初雪が降るころには、ナルトは自来也の荷物の音で朝を知るようになっていた。
巻物を畳む音。
水筒へ水を入れる音。
帯を締める音。
三つ聞こえると布団から顔を出す。
「いく?」
「今日は行かん」
「ほんと?」
「雪を見ろ。子供を連れて山越えするほど阿呆じゃない」
「こどもじゃない」
「三歳は子供じゃ」
「さんさい、つよい」
「何が強いんじゃ」
二人は山間の小さな温泉町で冬を越すことにした。
自来也にとって、同じ宿へ一月以上滞在するのは珍しい。情報屋としても物書きとしても、旅は動いている方が都合がよい。
だがナルトを連れて雪山を歩くほど急ぐ仕事でもなかった。
宿代はかかる。
子供の服も増えた。
飯も一人分では済まない。
「金が減るのう」
帳面を見て呟くと、隣で蜜柑を剥いていたナルトが手を止めた。
「かね?」
「お前は気にするな」
「ない?」
「ある。十分ある」
「ほんと?」
「ほんとじゃ」
ナルトは蜜柑を一房差し出した。
「やる」
「何で」
「かね、へる」
「蜜柑一個でどうにかなる話じゃない」
それでも受け取った。
甘かった。
◆
自来也は旅帳をつけ始めた。
最初は時空間反応の記録だけだった。
日付。
場所。
天候。
ナルトの体温。
腹痛の有無。
近くで使用した術。
空間の揺れ。
しかし、三日目には別の項目が増えた。
――嫌いな食べ物:葱。細かくすれば食う。
五日目。
――夜中に一度起きる。戸が閉まっていると開ける。
七日目。
――「明日」を理解し始めた。「昨日」はまだ混ざる。
十日目。
――一人で風呂場へ行こうとする。危険。止める。
「なんじゃこの帳面」
自分で書いておいて呆れる。
隣からナルトが覗く。
「なると?」
「そうじゃ。お前の記録」
「みる」
「字が読めんだろ」
「みる」
紙を渡すと、ナルトは文字ではなく丸印を指した。
空間反応の強さを自来也が丸の数で付けていた。
「これ」
「お前の腹が変になった日」
「いたい?」
「痛い日も、痛くない日もある」
「じらや、なおす?」
自来也は一瞬黙った。
「直せるとは言わん」
「なんで?」
「分からんものを、分かったふりして触る方が危ないからじゃ」
ナルトはよく分からない顔をした。
「でも、調べる」
「しらべる?」
「ああ」
「いっしょ?」
「お前の身体なんだから、お前を置いて調べるわけにはいかん」
その言葉を、ナルトがどこまで理解したかは分からない。
ただ、その夜から旅帳を見る時に自分の名前を探すようになった。
◆
冬の半ば、自来也は一度だけ大きく失敗した。
ナルトが熱を出した。
三十八度を越えた。
いつもなら子供は熱を出すものだと笑って済ませたかもしれない。だが、時空間残滓と封印反応を見ている自来也には、ただの風邪と決めることができなかった。
「さむい」
布団の中で震える。
自来也は湯を沸かし、濡れ布を替え、町の医者を呼んだ。
「風邪だね」
医者はあっさり言った。
「本当に?」
「喉が赤い。鼻も出てる。腹は柔らかい。変な発疹もない」
「時空間の――」
「知らんよ、そんなもの」
三日前にも聞いた返事だった。
薬を飲ませる。
ナルトは苦いと泣いた。
泣けるなら少し安心した。
夜中。
「じらや」
「起きとる」
「いく?」
「行かん」
「ほんと?」
「病人置いてどこへ行く」
「……あさも?」
「朝もいる」
「ひる?」
「昼も」
「よる?」
「しつこい!」
ナルトが弱く笑った。
自来也は布団の脇へ座った。
「よく聞け。明日は一日ここにいる」
「いちにち?」
「朝起きてもいる。飯食う時もいる。寝る時もいる」
「……うん」
「だから寝ろ」
目が閉じる。
しばらくして、小さな手が布団から出た。
自来也の袖を掴む。
払いのけなかった。
朝まで、そのままにした。
◆
三日で熱は下がった。
四日目、ナルトは雪の積もった庭へ飛び出した。
「病み上がりで走るな!」
「ゆき!」
「見れば分かる!」
「しろい!」
「雪は白い!」
丸めた雪が飛んできた。
自来也の胸へ当たる。
「……喧嘩売っとるのか」
ナルトが笑った。
自来也は大きな雪玉を作った。
「子供相手に大人気ない」と宿の女中に怒られるまで、本気で投げ返した。
その日の旅帳。
――風邪完治。食欲あり。
――雪合戦。元気。
そこまで書いてから、一行足す。
――朝起きた時にワシがいるか聞かなくなった。
書いたあと、自来也はしばらく筆を動かさなかった。
安心したのか。
それとも、聞かなくてもいると思うようになったのか。
どちらかは分からない。
だが、悪い変化ではないと思った。