星を渡って、ただいまを   作:ka_na

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封印に残った父

「中に入るって、どこ?」

 

ナルトは自分の腹を見ていた。

 

朝から何度目か分からない質問だった。

 

ミナトは嫌がらず、同じ答えを返す。

 

「身体の中そのものじゃないよ。お腹にある封印の、一番外側」

 

「ミナト小さくなる?」

 

「ならない」

 

「じゃあどうやって入るの」

 

「意識だけ近づける」

 

「いしき?」

 

「考えてる方の自分」

 

ナルトがますます分からない顔になる。

 

自来也が横から口を挟んだ。

 

「夢を見る時みたいなもんじゃ」

 

「夢?」

 

「完全に同じじゃないがな」

 

「じらやも来る?」

 

「ワシは外」

 

「なんで」

 

「中へ入るのは一人だけ。何かあった時に外から止める奴が必要じゃ」

 

ナルトはミナトを見る。

 

「ミナト一人?」

 

「うん」

 

「こわい?」

 

思いがけない質問だった。

 

ミナトは笑いそうになって、やめた。

 

「怖いよ」

 

「大人なのに?」

 

「大人でも怖い」

 

ナルトは少し考えた。

 

「やめてもいい?」

 

「君が嫌ならやめる」

 

「ミナトがこわいなら?」

 

「俺もやめていい」

 

「火影なのに?」

 

「火影でも」

 

ナルトは自来也を見る。

 

「ほんと?」

 

「本当じゃ」

 

そこでようやく頷いた。

 

「じゃあ、いい」

 

「本当に?」

 

「うん」

 

ナルトが手を伸ばす。

 

ミナトの袖を少しだけ掴んだ。

 

「帰ってきて」

 

胸の奥が痛んだ。

 

「帰ってくる」

 

約束した。

 

◆

 

場所は地下封印室だった。

 

ナルトは寝かせない。

 

眠らせる必要はないし、意識を失わせたくもない。

 

低い椅子へ座り、自来也が隣につく。

 

ヒルゼンとビワコは一段離れた位置。

 

クシナは室外にいる。

 

自分も入りたいと言ったが、今日は一人だけ。

 

先にミナトが確認する。

 

結果を見て、次を決める。

 

ミナトはナルトの前へ膝をついた。

 

「手、貸してくれる?」

 

「うん」

 

小さな掌へ自分の指を乗せる。

 

チャクラを流す。

 

薄く。

 

外周だけ。

 

触れた瞬間。

 

世界が沈んだ。

 

◆

 

最初に聞こえたのは水音だった。

 

足元に浅い水がある。

 

暗い。

 

遠くに格子が見える。

 

その奥。

 

巨大な気配。

 

赤い目が開く。

 

『……四代目』

 

吐き捨てるような呼び方だった。

 

ミナトの呼吸が一瞬止まる。

 

「俺を知ってるのか」

 

『その面を忘れると思うか』

 

声。

 

圧。

 

格子へ満ちているのは、懐かしさではない。

 

はっきりした敵意だった。

 

クシナの中にいる九尾と似ている。

 

同じと言いたくなる。

 

けれど、違う。

 

先日の計測で見た差が、ここではもっとはっきり感じられた。

 

「九尾」

 

『用件を言え、四代目』

 

「確認したいことがある」

 

『貴様らはいつもそうだ。縛っておいて、必要な時だけ答えを欲しがる』

 

九尾が鼻を鳴らす。

 

『外の赤髪も生きているのか』

 

「クシナは生きてる」

 

牙が覗いた。

 

『なら向こうのワシも、まだあの女の腹で鎖に繋がれているわけだ』

 

安堵ではない。

 

同情でもない。

 

自分と同じものが、別の檻にもいる。その事実への苛立ちだけがあった。

 

「あなたは、俺たちが知る九尾とは別なのか」

 

『ワシに人間の理屈を押しつけるな』

 

「でも、気配は同じだった」

 

『近い。だからこそ気に入らん』

 

爪が水面を裂く。

 

『あれがワシなら、別の檻で別の年月を食ったワシだ。今ここにいるワシの肉を削いで作ったものではない』

 

ミナトの喉が鳴る。

 

