手柄は全て人に譲っていたら解雇されたので、僕は競合他社で働くことになった。なんか普通にやっていたらいつの間にかプロデューサーまで上り詰めてしまった。 作:主義
統括マネージャーという役職に就いてから三日が経った。
この役職は僕が初めてということもあって引き継ぎのようなものは存在しない。
まずは、それぞれのマネージャー陣やプロデューサーから動いているプロジェクトや大型企画の打診があるかを聞いたりした。聞いた結果として有難いことに現在動いている大型企画は存在しないということだった。さすがに大型企画の運営の責任者をやるにしてもまだタレントやマネージャー陣との関係構築がまだ出来ていない。そんな状態で大型企画はしたくない。
せめて、全タレントと一度は話してからの方がありがたい。
僕に主な仕事として挙げられたのは、タレント、マネージャーのことを支えること、あとは企画の運営などだ。
統括マネージャーとして初めて面談が行われることになった。
これはもちろん僕からの希望だ。
さすがにこっちも全ての予定を把握しているが、休みの日はもちろん私的なことに時間を使いたいだろうということで、タレントは面談できる日程を教えて欲しいと連絡した。
マネージャー陣は仕事内容を加味した上で空いている時間に来てもらうことにした。
記念すべき最初の面談相手は柚原《ゆのはら》りりこのマネージャーだ。
柚原《ゆのはら》りりこというのはこの事務所で古参に分類されるVTuberだ。緑色のロング髪に中肉中世。スタイルが良いこともあり、初めて見た人は男性だと勘違いしてしまう人も多いけど、女性だ。
まだ一度もお会いしていないが。
統括マネージャーとして割り当てられた部屋の中にある椅子に腰を掛け、目の前に座る彼女のことを見る。
「お会いするのは初めてなのでまず自己紹介からですね。僕は三橋晃一と言い、最近統括マネージャーに就任しました、よろしくお願いいたします」
「これはご丁寧にありがとうございます。私は柚原《ゆのはら》りりこのマネージャーをしている石原《いしはら》美穂《みほ》です。これからよろしくお願いします」
マネージャーたちとはチャットなどで連絡を取っているものの、直接面と向かって話すのは今回が初めてだ。
石原さんに初めて会って思ったのは若い。
僕もまだ20代だけど、彼女はまだ10代だ。
高校を卒業してすぐに就職したらしい。
まずは統括マネージャーという仕事について説明をすることにした。
「統括マネージャーの仕事の中にはタレント以外にもマネージャー陣を支えることも入っているんです。タレントのことはマネージャーが支えるとは思いますが、そのマネージャーを支える仕事が僕の役目です。なので、柚原さんがタレントとの関係や会社や待遇に対して不満があれば、相談してください。面と向かってが難しいのであれば、メッセージなどで送ってもらっても問題ないですから」
「承知しました。そのようなことがあれば三橋さんのことを頼らせていただきます」
「そんなに丁寧な感じで話さなくて大丈夫です。僕は石原さんよりも後の入社ですし」
「そういうわけにはいきません。三橋さんは私よりも立場が上で、年上です。この状況では敬語を使わないのは難しいと考えております」
石原さんは年の割に社会人としてのスキルが高すぎる。普通の社会において、上司に対して敬語を使うのは当たり前のこと。それがこの年齢でしっかりと身に付いているのは良い事。
でも、僕としては別にそこまで固くする必要はないと思っている。もちろん人によってはちゃんと敬語で話して欲しい人もいると思うけど、少なくとも僕は違う。それに少しでも信頼関係を築く上で敬語で話されるのはやはり距離を感じる。
それに石原さんの敬語はガチガチだし。
「じゃあ、石原さんの上司として僕と話す時は敬語を止めてください。年相応とは言わないまでも普通に話してくれれば問題ないです」
「どうしても敬語が使えないのでしょうか?」
「はい、敬語は無しで」
「では、なるべく善処いたします。三橋さんとお話しするときは、敬語を使わなくてもよろしいのでしょうか」
「はい、お願いします」
すると、石原さんは深呼吸をした後に「じゃあ…普通に話します」と口にした。
「それでお願いします」
「少し変な感じがします」
「それも慣れますよ。時間が全てを解決してくれると思います」
そしてそこからまた新たな話題を振ろうとしたタイミングで石原さんは逆に質問された。
「三橋さんって前の会社に居た時に一度会ったのって覚えていますか?」
「え…会ったことってありますか?」
「ありますよ」
これはまずい。
相手がしっかり僕のことを認知している上で、こっちが忘れているのは失礼にあたる。
どうにか記憶を遡って思い出そうとしているものの、思い出せそうにない。
しばらく沈黙が続いたことで、石原さんも察してしまった。
「忘れちゃいました?」
「本当に申し訳ございません」
僕はちゃんと頭を下げた。いくら立場が上だとしても、会ったことがある人を忘れているのは失礼だ。
「そ、そんな丁寧に謝らないでください!一度しかお会いしていないので、忘れていても別におかしくありませんよ。むしろ覚えている私の方がおかしいと思います」
「そんなことないです。今回の件は僕が全面的に悪いです。一度会った方を忘れるとは」
今回はまだ会社内だから良かったものの、これから会社外の人と付き合う時に同じことが起こらないようにしっかりと注意しておかないと。
そう心に決めたところで、石原さんは「私も最初は思い出せなかったんです」と口にした。
「話していて、最初の時はまだ完全には思い出せていなかったんですけど、話しているうちに三橋さんのことを思い出しただけです。なので、私も忘れていたようなものです」
「でも、石原さんは思い出していますから」
「それはそうですけど」
これからのためにも今回のことは肝に銘じる。
「気分を害していなければ、どこで会ったのかを聞いてもいいですか?」
「えっと…スタジオです。その時に私はまた違う方のマネージャーとして同行していたんですが、その時にお会いしました」
「そうなんですか。これからは気を付けます」
そしてその後も柚原《ゆのはら》さんのことや、マネージャーである石原さんの仕事についての悩みや心配事、これからのことについて色々と話した。