色鮮やかな学戦生活   作:岩ノ川

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第8話 ただのデカい鳥もどき

 俺の言葉を理解したのか。それとも、ただ声に反応しただけなのか。

 空に浮かぶリーダー格の妖魔は、黄色い目をぎょろりと動かしながら、俺を見下ろしていた。

 さっきまでの鳥もどきたちとは、目つきが違う。腹を空かせた獣が、餌を見つけた目じゃない。自分たちの縄張りへ入り込んだ邪魔者を、排除しようとする目だ。

 

「……来るなら来いよ!」

 

 自分の声が僅かに震えているのが分かった。

 それでも引っ込めるわけにはいかない。あいつが俺を見ている間は、籠の中の生徒や先生から意識が逸れる。犬星へ群がっている妖魔たちも、少しは動きを乱すかもしれない。

 俺は長剣(ロングソード)を握り直し、喉の奥から声を絞り出した。

 

「上から見下ろしているだけなら、さっきの雑魚どもと変わらないぞ!」

 

 黄色い目が、鋭く細められる。

 次の瞬間、リーダー格の姿が消えた。

 

「なっ――」

 

 違う、消えたんじゃない!翼を畳んで、上空から一直線に落ちてきた!

 反射的に長剣(ロングソード)を構えた直後、巨大な鉤爪と刀身が激突した。

 

「ぐっ……!?」

 

 お、重い!

 腕が痺れ、危うく剣を落としかけた。今までの鳥もどきとは比べものにならない衝撃が、両腕から肩へ突き抜ける。受け止めたはずなのに、靴底が校庭を削りながら後ろへ滑った。

 歯を食いしばらなければ、その場へ膝をついていた。

 

「こ、の……!」

 

 両腕へ力を込めて押し返そうとするが、びくともしない。

 力で押し返すなんて無理だ。真正面から戦えば、確実に負ける。

 

「うおっ……!」

 

 リーダー格が翼を広げ、低空で身体を捻った。

 横から迫る鉤爪を、俺は慌てて身を沈めてかわした。爪が頭上を掠め、巻き起こった風圧だけで髪が激しく揺れる。地上近くへ降りてきても、こいつは空中の動きを失っていない。

 

「大和!」

 

 遠くから犬星の声が聞こえた。

 振り向く余裕はないが、彼女も他の鳥もどきに囲まれている。こちらへ助けに来られる状況ではない。

 

「大丈夫だ! こっちは何とかする!」

 

 口にしてから少しだけ後悔した。何とかする方法なんて、まだ何一つ思いついていない。

 それでも、犬星を呼ぶわけにはいかなかった。彼女がこちらへ来れば、残った妖魔たちが籠へ戻るかもしれない。俺が、こいつを何とかするしかない。

 

「……でも、ここじゃ無理だ」

 

 校庭は広すぎる。上へ逃げられるし、横へ回られ、好きな高さから襲われる。ここは、あいつのためにある戦場だ。

 だったら、俺が戦える場所まで連れていくしかない。

 裏世界の教室にも机や椅子はあるかもしれない。それを使えば何とか反撃できる隙ができるはず。いや、それだけでは足りない。もっと大きくて、重くて、倒せば動きを止められるものがある場所を。

 

「……図書室!」

 

 裏世界が表世界を模倣しているなら、ここにも背の高い本棚が並んでいるはずだ。あそこなら、こいつも思うようには飛べない。

 

「こっちだ、鳥もどき!」

 

 俺はリーダー格へ背を向け、校舎へ向かって走り出した。背後で怒りに満ちた鳴き声が響く。

 重い羽音が、すぐ後ろまで迫っている。空気が背中を押し潰すように震え、振り向けば鉤爪が目前にあるような錯覚に襲われる。足を止めたら終わりだ。

 

「いいぞ……!そのまま来い……!」

 

 自分に言い聞かせるように呟き、壊れた昇降口から校舎内へ飛び込む。

 裏世界の彩間高校は、表世界と構造は似ているが、何もかもが荒れ果てていた。床には深い亀裂が走り、壁の塗装は剥がれ、掲示板は斜めに傾いている。天井からは千切れた配線が垂れ下がり、走るたびに足元の砂埃が舞い上がった。

