ブルーアーカイブ ―砂塵の角醒ハンター― 作:ガンダムラザーニャ
一方その頃――要塞都市エリドゥ、中央区画へと続く上部通路。
巨大な戦闘用スーツが、金属製の床を踏み鳴らしながら疾走していた。
アビ・エシュフ。
リオが開発し、トキが操るその機体は、C&Cの攻撃を次々と回避していた。
「くっ……! また避けられた!」
カリンが舌打ちする。
狙い澄ました銃弾は、命中する直前に身を翻した機体の装甲をかすめるだけに終わった。
アスナが左右から銃撃を浴びせても、アビ・エシュフは射線の隙間を縫うように移動する。アカネが爆発を利用して進路を塞ごうとしても、その意図を見透かしたかのように回避してしまう。
そして、接近戦を仕掛けたネルの攻撃さえ、ことごとく受け流していた。
「……ちっ。こっちの動きを知ってるみたいじゃねえか」
ネルは後方へ跳び、距離を取った。
アビ・エシュフは追撃を急がず、こちらの動きを観察するように静かに構えている。
その姿が、ネルにはひどく気に入らなかった。
「余裕ぶりやがって……!」
『ネル先輩、無茶はしないでください!』
通信越しにアスナが声をかける。
「分かってるよ!」
ネルは武器を握り直した。
以前の自分なら、こんな相手にも構わず突っ込んでいたかもしれない。
だが、今は違う。
鎖角の力を手に入れたからといって、どんな相手にも力押しで勝てるわけではない。相手の能力を見極め、状況に合わせて戦い方を変える必要がある。
それは、カナタとの戦いを通じてネル自身が学び始めていたことだった。
「……さて。どうやって、その余裕をぶっ潰してやろうかね」
ネルはアビ・エシュフを睨みつけた。
その視線の先で、鋼鉄の戦姫が再び動き出す。
◇
同じ頃、別の区画。
先生たちの一行は、カナタたちがアバンギャルド君と交戦している場所とは別の経路を進んでいた。
ハレは端末を操作し、C&Cから共有された戦闘映像とエリドゥのシステム情報を照合していた。隣ではチヒロも、都市の電力消費量や演算負荷の推移を分析している。
「やっぱり、アビ・エシュフはエリドゥの演算能力を利用しているみたいだね」
ハレが画面を見つめながら言った。
「機体内部の処理だけじゃない。都市側のシステムからも演算資源を供給している。だから、あれほど素早く回避や迎撃を選択できるんだと思う」
「リオらしい設計ね」
チヒロが頷いた。
「エリドゥの設備を機体と連携させ、予測処理を支援しているのでしょう。機体単体の性能だけでは説明できない反応速度だわ」
「それに、角獣の研究データも参照している可能性があるんだよね」
ハレは別の記録を表示した。
「前にアビ・エシュフが使った動きと、角獣の戦闘記録に似ている部分があるんだ。もちろん、似ているからといって、同じ仕組みだと断定はできないけど」
「リオが角獣の研究成果を、予測システムの補助に利用した可能性はあるわね」
チヒロは腕を組んだ。
「ただし、重要なのは、どれだけ高度な予測でも、実際に行動を選択し、機体を動かす必要があるということよ」
「うん。予測できることと、すべてに対応できることは違うからね」
ハレは通信画面を開いた。
「ネルたちが攻撃を続けてくれれば、何か見えてくるかもしれない」
『こっちは絶賛苦戦中だよ!』
ネルの声が返ってくる。
『何かいい方法はねえのか?』
「今、探してるところ。とりあえず、攻撃を一人ずつ順番に仕掛けるのは避けたほうがいいと思う」
『どういうことだ?』
「一つの攻撃に対応してから、次の攻撃に移る時間を与えないこと。複数の方向から、タイミングをずらして攻撃してみて」
ハレは続けた。
「相手の予測がどれだけ優秀でも、こちらが攻撃の選択肢を増やせば、対応を迫ることができるはずだよ」
