『隣人GV ―もしもスパイディの影響を受けたGVなら―』 作:幸田市
朝食を終えたばかりの部屋には、まだ焼いたパンの匂いが残っていた。
窓の外では、いつもと変わらない朝の街が動き始めている。通学途中らしい子供たちの声が遠くから聞こえ、その少し向こうを配送トラックがゆっくりと走っていった。
GV(ガンヴォルト)はテーブルの上へ肘をつき、昨夜から放置していた家計簿を睨んでいた。
「……合わない」
「いくら?」
「百二十円」
向かい側に座ったシアンが、同じレシートを覗き込む。
「昨日、ジュース買ってなかった?」
「あ」
「書いてないよ」
「……シアン、最近こういうの僕よりちゃんとしてない?」
「GV(ジーブイ)が教えてくれたから」
「弟子に抜かれる師匠の気持ちが少し分かった気がする」
『家計簿で師弟関係を築かないでよ』
モルフォの呆れた声を聞きながら、GVは百二十円を書き足した。
計算はぴたりと一致した。
「よし」
「合った?」
「合った。これで僕は今日も経済社会に勝利した」
『規模が小さい勝利ね』
「こういう小さい勝利が生活を支えてるんだよ」
そんなやり取りの途中、テーブルの端に置かれていた端末が振動した。
GVは表示された名前を確認する。
「ジーノだ」
「仕事?」
「朝からなら多分ね」
通話を繋いだ。
「もしもし」
『よう、GV(ジーブイ)。今いいか?』
「ちょうど百二十円の行方を突き止めたところ」
『何の事件だよ』
「我が家の重大事件」
『平和そうで何よりだ。それを今から壊す話がある』
「やっぱり仕事じゃん」
GVは背もたれへ身体を預けた。
「何?」
『皇神(スメラギ)のデータバンク施設を知ってるか?』
「名前くらいなら」
『世界中から集めた情報を保管してる巨大施設だ。企業機密、研究記録、各部門のデータ……皇神の頭ん中の一部みたいな場所だな』
「そんな重要施設に僕を入れようとしてる?」
『察しがいいな』
「嫌な察しだけどね」
ジーノの声から、少し軽さが消えた。
『その中に、能力者の臨床データが保管されてる』
GVも表情を変えた。
シアンがこちらを見る。
「臨床データ?」
『第七波動(セブンス)の性質、能力因子、身体への影響、研究記録。皇神がこれまで集めてきた能力者関係の資料がかなりの量あるらしい』
「本人たちの同意は?」
『全部について確認できてるわけじゃない』
「……だろうね」
皇神が能力者を研究すること自体、その理由までGVは理解できないわけではない。
第七波動は、人によって性質も規模も全く違う。
突然発現した能力によって本人や周囲へ被害が出る可能性もある以上、その仕組みを研究し、安全に制御する技術を作ることには意味がある。
だが、その「安全」が本人の意思を無視する理由として使われる場面も、GVは既に何度も見てきた。
「目的はデータを盗むこと?」
『いや。メインサーバーを止める』
「持って帰らないんだ」
『量が多すぎる上に暗号化も厳重だ。下手に持ち出してフェザー側で解析するより、皇神が利用できない状態にする方を優先する』
「施設ごと壊せって話なら断るよ」
『そんな雑な依頼しねえよ。狙うのはメインサーバーだけだ。職員まで巻き込むなってのはアシモフからも念押しされてる』
「ならいい」
そこまで答えてから、GVはシアンを見た。
端末を少し離す。
「シアン」
「うん」
「君のデータもあるかもしれない」
「……わたしの?」
「モルフォのことを皇神がずっと研究してたなら、可能性は高いと思う」
シアンは少し俯いた。
テーブルの上には、先ほどまで書いていた家計簿と、その隣に水色の小さなキーホルダーが置かれている。
「もし見つけたら、中身見る?」
「見られるの?」
「ジーノ?」
『セキュリティ次第だ。ただ、現地からならファイル名くらいは拾えるかもしれねえ』
シアンはしばらく考えていた。
「……ちょっと気になる」
「うん」
「わたしがどういう能力者だったのかとか、皇神が何を調べてたのかとか。わたし自身が知らないことも書いてあるかもしれないから」
「見たいなら見るよ」
GVはそれだけ答えた。
見た方がいいとも、見ない方がいいとも言わない。
シアンは再び黙った。
そして、何気なく水色のキーホルダーへ触れた。
「でも」
「うん?」
「皇神の記録には、わたしが水色を好きだって書いてあるかな」
「……多分ないんじゃない?」
「フルーツパフェが好きなのは?」
「それもなさそう」
「ミニ四駆とか、映画とか、買い物とか」
「研究対象としての記録なら、ないと思う」
シアンは小さく頷いた。
「じゃあ、いいかな」
「見なくて?」
「うん」
今度は迷っていなかった。
「皇神が調べた『わたし』が、本当のわたし全部じゃないから」
指先でキーホルダーを揺らす。
「今のわたしが何を好きで、何をしたいかは、もう自分で少しずつ分かってきたし」
「そっか」
「消してほしい」
「分かった」
『了解』
ジーノも短く応じた。
シアンが今度はGVを見る。
「GV(ジーブイ)は?」
「僕?」
「自分の記録があったら、見たい?」
GVは少しだけ考えた。
「……僕もいいや」
「どうして?」
「皇神から『君はこういう人間です』って教えてもらうの、なんか癪だから」
『そこなの?』
「僕のことなら僕に聞いてよ、って感じ」
『誰に言ってんだよ』
「皇神」
シアンが笑う。
GVも端末へ戻った。
「じゃあ受ける。場所送って」
『了解。詳しい経路はこっちから誘導する』
「報酬も忘れないでね」
『そこだけは絶対忘れねえな、お前』
「生活かかってるから」
◇
夜。
皇神のデータバンク施設は、都市部から少し離れた一角にそびえていた。
派手な広告も、企業の威容を示す巨大な看板もない。
