『隣人GV ―もしもスパイディの影響を受けたGVなら―』 作:幸田市
休日の朝、GV(ガンヴォルト)が朝食に使った皿を洗っていると、テーブルに置いた通信端末が震え始めた。
一度鳴って止まり、数秒後にまた鳴る。それも無視していると、三度目の着信が始まった。
『さっきからしつこいわね。誰?』
端末の上へ姿を現したモルフォに、GVは水を止めながら答える。
「……デイトナ」
「デイトナ?」
テーブルでミニ四駆の説明書を読んでいたシアンも顔を上げた。
「前にGVが戦った人だよね」
「うん」
シアンが知っているのは、その程度だった。GVが皇神(スメラギ)の化学工場で戦った相手であることと、その戦いから帰ってきたGVが妙に疲れた顔で「途中までは真面目な話だったんだけどなあ」と零していたことくらいだ。
『結局どんなヤツなの?』
「そういえば、ちゃんと話してなかったね」
GVは手を拭き、二人の向かいへ座った。
「デイトナは皇神(スメラギ)の能力者。第七波動(セブンス)は爆炎(エクスプロージョン)で、炎を使った近接戦闘が得意。昔はカラーギャングの頭だったらしくて、能力抜きでも普通に喧嘩が強い」
『へえ』
「蹴りとか間合いの取り方が上手いんだよ。戦ってる最中に思わず『能力なくても絶対喧嘩強かったでしょ』って言っちゃった」
「強かったんだ」
「かなりね。口は悪いし短気だし、すぐ熱くなるけど、何も考えずに暴れてるわけでもない」
シアンが少し意外そうにする。
「そうなの?」
「君のことについても、最初はすごく真面目だったよ」
「わたし?」
「皇神にいた方が安全だったんじゃないかって。能力者が外で普通に暮らすことの難しさとか、僕が君を連れ出したのは本当に君のためだったのか、とか」
『思ったよりまともじゃない』
「だから僕も真面目に聞いてたんだよ」
GVの表情が曇る。
「途中までは」
「……その言い方、やっぱり何かあったんだね」
「あるよ」
GVは少しだけ躊躇してから、モルフォを見る。
「デイトナ、モルフォの大ファンなんだ」
『私の?』
「ものすごく」
『へえ! 見る目あるじゃない!』
「まだ喜ぶの早いよ」
『なんでよ』
「それで君がシアンの第七波動から生まれた存在だって知ってるから、シアンとモルフォをかなり近いものとして見てるみたいなんだ」
「それで?」
シアンに促され、GVは観念する。
「戦ってる途中でいきなり、『機械に繋がれたシアンちゃんはなッ サイコーに胸キュンなんだよッ!』って」
「…………」
『…………』
「僕も同じ反応だったよ」
『何よそれ!』
「でしょ!?」
GVが珍しく勢いよく同意する。
「それまで能力者の社会的な立場について真面目に話してたんだよ!? 僕も『確かにそこは考えなきゃいけないな』って聞いてたのに、急に全部ぶっ壊してきたんだよ!」
シアンが口元を押さえた。
「……ふふ」
「なんで笑うの?」
「GV、すごく悔しそうだから」
「僕の真面目に聞いてた時間返してほしいんだよ」
モルフォは呆れながら腕を組む。
『それ、本当にシアンが好きなの? 私のファンなだけじゃない?』
「僕もそこは気になってる。でも、シアンの安全を心配してたのは本気っぽかった」
「それでGVは何て言ったの?」
「本人に聞けって」
「わたしに?」
「だって僕に聞いても仕方ないでしょ。君が皇神に戻りたいか、今の生活をどう思ってるかを決めるのは僕じゃない」
シアンは少し考えてから頷いた。
「うん」
「だから、次に会ったらシアン本人と話せって言ったんだけど……」
三人の視線が、いまだ鳴り続ける端末へ集まった。
『それでコレね』
「たぶん」
GVが通信を開く。
「もしもし」
『おせェぞGVォ! 何回待たせンだテメェ!』
「朝から声大きいよ!」
『こっちは何回もかけてンだぞ!』
「だから怖くて出なかったんだよ」
『ンだとォ!?』
『ああ、本当にGVの説明通りね』
モルフォが納得する。
『誰と喋ってンだ!』
「モルフォ」
数秒の沈黙。
『……モルフォ!?』
『そうよ』
『うおォォォォォッ!!』
GVが即座に音量を下げた。
「うるさいって!」
『本物だ!』
『本物って何よ!』
横でシアンが笑っている。
ひとしきり騒いだ後、デイトナは咳払いした。
『……シアンちゃんもそこにいンのか?』
「いるよ」
『なら今日、シアンちゃん連れて来い』
「その言い方やめようか」
『あァ?』
「シアンが行くかどうかはシアンが決めるの。前に言ったでしょ」
少し間が空いた。
『……忘れてねェよ。だから本人に聞くっつってンだ』
「なら代わる?」
『待て。今日は完璧だ』
「何が?」
『全部だ』
「急に不安になってきた」
『うるせェ! 来りゃ分かる!』
「行くよ」
