ブルーアーカイブ ―砂塵の角醒ハンター―   作:ガンダムラザーニャ

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第19話 忘れられた研究施設

 ミレニアムの中心街から離れ、しばらく歩いた。

 

 高層ビルが立ち並んでいた街並みは、いつの間にか姿を消している。

 

 舗装された道路も次第に途切れ、砂と雑草に覆われた道へと変わっていった。

 

「……本当にこっちで合ってるのかな」

 

 砂原カナタは手元の端末に表示された地図を確認する。

 

「研究員から教えてもらった場所は、この辺りのはずなんだけど……」

 

「御前様」

 

 隣を歩く炎角が前方を指差した。

 

「……あれではないか?」

 

「え?」

 

 カナタが顔を上げる。

 

 遠くに巨大な建造物が見えた。

 

 周囲を砂に覆われ、ところどころ壁が崩れている。

 

 長い年月、誰にも使われていないことが一目で分かった。

 

「……あれだ」

 

 カナタは足を速める。

 

 近づいてみると、その建物が想像以上に大きいことに気付いた。

 

「大きい……」

 

「何の施設だ?」

 

「分からない」

 

 入口には、かつて施設名が記されていたと思われるプレートがあった。

 

 しかし、文字は風雨によってほとんど削れている。

 

「研究施設……なのかな」

 

 カナタは周囲を見回した。

 

 入口付近には、用途の分からない機械。

 

 半ば砂に埋まった配管。

 

 崩れた照明。

 

 そして、壁面には何かを固定していたと思われる金具。

 

「少なくとも、普通の建物じゃないね」

 

「ならば、調べる価値はある」

 

「うん」

 

 カナタは小さく頷いた。

 

 こうした場所を探索することは、カナタにとって特別なことではない。

 

 分からない。

 

 だから調べる。

 

 知らない。

 

 だから確かめる。

 

 それが、彼が遺跡を探してきた理由でもあった。

 

「行こう」

 

 二人は施設の中へ入っていった。

 

* * *

 

 施設の中は、外から見た以上に荒れていた。

 

 天井の一部は崩れ、床には瓦礫が散らばっている。

 

 それでも、研究施設だったと思わせるものは残っていた。

 

「これ……何だろう」

 

 カナタが壁際に残された装置を見る。

 

「測定機器のようだな」

 

「炎角、分かるの?」

 

「分からん」

 

「だよね」

 

 カナタは苦笑した。

 

 さらに奥へ進む。

 

 いくつもの部屋が並んでいる。

 

 研究室らしき部屋。

 

 資料を保管していたと思われる部屋。

 

 大きな装置が置かれていた実験室。

 

 しかし、そのほとんどは壊れていた。

 

「ここで何を研究してたんだろう」

 

「先ほどの研究員が言っていた、角醒に関する研究ではないか?」

 

「そうかもしれない」

 

 カナタは周囲を見渡す。

 

「でも、これだけ古い施設なら、今のミレニアムの研究とは別系統かもしれない」

 

「なるほど」

 

 カナタは資料室らしき場所へ入った。

 

 棚は倒れている。

 

 紙の束は湿気でボロボロになっていた。

 

 端末もいくつか見つかったが、電源は入らない。

 

「これじゃ、探すのも大変だな……」

 

 カナタが瓦礫をどかしていると――。

 

「……あった」

 

 一冊の薄いファイルが出てきた。

 

「御前様?」

 

「これ……」

 

 表紙は汚れていたが、かろうじて文字が残っている。

 

 その中の一ページ。

 

 そこには――。

 

 角獣。

 

 その文字が記されていた。

 

「……これだ」

 

 カナタは息を呑む。

 

 18話で聞いた話。

 

 この施設から、かつて角獣に関する文献が発見された。

 

 その一部が、まだ残っていたのだ。

 

「本当にあったんだ」

 

 しかし、ページの大半は欠落している。

 

 残っているのも断片的な記述ばかりだった。

 

「……これだけか」

 

「それでも手掛かりにはなる」

 

「うん」

 

 カナタは慎重にファイルを閉じる。

 

「持って帰れるなら、ミレニアムの人たちに調べてもらおう」

 

 そのときだった。

 

「――誰かいるの?」

 

 遠くから声が聞こえた。

 

「!」

 

 カナタが振り返る。

 

 炎角も警戒する。

 

「人の声だ」

 

「うん」

 

 二人は声のした方向へ向かった。

 

