「うーん! 味濃くておいし~」
ずずー、もぐもぐ、と。
巨大な寸胴鍋から豪快に麺をすすり、嬉しそうにほっぺたを抑えながら、セイレーンはずりずりと赤い尾っぽと身体を揺らしている。
人魚らしい珍妙な人面魚も、ギャリギャリと歯を立てて取り分けた器から麺を器用にすすっている。
「……ったく、数週間分の食材と非常食がパーだ」
カップラーメンを箸ですすりながら、ジンは目の前の大食らいにため息を吐いた。
事実、乗ってきた船に積んでいた大量の食料と非常食のカップ麺は、この一食で全て消費してしまっていた。
セイレーンから所望された味の濃い料理──たこ焼きすき焼きケバブだのを例に挙げられたものの、こんな無人島でそんなものを作れるわけがなかった。仕方なく、大きな寸胴鍋にカップラーメンを大量に入れて、そこに野菜やら肉やら魚やらを適当に入れて、適当に調味料で濃い味付けを施しただけのラーメンを押し付けたが──どうやらこの生き物のお気に召したらしい。
そうした交換条件というわけではないが、すっかり上機嫌になったセイレーンは、ジンからの質問になんでもペラペラと答えてくれた。
しかし──
「
得られた話は、眉唾なものばかりであった。
島民が暮らし観光客が訪れるような文化的な島に住み着いていた割に、「ニンゲン」という生き物は初めて見ただの。
二頭身がメインの島民たちと共生していたが、ある日連れ立っていた人魚の一匹が、「永遠の命」目当てで島の誰かに食べられてしまっただの。
そうして人魚を食べた犯人を捜している中で、観光客に邪魔をされるも、最終的に犯人は見つけられたので、
セイレーンは思いついたことから次々と話す上に、抽象的な言い回しが多い。
そのため、時系列や言葉の意図はジンのほうで整理する必要はあったが──なんとなく理解はできた。
また、
(こいつの話を鵜呑みにするなら、西側にもある程度の文明が築かれてるってことだな)
暗黒大陸は未知の世界かつ巨大過ぎるゆえ、あらゆる生き物による弱肉強食の世界が日夜繰り広げていると思われがちだが、人類生存圏と暗黒大陸を繋ぐ唯一の
それが西側にも在るのは、特段意外なことではなかった。
そんなことよりも。それ以上にジンが驚いたのは──上機嫌なセイレーンが不意に口ずさんだ
セイレーンの支配下に置かれた動植物は、簡単なプログラム通りの行動を取る
さらに歌により被操作者のオーラ総量を増大させることで、限界を超えた能力を無理矢理引き出しても被操作者が壊れることがないという点も大きい。
何よりも──
(能力自体は操作系か放出系に属するんだろうが……一方で、
だからこそ、ジンが上陸時に見た植物たちには第三者のオーラの痕跡が一切なかったのである。
つまり、セイレーンの異能は、暗黒大陸から持ち帰られた
「もしかしてまだ疑ってるのぉ~? 嘘なんて言ってないよ? 全部本当のことー」
「……その人魚を食ったら、永遠の命とやらが手に入る、ってこともか?」
ギャ!?と人魚が驚いたようにジンを見る。
うっすらとセイレーンがその猫のような眼を細めて見せた。
「……だめだよー? 人魚、食べようとしないでね~」
「しねーよ。
「そうなの? 確かに、電池切れとかぁ、メンテナンスちょ~っと面倒だしぃ、やめといたほうがいいよお」
クスクスと笑うセイレーンに悪意は一切ない。そこにあるのは、人間的な価値観から乖離した無頓着さと無垢な残酷さ。
つまりは人の倫理など最初からハナにかけていない、でかくて強い存在としての隔たりそのものであった。
(けどまあ、その無垢が今はまだ
無知・無垢だからこそゆえに何が起きるかわからない危うさは大いにある。それはある意味、明確な悪意に基づく存在よりも時には厄介なものだった。自覚なしに災厄を拡散させられては、たまったものではない。
そもそも、食べれば
「は~、どうすっかな」
メビウス湖西側に張り巡らされているであろう厳重な監視網を考えると、もう5Vの一部調査員には情報が伝わっている可能性もある。
ジンが珍しく頭を悩ませている一方で、呑気にラーメンをすすっている目の前の生物たちに呆れを通り越してむしろ清々しいほどの脱力感を覚えた。
