色鮮やかな学戦生活   作:岩ノ川

11 / 11
第10話 ほきょろぴにのふぃせくらくよほほむ

 図書室で起きた一件は、思っていたよりも大事にはならなかった。

 突然いなくなった十人以上の生徒や先生たちは、気が付けば全員、元の図書室へ戻っていた。当然、裏世界で起きたことは誰一人として覚えていない。全員が最後に覚えているのは、図書室で勉強をしたり、本の整理をしていたところまで。そこから先の記憶だけがすっぽりと抜け落ち、次に気が付いた時には夕方になっていたらしい。十人以上が揃いも揃って、数時間分の記憶を失っている。本来なら十分すぎるほど不気味な話だ。

 誰か一人くらい、「これはおかしい」と騒いでもよさそうなものだが、人間というのは不思議なもので、理由の分からない出来事には勝手にそれらしい理由をつけるらしい。本人たちは「勉強や作業に集中しすぎて、時間の感覚がおかしくなったんだろう」と納得し、周囲もそれを深く疑わなかった。その結果、「彩間高校の図書室は、時間を忘れるほど集中できる」という、何故か妙に前向きな噂が学校中に広まった。

 

「三年の先輩が四時間ぶっ通しで勉強できたらしいぞ!」

 

「マジ?じゃあ次のテスト前、図書室使おうかな」

 

「最近成績落ちてるし、俺も行こうかな~」

 

 月曜日の朝。

 教室へ向かう途中、そんな会話が何度も耳へ入った。どうやら噂に尾ひれがついたらしく、図書室で勉強すると集中力が上がる。図書室で勉強すると成績が伸びる。中には「図書室で居眠りすると頭が良くなる夢を見る」なんて意味不明な噂まで生まれているらしい。人間の噂話というものは、妖魔とは違う意味で恐ろしい。

 

「いや、そこ十人以上が妖魔に攫われた現場だからな……」

 

 週明けから図書室は、普段以上に混雑しているという。

 あの場所で鳥もどきの群れに攫われ、巨大な籠へ放り込まれていた人たちを実際に見た俺からすれば、御利益を求めて足を運ぶ連中の気が知れない。まあ、誰一人欠けることなく戻ってこられた。それなら、それでいいのかもしれない。

 

「んっ?」

 

 廊下の向こうから歩いてくる一人の女性教師が目に入った。

 見覚えがある。授業を受けたことはないが、顔だけなら忘れるはずもない。あの巨大な籠の中から、俺たちへ向かって叫んでいた先生だ。

 自分が助かるかどうかも分からない状況で、それでも俺たちの身を心配してくれた。救助した後には、俺が戦っていた姿もちゃんと見ていたと言ってくれた。思い出した途端、何となく気恥ずかしくなって視線を逸らす。

 先生は俺の前まで歩いてくると、普通に会釈した。

 

「おはようございます」

 

「あっ……おはようございます」

 

 それだけだった。先生は何事もなかったように俺の横を通り過ぎていく。思わず、その背中を振り返った。

 分かっていたことだ。迷い人は表世界へ戻れば、裏世界での出来事を忘れる。俺たちが助けたこと、鳥もどきに襲われたこと、命懸けで籠から脱出したことも全部。

 

「……あの、先生!」

 

 気付けば、呼び止めていた。

 

「んっ?」

 

 先生が振り返る。

 呼び止めておいて、何を言うんだ俺は。覚えてますか?なんて聞いてどうする。覚えているわけがないのに。

 

「……えっと」

 

「どうしたの?」

 

「その……体調、大丈夫ですか?」

 

「体調?」

 

 先生は不思議そうに目を瞬かせる。

 

「はい。何となく、顔色が気になったというか……」

 

 苦し紛れにもほどがある。先生は、自分の頬へ手を当てた。

 

「そう?特に何ともないけど」

 

「あっ、なら良かったです」

 

「心配してくれてありがとう。猪飼君って、人のことよく見ているのね」

 

「えっ、俺の名前……」

 

「一年六組でしょう? 廊下当番で何度か見かけたことがあるから」

 

「ああ……そういう」

 

 別に裏世界で覚えられていたわけではない。

 少しだけ期待してしまった自分が恥ずかしい。

 

「じゃあ、先生は職員室へ行くから。猪飼君も遅刻しないようにね」

 

「はい」

 

 先生は軽く笑い、そのまま廊下の向こうへ去っていった。

 先週あれだけ泣いて、怯えて、俺たちに何度も礼を言っていた人が、今日は普通に先生として歩いている。少しだけ寂しいが、その足取りはしっかりしていた。怪我もなく、恐怖に震えてもいない。先週のことなんて最初からなかったみたいに、いつもの生活へ戻っている。