黒に近い外壁を持つ無機質な高層施設が複数連結され、その内部では白い光が規則正しく灯っている。
外から見る限り、人の気配はほとんど感じられない。
しかし、それは無人という意味ではなかった。
建物の各所に監視カメラが設置され、巡回用の警備機械が一定の間隔で通路を動いている。
『正面入口は論外。西側の保守搬入口から入れ』
「了解」
GVは建物の影を走った。
監視カメラが逆方向を向いた瞬間に壁を蹴り、上部の配管へ手をかける。
身体を持ち上げ、そのまま保守通路へ滑り込む。
正面には電子ロック。
GVは拳銃型の装備を抜き、制御盤へ避雷針(ダート)を一発撃ち込んだ。
小さな金属音。
続いて指先からごく細い電流を流す。
青白い光がダートを介して制御盤内部へ侵入した。
電子ロックの表示が赤から緑へ切り替わる。
「開いた」
『毎回思うけど、お前電子ロック相手だと反則だな』
「皇神もそろそろ対策すればいいのに」
『してると思うぞ』
「嫌なこと言うなあ」
扉が開く。
中から冷気が流れてきた。
GVは一歩踏み込む。
外とは空気の質が違った。
室温はかなり低く設定されている。左右の壁の向こうには大量のサーバーラックが並び、冷却ファンの連続した唸りが低い振動となって床へ伝わっていた。
無数のランプが点滅している。
青。
緑。
白。
整然と並ぶ光は美しくも見えるが、その一つ一つに誰かの情報が入っていると思えば、妙な圧迫感があった。
「すごいな……」
『この施設だけでどれだけの情報量あるんだろうな』
「皇神が大きい会社なのは知ってたけど、こういう場所見ると実感するね」
『企業って言っても、政界まで影響力持ってる規模だからな。ここにある情報を守るためなら、警備も相当――』
ジーノが言い終える前に、GVの足が止まった。
通路が途切れていた。
目の前にあるのは、上下へ大きく伸びる縦穴。
対岸までは普通の跳躍では届かない。
その空間の中央に、薄い金属製の足場が一枚だけ浮いている。
「どうやって渡るの?」
『周囲に電磁制御装置がある。リニアリフトじゃねえか?』
GVは試しに雷撃鱗(ライゲキリン)を弱く展開した。
身体の周囲へ青い電光が走る。
すると。
離れていた足場が低い機械音を響かせ、ゆっくりGV側へ移動し始めた。
「おお」
『お前の電磁場にも反応するみたいだな』
「便利じゃん」
足場が手前へ来る。
GVはその上へ乗った。
雷撃出力を少し弱めると足場が離れ、強めるとまた身体へ引き寄せられる。
「これ面白い」
『遊ぶなよ』
「分かってるって」
雷撃を調節しながら対岸へ進む。
そして着地した直後。
頭上で、小さな電子音が鳴った。
GVが振り向く。
天井付近に、黒い球状の機械が浮いていた。
赤いセンサーが点灯する。
「……何あれ」
『GV(ジーブイ)、雷撃切れ!』
「え?」
『機雷だ!』
GVは反射的に雷撃鱗を止めた。
青い電光が消える。
しかし一度反応した機雷は止まらなかった。
小さな推進装置を使い、ゆっくりGVへ近づいてくる。
「雷撃に反応した?」
『みたいだな』
「さっき便利って言ったの撤回する」
後ろへ下がる。
すると通路のさらに奥。
二つ目の機雷が赤く点灯した。
「増えたんだけど!」
『リフト動かした時の電磁場でまとめて起動したんだろ!』
「設計者、性格悪くない!?」
『侵入者に優しい設計するわけねえだろ!』
GVは走った。
機雷自体の速度はそこまで速くない。
だが、距離を取るたびに次の機雷が起動する。
雷撃鱗を使えば一気に飛び越えられる。
使えば機雷がさらに引き寄せられる。
「なるほど……!」
口元が少し引きつる。
「この施設、僕と相性悪い!」
その時、前方の扉が開いた。
皇神の警備兵が二人現れる。
「侵入者を確認!」
「停止しろ!」
「止まりたいけど、後ろ見て!」
GVは走りながら機雷を指差した。
警備兵は一瞬だけ視線を動かしたが、すぐ銃口をGVへ向け直す。
「抵抗するな!」
「いや本当に今撃つと危ないって!」
銃声。
GVは身体を横へ滑らせる。
一発目が脇を通過。
二発目をしゃがんで避ける。
三発目。
弾丸が、GVの後方を追っていた機雷へ擦れた。
赤いランプの点滅が高速になる。
「伏せて!」
考えるより先に身体が動いた。
GVは警備兵二人へ飛び込み、一人の肩を押し、もう一人の腕を掴んで床へ引き倒した。
直後。
背後で機雷が炸裂した。
強い衝撃が通路を駆け抜け、壁へ細かな破片が叩きつけられる。
GVは頭を低くし、二人を爆風から庇う位置へ身体を入れた。
数秒。
音が収まる。
「……大丈夫?」
GVが顔を上げた。
警備兵は呆然としている。
「貴様……」
「今の、僕じゃなくて君たちが撃ったからね?」
床から立ち上がる。
「助けたついでにお願いしてもいい?」
「……何だ」
「ここ通して」
短い沈黙。
警備兵の一人が床に落ちた銃へ手を伸ばした。
「それと任務は別だ」
「…………」
GVは本当に数秒黙った。
「真面目だなあ、君」
警備兵が銃を拾い上げる。
「侵入者を見逃すわけにはいかない」
「今助けたばっかなんだけど」
「借りについては感謝する」
「感謝だけなんだ」
「任務は遂行する」
GVはため息をついた。
「もう少し恩とか挟んでもよくない?」
警備兵が構えるより早く、二発のダートが飛んだ。
狙いは身体ではない。
二人の銃身。
ダートが突き刺さった瞬間に短い雷撃。
火花が散り、武器の電子制御が停止する。
「悪いけど、そこは付き合えない」
GVは二人の横を通り過ぎた。
「後ろにまだ機雷あるから、僕追いかける前にそっち気をつけてね」
「待て!」
「二回助けるのはさすがに面倒だから!」
そう言い残し、角を曲がる。
