TS転生したし病弱系ヒロインになりてぇ!! なった!!! 作:燕目
世界観。
一般的には個人にとって己が存在する世界とはどういうものであるのかという事を意味する言葉だが、漫画やアニメ、ゲームの界隈においては作品の舞台となる世界がどのようなものかを意味する言葉として使われることが多い。魔力だとか魔物だとかそういうあれやこれやである。設定と言った方がしっくりくる人も多いかもしれない。
この世界観を視聴者や読者に説明し、過不足なく共有することは言うまでもなく創作物においてとても大切なことである。特にファンタジー等々の現実世界とは大きく異なる要素を持った世界を舞台とする作品においては至上命題といえよう。
しかし、しかーし!言うは易く行うは難しという言葉もあるように、この世界観の説明というのはとても難しい。特に説明調にならず、読者や視聴者に飽きさせることもなく自然にとなると至難の業であると言える。
俺個人としては人の考えた設定を読んだり、聞いたりするのは好きなので、長々とした説明も特に苦には感じない。なんなら病弱系ヒロインに関する設定ならば一日中でも聞いていられる自信がある。しかし、説明ばかりだとテンポが悪くなるという人の考えも理解はできる。延々と説明されてもつまらないものね。
このように限られた文字数やシーンで何を伝え、何を伝えないのか、選んだ情報をどのようにして伝えるのかというのは多くの創作者達にとって頭の痛い問題と言えるだろう。
ここまで長々話したが俺が言いたいことは──先生キャラって便利だよね……ということである。
「菖蒲先生。今日もよろしくお願いします」
「します」
「いや……あの……毎回言っているけれど私は確かに先生だけども、それは医者という役職を指しての先生であって指南役とかそういうことではないのよ?」
「でも菖蒲先生のお話はいつも面白いし為になりますもの!」
「もの!」
「いや、だから……はぁ……。少しだけだからね?」
「ありがとうございます!先生」
「ざいます!」
「……こういう時つくづく思うけど、子供って強いわよねぇ」
「申し訳ありません先生。ご無理を」
「あぁ良いの、良いの。他人に偉そうに何かを教えるっていうのが気恥ずかしいだけで、こうして二人が楽しそうにしてるところを見るのが嫌なわけではないから。それに診察中はどうしても肩肘張っちゃうから、普段の様子を見られるのは担当として素直に嬉しいしね。千陽君、最近はずっとあんな感じなの?」
「はい。千歳様の後をついて回って今のように言葉を真似たり、行動を真似たりしています。それはもう四六時中」
「あらあら。まるで千歳ちゃんがお母さんね」
「あれは成長しているという事でいいのでしょうか」
「してる。してる。どんな子供もああやって誰かを真似て色々なことを覚えていくものよ。良い傾向だと思う。それに千歳ちゃんも喜んでるみたいだし」
「それはまあそうなのですが、良いところを見せようと無理をされることが増えているのは困りものです……」
「あはは……」
はい、千陽君かわいい。季節は冬から春へと向かう中、千歳ちゃんは今日も順調に病弱系ヒロイン街道を爆走し中だ。最近はもっぱら千陽君に言葉や文字の読み書きを教えたり、園城寺家での過ごし方を教えてあげていたりする。理想の主人公になってもらうためにも、こうした日々の地道な努力は欠かせないのだ。自分の恋は自分で育てる。ヒロインとして当然の嗜みである。やっぱり優しくていい子になって欲しいからね!……いや、まあ俺様系でもそれはそれで興奮するんだけどさ。千歳ちゃんみたいな淡くてか弱げな女の子が如何にもな男と付き合ってるのってなんか良いよね……。今は千歳ちゃんの後をついて回ってこんな綺麗なおめめをしている千陽君がそんな……どうしよう!妄想が止まらない!!止まらないよ!!!
