色鮮やかな学戦生活   作:岩ノ川

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第9話 面白そうな奴

 鳥もどきの群れは逃げ去ったが、まだ校舎内に別の妖魔が潜んでいる可能性はある。浮かれて歩き回って、今度こそ奇襲でもされたら笑えない。

 長剣(ロングソード)を失っている俺は丸腰だ。代わりに鶏崖さんから借りた盾(シールド)を持ったまま、三人で周囲を警戒しながら階段を上っていく。

 

「静かだな……」

 

「あれだけド派手に暴れたからねぇ。近くにいた妖魔は逃げたんじゃない?」

 

「そうだといいけどな。さっきみたいに、あとからゾロゾロ来られても困る」

 

「あたしも弓を撃ちっぱなしだったから、しばらく大人しくしてほしいなぁ」

 

 鶏崖さんが肩を回しながら苦笑する。

 確かに俺も腕が重い。盾で何度も突風や爪を受け止めたせいか、指先まで痺れていた。それでも立ち止まってはいられない。

 階段を上り、廊下を進み、屋上へ続く扉を開ける。幸い、そこまで一体の妖魔とも遭遇しなかった。

 

「ふぅ~。心配しすぎだったかな?」

 

「何もないなら、それが一番だろ」

 

「そうそう。平和が一番!」

 

 屋上も当然のように荒れ果てていた。フェンスは所々倒れ、床には亀裂が走り、給水塔らしき物は半分潰れている。この荒廃した景色で言われても説得力がないけどな。

 その端まで進み、下を覗き込む。

 

「うわっ……。高いな」

 

 真下には、あの巨大な籠がある。

 地上から見上げるよりも、実際に上から見る方が恐ろしい。足を滑らせれば、渡り人の俺たちならともかく、普通の人間はまず助からないだろう。

 

「これ、どうやって助ける?」

 

「ちょうど良い物があるよ!」

 

 鶏崖さんがポケットから一つの宝玉を取り出した。

 

「解放(リリース)、紐(ロープ)!」

 

 そう唱えると、鶏崖さんの手元にかなり長い一本のロープが現れた。

 

「そんな宝玉もあるのか」

 

「裏世界じゃ何が起こるか分からないからな。戦う物だけ持っててもしょうがないだろ?」

 

「なるほど……」

 

 戦闘用の物ばかりと思っていたが、宝玉にも色々な物が存在するのだな。渡り人として活動を続けるのなら、こういう知識も増やした方がよさそうだ。

 鶏崖さんはロープの片端を屋上の丈夫そうな柱へ何重にも巻き付ける。もう一方の端では、犬星が黙々と自分の腰にも結び始めた。

 

「じゃあ私が下りるね!」

 

「待て待て!危ないだろ!」

 

「大丈夫だって。こういうのは慣れてるから!」

 

「何で高校一年生が高所からロープで降りることに慣れてるんだよ!?」

 

「裏世界にいると、色々あるんだよ!」

 

 笑いながら犬星は屋上の縁へ足をかける。

 念のため俺と鶏崖さんもロープを掴み、支える。

 

「じゃ、行ってくる!」

 

「気をつけろよ!」

 

 犬星は壁面を蹴りながら、ゆっくりと籠まで降りていった。

 

「お、おい!誰か来たぞ!」

 

「助けてくれるの!?」

 

 籠の中から歓声が上がる。

 

「大丈夫!今から穴を開けるから、そこから離れて!」

 

 籠へ足を掛けると、犬星はまず自分の腰へ結んでいたロープを解いた自由になったロープの端を籠の隙間から中へ垂らしてから、中の人たちを離れさせる。

 そしてポケットから宝玉を取り出した。

 

「解放(リリース)、長剣(ロングソード)!」

 

 剣を振るい、籠を構成していた木材や鉄骨を少しずつ切断していく。太い部分には何度か苦戦していたが、やがて人一人が十分に通れるほどの穴が開いた。

 

「よし!まず、自力でロープを登れそうな人から!」

 

「私が行こう!」

 

 声を上げたのは、体格のいい男性教師だった。

 先生はロープを両手で掴み、足を絡ませながら慎重に登り始める。

 

「羽菜ちゃ~ん!大和~!いいよ~!」

 

「よし!猪飼、補助するぞ!」

 

「オッケー!」

 

