『着せ恋』だと思った? 残念『呪術廻戦』でした! 作:自分のことを五条新菜と信じている(文字数
前半部分は『呪術廻戦』のナレーションをしている天元ボイスで脳内再生頼むで!
五条若菜は、転生者である。
その魂に刻まれた生得術式──《
若菜は、自身の術式のことを何も知らない。その存在も、効果も、発動条件も。自らの魂に何が刻まれているのかさえ知らぬまま、《空想置換》は若菜の空想を現実へと置換するため、オートマチックに作用する。
若菜が行うのは、結果を思い描くことだけ。何を起こしたいのか。どうなれば成功なのか。その像さえ定まれば、《空想置換》は若菜の感覚から必要な情報を拾い上げ、現象の成立に必要な条件を意識の外で補完する。
術式を成立させるまでの膨大な処理を、若菜自身が認識することはない。若菜の意識へ上がるのは、その結果だけだ。
ここならできる。こうすればいい。この出力なら成立する。
理論でも、計算でもない。答えだけを先に知っているかのような、結果へ至るための直感である。
ただし、この無意識の補助には、唯一にして絶対の縛りが存在する。
──無自覚。
それは、若菜本人が自身の術式の存在と、その働きによって術式操作を補われているという事実を自覚しないこと。
自分の力に疑問を抱くことは問題ではない。何かがおかしいと考えることも、何らかの仕組みがあるのではないかと推測することも、この縛りには抵触しない。
必要なのは、理解である。
自らの魂に《空想置換》という術式が刻まれていること。そして、その術式が自分の認識の外側で不足を補い、答えだけを直感として返していること。
若菜自身がその存在と働きを理解し、それを事実として受け入れた時、無意識の補助は失われ、術式は機能を停止する。
術式そのものが消えるわけではない。ただ、それまで当たり前のように与えられていた《答え》だけが、二度と自動では返ってこなくなる。
そして今。
そんな自身の術式について何一つ知らない五条若菜が思い描いているものは、ただ一つ。
喜多川海凛の傷の完治。
ただ、それだけである。
若菜は反転術式の、その方法を知らない。負の呪力から正のエネルギーを生み出す、その工程を理解しているわけではない。まして、それを他者へ出力するために何が必要なのかなど、知る由もない。
それでも、彼の中には完成した結果だけがある。
血が止まり、傷が塞がり、喜多川海凛が再び笑う。
その空想を現実へと置換するため、《空想置換》は必要な情報を拾い、出力と呪力操作を補正する。
そして若菜の意識には、その膨大な処理の果てに導き出された結果だけが、直感として返されていた。
◆
治る。
血が止まる。
傷が塞がる。
喜多川さんが、また何事もなかったみたいに笑える。
それだけを考えた。
「ふぅ……」
反転術式について知っていることを、頭の中から引っ張り出す。
呪力は、負のエネルギー。反転術式は、その負の呪力同士を掛け合わせて正のエネルギーを生み出し、それを肉体の治癒のために扱う技術。
なら、必要なのは二つの呪力。
傷口へ添えた掌はそのままに、自分の内側へ意識を向ける。《蒼》を使った時に身体の奥から引き出した感覚をなぞると、今まで曖昧だったものが少しずつ輪郭を持ち始めた。
たぶん、これが呪力だ。その流れを二つに分ければいい。
そう考えたところで、妙な違和感に気づいた。
分けるまでもない。身体の内側を巡っているものは、一つじゃなかった。同じ呪力のはずなのに、わずかに感触の違う二つの流れが、最初から重なるように存在している。
なぜ二つあるのか。疑問は浮かぶ。
でも今は、答えを探している場合じゃない。
負と負を掛け合わせる。それぞれを意識して、同じ場所へ引き寄せる。片方を片方へ押しつけるように、二つの流れを重ねる。
だが、ただ重ねるだけでは変わらない。
もっと深く。互いが混ざるのではなく、ぶつかって別のものへ変わるように。
最初は、何も起きなかった。
違うのか。
心臓が嫌な音を立てる。
それでも、負から正を作るという理屈は変わらないはずだ。
二つの流れをもう一度捉え直し、今度は同じ一点へ強く押し込む。
その瞬間、二つあった感触の境目が消えた。
身体の内側を巡っていた呪力とは、明らかに違う。荒々しさが薄れ、代わりに静かで温かい何かが生まれている。