「本当に嬉しそう。千陽君の陽の気のおかげで千歳ちゃんの状態もより安定してるし、まさに運命の出会いって感じよねあの二人は。ほんと奇跡みたいな話よ、こんなの」
「ですね。千歳様にとってはまさに運命的なことかと」
「ほんとにね。……うん。じゃあ今日はそういう話をしようかしら。千歳ちゃん、千陽君。そろそろ授業始めましょうか」
「はい!お願いします!菖蒲先生」
「します!」
「……結構楽しんでますよね先生」
いかんいかん。ちょっとワイルド系に成長した千陽君とのアレヤコレヤを想像して意識がトビかけてしまった。まあ、その間も表情は常に儚げ病弱系ヒロインフェイスだがね。普段見せない表情は特別な時のとっておきであって、こんなところで妄りに見せるものではないんだ。常に暗い顔をしていた女の子の満面の笑みとか、そういう緩急がね、感動を生むからね。
さて、本日はもはや恒例の菖蒲先生の定期往診の日である。少し前と違うのはそこに千陽君も加わるようになったということだろう。千歳ちゃんの陰の気もあって日常生活を送れている千陽君だが、千歳ちゃんも含めて前世で言えば指定難病の患者みたいなものである。安定してるから良いやとはならない。そのため二人まとめて菖蒲先生のお世話になっているというわけだ。是非、千歳ちゃんと千陽君の結婚式には来てほしいし、何なら二人の子供とかも診て欲しいくらいである。本当に菖蒲先生にはお世話になりっぱなしで頭が上がらない。いや、千歳ちゃん周りで頭が上がる人いないんだけどね!
「さて、それじゃあ私達陰陽師の世界では二人みたいな偏った気を持ってる人をなんて言ったかしら?」
「千陽のように陽に偏った人は太陽、私のように陰に偏った人は太陰です」
「です!」
「はい!よくできました!」
こういうところも頭が上がらなくなるポイントである。千歳ちゃんは当然それなりの教育を受けているわけだが、年齢や体のこともあって本当に必要最低限といった感じなのだ。勿論、この世界の歴史やらなにやらは過不足なくしっかりと教えて貰っているのだが、前世では教科書の小さなコラムとか読むのが好きだった人種としては必要最低限過ぎて物足りない。
そこで頼ったのが我らが菖蒲先生というわけだ。菖蒲先生はそれはもう滅茶苦茶頭が良く知識の幅も広い、この世界の面白い言い伝えやら習慣、世俗のことまでこれでもかと教えてくれる。加えて患者と関わる立場だからなのか話すのも上手いというのだからありがたい話である。
一度、兄様にも面白い話はないかと強請ったことがあったが、うん……。千歳ちゃん的にもう一回は良いかなといった感じだったとだけ言っておきたいと思う。衛府という治安維持を司る役所が職場な以上仕方のないことなんだろうが、妹に話す話題の九割が現場での切った張ったなのは本当にどうかと思うよ兄様。
そんなこともあってお医者様の菖蒲先生に、学校の先生の真似事をしてもらっているというわけである。菖蒲先生は本当に色々なことを教えてくれる。陰の気や陽の気の性質についてやそれらを使った術についてのあれこれも実例まで含めて教えてくれるので、前世ではゲームの設定資料とかを熟読するタイプだった人間としては本当にありがたい。ギャルゲーとかの無駄に凝った裏設定とか読むのってワクワクするよね……。
「二人のように生来の体質としてそうなる人もいれば、術の使い過ぎ等々様々な理由でそうなる人もいるの。まあ、二人ほど極端な例はそうそうないのだけどね。ちなみにそれに対する治療法としては二人も良く知っているように対になる気を送り込んだり、あとは陰の気や陽の気を活性化させる食事や薬等で対処するの」
「先生やお父様がいつもやってくださることですね」
「そうそう。前にも話したけど相手に気を送って体の調子を変化させるのは基礎的な陰や陽の術の一つね」
「陰の気のみを使った術が陰の術、陽の気のみを使った術が陽の術、それら二つを同時に使用するのが陰陽の術ですよね」
「正解。流石は咲良ちゃん」
「咲良凄い!」
「ごい!」
「……こ、これくらいは侍従として当然ですので」
「千歳ちゃんや千陽君を見ていると実感できると思うけど。どちらかだけの気というのは余りにも強力すぎるの。だから、私達陰陽師は基本的には双方の気を使って、つり合いを取りつつ安全に術を使うってわけ。ちょっとした切り傷のために怪我したところを切り落とす必要はないでしょう?まあ、生死の境を彷徨うような時は使うこともあるけどね」
これに関しては千歳ちゃんや千陽君を見てると本当によく分かる。陽の気なら活性、陰の気なら沈静、どちらか一方だけだとその性質が強く出すぎるのだ。前世で言えば陰の術や陽の術が劇薬や毒薬、陰陽の術が普通薬と言ったところだろうか。軽い打ち身で強い痛み止めを飲めば、副作用で逆に苦しむことになるようなものだろう。ただ、その分陰陽の術より強力なものが多いのも事実、中には本当に呪いのように死を振りまくようなものさえあるらしい。なにそれ怖い。
まあ、多分傍から見たらそんな陰の気に塗れてる千歳ちゃんの方が怖いんだろうけどな!ガハハハッ!