 その中を駆け抜けながら、頭の中で学校の地図を思い浮かべる。表世界と同じなら、この先を曲がり、第二校舎側へ抜ければ……。

 

「うおッ……!?」

 

 背後で壁を削る音が鳴った。

 リーダー格が、翼を畳んで廊下へ突っ込んできたのだ。鉤爪で壁や床を蹴り、狭い空間を強引に進んでくる。広い空ほど自由ではないが、この程度の廊下なら、まだ動けるらしい。

 

「くそっ、しつこいな……!」

 

 角を曲がった直後、背後の壁が砕けた。

 リーダー格は曲がり切れず、翼の端を壁に激突させた。それでも止まらない。むしろ怒りを増したように、低い鳴き声を上げながら追ってくる。

 やがて、廊下の先に図書室の扉が見えた。

 

「ここまで来い……!」

 

 俺は迷わず中へ飛び込んだ。

 

 そこには、表世界と似ているようで、まるで違う図書室が広がっていた。

 

 天井は一部が崩れ、床には大量の本が散乱している。机や椅子も無造作に倒れ、床そのものが僅かに傾いていた。左右には固定金具が外れかけた背の高い本棚が、何列も並んでいる。

 

「よし……!」

 

 図書室の奥へ走り込んだ直後、背後で扉ごと壁が吹き飛んだ。リーダー格が、強引に図書室へ侵入してきたのだ。

 だが、その瞬間から明らかに動きが鈍った。天井は低く、左右には巨大な本棚が並んでいる。翼を広げ、空中で自在に旋回するには、あまりにも狭い。

 

「どうした?さっきまでみたいに飛ばないのか?」

 

 挑発する余裕なんて本当はない。それでも怒らせなければ。こいつが冷静になって退けば、また空へ逃げられる。

 

「空がなきゃ、ただのデカい鳥もどきだな!」

 

 リーダー格は翼を本棚へ叩きつけ、耳をつんざくような怒声を上げた。黄色い目が、俺だけを射抜く。翼を無理やり畳み、床を蹴って突進してきた。

 

「来い……!」

 

 俺は本棚の間へ飛び込む。

 左右に並ぶ本棚の隙間は、人間一人が通るには十分だ。だが、翼を持つ妖魔が暴れるには狭すぎる。鉤爪が目前まで迫るが、俺は寸前で身を投げ出すように横へ転がった。ガァンッ、と鉤爪が本棚へ突き刺さる。棚板が砕け、大量の本が雪崩のように崩れ落ちた。

 

「今だ……!」

 

 俺は立ち上がりざま、隣の本棚へ肩から体当たりした。

 

「動けぇぇぇッ!」

 

 渡り人の身体でなければ、びくともしなかっただろう。だが、固定金具が外れ、傾いていた本棚は、金属を軋ませながらゆっくりと倒れ始めた。

 一つ目の本棚が、隣の棚へぶつかる。二つ目が傾き、三つ目を押す。巨大なドミノのように、本棚が次々と倒れていった。リーダー格が異変に気づき、翼を広げようとする。だが、もう遅い。

 倒れた本棚が、妖魔の片翼を上から押さえつけた。さらに歪んだ棚板と金属の支柱が、薄い翼膜へ食い込む。散乱した本が足元を埋め、踏ん張る力を奪った。

 狭い通路の中で、リーダー格の動きが一瞬だけ止まる。初めて、その顔から余裕が消えた。完全に拘束できたわけじゃない。数秒もすれば、力任せに本棚を破壊して抜け出すはずだ。だが、その数秒あれば十分だ。すぐに長剣(ロングソード)を両手で握り直す。

 

「ここだ……!」

 

 散らばる本の上を蹴り、崩れた棚板を越え、リーダー格の懐へ飛び込む。黄色い目が俺を睨みつけ、自由な方の爪を振り上げようとする。だが、本棚に押さえられた身体では動きが遅い。

 