『お前もよくやるな……』
「何が?」
『助けた直後に撃たれそうになって、よく普通に心配できるよ』
「感じ悪いとは思ってるよ」
『そこは思ってんのか』
「そりゃ思うでしょ」
GVは肩をすくめた。
「腹立つのと、機雷で吹っ飛んでいいかは別だし」
◇
施設内部を進むほど、電磁設備の密度は増していった。
床へ鋭い障害物が並ぶ区画。
上下へ複雑に配置されたリニアリフト。
その間を漂う機雷。
普通なら雷撃鱗によるホバリングを使えば簡単に抜けられる場所も、ここでは電光を纏った瞬間に機雷が動く。
GVは縦穴の手前でしゃがみ、配置を確認した。
足元から下へ十数メートル。
底には棘状の防衛設備。
左上に一枚目の足場。
さらに右上へ二枚目。
機雷が三つ。
「……パズルみたい」
『同じこと思った』
「どうする?」
『雷撃を短く使って足場だけ寄せるしかないだろ』
「だよね」
GVは右手を開く。
雷撃鱗を一瞬だけ発動。
青い電光。
左上のリフトが僅かにこちらへ動く。
同時に機雷の一つが点灯。
即座に解除。
機雷の移動も鈍る。
「もう一回」
短く。
切る。
足場が少し近づく。
機雷も少し近づく。
「……これくらい」
GVは助走を取った。
床を蹴る。
足場へ跳ぶ。
靴底が金属板へ触れた瞬間、その反動で足場が僅かに揺れる。
すぐに二つ目へ視線。
今度は一瞬だけ雷撃鱗を展開し、身体を空中へ浮かせると同時に次のリフトを引き寄せる。
背後から機雷が近づく。
「来た!」
雷撃を切る。
壁へ着地。
そのまま蹴って二枚目へ。
機雷が横を通過する。
赤いセンサーが顔のすぐ近くを掠めた。
「近っ……!」
GVは身体を捻ってやり過ごし、対岸へ飛び移った。
着地。
少し遅れて機雷が壁へぶつかり、別方向へゆっくり漂っていく。
「……毎回これやるの?」
『まだ序盤だぞ』
「帰りたくなってきた」
『報酬』
「進もう」
『現金だな』
◇
しばらく進んだところで、ジーノが通信越しにぼやいた。
『それにしても、データ保存する施設でこんな磁場バリバリってのも変な感じするな』
「どうして?」
『昔の記録媒体って磁力に弱かったんだよ』
「昔?」
『古いパソコンとかで使ってた記録媒体だ。磁気でデータ飛んだりするヤツ』
「ジーノ、妙に詳しいね」
『レトロゲームとか好きだからな』
「……本当に十六歳?」
『オマエの二つ上だよ!』
「時々二十年くらい上の話するから」
『趣味だよ趣味!』
「ふーん」
『その疑ってる声やめろ!』
GVが小さく笑った、その直後。
施設中に警報が響いた。
白かった照明が一斉に赤へ変わる。
「うわ」
『警報に引っかかった!』
前後のシャッターが閉まり始める。
天井から複数の機雷が降りる。
左右の扉から警備兵も現れた。
『奥に警報装置がある! あれ止めれば増援も止まる!』
「了解!」
GVは瞬時に室内を見渡した。
警備兵六人。
機雷四つ。
奥に警報制御盤。
全員を一人ずつ相手にする必要はない。
目的は制御盤。
「じゃあ、そこだけ!」
GVは真正面へ走った。
警備兵たちが撃つ。
銃弾の間を縫いながら、一発目のダートを警報装置へ。
二発目を左上の機雷。
三発目を右側。
「何を――」
一瞬だけ雷撃鱗。
機雷二つがGVの電磁場へ強く引き寄せられる。
しかしGV自身は、既に横へ跳んでいた。
二つの機雷が中央で接近する。
一つが起爆。
爆風がもう一つを巻き込む。
連鎖した衝撃が警報装置の防護板を吹き飛ばした。
「今!」
最初に撃ち込んだダートへ雷撃を流す。
露出した制御基板から火花が散った。
警報音が途切れる。
閉じかけていた増援用扉も止まった。
だが警備兵は残っている。
「……これで増えないね」
GVは銃口を向けられながら息を整えた。
「できれば、ここで終わってくれると助かるんだけど」
「侵入者を拘束する!」
「だよね」
次の銃撃。
GVは走り出した。
◇
数分後。
通路には破損した銃器がいくつか転がっていた。
警備兵たちは床や壁際で座り込み、戦闘を続けられる状態ではないものの、全員意識はある。
GVは最後の一人の手元から武器を遠ざけた。
「腕、動く?」
「……敵に心配される筋合いはない」
「今日はそれ言う人多いね」
相手の腕を見る。
大きな怪我はない。
「非常口のロックは切っておくから、落ち着いたら避難して」
「何故そこまでする」
GVは立ち上がる。
「何故って?」
「我々は貴様を攻撃した」
「うん」
「貴様を捕らえれば、皇神はおそらくお前を自由にはしない」
「それも知ってる」
「ならば、何故」
GVは少し考えた。
「別に、君を助けたからって僕を好きになる必要ないよ」
「……」
「仕事で敵なら、それはそれでいい」
肩越しに振り返る。
「でも、だからって怪我して放置する理由にもならないでしょ」
それだけ言って歩き出した。
◇
サーバーラックの密度がさらに高くなった。
通路の両側に並ぶ表示板へ、保存領域の分類名が高速で流れている。
能力研究。
適性検査。
医療記録。
監視対象。
GVは必要以上に見ないようにしながら歩いていた。
その途中。
一つの表示が目に入った。
電子の謡精。
GVの足が止まる。
「……ジーノ」
『見えた』
画面の下には複数の参照コード。
アクセス権限。
研究部門。
対象番号。
それ以上は開いていない。
『シアンの可能性が高い』
「うん」
『アクセス試すか?』
朝のシアンを思い出す。
水色のキーホルダー。
彼女自身が選んだもの。
「いい」
『了解』
GVは視線を横へずらす。
そのすぐ近く。
別の名称が表示された。
蒼き雷霆。
「僕のもある」
『そりゃあるだろうな』
「……」
少しだけ興味はあった。
皇神が自分の能力をどう分類しているのか。