「十月十日」

 

赤い目が細くなる。

 

『二度とその日をワシの前で軽く口にするな』

 

「何があった」

 

『小僧が知らんことを、なぜワシが貴様へ教える』

 

「本人は四歳だ」

 

『だから何だ』

 

冷えた声だった。

 

『貴様ら人間が勝手に残した傷だ。知りたければ自分で掘れ』

 

「あなたがナルトへ封印された?」

 

格子が軋んだ。

 

『父親面をするな、四代目』

 

ミナトの身体が固まった。

 

『貴様と同じ臭いの男が、ワシをこの小僧へ押し込んだ』

 

「……何?」

 

『鬱陶しい臭いだ』

 

九尾の視線がミナトの背後へ動く。

 

『貴様がここへ入ってから、封印へこびりついた残り滓まで騒いでいる』

 

水面が揺れた。

 

ミナトが振り向く。

 

後ろには誰もいない。

 

だが。

 

水の上に、薄い光が集まり始めた。

 

輪郭。

 

金色の髪。

 

自分と同じ顔。

 

白い羽織はない。

 

忍服も輪郭が曖昧だ。

 

残されたチャクラの反響。

 

それでも。

 

ミナトには分かった。

 

自分だ。

 

違う道を歩いた、自分。

 

『……やっと届いた』

 

声まで似ていた。

 

ミナトは動けない。

 

「あなたは」

 

『波風ミナト』

 

困ったように笑う。

 

自分がよくする笑い方だった。

 

『たぶん、君も』

 

「……そうです」

 

『敬語は変だな』

 

「俺もそう思います」

 

二人とも少し黙った。

 

何を聞けばいい。

 

四年前に何があった。

 

なぜ死んだ。

 

どうやって封印した。

 

このナルトは本当に。

 

質問はいくらでもある。

 

最初に出たのは、違う言葉だった。

 

「この子は」

 

声が震えた。

 

「あなたの子ですか」

 

もう一人のミナトは、すぐには答えなかった。

 

『それだけ聞くと、簡単だね』

 

「簡単じゃない」

 

『うん』

 

光の輪郭が揺れる。

 

『僕とクシナの子だ』

 

一度、言葉を切る。

 

『そして、道が分かれる前まで君が僕と同じだったなら――血の話だけをするなら、外にいる君もあの子の父親だ』

 

ミナトは目を閉じた。

 

胸の奥で何かが落ちた。

 

嬉しいのか。

 

苦しいのか。

 

分からない。

 

ただ、息がしづらかった。

 

「四年前」

 

『九尾が里へ出た』

 

「こちらでは出てない」

 

『そうか』

 

また、安堵するような声。

 

「俺たちの子は死んだ」

 

もう一人の自分が黙る。

 

「生まれた直後に」

 

『……そうか』

 

「だから、俺は」

 

言葉が続かない。

 

向こうのミナトは、何も慰めなかった。

 

たぶん、自分ならそうする。

 

分からない痛みへ、分かったような言葉を置かない。

 

「あなたたちは」

 

『死んだ』

 

静かな声だった。

 

『クシナも、僕も』

 

「ナルトを残して?」

 

『一人ぼっちにしたいわけがない』

 

その一言で。

 

これまでナルトが何度も言った言葉を思い出した。

 

寝たらいなくなる。

 

朝になったら行くんだろ。

 

戻る?

 

いつ?

 

「知らないんです」

 

『何を』

 

「ナルトは、自分が捨てられたのかもしれないって、たぶん」

 

完全に言葉にしたことはない。

 

でも、生活の端々に残っている。

 

「両親の名前も知らない」

 

もう一人のミナトの顔が歪んだ。

 

『……そっか』

 

初めて、声がはっきり痛んだ。

 

「伝えていいですか」

 

『何を』

 

「捨てたんじゃないって」

 

『もちろん』

 

「あなたたちが愛してたって」

 

『それは』

 

少し間があった。

 

『君が証明してくれる?』

 

ミナトは眉を寄せた。

 

「俺が?」

 

『僕の言葉をそのまま渡しても、あの子には遠いだろうから』

 

「でも、俺はあなたじゃない」

 

『うん』

 