『なるほどな……。よし、試してみるか!』
通信が切れる。
チヒロは戦闘記録に目を落とした。
「ただ、これだけでは決定打にならないわ。アビ・エシュフは回避だけでなく、迎撃もできる。こちらの攻撃を増やすだけでは、反撃を受ける危険も増えるもの」
「だからこそ、何か隙を見つける必要があるんだね」
ハレは映像を再生した。
鋼鉄の機体が攻撃を受け止め、次の動作へ移る。
その一瞬を、彼女たちは見逃さないように観察し続けた。
◇
「アスナ、左から回り込め! カリンは射線を維持! アカネ、あいつの進路を塞いでくれ!」
ネルの指示が飛ぶ。
「了解!」
アスナが軽快な動きで側面へ回り込み、銃撃を浴びせる。
カリンの狙撃が続き、アカネも機体の足元を狙って攻撃を仕掛けた。
アビ・エシュフは一瞬で状況を判断し、腕を掲げて射撃を防ぐ。
その隙にネルが踏み込んだ。
「もらった!」
鎖角の力を宿した一撃が、機体の側面へと迫る。
だが、アビ・エシュフは腰をひねり、紙一重で攻撃をかわした。
「ちっ!」
ネルの武器が空を切る。
直後、機体の反撃が襲いかかった。
ネルは身をかがめて攻撃を避けたものの、衝撃波に煽られ、床を滑るように後退する。
「ネル先輩!」
「大丈夫だ!」
ネルは立ち上がり、再び武器を構えた。
しかし、状況は厳しい。
C&Cが連携して攻撃しても、アビ・エシュフは巧みに対応してくる。予測を上回ろうと攻撃のタイミングを変えても、機体は少しずつこちらの動きに適応しているようだった。
そのとき、ネルの通信端末が鳴った。
『ネルさん、戦闘映像を送ってもらえますか?』
ユズの声だった。
「ユズ? 今、そんな余裕はねえんだけど!」
『すぐに終わります! さっきの攻防で、気になるところがあったんです!』
「……分かった。送るぞ!」
ネルは端末を操作し、直前の戦闘記録を共有した。
数秒後、ユズから返答が届く。
『やっぱり……!』
「何か分かったのか?」
『はい! アビ・エシュフは、攻撃を防いだあと、次の動作へ移るまでにほんの少しだけ時間がかかっています!』
「……あ?」
『大きな隙ではありません。でも、複数の攻撃に対応しているときには、その時間が少しずつ目立つんです!』
ユズは映像を拡大し、ハレにもデータを共有した。
『防御したあと、すぐに反撃する場合もあります。でも、別の方向から攻撃が重なったときは、反応がわずかに遅れているように見えます』
「つまり、完璧に対応できてるわけじゃねえってことか!」
『はい! ただ、必ず隙ができるとは限りません。攻撃を重ねたときに、対応が遅れる場合があるということです!』
ネルは口元を吊り上げた。
「……上等じゃねえか」
通信にハレが加わる。
『ユズの観察は正しいと思う。アビ・エシュフの予測能力が高くても、実際の防御や回避には機体の動作が必要だからね。そこに複数の攻撃を重ねれば、対応が難しくなる可能性がある』
『でも、正面から攻撃を増やすだけじゃ駄目よ』
チヒロが続けた。
『相手に回避する余地を残している限り、予測によって切り抜けられる可能性が高い。攻撃を重ねるだけでなく、相手の動ける場所そのものを制限する必要があるわ』
「動ける場所を制限する……か」
ネルは周囲を見回した。
通路の先には、上部区画へ続く大型エレベーターがあった。
その扉を見たネルの目が、鋭く光る。
「……なるほどな。ハレ、チヒロ。エレベーターの制御に手を入れられるか?」
『できるかどうかは、調べてみないとね』
ハレが答える。
『でも、目的を教えてくれれば、できる限り協力するよ』
「簡単な話だ。あいつを、あの中に誘い込む」
ネルは不敵に笑った。
