表世界と同じようで、まるで違う裏世界彩間高校の第一校舎。その外壁の上に、巨大な籠のようなものが張り付いていた。
いや、籠というより、鳥の巣に近い。木の枝、鉄骨、折れた机の脚、どこから集めてきたのか分からない廃材がぐちゃぐちゃに絡み合い、その中に十人以上の生徒と先生が閉じ込められている。
「うちの制服……!先生もいる……!」
遠目でも分かる。あそこにいるのは、恐らくさっきまで図書室にいた人たちだ。
男子生徒が必死に籠の隙間を広げようとし、女子生徒が泣きながら体を丸め、教師らしき大人が皆を落ち着かせようとしている。全員、外傷はなさそうだけど、酷く顔が青ざめていた。
高さは、地上から見てもかなりある。もし籠が壊れたら、普通の人間なら助からない。
「何であんな所に……」
「大和、上」
犬星が小さな声で空を指差す。
視線を上げた瞬間、赤黒い空を横切る影が見えた。
「……鳥?」
いや、違う。
人型に近い胴体。だが両腕は長く広がり、薄汚れた膜のような翼になっていた。脚は細く、鉤爪のような足先が不気味に曲がっている。顔は鳥にも人にも似ていない。黄色い目だけがぎょろぎょろと動き、口元は裂けるように笑っていた。
それが五体、六体……いや、もっといる。十体近い翼を持つ妖魔が、第一校舎の周りを嗤うように飛び回っていた。
「まさか……あれも妖魔なのか?!」
「そっ。妖魔って、形も能力もバラバラなんだよねぇ。犬っぽいのもいれば、虫っぽいのもいるし、ああいう鳥っぽいのもいる」
「今まで見たことがないぞ……」
「私も見るのは久しぶりかな。徒画市にはもういなかったと思う。他の県からやってきた群れなんだろうね。渡り鳥みたいにピュ~ンって」
「そんな素敵なもんではないだろ」
こんな時でもいつもの調子で言う犬星に、少しだけ気が緩む。
だが、すぐに籠の方から悲鳴が上がった。
「誰かぁぁぁ!!」
「助けて!!お願い!!」
「ここから下ろしてくれぇ!!」
閉じ込められている生徒たちが、こちらに気付いたわけではない。ただ恐怖に耐えきれず、叫んでいるだけだった。
その声に反応して、空の妖魔たちが一斉に籠の方へ向かう。
「まずい……!」
一体の妖魔が籠の縁に降り立った。
廃材の枝がぎしりと軋み、中にいた生徒たちが一斉に身を寄せ合う。妖魔はそれを見下ろし、裂けた口元をさらに大きく歪めた。
笑っている。そう聞こえた。妖魔は翼を大きく広げ、威圧するように鳴き声を上げる。途端に、籠の中の声がぴたりと止まった。泣き声すら押し殺すように、小さくなる。
妖魔はそれが面白いのか、さらに頭を揺らして嗤った。
「……遊んでるのか?」
「多分ね。すぐ食べるつもりなら、もう襲ってるはずだし。怖がる反応を見て楽しんでるんだと思う」
「悪趣味にも程があるだろ……!」
拳に力が入る。
あいつらは、生徒たちを餌として見ている。しかもすぐには食べず、恐怖する様子を楽しんでいる。胸の奥が熱くなる。怒りだ。けれど、怒りに任せて飛び出しても意味がない。
「どうする、犬星?」
「う~ん……。正直、かなり厄介」
犬星は珍しく、すぐには笑わなかった。
「あいつら、完全に空を取ってる。私の『ロングソード』と『光』の組み合わせ技なら届かないこともない。けど、あの距離で動き回られると当てるのは難しいから。下手に攻撃して籠を壊したら、中の人たちが危ないし」
「空に届く宝玉は?」
「今はないかな。飛べるやつとか、翼っぽいやつとか、弓みたいなのがあれば良かったんだけど」
「……つまり、俺たちだけじゃ空中戦は無理か」
「うん。今の手持ちだと、空で戦うのはきつい」
犬星がそう言うなら、本当に厳しいのだろう。
俺は窓枠に手をかけ、空を飛び回る妖魔たちを見る。空にいる限り、こちらのロングソードは届かない。屋上に向かって一時的に上を獲れたとしても、すぐにそれより高く飛ばれて無意味となる。無理に飛びかかっても、逆に狩られるだけだ。
「なんとか校舎の中に引き寄せられないかな~。あぁ~、飛べるのって羨ましい」
