ネオン父に転生したのでふんわりした未来知識で成り上がる   作:パラレル・ゲーマー

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第2話 ネオンの父、念能力を金で習う

 父親の葬儀から数日が過ぎた。

 ノストラード組の本部を包んでいた重苦しく、どこか芝居がかったような弔いの空気は次第に薄れ、組織は静かに、しかし確実に日常の業務へと回帰しつつあった。

 本部の奥にある応接室。マホガニーの扉の向こう側で、ライト=ノストラードは深く革張りのソファに腰を沈め、その時を待っていた。葉巻の香りが染み付いたこの部屋は、父親が重要な客人や同業者と会談するために使っていた場所だ。今では、ライト自身が組織のトップとして、その席に座っている。

 

 ガチャリ、と重い金属音が響き、扉が開かれた。

「ボス、お連れしました」

 古参幹部のヴィクターが、一人の男を部屋へと案内してくる。

 男の名前はマーロウ=ケストナー。三十九歳。

 数日前にライトがヴィクターに命じて探させた、「腕の立つプロハンター」の候補者だった。ヴィクターが裏社会のツテと多額の紹介料を駆使して引っ張ってきた経歴書によれば、専門はブラックリストハント。しかし、高額な賞金首だけを血眼になって追うような専業ハンターではなく、要人警護、危険地帯への同行、犯罪組織の身辺調査、行方不明者の捜索、さらには身代金絡みの人質奪還や他のハンターのサポートまで、いわば「危険な人間を相手にする厄介事全般」を幅広く請け負う、極めて実戦的で柔軟なプロフェッショナルだという。

 

 ライトは、ゆっくりとソファから立ち上がりながら、無言で男を観察した。

 マーロウは、意外なほど「普通」の見た目をしていた。

 裏社会を生き抜いてきたような派手な傷跡が顔中にあるわけでもなく、威圧的な巨躯を持っているわけでもない。着古してはいるが手入れの行き届いたレザージャケットに、動きやすさを重視したスラックス。腰回りに拳銃を一挺携帯しているのが僅かな膨らみで分かる程度だ。体格は引き締まっているが、ボディビルダーのように誇張された筋肉はない。すれ違っても、少し目つきの鋭い一般のビジネスマンか、せいぜい私立探偵くらいにしか見えないだろう。

 

(…………分からん)

 

 ライトは内心で冷や汗をかいていた。

 全く、何も分からないのだ。

 この目の前に立つ男が、本当に『念能力』という超常の力を使えるのかどうか。どれほどの死線を潜り抜けてきたのか。そして、いざ戦闘になればどれほど強いのか。

 前世で、安全な画面の外から漫画を読んでいた頃は、キャラクターが纏うオーラも、強さの差も、能力の凶悪さも、物語の演出によって分かりやすく示されていた。「こいつは強い」「こいつはかませ犬だ」と無責任に評価を下していればよかった。

 しかし、こうして現実世界で、何の力も持たないただの『一般人』として相対してみると、相手の力量を測るための物差しが何一つ存在しないことに気づく。

 

(漫画で念能力者を見慣れてたせいで、完全に感覚が麻痺してたけど……)

 ライトは愛想笑いを浮かべながら、握手のために手を差し出した。

(普通の人間から見たら、マジで判別不能なんだな。こいつがその気になれば、瞬きする間に俺の首が飛んでるかもしれないのに、俺にはそれを警戒する術すらない)

 

「マーロウ=ケストナーだ」

 男は短く名乗り、ライトの手を握り返した。その掌は分厚く、硬いタコに覆われていた。

「ライト=ノストラードだ。よく来てくれた、歓迎するよ。座ってくれ」

 

 ヴィクターも同席した状態で、まずは表向きの雇用面接が始まった。

 ヴィクターからマーロウには、すでに大まかな条件が伝えられている。ノストラード組の新組長であるライトの専属警護、ならびに若手組員への基礎的な戦闘・防衛訓練。そして、裏社会の抗争などで特殊な状況に陥った際の軍事的な助言。契約期間はとりあえず半年程度を想定している。

 

「基本契約の範囲については伺っている。拘束時間、遠征時の追加報酬、それに弾薬や情報収集にかかる経費請求については別枠とさせてもらうが、構わないか?」

 マーロウは出されたコーヒーに口をつけることもなく、淡々と条件を詰めていく。

「ええ、常識の範囲内であれば」とヴィクターが答える。

「俺の常識は少々高くつくがね。おたくらのような地方の組が出す額としては、決して安い買い物じゃない。半年間の専属拘束で、基本報酬一千二百万ジェニー。危険度に応じた特別手当は別途請求。これでどうだ」