「うおおおおおおッ!!」

 

 長剣(ロングソード)を大きく振り上げ、全身の力を刃へ乗せる。狙うのは、がら空きになった胴の中心。少し前まで、剣なんて握ったこともなかった。それでも、今の俺にできる限りの一撃を叩き込む。

 

「斬れろォォォォッ!!」

 

 長剣(ロングソード)を斜めに振り下ろした。刃が妖魔の胴へ食い込み、途中で止まる。

 

「硬っ……!」

 

 今までの妖魔とは違う。

 筋肉なのか、骨なのか。正体の分からない硬い感触が、刀身を通して両腕へ伝わってくる。それでも止めない。

 リーダー格が本棚を持ち上げ始めた。翼に食い込んでいた金属が軋み、棚板が次々と弾け飛ぶ。もう時間がない。

 

「ここで倒さなきゃ……また、みんなが危ないんだよ!」

 

 さらに一歩踏み込み、身体ごと刃を押し込んだ。

 奥歯を噛みしめ、両腕へ残った力をすべて注ぎ込む。耳をつんざく悲鳴が、図書室に響き渡った。直後、刃が硬い感触を突き抜ける。胴体の傷口から黒い粒子が噴き出した。

 

「いっけぇぇぇぇッ!!」

 

 最後まで刃を振り抜く。

 リーダー格の身体が大きく痙攣し、やがて翼も、鉤爪も、黄色い目も、黒い塵となって崩れ始めた。完全に消える直前、妖魔は空へ向かって甲高い鳴き声を放った。遠くから、それに応えるような鳴き声が、いくつも重なって聞こえた。俺には、それを考える余裕がなかった。

 

「やっ……た……!」

 

 あれだけ厄介だった妖魔を、一人で倒せた。安堵した瞬間、全身から力が抜けかける。だが、そこで油断してはいけなかった。窓の外で、無数の羽音が重なった。

 

「……えっ?」

 

 振り向いた時には遅かった。

 背後の崩れた出入口から、数体の鳥もどきが一斉に翼を振り抜く。束になった突風が図書室を突き抜け、本や椅子と共に俺の身体を窓の方へ押し流した。

 

「う、うわぁぁぁぁぁあああああ!!」

 

 身体が宙へ浮く。そのまま窓を突き破り、校庭へ放り出された。地面へ激突し、全身へ鈍い痛みが走る。

 

「がっ……!」

 

 肺の空気を吐き出しながら、必死に顔を上げた。

 

「はぁ……?!」

 

 赤黒い空が、鳥もどきの群れで埋め尽くされていた。十、二十……いや、三十体近くはいる。さっきまで巣の周囲にいた群れだけではない。別の校舎の陰や、遠くの空からも、次々と妖魔が集まってきている。

 リーダー格が消える直前に放った甲高い鳴き声は、断末魔だと思っていた。だが、あれは仲間を呼ぶ合図だったのだ。リーダーを倒せば、群れも崩れる。そんなゲームみたいな思い込みのせいで、完全に隙を晒してしまった。

 

「くそっ……!」

 

 校舎内を走り回った汗と、地面を転がった砂埃で、制服も身体もぼろぼろだった。しかも、突風に吹き飛ばされた際、長剣(ロングソード)を手放してしまった。見渡しても見つからない。図書室の中に残されたままだろう。

 以前、具現化した宝玉は一定距離を離れると自動的に解除されると犬星から聞いた。今から図書室へ戻っても、本と瓦礫の中からビー玉ほどの宝玉をすぐに見つけるのは難しい。

 俺の姿がよほど滑稽に見えたのだろう。上空の妖魔たちは、裂けた口を開き、ケタケタと醜く嗤っていた。だが、その光景を見て俺の中に湧き上がったのは、怒りでも絶望でもなかった。

 

「次は、あそこに引きつけて……風は正面から受けないようにして……」

 

 自分でも意外なほど、頭は冷静だった。まだ終わっていない、まだ諦めてもいない。次にどう動くか。どうすれば、あの群れを地上まで引きずり下ろせるのか。使えそうなものを、片っ端から頭の中へ並べていく。

