「あの日」から行方をくらました敵を追い、ヤフォダは弓を手に地を駆ける。
その目には轟々とした怒りが、煮え滾れていた。もし自分の人生がこれでドブに落ちようとも、ヤフォダは構わなかった。ただ、一つ。復讐の意に、ヤフォダの理性は注ぎ落とされていたのだ。
あの馬鹿……メイラは上手くライトキーパーをやっているのだろうか、とヤフォダの怒りをふと妨げた。
メイラはヤフォダが自分に何も言わなかったことを、怒るだろう。しかしヤフォダは、メイラを巻き込むつもりはなかった。
メイラに助けを乞えば、きっと力を貸すことだろう。彼女は戦闘もできないし、頭も弱いが、偵察や潜伏だけは才があった。それなのにメイラの力を借りなかった要因は、メイラは犯罪から手を引くことを、ずっと望んでいたからだ。
ヤフォダは、弓を引いた。
敵の見張りに命中する。もう一人、さらにもう一人……。
その間に、ヤフォダに一本の弓が突き刺さる。痛覚は確かに感じたが、ヤフォダは歩みを進め、またも敵を撃ち抜いた。
またも弓矢が降ってくる。気づいた時には、もう遅かった。ヤフォダは二本目の矢が腕に突き刺さることを、覚悟した。
そのはず、だった。
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さて、当然のように例のヒルチャールの捜索は進まない。それはもう当然になってきたので、もういい。
それよりも、俺は今、一番心配していることがあった。
ヤフォダの失踪である。
前にヤフォダがいなかった時は流していたが、ヤフォダ、一か月以上見かけないんだよなぁ。ってことで、今俺は町中の人に声をかけてヤフォダを探しているところである。例の甘すぎなクルムカケも食べさせてやろうと、息巻いて。
何人目かの顔見知りに、また声をかけた。
「すみませーん。ヤフォダ見てません?」
「ヤフォダ? そういえば、最近見かけないねぇ。シーフック団も崩壊したって噂、聞いたし」
「……え?」
ヤフォダの所属してたシーフック団、崩壊。
……おかしいだろ。ヤフォダ、ギャグキャラじゃなかったのか? ギャグキャラは死なないって法則は?
……死んだの、か?
ぐら、と眩暈がして、視界が黒く染まりかける。
——いやいやいや……よく考えればヤフォダが生きている線も全然ある。いや、生きてるに決まってる。だって行方不明なだけなんだし。
そう信じたい俺は、さらに切羽詰まってとにかくいろんな人にヤフォダのことや、シーフック団のことを聞いた。しかし悲しいかな。全然、どっちもどうなったのかは明らかにならない。
二時間ほど辺りをうろちょろとして、片っ端から声をかけてみたが、全然成果は得られなかった。俺は落ち込んで、その場にしゃがみ込んだ。
怪しげな商売をしている知り合いの商人は、困ったように眉を下げた。
「はぁ……」
「ギメイラ、そんな落ち込むなよ。ほら、欲しいものでも買って気分転換したらどうだ?」
「欲しいもの?」
俺は、しばらく頭を悩ませて、この前話したことを思い出した。そうだそうだ、月だ。月が見たいから、眠気覚ましの薬が欲しいんだった。
「めちゃくちゃ強い、それはもうテイワットで一番強い眠気覚ましの薬ってどこで売ってるか知ってます?」
「渋いもの欲しがるなぁ。あ、秘聞の館に行くのはどうだ?」
「秘聞の館……」
秘聞の館。確か、凄腕の情報屋にして万事屋、だっけか? 情報屋ね……。
ん? 情報屋?
それだ! 俺が今欲しているのは!
眠気覚ましとか言ってる場合じゃない! これでヤフォダの情報も、ヒルチャールの情報も買えるかもしれない。
俺は真新しい財布に入った、モラの数を数えた。そういえば、財布は買い直している。あのまま使い続けるのは、俺にはできない。
えーっと、そうじゃなくて。
モラはあれからイルーガの言いつけ通り貯金してるから、そこそこある。情報、買えるかもしれない。
思い立ったが吉日。
俺は早速、秘聞の館とやらに向かうことにした。
秘聞の館は町を牛耳っている、ヴォイニッチ商会の中にあった。なんか入りにくい雰囲気だ。……俺、入っていいやつ?
俺はしばらく扉の前でうろちょろしていたが、一匹の猫がこちらへと近づいてきた。
「すげー! おしゃれな猫だな!」
猫だ! 俺の癒し! 俺は叫びながら猫に忍び寄った。
なんか普通の猫らしかぬ雰囲気の不思議な猫だったが、珍しく俺に近づいてくる。俺は動物に嫌われやすいんだが、この猫は裏切らないらしい。なんていい子だ。
しかし、猫は俺が近づいてきたのを見届けると、ふいと背を向けて店の中へと入っていった。
俺は猫を追って中へと迷わず入る。すると、店主と思わしきめちゃくちゃ美人な人が、俺を見て妖艶に微笑んでいた。
現在の見た目はともかく、自認は男の俺は緊張して変な顔になった。
「秘聞の館に、何の用だい?」
「あ、えーっと。情報を買いに来たんですけど。店主さんですか?」
「そうさ、あたしはネフェル。あんたのことは知ってるよ。元盗賊の、ライトキーパー。ヒルチャールを追ってるんだって?」
「なんで知ってるんだ!?」
ネフェルは、楽しそうに目を細めた。あ、やっべ。この反応、俺がギメイラとは半信半疑だったけど、鎌かけてきたな? で、俺はまんまと引っかかった、と。
「ヒルチャールの情報を買いたいなら、いい情報がある」
「ほ、ほんとに?」
「勿論さ。あたしは例のヒルチャールの目撃者を知ってる。あんたはヒルチャールがどんな姿をしているのかさえ、分からないんだろ?」
「う。はい、わかんないです」
い、今更ヤフォダがどこにいるか知りたい、なんて言えねー。
で、でもよく考えれば、どっちの情報も買えばいい話だ。借金作ってもなんとかしてくれる。イルーガが。多分。
「か、買います。情報」
「取引成立だね。ヤフォダ、出ておいで」
「ん?」
ヤフォダって言った? 同じ名前の別人か? まさかヤフォダが、こんな商会で働いているわけがない。
「姐さん、なんの仕事……だ……って」
というのはフラグだった。
すっごく聞き覚えのある声と共に、見覚えのある人物が奥から出てきた。
「あ!」
「げっ!」
お互い指を刺し合う。
そうしてしばらく微妙な雰囲気が漂ったところで、俺はへなへなと脱力した。
な、なんだぁ。生きてるじゃん、普通に。心配して損した。怪我もしてなさそう……ん?