 ここからだと籠の中の様子が分かりづらかったから、犬星が大声を出してくれて助かる。

 俺たちは屋上からロープを張り、男性教師が登りやすいように支える。何とか先生が屋上まで上がると、すぐに次の救助へ取りかかった。比較的体力のある生徒には自力で登ってもらう。自力で登れない人の番になると、鶏崖さんが柱へ固定していたロープを解く。犬星が下で生徒の身体へ反対側を結び、俺と鶏崖さんが屋上からロープを引っ張って持ち上げる。

 一人を引き上げるたびにロープを下ろし、次の人を結びつける。一人、二人、三人と、少しずつ救出していく。作業には時間がかかったが、幸い大きな事故は起きなかった。最後に犬星自身を引き上げ、ようやく全員が屋上へ揃う。

 

「た、助かったぁ……!」

 

「帰れる……帰れるんだ……!」

 

「うわぁぁぁぁぁん!」

 

 生徒たちの中には、その場で泣き崩れる者もいた。

 先生たちもほっとしたように肩の力を抜いている。

 

「本当にありがとう!」

 

「あなたたちが来てくれなかったら……!」

 

「さっき空を飛び回ってた子だよね!?」

 

「弓の人もすごかった!」

 

「どうもどうも~♪」

 

「いや、あたし一人じゃ何もできなかったって!」

 

 気がつけば、犬星と鶏崖さんの周囲に人が集まっていた。二人へ次々と感謝の言葉が飛んでいく。

 まあ、当然か……。犬星は妖魔の背中を飛び移りながら派手に戦っていたし、鶏崖さんは空から次々と妖魔を撃ち落としていた。籠からじゃ、俺が校舎の中で何をしていたかまでは見えなかっただろう。

 実際、最初はあの鳥もどき相手にかなり苦戦した。俺なりに必死だったけど……。

 

「……もっと、安心させられるような戦い方ができればよかったな」

 

 思わず、小さく呟く。

 

「キミ」

 

「えっ?」

 

 顔を上げると、二人の先生が俺の前に立っていた。

 籠の中から、俺たちへ逃げろと叫んでいた先生たちだ。

 

「キミも、人のためにボロボロになるまで戦ってくれてありがとう!」

 

「……俺を、見てたんですか?」

 

「もちろんです」

 

 女性教師が優しく微笑んだ。

 

「あなたが一人であの大きな化け物を校舎へ連れていったところも、たくさんの化け物を自分へ引きつけていたところも見ていました」

 

「キミも、私たちを守るために戦ってくれていたんだろう。本当にありがとう!」

 

 俺のことも、ちゃんと見てくれていた。

 剣だってまともに扱えない。何度も失敗した。それでも、助かった人が目の前で俺に礼を言っている。

 

「……ありがとうございます」

 

 自然と笑みがこぼれた。

 強敵を倒した時より、誰かからこうして感謝される方がずっと嬉しかった。

 

「はいはい、感動しているところ悪いけど!」

 

 パンッ、と鶏崖さんが手を叩く。

 

「いつまでもここにいたら、またあの鳥みたいなのが戻ってくるかもしれない。早く帰ろう!」

 

「そうだな」

 

「それでは皆さ~ん!今から帰り道を案内しま~す!はぐれないように一列になってくださ~い!」

 

「遠足の先生みたいだな」

 

「犬星先生ですから!」

 

「その肩書きまだ続いてたのかよ」

 

 俺たちは迷い人たちを連れ、再び図書室へ向かった。

 途中も妖魔には遭遇せず、無事に到着する。

 

「うっわー……」

 

 改めて見ると、裏世界の図書室は酷い有様だった。

 本棚は軒並み倒れ、床一面に本や木片が散乱し、俺がリーダー格と戦った跡がはっきりと残っている。

 

「猪飼……これ、お前がやったのか?」

 

「……半分くらい」

 

「半分でも十分すごいよ」

 

 鶏崖さんが呆れたように笑う。

 幸い、ゲートの残滓が残っている場所だけは瓦礫に塞がれていなかった。図書室を探ると、一ヶ所だけではなく、何ヶ所にもゲートの痕跡が残っている。どうやら全員が同じゲートから引きずり込まれたわけではないらしい。

 

「これなら全員帰せそうだね!」

 

 犬星と鶏崖さんが、それぞれ残滓の状態を確かめていく。

 俺には違いがよく分からないが、二人には残っている力の強さが分かるらしい。

 

「こっちは二人くらい。そっちは……三人いけるかな」

 

「これ、別々のゲートを使って大丈夫なのか?」

 

 ふと気になって尋ねる。

 