 

 マーロウは自身の価値を正確に理解しており、一切の遠慮なく金額を提示してきた。

 しかも、おそらく相場よりかなり高めに吹っかけている。

 ライトは内心では安堵しながら、表情には出さずに頷いた。

(よし。少なくとも「金なんて要りません、正義のために」とか言い出すような、扱いづらい聖人君子じゃない。ちゃんと金で話のできる相手だ)

 葬儀の翌朝、ヴィクターに与えた交渉上限は二千万ジェニー。初めからその全額を提示するほどライトも甘くないが、一千二百万なら十分に想定内だ。

 

「条件に異論はない。うちとしても、それだけの価値がある人材だと見込んで声をかけたんだ。契約成立だな」

 ライトがほとんど間を置かずに頷き、話をまとめようとしたその時だった。

 

「それで?」

 契約書にサインをしようとしていたマーロウの手が止まり、その鋭い視線がライトの目を真っ直ぐに射抜いた。

「何がだ?」

「本当に俺を雇った理由だ」

 

 マーロウの纏う空気が、僅かに冷たくなった。

「おたくの組は弱小とはいえ、立派に街のシノギを回しているマフィアだ。若い組長が代替わりで命の危険を感じて、腕利きの護衛を一人側に置きたい。そこまでは分かる。だが、それだけなら俺である必要はない。身内の腕利きを昇格させるか、懇意にしている傭兵崩れや警備会社を使えば、もっと安く、もっと扱いやすい人間がいくらでも手に入るはずだ」

 マーロウはソファに深く背中を預け、腕を組んだ。

「それに俺は、さっきかなり高めの額を吹っかけた。それを値切りもせず即答だ。護衛が欲しいだけの若旦那なら、少しくらい顔色が変わってもいい。……俺に何をさせる気だ?」

 

 ライトは口元を緩めた。

 最初から隠し通せるなどとは思っていない。むしろ、ここで疑問を持たないような鈍感な男であれば、念の師匠としては信用できない。

 

「ヴィクター」

 ライトは隣に座る古参幹部に声をかけた。

「悪いが、少し席を外してくれないか」

「……ボス?」

 ヴィクターが怪訝な顔をする。

「彼と、個人的に詰めておきたい話があるんだ」

 

 ヴィクターは少し戸惑いを見せたが、新ボスの明確な命令に逆らうことはせず、一礼して応接室を出て行った。念能力という世界の裏側のルールを、まだ組の幹部にまで共有する段階ではないとライトは判断していた。

 

 扉が閉まり、広い応接室にはライトとマーロウの二人だけが残された。

 空調の微かな稼働音だけが響く中、ライトはゆっくりと口を開いた。

 

「じゃあ、本題だ」

 ライトはテーブルの上のコーヒーカップに視線を落とし、それからマーロウの目を真っ直ぐに見据えた。

「俺に、念を教えてほしい」

 

 その瞬間、マーロウの顔から、仕事用の「腕利きの用心棒」としての軽い雰囲気が完全に消え去った。

 部屋の温度が数度下がったかのような、肌を刺すプレッシャー。見えない刃を喉元に突きつけられているような感覚に、ライトは思わず息を呑んだ。

 

「……その言葉を、どこで知った?」

 マーロウの声は低い。当然の質問だった。念は一般社会では秘匿されている。地方マフィアの若い組長が気軽に口にするような言葉ではない。

 

 ライトは平静を装った。

 前世で漫画を読んだから、などと言えるはずがない。

 そして、ここで下手に作り込んだ嘘を吐く必要もない。

 

「マフィア稼業をやっていればな。全く説明のつかない、理屈に合わない人間の噂くらい、嫌でも耳に入ってくるんだよ」

 ライトは肩をすくめた。

「至近距離から銃で撃たれたのに死ななかった男。素手で分厚い鉄扉を紙屑みたいに引き裂いた用心棒。相手に触れもせずに首をへし折った殺し屋。何もない空間から武器を取り出した手品師。俺だって今までは、半分くらい都市伝説だと思ってた」