「逃げ場のねえ場所で、正面からぶっ潰してやる!」
◇
C&Cの反撃が始まった。
アスナが銃撃を浴びせ、アビ・エシュフの進路を限定する。
カリンは狙撃によって回避先を狙い、アカネは爆発を利用して機体の動きを制限した。
ネルは正面から攻めると見せかけ、攻撃の直前に踏み込む角度を変える。
鎖角の力を宿した攻撃は、単純な直線軌道だけではない。
間合いを変え、相手の反応を誘い、回避した先へ次の一撃を送り込む。
アビ・エシュフはその攻撃を予測し、回避と迎撃を繰り返した。
だが、C&Cは攻撃を途切れさせない。
一つを防げば、別の攻撃が迫る。
回避すれば、次の射線が待ち構えている。
反撃に移ろうとすれば、ネルが接近してくる。
「……っ!」
トキは機体を操作し、迫る攻撃を次々と処理していた。
アビ・エシュフの予測能力は依然として高い。
それでも、すべての攻撃を完全に無効化することはできなかった。
ネルの攻撃が、装甲の一部をかすめる。
小さな火花が散った。
「今の、当たったよ!」
アスナが声を上げる。
「まだだ! 手を緩めるな!」
ネルは攻撃を続けた。
アビ・エシュフは後退しながら、反撃の機会を探っている。
その進路の先には、大型エレベーターがあった。
機体が扉の前まで後退した瞬間、ネルが踏み込む。
「逃がすかよ!」
鎖角の力を宿した一撃が、機体の腕を打ち払った。
アビ・エシュフが体勢を崩す。
その隙を、アスナとカリンの攻撃が塞いだ。
アカネが側面から回り込み、退路を断つ。
ついにアビ・エシュフは、エレベーターの内部へと押し込まれた。
「ハレ!」
『準備できたよ!』
通信が返る。
直後、エレベーターの扉が閉じた。
◇
密閉された空間に、機械の駆動音が響き渡る。
エレベーターが上昇を始めた。
ネルは足を踏ん張り、アビ・エシュフを睨みつける。
「さて……。ここからが本番だぜ」
アビ・エシュフはすぐに体勢を整え、攻撃を仕掛けてきた。
ネルは身をひねって回避し、反撃へと転じる。
鎖角の力を宿した武器が、鋼鉄の装甲へと迫った。
機体は攻撃を防ぐ。
しかし、その直後だった。
エレベーターが急激に加速した。
「……っ!」
強い加速度が、内部のすべてを揺さぶる。
ネルは手すりを利用して体勢を立て直した。
一方、アビ・エシュフは姿勢を維持しようと制御を切り替える。
機体は高い機動性を持つが、急激な加速度の変化に対応しながら、同時に攻撃と防御を続けるのは容易ではない。
しかも、エレベーターの内部は狭い。
屋上や広い通路のように、自由に距離を取り、回避方向を選ぶこともできなかった。
「どうした、さっきまでの勢いは!」
ネルは踏み込んだ。
アビ・エシュフが迎撃する。
ネルはその攻撃をかわし、鎖角の力を使って軌道を変えた一撃を放った。
装甲が鳴り、火花が散る。
しかし、アビ・エシュフは倒れない。
トキは機体を操作し、ネルの攻撃を防ぎながら反撃を繰り出した。
ネルの肩を衝撃がかすめる。
「っ……! やるじゃねえか!」
痛みに顔をしかめながらも、ネルは笑った。
相手は強い。
予測能力だけでなく、トキ自身の操縦技術も優れている。少しでも判断を誤れば、こちらが倒されかねない。
だが、ネルは退かなかった。
エレベーターが再び加速する。
機体の姿勢制御が働き、アビ・エシュフの動きが一瞬だけ制限された。
ネルは、その一瞬を見逃さなかった。
「そこだぁっ!」
鎖角の力を宿した攻撃が、機体の側面へと叩き込まれる。
鈍い音が響き、アビ・エシュフが壁へと押しつけられた。
機体はすぐに反撃しようとする。
だが、狭い空間では大きく回避できない。姿勢を立て直そうとしたところへ、ネルの次の一撃が迫る。
