星を渡って、ただいまを 作:ka_na
「ワシと旅に出てもいいぞ」
自来也がそう言った時。
部屋にいた全員が、自来也を見た。
ナルトだけは、しばらく意味が分からない顔をしていた。
「いつ?」
「まだ決めとらん」
「どこ?」
「それも決めとらん」
「何も決まってないじゃん」
「旅ってのはそういうもんだ」
「じらや、いつもそう」
「悪かったな」
昨日。
ナルトは初めて、ミナトとクシナを父ちゃん、母ちゃんと呼んだ。
ほんの一度ずつ。
その後はまた名前で呼んだ。
誰も直さなかった。
今日は、その翌日だった。
身元の話は終わった。
だからこそ。
今日からは、血の話ではない。
暮らす場所の話だった。
「じらや」
「何じゃ」
ナルトはミナトとクシナを見た。
「父ちゃんと母ちゃん、分かったのに?」
「うん」
「オレ、じらやと行っていいの?」
「いい」
自来也は先に答えなかった。
ナルトが聞くべき相手へ視線を向ける。
ミナトが頷いた。
「いいよ」
クシナも。
「行っていい」
ナルトが眉を寄せる。
「なんで」
ミナトは少し考えた。
「昨日、俺が父親だって言った」
「うん」
「でも、それは君が俺の家に住まなきゃいけないって意味じゃない」
「父ちゃんの家なのに?」
「父ちゃんの家だから、君も住んでいい。住みたいなら」
「住みたくなかったら?」
胸が痛んだ。
それでも、ミナトは答える。
「住まなくていい」
クシナの指が膝の上で強く組まれた。
でも言葉は同じだった。
「私も寂しいけどね」
「寂しい?」
「すごく」
「じゃあダメ?」
「寂しいのと、ダメは別」
ナルトは難しい顔をする。
「父ちゃんも?」
「俺も寂しい」
「じらやも?」
「そりゃ寂しい」
「カカシも?」
部屋の端にいたカカシが肩をすくめる。
「たまには」
ナルトは両手で頭を抱えた。
「みんな寂しいじゃん」
自来也が笑った。
「人と暮らすのは大体そういうもんじゃ」
「めんどくさい」
「昨日も言っとったな」
「だってめんどくさい」
「ワシとの旅もか?」
「じらやが一番めんどくさい」
「何じゃと!」
「朝いなくなる!」
「それはもう直しただろ!」
喧嘩になった。
ミナトとクシナが笑う。
笑ったあと。
部屋の緊張が少しだけほどけた。
◆
結論はその場で出さないことになった。
一晩。
ナルトが考える。
ただし、四歳児へ人生の最終判断を要求しない。
選んだあとでも変えていい。
自来也と旅へ出て、また木ノ葉へ戻ってもいい。
波風家で暮らし、自来也の旅へついて行ってもいい。
まず何日か泊まってみるだけでもいい。
「呼び方も?」
ナルトが聞いた。
「呼び方?」
クシナが返す。
「父ちゃんと母ちゃんって、ずっと言う?」
クシナは一瞬だけ息を止めた。
「言いたい時でいいよ」
「ミナトでも?」
「もちろん」
ミナトも頷く。
「昨日呼んだからって、今日も同じじゃなくていい」
ナルトは二人をしばらく見た。
「変なの」
「何が?」
「父ちゃんと母ちゃんなのに」
「父ちゃんと母ちゃんだから、急がせたくないんだよ」
ミナトが言った。
ナルトは完全には分かっていない顔をした。
それでよかった。
◆
「今日どこで寝る?」
カカシが聞いた。
ナルトは少し考えた。
「カカシ」
全員が少し意外な顔をした。
「オレ?」
「うん」
「先生でも、波風家でもなく?」
「考えるから」
自来也が笑った。
「第三者のところか。賢いな」
「何でワシじゃ駄目なんじゃ、とは言わんのか」
ナルトが即答する。
「じらやいると、じらやの方行く」
自来也の笑みが消えた。
ナルトは続ける。
「父ちゃんと母ちゃんいると、そっち見る」
今度はミナトとクシナの顔が変わった。
「だからカカシ?」
「うん」
カカシが肩をすくめる。
「責任重大だなあ」
「何もしなくていい」
「それが一番難しい」
◆
夜。
カカシの家。
ナルトはいつもの一段へ物を置いた。
『ナルト』
名前札はまだある。
旅袋を床へ下ろす。
中身を全部出す。
寝間着。
手拭い。
地図。
自来也の本。
小さな木の駒。
クシナにもらった布袋。
ビワコが持たせた菓子。
一年と数週間で、荷物は増えた。
「増えたね」
カカシが言う。
「重い」
「最初より?」
「いっぱい」
「捨てる?」
「やだ」
即答だった。
カカシは笑う。
「なら持てる分だけ増やせばいい」
ナルトは地図を開いた。
床へ広げる。
自来也の丸。
火影塔。
猿飛家。
カカシ宅。
波風家。
昨日、ミナトが説明に使った二股の線も、紙の裏に残っている。
「カカシ」
「何?」
「カカシ、どこ帰る?」
「ここ」
「一人?」
「今はね」
「寂しい?」
カカシは少し考えた。
「寂しい時もある」
「じゃあオレここ?」
「それは違う」
「なんで」
カカシがナルトの隣へ座る。