 

「……これでいいのか」

 

 俺たちのことを忘れていてもいい。今日も普通に学校へ来ている。それで十分なんだ。

 

「……何なんだろうな、あの声」

 

 そして、もう一つ、俺には図書室の事件以来、ずっと気になっていることがあった。

 これまで二度、俺の頭の中へ直接響いた謎の声だ。初めて裏世界へ迷い込む直前と、図書室の集団神隠しが起きた時だ。内容はどちらも意味の分かりづらい、詩みたいな言葉だった。

 一度目は《戌の方角を向け》と言われ、その先に犬星がいた。二度目は《書物まみれの大部屋》《翼持つ者が姿を見せてくれよう》と言われ、図書室の事件と鶏崖さんの参戦に繋がった。言われた時は意味不明だった。でも出来事が起きた後に振り返れば、確かにそれらしい意味がある。偶然と片付けるには、出来すぎている。

 

「未来予知……とか?」

 

 廊下で思わず口にして、自分で馬鹿らしくなった。

 少し前の俺なら、そんなものあるわけないと笑っていただろう。だが今の俺は、宝玉一つで剣が出現したり、光を飛ばしたり、人間がマンホールの蓋みたいに潰れたりする世界を知っている。……後半は主に犬星のせいだが。

 未来を予知する謎の声くらい、今更存在していても驚けない。ただ、一つだけ気になる。犬星から、こんな現象について聞いたことがない。鶏崖さんも俺より長く裏世界で活動している。二人が何か知っているなら、正体を探る手掛かりくらいは得られるかもしれない。

 何より二度も結果的に助けてもらったような形にはなっている。だからといって、無条件で信用していい理由にはならない。正体も目的も分からない。何故、俺へ語りかけるのかすらも。好意的な存在だと決めつけるには、分からないことが多すぎる。

 

「昼休みに聞いてみるか」

 

 俺はそう決め、教室へ向かった。

 

◇

 

 昼休み。

 授業終了のチャイムと同時に、教室内が一気に騒がしくなる。

 

「犬星、もしよかったら昼飯一緒に付き合ってくれないか?」

 

「いいよ~!また屋上?」

 

「いいや、校舎裏」

 

「おっ!」

 

「……先に言っておくが、告白じゃないぞ?」

 

「分かってるよぉ」

 

「本当だな?」

 

「ちゃんと分かっているって!じゃあ場所取りしてくるね!」

 

 そう言い残して、犬星は弁当を片手に先に行ってしまった。

 何故だろう……ものすごく不安だ。

 

「相変わらず元気な奴だな」

 

「鶏崖さん、丁度いいところに来た。鶏崖さんも一緒に食べないか?」

 

「んっ?あたしも?」

 

「ああ。二人に話したいことがあるんだ」

 

「分かった。弁当持ってくよ」

 

 鶏崖さんは特に疑問も抱かず頷いた。

 俺は授業の後片づけで少し遅れてしまい、二人は先に教室から出た。すぐに用事を片付けて、俺も弁当を持って校舎裏へと向かう。

 二人を呼び出したのは、校舎裏にある小さなベンチだった。校庭や中庭と違い、ほとんど人が来ない。裏世界について話すにはちょうどいい。

 

「さて……」

 

 弁当を片手に校舎裏へ回ると、二人はすでに到着していた。

 

「…………」

 

 そして俺は、無言で踵を返した。

 

「待って大和ォ!」

 

「何で帰るんだ猪飼!?」

 

 背後から二人の声が飛んでくる。仕方なく振り返る。

 そこにはボクシンググローブを装着した犬星が、軽快なステップを踏みながらシャドーボクシングをしている。その隣では、鶏崖さんがなんとも言えない表情で、小さなゴングとハンマーを持って立っていた。

 

「……聞いていいか?」

 

「どうぞ!」

 

「何してんの?」

 

「準備運動!」

 

「何の!?」

 

 犬星がシュッシュッと拳を繰り出す。

 

「校舎裏に呼び出しといったら、決闘でしょ!」

 

「何でそうなるんだよ!?」

 

「だって告白じゃないんでしょ?」

 

「世の中の校舎裏で行われる会話は、告白か殴り合いしかないのか!?」

 

「違うの?」

 

「違うわ!」

 

 何故そんな心底不思議そうな顔ができる。

 

「鶏崖さん」

 

「……何?」

 

「何で付き合ってるの?」

 

 鶏崖さんが手にしているゴングを見下ろす。

 

「止めたよ?一応、止めたんだよ?」

 