そう犬星は羨ましそうにぼやく。
その瞬間、頭の中にさっきの声が蘇った。
「……そういうことか!」
「大和?」
「空で戦う必要はない。地上に降ろせばいいんだ」
「……んん??どういうこと??」
「俺たちが上に行くんじゃなくて、あいつらを下に来させる」
自分で言いながら、確信が強まっていく。
あの詩みたいな声は、いつも意味が分かりづらい。けれど、完全な謎かけではない。今までだって、ちゃんと道を示していた。
なら今回も、信じてみる価値はある。
「大和、何する気?」
「囮になる」
犬星の表情がわずかに変わる。
「……危ないよ?」
「知ってる。でも、あいつらが空にいる限り何もできない。だったら、俺が地上で目立って、こっちにおびき寄せる」
「来たところを斬るってこと?」
「ああ。うまくいけばな」
「うまくいかなかったら?」
「……頑張って避ける」
自分でもふざけているのか、作戦と呼ぶのも怪しい案を口にしてしまう。
だが、犬星は笑った。けれどその目は、真剣だった。
「分かった。大和が引きつけたところを、私が横から叩く。無理だと思ったらすぐ逃げて」
「逃げる前提なのがありがたいな」
「命あっての青春ですから!」
「その言葉、こういう時だけ妙に正しいな」
俺は窓から離れ、廊下へ向かう。
心臓がうるさい。怖くないわけがない。空を飛ぶ妖魔が何体もいる。地上に降りてきたとしても、こっちが有利になる保証なんてない。それでも、籠の中で震えている生徒たちを見てしまった。放っておくなんてできるわけがない。
「大和」
犬星に呼び止められた。
振り返ると、彼女は親指を立てていた。
「目立つなら、とびっきり派手にね!」
「……分かった」
俺は息を吸い、校舎の外へ飛び出した。
第一校舎の壁上にある籠。空を飛び回る妖魔たち。その全部に届くように、腹の底から声を張り上げる。
「おい、そこの鳥もどきども!!」
翼の妖魔たちが、一斉にこちらを向いた。
黄色い目がぎょろりと動く。籠の中の生徒たちも、驚いたようにこちらを見る。
「そんな高い所で弱い者いじめして、楽しいかよ!降りてこい!相手してやる!!」
言ってから、少し後悔した。思ったより喉が震えていた。足も震えている。だが、もう引けない。妖魔たちは最初、ぽかんとしたように動きを止めた。次の瞬間、裂けた口を大きく開いて、不気味に嗤う。
新しい餌が自分から出てきた。そう思ったのだろう。籠の周囲を飛んでいた妖魔のうち、三体が翼を畳むようにして急降下してきた。
「来た……!」
狙い通りだ。
空にいた敵が、俺と同じ高さまで降りてくる。ここならロングソードが届く。
「
宝玉が輝き、手の中に長い剣が現れる。
俺は両手で握りしめ、最初に突っ込んできた一体へ狙いを定めた。
「うおおおおッ!」
妖魔の爪が迫る。
その軌道に合わせて、俺はロングソードを横薙ぎに振った。だが、妖魔は直前で翼を広げ、空中で軌道をずらした。刃は羽の先をかすめただけで、胴体には届かない。
「くそっ、避けるのかよ!」
続けて二体目、三体目が左右から迫る。
俺は慌てて剣を構え直すが、間に合わない。速い。地上に降りても、こいつらは空の動きができる。
「任せて!」
背後から、犬星の声がした。
俺の横を、光が駆け抜ける。
「
犬星のロングソードに光がまとわりつく。
彼女は低く身を沈め、俺を狙っていた妖魔の懐へ飛び込んだ。
「まず一体ッ!」
光を纏った刃が、妖魔の胴を斜めに裂く。黒い粒子が宙に散った。
さらに犬星はその勢いのまま、二体目へ踏み込む。妖魔が慌てて上昇しようとするより早く、彼女の剣が光の軌跡を描いた。
「二体目ぇ!」
二体目の妖魔も、悲鳴を上げる間もなく崩れて消える。
残った一体が翼をばたつかせ、慌てて空へ逃げようとした。だが、その前に俺はロングソードを握り直す。
「逃がすか!」
剣先は届かなかった。
だが、妖魔は大きく羽ばたいて距離を取っただけで、こちらを睨みつけたまま空へ戻る。空にいた他の妖魔たちの様子が変わった。