どこまで調べているのか。
能力者としてどんな評価を受けているのか。
だが。
「こっちもいいや」
『本当に見なくていいのか?』
「うん」
GVは歩き出す。
「皇神が調べた僕より、僕の方が僕に詳しいから」
『妙に自信満々だな』
「本人だよ?」
『そりゃそうだけど』
◇
後半区画へ入ると、今度は大型の固定砲台が姿を見せた。
壁に埋め込まれた銃身がGVを認識する。
回転音。
「嫌な音」
『連射砲だ!』
銃口が光った。
GVは咄嗟に物陰へ飛び込む。
直後、通路を大量の弾丸が通過した。
金属床へ命中した弾が火花を散らす。
「速っ!」
『正面から壊せるだろうけど、装甲かなり厚いぞ』
「時間かかりそうだね」
GVは周囲を見る。
砲台との間に、大きな金属製足場がレールへ接続されている。
「……あれ動かせる?」
『たぶん』
GVは壁から右手だけを出す。
雷撃鱗を一瞬。
足場が磁力に引かれて横へ滑る。
同時に、さらに奥の機雷が赤く点灯した。
「あっ」
『やっぱりいるな』
「この組み合わせ本当に嫌い!」
雷撃解除。
足場が途中で止まる。
砲台が再び連射。
GVは頭を下げる。
弾丸が足場へ激しく当たり、金属音が連続する。
その間にもう一度短い雷撃。
足場をさらに自分側へ。
完全に砲台との間へ入り込んだ。
「よし」
GVは足場の陰を走る。
雷撃を使わないため、機雷の動きは遅い。
砲台の真下へ滑り込む。
そこは銃身が狙えない死角だった。
「じゃ、お先に」
破壊せずに通り抜ける。
『壊さねえのか?』
「必要ないし」
『帰りどうすんだよ』
「その時考える」
『お前、時々妙なところで適当だよな』
「臨機応変って言ってよ」
◇
最後のゲートモノリスが崩れ落ちた。
その奥。
メインサーバールームへ通じる巨大な扉が開く。
『その先だ。ひと暴れしてこい』
「サーバー相手に暴れればいいんでしょ?」
『そう簡単にいけばな』
「そういうこと言わないでよ」
冷たい空気の流れが変わる。
GVは部屋へ入った。
それまでの施設とは比較にならないほど広い空間。
天井まで伸びるサーバー群。
中央には円柱状の巨大なメインサーバー。
無数のケーブルが床と壁へ伸び、青白い光が筐体を縦へ走っている。
「見つけた」
『そいつだ』
GVが一歩踏み出した。
「貴殿が、GV(ジーブイ)で候か」
低い声が響いた。
GVは立ち止まる。
右手を銃へ伸ばしながら振り返った。
サーバーの影から、一人の男が歩いてくる。
大きい。
最初に目へ入ったのは、その体格だった。
GVより遥かに背が高く、厚い装甲に包まれた身体は、通路で戦ってきた警備兵とは比較にならない圧力を持っている。
両肩には巨大な装甲。
腰には宝剣、岩融(イワトオシ)。
男は部屋の中央へ出ると、GVと一定の距離を置いて止まった。
「僕を知ってる?」
「無論」
男は拳を握る。
「小生はカレラ。磁界拳(マグネティックアーツ)の使い手にして、この施設を預かる者で候」
『なんだ? 戦闘担当か?』
「多分」
GVはダートを構えたまま尋ねる。
「一応聞くけど、通してくれたりは?」
「ならぬ」
「だよね」
「されど」
カレラは口元を吊り上げた。
「小生は皇神の正義だの任務の意義だの、左様な話で貴殿を説く気はござらん」
「……珍しいね」
「小生がこの任を受けた理由は一つ」
足元の金属板が、わずかに震えた。
「能力者狩り(ハンター)の任にあれば、強者と拳を交える機会に恵まれる」
「それだけ?」
「それだけで十分!」
カレラの身体から特殊な磁場が広がる。
床の細かな金属片が僅かに浮いた。
「名高き蒼き雷霆(アームドブルー)。その力、小生が確かめさせてもらう!」
GVはしばらくカレラを見つめた。
「本当に戦いたいだけなんだ」
「左様!」
「分かりやすいなあ……」
ダートを構え直す。
「じゃあ僕も一つ言っとく」
「何で候?」
「君を殺す気はないよ」
「構わぬ!」
即答だった。
「小生を退けるだけの力があるならば、好きにされよ!」
「そこは気にしないんだ」
「重要なのは勝負!」
「徹底してるなあ」
GVの足元に青い雷が走った。
「じゃ、始めようか」
◇
次の瞬間。
カレラの巨体が消えた。
「――っ!」
正確には、消えたように見えるほど速く移動した。
磁力による加速。
GVは反射的に床を蹴る。
数瞬前まで身体があった場所を、巨大な肩が通過した。
巻き起こった風が服を叩く。
「速っ!」
空中で身体を反転。
ダートを二発。
胸。
肩。
金属装甲へ刺さる。
「もらった!」
雷撃鱗。
普段なら、ダートを通じて電撃が標的へ集中する。
だが雷がカレラへ届く直前。
軌道が歪んだ。
「……え?」
電流がカレラの周囲へ吸い込まれていく。
それだけではない。
GV自身を包む雷撃鱗まで、見えない手で引き抜かれるように弱まった。
「ぬぅんッ!」
カレラが拳を握る。
磁場が強まる。
GVの雷撃が完全に消えた。
「っ……!」
身体の内側から急激に熱が引いたような違和感。
再び雷を出そうとしても、能力が反応しない。
『GV(ジーブイ)! 出力落ちてるぞ!』
「分かってる!」
「これぞ磁界拳!」
カレラが迫る。
「他者の第七波動(セブンス)すら我が磁力は捉える!」
「能力ごと吸うの!?」
拳。
GVは頭を下げる。
頭上を巨大な腕が通る。
続くもう一撃。
背後へ跳ぶ。
しかしカレラはその体格から想像できない速度で追ってくる。
「雷を失えば、如何に戦う!」
「雷だけが僕のすべてじゃ――」
GVは床を滑るようにダッシュした。
「ないよ!」
カレラの脇を抜ける。
振り返りながらダート。
三発。
今度は雷を流さない。
「ほう!」
「感心してる場合?」