「ヤフォダ、右腕、どうしたんだ」
ヤフォダの右腕がなかった。俺の勘違いかと思ったが、間違いなく、ない。
訝しげな顔をした俺に、ヤフォダは目に見えて慌てた顔をした。
「そ、そんなことよりなんでメイラがここにいるんだよ!」
「ヤフォダを探しにきたからに決まってるだろ!」
つい本音が出てしまって、俺は勢いよく自分の口を塞いだ。ヤフォダはぽかんとした顔で、こちらを見ている。
「……はぁ。感動の再会は後にしてもらってもいいかい? ヤフォダ、ヒルチャールの情報をこの子に話しな」
え? ヤフォダがヒルチャールの目撃者ってこと? 俺が呆気に取られていると、ヤフォダはこくりと一つ頷いた。何がなんだかわからないが、とにかく依頼してしまったんだから、この話を先に聞くべきだ。
ヤフォダは、ソファに腰掛けた。俺もそれに倣って座った。うわっ、めちゃくちゃふかふかだ。
「あれは、数日前のことだ。あたいは、ボスを海に投げ捨てて、シーフック団を裏切ったラテファンに復讐するために、姐さんから貰った情報を頼りに拠点に侵入した」
「復讐!?」
「それであたいに矢が突き刺さりそうになった時、一匹のヒルチャールが突然現れて、あたいを庇ったんだ」
「え?」
ヒルチャールが、ヤフォダを庇った?
そんなまさか。あのヒルチャールは、何人もの人を殺害している。勝手に人殺ししかしないと思っていたが、そうではないのか?
俺が思考の沼に沈みかけても、話は進んでいく。
「ヒルチャールは、人間みたいな背の高さで、手足が黒かった。普通のヒルチャールみたいな仮面をつけてて、ナイフを使って戦ってた。ヒルチャールは強かった。あたいはヒルチャールに助けられて、ラテファンへの復讐を果たした」
「ヒルチャールは、味方になってくれたのか?」
「それがよくわかんないんだ。その後ヒルチャールは突然苦しみ始めて、あたいに襲いかかってきた。突然のことだから対処できなくて、気づいたら……」
ヤフォダは言いにくそうに、目線を下げた。気づいたら、なんだ?
「気づいたら、ヒルチャールがあたいの腕を斬り落としてた」
……ヒルチャールが、ヤフォダの右腕を、斬ったのか。そうか。
「おい、メイラ。酷い顔してるぞ」
「……ああ、ごめん」
なんだ? 変だな俺。
背中に何かが張り付いたみたいだ。燃えてるけど、俺には害を与えない、そんな炎が背を燃やしている。言語化するなら、そんな感じだ。
自分の感情が理解できない。でも今俺は、ヒルチャールを殺したいと衝動的に思った。なんでだろう。
「メイラ、怒ってるのか?」
ああ、そうか。怒りか。憎悪か。そうだな、勝手なことに、俺は怒っているのだ。
ヴァルベリーを乗せてからかった右手が、かつて俺を助けるために差し出された右手が、ヒルチャールによって奪われたことに。
ヤフォダをもっと早く追えば良かったのに、どうせ大丈夫だろうと呑気に思っていた自分にも。
「そ、そんな怒るなよ! 義手を作ってもらう予定だから!」
「……そうか」
「そ、それに! あたいはヒルチャールが完全な敵とは思えなかった。あたいの右腕を切り落とした後、ヒルチャールはあたいを殺さずに逃げていったんだ」
「そうだといいな」
「メイラ!」
自分が変な自覚はあった。
俺は、軽く頭を振って自分を落ち着かせる。
大丈夫だ。俺は、冷静だ。俺は、冷静クールキャラである。
うん、落ち着いてきた。俺は、浅いため息をついた。
「とにかく、ヤフォダが生きててよかった」
でも、ヒルチャールはどうしてヤフォダを殺さなかったんだ?
ヒルチャールにヤフォダを助けられるほどの知性はあると仮定して……だとすればヒルチャールの目的はなんだ? ヤフォダの右腕を切り落としたのも、ヤフォダの説明から、衝動的なもののように思える。
ヒルチャールは、人殺しをしたいのか。それとも、復讐でもしているのか。はたまた……ただ、衝動のままに人を殺しているだけなのか。どれにせよ、ヒルチャールは倒すべき敵だ。
それに違いはない。
……そう、だよな?