「ねえねえ、毎日こんなご飯つくってくれない~? お礼に歌を歌ってあげるから~」
「そりゃあ、難しいな。俺はハンターなんでね、毎日同じ場所にはいねえし、料理ができねえ場所にも行ったり来たりするからな」
「エ~? そうなのぉ? じゃあ、他に作れる子、紹介してくれない?」
「紹介、ね……」
ふむ、とジンは顎を撫でた。
「じゃあ、ひとつ交換条件がある」
「……人魚はあげないよお?」
「ちげーよ」とジンは首を横に振る。
「──会ってもらいたい奴がいる」
面倒になったジンは、
*
「助かったぜ。あんたがまさかサヘルタ合衆国にいたとはな」
「……ふーむ。十二支ん会議も数年バックれとるお前から直通で連絡が来るなんざ、ロクなこったねえだろうとは思っとったがのう……」
島に上陸直後、アイザック・ネテロは、海面から半分だけ顔を出してこちらを不思議そうに見ている猫のような顔と丸い魚の顔を、つぶさに観察していた。
人類生存圏にも存在しそうな魔獣の類にも見えるし、強者の気配も特に感じない。だが、問題は強いか弱いかということより、その身に宿している凶悪な
ネテロとジンは、世間話もそこそこに情報を共有する。
ことのあらましとセイレーンや人魚の話をジンから一通り聞き終えたネテロは、再びセイレーンたちに視線を戻した。ネテロの観察や二人の長話にすっかり飽きてしまったらしいセイレーンは、海で捕まえたイカをボール代わりに人魚たちとバレーのように遊んでいた。
「……しかし運が良かったの。
「……てことは、合衆国の政府調査員はもちろん、密入してるV5監視員にも知られてる可能性は低いってことだな?」
「無論、ゼロとは言い切れんがのう。……むしろ協会からの依頼をほっぽり出して、なぜお前さんがここにいるかのほうが問い詰めたいんじゃが……」
「ね~え、いつまでひみつのお話してるのぉ?」
ネテロがじとりとジンを睨め付ける前に、イカでのバレーボールにも飽きたしいセイレーンがすいすいとこちらに泳ぎ寄ってくる。
「秘密にしてねえよ。おめーらの処遇について話してたんだよ」
「しょぐう~?」
「そうさなあ」
ネテロはその長い顎髭を撫でた。
もしこの生き物の出身地が暗黒大陸であるとすれば。メリットデメリットはさておき、さまざまな学問の観点はもちろん、なにより──暗黒大陸への上陸・攻略という面で、セイレーンの存在には限りない価値があった。特に暗黒大陸の西側は東側と比べてもいまだに謎が多い。それを踏まえても、セイレーンはまさしく歴史を動かすターニングポイントといえた。
「ジン、お前も理解はしとるだろ」
「……人類からすれば青天の霹靂、公になりゃあ内陸全土を揺るがす大騒動になンだろーな。だが、
騒動が起きる分には、実はネテロもジンも特段関心はない。
ただ、気乗りしないという一点にあるのだ。
セイレーンを公表すれば、すぐさま利益を求めるだけのハイエナたちが群がり、速やかに確保・隔離される。そうして、暗黒大陸への攻略は大きく進んでいくだろう。希望や災厄という類で終わらず、
ネテロもジンも、暗黒大陸に行くこと自体は願ってもいない話だ。
ネテロに至っては、一度目の失敗を経たからこそ再上陸は悲願ともいえる。もちろんそのために、暗黒大陸に関する情報は必要ではある。
とはいえ、彼らのハンターとしての本質は、目の前にない『何か』を追い求めることである。
「……ま、黙っとくかの」
「ハハ」
「……ワシを共犯にするために呼んだな?」
「ジーさんのお墨付きがあんのはデケーからな。あと、バレても大目玉食らうのはあんただし」
「後半が一番の理由じゃろ。ま、それはそれで面白いかもしれんが……とはいえ、このまま放置するわけにもいかんじゃろて」
「だから、あんたの伝手とかで安全な場所への一時的な隔離をだな……」
「──ジン。お前さん、たしか息子がおるらしいのう」
「あ?」
急になんだ。と言わんばかりにジンが顔を歪ませた。ジンにとって、息子の話はあまり触れられたくはない事案であったからだ。と同時に、ジンは嫌な予感がした。