「能力を封じられてなお動く! 実によきかな!」
「君、本当に楽しそうだね!」
カレラの両肩から巨大な装甲が外れた。
磁力を帯び、宙へ浮く。
「縛掌力腕(じばくしょうりきわん)!」
二つの装甲が左右から飛んだ。
GVは一枚目をしゃがんで避ける。
だが二枚目は背後へ回り込み、逃げ道を塞ぐ。
「挟むの!?」
壁を蹴る。
上へ。
装甲同士が直下で激突する。
重い衝撃音。
GVは着地しようとする。
その場所へカレラが拳を叩き込んだ。
「っ!」
GVは空中で身体を捻る。
拳は床へ。
衝撃が広がり、GVの身体も押し流された。
床へ転がり、受け身を取る。
「……かなり本気だね」
「当然!」
カレラが笑う。
「手加減した貴殿を倒して、何の価値があろうか!」
「僕は君に勝った実績が欲しくて戦ってるんじゃないんだけど!」
「小生は欲しい!」
「知ってる!」
雷撃鱗がようやく回復する。
GVは立ち上がった。
だが使わない。
先ほどの磁場。
雷を使えば吸収される。
なら。
「少しやり方変えるか」
◇
カレラが踏み込む。
GVは真正面から迎えない。
ぎりぎりまで引きつけてから、身体一つ分だけ横へずれる。
巨体が通過。
背中へダート。
雷撃はなし。
振り向きざまの拳を後ろへ跳んでかわす。
カレラが床へ拳をついた。
周囲の金属片が一斉に震え始める。
「次は何?」
床の破片。
サーバーから外れた外装。
壁の金属材。
それらがカレラの右腕へ吸い寄せられていく。
塊はみるみる巨大になる。
「電磁加速拳(でんじかそくけん)!」
「拳ってサイズじゃないでしょ!」
巨大な金属塊が射出される。
GVは壁へ走った。
一歩。
二歩。
壁を蹴って上へ。
巨大拳が真下へ突き刺さり、金属片を撒き散らす。
そのまま空中からダート。
一発。
二発。
そしてGVが反射的に雷撃鱗を使った瞬間。
「……あ」
散らばった金属片が猛烈な速度でカレラへ吸い寄せられ始めた。
拳がさらに巨大化する。
『GV(ジーブイ)! 雷撃で磁力強くなってる!』
「僕が強化してるの!?」
「実に素晴らしい雷で候!」
「全然嬉しくない!」
雷撃を即座に止める。
だが一度集まった金属は残る。
「これ、本当に相性悪いな……!」
巨大な拳。
再び射出。
GVは低く走った。
着弾寸前に横へ。
轟音。
砕けた床材が背中へ飛んでくる。
雷撃鱗を使えば防げる。
だが使えば磁力が強くなる。
GVは腕で顔を庇いながら距離を取った。
肩へ小さな破片が当たる。
「痛っ!」
「どうした! 蒼き雷霆の力はその程度か!」
「いや、使うと君が喜ぶから控えてるんだよ!」
「ならば使わざるを得ぬほど追い詰めるまで!」
「本当に戦闘好きだなあ!」
◇
数度の攻防。
GVは徐々にカレラの動きを読んでいった。
体当たりの前には両肩の磁場が強くなる。
縛掌力腕を使う際には左右の装甲へ別々の磁場を形成する。
電磁加速拳は周囲の金属量に依存する。
そして何より。
磁界拳で第七波動を吸収する瞬間。
カレラ本人の周囲へ、極端に高密度な磁場が集中する。
無限ではない。
何かを吸収している以上、必ず処理する側にも限界がある。
その観察を続けながら、GVはふと尋ねた。
「ねえ、カレラ!」
「何で候!」
「君って、何のためにそんな強くなりたいの!?」
「さらなる力を得るため!」
「だから、その力で何するの?」
「より強き者と戦う!」
「勝ったら?」
「さらに強き者を探す!」
「それにも勝ったら?」
「己を鍛え、さらなる力を求める!」
GVはダッシュしながら顔をしかめた。
「……終わらなくない?」
「当然!」
「何か守りたいものがあるとか?」
「なし!」
「誰かに認められたいとか!」
「不要!」
「皇神のため?」
「興味なし!」
「本当に強くなりたいだけ!?」
「左様!」
カレラの答えには、全く迷いがなかった。
GVは避雷針を撃ちながら、しばらく黙った。
「……分からないなあ」
「何がで候?」
「君」
「ぬ?」
「僕、君が何でそこまで強さそのものを欲しがるのか全然分からない」
カレラの拳を避ける。
「僕なら、何かやりたいことがあって、そのために強くなるって方が分かる。でも君は本当に強くなることだけが目的なんだよね」
「左様!」
「僕なら絶対選ばない」
「ならば、小生の生き方を愚かと思うか!」
「いや?」
GVは即答した。
カレラの動きが、ほんの一瞬だけ鈍った。
「……何?」
「僕には分からないだけ」
GVは距離を取る。
「君、自分でそれ選んでるんでしょ?」
「無論!」
「誰かに強制されたわけじゃない」
「当然!」
「じゃあ僕がやめろって言う話でもないじゃん」
カレラがGVを凝視した。
「小生を理解できぬのであろう?」
「うん」
「なのに否定はせぬと?」
「理解できないもの全部否定してたら、世の中ほとんど嫌いになるよ」
GVは小さく笑う。
「君は君で好きにすればいいんじゃない?」
数秒。
沈黙。
次の瞬間。
「ぬははははッ!」
カレラが腹の底から笑った。
「何!?」
「面白い!」
「どこが!?」
「貴殿、小生を理解できぬと断じながら、それでも小生の生き方へ口を出さぬか!」
「だって君の人生でしょ」
「実に良い!」
「そんなに褒められること?」
「ならば小生も、貴殿が敵を生かそうとする考えを理解する必要はない!」
「別にいいよ」
「小生は理解できぬ!」
「うん」
「敵を退けるならば、完全に叩き伏せる方が合理的!」
「そう思うならそれでいいんじゃない?」
「されど!」
カレラが拳を構えた。
「貴殿がこのサーバーを破壊することは認められぬ!」
「それは僕も譲らないよ」
「ならば――」
「戦うしかないね」
二人が同時に地を蹴った。
◇
