当に?」
『確認できる生体反応は、お前とデイトナだけだ』
「じゃあ帰ろう」
合流地点へ。
デイトナが壁にもたれて待っていた。
「遅ェ!」
「こっちも救助してたんだよ!」
「オレの方が先だった!」
「競争じゃないから!」
『二人とも、脱出しろ』
工場の警告灯が赤く点滅する。
GVとデイトナが走り出す。
「起爆まで?」
『十分な距離を確認してからだ』
「よかった」
「テメェ、そこ確認しねェで爆弾仕掛けてたのか!?」
「アシモフを信用してるから!」
『さっき信用がどうこう言っていなかったか?』
「細かいことはいいの!」
出口。
外気が見える。
「走れ!」
「テメェに言われなくても!」
二人が外へ飛び出す。
そのまま工場から距離を取る。
『十分だ』
「アシモフ!」
『起爆する』
数秒後。
背後で低い爆発音。
巨大な炎が上がるのではない。
工場の照明が一斉に瞬き。
一つ。
二つ。
そして順番に消えていった。
機械音が止まる。
巨大な施設が、ゆっくりと沈黙していく。
遠くの避難区域では、作業員たちがその様子を見上げている。
「……止まった」
『メイン動力炉の制御系破壊を確認。長期間の操業停止は避けられないだろう』
「人的被害は?」
『こちらで確認できる範囲ではゼロだ』
GVは大きく息を吐いた。
「よかった」
「……テメェ」
隣でデイトナが言う。
「何?」
「工場ぶっ壊しに来たヤツが、何でそこで一番ホッとしてンだよ」
「工場止めるのが仕事で、人を傷つけるのは仕事じゃないから」
「……やっぱ意味分かんねェ」
「よく言われる」
「そればっかだな、テメェ!」
デイトナが座り込む。
第七波動(セブンス)のオーバーフローによる疲労は、まだ残っているらしい。
「それで」
GVも隣にしゃがむ。
「何だよ」
「シアンのこと」
「……」
「僕の言ってることが絶対正しいとは思ってないよ」
デイトナが横目で見る。
「もしシアンが『やっぱり皇神(スメラギ)へ戻りたい』って言ったら?」
「……本人が本気でそう決めたなら、理由を聞く」
「止めねェのか」
「危ないと思えば止めるよ。でも最後まで僕が代わりに決めるつもりはない」
「怖くねェのか?」
「怖いってさっき言ったじゃん」
「……そうだったな」
「だから助けるんだよ」
「何を」
「自分で選んで、その結果を背負えるように」
GVは立ち上がる。
「全部一人で背負えって意味じゃなくてね」
「…………」
「誰かに助けてもらうのも、自分で選べることの一つだから」
デイトナは答えなかった。
しばらく沈黙してから、鼻を鳴らす。
「やっぱ甘ェ」
「もう聞き飽きたよ、それ」
「でも」
「ん?」
「今度会ったら、シアンちゃん本人に聞く」
GVが笑う。
「うん」
「機械に繋がれてた時と今、どっちが――」
「聞き方!」
「まだ言い終わってねェだろ!」
「その入り方絶対ダメ!」
「うるせェ!」
「まず普通に挨拶しよう!」
「何でテメェに指導されなきゃならねェ!」
「シアンに嫌われてもいいなら好きにして!」
「ぐっ……!」
デイトナが本気で悩み始めた。
「……普通に挨拶か」
「そこからだよ」
「何て言えばいい」
「こんにちは、とか」
「弱くねェか?」
「挨拶に強さ求めないで」
「『待たせたな、オレがデイトナだ』は?」
「待ってないと思う」
「テメェほんとムカつくな!」
「本人に聞けって言ったの君でしょ!」
「言ったのテメェだ!」
「あ、そうだった」
「ブッ飛ばすぞ!」
「第七波動(セブンス)戻ってからにして」
「覚えてろォ!」
通信から、アシモフのため息。
『GV』
「はい」
『任務完了だ。帰還していいぞ』
「報酬は?」
『心配するな。契約通り払う』
「よし!」
「テメェ急に一番嬉しそうな顔したな」
「家賃があるんだよ!」
『理想を語っていても家賃は待ってくれないからな』
「そういうこと」
GVはポケットへ手を入れる。
指先に紙が触れる。
「……あ」
「何だ」
メモを取り出す。
大きく書かれた一文字。
「肉」
「は?」
「帰りに買わないと」
「この状況で晩飯の心配かよ!」
「大事な約束なんだよ」
「知らねェよ!」
GVは踵を返した。
「じゃあね、デイトナ」
「待て!」
「何?」
「次は絶対勝つ!」