 マーロウは無言で聞いている。

「だが、そういう噂の中には昔から時々ハンターの名前が混じる。それに『念』って言葉自体も、裏の連中の会話で何度か耳にしたことがある。今までは意味の分からない隠語くらいにしか思ってなかったけどな」

 

 そこまでは、この世界で二十二年間生きてきたライト自身の記憶にも存在する。

 前世の記憶を取り戻したことで、意味のなかった断片同士が一本に繋がった。

 

「だから腕の立つハンターを呼んだ。何か知っているなら直接聞くのが一番早い」

 ライトはそこで言葉を切った。

「その反応を見る限り、全くの見当違いではなかったらしいな」

 

 マーロウはしばらく無言だった。

 完全に納得したわけではないだろうが、マフィア社会で長く生きていれば超常的な人間についての噂を聞く機会があること自体は、不自然ではない。

 

「随分と物好きな若旦那だ」

 マーロウの放っていた圧が和らいだ。

「知らないまま、得体の知れない力に怯えて暮らす方がよっぽど怖いんだよ」

「仮に、俺がお前の言う『念』を使えるとして。そしてお前にそれを教えるとしてだ」

 マーロウは、そこで改めてライトを見た。

「念を覚えて、お前は何をするつもりだ?」

 

「何を、か……」

 ライトは少し考え込んだ。

 戦闘狂ではない。世界最強を目指したいわけでもない。積極的に誰かと戦いたいわけでもなければ、超常の力を使って荒稼ぎしたいわけでもない。

 

「……決めてないな」

 ライトは素直に答えた。

 

「おい」

 マーロウの眉間に皺が寄った。

 

「強いて言うなら、生き残るためだ」

 ライトは真面目な顔で続けた。

「ノストラード組は、親父から受け継いだ昔ながらのマフィアだ。違法賭博、高利貸し、揉め事の口利き。これを明日から全部やめて真っ当な企業になります、なんて綺麗事を言うつもりはない。上のファミリーとの付き合いもあるし、飯を食わせなきゃならない部下もいる。急激な合法化なんて不可能だ」

 マーロウは黙って聞いている。

「だが、長期的には合法的な事業の比率を増やしていくつもりだ。運送、倉庫、不動産、投資、金融。十年、二十年かけて、そっちの利益だけでも組が回るように作り変えたいとは思ってる」

 

「殊勝なマフィアだな」

 マーロウが皮肉っぽく笑う。

「別に善人になる気はないよ」

 ライトは明確に否定した。

「単純な計算だ。違法なシノギは常に警察に追われるし、まともな銀行融資にも制約が出る。会社としての価値も育てにくい。同じだけ儲かるなら、合法の方が圧倒的に便利だろ?」

 

「……なるほど」

 マーロウは指先でカップの取っ手を弄った。倫理的な正義感ではなく、あくまで経営判断としての合法化。それなら話は分かる、とでもいうような顔だった。

 

「合法化を進めるにしても、今日明日でマフィア社会から完全に抜けられるわけじゃない。その移行期間の間、どうしても裏社会の揉め事は起きるし、あんたが知っているような連中と遭遇する可能性もある」

 ライトは核心を突く。

「俺がその力を覚えて、そいつらより強くなれるかなんて分からん。才能がないかもしれないし、戦闘には全く向かないかもしれない。それでもだ。俺は、自分には見えもしない相手に殺されるのは絶対に嫌だ」

 

 ライトは膝の上で拳を握った。

「それに、自分には何が起きているのか見えもしないのに、部下に『前線で戦え』『組織を守れ』と命令するなんて、上に立つ人間として話にならない。せめて、目の前で何が起きているのか、自分がどんな理不尽に直面しているのか、理解できるようにはなりたい。まずは、知ることからだ」

 

 マーロウはしばらくライトを見つめていた。

 やがて、その目から値踏みするような色が少しだけ消える。

 

「……分かった」

「教えてくれるか?」

「教える」

 マーロウは姿勢を正した。

「ただし、条件がある。第一に、これは護衛契約とは別契約だ。念の指導料として特別料金をいただく」

「そこは構わない」

 即答するライトに、マーロウが僅かに笑った。

「話が早いな」

「そのために呼んだんだ。必要な費用なら払う」

 ライトも笑い返した。指導料まで含めても、ヴィクターに示した二千万ジェニーの予算枠には十分収められるだろう。

 

「第二に、俺の許可なく、これから教える技術を他人に試そうとするな。第三に、知識だけ得たからといって、自分で何でも分かった気になるな。第四に、修行中は俺の指示に絶対に従え」