──これが、反転術式の核。
生まれた力を掌へ集める。その時にはもう、掌へ向かっているのはさっきまでの呪力とは別のものだった。
そのまま、喜多川さんの身体へ流し込む。
「……っ」
喜多川さんの身体が小さく震えた。
傷口から溢れていた血の勢いが、目に見えて弱くなる。
まず、止血。
次いで、大きく開いていた傷の縁が、ゆっくりと互いに近づき始めた。
見間違いじゃない。裂けていた肉が繋がっていく。その上を追うように皮膚が寄り、生々しかった傷口が少しずつ細い線へと変わっていく。
俺は手を離せなかった。途中で止まるのが怖くて、ただひたすら傷がなくなるところだけを思い描き続ける。
喜多川さんの浅かった呼吸が、少しずつ深くなった。強張っていた身体からも、わずかに力が抜けていく。
やがて、掌の下から血が流れなくなった。
恐る恐る、手を離す。
そこに、さっきまで大きく開いていた傷はなかった。
「……あ……れ……?」
「うそ、治った……」
喜多川さんが、傷のあった肩口へ視線を落とす。
裂けた衣装と血の跡は残っている。俺の手も、喜多川さんの手も、八尋さんの手も真っ赤なままだ。ほんの少し前まで大怪我をしていた証拠だけが、生々しく残っている。
けれど、その下にあった傷だけが綺麗に塞がっていた。眩しいくらいの白い肌が、柔らかく残っていた。
「ごじょー君、これ……」
「……治った、みたいです」
自分で言っておいて、意味が分からない。
六眼もないのに《無下限呪術》が使えた。
そのうえ、反転術式まで使えた。それも他者に。
何がどうなっているのか、ますます分からなくなった。
けれど、今はそれでいい。理由なんて後で考えればいい。
喜多川さんの傷が治った。さっきまで苦しそうにしていた喜多川さんが、今は何ともないように自分の肩を動かしている。
その事実だけは、間違いなかった。
「よかったぁ……!!」
気づけば、俺は喜多川さんを抱きしめていた。考えるより先に身体が動いていた。
腕の中に、ちゃんと喜多川さんがいる。触れた身体は温かい。
肩越しに聞こえる呼吸も、さっきまでみたいに浅く途切れてはいない。裂けた衣装も、乾ききっていない血の感触もそのままだ。それでも、その下にあったはずの傷だけはもうなくなっていた。
そう思った途端、身体の奥に張り詰めていたものが一気に緩んだ。
無事だった。
間に合った。
その実感が遅れて押し寄せてきて、思わず腕に力が入る。
「ぅぐ、ごじょー君苦し……!」
その声で我に返った。
傷が治ったばかりの相手に、俺は何を全力で抱きついてるんだ。
「あっ、ご、ごめんなさい!」
慌てて力を緩める。
そのまま離れようとして──できなかった。
腕の中から喜多川さんがいなくなることに、ほんの一瞬だけ身体が抵抗した。
自分でも情けないと思う。けれど、ついさっきまで、この腕の中の人が血を流して苦しんでいたのだ。
「……ちょっとの間、このままにさせてください」
何を言ってるんだ俺は、と口にしてから思った。
さすがに気持ち悪がられても文句は言えない。
けれど、喜多川さんは何も言わなかった。
「ん……」
小さな声と一緒に、背中へ腕が回る。
一瞬、息が止まった。拒まれなかったことよりも、喜多川さんの方から抱き返されたことに驚いた。
背中に触れる腕には、ちゃんと力がある。その当たり前のことが、今はどうしようもなくありがたかった。
しばらくして、喜多川さんの腕が少し緩む。俺もようやく身体を離した。
近い距離で、目が合う。血に濡れた衣装も、乱れた髪もそのままなのに、喜多川さんはいつものように口元を緩めた。
「ありがと、ごじょー君」
その笑顔を見た瞬間、胸の奥に残っていた最後の不安まで消えていった。
血が止まる。傷が塞がる。喜多川さんが、また何事もなかったみたいに笑える。
さっきまで頭の中でただ思い描いていたものが、本当に目の前に戻ってきたのだと、ようやく実感した。
《空想置換》に関する質問は受け付けませぬ故。ナニトゾーナニトゾー。
ボツタイトル案『俺は若菜・T・五条! 人形師になる男だ!』。
Tは高羽のT。《超人》の術式開示ナレーションをもじりたかったため。あと適当にONE PIECEオマージュ。