「そこ、やっぱり話し合いじゃないんだ……」
「戦いは戦いだ!」
「まあいいや」
GVは軽く手を上げる。
「次は最初にシアン本人の話聞いてね」
「分かってる!」
「胸キュン発言は禁止」
「何でだ!」
「絶対禁止!」
「それは譲れねェ!」
「そこは譲って!」
最後まで声を張り合いながら。
GVは工場を後にした。
◇
任務を終えたGVは、そのまま帰路につく……前に、近所のスーパーへ立ち寄っていた。
化学工場で爆炎(エクスプロージョン)と蒼雷をぶつけ合っていた時とは打って変わって、今のGVが真剣な顔で睨みつけているのは、精肉コーナーに並んだ二つのパックだった。
「……高い」
『さっきまで命懸けで戦ってた人とは思えないくらい深刻な顔してるわね』
端末から姿を現したモルフォが呆れたように言うが、GVにとってはこちらも十分に重要な問題だった。片方は少し量が多くて見た目も良い。その代わり、もう片方より百円ほど高い。
「世界のあり方について考えるのも大事だけど、今日の晩ご飯は今日中に決めないといけないからね」
『比較対象がおかしいのよ』
「しかも肉を買うって約束したし」
『だったら買えばいいじゃない』
「でもこっちなら百円安い」
『じゃあそっちにすれば?』
「でもシアンが食べたいのは、どっちだろ」
そこまで口にしたところで、GVはふと動きを止めた。
少し前までなら、自分で適当に決めていただろう。栄養が取れて、値段も手頃で、食べられればそれでいい。シアンもきっと「どちらでもいいです」と答えると思っていた。
けれど今の彼女は、ほんの少しずつではあるものの、自分が好きなものや欲しいものを言葉にできるようになっている。
『本人に聞けばいいじゃない』
「……確かに」
『今日一日、本人の意思がどうとか熱弁してた人が、晩ご飯になった途端勝手に決めようとしないでよね』
「いや、これは自由の問題というより予算の問題で……」
『言い訳しない』
「はい」
GVは素直に端末を取り出すと、二つの肉のパックが一緒に映るよう写真を撮った。そのままシアンへ送り、どちらが食べたいかだけを尋ねる。
ほどなくして返ってきたのは、短い文章だった。
『左のほうが、おいしそうです』
「左か」
『高い方ね』
モルフォの一言に、GVの視線が値札へ移る。
しばらく肉と値段を交互に見比べたあと、GVは小さく息を吐いた。
「……自由には責任が伴う」
『その言葉を食費に使うんじゃないわよ』
「冗談だよ。買います」
GVは左側のパックをカゴへ入れた。
百円くらいなら、今日の報酬が入ればどうにでもなる。何より、シアンが自分から「こっちがいい」と選んだものを、値段だけを理由にすぐ別のものへ変えるのも違う気がした。
そこから野菜と調味料を選び、家に残っている食材を思い出しながら必要なものだけをカゴへ入れていく。フェザーにいた頃にはほとんど意識していなかったが、こうして自分で生活してみると、食費というものは驚くほど細かく積み重なっていく。
「肉、野菜、調味料……これなら大丈夫かな」
『ずいぶん主夫っぽくなったわね』
「生きていくには必要だからね」
『今日、皇神(スメラギ)の化学工場を止めてきた人と同一人物とは思えないわ』
「任務終わったら僕だって普通の人だよ」
『普通の人は蒼い雷出さないけど』
「そこは個性ってことで」
レジへ向かおうとしたところで、GVの視界に値引きシールの貼られたデザートが入った。
足が止まる。
『……何見てるの?』
「デザート」
『見れば分かるわ』
「二つくらいなら買えるかな」
『二つ?』
「僕とシアンの分」
『アタシは?』
「モルフォ、食べられないでしょ」
『そういう問題じゃないの! 気持ちの問題よ!』
「じゃあ三つ買った気持ちだけ持って帰る」
『ケチ!』
「生活防衛!」
モルフォが不満そうに頬を膨らませる横で、GVは二つのデザートを手に取る。しかし数秒考えたあと、もう一度棚へ視線を向けた。
「……いや」
『何よ』
「三種類あるんだよね」
『それが?』
「シアンに選んでもらおう」
『そこまで徹底するの?』
「だって、どれが好きか僕もまだ知らないし」
GVは三種類のデザートを写真に撮り、再びシアンへ送る。
今度の返事は、先ほどより少しだけ早かった。
『真ん中のが食べてみたいです』