「父親だったあなたの代わりにもなれない」

 

『うん』

 

「だから」

 

ミナトは自分で言葉を選んだ。

 

「俺が父親になるかは、別です」

 

向こうのミナトが笑った。

 

『それでいい』

 

「怒らないんですか」

 

『何を』

 

「自分の息子なのに」

 

『僕はもう、あの子の今日を決められない』

 

水面が小さく揺れる。

 

『頼めるのは、二つだけかな』

 

向こうのミナトは、今度は笑わなかった。

 

『捨てたんじゃないと伝えてほしい』

 

「はい」

 

『それから、父親だという事実を、父親になる権利みたいに使わないでほしい』

 

ミナトはゆっくり頷いた。

 

「明かしたあとも、選ばせます」

 

『うん』

 

「……はい」

 

『先生は?』

 

唐突だった。

 

「自来也先生?」

 

『うん』

 

「一年、一緒に旅してました」

 

向こうのミナトが目を丸くした。

 

『先生が三歳児と?』

 

「かなり苦労したみたいです」

 

『想像できない』

 

「俺もです」

 

二人で笑った。

 

同じ笑い方だった。

 

それが今度は怖くなかった。

 

『なら、よかった』

 

「何が」

 

『一人じゃなかった』

 

ミナトは返事をしなかった。

 

できなかった。

 

◆

 

光が薄くなる。

 

「待って」

 

ミナトが一歩出る。

 

『長居できない』

 

「クシナの残りも?」

 

『いる』

 

「会える?」

 

『たぶん。外のクシナなら』

 

「核は傷つけたくない」

 

『ここにいる僕は核じゃない』

 

もう一人のミナトが自分の手を見る。

 

『外へ漏れた反響みたいなものだ。あの子のために残した中心はもっと奥にある。触らない方がいい』

 

「分かりました」

 

『それから』

 

「何です」

 

『ナルトに』

 

言いかけて止まる。

 

『いや』

 

「伝言は?」

 

『僕からは要らない』

 

「どうして」

 

『生きてる人から言ってほしい』

 

輪郭が崩れる。

 

『ただ、名前のことは先生も一緒に話してやって』

 

「名前?」

 

『ナルト』

 

それだけ残して、光が消えた。

 

九尾の目だけが暗闇に残る。

 

『茶番は終わったか』

 

「……ありがとう」

 

格子の奥で低い唸りが響いた。

 

『礼を言うな。ワシは一度も貴様へ手を貸していない』

 

「それでも、聞けたことはあった」

 

『勝手に耳へ入っただけだ』

 

ミナトは立ち上がる。

 

「もう戻る」

 

『二度と来るな』

 

「必要があれば来る」

 

牙が剥かれた。

 

『なら覚えておけ。次に封印を緩めれば、貴様らの都合など知ったことではない』

 

「ナルトを――」

 

『ワシに小僧を頼むな』

 

言葉を切られた。

 

『ワシは守り役でも、貴様らの代わりでもない』

 

ミナトは黙って頷いた。

 

それでよかった。

 

九尾から、父親の答えをもらう必要はない。

 

◆

 

目を開ける。

 

最初に見えたのはナルトだった。

 

「ミナト?」

 

「うん」

 

「帰った?」

 

「帰ったよ」

 

自来也の手がミナトの肩へ置かれる。

 

「時間は三分弱」

 

「もっと長く感じました」

 

「何かあったか」

 

ミナトは答える前にナルトを見た。

 

「大丈夫?」

 

「オレはへいき」

 

「そっか」

 

ナルトが手を伸ばす。

 

さっき掴んでいた袖を、もう一度掴んだ。

 

「何いた?」

 

ミナトはすぐには答えなかった。

 

嘘はつかない。

 

全部も言わない。

 

「君のことを知ってる人がいた」

 

「だれ?」

 

「それを決めるために、もう少しみんなで確かめる」

 

「また大人のやつ」

 

「ごめん」

 

「でも帰ったからいい」

 

袖を離した。

 

ミナトは胸の中で何度も同じ言葉を繰り返した。

 

帰ったからいい。

 

父親になることより先に。

 

約束した時間に帰れる大人でいよう。

 

今は、それで十分だった。

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