シアンが言った。
「いいの?」
「うん。GVから話を聞いたら、余計に自分で話してみたくなった」
GVは少しだけ考えてから頷く。
「嫌になったら帰っていいからね」
「分かってるよ」
『シアンちゃん!? 今のシアンちゃんか!?』
「本人だよ」
『よォォし、待ってろよシアンちゃ――』
GVは通信を切った。
『切った!?』
「場所は送られてきてるし」
『容赦ないわね』
「鼓膜は大事だから」
◇
待ち合わせ場所の公園へ着くと、真っ赤なジャケットの男が既に待っていた。
問題はその腕に抱えているものだった。
「…………」
シアンが止まる。
デイトナの上半身が半分隠れるほど巨大な、真っ赤な花束。
「おせェぞ!」
「待ち合わせ五分前だよ」
「オレは三十分前から来てンだよ!」
「それはデイトナが早いんだって!」
デイトナはGVを無視してシアンを見ると、花束を差し出した。
「ほらよ」
「えっと……」
「シアンちゃんにだ」
シアンは巨大な花束とデイトナを交互に見る。
「……こんなにたくさん、家に置けないかな」
「…………」
「あと、わたしは水色の花の方が好きかも」
「…………」
GVがそっと口を挟む。
「ちなみに花瓶も一個しか――」
「GV!」
「はい」
「トドメ刺してンじゃねェ!」
デイトナはしばらく花束を見つめていたが、やがて肩へ担いだ。
「……いらねェならいい」
「ごめんね」
「謝ンな。オレが勝手に持ってきただけだ」
「でも、ありがとう」
「……おう」
意外とあっさり引いたデイトナを見て、シアンが僅かに目を丸くする。
もっと押しつけてくる人物を想像していたらしい。
「何だよ」
「ううん。思ってたより普通だなって」
「それ褒めてンのか?」
「たぶん」
「たぶんって何だ!」
次にデイトナが二人を連れて行ったのは、商店街のカフェだった。
「好きなモン頼め」
「わたしが選んでいいの?」
「当たり前だろ」
シアンはしばらくメニューを見た後、小さなフルーツパフェを選んだ。
「もっと高ェのでもいいぞ」
「これが食べたいの」
「……ならそれにしろ」
GVが小さく笑う。
「学習したね」
「いちいち採点すンじゃねェ!」
注文が届き、シアンが嬉しそうにパフェを食べ始める。
そこまでは順調だった。
「そういやシアンちゃん、モルフォの曲で一番好きなのは――」
「あ」
「何だGV」
「始まったなって」
「何がだ!」
デイトナは気にせずモルフォについて語り始めた。歌声、ステージ、曲、演出。かなり詳しい。
『へえ、分かってるじゃない』
「モルフォも乗らないで」
『ファンは大事にしないと』
シアンはしばらく聞いていたが、やがてスプーンを置いた。
「ねえ、デイトナ」
「あ?」
「デイトナはモルフォが好きなの?」
「当たり前だろ」
「じゃあ、わたしは?」
「…………」
デイトナが止まった。
「モルフォはシアンちゃんの第七波動だろ」
「うん。でも、わたしとモルフォは同じじゃないよ」
『そうね』
「モルフォは人前に出るのが好きだし、いっぱい喋るし、歌ってる時もすごく堂々としてる。でも、わたしは違う」
シアンは指を折る。
「買い物するのも好き。映画を見るのも好き。最近はミニ四駆も好きになった」
「ミニヨンク?」
「ミニ四駆」
「何だそれ」
「デイトナ知らないの?」
GVが食いつく。
「僕の方が先輩だ」
「テメェもこの前始めたばっかだろーが!」
「でも先輩は先輩だよ」
「うるせェ!」
シアンが笑う。
「だからね。デイトナが好きなのって、本当にわたしなのかなって思ったの」
今度はデイトナも言い返さなかった。
◇
カフェを出た後、デイトナはしばらく妙に静かだった。
やがて商店街の途中で、頭を掻きながらシアンを見る。
「……何してェ?」
「え?」
「今日。シアンちゃんがやりてェこと」
「デイトナが決めてたんじゃないの?」
「決めてたけど、いいから言え」
シアンは少し考える。
「散歩したい」
「散歩ォ?」
「うん」
「そんだけ?」
「そんだけ」
明らかに想定外だったらしいが、デイトナは結局「分かった」と答えた。
それから三人は特に目的もなく商店街を歩いた。
シアンが雑貨屋を覗けば止まり、玩具店のミニ四駆コーナーで足を止めれば待つ。
「これ、ちょっと好きかも」
シアンが水色の小さなキーホルダーを手に取る。
「買ってやる」
「自分で買うよ」
「あァ?」
「自分で選んで、自分のお金で買いたいから」
デイトナは一瞬何かを言いかけたが、結局一歩下がった。
「……好きにしろ」
「うん」
店を出たところで、近くにいた子供が紙袋を落とした。転がってきたリンゴを、デイトナが足で止める。
「ほらよ」
「ありがとう!」
「次から気ィつけろよ」
子供が走り去る。
