夏の初め、二人は川沿いの大きな町へ入った。
自来也は情報屋と会う予定があり、ナルトを宿へ置いていく必要があった。
「昼飯のあとに出る」
「いつ戻る?」
「日が屋根の向こうへ下がる前」
「おそい?」
「少し遅い」
「誰いる?」
「宿の婆さん。何かあれば呼べ」
「じらや、戻る?」
「戻る」
以前なら五回は聞いた。
今は二回で終わる。
「分かった」
そう言って、自来也が置いていった地図へ色石を並べ始めた。
◆
情報屋との話は短かった。
戻る途中、自来也は古本屋へ寄った。
ナルトに絵の多い本でも買うつもりだった。
店先に、戦争後に出た忍の人物録が積まれている。
木ノ葉の黄色い閃光。
若き四代目火影。
見慣れた顔が表紙の隅にあった。
自来也は手を伸ばしかけ、やめた。
ナルトへ見せるためではない。
自分が見たくなかった。
代わりに動物図鑑を買った。
ところが宿へ戻ると、ナルトの手には別の本があった。
「何じゃそれ」
「おばちゃん、くれた」
宿の女将が客から置いていかれた雑誌を渡したらしい。
古い忍界記事。
自来也の目が一箇所で止まる。
そこにもミナトの写真があった。
まだ火影就任前のものだ。
ナルトが指を置く。
「このひと」
「知っとるのか」
「よんだいめ」
「名前は?」
首を振る。
「どこで見た」
「じっちゃんのとこ」
「火影室?」
「しゃしん」
ナルトは写真を見つめた。
「しんだひと」
自来也の喉が乾いた。
「誰がそう言った」
「じっちゃん」
「どうして死んだ」
質問が難しい。
ナルトは何度か言葉を探した。
「きつね」
「狐?」
「おおきい。こわい。きのは、まもった」
「四代目が?」
「うん」
「いつ」
ナルトは分からない顔をする。
自来也は聞き方を変えた。
「ナルトが生まれた時?」
「じっちゃん、そういった」
自来也は本を閉じた。
「じらや?」
「今日はもうその話はいい」
「おこった?」
「怒ってない」
「ほんと?」
「ワシが考えたいだけじゃ」
ナルトは少し不安そうだった。
自来也は本を戻した。
「お前が悪いんじゃない」
「うん」
「何回でも言う。お前が悪い話ではない」
◆
夜。
ナルトが寝たあと、自来也は旅帳を開いた。
項目を並べる。
うずまきナルト。
約三歳。
金髪、青い目、頬の三本線。
木ノ葉を故郷として認識。
猿飛ヒルゼンらしき人物を現役火影として認識。
四代目を故人として認識。
巨大な狐が木ノ葉を襲い、四代目が里を守って死亡したという断片的知識。
自来也は筆を置いた。
こちらでは、その歴史は存在しない。
クシナの出産時、九尾の封印は緩んだ。
外周では一度、正体不明の時空間異常が出た。
だが結界内部へ襲撃者は入らず、九尾もクシナから抜かれなかった。
ミナトもクシナも生きた。
代わりに、生まれたナルトが死んだ。
自来也はその葬儀へ間に合わなかった。
国境の外にいた。
戻った時には、ミナトはもう火影の顔をして働いていた。
クシナも笑っていた。
二人とも、笑えるようになるまでの時間を自来也は見ていない。
だからこそ、軽々しく「あの子に似た子がいる」と言えなかった。
だが今となっては、言わなかった理由の半分が臆病さだったと認めざるを得ない。
「ワシは何をしとる」
独り言が漏れる。
布団の中でナルトが寝返りを打った。
「じらや……」
寝言。
自来也は返事をしなかった。
代わりに旅帳へ書いた。
――四代目を死者として認識。九尾らしき巨大な狐による里襲撃と関連付けている。
――当方世界史と重大な不一致。
――身元秘匿の継続は限界に近い。
最後の行。
――ただし帰還条件がまだ整っていない。
技術的な問題だけは、嘘ではない。
自来也は窓の外を見た。
空間反応は月ごとに弱くなっている。
次の十月十日。
最初に漂着した日と同じ季節が巡るまで。
そこまで観測すれば、年周期なのか偶発なのかを一つ切り分けられる。
「あと三月」
長い。
でも、今さら短いとも思った。