「まだまだぁっ!」
ネルは攻撃の手を緩めなかった。
一撃で倒す必要はない。
相手の防御を崩し、動きを制限し、次の攻撃につなげる。
それは、ネルがこれまでの戦いで身につけてきた戦い方だった。
そして今、鎖角の力が、その戦い方をさらに広げていた。
アビ・エシュフは攻撃を予測する。
だが、予測した攻撃を回避するための空間がない。
迎撃を選べば、次の攻撃が迫る。
姿勢を立て直そうとすれば、加速度によって制御が乱れる。
機体の動きに、わずかな遅れが生じた。
ネルは武器を握り直す。
「これで……終わりだぁっ!」
全身の力を込めた一撃が、アビ・エシュフの胸部装甲へと叩き込まれた。
轟音がエレベーター内に響き渡る。
機体が大きく揺れ、膝をついた。
それでも、アビ・エシュフは最後の抵抗を試みる。
腕を持ち上げようとするが、損傷した機構が動作を妨げる。
ネルはその隙を逃さず、最後の一撃を加えた。
鋼鉄の戦姫は、ついに動きを止めた。
◇
しばらくして、エレベーターが停止した。
静寂の中、ネルは荒い息を吐きながら、動かなくなったアビ・エシュフを見下ろしていた。
「……はぁ。ったく、とんでもねえ相手だったぜ」
武器を下ろす。
全身に疲労が広がっていたが、ネルの表情には確かな達成感が浮かんでいた。
「ネル先輩!」
アスナが駆け寄る。
「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
「大丈夫だ。ちょっとばかり、骨が折れただけだよ」
「ちょっとばかり、で済ませないでください……」
アカネが呆れたように息を吐く。
カリンもようやく銃を下ろした。
「でも、これでアビ・エシュフは止められた」
「ああ。みんながいたからな」
ネルは仲間たちを見渡した。
「私一人だったら、あいつの相手をするだけで精いっぱいだったかもしれねえ。攻撃を重ねてくれたお前らも、情報をくれたハレたちも、よくやってくれた」
『ネルさんが最後まで戦ってくれたからだよ』
通信越しにハレが答えた。
『ユズの観察も役に立ったね。あの小さな違和感がなければ、突破口を見つけるのはもっと難しかったと思う』
『い、いえ……! 私は気づいたことを伝えただけですから……』
ユズの声が少し上ずった。
「その気づきが大事なんだよ」
ネルは笑った。
「よし。これで一つ片付いたな」
しかし、彼女の表情はすぐに引き締まった。
C&Cの目的は、アビ・エシュフを倒すことではない。
リオの計画を止め、アリスを取り戻すことだ。
「トキはどうする?」
カリンが尋ねる。
「まずは確保する。こいつを放って先に進むわけにはいかねえ」
ネルは倒れた機体に近づき、慎重に様子を確かめた。
「……おい、トキ。聞こえてるか?」
返事はない。
だが、機体の内部から微かな駆動音が聞こえていた。
「まだ完全に壊れたわけじゃねえか……」
ネルは警戒を解かず、アスナたちに目配せした。
「気を抜くなよ。安全を確認してから動くぞ」
C&Cは周囲を警戒しながら、トキの確保に取りかかった。
◇
その頃、別の区画では――。
アヴァンギャルド君との戦闘を終えたカナタたちが、中央区画の奥へと向かっていた。
カナタの手には、回収した壁角のエゴルギアが握られている。
そしてC&Cは、アビ・エシュフを停止させた。
二つの戦いは、それぞれ異なる形で決着を迎えつつあった。
しかし、エリドゥの攻略はまだ終わっていない。
リオの計画を止め、アリスを救い出す。
その目的を果たすため、ネルたちは再び前を向いた。
「行くぞ、お前ら!」
ネルの声に、C&Cの仲間たちが頷く。
鋼鉄の戦姫を打ち破った彼女たちの戦いは、次の局面へと進もうとしていた。