さっきまでの、餌を見下ろすような嘲笑は消えていた。黄色い目が細くなり、翼が大きく広がる。鳴き声が低く、鋭く、殺意を帯びる。
「……完全に怒らせたな」
「うん。でも、餌じゃなくて敵だって認識してくれたみたい」
「それ、良いことなのか?」
「半分くらいは!」
「残り半分は?」
「普通に危ない!」
犬星は笑っている。けれど、ロングソードを握る手には力がこもっていた。
空を飛ぶ妖魔たちが、怒りに満ちた鳴き声を上げる。その声が、裏世界の校舎全体に響き渡った。
「おい、誰か来たぞ!?」
さっきまで怯えていた生徒たちも俺たちに気付いた。
妖魔を撃退した所も見られたのか、希望を見出したような表情を浮かべる。
「助けてお願い、ここから下ろしてくれ!」
「その剣でこのモンスターをやっつけて!」
「私たちスマホ落としちゃったの!警察でも何でもいいから連絡して頂戴!」
「あっ、あの女子知っているぞ!変人の犬星さんだ!」
「誰だ今ァ変人って言ったのはー!!」
そんなことに反応している場合ではないだろ。それに、そんな蔑称付けられるように日常生活を送ってきた犬星にも非がある。
元気を取り戻した生徒たちに苛立ち、再び一体の妖魔が籠に近付いて鳴き声を上げる。生徒たちはすぐに口を閉じて身を竦める。一方、俺たちが学校の生徒だと気付いた先生たちは、巣の縁まで身を乗り出した。
「お前たち!今すぐに逃げるんだ!校舎の中に隠れていなさい!」
「私たちのことは気にしなくていいから!早く行きなさい!」
自分の身が危ないというのに、先生は生徒である俺たちの身を心配してくれる。
「うぅ~……!あんなに人を思う先生がうちの学校にいるなんて~……!」
先生たちの言葉に犬星は涙を流している。正直、俺も胸が熱くなった。
進学校だからって理由で彩間高校を選んだが、正解だったみたいだ。尚のこと、全員助け出してみせる。
「……飛び出した後で言うのもなんだけど、あいつらが先生たちを人質にしたら終わりだぞ」
「そこまで頭が回るタイプには見えないけど……群れで動いてる以上、油断はできないね」
「結局、やるしかないか」
人質を利用するという発想へ辿り着く前に、全員追い払う。
そう覚悟を決めた瞬間、空を飛んでいた妖魔たちが一斉に鳴いた。さっきまでとは違う。遊びでも、威嚇でもない。明確な敵意を帯びた鳴き声だった。
「来たぞ!」
「よっしゃこぉーい!」
籠の周囲を飛んでいた妖魔たちのうち、今度は四体が同時に高度を下げた。翼を大きく広げ、風を巻き起こしながら、俺たちを囲むように旋回する。
それにしても、本当に速いな。一体が空中で急停止したかと思えば、壁を蹴って角度を変え、そのまま鉤爪を振り下ろしてくる。地上まで降りてきても、こいつらの土俵なのは変わらない。
「くっ……!」
一体目の爪を剣で受ける。
金属を引っ掻いたような嫌な音が鳴り、腕に衝撃が走った。受け流そうとしたが、相手はすぐに翼を広げて上へ逃げる。追撃しようにも届かない。
「当て逃げかよ……!」
「空の相手はそういうのが厄介なんだよね!」
犬星は俺の横を駆け抜け、二体目の妖魔へ斬りかかる。
しかし、妖魔は刃が届く直前で翼を畳み、地面すれすれまで落下した。犬星の剣が空を切る。直後、妖魔は反動をつけて再び飛び上がり、背後から犬星を狙った。
「犬星!」
「おっと!」
犬星は振り向きざまに剣を立て、妖魔の爪を受け止める。
だが、空中からの勢いが乗っているせいか、犬星の身体が少し後ろへ押された。
「んぐっ……!やっぱ面倒くさいね、鳥もどき!」
「どうする?このままじゃ近づいても逃げられるぞ!」
「う~ん、やっぱり落とすしかないかな!」
「どうやって!?」
「そこを今から考える!」
俺たちが叫び合っている間にも、妖魔たちは上空を旋回し続けている。
完全にこちらを敵と認識したらしい。籠に近づく個体は減ったが、その代わり俺たちへの攻撃が激しくなっていた。
「イテェ!?好き勝手に引っかきやがって!」