「うん」

 

「でも犬星が「開始のゴングお願い!」って押しつけてきて……」

 

「断っていいんだぞ?」

 

「その時の犬星がすっごく楽しそうだったから、つい……」

 

 この人、案外頼まれごとに弱いタイプなのか?まあ、ただ単に犬星の圧が凄かったのだと思うけど。

 

「よぉ~し大和! どこからでもかかって――」

 

「だからやらないって!」

 

 じりじり近づいてくる犬星の額を掌で押さえる。

 

「今日は普通に昼飯食いながら話したかっただけだ!」

 

「……えっ?ただ、一緒にお昼ご飯を?」

 

 犬星の拳が止まった。

 

「ああ」

 

「決闘は?」

 

「しない」

 

「一発だけでも?」

 

「しない」

 

「軽くジャブだけ!」

 

「しつこい!」

 

「なぁ~んだぁ~。また読み外したぁ……」

 

 犬星は心底残念そうに肩を落とし、グローブを外し始める。

 鶏崖さんも、ほっとしたようにゴングを地面へ置いた。

 

「よかった。正直これ、いつ鳴らせばいいのか困ってたんだよ」

 

「始める気だったのか!?」

 

「あはは。ここまで来たら一回くらい見てみたくなるだろ?」

 

「鶏崖さんまで犬星に染まらないでくれ……」

 

 三人でベンチへ座る。ようやく昼休みが始まった。

 ゴングとボクシンググローブが足元に転がっていることを除けば、普通の昼休みなんだけどな。

 

「大和、その卵焼き美味しそう!」

 

「見るな。やらないぞ」

 

「まだ何も言ってないよ!」

 

「顔に書いてある」

 

「猪飼、それ母さんの手作り?」

 

「そう。毎朝作ってくれてる」

 

「いいなぁ。うちは朝忙しい時、適当にパンだけとかあるよ」

 

「羽菜ちゃん、自分で作らないの?」

 

「朝から弟と妹の面倒見ながら、自分の弁当まで作るのは流石にしんどいって」

 

「……弟と妹いるのか?」

 

「いるよ。双子。まだちっちゃいけどね」

 

 鶏崖さんはそう言いながら、少し嬉しそうに笑う。

 

「双子って大変なのか?」

 

「大変なんてもんじゃないよ。一人が泣いたら、何故かもう一人も泣き始めるんだから」

 

「共鳴してるの?」

 

「双子だからそうかもな。小さい頃なんて夜中が地獄だったぞ。片方寝たと思ったら片方起きるし、やっと寝かしつけたと思ったら今度は最初の方が泣くし」

 

「鶏崖さんが母親みたいになってないか?」

 

「時々あたしもそう思う」

 

 鶏崖さんはそう言って苦笑した。

 面倒見がいいのは、家でも弟妹の世話をしているからなのかもしれない。

 

「でも可愛いよ。あたしが帰ると二人揃って走ってくるし」

 

「へぇ~!今度会ってみたい!」

 

「犬星を家に入れたら、双子が変なこと覚えそうだからちょっと怖いな」

 

「何で!?」

 

「否定できないな」

 

「大和まで!」

 

 そんな他愛もない会話をしながら、弁当を食べる。

 つい一週間ほど前までなら、昼休みにこの二人と三人で飯を食うなんて想像もしていなかった。犬星とは隣の席だったから話す機会も多かったが、鶏崖さんとは本当にただのクラスメイトだった。それが今では、裏世界という他の誰にも言えない秘密まで共有している。人間関係って、何がきっかけで変わるか分からないものだな。

 

「それで?わざわざ人気のない校舎裏に呼び出した理由は何だ?飯食うだけじゃないんだろ?」

 

 鶏崖さんが箸を止めて聞いてきた。

 やっぱり察しがいい。

 

「裏世界に関係ある話なんだ」

 

 その一言で、二人の表情がほんの少し変わる。

 さっきまで弁当の話をしていた空気が、一瞬だけ引き締まった。

 

「何かあったの?」

 

「ああ。実は渡り人になる前から、俺のほきょろぴにのふぃせくらくよほほむ」

 

「「……はい??」」

 

 んっ??俺は今、何て言った??

 

 

「すまん、もう一回言い直す」

 

「「……どうぞ」」

 

「えー、こほん……。渡り人になる前から、俺のほきょろぴにのふぃせくらくよほほむ」

 

「「何て??」」

 

 本当に何でだ!?俺は「俺の頭に聞き覚えのない声が聞こえる」って言おうとしているのに、そう口にしようとした時に呂律が回らなくなる!

 いったいどうなっている?!