「うん。どれも表世界側は図書室につながってるよ」

 

 犬星が痕跡へ手をかざしながら答えた。

 

「吸い込まれた場所が少しずつ違うだけみたい。帰った時も、この図書室の中に出ると思う」

 

「なら安心か」

 

 俺たちは残っている力に合わせて、迷い人たちをいくつかのゲートへ振り分けた。

 

「これを通れば、本当に帰れるんだな?」

 

「はい!目を閉じて突っ込めば、気付いたら元の場所です!」

 

「その説明で大丈夫なのか……?」

 

「大丈夫大丈夫!」

 

 生徒たちは不安そうにしながらも、一人、また一人とゲートへ消えていく。

 最後の方になり、先ほどの先生が俺たちを振り返った。

 

「本当にありがとう。この恩は、一生忘れません」

 

 その言葉に、俺たち三人は同時に黙った。

 表世界へ帰れば、この人たちは裏世界で起きたことを全て忘れる。当然、さっきの俺たちの活躍も。

 

「……どういたしまして!」

 

 最初に答えたのは犬星だった。

 

「忘れても、無事に帰れればそれでオッケーです!」

 

「……?」

 

 先生は意味が分からないように首を傾げながらも、笑顔を返してゲートへ入っていった。

 最後の一人が消えて、図書室に残ったのは俺たち三人だけとなった。ここで鶏崖さんが呟く。

 

「……なんか、ちょっと寂しいな。あんなに感謝してくれたのに、帰ったら全部忘れちゃうんだから」

 

「うん。でも、生きて帰れたならいいよ。覚えてもらうために助けたわけじゃないもん!」

 

「……それもそうだな」

 

 犬星の言葉に納得したのか、鶏崖さんは微笑んだ。

 ふと、床に散乱した本の間で、小さく光るものが見えた。

 

「んっ?……あっ!」

 

 屈んで拾い上げると、それは俺の『長剣(ロングソード)』宝玉だった。

 

「見つかったんだ!良かったね!」

 

「ああ。完全に失くしたと思ってた」

 

 掌へ戻った宝玉を見て、思わず安堵する。

 それほど長く持っているわけでもないのに、不思議ともう愛着が湧いていた。

 

「じゃあ、俺たちも帰るか」

 

「待った!」

 

 ゲートを出そうとした瞬間、鶏崖さんが止めた。

 

「ここで表世界へ戻ったら、図書室にいきなり三人現れることになるだろ?」

 

「あっ」

 

「まだ学校に残ってる人もいるだろうし、見つかったら色々とめんどくさいことになる」

 

「危なっ!じゃあ、学校の外まで移動しよう!」

 

 裏世界の校舎から出て、表世界でも人通りが少ないはずの場所まで移動する。俺たちはそこで、それぞれ専用のゲートを作った。一足先に犬星が表世界へ戻り、少ししてからゲート越しに顔だけを覗かせる。

 

「誰もいないよ~!」

 

「そんな確認方法ありなのかよ……」

 

「便利でしょ?」

 

 犬星に続き、俺と鶏崖さんも表世界へ帰還した。

 表世界の校舎は、何事もなかったように静かだ。あれだけの騒動があったのに、こちらの世界だけを見ていると嘘みたいだった。夕方から夜へ変わり始めた空を見ながら、犬星が大きく伸びをする。

 

「いやぁ~!今日は頑張ったねぇ!ということで、祝勝会を開催しま~す!」

 

「急だな」

 

「いいじゃん!せっかく三人とも生きて帰れたんだし!」

 

「まあ……あたしも賛成かな。ちょっと腹減った」

 

「じゃあ決まり!」

 

 そのまま俺たちは、学校近くのコンビニへ向かった。

 店内で各々好きなお菓子や飲み物を買い、店の外にあるベンチへ座る。犬星が炭酸飲料のペットボトルを高々と掲げる。

 

「それでは皆さん!初めて三人で戦って、全員無事に帰ってきたことを祝して~!乾杯!」

 

「「乾杯!」」

 

 三つの飲み物を軽くぶつける。

 さっきも三人で変なジュースを飲んだばかりだ。でも、今回は意味が全然違う。

 

「それにしても驚いたよ。鶏崖さんも渡り人だったなんて」

 

「あはは。あたしも猪飼が渡り人だったことにビックリしたけどね」

 

「羽菜ちゃん、私より前から渡り人なんだよ!」

 

「えっ、そうなのか?」

 

「中学三年の頃からだよ」

 