「分かった。その条件でいい」

「随分素直だな」

「分からないものを習うのに、教師の話を聞かないほど馬鹿じゃないよ」

 二人の間に、奇妙な師弟関係が成立した瞬間だった。

 

 ◇

 

 その日から、ライトの修行が始まった。

 一日目。マーロウはまず「念とは何か」という座学から始めた。

「いいか。念とは、体から溢れ出す生命エネルギー、すなわち『オーラ』を自在に操る力のことだ。一般人はこれが『精孔』と呼ばれるツボから垂れ流しになっている。これを意図的に制御するための基本的な修行が四大行だ」

 

 ライトは黙って聞いていた。

 前世の記憶にある単語も多い。だが、それを知っていることと、体系的に理解していることは全く別の話だ。

 オーラ、精孔、生命エネルギー。

 そして四大行である《纏》《絶》《練》《発》。

 

(名前は覚えてる。でも、やっぱり細かいところはかなり抜けてるな)

 

 漫画を読んだ記憶など、しょせんその程度だ。

 だからこそ、知っているつもりにならず、最初から習い直す。

 

「まず《纏》は──」

 マーロウが説明を続ける。

 

 ライトは余計な口を挟まず、一つずつ頭に入れていった。

《纏》。

《絶》。

《練》。

《発》。

 

 さらに、それらを基礎とした様々な応用技術が存在する。

 

「たとえば、体の一部へ普段より多くオーラを集める技術が《凝》だ。拳へ集中させれば攻撃力を増せるし、眼へ集めれば通常では見落とすようなオーラの痕跡を見抜く助けにもなる」

 

(そうだった。眼だけの技じゃない)

 

 前世の記憶の中では、どうしても「眼に使って見破る技」という印象が強く残っていた。

 危ないところだった。

 知っている単語ほど、勝手な思い込みを持ち込みやすい。

 

「分かった」

 ライトはそれだけ答えた。

 

 下手に知識を披露する必要はない。

 今の自分は、初めて念について教わっている人間なのだから、それに徹すればいい。

 

「それで、実際に使えるようになるまでにはどれくらいかかる?」

 ライトが尋ねると、マーロウは腕を組んだ。

「やり方による。精孔を開くには大きく二種類の道がある。一つは、時間をかけてゆっくりと自力で開いていく安全な道。もう一つは、すでに念を使える人間が外からオーラを作用させ、強制的に開く道だ」

「後者の方が早い?」

「圧倒的にな。ただし、危険でもある。雑にやれば体が耐えきれずに壊れる。下手をすれば死ぬ。開く側にも相応の技量がいる」

「あなたなら、安全にできるのか?」

「できる」

 

 ライトは少し考えた。

 速度だけを理由に飛びつくところではない。

 目の前の男を高額で雇った目的そのものが、素人判断で危険な真似をしないためなのだから。

 

「なら、時期は任せる。あんたが問題ないと判断したら、その方法で頼む」

 マーロウがライトを見た。

「もっと急かすかと思ったが」

「専門家を雇っておいて、その専門家の判断を無視するくらいなら最初から雇わないよ」

「……なるほどな」

 

 即座に覚醒させることはせず、マーロウはまずライト自身を観察することにした。

「基礎的な体力作りと訓練をしながら、お前がどの程度指示を守れる人間なのか見極める。覚醒はそれからだ」

 

 そこからしばらく、ライトの泥臭い基礎訓練が始まった。

 毎朝のランニング、体幹トレーニング、呼吸法、そして瞑想による集中力の養成。

 マーロウは、ライトの身体能力を冷静に評価していた。二十二歳。マフィアの跡取りとして銃の扱いや最低限の護身術は経験済みで、体力も一般人としては悪くない。しかし、もちろん前世の漫画で見たような、幼少期から常識外れの身体能力を持つ怪物ではない。

(まあ、そりゃそうだよな)

 ライトは筋肉痛に耐えながら、自分の現在地を受け入れていた。

 

 その一方で、ノストラード組の仕事も止めてはいない。

 先日命じたコンピュータ、通信、半導体、データ処理関連企業の調査はヴィクターの下で進められており、運送会社についても責任者と技術者を交えた最初の打ち合わせを終えていた。

 今すぐ未来の物流システムが作れるわけではない。まずは顧客台帳、荷物の受付記録、配送ルート、到着時刻といった基礎情報を整理し、現在の技術で何を機械化できるのかを洗い出すところから始めている。