 

「ほきょろぴに!ほきょろぴに!ほきょきょきょきょ!!」

 

「ぶふっ!」

 

 壊れたラジカセみたいになった俺に、犬星が吹き出した。

 

「ちょ、待ってよ大和!あははは!急にどうしたの?」

 

「わ、笑うな!お、俺だって何が何だか……!?……ほきょろぴにのふぃせくらくよほほむウガァァァァァ!!」

 

「あはははははは!」

 

 あまりの奇怪な俺の様子に、犬星は腹を抱えて笑う。

 よく見ると鶏崖さんも必死にこらえているが、小さく両肩が上下に動いている。

 

「犬星、笑ったら悪いって……ふっ」

 

「鶏崖さん!?」

 

「ご、ごめん!心配してる!心配してるんだけど……!」

 

 もう完全に口元が笑っている。

 何なんだ、これは。一度口を閉じ、深呼吸する。

 

「すぅ~……よし」

 

「落ち着いた?」

 

「ああ。もう一度言う」

 

 二人がこちらを見る。

 

「俺、たまにほきょろぴにのふぃせくらくよほほむって何だよもう!!」

 

「ぶはっ!」

 

「ふふっ……!」

 

 自分の口なのに思いどおりに動かせない。声のことを説明しようとした瞬間だけ、舌が勝手に暴れ始める。

 鶏崖さんが口元を押さえながら言う。

 

「ふふふ……!い、猪飼、口内炎でもあるのか?喋れないなら、書けばいいんじゃないか?」

 

「それだ!」

 

 すぐに俺はその場にしゃがみ込み、地面へ人差し指を伸ばした。

 文字なら呂律なんて関係ない。

 

「……んっ??」

 

 そう思いながら指を動かしたが、書けた文字は全く別の文字になっていた。

 

『俺は蕎麦が好き』

 

「へぇ~、大和って蕎麦好きなんだ!」

 

「あたしも蕎麦好きだぞ?良いよね、蕎麦」

 

 感心したように声を上げる二人を無視して、文字を一度消す。

 今度こそ「俺の頭に何か聞き覚えのない声が聞こえる」と書こうとするが、何故か俺の指は勝手に別の文字を書いてしまう。

 

『特にざるそばが好き』

 

「こだわりまで出てきた!」

 

「へぇ~、ざる派なんだ」

 

 呑気に返答してくれるが、俺は思ったことが伝えられず不安と焦りが募り始めている。

 いや、まだ方法はある。

 

「二人とも、スマホ持っているか?」

 

「持っているよ~!」

 

「ああ、ここにあるけど」

 

 そう言いながら二人はポケットからスマホを取り出す。

 

「お互いアカウント登録しないか?連絡手段があったら色々と便利だろ?」

 

「な~んだ、私たちとアカウント交換したかっただけなの?も~聞くだけでどんだけ緊張してるの~!」

 

「普通に聞いてくれたら全然教えるのに。女子二人の前だからなかなか言い出せなかったのか?」

 

 変に勘違いしているみたいだが、わざわざ訂正する必要もないだろう。二人は快くスマホを操作して、俺にアカウントを登録してくれた。

 手書きは駄目でも、スマホなら入力した文章を確認してから送れる。勝手に違う文字を打たれても、消して直せばいい。二人とアカウント交換ができ、とりあえず犬星とのメッセージ画面で文を作る。

 

『実は渡り人になる前から、俺の頭に聞き覚えのない声が聞こえる。何か知らないか?』

 

 よし、端末での操作なら問題なく文が作れた。また指が勝手に動くかと思ったが、特に問題なくできた。あとはこれを送信するだけだ。

 

「んっ?大和、何か私に送った?」

 

 すぐ隣にいるのにスマホで伝えるなんて、少し変な気持ちだ。だがこれで、彼女たちに俺の悩みを聞いてもらえる。

 犬星はスマホを開いて届いたメッセージを見ると、あからさまに驚く。

 

「えっ……!?羽菜ちゃん、これ見て!」

 

「どうした?……んん!?」

 

 よし。次は、何故か舌と指が勝手に動いたことも伝えて……。

 

「「かわいい~~~!!」」

 

「……はぁ??」

 

 予想外の反応に操作を止めて、変な声が漏れてしまう。

 

「これ大和の子供の頃の写真!?ちんちくりんで可愛いじゃん!!」

 

 そう言いながら犬星は自分のスマホの画面を見せる。映っていたのは、俺の幼少期の頃の写真だった。確かに、俺のスマホの中にその写真を保存している。

 

「えっ、う、うん。確か小学一年生くらいだったから……って違う!?ホントに何でだよ!?」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。