シアンはその背中を見送るデイトナを見て、少し笑った。
「デイトナ、優しいところあるんだね」
「はァ!?」
「拾ってあげたでしょ?」
「目の前に転がってきただけだ!」
「でも助けたよ」
「……うっせェ」
GVは何も言わず笑っていた。
「GV、その顔やめろ」
「何も言ってないよ」
「言ってるのと同じなんだよ!」
◇
夕方になり、三人は最初の公園へ戻ってきた。
GVがベンチへ座る。
「で、聞くんでしょ?」
「テメェに言われなくても分かってる」
「僕、離れようか?」
「いらねェ」
GVはシアンにも確認した。
「僕いて大丈夫?」
「うん」
デイトナがシアンの前へ立つ。
戦っている時にはあれほど迷いなく前へ出てきた男が、今は言葉を探すように何度も頭を掻いている。
「……シアンちゃん」
「うん」
「オレは、シアンちゃんのことが好きだ」
シアンは黙って聞く。
「……と思ってた」
「思ってた?」
「今日分かった。オレ、シアンちゃんのこと全然知らねェ」
デイトナは自嘲するように鼻を鳴らす。
「好きな色も、食いたいモンも、何して遊ぶのかも知らなかった。モルフォのことは色々知ってンのに、それでシアンちゃんのことまで知ってるつもりになってた」
「うん」
「だから、これから知る」
デイトナは真っ直ぐシアンを見る。
「何が好きで、何が嫌いで、どういうヤツなのか。そっからオレがどう思うかは、オレが決める」
GVは何も言わなかった。
どこか、自分が少し前に考えていたことと似ていたからだ。
「だから」
「うん」
「オレと付き合え」
「そこ飛ぶんだ!?」
GVが思わず叫んだ。
「うるせェGV!」
「今から知るって話だったじゃん!」
「付き合って知りゃいいだろ!」
「普通まず友達とか!」
「回りくどいのは嫌いなんだよ!」
「二人とも」
シアンの声で二人が止まる。
シアンは少し考えてから、デイトナを見る。
「ごめん」
「…………」
「そういう意味では、デイトナのこと好きじゃない」
即答だった。
「…………マジか」
「うん」
「ちっとも?」
「今は」
「……マジかァ……」
デイトナの肩が目に見えて落ちた。
「でも」
「あ?」
「嫌いじゃないよ」
デイトナが顔を上げる。
「今日話して、前よりデイトナのこと分かったから」
「……」
「恋人は無理だけど、友達ならいいよ」
「……友達」
「うん」
しばらく沈黙した後、デイトナは小さく息を吐いた。
「嫌じゃねェ」
「じゃあ友達ね」
「ただ、最初っから負けたみてェでムカつく!」
「勝ち負けなの!?」
「うるせェGV!」
シアンが笑う。
「あと、デイトナ」
「あ?」
「嫌な時はちゃんと嫌って言うから」
「……おう」
「だからデイトナも、わたしが嫌って言ったら聞いてね」
デイトナは僅かに目を逸らした。
「分かってる」
「あと、もうあんな大きな花はいらないかな」
「…………」
GVが吹き出す。
「笑うなGV!!」
「ご、ごめん!」
ひとしきり騒いだ後、シアンが思い出したように言った。
「そうだ。今度ミニ四駆やる?」
「またそれか。何が面白ェんだよ」
「モーターとか変えて速くするんだよ」
「速くすンのか?」
デイトナの目が変わった。
GVとシアンが同時に察する。
「一番速ェモーター積みゃいいんだろ?」
「シアン」
「うん」
「飛ぶね」
「飛ぶだろうね」
「あァ!? 何の話だ!」
「僕も同じことやったから」
「テメェと一緒にすンな! オレは飛ばねェ!」
「その台詞からもう危ないんだよ!」
シアンは声を上げて笑った。
少し前まで、デイトナは「GVが戦った皇神の能力者」でしかなかった。
今は違う。
声が大きく、短気で、派手な花を大量に持ってきて、モルフォの話になると止まらない。けれど断られれば一応引くし、子供が困っていれば自然に手を貸す。そして少しずつではあるが、シアン本人が何を望んでいるのかを聞こうとしている。
恋愛として振り向いてもらうという大作戦について言えば。
結果は、最初からかなり明白だったのかもしれない。
けれど、モルフォという憧れの歌姫の向こう側にいる少女を、一人の人間として見ようとし始めたのなら。
今日一日は、全くの失敗でもないのだろう。
「じゃあ次の休みな!」
「来る気になってる!」
「テメェらが飛ぶ飛ぶうるせェから、絶対飛ばねェマシン作ってきてやる!」
「アシモフも同じようなこと言ってたなあ」
「アイツもやってンのか!?」
「ものすごく本気だよ」
「……勝てンのか?」
「この前は近所の子に負けた」
「ハンッ! なら余裕じゃねェか!」
GVとシアンは顔を見合わせた。
「飛ぶね」
「うん」
「だから何でそうなンだテメェら!!」
夕暮れの公園に、デイトナの怒鳴り声と二人の笑い声が響いた。