星を渡って、ただいまを   作:ka_na

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帰ると言わない子

翌朝、自来也は子供を連れて医者へ行った。

 

宿場の医者は老齢で、忍ではない。ただ、旅人や商人の怪我を長年診てきた人間らしく、ナルトを見ても余計なことは言わなかった。

 

「痩せ気味。軽い脱水。擦り傷がいくつか。熱はない」

 

「腹は?」

 

「押して痛がる場所はない。昨日痛かったと言うなら、疲労かもしれない」

 

「チャクラは見られるか」

 

「私は医療忍じゃないよ」

 

「そうじゃった」

 

ナルトは診察台の端へ座り、自来也の袖を握っていた。

 

医者が聴診器を当てるたびに目だけが動く。

 

「この爺さんは?」

 

医者が聞いた。

 

「じらや」

 

「お父さん?」

 

ナルトは首を傾げた。

 

自来也が先に言う。

 

「違う」

 

するとナルトも真似をした。

 

「ちがう」

 

医者は笑った。

 

「息は合ってるね」

 

「一日しか一緒におらん」

 

診察を終え、二日分の薬草だけ受け取った。

 

宿へ戻る途中、ナルトは何度も後ろを振り返った。

 

「何か落としたか」

 

「……みち」

 

「道?」

 

「きのは」

 

「木ノ葉へ帰りたいのか」

 

「……じっちゃん」

 

それだけだった。

 

自来也は説明を迷った。

 

三歳の子供へ「お前の身体に残る正体不明の時空間反応が、木ノ葉の結界へ何をするか分からん」と言っても意味がない。

 

「今は、すぐ帰れん」

 

ナルトの足が止まった。

 

「や」

 

「嫌でもじゃ」

 

「や!」

 

「聞け。帰さないんじゃない。帰るために少し待つ」

 

どこまで分かったか分からない。

 

ナルトは唇を結び、その日はしばらく喋らなかった。

 

 

自来也はその晩、最初の失敗をした。

 

宿の主人から、街道沿いで怪しい行商人を見たという話を聞いたからだ。

 

本来の仕事の続きだった。

 

二刻もあれば戻れる。

 

ナルトは昼寝をしている。

 

女将もいる。

 

自来也はそう考え、何も言わず宿を出た。

 

調べは一刻で終わった。

 

戻ってきた時、女将が玄関で腕を組んでいた。

 

「どこへ行ってたんです」

 

「仕事じゃ」

 

「子供に言いました?」

 

「寝とった」

 

「だから?」

 

嫌な予感がした。

 

「ナルトは」

 

「部屋にいません」

 

自来也の心臓が一度、大きく鳴った。

 

二階。

 

布団は空。

 

窓は閉まっている。

 

玄関から出た形跡もない。

 

「ナルト!」

 

返事がない。

 

チャクラを探ろうとし、やめる。昨夜の反応がある。

 

自来也は部屋を一つずつ見た。

 

最後に、物置の戸が少しだけ開いていることに気づいた。

 

中には布団と古い桶が積まれている。

 

その隙間に、金色があった。

 

「……おい」

 

ナルトは膝を抱えていた。

 

「何しとる」

 

顔を上げない。

 

「出てこい」

 

「や」

 

「なんでじゃ」

 

「じらや、いない」

 

胸の奥へ鈍いものが落ちた。

 

「仕事へ行っただけじゃ」

 

「いない」

 

「戻っただろう」

 

「しらない」

 

自来也は言葉を失った。

 

戻るかどうかを、ナルトは知らなかった。

 

自来也にとっては二刻の外出でも、三歳の子供にとっては「起きたら大人が消えていた」だけだ。

 

「……悪かった」

 

自来也は物置の前へ座った。

 

「次から言う」

 

反応がない。

 

「どこへ行くか。いつ戻るか。必ず言う」

 

ナルトが僅かに顔を上げた。

 

「もどる?」

 

「ああ」

 

「ほんと?」

 

「ほんとじゃ」

 

「いつ?」

 

時間の説明で、また困った。

 

時計は読めない。

 

「昼飯の前とか、日がここまで来たらとか、分かるように言う」

 

ナルトはしばらく考えた。

 

「……いま、もどった?」

 

「ああ。戻った」

 

ようやく物置から出てきた。

 

自来也は頭を撫でようとして、手を止めた。

 

「触っていいか」

 

ナルトが小さく頷く。

 

金色の髪を一度だけ撫でた。

 

 

その夜から、規則が増えた。

 

「明日は朝飯を食ったら隣町へ行く」

 

「となり?」

 

「歩いて昼になる前には着く」

 

「じらやも?」

 

「ワシも」

 

「いっしょ?」

 

「一緒じゃ」

 

ナルトは何度も確かめる。

 

自来也は同じ答えを何度も返した。

 

面倒ではなかった。

 

むしろ、面倒だと思ってはいけないことだと分かった。

 

翌朝、出発前。

 

女将が二人へ握り飯を包んだ。

 

「またいらっしゃい」

 

自来也が「世話になった」と頭を下げる。

 

ナルトは女将を見た。

 

「……いく」

 

「行ってらっしゃい」

 

「……?」

 

女将が笑う。

 

「出ていく人には、行ってらっしゃい。帰ってきた人には、おかえり」

 

ナルトは自来也を見た。

 

「おかえり?」

 

「昨日ワシが戻った時に言えばよかった言葉じゃな」

 

「ただ……?」

 

「帰ってきた方は『ただいま』じゃ」

 

ナルトは難しい顔をした。

 

「じゃあ言ってみな」

 

「……ただ、いま」

 

女将が嬉しそうに笑った。

 

「上手」

 

自来也は鼻を鳴らした。

 

「昨日は物置に隠れとったくせに」

 

「じらや、いなかった」

 

「それはもう謝ったじゃろ」

 

「まだ」

 

「まだ怒っとるのか!」

 

女将が笑った。

 

ナルトも少し笑った。

 

街道へ出る。

 

宿はすぐ後ろへ小さくなる。

 

ナルトが一度だけ振り返った。

 

「また、くる?」

 

「旅じゃから分からん」

 

「……」

 

「でも、戻るって言った場所には戻る」

 

「うん」

 

ナルトは前を向いた。

 

その日から、自来也は出かける前に必ず予定を言った。

 

ナルトは帰ってきた自来也へ、しばらく「ただいま」と「おかえり」を逆に言った。

 

三回目にようやく合った。

 

「おかえり、じらや」

 

「……ただいま」

 

言ってから、自来也は少しだけ照れた。

 

旅先の宿で誰かへ「ただいま」と言ったのは、いつ以来か覚えていなかった。

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