雪解けと一緒に、二人はまた旅へ出た。
冬の間にナルトの言葉は増えた。
「じらや、今日どこいく?」
「川沿いの町」
「ひるまで?」
「いや、今日は夕方になる」
「ごはんは?」
「途中で食う」
「何?」
「まだ決めとらん」
「ラーメン」
「何で朝から決められとるんじゃ」
「ラーメンがいい」
「毎日食ったら身体が偏る」
「かたよる?」
「クシナみたいなこと言うようになったな……」
口に出してから、自来也は足を止めた。
ナルトは知らない。
「くしな?」
「昔の知り合いじゃ」
「赤い?」
「何で赤いと思った」
「しらない」
ただの偶然だった。
自来也は歩き直す。
春の街道は歩きやすい。
ナルトは三歳にしてはよく歩いた。疲れると黙り、さらに疲れると自来也の袖を引く。
最初は「抱っこ」と言えなかった。
冬の終わり頃に覚えた。
「じらや、せなか」
「今日はよく歩いたからな」
しゃがむ。
背中へ乗る。
「ねるなよ」
「ねない」
五分で寝た。
◆
自来也は地図を見せるようになった。
理由は単純だった。
ナルトが毎朝、今日どこへ行くのか聞くからだ。
「今ここ」
地図へ指を置く。
「川がここ。次の町はこの橋の向こう」
「きのは?」
毎回聞く。
自来也は火の国の中央寄りへ指を移す。
「ここらへん」
「とおい?」
「今は遠い」
「いつ?」
「まだ分からん」
ナルトは少し不満そうにする。
だが、以前のように泣いたり黙り込んだりはしない。
「じゃあ、今日ここ?」
「そうじゃ」
指でなぞる。
「ここから、ここ」
「正解」
「かえる?」
「宿へ?」
「うん」
「夕方に戻る」
ナルトは地図の宿の位置へ丸を描いた。
「何じゃそれ」
「かえるとこ」
自来也は何も言わなかった。
翌日、宿を出るとその丸はもう「帰るところ」ではなくなる。
旅とはそういうものだ。
なのにナルトは、泊まる場所へ毎回丸を付けた。
一日だけの宿でも。
二日だけでも。
自来也は消させなかった。
◆
春の終わり、ひとつの町で木ノ葉の紋を見た。
忍具屋の壁に、各里の額当てを描いた見本が飾られていた。
ナルトが足を止める。
「これ」
木ノ葉の葉の印を指す。
「知っとるか」
「きのは」
「誰に教わった」
「じっちゃん」
「ジッチャンは何する人」
「ほかげ」
「他には?」
ナルトは考える。
「みかん」
「蜜柑?」
「くれる」
「飯は」
「きく」
「何を」
「たべた?」
自来也は旅帳へ書いた。
――ヒルゼンらしき人物が時々生活確認。蜜柑を持参する記憶。
制度や誰が部屋を管理したかなどは分からない。
三歳児の記憶を、大人の都合で完成させない。
自来也はその線を守った。
◆
ある夜、自来也は宿の裏庭で小さな口寄せを試した。
ナルトから十分離れた場所。
障子も二枚隔てている。
印を結ぶ。
小さな蝦蟇が現れた瞬間、部屋の方で皿が落ちる音がした。
自来也は術を解き、駆け戻る。
ナルトが腹を抱えていた。
「痛いか」
「ちょっと」
「いつから」
「じらや、いなくなって……ぐるって」
「ぐる?」
「へやが」
空間酔いのようなものか。
窓枠がほんのわずかに歪んで見えた。
自来也は触れない。
旅帳へ時刻を書き、口寄せの距離を書く。
反応は以前より弱い。
だが消えてはいない。
木ノ葉へ連れて行けば、里の結界は口寄せより遥かに複雑な時空間・感知術式を含む。
「まだじゃな」
「きのは?」
ナルトが聞いた。
「まだ」
「いつ?」
「帰れる時に帰る」
「じらやも?」
「ああ」
「いっしょ?」
「一緒に行く」
ナルトはそれで納得した。
自来也は納得できなかった。
自分は何を待っているのか。
空間が安定するのを待っている。
それは事実だ。
だが、それだけか。
名前を見た時から、自来也は一つの可能性を考え続けている。
ミナトとクシナへ知らせて、もし違ったら。
知らせずにいて、本物だったら。
どちらにも傷がある。
旅帳の末尾へ、自来也は初めて自分の判断を書いた。
――身元情報の秘匿継続。技術的理由はある。ただし感情的理由も否定できず。
そこだけは、誤魔化さなかった。