「つまり……渡り人の先輩か」

 

「別に威張れるようなことじゃないって」

 

 鶏崖さんは苦笑しながらポテトチップスを摘まむ。

 

「それにしても、何で俺たちが裏世界にいるって分かったんだ?」

 

「教室で言っただろ。『裏』って」

 

「あっ……」

 

「あれ聞いた時、もしかしてって思ったんだよ。犬星もすぐ反応したし。その後を追って図書室に行ったら、ゲートの痕跡が残ってたから」

 

「なるほど……」

 

 隠したつもりだったのに、相手が渡り人なら完全に筒抜けだったわけか。

 

「あっ、そうだ」

 

 そこで俺は、まだ手元に残っている物を思い出した。

 ポケットから一つの宝玉を取り出す。

 

「鶏崖さん、これ」

 

「んっ?」

 

「借りてた『シールド』。ありがとう。助かったよ」

 

 鶏崖さんの掌へ宝玉を乗せる。

 すると何故か、彼女は少し驚いた顔をした。

 

「……本当に返すんだ」

 

「えっ?」

 

「いや。てっきり借りパクされるかと思ってた」

 

「何でだよ!?借りた物は返すだろ!」

 

「あははは!そうだよな。普通はそうだよな」

 

 鶏崖さんは少しだけ遠い目をし、それから笑った。

 

「猪飼って、優しい奴なんだな」

 

「これくらいで言われるほどじゃないだろ」

 

「……そうだね」

 

 鶏崖さんは笑ったが、その笑顔はほんの少しだけ苦かった。

 以前に宝玉関係で嫌なことでもあったのだろうか。返事が妙に引っかかった。けれど、犬星が横から鶏崖さんへ抱きついたせいで、それ以上聞く機会を失った。

 

「羽菜ちゃ~ん!今日は助かったよぉぉぉ!」

 

「うわっ!?ジュース飲んでる時に抱きつくなって!」

 

「今日から羽菜ちゃんは命の恩人!」

 

「それならあたしも犬星に助けられてるだろ!」

 

「じゃあ相互命の恩人!」

 

「何だそれ!」

 

 騒ぐ二人を見ていると、俺も思わず笑った。

 今日、俺が何の役にも立たなかったわけじゃない。籠の中にいた先生たちは、俺のこともちゃんと見てくれていた。俺が敵を引きつけたことにも意味はあった。それは分かった。

 だからといって、今日の戦い方まで全部正しかったことにはならない。リーダー格を倒した後に油断して武器を失った。丸腰のまま数十体へ突っ込もうとした。鶏崖さんが来なければ、犬星が戻らなければ、その先がどうなっていたのかは考えるまでもない。

 

「……運がよかったよな」

 

 考えているうちに、そんな言葉が口から漏れた。

 

「むぐっ!?」

 

 その瞬間、口に何か長いものを突っ込まれた。

 慌てて引き抜くと、長い麩菓子だった。

 

「何すんだ犬星!?」

 

「大和、さっきから難しい顔してる!」

 

「だからって口に麩菓子突っ込む奴がいるか!?」

 

「ここにいます!」

 

「胸張るな!」

 

 咳き込みながら水を飲む。

 犬星は笑っていたが、その目だけは少し心配そうだった。

 

「大和、なに考えてたの?」

 

「……別に」

 

「嘘」

 

「即答かよ」

 

「だって大和、反省してる時の顔になってるもん」

 

「俺の顔にそんな種類があるのか……」

 

「あるある」

 

 鶏崖さんもこちらを見る。

 

「何か気になることがあるなら言いなよ。さっき言っただろ?話くらいなら聞くって」

 

「……」

 

 少し迷ってから、今日考えていたことを素直に話した。

 

「俺……今日、かなり危ない戦い方してたなと思って」

 

「危ない戦い方?」

 

「ああ。最初に囮になったところまではよかったと思う。でも、リーダー格を倒した後に油断した。武器も落とした。最後なんて、丸腰で何十体も相手にしようとしてた」

 

「うん」

 

「今回は鶏崖さんが来てくれた。犬星もいた。だから助かった。でも次もそうとは限らない」

 

 ペットボトルを握る手に少し力が入る。

 

「俺がやったことにも意味があった。それは先生たちに言ってもらえて分かったよ。……でも、もっと上手いやり方はあったんじゃないかって思う」

 

 しばらく沈黙が流れた。

 最初に口を開いたのは、鶏崖さんだった。

 