 そして、曲がり角の向こうにいた人物を見て、カナタは目を丸くした。

 

「……先生?」

 

「カナタ?」

 

 そこにいたのは先生だった。

 

 そして、その後ろには二人の少女がいる。

 

「先生もここに来てたんですか?」

 

「うん」

 

 先生は頷いた。

 

「ミレニアムの研究員から、この施設について相談を受けてね」

 

「相談?」

 

「昔の研究記録が見つかったらしいんだけど、施設の内部構造が古くて、普通の調査だけじゃ確認できない場所があるんだって」

 

「なるほど……」

 

「それで、モモイとミドリにも手伝ってもらってる」

 

 先生が二人の少女を見る。

 

「この二人はゲーム開発部のモモイとミドリ」

 

「才羽モモイ!」

 

 モモイが元気よく名乗る。

 

「よろしくね!」

 

「私は才羽ミドリです。よろしくお願いします」

 

 ミドリも丁寧に頭を下げる。

 

「僕は砂原カナタ。よろしく」

 

「アビドスの生徒なんだよね?」

 

「うん」

 

「へぇー! あのアビドス!」

 

 モモイが興味津々といった様子でカナタを見る。

 

「砂漠の学校って聞いたことある!」

 

「まあ……うん」

 

 カナタは少し困ったように笑う。

 

「お姉ちゃん、カナタさん困ってるよ」

 

「えっ、ご、ごめん!」

 

「大丈夫だよ」

 

 そのやり取りを見ていた炎角が口を開いた。

 

「御前様」

 

「ん?」

 

「この二人は何者だ?」

 

「あ……」

 

 カナタも思い出したように二人を見る。

 

「そういえば、まだ紹介してなかったね」

 

 モモイとミドリが炎角を見る。

 

「この人……じゃなくて、この角獣は炎角」

 

「角獣!?」

 

 モモイが目を見開く。

 

「しゃ、しゃべった!?」

 

「我は炎角だ」

 

「うわぁ……!」

 

 モモイが一歩後ずさる。

 

 ミドリも驚いている。

 

 しかし、すぐにその視線は炎角の姿を観察するものへと変わった。

 

「本当に……角獣なんだ」

 

「うん」

 

「カナタさんと一緒に旅をしているんですか?」

 

「そうだよ」

 

 カナタが答える。

 

「俺の相棒みたいなものかな」

 

「相棒……」

 

 ミドリが小さく呟いた。

 

 炎角はそんな二人を見て、

 

「御前様の知り合いか?」

 

「今、先生に紹介してもらったところ」

 

「そうか」

 

 炎角は頷いた。

 

「ならば、よろしく頼む」

 

「よろしく!」

 

 モモイが今度は笑顔で手を振る。

 

* * *

 

 カナタは先生たちに、ここへ来た理由を説明した。

 

「実は、この施設から昔、角獣に関する文献が見つかったらしくて」

 

「角獣の?」

 

 先生が聞き返す。

 

「うん。だから、それを探しに来たんだ」

 

 カナタは先ほど見つけたファイルを見せる。

 

「これが、その一部だと思う」

 

 ミドリが興味深そうに覗き込む。

 

「かなり古いですね」

 

「うん。でも、内容はほとんど分からない」

 

「保存状態も悪いし、これだけでは判断できないと思います」

 

「やっぱりそうか」

 

 カナタは少し残念そうにする。

 

「でも、施設そのものを調べれば何か分かるかもしれないよね」

 

「そうだね」

 

 先生も頷く。

 

「じゃあ、一緒に調べてみようか」

 

「お願いします」

 

 こうして、カナタたちは一緒に施設の奥へ進むことになった。

 

* * *

 

 研究室。

 

 資料室。

 

 実験設備。

 

 いくつもの場所を調べていく。

 

 だが、分かったことは少ない。

 

 施設が何を研究していたのか。

 

 誰が使っていたのか。

 

 なぜ廃墟になったのか。

 

 そのどれもが分からない。

 

「うーん……」

 

 モモイが頭を抱える。

 

「情報がなさすぎるよ!」

 

「お姉ちゃん、騒いでも情報は増えないよ」

 

「分かってるけどさぁ!」

 

 カナタは思わず笑う。

 

「なんだか、アビドスにいた頃みたいだな」

 

「どういう意味?」

 

「何も分からない場所を調べてるところ」

 

「それ、冒険みたいでいいね!」

 