「了解」
選ばれたものを二つカゴへ入れる。
たったそれだけのやり取りだった。
けれどGVにとっては、妙に嬉しかった。
以前のシアンなら、肉を選んでと言われてもデザートを選んでと言われても、「GVが決めてください」と答えていたかもしれない。自分が何を食べたいかより、相手が何を望んでいるかを先に考えていただろう。
それが今は、「こっちがおいしそう」「これを食べてみたい」と言えるようになっている。
自由だとか、人生だとか、そんな大きな言葉を使わなくてもいい。夕食の肉を選ぶことも、食後の甘いものを選ぶことも、彼女にとっては確かに自分の生活を自分で作っていく一歩なのだ。
『何ニヤニヤしてるのよ』
「してないよ」
『してる』
「ちょっと嬉しかっただけ」
『シアンが選んだのが?』
「うん」
GVはカゴの中を見る。
シアンが選んだ肉と、シアンが選んだデザートが入っている。
「こういうの、増えるといいなって」
モルフォは一瞬だけ黙ったあと、少しだけ柔らかい声で返した。
『……そうね』
会計を済ませてスーパーを出る頃には、すっかり夜になっていた。
化学工場の中に満ちていた熱気が嘘だったかのように、外の空気は涼しい。買い物袋を片手に歩きながら、GVはようやく一日の疲労を自覚し始めていた。
「……疲れた」
『そりゃそうでしょ。列車の上で戦って、工場中走り回って、その上デイトナまで相手したんだから』
「今日、だいぶ働いたなあ」
『その割には帰り道で肉の値段に一番苦戦してたけど』
「強敵だったよ」
『百円差が?』
「今の僕にはね」
GVは苦笑しながら、買い物袋を持ち直した。
その中には、今夜食べるものが入っている。
自分一人のためではない。
家へ戻れば、待っている二人がいる。
そう思うと、いつもと同じはずの帰り道が、ほんの少しだけ短く感じられた。
## 次回予告
「GV! 今日はお前に、新しい世界を教えてやる!」
休日の昼下がり。
ジーノが持ち込んできたのは、一台の小さなレーシングマシンだった。
「……車?」
「ミニ四駆だ!」
モーターにギヤ、タイヤにローラー。
ただ速くすればいいわけではない。走り出した後に操作できないからこそ、走る前の工夫が勝敗を分ける。
「……これ、結構奥深くない?」
「おい。その顔やめろ」
「どの顔?」
「絶対ハマるヤツの顔だよ!」
そして案の定――。
「ジーノ、もっと速いモーター貸して」
「やめとけ! 今のお前じゃ飛ぶぞ!」
「一回だけ!」
数秒後。
「……飛んだね」
「飛んだね……」
『すごく速かったわよ。コースの外では』
「モルフォまで!」
初めてのミニ四駆に夢中になるGV。
近所の子供たちに遊び方を教わり、調子の悪くなった自分のマシンまで直してもらうことに。
「お願いします、先生方!」
「GV兄ちゃん、ここ見て!」
「なるほど……もう一回教えて!」
知らないことなら、知っている人に教えてもらえばいい。
相手が大人でも、子供でも、それは変わらない。
そんなGVの家を久しぶりに訪れたジーノは、もう一つの変化にも気づく。
「……あれ?」
「どうしたの、ジーノさん?」
「お前らさ……いつからそんな仲良くなったの?」
「え?」
「え?」
そして数日後。
「GV」
「……アシモフ?」
現れたのは、どう見ても初心者の荷物ではない巨大なハードケースを抱えたアシモフ。
「少し研究しただけだ」
「何時間?」
「……昨晩からだ」
「徹夜じゃん!」
モーター、ローラー、タイヤ、セッティングデータ。
大人げないほどのガチ装備で、近所の子供たちとの勝負に挑む。
「おじさん、ガチじゃん!」
「……おじさんではない」
「そこ気にするんだ……」
次回、第七話――
**「ミニ四駆」**
戦いも任務もない。
ただ遊んで、教えてもらって、負けて、笑うだけの休日。
けれど、そんな何でもない一日だからこそ、見えてくるものもある。
「ねえ、GV。帰ったら一緒に作ってくれる?」
「もちろん」
そして帰り道。
隣を歩くGVを見つめながら、シアンの口から無意識に零れたのは――。
「……好きだなぁ……」
「ん?」
「…………っ!」
それを聞いた少年が、本当に気づいていないのかどうかは――まだ、誰も知らない。
次回も、グッドラック。