「キャア!?」
背後から普段の犬星とは思えない悲鳴が聞こえた。
すぐに振り返ると犬星は一体の妖魔に背後を取られ、空に持ち上げられていた。ロングソードは握ったままだが、両腕を固定されて振るうことができない。両足をパタパタと必死に動かして抵抗している。一方その妖魔の表情は、不敵な笑みを浮かべている。間違いない、犬星は地面に叩き落とすつもりだ。
「犬星ィィィィィ!」
「おぉ~!私、飛行機とか乗ったことないから空に浮かぶの初めて~!」
「呑気なことを言っている場合か!?」
ついに犬星は彩間高校の四階建ての校舎よりも高い位置に運ばれてしまった。いくら渡り人の体が丈夫でも、あの高さから落とされてしまえばひとたまりもない。
何か近くにクッションになりそうな物はないかと見渡すが、もう遅かった。
「おぉ!おっ?おぉ?!うおぉぉぉぉぉ!!」
十分に高度を稼いだ妖魔はあっさりと足を離して、犬星を落とした。
自由落下する犬星はすぐに地面と衝突する。物を取ってくる時間はない。少しでも彼女のダメージを減らせるのなら、俺自身がクッションになるしかない。
そう思って犬星の落下地点へ駆け出すと、彼女は俺に向かって叫ぶ。
「大和どいてェ!考えがあるから!」
「はぁ?!」
さっき空に届く宝玉はないって言っていたのに、いったいどうする気だ?……ダメだ、考えている時間はない。
犬星の言葉を信じて足を止める。すると彼女は『ロングソード』と『光』を一度解除すると、ポケットから新たに二つの宝玉を取り出した。一瞬だけ確認できた片方の宝玉の色に、俺は見覚えがあった。
犬星の表情には恐怖はなく、何かを思いついた時のそれに変わっていた。
「
そう発動した直後、犬星は地面に衝突した。
コンマ数秒遅かったかと心の底から嘆く。だが、落下場所には血は飛び散っておらず、生々しい骨折の音も地面に落ちた衝撃音も聞こえなかった。犬星は地面に落下すると……地面に叩きつけられたゴムのようにぐにゃりと潰れた。
「うにゅ~~~~~!!」
「うわぁぁぁぁぁあああああ!!」
「「「「「きゃぁぁぁぁぁあああああ!!」」」」」
人の姿をしていた犬星がマンホールの蓋みたいな円盤となり、俺だけじゃなく囚われている生徒たちも叫び声を上げる。これは妖魔やスプラッターな光景よりも恐怖心を植え付けられてしまう。これには妖魔たちも予想外で、若干引いている様子を見せる。
だが、犬星の奇行はここで終わらない。円盤と化した彼女はプルプルと震えた瞬間、瞬時に元の体型へと姿を戻す。その反発を利用して地面から斜め上へ飛び跳ねて、妖魔が密集している所へ向かう。
「
早口で唱えて再びロングソードを手にして、妖魔たちに突撃する。
完全に油断していた妖魔たちは空しく対応が間に合わず、二体まとめて犬星に一刀両断される。撃破に成功したが飛び跳ねた勢いを止めることはできず、彼女はそのまま校舎へと激突する。今度は土煙が立ち、凄まじい激突音が響く。あまりの出来事に、俺はしばらく唖然とするしかなかった。
「……はっ!犬星ィ!?おい犬星、大丈夫か?!」
なんとか正気を取り戻して、犬星の安否を確認する。
校舎にできた大きな穴から犬星は平然と顔を出す。その姿形は元通りに戻っている。
「イェイ!二体倒せたよ!」
「よ、よかった……」
俺の心配を知らず、彼女はサムズアップを見せる。
あの一瞬で何をしたのか分からないが、心身ともに無事そうでよかった。
「えっと、残りは……七、いや八体かな?」
「見えてた数より多い。巣の裏にも隠れてたのか!」
空を見上げるとまだ多くの妖魔たちが飛び回っていた。
犬星が頑張って倒したはずなのに、空を見上げるたび数が減った気がしない。校舎の陰や屋上の裏から、さらに湧いてきているのかもしれない。絶望的ではないが、軽く気が滅入る。
あの言葉を信じて地面に足を着けたけど、とても優位に立てるとは思えない。なんとか戦闘ができているだけで不利なまま。流石にあの言葉を過信し過ぎてしまったか?