 モモイが笑った。

 

 その様子を見て、ミドリも少しだけ笑う。

 

 やがて、ミドリがふと足を止めた。

 

「……待って」

 

「どうした?」

 

「ここ、変です」

 

 ミドリが壁を見る。

 

「この通路、他の場所と構造が違う」

 

「……本当だ」

 

 カナタも気付いた。

 

 そこだけ壁の材質が違う。

 

 継ぎ目も妙に新しい。

 

「隠し通路?」

 

「可能性はあります」

 

 ミドリが壁面を確認する。

 

「この部分だけ、後から塞いだように見えます」

 

「つまり……」

 

 モモイが目を輝かせる。

 

「隠し部屋!?」

 

「まだ決まったわけじゃないよ、お姉ちゃん」

 

「でも、絶対そうだって!」

 

 カナタも壁を調べる。

 

 だが、仕掛けらしきものは見つからない。

 

 そこで炎角が壁に手を当てた。

 

「……向こうに空間がある」

 

「本当?」

 

「ああ」

 

 先生が周囲を確認する。

 

「なら、慎重に調べてみよう」

 

 瓦礫をどかす。

 

 すると――。

 

 壁の奥に大きな扉が現れた。

 

「……何だ、これ」

 

 カナタは扉を見上げる。

 

 かなり大きい。

 

 しかも、この施設の他の扉とは明らかに違う。

 

 厚い装甲。

 

 複数の固定ボルト。

 

 そして、扉の中央には用途の分からない機械が取り付けられている。

 

「普通の研究室の扉じゃないね」

 

 カナタが呟く。

 

「うん」

 

 ミドリも頷く。

 

「これだけ厳重に封鎖されているなら、中に重要なものがあった可能性があります」

 

 モモイが近づく。

 

「これ、まだ開くかな?」

 

「待って、お姉ちゃん」

 

 ミドリが止める。

 

「古い施設だから、何があるか分からないよ」

 

「でも気になるじゃん!」

 

「それは分かるけど……」

 

 先生も扉を見る。

 

「無理に開けるのは危険だね」

 

「じゃあ、どうする?」

 

 モモイが尋ねる。

 

「まずは周囲を調べよう」

 

 先生が答える。

 

「この扉が何のために作られたものなのか、手掛かりがあるかもしれない」

 

「分かりました」

 

 カナタも頷く。

 

 しかし――。

 

 炎角だけは扉を見つめたまま動かなかった。

 

「……御前様」

 

「うん?」

 

「この先には、何かある」

 

「何かって?」

 

「分からぬ」

 

 炎角は静かに答えた。

 

「だが……我の知る角獣の気配に似たものを感じる」

 

「……!」

 

 カナタの表情が変わる。

 

「角獣?」

 

「断定はできぬ」

 

 炎角は扉から目を離さない。

 

「しかし、何もない場所ではない」

 

 カナタは扉を見る。

 

 角獣の文献。

 

 古い研究施設。

 

 そして、厳重に封印された扉。

 

 すべてが一本の線で繋がっているように思えた。

 

「……調べよう」

 

 カナタは静かに言った。

 

「ただし、勝手に開けるんじゃなくて、ちゃんと調べてから」

 

 先生が頷く。

 

「それがいい」

 

 モモイも拳を握る。

 

「よーし! 謎の研究施設攻略だ!」

 

「お姉ちゃん、ゲームじゃないんだから……」

 

「でも、こういうのワクワクするでしょ?」

 

「……それは、ちょっと分かるけど」

 

 ミドリが小さく笑う。

 

 カナタも思わず笑った。

 

 アビドスとは違う場所。

 

 アビドスとは違う仲間。

 

 それでも――。

 

 未知のものを前にしたときの感覚だけは、変わらなかった。

 

 知らない。

 

 だから調べる。

 

 分からない。

 

 だから確かめる。

 

 カナタは、閉ざされた扉へ視線を向ける。

 

 その向こうに何があるのか。

 

 角獣の研究記録か。

 

 エゴルギアに関する資料か。

 

 それとも、まったく別の何かなのか。

 

 まだ誰にも分からない。

 

 ただ一つ確かなことがある。

 

 この廃墟には、今もなお誰にも知られていない秘密が眠っている。

 

 そして――。

 

 その秘密が、カナタたちの旅を思わぬ方向へ導くことになる。

 

 彼らはまだ、それを知らなかった。

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