 こいつらは、群れで風を起こせる。なら、真正面から受けては駄目だ。遮蔽物のある場所へ誘導し、低く飛ばせて、壁か柱へ衝突させる。

 

「笑ってんじゃねぇよ……!」

 

 俺は膝に手をつきながら、無理やり立ち上がった。妖魔たちの笑い声が、ぴたりと止まる。

 俺がまだ立ち上がるとは思っていなかったのか、空に浮かぶ黄色い目が一斉にこちらへ向けられた。

 

「リーダーを倒されたからって、数で押せば勝てると思ったか!?」

 

 ヤバい、喉が痛い。それに胸も、腕も、脚も痛む。だけど、声だけは出せる。

 

「さっきより数が増えたくらいで、ビビって逃げると思ったかよ!」

 

 両腕を広げ、校庭の中央へ一歩踏み出す。

 

「来いよ、鳥もどきども!何十体いようが、地面へ落ちた時点で、ただの的だ!」

 

 自分でも呆れるほど安い挑発だ。勝てる保証なんてない。失敗すれば、次こそ本当に終わるかもしれない。それでも空にいる限り、こいつらは有利なままだ。強引にでも怒らせて、こっちの手が届く場所まで引きずり下ろすしかない。

 鳥もどきたちが、一斉に翼を震わせた。耳障りな鳴き声が、空から降ってくる。数体が身体を傾け、こちらへ滑り落ちるように急降下してきた。ふと視界の端を見ると、籠へ向かう個体はいない。少なくとも、校庭の上にいる妖魔たちの注意は俺へ集まっている。

 

「よし……!」

 

 足へ力を込める。まずは昇降口側へ誘導して、壁か柱に……。

 

「カッコいいじゃん、猪飼!」

 

「えっ……?」

 

 走り出そうとした瞬間、背後から犬星ではない女子の声が聞こえた。振り向くより早く、一本の矢が俺の頭上を通り過ぎる。風を切る鋭い音が、耳元を掠めた。

 次の瞬間、急降下していた鳥もどきの胸を、矢が正確に貫いた。妖魔は悲鳴を上げる暇もなく、黒い粒子を撒き散らして消滅する。

 

「……はぁ?」

 

 何が起きたのか理解するより早く、上空の妖魔たちが慌てて距離を取った。俺はようやく背後を振り返る。

 そこに立っていたのは、クラスメイトの鶏崖さんだった。雀の羽を思わせる茶色の髪を揺らし、制服姿のまま大きな弓を構えている。こちらを見据える目つきは、いつもの面倒見の良い姉のような雰囲気とは、明らかに違っていた。

 

「鶏崖、さん……!?何で裏世界に……」

 

「説明は後!」

 

 鶏崖さんは俺の言葉をばっさりと切った。

 視線は一度も、上空の妖魔から外していない。

 

「まだ来るよ。猪飼、武器は?」

 

「……多分、図書室に置いてきた」

 

「なるほど、丸腰か!」

 

「明るく言うことじゃないだろ!?」

 

「悪い悪い。じゃあ、これを使って!」

 

 鶏崖さんが、何かを投げてきた。俺は慌てて両手で受け取る。掌へ収まったのは、見たことのない色の宝玉だった。

 

「『盾(シールド)』宝玉だ。使ったことは?」

 

「ない!」

 

「あっはっはっはっ、潔し!」

 

「笑うところか!?」

 

「笑わなきゃやってられないでしょ、こんなの!」

 

 その通りすぎて、何も言い返せなかった。

 

「悪いけど、今あたしが貸せるのはそれくらいなんだ!あたしが撃ち落とす。猪飼は前で踏ん張ってくれ!」

 

 鶏崖さんの判断は早かった。俺がまだ戸惑っている間にも、彼女はすでに次の矢を番えている。

 上空の鳥もどきたちが、怒りに任せて一斉に降下してきた。さっきよりも数が多い。そのうち何体かは翼を大きく広げ、再び突風を起こそうとしている。

 

「解放(リリース)、盾(シールド)!」

 