 

 そしてライトは、念の修行中でも情報収集を怠らなかった。

 呼吸法の休憩中、食事中、あるいは訓練を終えた後。

 目の前には、これまでほとんど接点のなかったハンター社会で十五年以上生きてきた専門家がいる。

 聞かない理由がなかった。

 

「なあ、マーロウ。ハンターって、普段はどうやって仕事を取ってるんだ?」

「急に何だ?」

「組の仕事を広げるなら、顧客になる可能性のある人間がどう動いてるのか知っておきたい」

 マーロウはライトを見た後、特に隠すほどの話でもないと判断したらしい。

「ルートは色々だ。ハンター協会から回ってくる指名依頼もあるし、政府機関からの直接依頼もある。企業、富豪、研究機関からのオファー。昔の顧客からのリピートや、同業者の紹介。俺みたいなブラックリストハントなら、自分で標的を探すこともある。専門性によってかなり違うな」

 

「じゃあ、依頼人がハンターに連絡を取りたい時の窓口はどうなってる? 全員がオフィスを持ってるのか?」

「俺は都市部に事務所を構えてるが、全員じゃない。遺跡ハンターや幻獣ハンター、海洋系の冒険家タイプの連中なんてのは、基本的に世界中を飛び回ってる。半年や一年、全く連絡がつかない奴なんてザラにいる」

「それ、依頼する側は困らないか?」

「困るだろうな」

「協会が全部仲介してくれるわけじゃない?」

「協会はそんな便利屋じゃない」

 

 マーロウは首を振った。

 

「資格の管理や重大な任務の差配は行うし、情報も持っている。だが、個々のハンターの細かい仕事を全部管理しているわけじゃない。ハンターってのは自由人が多いからな。協会にそこまで首輪をつけられたくない連中も多い」

 

「なるほど」

 ライトはその言葉を頭の中で整理した。

 

 協会という巨大組織がある。

 だが、所属する専門家たちの仕事、連絡、移動、調達まで一元的に面倒を見ているわけではない。

 

 ならば、その間を埋める需要はある。

 

「ハンターを主な顧客にしている業者は?」

「何の業者だ?」

「装備品の調達、危険物の保管、珍しい生物の輸送、遺跡から出た品の鑑定、成果物の売却、危険地域への宿泊や移動の手配、送金、依頼仲介、保険、情報売買。その辺りだ」

「……全部まとめて一手に引き受けてるような業者は、俺の知る限り存在しないな」

 マーロウは少し考え込んだ。

「各分野には専門業者がいる。幻獣専門のケージを扱う会社や、危険地域に強い旅行会社とかな。だが、見事にバラバラだ。どこを使えばいいかは、結局のところハンター個人の人脈と口コミ頼みだ」

 

「そうか」

 ライトはそれ以上すぐには口を開かず、しばらく考えた。

 

 世界中を飛び回る。

 専門性が高い。

 高額な仕事を扱う者も多い。

 だが、仕事の周辺を支えるサービスは分散している。

 

 前世の知識を持ち出すまでもない。

 現状を並べただけで、商売の形は見えてくる。

 

「一ヶ所に窓口をまとめたら便利そうだな」

「窓口?」

「たとえば、長期間留守にするハンターの手紙や電話を預かる。荷物も受け取る。遠征用の装備、宿、交通手段が必要なら手配する。現地で特殊な輸送業者が必要なら紹介する。依頼人が特定分野のハンターを探したいなら、本人の許可を取った上で連絡を仲介する」

 ライトは指を折りながら、一つずつ挙げていった。

「それぞれ別の会社へ問い合わせる手間を、一ヶ所で済ませる」

 

 マーロウが少し考えた。

 

「……便利ではあるな」

「だろ?」

 

 ライトはそこで止めた。

 頭の中では、その先も見えている。

 

 今は電話とテレックス。

 やがてコンピュータ端末と通信網が広がれば、情報をデータベース化できる。

 さらに通信技術が進めば、利用者自身が遠隔地から情報へアクセスできるようになるだろう。

 

 だが、それを今ここで語る理由はない。

 

「最初は人間が電話を受けて、台帳から探すだけでもいい。うちには運送会社と倉庫がある。荷物の保管と輸送なら既存事業を使える。宿や交通の手配だって、旅行会社と契約すればいい」