「あたしからすれば、猪飼のおかげですっごく戦いやすかったけどな」

 

「俺が?」

 

「そうだよ」

 

 鶏崖さんは当然のように言う。

 

「あの数の妖魔が空を飛び回ってる状況で、あたし一人じゃ矢を撃つ余裕なんてなかった。猪飼が前で盾を構えてくれたから、安心して狙えたんだ」

 

「でも、その盾だって鶏崖さんの……」

 

「誰が持ったって同じじゃないよ」

 

 鶏崖さんは少し強い口調で遮った。

 

「あんな突風と爪を何回も受けても、逃げずに前へ立ち続けたのは猪飼だろ?」

 

「……」

 

「それに!」

 

 今度は犬星が身を乗り出す。

 

「大和が最初に大声で妖魔たちを怒らせてくれたから、籠のみんなから妖魔を引き離せたんだよ!」

 

「でも、あれはただ怒鳴っただけで……」

 

「その“ただ怒鳴っただけ”が大事だったの!」

 

 犬星は人差し指を突きつける。

 

「私はいっぱい斬った。羽菜ちゃんはいっぱい撃った。でも、その前に大和が敵をこっちへ向かせてくれた。だから戦えたの!」

 

「猪飼の戦い方は派手じゃなかったかもしれないけどさ、ちゃんと役に立ってたよ。少なくとも、あたしには必要だった」

 

 その言葉に、胸の奥へ残っていたものが少しだけ軽くなる。

 俺にもできたことはあった。

 

「ただし」

 

「んっ?」

 

 鶏崖さんの声が、少し低くなった。

 

「武器もないのに三十体近い妖魔へ喧嘩売ったのは、普通に馬鹿だからな!」

 

「……はい」

 

「あたしが来なかったらどうしてた?」

 

「壁とか柱を使って……」

 

「それで全部倒せたと思う?」

 

「……無理だったと思います」

 

「だろ?」

 

 鶏崖さんは俺の額を軽く小突いた。

 

「役に立ったことと、無茶したことは別。そこをごっちゃにするなよ」

 

「……肝に銘じます」

 

「よろしい!」

 

 鶏崖さんは説教を終えると、にやっと笑う。

 何でも肯定してくれるわけではない。良かったところは認めて、駄目だったところは駄目だと言ってくれる。そのことが少しありがたかった。

 

「よぉし!大和が復活したところで、お菓子追加しよう!」

 

「まだ食うのか!?」

 

「戦った後だからお腹空いた!」

 

「あたしも賛成。今度は甘いもの買おうかな」

 

「じゃあ大和のおごりね!」

 

「何でだよ!?」

 

 三人の笑い声が、夜のコンビニ前へ響く。

 ほんの数時間前まで、命懸けで妖魔と戦っていたとは思えない。それでも、こういう時間があるから、また頑張れるのかもしれない。俺はそう思いながら、残っていた麩菓子を口へ放り込んだ。

 

◇

 

 一方、その頃。裏世界の彩間高校。

 

 第一校舎から少し離れた別の校舎、その屋上に一人の男子生徒が立っていた。崩れかけたフェンスへ背中を預け、遠くの第一校舎をぼんやりと眺めている。つい先ほどまで、あちらでは鳥のような妖魔たちが空を埋め尽くしていた。

 怒鳴り声、破壊音、無数の羽音、そして戦う三人の姿。男子生徒は、校庭で繰り広げられた戦いを遠巻きに眺めていた。助けに入ることもなければ、危険を知らせることもしない。ただ、面白そうに眺めていただけだった。

 

「へェ~……」

 

 小さく声を漏らす。

 一番印象に残ったのは、青緑色の髪をした男子生徒だった。剣の扱いは下手。動きだって素人同然。なのに、空を飛ぶ妖魔を怒鳴って地上へ引きずり下ろし、勝てない相手を校舎へ誘い込んだ。次に姿を現した時には、あの大きな妖魔はもういなかった。挙げ句の果てには、何十体もの妖魔を前にして、一人で大声を張り上げて戦おうとした。

 普通なら逃げるのが得策だ。自分なら、あんな面倒事へわざわざ首を突っ込もうとは思わない。

 

「あんな面白そうな奴がいたんだな」

 

 男子生徒の口元が、ゆっくりと吊り上がった。まるで、新しい遊びでも見つけた子供のように。やがて一本の長い槍を肩へ担ぎ、第一校舎へ背を向ける。

 男子生徒は崩れかけた校舎の奥へ姿を消していった。

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