「……んっ?何だ?」
遠くから大きな羽ばたく音が聞こえる。今までの妖魔たちとは違う。羽音の一つ一つが重く、空気を押し潰すように響いてくる。
飛び回っていた妖魔たちは、その音に反応するように一斉に高度を上げた。さっきまで好き勝手に飛び回っていたくせに、今はまるで道を譲るみたいに、空の一角を空けている。
「大和!何か来るよ!」
赤黒い空の奥から一つの影が降りてくる。
最初は他の鳥もどきと同じに見えた。だが、近づくにつれて違いが分かる。大きさは他の奴らより一回り大きい程度。なのに、そいつが現れただけで空気が変わった。周囲の妖魔たちが、誰一体としてそいつの進路へ入ろうとしない。
翼はより広く、鉤爪は鋭く、黄色い目はぎらぎらと獲物を探すように動いている。顔つきも違う。ただ人を怖がらせて遊んでいるだけの妖魔とは違い、そいつは明確にこちらを敵として見ていた。
「あぁ~、群れのボスがいたんだぁ~。道理でこんなに数が多かくて、連携できていたんだ」
「……一緒に倒したゴムの妖魔よりも強いのか?」
「一回り大きいだけで見た目は一緒だから、アレよりかは弱いと思う。ただ、群れのリーダーだからね、実力はあるはずだよ」
犬星が校舎の穴から這い出しながら言う。いつもの調子に戻っているが、声は少しだけ硬い。つまり、彼女から見ても厄介な相手ということだ。
その妖魔が、空中で翼を大きく広げた。凄まじい風圧が校庭へ叩きつけられる。砂埃が舞い上がり、壊れた窓ガラスがカタカタと震えた。籠もぎしりと音を立て、中にいる生徒たちが悲鳴を上げる。
「きゃあああっ!」
「う、動いた!?落ちる、落ちるって!」
「静かに!全員、中央に寄りなさい!」
まずい。あいつが本気で暴れれば、籠ごと落とされるかもしれない。
俺はロングソードを握り直し、空の妖魔を睨んだ。妖魔は俺を見下ろしていた。黄色い目が細まり、裂けた口元が歪む。笑っている。だが、さっきまでの妖魔たちのような悪趣味な笑いではない。自分より下にいるものを、当然のように見下す笑みだった。
「……ッ」
胸の奥がざわつく。
さっきまでの鳥もどきですら厄介だったのに、あいつは明らかにそれ以上だ。しかも俺たちは空を飛べない。向こうは好きな高さから、好きなタイミングで攻撃できる。なのに、不思議と足はすくまなかった。犬星が円盤みたいに潰れる光景を見た後だから、恐怖の感覚がどこかおかしくなっているのかもしれない。
「大和!うわっと!?」
犬星は俺の助太刀に入ろうとしたが、他の妖魔たちに襲い掛かられた。
仲間が四体も倒されたのだから、俺よりも脅威と感じて先に叩くつもりか。多勢に無勢で犬星も自分のことで手一杯みたいで、俺のカバーはできそうにない。どうやらこのリーダー格は、俺が単独で対処しなくてはいけないみたいだ。
覚悟を決めた時、あることが頭によぎる。
「……やっぱりあの言葉の言う通りだったか」
ようやく、あの言葉の意味を理解できた気がした。
空を見上げると、群れを従えた鳥もどきが、俺一人を見下ろしている。
「とんでもないもんが……訪れてきたな!」
だけど、不思議と逃げようとは思わなかった。
犬星は他の妖魔に囲まれている。あいつを相手にできるのは、今は俺だけだ。ロングソードを握り直す。