「最初から全部自前で揃える気はないのか?」

「その必要があるか? すでに得意な業者がいるなら、そこに仕事を流せばいい。うちは窓口と管理を取る」

「……商売人だな」

「マフィアだからな」

 

 ライトとしては、将来の電子化まで見据えている。

 しかし今必要なのは、その前段階となる顧客と業者のデータを集め始めることだった。

 電話番号。

 所在地。

 専門分野。

 料金。

 対応地域。

 信頼度。

 取引履歴。

 

 紙の台帳から始めても構わない。

 後からコンピュータへ移せばいい。

 

「お前、念の修行を始めたばかりだよな?」

 マーロウが確認するように言った。

「そうだけど?」

「いつの間にハンター相手の商売まで考え始めた」

「知らない業界の専門家を高い金で雇ったんだ。聞けることは聞いておく」

「俺の契約には経営コンサルタントまで入ってなかったはずだぞ」

「じゃあ飯くらい奢るよ」

「安いな」

 

 マーロウはそう言ったが、本気で嫌がってはいなかった。

 

「協会の人間にも一度話を聞いてみたいな」

 ライトは続けた。

「何を聞く?」

「今の話だ。協会側から見て、ハンターが活動する上でどこに不便があるのか。それと、民間業者に任せられる仕事が何か」

「マフィアが協会に売り込みか?」

「表の会社としてな。違法なことを持ち込む気はない」

 ライトは平然と答えた。

「協会が必要としていないならやめればいい。必要なら仕事になる。それを確かめたいだけだ」

 

 マーロウはしばらくライトの顔を眺めた。

 

「……その手の話を聞いてくれそうな奴なら、一人くらい心当たりはある」

「紹介してくれるか?」

「話だけは通してやる。向こうが会うかどうかは知らんぞ」

「それで十分だ」

 

 無理に食い込む必要はない。

 最初は話を聞いてもらえるだけでいい。

 

 ◇

 

 地下の防音訓練室。

 基礎訓練を真面目にこなし、指示に背かないことを証明したライトに対し、マーロウはようやく次の段階へ進むことを認めた。ヴィクターたちには「特殊な戦闘訓練」とだけ説明し、人払いを済ませてある。

 

「今日、お前の精孔を開く」

 マーロウがライトの背後に立つ。

「分かった」

「何度も言うが、異常を感じたら無理をするな。俺の指示だけ聞け」

「ああ」

 

 ライトは静かに呼吸を整えた。

 ここで浮かれて余計なことをする理由はない。

 

 マーロウの制御されたオーラが、ライトの背中から体内へと送り込まれた。

 その瞬間。

 全身の毛穴という毛穴が内側から弾け飛ぶような衝撃。

 熱とも、風とも違う。自分の身体の輪郭が溶け出し、生命力が猛烈な勢いで空間に漏れ出していく、圧倒的な喪失感と恐怖。

「っ……!」

 漫画で見て知っていた。

 だが、実際に経験するのとは全く違う。

(何だこれ!? 知識と体感が全然違う!!)

 極度のパニックに陥りそうになるライトに、マーロウの鋭い声が飛ぶ。

 

「呼吸を乱すな! 流れを止めようとするな。身体の周囲へ留めろ!」

 ライトは必死に歯を食いしばった。頭では先ほどまで説明を受けていた。しかし、身体が思うように動かない。オーラが猛烈な勢いで霧散しようとする。

「身体を薄い膜で包み込むように意識しろ! 力を入れるんじゃない、流れを整えるんだ!」

 マーロウの指示に従い、意識を集中する。

 何度もオーラの形が崩れる。

 一度は焦りから身体に力が入り、さらに流れを乱した。

「力むな!」

 ライトは返事をせず、呼吸だけを整えた。

 

 今は余計な口を開いている場合ではない。

 

 数分の格闘の末。

 ライトの身体の周囲で、暴れ狂っていたオーラが薄く、しかし確実に安定したベールを形成した。完全ではない。まだ弱く、揺れている。

 だが、それは間違いなく《纏》だった。

 

「そのまま」

 マーロウの声が落ち着く。

 ライトは動かず、ひたすら呼吸とオーラの流れだけに意識を向けた。

 数十秒。

 やがて集中が崩れ、オーラが再び乱れ始める。

 

「よし。今日はそこまでだ」

 

 マーロウの声を合図に、ライトはその場に腰を下ろした。

 全身が汗だくだった。

 