 手の中で宝玉が光った直後、左腕へずしりとした重みが生まれる。

 光が形を変え、俺の身体を半分近く覆うほどの盾が出現した。

 

「重っ……!」

 

 初めて持つ感覚に、一瞬よろけそうになる。

 だが、構え方なんて考えている余裕はない。

 

「猪飼、前!」

 

「分かってる!」

 

 俺は鶏崖さんの前へ出て、盾を両手で構えた。

 次の瞬間、突風と鉤爪が同時に襲いかかってくる。

 

「ぐっ……!」

 

 盾越しでも、衝撃が腕へ食い込んだ。身体が後ろへ押され、靴底が地面を削る。それでも、さっきのように吹き飛ばされはしない。盾が風と爪を、正面から受け止めてくれている。

 

「助かるよ、猪飼!」

 

 背後から鶏崖さんの声が飛ぶ。直後、俺の肩越しに一本の矢が放たれた。

 一本、二本、三本と、弓を引く度に、光の粒子から新たな矢が形作られ、次々と空へ放たれていく。俺には、ほとんど狙いをつける時間などないように見えた。それなのに、矢は逃げようとする妖魔の翼や胸を、正確に貫いていく。

 

「すげぇ……!」

 

「褒めるのは後!右、来るよ!」

 

「うおっ!?」

 

 右側から回り込んできた鳥もどきの爪を、慌てて盾で受け止めた。金属を引っ掻くような嫌な音が響き、腕が痺れる。だが、その一瞬の停止を、鶏崖さんは見逃さなかった。

 

「そこ!」

 

 盾へ爪を立てていた妖魔の首元を矢で貫き、黒い粒子へ変えた。

 

「ナイス、鶏崖さん!」

 

「猪飼もその調子!」

 

 会話を交わせる余裕なんて、ほんの一瞬しかない。妖魔たちは数で押してくる。

 上空から風を浴びせ、横から爪を振るい、俺たちの周囲を旋回しながら隙を探していた。撃ち落とされた妖魔が黒い粒子へ変わり、校庭へ散っていく。確実に数は減っている。

 

「くっ……!」

 

 ここで盾を持つ俺の腕が悲鳴を上げた。

 どれだけ頑丈な盾でも、持っている俺の身体まで無限に耐えられるわけじゃない。衝撃を受けるたび、腕の感覚が薄れ、足元がふらつく。

 

「猪飼、大丈夫か!?」

 

「まだ、いける!」

 

 本当は、限界が近かった。次に大きな風が来れば、踏ん張れるか分からない。上空の妖魔たちも、それに気づいたらしい。

 数体が高く舞い上がり、同時に翼を広げた。また束になった突風で、俺と鶏崖さんをまとめて吹き飛ばすつもりだ。

 

「まずい……!」

 

 盾を構え直す。受けきれるか分からないが、踏ん張るしかない。

 その時、校舎の三階から轟音が響いた。

 

「えっ……?」

 

 壁に光の斬撃が走った。直後、壁が内側から吹き飛び、瓦礫と土煙が空へ広がる。

 大きく開いた穴から、光をまとった長剣(ロングソード)を構え、見慣れたポニーテールの少女が飛び出してきた。

 

「お待たせぇぇぇぇ!」

 

 その正体は、犬星だった。

 妖魔の群れを校舎内へ引きつけ、そのまま三階まで駆け上がっていたらしい。彼女は穴から躊躇なく飛び出し、ちょうど突風を起こそうとしていた鳥もどきの背中へ飛び乗った。

 

「お背中お借りしま~す!」

 

 そう言いながら、妖魔の背中を思い切り蹴る。鳥もどきが体勢を崩し、翼の動きが乱れた。

 束になるはずだった突風は中途半端に逸れ、俺たちの横を通り過ぎて、校庭の砂だけを巻き上げる。

 

「犬星!?」

 

「あっ、羽菜ちゃん!来てくれたんだ!」

 

「まぁな!相変わらず、とんでもない登場するな!」

 

