星を渡って、ただいまを   作:ka_na

3 / 4
冬宿りの約束

初雪が降るころには、ナルトは自来也の荷物の音で朝を知るようになっていた。

 

巻物を畳む音。

 

水筒へ水を入れる音。

 

帯を締める音。

 

三つ聞こえると布団から顔を出す。

 

「いく?」

 

「今日は行かん」

 

「ほんと?」

 

「雪を見ろ。子供を連れて山越えするほど阿呆じゃない」

 

「こどもじゃない」

 

「三歳は子供じゃ」

 

「さんさい、つよい」

 

「何が強いんじゃ」

 

二人は山間の小さな温泉町で冬を越すことにした。

 

自来也にとって、同じ宿へ一月以上滞在するのは珍しい。情報屋としても物書きとしても、旅は動いている方が都合がよい。

 

だがナルトを連れて雪山を歩くほど急ぐ仕事でもなかった。

 

宿代はかかる。

 

子供の服も増えた。

 

飯も一人分では済まない。

 

「金が減るのう」

 

帳面を見て呟くと、隣で蜜柑を剥いていたナルトが手を止めた。

 

「かね?」

 

「お前は気にするな」

 

「ない?」

 

「ある。十分ある」

 

「ほんと?」

 

「ほんとじゃ」

 

ナルトは蜜柑を一房差し出した。

 

「やる」

 

「何で」

 

「かね、へる」

 

「蜜柑一個でどうにかなる話じゃない」

 

それでも受け取った。

 

甘かった。

 

 

自来也は旅帳をつけ始めた。

 

最初は時空間反応の記録だけだった。

 

日付。

 

場所。

 

天候。

 

ナルトの体温。

 

腹痛の有無。

 

近くで使用した術。

 

空間の揺れ。

 

しかし、三日目には別の項目が増えた。

 

――嫌いな食べ物:葱。細かくすれば食う。

 

五日目。

 

――夜中に一度起きる。戸が閉まっていると開ける。

 

七日目。

 

――「明日」を理解し始めた。「昨日」はまだ混ざる。

 

十日目。

 

――一人で風呂場へ行こうとする。危険。止める。

 

「なんじゃこの帳面」

 

自分で書いておいて呆れる。

 

隣からナルトが覗く。

 

「なると?」

 

「そうじゃ。お前の記録」

 

「みる」

 

「字が読めんだろ」

 

「みる」

 

紙を渡すと、ナルトは文字ではなく丸印を指した。

 

空間反応の強さを自来也が丸の数で付けていた。

 

「これ」

 

「お前の腹が変になった日」

 

「いたい?」

 

「痛い日も、痛くない日もある」

 

「じらや、なおす?」

 

自来也は一瞬黙った。

 

「直せるとは言わん」

 

「なんで?」

 

「分からんものを、分かったふりして触る方が危ないからじゃ」

 

ナルトはよく分からない顔をした。

 

「でも、調べる」

 

「しらべる?」

 

「ああ」

 

「いっしょ?」

 

「お前の身体なんだから、お前を置いて調べるわけにはいかん」

 

その言葉を、ナルトがどこまで理解したかは分からない。

 

ただ、その夜から旅帳を見る時に自分の名前を探すようになった。

 

 

冬の半ば、自来也は一度だけ大きく失敗した。

 

ナルトが熱を出した。

 

三十八度を越えた。

 

いつもなら子供は熱を出すものだと笑って済ませたかもしれない。だが、時空間残滓と封印反応を見ている自来也には、ただの風邪と決めることができなかった。

 

「さむい」

 

布団の中で震える。

 

自来也は湯を沸かし、濡れ布を替え、町の医者を呼んだ。

 

「風邪だね」

 

医者はあっさり言った。

 

「本当に?」

 

「喉が赤い。鼻も出てる。腹は柔らかい。変な発疹もない」

 

「時空間の――」

 

「知らんよ、そんなもの」

 

三日前にも聞いた返事だった。

 

薬を飲ませる。

 

ナルトは苦いと泣いた。

 

泣けるなら少し安心した。

 

夜中。

 

「じらや」

 

「起きとる」

 

「いく?」

 

「行かん」

 

「ほんと?」

 

「病人置いてどこへ行く」

 

「……あさも?」

 

「朝もいる」

 

「ひる?」

 

「昼も」

 

「よる?」

 

「しつこい!」

 

ナルトが弱く笑った。

 

自来也は布団の脇へ座った。

 

「よく聞け。明日は一日ここにいる」

 

「いちにち?」

 

「朝起きてもいる。飯食う時もいる。寝る時もいる」

 

「……うん」

 

「だから寝ろ」

 

目が閉じる。

 

しばらくして、小さな手が布団から出た。

 

自来也の袖を掴む。

 

払いのけなかった。

 

朝まで、そのままにした。

 

 

三日で熱は下がった。

 

四日目、ナルトは雪の積もった庭へ飛び出した。

 

「病み上がりで走るな!」

 

「ゆき!」

 

「見れば分かる!」

 

「しろい!」

 

「雪は白い!」

 

丸めた雪が飛んできた。

 

自来也の胸へ当たる。

 

「……喧嘩売っとるのか」

 

ナルトが笑った。

 

自来也は大きな雪玉を作った。

 

「子供相手に大人気ない」と宿の女中に怒られるまで、本気で投げ返した。

 

その日の旅帳。

 

――風邪完治。食欲あり。

 

――雪合戦。元気。

 

そこまで書いてから、一行足す。

 

――朝起きた時にワシがいるか聞かなくなった。

 

書いたあと、自来也はしばらく筆を動かさなかった。

 

安心したのか。

 

それとも、聞かなくてもいると思うようになったのか。

 

どちらかは分からない。

 

だが、悪い変化ではないと思った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。