カレラの磁場が急激に広がった。
これまでの比ではない。
床板が震える。
周囲のサーバー筐体が軋む。
細かな金属部品が宙へ浮いた。
「これ……!」
GV自身の身体まで中央へ引かれ始める。
カレラが両腕を大きく広げた。
「我が磁界拳、その極致!」
空間中央。
黒い球体が形成される。
光さえ吸い込んでいるような暗さ。
「超重磁爆星(ちょうじゅうじばくせい)!」
猛烈な吸引力が発生した。
「うわっ!」
GVの靴底が床を滑る。
反射的に雷撃鱗を展開する。
その瞬間。
引力が一段強くなった。
「っ!?」
身体が中央へ大きく持っていかれる。
『雷撃を切れ! 自分から磁場を強めてる!』
「分かってる!」
すぐ解除。
だが既に勢いがついている。
GVは床へ手をつき、身体を低くする。
右足を踏ん張る。
ダッシュ。
一歩。
二歩。
中心から離れる。
止まれば戻される。
だから走る。
「これ、僕の能力と相性悪すぎ!」
「抗え! それでこそ戦いで候!」
「楽しそうだね本当に!」
黒い球体が急激に収縮する。
GVはその変化を見た。
「来る!」
床を蹴る。
壁際へ。
次の瞬間。
超重磁爆星が弾けた。
衝撃波が室内を走る。
サーバーラックの一部が大きく揺れ、警告灯が一斉に赤へ変わった。
GVは床を転がりながら受け身を取る。
呼吸を整え、すぐカレラを見る。
カレラも少し息を乱している。
そして。
一瞬。
本当に僅かな時間だけ。
カレラを包む磁場が不安定に揺れた。
(やっぱり)
GVの目が細くなる。
大出力の技を使えば、それだけ第七波動にも負荷がかかる。
他人の能力を吸い込む力も同じはずだ。
「……方法、見えたかも」
「何で候?」
「君を止める方法」
GVは銃を構えた。
◇
一発。
右肩。
二発。
左肩。
三発目は胸部。
四発目は腰。
ダートがカレラの装甲へ突き刺さる。
「避雷針を増やして何を企む!」
「確認」
「ならば存分に試されよ!」
カレラが磁場を開いた。
GVは一度息を吐く。
「本当に全部吸うんだよね」
「貴殿の雷ごとき、全て喰らってみせよう!」
「言ったね?」
雷撃鱗。
青い雷が四本のダートへ流れる。
直後。
カレラの磁場がそれを吸い始めた。
「ぬぅ!」
『GV(ジーブイ)! また持ってかれてるぞ!』
「それでいい!」
『は!?』
右肩。
左肩。
胸。
腰。
四本から流す電流を、全く同じにはしない。
僅かに周期をずらす。
出力を変える。
磁場は全てを吸い込もうとする。
そのたびに、カレラの周囲で磁力の流れが衝突する。
(やっぱり)
吸収そのものが無限ではない。
器がある。
処理能力がある。
ならば。
壊す必要はない。
能力だけ、一時的に限界まで使わせる。
「もっと!」
カレラが叫ぶ。
「貴殿の本気を!」
「欲張りだなあ、君!」
「力はいくらあっても足りぬ!」
「じゃあ――」
GVが出力を一段上げる。
「好きなだけ持っていって!」
青白い電光が一気に強くなる。
「ぬぉぉッ!」
カレラの磁場が全てを吸う。
だが。
赤と青の磁力光が乱れ始めた。
「何……!」
「君の能力、僕の雷全部取ろうとするでしょ!」
GVも歯を食いしばる。
「だから逆に、それを利用する!」
出力を上げすぎれば、カレラ本人へ危険が及ぶ。
少なすぎれば、ただGVがオーバーヒートするだけ。
必要なのはその間。
戦えなくなる。
でも壊れない。
その境界。
GVはカレラを見る。
呼吸。
磁場。
姿勢。
電流の乱れ。
一つずつ。
「ぬ……!」
カレラの膝が僅かに沈む。
磁場が大きく揺れた。
(ここ)
GVが右手を掲げた。
「迸れ! 蒼き雷霆(アームドブルー)よ!」
四本のダートが同時に輝く。
「君を裁く気も、壊す気もない!」
青い雷が球状に広がる。
「戦えなくなってくれれば、それで十分!」
カレラの磁場へ電光が吸い込まれる。
そして内部で干渉した。
「LIGHTNING SPHERE(ライトニングスフィア)!!」
閃光。
爆発ではない。
カレラの磁界拳そのものが、処理限界へ達した。
強烈だった磁場が一度大きく膨らみ、次の瞬間、糸が切れたように消える。
「ぬ……ぅ……!」
カレラの巨体が片膝をつく。
GVは即座に雷撃を止めた。
それ以上は流さない。
「カレラ?」
返答を待つ。
「……見事」
低い声。
意識はある。
呼吸にも異常はない。
ただし、第七波動の反応はほとんど消えている。
GVは息を吐いた。
「成功」
『何やった?』
「能力を吸わせすぎただけ。少し休めば磁界拳も戻ると思う」
『相手の吸収能力を逆に使ったのか』
「うん」
GVもその場へ座り込みたいほど疲れていたが、何とか立っていた。
カレラが顔を上げる。
「何故、最後まで手加減する」
「手加減じゃないよ」
「小生は、貴殿を倒すつもりで戦っていた」
「知ってる」
「次に会えば、また貴殿へ挑む」
「それも多分そうだろうね」
「ならば何故」
GVは少し考えた。
「次の君がどうするかと、今の僕がどうするかは別だから」
「……」
「君がまた来たら、その時また止めるよ」
肩をすくめる。
「面倒だけど」
カレラの口元が少し上がった。
「やはり小生には理解し難い」
「僕も君の強さ好きは最後まで分からなかったし、お互い様でしょ」
「ぬはは……」
カレラは楽しそうに笑った。
「実によきかな」
◇
『GV(ジーブイ)! 仕事忘れてないよな!?』
「あ」
『あ、じゃねえ!』
「カレラが濃すぎるんだよ!」
「小生のせいにされるか!」
「半分くらい君のせい!」
GVはメインサーバーへ走った。
巨大な制御盤。
ジーノから指定された領域を呼び出す。
画面上へ分類名が並ぶ。
その中に。
電子の謡精。
そして。
蒼き雷霆。
GVは一瞬だけ見つめる。