「誰かが寂しいからって、その人を助けるために住む場所を決めなくていい」
ナルトは分からない顔をした。
カカシは言い方を変えた。
「オレが寂しくても、ナルトが住みたいところに住んでいい」
「母ちゃんも寂しい」
言ってから、ナルトが少しだけ目を伏せた。
呼び方を自分で確認している。
カカシはそこへ触れなかった。
「うん」
「父ちゃんも」
「うん」
「じらやも」
「うん」
「みんなダメじゃん」
「でも、住む家と会う人は別だよ」
「別?」
「波風家に住んでも先生に会える。先生と旅へ行っても、ミナト先生たちに会える。ここにも来ていい」
「ほんと?」
「みんなそう言ったでしょ」
「大人、約束変える」
静かな声だった。
カカシは否定できなかった。
ナルトの経験では、それは事実なのだろう。
「じゃあ」
カカシは紙を一枚取った。
「書いとこうか」
「何を」
「約束」
紙へ書く。
――ナルトがどこに住んでも、自来也と会っていい。
――波風家へ行っていい。
――カカシ宅へ来ていい。
――猿飛家へご飯を食べに行っていい。
――あとで住む場所を変えてもいい。
――父ちゃん、母ちゃんと呼んでも呼ばなくてもいい。
ナルトは字を読めない。
「読めない」
「オレが読む」
全部読んだ。
「カカシ、嘘ついたら?」
「三代目様に言って」
「ジッチャン怒る?」
「すごく」
「じゃあいい」
納得した。
カカシは紙の下へ署名した。
「カカシ」
「うん」
「じらやも書く?」
「明日書かせよう」
「父ちゃんも?」
「もちろん」
「母ちゃんも」
「全員」
ナルトはようやく笑った。
◆
寝る前。
いつものように旅袋へ荷物を戻そうとした。
途中で手が止まる。
カカシは黙って見ている。
「今日、置いていい?」
「いいよ」
「明日持ってく」
「うん」
「全部?」
「必要な分だけでいい」
ナルトは悩んだ。
地図を袋へ入れる。
本も。
木の駒も。
寝間着は出したまま。
手拭いも棚へ残した。
「残すの?」
「また来る」
「そっか」
初めて。
カカシの棚へ、自分の物を残したまま別の家へ行く準備をした。
それは小さなことだった。
でも。
全部持っていかなければ、もう二度と戻れない。
そんな旅ではなくなった。
◆
翌朝。
約束の紙には、自来也、ミナト、クシナの名前も増えた。
ナルトはまだ字を読めない。
だから四人が順番に、自分が書いた行を声に出して読んだ。
最後にヒルゼンが証人として大きく丸を描いた。
「ジッチャン、字じゃない」
「読めんお前には丸の方が分かりやすかろう」
「ずるい」
「何がじゃ」
紙を折る。
ナルトは旅袋の一番上へ入れた。
そして自分で背負った。
重くなったので、自来也が手を出す。
「貸せ」
「やだ」
「重いだろ」
「オレの」
「じゃあ半分」
「やだ」
「頑固者」
「じらやも」
歩く。
向かう先は波風家だった。
自来也は何も聞かない。
門の前まで来る。
ナルトが止まった。
「入る?」
自来也が聞く。
「まだ」
「そうか」
庭の向こうに人影が見える。
ミナトとクシナ。
二人とも待っていた。
でも、外へ迎えに来ない。
ナルトが自分で門を開けるのを待っている。
「じらや」
「何じゃ」
「旅、また行く?」
「行く」
「オレも行ける?」
「行ける」
「ここ住んでも?」
「行ける」
「帰ってくる?」
「ワシが?」
「うん」
自来也は笑った。
「帰ってくる」
「いつ?」
「出る日が決まったら、戻る日も言う」
一年かけて作った約束。
ナルトは頷いた。
「じゃあ」
門へ手を掛ける。
「ここ、住んでみる」
自来也は。
嬉しいとも寂しいとも言わなかった。
ただ。
「そうか」
と答えた。
ナルトが門を開ける。
三歩進む。
振り返る。
「じらや」
「何じゃ」
「行くなよ」
「今日は行かん」
「夜は?」
「飯食ってから帰る」
「明日は?」
「朝来る」
ようやく。
ナルトは庭の奥へ進んだ。
クシナが泣きそうな顔で笑っている。
ミナトはもっと下手な笑顔だった。
「おはよう」
ミナトが言う。
「おはよう」
ナルトが返す。
「荷物、持とうか?」
「自分で持つ」
「分かった」
「どこ置く?」
クシナが玄関脇を指す。
「部屋、一緒に決めよ」
「オレの?」
「そう」
ナルトは一度だけ自来也を見る。
自来也が手を振る。
それで進んだ。
昨日、一度だけ父ちゃんと母ちゃんと呼んだ。
今日も時々そう呼んだ。
明日はまたミナトとクシナに戻るかもしれない。
誰も、それを家族の合否にはしなかった。
大事なのは。
自分の荷物を持って。
自分の足で。
自分が選んだ門をくぐったことだった。
その日から。
波風家には三人分の生活音が増えた。
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