「……今ので、できてたのか?」

 荒い呼吸を整えながらライトが聞く。

「一応な」

 ライトは自分の両手を見下ろした。

 

 見える。

 

 今まで全く認識できなかったものが、確かに自分の身体を覆っている。

 

 漫画の向こう側にしか存在しなかった力。

 それが今、自分自身の感覚として存在している。

 

「俺の出来は?」

「悪くはない」

「それ以上は?」

「今の段階で判断するには早すぎる」

「なるほど」

 

 ライトはそこで素直に引いた。

 才能があるかないかを、今すぐ知ったところで何かが変わるわけでもない。

 

「まずは《纏》を安定させろ。その後に《練》へ進む。それから適性を見るための簡単な方法も教える」

「分かった」

 

 ライトは頷いた。

 前世の記憶に引っかかるものはあったが、あえて口にはしない。

 その時になれば、マーロウが教える。

 それでいい。

 

 ◇

 

 その日の夕方。

 極度の疲労で執務室のソファに沈んでいるライトのもとへ、ヴィクターが数枚のレポートを持って入ってきた。近くの席では、マーロウが今度は普通にコーヒーを飲んでいる。

 

「ボス。ご指示のあった件ですが」

「どれだ?」

「先ほど追加で調べるよう仰った、ハンター向けの業務支援についてです」

「もう出たのか?」

 マーロウがレポートへ視線を向ける。

「簡易調査ですから。詳細な事業性の確認には、もう少し時間が必要です」

 ヴィクターは涼しい顔で答えた。

 

 調査結果は、ライトの予想を大きく外してはいなかった。

 ハンター向けの需要そのものは確実にある。しかし、専門店、運送会社、ホテル、旅行会社、情報屋と、すべてがバラバラに存在している。総合窓口として広域展開している大手は、少なくとも短期間で調べた範囲では見つからなかった。

 

「競合が全くいない、と判断するには早いですが」

 ヴィクターが念を押す。

「ああ。それでいい」

 ライトも頷いた。

「まず、もう少し調べよう。誰が何に金を払っているのか、実際の利用者に聞く。それから小さく試す」

 

 いきなり数億ジェニーを投資するような真似はしない。

 まずは、ノストラード本部の一角か、表向きの会社の一部に、小規模な窓口を設ける。

 提供するサービスも限定する。

 私書箱。

 電話伝言。

 荷物預かり。

 運送手配。

 装備品の取り寄せ。

 宿泊・交通予約。

 業者紹介。

 

 既存の事業と人脈を組み合わせれば、大きな設備投資なしでも試せるものばかりだ。

 

「そういえば、先日命じられた通信・コンピュータ関連企業の調査については、もう少し時間をいただきます」

 ヴィクターが別の薄いファイルを机に置いた。

「候補企業が予想以上に多く、技術の優劣を我々だけで判断するのは危険です。外部の専門家も交えて絞り込んでいます」

「それでいい。分からない分野で、名前だけ見て金を出す方が危ない」

「運送会社については、まず配送記録と顧客台帳の様式を統一することになりました。コンピュータの導入については、その整理が済んでから改めて検討します」

「上出来」

 

 一つずつ進んでいる。

 未来の方向を知っていたところで、現場を飛ばして完成形だけ作ることなどできない。

 ならば、必要な順番で積み上げていけばいい。

 

 ライトはマーロウへ顔を向けた。

 

「留守中の電話は誰が取ってる?」

「事務所の職員だ」

「長期間国外に出る時、荷物や伝言の管理で困ることは?」

「ないとは言わん」

「必要な装備や業者を探すのに時間を取られることは?」

「ある」

「よし。じゃあ今度、もう少し詳しく不便なところを聞かせてくれ」

「俺を市場調査に使う気か?」

「実際の利用者に聞くのが一番確実だろ」

「念の弟子になったと思ったら、いつの間にか客扱いされてるな」

「まだ客になれとは言ってない。使えると思ったら使ってくれればいい」

「そこは慎重なんだな」

「商売だからな」

 

 ライトはヴィクターから受け取ったレポートを閉じた。

 

 知らない世界に入ったら、まずその世界がどう回っているのかを知る。

 知った上で、不便があるなら埋められるか考える。

 

 念についても。

 商売についても。

 

 やっていることは同じだった。

 

 知らないものがあるなら、まず知る。

 足りない仕組みがあるなら、作る。

 




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