それ以上は開かなかった。
「ジーノ」
『準備できてる。指定した制御ノードへダートを撃て』
「了解」
一発。
二発。
三発。
制御部分へダートが刺さる。
GVは朝のシアンを思い出す。
水色。
フルーツパフェ。
映画。
ミニ四駆。
家計簿。
どれも皇神の臨床記録には、おそらく存在しない。
「じゃあね」
雷撃鱗。
電流がサーバーの制御系へ流れる。
データを物理的に消し飛ばすのではない。
皇神側から利用できないよう、能力者研究領域とアクセス基盤を停止させていく。
一つ。
また一つ。
表示が暗くなる。
電子の謡精――アクセス不能。
蒼き雷霆――アクセス不能。
最後に巨大なメインサーバー全体から光が消えた。
部屋を満たしていた低い駆動音も、ゆっくりと止まる。
『停止確認』
「終わった?」
『ああ。少なくともこの施設にある能力者データは使えない』
「外部バックアップは?」
『ある可能性はある。全部消えたとは言えない』
「そっか」
GVは暗くなったサーバーを見上げる。
「でも一つは止めた」
『十分だ』
「うん」
◇
直後。
非常警報が鳴った。
「今度は何!?」
『メインサーバー停止に連動した隔離処理だ! 区画閉鎖される!』
巨大な防火シャッターが天井から降り始める。
「出口!」
『東側! 緊急通路へ走れ!』
GVは走った。
二歩。
三歩。
そこで。
止まった。
振り返る。
カレラはまだ片膝をついている。
第七波動は回復していない。
「……」
『GV(ジーブイ)?』
「一人いる」
「小生に構う必要はない!」
「いやあるよ!」
GVは戻った。
「立てる?」
「暫し待てば問題なし!」
「その暫しの間にシャッター閉まるんだけど!」
カレラの腕を自分の肩へ回す。
「よいしょ――」
力を入れる。
「…………」
動かない。
「どうした?」
「重っ!」
「鍛えているゆえ!」
「今は自慢じゃない!」
腰を落とす。
脚へ力を入れる。
もう一度。
ようやくカレラの巨体が持ち上がった。
「うわ、本当に重い……!」
『急げ!』
「急いでる!」
GVはカレラを半分引きずるようにして走った。
背後。
一枚目のシャッターが閉じる。
重い金属音。
二枚目。
「もうちょっと自分で歩いて!」
「善処している!」
「善処じゃ足りない!」
「小生を支えながらこれほど走るとは! やはり見事な力!」
「褒める暇あるなら足動かして!」
最後のシャッターが降りる。
残り数メートル。
「カレラ、頭下げて!」
「承知!」
GVはカレラごと身体を低くした。
床を蹴る。
二人で滑り込む。
巨大なシャッターが背後へ落ちた。
重い音が通路へ響く。
「…………」
GVはその場へ座り込んだ。
「腰痛い……」
「ぬははははッ!」
「笑わないでよ!」
「いや、実に愉快!」
「僕は全然愉快じゃない!」
◇
緊急通路の途中。
カレラの第七波動は少しずつ回復していた。
既に一人で歩ける程度には戻っている。
「もう大丈夫?」
「問題なし」
「じゃあ、僕こっちだから」
「待たれい」
GVが振り返る。
「何?」
カレラは真っ直ぐGVを見た。
「次に会う時、小生は今日以上の力を得ているであろう」
「やっぱりまた来るんだ」
「無論!」
「僕が嫌だって言ったら?」
「ならば、貴殿が戦う気になるまで待つ!」
「帰る選択肢は?」
「なし!」
「徹底してるなあ……」
GVは頭を掻いた。
「まあ、君が挑みたいって思うこと自体は止めないよ」
「ほう?」
「ただし場所は選んで」
「場所?」
「人がたくさんいるところは駄目。あと重要施設の中も駄目」
「何故?」
「何故って……」
GVは後ろを指差した。
「今日、君が守ってたデータバンク、君の攻撃でもかなり壊れてたよ」
「…………」
「守人」
「…………些事!」
「絶対些事じゃないから!」
「次は戦いに適した場所を選ぼう!」
「そこは聞くんだ」
「強者との勝負を邪魔されぬならば、小生としても望むところ!」
「じゃあその時考えよう」
「うむ!」
GVは片手を上げた。
「じゃあね、カレラ」
「さらば、GV(ジーブイ)!」
数歩進んでから、GVが振り返る。
「あと次までにちょっと軽くなってて」
「それは断る!」
「だよね」
◇
空が白み始めた頃、GVは自宅の鍵を開けた。
「ただいま」
すぐにリビングから声が返る。
「おかえり、GV」
『おかえりなさい』
シアンとモルフォが顔を出した。
「起きてたの?」
「途中で目が覚めたから」
シアンはGVの服を上から下まで確認する。
「怪我は?」
「大丈夫」
「ほんと?」
「ちょっと腰が痛い」
「腰?」
「すごく重い人を運んだ」
『何の仕事してきたのよ』
「今日戦った相手」
シアンが瞬きをする。
「敵だった人を?」
「途中まで」
「どうして?」
「置いてったら施設に閉じ込められてたから」
「……そっか」
シアンはそれ以上問い返さなかった。
GVならそうするだろう。
もう分かっているようだった。
「データは?」
「止めた」
GVは部屋へ入り、椅子へ腰を下ろした。
「君のファイルもあったよ」
シアンの表情が僅かに緊張する。
「見た?」
「名前だけ」
「中は?」
「開けてない」
「……そっか」
シアンが静かに息を吐いた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
GVはテーブルを見る。
朝の家計簿。
横に置かれた水色のキーホルダー。
「やっぱり」
「何?」
「皇神のデータより、これ見てる方がシアンのこと分かる気がする」
「家計簿で?」
「百二十円のジュース買ったとか」
「それはGVでしょ」
「そうだった」
『寝不足で頭回ってないんじゃない?』
「かも」