しかし、そんなことより皆から褒められて照れてる咲良ちゃん可愛い。この三人組はなんかもうずっと見てたい。男女の幼馴染トリオってなんかこう良いよね……。どうしようごめんなさい千歳様展開、略してごめちとも結構ありな気が……いや咲良ちゃんはそんなことしない!解釈違いです!十冊ください!!案件である。
「さて、ここまでは前に話したことの復習も兼ねて真面目な話をしたけれど、ここから先は少し俗な話をしましょうか。ずっと真面目な話だとつまらないものね」
「俗ですか?」
「そう。この世は陰と陽に分けられる。それは私達人間も例外じゃない。男性は陽、女性は陰が割り振られているっていうのは当然知っていると思うのだけど。それに関連する男女の情の話、具体的に言うと告白の仕方ね」
「なっ?!」
「わぁ!」
「?」
「千歳ちゃん達のように偏った気の持ち主のことを太陰や太陽って呼んでいるのは話したけれど、知っての通り太陰や太陽には世間一般で使われる方の意味もある。お天道様とお月様のことね。当然、これらも陰と陽が割りられていて、お月様は陰、お天道様は陽。だから、太陰や太陽なんて呼ばれ方をされているのだけれど。そこを絡めて女性に対して月が綺麗ですねって告白するのが最近流行ってるんですって。月も女性も陰だからってことなんでしょうけど、何ともまわりくどい話よね」
「わ、私達には関係のない話ですね」
「でも咲良だっていつかはそういうことをするし、されるのではなくて?」
「そ、それはそうかもしれませんが!」
「?」
「あはは。千陽君にはちょっと早過ぎたかしらねぇ」
こういう話をしてくれるから菖蒲先生は好きなんだよなぁ!ストレートに好きだって告白するシチュエーションも好きだけど、そうとは思えない言葉や仕草であなたが好きですって伝えるのも良いよね……!それに相手側が乙な返しをするならなお良し!千陽君期待してるし、期待しててね!最高の告白シーン一緒にやろうね!!!
◇◇◇
日も落ち、空には月が輝く頃に園城寺家の廊下に響く足音が三つ。
「菖蒲先生のお話なんとも素敵だったと思わない?咲良」
「千歳様にはまだお早いかと」
「むぅ。咲良だって人のこと言えないと思うのだけど」
「そんなことより春とはいえまだまだ夜は冷えます。夜分に外にお出になられるのは」
「露骨に話を逸らして……。それに大丈夫よ。菖蒲先生も言ってたでしょ?千陽君のおかげで最近とっても調子が良いの」
「だとしてもですね」
「少しだけよ。今日は良い月だから、どうしても千陽に見せたいの」
園城寺千歳が先頭を行き、それを鳳条咲良が窘めながら側につき、その後ろをせっせと千陽がついていく。園城寺家の面々にとって見慣れたものとなった隊列を組んで、三人は廊下を進む。
「ほら、やっぱり今日は凄く綺麗」
そう言いながら振り返り微笑む園城寺千歳の後ろにあるのは月の光に照らされる桜花であった。庭に植えられた三人とってはここ最近いつも見ている桜である。しかし、今は普段のような強い日の光ではなく、柔らかな月の光で暗闇の中にその姿を浮かび上がらせ淡く静かに三人を見下ろしていた。
「私は昼の桜も好きだけど、この桜も好きなの。だから、千陽にも見て欲しくって。それに今日は月が綺麗でしょう?だから千陽と見たかったの」
「なっ!」
「……ふふっ。冗談よ咲良。それにこれじゃあべこべだもの。私が言ってもらわないとね」
「千歳様!」
「?」
花吹雪の中でいつも通り少女達のじゃれ合いが始まる。きゃあきゃあと雀が躍るような声色が響く、その様を少年はただ見ていた。言い表せぬ感情をその身の中に溢れさせながら。それを見たものがいれば少年に教えたことだろう。それは見惚れるという感情なのだと。
風によって桜が散り、舞った花弁が少年少女を包み込む。これは春の記憶。大切な大切な少年の春の記憶。
馴れ初めに尺をかけ過ぎだろ……!
それともう副音声ずっと切ってて良いんじゃないかな……。
いつも感想、お気に入り、評価ありがとうございます!
なんかどんどん見たことない数字になっていくし、ランキングにも定期的に乗るしで嬉しいような怖いような気持ちで眺めています。
こんな感じの作品ですが、楽しんでくださったなら幸いです。