 鶏崖さんが、呆れたように笑う。俺も思わず、同じような顔になった。

 犬星は妖魔の背中から、別の鳥もどきへ飛び移る。光をまとった長剣(ロングソード)が軌跡を描き、翼の付け根を斬り裂いた。斬られた妖魔が悲鳴を上げ、落下する。

 犬星は、その身体さえ足場にして、さらに空中へ跳んだ。

 

「ホント無茶苦茶だな、あいつは!」

 

「でも助かる!」

 

 おかげで妖魔たちの注意が犬星へ向いた。空中を飛び移る彼女を振り落とそうと、鳥もどきたちの隊列が乱れる。

 さっきまで俺たちへ集中していた攻撃も、ばらばらになった。

 

「猪飼、もう少しだけ前を頼む!」

 

「任せろ!」

 

 俺は痺れる腕へ力を込め、盾を構え直した。

 さっきまで自在に飛び回っていた敵が、今は犬星に気を取られ、鶏崖さんの矢に無防備な背中を晒している。

 

「そこ、邪魔!」

 

 鶏崖さんの矢が飛び、犬星を追っていた一体を撃ち抜く。続けて二本目、三本目と、妖魔が見せた一瞬の隙を正確に射抜いていく。

 

「犬星、右上!」

 

「はいは~い!」

 

 鶏崖さんの声に反応し、犬星が空中で身体を捻った。

 直後、右上から突っ込んできた鳥もどきが空振りする。そこへ、待ち構えていたように矢が突き刺さった。

 

「羽菜ちゃん、ナイス!」

 

「犬星、無茶しすぎだぞ!」

 

「えへへ、褒められた!」

 

「褒めてない!」

 

 こんな状況なのに、二人のやり取りへ少しだけ笑いそうになった。

 俺も、ぼうっとしているわけにはいかない。低く滑るように突っ込んできた妖魔の爪を盾で受け止め、身体ごと押し返す。

 

「おらぁッ!」

 

 体勢を崩した妖魔の腹へ、鶏崖さんの矢が突き刺さる。黒い粒子が弾けた。そして一体、また一体と、空を埋め尽くしていた鳥もどきの数が、確実に減っていく。

 残りが十体を切った頃、空気が変わった。妖魔たちの鳴き声から、先ほどまでの嘲笑も怒りも消えている。代わりに浮かんでいたのは、明らかな怯えだった。群れの半数以上が黒い粒子となって消え、リーダーも倒された。残った妖魔たちから、戦意が抜けていく。

 一体が翼を翻した。それにつられるように、残りの鳥もどきたちも一斉に背を向ける。

 

「あっ、逃げた!」

 

 妖魔たちは一度も振り返らず、遠くの空へ飛び去っていった。

 少なくとも、あいつらはこの場と、籠の中の人たちを諦めたみたいだ。深追いする必要はない。

 しばらく、誰も動かなかった。俺は盾を下ろし、赤黒い空を見上げる。さっきまで空を埋め尽くしていた妖魔の影は、もうどこにもない。

 

「……勝った」

 

 小さく呟いた瞬間、全身から力が抜けそうになった。

 倒れる前に、犬星が校庭へ着地する。鶏崖さんも、ようやく弓を下ろした。

 

「ああ……勝ったな!」

 

「やったじゃん、二人とも!」

 

 二人の笑顔を見て、胸の奥から熱いものが込み上げてくる。俺は痛む身体も忘れ、思い切り息を吸い込む。

 

「うおおおおおおおおおおッ!!」

 

 何がこんなに嬉しいのか、自分でもよく分からなかった。だが、今までにない達成感に雄叫びを上げたくなり、それが裏世界の校庭へ響き渡った。

 

「猪飼、喜ぶのはまだ早いぞ。先生たち、まだあの籠の中だからな?」

 

「……あっ」

 

 勝利の余韻に浸るのは、どうやらまだ早かったらしい。

 俺は気まずさを誤魔化すように頭を掻き、今も校舎の高い場所で助けを待っている生徒と先生たちを見上げた。こうして俺たち三人の初めての共闘は、格好のつかない救助活動へと向かった。

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