シアンが水を一杯持ってくる。
GVは礼を言って受け取った。
「それで、戦った人ってどんな人だったの?」
「カレラ」
「どんな人?」
「大きい」
「うん」
「重い」
「それは聞いた」
「強い」
「それも戦ったんだから分かるよ」
「……分からない人」
そこでシアンが少し首を傾げた。
「分からない?」
「うん」
GVは水を一口飲んだ。
「強くなるために強くなるんだって」
「何のために?」
「強くなるため」
「その後は?」
「もっと強くなる」
シアンが黙った。
「僕もその顔したよ」
「GVには分からなかった?」
「全然」
GVはあっさり認めた。
「何かを守りたいわけでもない。皇神の理念に共感してるわけでもない。強い人と戦って、自分も強くなって、それでまたもっと強い人と戦いたい」
「楽しいのかな」
「本人はすごく楽しそうだった」
「じゃあ、それでいいの?」
「僕はね」
GVは少し考えながら答える。
「最初は、何のためなんだろって思ったよ。正直、意味分からなかった」
「うん」
「でも、本人にとっては意味があるんだよね」
コップをテーブルへ置く。
「カレラが自分でそれを選んで、楽しいと思って続けてるなら、僕が理解できないって理由だけで『そんな生き方やめろ』って言うのも変かなって」
「分からなくても、認められる?」
「全部分かる必要あるのかな」
シアンは少し考えた。
「でも、カレラとは戦ったんでしょ?」
「うん」
「それは矛盾しない?」
「カレラが強くなりたいことと、僕がサーバーを止めたいことは別だから」
「あ」
「彼の考えを尊重することと、彼の言う通りにすることも別」
GVは肩をすくめる。
「カレラが僕を止めるなら、僕も止められないように戦う。それだけ」
「それはそれ、これはこれ?」
「そういうこと」
『最近それ便利に使いすぎじゃない?』
「でも本当に便利なんだって」
GVは笑う。
シアンはしばらく考えた後、少し楽しそうな顔をした。
「会ってみたいな」
「カレラに?」
「うん」
「なんで?」
「GVがそこまで分からなかった人なら、わたしも聞いてみたい」
「何を?」
「強くなるのって、そんなに楽しいの?って」
「多分『強くなれるから』って返ってくるよ」
「それでも」
「そっか」
GVは止めなかった。
「じゃあ次に会った時、本人に聞けばいいよ」
「いいの?」
「君が話したい。カレラも話す。それなら僕が間に入る理由ないでしょ」
『戦い始めたら?』
「それは止める」
「どうして?」
「家の中だったら修理費が出るから」
即答だった。
シアンが笑う。
『最後にそこへ戻るのね』
「大事だよ」
GVは大きく欠伸をした。
「あ」
「GV」
「はい」
「寝る」
「まだ何も言ってない」
「寝る」
「……はい」
シアンに押されるようにして立ち上がる。
自室へ向かう直前。
GVは一度振り返った。
「シアン」
「なに?」
「データ、見ないでよかった?」
シアンは水色のキーホルダーを見る。
家計簿を見る。
その先に置かれた自分のミニ四駆を見る。
「うん」
迷わなかった。
「皇神が記録してたわたしより、これから自分で知っていくわたしの方がいい」
「そっか」
「GVは?」
「僕も」
GVは笑った。
「おやすみ」
「おやすみ、GV」
『グッドナイト』
部屋へ戻り、GVはベッドへ身体を預けた。
目を閉じる。
今日会ったカレラという男を思い出す。
最後まで分からなかった。
力を求めること自体が人生の目的。
GVには、その感覚がほとんど理解できない。
きっと次に話しても理解できないかもしれない。
それでもいい。
分からないことと、否定することは同じではない。
人は全部を理解し合わなければ隣に立てないわけでもない。
考えが違ってもいい。
気に入らない部分があってもいい。
戦うことだってある。
それでも、その一部分だけで相手という人間の全部を決めなくてもいい。
カレラはカレラのまま。
GVはGVのまま。
次に会えば、おそらくまた拳と雷をぶつけることになる。
それでも、シアンが隣で「強くなるのって何が楽しいの?」と尋ねれば、カレラは大真面目に答えるのだろう。
それはそれ。
これはこれ。
「……でも運ぶのはもう嫌だな」
今日一番切実な感想だけを呟き、GVは目を閉じた。
腰が少し痛かった。
次回予告
皇神(スメラギ)のデータバンクに残されていた、能力者たちの記録。
そこにはきっと、シアンの第七波動(セブンス)のことも、身体のことも、皇神が知りたかった「シアン」のことも、たくさん記されていた。
けれど、それを見ないと決めたシアンが、ある休日に見つけたのは――一枚の写真だった。
「写真って、何を撮るものなの?」
「撮りたいもの撮ればいいんじゃない?」
「じゃあ、GV」
「なんで最初が僕なの?」
借りたカメラを片手に、いつもの街へ。
優しい八百屋のおばちゃん。
一緒に遊ぶ近所の子供たち。
何気ない街角、夕焼け、好きな色。
そしてもちろん、いい人ばかりがいるわけでもなくて――。
「GV、嫌じゃなかった?」
「嫌だったよ。普通に感じ悪かったし」
「それでも助けるの?」
「それとこれとは別でしょ?」
いいものも、嫌なものもある世界で。
何を見るのか。
何を覚えておくのか。
そして、何を自分の手で残すのか。
「……GVの写真、多いね」
「撮ったのシアンでしょ!?」
「だって、よくいるから」
「それ理由になってる?」
誰かに記録されるのではなく。
今度は、自分が残したいものを自分で選ぶ。
次回、第十話「写真」
「撮るよ、GV」
「ちょっと待って、今の顔は――」
――カシャッ。
「……撮った?」
「うん」
「せめて言ってから撮ってよ!」
次回も、グッドラック。